コンテンプト・オブ・コート 7-3
アンカレッジ警察本部。
廊下を歩く警察官たちの声が、壁に反響していた。電話の着信音、無線の交信、書類を運ぶ足音。いつもと変わらない警察署の朝だった。
カーターは廊下の突き当たりにある上司の部屋で立ち止まった。
手には一枚の書類があった。
ドアをノックする。
「どうぞ」
カーターは部屋に入り、机の前まで進んだ。
上司は書類から顔を上げた。カーターを見ると、わずかに眉を寄せる。
「どうした?」
カーターは手にしていた書類を机の上に置いた。
「辞表です」
上司は書類に目を落とした。数秒間、何も言わずに内容を確認する。
「……本気か?」
「はい」
「無罪になったばかりだ。責任は検察にある。やつらに損害賠償を請求してもいいぐらい」
カーターは答えなかった。
上司は椅子の背にもたれ、書類を机に置いた。
「……ここまでする必要が?」
「皆に合わせる顔がない。俺は警察の顔に泥を塗った」
「お前一人の責任ではない。証拠を捏造した馬鹿がいる。警察も検察も、今回の件を調べ直すことになるだろう」
「それでも、俺がやってきたことは消えません」
カーターは上司を見た。
「俺は警察官の立場を利用した。見逃してきたこともある。命令に従い、都合の悪い人間を黙らせた。市長殺害事件では無実だったとしても、それで過去まで帳消しになるわけじゃない」
上司は黙っていた。
カーターは続けた。
「ここに残る資格はありません」
上司はもう一度、辞表に目を落とした。
「考え直す気はないんだな」
「ありません」
短い沈黙のあと、上司は書類を引き寄せた。
「分かった。受理する」
カーターは小さくうなずいた。
「お世話になりました」
「カーター」
部屋を出ようとした彼を、上司が呼び止めた。
「これからどうするつもりだ?」
カーターは振り返らなかった。
「自分で始末をつけます」
それだけ言い残し、部屋を出た。
廊下を歩く。すれ違う警察官の中には、声をかけようとして口を閉じる者もいた。カーターは誰とも目を合わせなかった。
自分のデスクに戻り、引き出しを開ける。
残っていた私物は多くなかった。古い写真立て、使い込んだペン、数冊の手帳。写真立てには、妻と並んで写る自分の姿があった。
カーターは写真を手に取り、しばらく見つめた。
もう、彼女に報告することはできない。
無罪になったことも、警察を辞めたことも。
写真を鞄にしまい、引き出しを閉めた。
署の正面玄関を出る。
冷たい空気が顔に当たった。カーターは階段の途中で足を止め、建物を振り返った。長年、自分の居場所だった場所だ。だが、戻るつもりはなかった。
彼の頭に浮かんだのは、コールの顔だった。
二十年前から続く関係。命令に従い、利益を受け取り、都合の悪い事実から目を背けてきた。妻の治療費を理由に、自分の行為を正当化していた。
その結果、妻は死に、自分には何も残らなかった。
カーターは階段を下りた。
もう警察の看板を背負う必要はない。
今度は自分の意思で動く。
コールに、これまでの報いを受けさせる。
