コンテンプト・オブ・コート 6-1
廊下の照明は薄暗く、ローリーの足音だけが響いていた。階段を下り、建物の外へ出る。冷たい空気が頬を打った。
ローリーはコートの襟を立て、歩き始めた。
マイクの声が、頭の中で繰り返されていた。
――母を殺したのはコール。
――奴に殺害を指示したのはマリベル。
――君の母親の失踪も全てマリベルの指示だ。
ローリーは足を止めた。
信じられなかった。
マリベル・ヴァレンタイン。自分が弁護士になるまで支えてくれた人。母親がいなくなった後、何度も相談に乗り、途方に暮れる自分を励ましてくれた人だった。
彼女がいなければ、今の自分はなかったかもしれない。
そのマリベルが、母親の失踪に関与していた。
マイクが嘘をついている可能性はある。二十年前の事件について、彼がどこまで正確に覚えているのかも分からない。マリベルを敵と決めつけ、都合のいい説明をしているだけかもしれない。
だが、彼の表情は作り物には見えなかった。
リサ・グリーンが殺されたという話も、マリベルが関わっていたという告白も、簡単に否定できるものではなかった。
ローリーは再び歩き出した。
事務所から数分の場所にある埠頭に向かう。
岸壁には貨物船が停泊し、作業灯が水面を照らしていた。係留索が風に揺れ、船体が岸壁に当たるたび、鈍い音がした。海から吹きつける風は強く、潮の匂いに冷たい金属のような空気が混じっていた。
ローリーは手すりのそばまで歩き、立ち止まった。
海面は暗かった。遠くの船の灯りが、波に合わせて細かく揺れている。
ローリーは鞄から携帯電話を取り出した。
マリベルの連絡先を開く。
発信ボタンに指を置いたまま、動けなかった。
何を聞けばいいのだろう。
「私の母を消したのですか」と尋ねるのか。
「リサ・グリーンを殺させたのですか」と問いただすのか。
どちらも、口にした瞬間に、それまでの関係が終わる気がした。
マリベルは何も知らないと答えるだろう。あるいは、なぜそんなことを聞くのかと、いつもの落ち着いた声で尋ねるかもしれない。
その声を聞けば、自分はまた信じてしまうのではないか。
ローリーは携帯電話の画面を消した。
母親が失踪したのは二十年前。警察に相談し、記録を調べ、手掛かりを探した。それでも、母親がどこへ行ったのか、なぜ戻らなかったのか、何一つ分からなかった。
その間、マリベルはそばにいてくれた。
あれも演技だったのか。
ローリーは手すりを握った。指先が冷えていた。
マイクは、マリベルが黒幕だと言った。だが、今のところ、彼女自身が見たものは写真と捜査資料だけだった。マイクの証言が真実だとしても、それを法廷で証明できるかは別の問題だ。
弁護士としてなら、そう考えられる。
しかし、娘としては違った。
母親を失った理由を知りたい。その一心で、長い年月を過ごしてきた。その母親を奪った人物が、自分を支えてくれた人間だったかもしれない。
考えがまとまらなかった。
風が吹き抜け、ローリーの髪を乱した。彼女は顔を伏せた。
マイクを信じるべきなのか。
それとも、マリベルを信じ続けるべきなのか。
どちらかを選べば、もう一方を疑うことになる。
ローリーは海を見つめたまま、しばらく動かなかった。
答えは出なかった。
ただ一つ、確かなことがあった。
もう、何も知らなかった頃には戻れない。
ローリーは携帯電話を鞄にしまった。今は誰とも話したくなかった。
やがて彼女は手すりから手を離した。
風は止まなかった。船は岸壁につながれたまま、暗い海の上で小さく揺れていた。
