コンテンプト・オブ・コート 6-7
テラ・インフラテック本社。
コールは窓を背にして立ち、手にした資料をデスクへ放った。ジョニーはその前に立っていた。
「俺がこの会社をどう成長させたと思う?」
「CEOのおかげでは?」
「答えになってないな」
コールは口元だけで笑った。
「俺は悪臭が漂う工業地帯や、ごみの埋め立て地を片っ端から買い取った。誰も見向きもしない土地だ。住民は近づかず、行政も処理に困っていた。買い手がつかないから、値段も安い」
「そこにマンションを建てた」
「そうだ。汚染対策を施し、土地を整備し、住宅地に変えた。荒れ果てた土地をカネのなる木にしたんだ。周囲の地価も上がる。市は税収を得る。住民は新しい住宅を手に入れる。誰も損をしないように見える」
コールは窓の外へ目を向けた。
「だが、最初に土地を押さえた人間が、どれだけ儲けたかは誰も気にしない」
「だからノース・ホライズン・シティ計画を?」
「そうだ。街ひとつを作り替える。土地も、住宅も、商業施設も、交通網も、すべてを一つの計画に組み込む。これまでやってきたことの延長だ」
「規模が違いますね」
「だからこそ、必ず当選しないとな」
コールはデスクに戻り、資料の束を揃えた。表紙にはノース・ホライズン・シティ計画の文字があった。
「市長になれば、計画を進めるための手段が増える。土地の取得も、許認可も、予算もな。会社の利益だけを追う立場では、限界がある」
「それで、次は何を?」
コールは資料を引き出しにしまい、ジョニーを見た。
「メディアに発表しろ。テラ・インフラテックは白紙委任信託を預託する」
ジョニーは一瞬、言葉を失った。
「白紙委任信託ですか?」
「そうだ」
「分かりました。ところで、白紙委任信託とは何ですか?」
コールの目が細くなった。
「何も知らないんだな」
「すみません」
「会社の経営に関する権限を、独立した受託者に預ける。俺は経営判断に口を出さない。株主としての利益を守るための信託じゃない。会社の運営から手を引くためのものだ」
ジョニーは眉を寄せた。
「会社を手放す、と?」
「そういうことだ」
コールは椅子に腰を下ろした。声にためらいはなかった。
テラ・インフラテックは、彼が築いたものだった。土地を買い、事業を広げ、競争相手を退けてきた。会社の数字も、人事も、契約も、すべて自分の手で動かしてきた。その権限を他人に渡す。
簡単な決断ではない。
だが、マリベルの信頼を得るには、手放すしかない。
彼女が求めているのは、単に選挙で勝つ候補者ではない。自分の意思に従い、必要ならば自分の築いたものさえ差し出せる人間だ。
コールはその条件を理解していた。
「発表はいつに?」
「今日中に発表の準備を進めろ。声明には、俺が会社の経営から完全に退くと明記しろ。選挙向けの小細工だと思われないよう、実行の手続きも並行して進めるんだ」
「承知しました」
ジョニーはメモを取り、顔を上げた。
「しかし、そこまでして市長になる必要があるんですか?」
コールは答えるまでに数秒を置いた。
「必要があるからやる。それだけだ」
「……わかりました」
ジョニーは資料を持って部屋を出た。
ドアが閉まると、コールは外を見た。
街の向こうには、まだ手つかずの土地が広がっている。そこに何を建て、誰に住まわせ、誰に利益を与えるか。決めるのは市長だけではない。市長を動かせる人間だ。
マリベルに報告する必要はなかった。発表すれば、彼女に伝わる。
自分が何を差し出したのかも。
次の段階へ進むための手は打った。残る問題は、選挙に勝つことだった。
