コンテンプト・オブ・コート 7-5
マリベルの執務室。
コールはソファに腰を下ろし、差し出されたコーヒーに手を伸ばした。窓の外では、裁判所の正面玄関に集まった報道陣が、まだ撤収を始めていなかった。
マリベルは机の向こうに座り、手元の書類を確認していた。
「声明の準備は?」
「できてます」
コールはカップを置いた。
「就任後、最初の記者会見で発表します。市政の方針と、テラ・インフラテックの経営から完全に離れること。その二つを柱にします」
「内容は?」
「市民の信頼に応えるため、企業経営と市政を切り離す。会社の運営は信頼できる人物に委ね、自分は市長として市政に専念する。そう説明するつもりです」
マリベルは書類から目を上げた。
「期待してるわ。白紙委任信託の件は順調に進んでる?」
「裁判官の指示通り、ドミニクCEOが手続きを進めています。彼が代表理事に就任します」
「ドミニクはうまくやるわ」
「ええ。会社の財務を長年見てきた人間です。取引先や金融機関との関係も把握している。経営を引き継ぐには適任でしょう」
マリベルはコーヒーを口に運んだ。
「表向きの手続きに不備があっては困る。市長になった以上、これまで以上に注目される。反対派も報道機関も、あなたの動きを見ているでしょう」
「分かっています。法的な手続きは弁護士に確認させています。信託の設立から経営権の移転まで、書類上の整合性は取れるはずです」
「書類だけではないわ。実際に経営から離れたように見せなければならない」
コールは笑みを浮かべる。
「その点も問題ありません。ドミニクが表に立ち、私は市政に専念する。会社の運営に直接関与する必要はありません」
「必要がない、というのと、影響力を失うというのは別の話ね」
「もちろんです」
コールは声を落とした。
「ドミニクは事情を理解しています。会社を任せても、こちらの意向を無視することはありません」
マリベルはコールを見つめた。しばらくして、書類を机の上に置く。
「市長としての仕事を優先しなさい。ノース・ホライズン・シティ計画も、これから具体化させる必要がある。市議会や行政との調整を進めて」
「分かりました。必要な人間は配置します」
「急ぎすぎないことね。目立つ動きをすれば、余計な疑念を招く」
「選挙で得た信頼を利用します。市民には雇用と再開発の成果を示す。反対する理由を与えなければいい」
マリベルは返事をしなかった。
コールはカップを持ち上げ、残っていたコーヒーを飲み干した。
「それから、カーターの件ですが」
マリベルの目がわずかに動いた。
「何か分かったの?」
「まだ確かな情報はありません。ただ、あの男が大人しくしているとは思えない」
「市長になったばかりよ。余計な問題を抱え込まないことね」
「承知しています。こちらで処理します」
コールは立ち上がり、ジャケットの襟を整えた。
「では、声明の発表に向けて準備を進めます」
コールは一礼し、執務室を出た。
ドアが閉まる。
マリベルはしばらく動かなかった。机の上の書類に目を落とす。そこには白紙委任信託の設立に関する資料が置かれていた。
ドミニクが代表理事に就任すれば、形式上、コールは会社の経営から離れる。市長としての立場と企業経営を切り離したという説明もできる。
だが、実際に誰が会社を動かすのかは別の問題だった。
マリベルは資料を閉じた。
表向きの手続きさえ整えばいい。重要なのは、これまで築いてきた関係と支配の構造を維持することだった。
