コンテンプト・オブ・コート 6-4
マリベルの邸宅。応接室の窓からは、アンカレッジの街並みと、その向こうに広がる山々が見えた。暖炉には火が入っていたが、部屋の空気は張り詰めていた。
マリベルはソファに座り、向かいに立つコールを見た。
「呼び出した理由は分かっているわね」
「はい」
コールは上着のボタンを外した。余裕を崩してはいなかったが、目には苛立ちがあった。
ジューン・アトキンソンがタブレットを操作し、世論調査のデータを画面に表示した。市長選の候補者別支持率が、棒グラフで並んでいる。
コールの名前は二番目だった。首位の候補との差は小さくない。
マリベルは画面を見つめた。
「これはどういうこと?」
「直近の調査結果です」
ジューンが答えた。
「公判で秘書の名前が出たことが影響している可能性があります。報道は抑えていますが、関係者の間では話が広がっているようです。このままでは落選ですね」
コールは鼻で笑った。
「公判の件は報道されてない。焦るなよ」
「報道されていなくても、関係者の間では話が広がる。支持率を上げないと」
ジューンの言葉に、コールは肩をすくめた。
「秘書の名前が出ただけだ。俺が何かしたわけじゃない」
「市民がそう判断するとは限らないわ」
マリベルは淡々と言った。
「選挙では、事実より印象が先に走ることがある。あなたも、それくらい分かっているでしょう」
コールは返事をしなかった。タブレットの数字を一瞥し、窓の外へ視線を移した。
マリベルはジューンに顔を向けた。
「あなたは何をしてたの?」
ジューンの表情が硬くなった。
「私はこの男の選挙には関与しません」
コールがゆっくりと彼女を見た。
「おいおい」
「私は裁判官の補佐をしているのであって、あなたの選挙運動をするためにいるわけではありません」
「選挙運動をやれと言っているんじゃない。状況を改善しろと言っているだけだ」
「同じことです」
ジューンは視線をそらさなかった。
マリベルは二人のやり取りを遮らず、しばらく黙っていた。やがて、膝の上で両手を重ねた。
「……私はCEOをサポートしろと言ったわよね?」
声は静かだった。
ジューンの顔から反論の色が消えた。
「……はい。すみません」
「あなたの仕事は、私の指示通りに動くこと。自分の好き嫌いで決めることではないわ」
「承知しています」
「なら、結果を出して」
ジューンはうなずいた。
コールは口元に薄い笑みを浮かべた。先ほどまでの苛立ちは、少なくとも表面上は消えていた。
「心配はいりません。投票日までには立て直します」
「その言葉を信じる理由が必要ね」
マリベルは画面から目を離さなかった。
「あなたは事業で成功した。土地を買い、廃棄物処理場を再開発し、利益を生み出した。けれど、市長の座は企業経営とは違う。市民はあなたの帳簿を見て投票するわけではない」
「分かっています」
「なら、結果で示して」
コールは立ち上がり、上着の前を整えた。
「必ず当選します」
「市民に何を見せるか。何を信じさせるか。それを間違えないことね」
短い沈黙が落ちた。
「分かりました」
コールはそれだけ言い、部屋を出ていった。
ジューンもタブレットを抱えて後に続こうとしたが、マリベルに呼び止められた。
「ジューン」
「はい」
「自分に与えられた仕事をして。もう二度と言わないわ」
ジューンは頭を下げ、応接室を出た。
一人になったマリベルは、世論調査の数字を見つめた。
公判の情報はほとんど出ていない。エリスが報道を抑えている以上、秘書の名前が市民の間に広く知れ渡ったとは考えにくかった。それでも、支持率は落ちている。
問題は報道だけではないのかもしれない。
マリベルはタブレットを伏せた。
コールを市長にする。それは単なる選挙の勝敗ではなかった。彼が市政を握れば、進行中の計画を予定どおり進められる。ここで失敗するわけにはいかなかった。
彼女は窓の外に目を向けた。
街はいつもどおり動いていた。誰がその裏側を支配しているのか、市民の大半は知らない。
マリベルは表情を変えず、次に打つ手を考え始めた。
