コンテンプト・オブ・コート 6-36
アンカレッジ連邦地方裁判所。
マリベルの執務室では、テレビのニュースが音を消したまま流れていた。画面には、裁判所から連行されるラングドンの姿が映っている。下部には、市長殺害事件の証拠捏造が発覚したという速報が表示されていた。
マリベルはリモコンを手に取り、テレビを消した。
ノックの音がした。
「どうぞ」
扉が開き、ジューン・アトキンソンが入ってきた。服装に乱れはない。だが、顔には疲労が浮かび、手にしたバッグを強く握りしめていた。
「裁判官……」
ジューンは扉を閉めると、マリベルの机の前まで歩いた。
「どうか娘を助けてください」
マリベルは椅子に座ったまま、ジューンを見上げた。
「何の話かしら」
「エルマのことです。ラングドンが証拠を捏造した。あれは、あの男が勝手にやったことです。娘は何も知らなかった」
ジューンの声が震えた。
「検察の責任を問う声が上がっています。このままでは、娘まで責任を負わされる。何とかしてください」
マリベルは机の上の書類を揃えた。ラングドンの逮捕によって、事件は振出しに戻り、検察組織そのものに疑いが向けられ始めている。
エルマはラングドンの上司だった。捏造を知らなかったとしても、検察の責任者として説明を求められる。世論も、報道機関も、簡単には引き下がらないだろう。
「むやみに人を信じるからよ」
マリベルの声は冷たかった。
ジューンは息を詰めた。
「……裁判官?」
「ラングドンがどういう人間か、見抜けなかった。あなたも、エルマも」
「ですが、あの男は検事です。証拠を捏造するなど、誰が想像できるでしょう」
「想像できなかったから、問題なの」
マリベルはジューンの言葉を遮った。
「検察官は証拠を扱う立場にある。その人間が証拠を捏造した。しかも、映像まで残っていた。弁解の余地はないわ」
ジューンは唇を噛んだ。
「娘は真面目に仕事をしてきました。市民のために働いてきたんです。あの男のせいで、すべてを失うなんて……」
「エルマ自身に聞きなさい。彼女が何を見て、何を見落としたのか」
「裁判官は、娘を見捨てるのですか?」
マリベルの目が細くなった。
「私は裁判官よ。誰かを守るために、法を曲げることはできない」
ジューンは言葉を失った。マリベルがこれまで娘を気にかけてきたことは知っている。だからこそ、助けを求めれば何らかの手を打ってくれると考えていた。
「……どうすればいいのでしょう」
「エルマが自分で説明するしかない。ラングドンの捏造を知らなかったのなら、それを裏付ける事実を示すことね」
マリベルは立ち上がり、窓のそばへ移動した。眼下には裁判所の駐車場が広がり、記者たちが数人、入口付近に残っていた。
ジューンは頭を下げた。
「お願いします。娘を守ってください」
「帰りなさい」
それ以上、話すつもりはないという口調だった。
ジューンはしばらく動かなかった。やがてバッグを抱え直し、扉へ向かった。出ていく直前、振り返ったが、マリベルは窓の外を見たままだった。
扉が閉まった。
マリベルは窓から離れ、机の上の携帯電話を取った。画面にはコールからの着信履歴が残っていた。
あの男は、ラングドンが現場を捏造した映像を手元に置いていた。切り札のつもりだったのだろう。
マリベルはコールの番号を表示したまま、指を止めた。
今、電話をかけても言い訳を聞くだけだ。必要なのは説明ではない。失敗の後始末と、次の手だった。
マリベルは携帯電話を机に置いた。
ラングドンひとりの失策で終わるなら、まだいい。だが、エルマが追及され、検察内部の調査が始まれば、これまで表に出なかった事実まで掘り起こされかねない。
マリベルはテレビを見た。
コールの詰めが甘かった。
誰が責任を負うにせよ、事態をこれ以上悪化させるわけにはいかなかった。
