コンテンプト・オブ・コート 5-33
午前零時を回っていた。
廊下の奥から足音が近づいてくる。ローリーは顔を上げ、執務室の扉を見つめた。
ドアが開き、マイクが姿を現した。コートを脱ぎながら部屋に入ったマイクは、机の前に座っているローリーを見て、わずかに眉を上げた。
「こんな遅くにどうした?」
「調べたいことがあって」
ローリーは立ち上がった。机の中央には、小型のプロジェクターが置かれている。
「ここは秘密だらけね。リサ・グリーン弁護士の事務所……」
マイクの手が止まった。
ほんの一瞬だった。しかし、ローリーは見逃さなかった。
「その名前を、どこで知った?」
「カーティス・ハミルトン刑事よ」
ローリーは鞄から書類の束を取り出した。捜査資料のコピーだった。彼女はそれをマイクの前に置いた。
「あなたに見てほしいものがあるの」
マイクは書類に目を落とした。
「二十年前の事件よ。リサ・グリーンの死亡記録。自殺として処理されているけれど、捜査には不自然な点がいくつもある」
「……」
「私の母がいなくなった日と、あなたの母親が自殺した日、同じなの」
沈黙が落ちた。
マイクは何も答えなかった。書類を見つめたまま、指先だけがわずかに動いていた。
「偶然だと思う?」
ローリーは返事を待たず、プロジェクターのスイッチを入れた。
白い光が壁に広がった。
そこに映し出されたのは、複数の写真をつないだ人物相関図だった。
幼いローリー。彼女の母親。リサ・グリーン。そして、コールをはじめとするアンカレッジの権力者たち。中央にはマリベル裁判官の写真が配置され、人物同士を結ぶ線の脇には、日付や短いメモが記されていた。
それは単なる写真の寄せ集めではなかった。
長年にわたり、誰かが注意深く集めてきた記録だった。
マイクは壁を見上げた。
その目が、ある写真の前で止まった。
ローリーの母親だった。
「……」
「一部は、母が撮影したものだと思う。カーティス刑事の資料を調べていて気づいたの」
ローリーはマイクに向き直った。
「知ってることを全部話して」
マイクは答えなかった。
時計の秒針が進む音だけが、部屋に響いていた。
十秒。三十秒。やがて一分が過ぎた。
マイクは壁の写真から目を離さなかった。二十年前の光景が、封じ込めていた記憶の底から浮かび上がってくる。
母の声。血の匂い。床に倒れた身体。そして、目の前で何もできなかった自分。
マイクはゆっくりと息を吐いた。
「……この写真の一部は、君の母親が撮影したものだ」
ローリーの顔から血の気が引いていく。
「俺の母親はここで、俺の目の前で殺された」
マイクの声は低かった。怒りを押し殺しているというより、長い年月をかけて凍りついた感情を、ようやく言葉に変えているようだった。
「母を殺したのはコール」
マイクは壁に映る写真を指さした。
「奴に殺害を指示したのはマリベルだ」
ローリーは息をのんだ。
二十年間、公式の記録の中で処理されていた死が、目の前で別の意味を持ち始めた。
「……そして、君の母親の失踪も全てマリベルの指示だ」
マイクはローリーを見た。
「俺は、決着をつけるためにアンカレッジに戻ってきた」
ローリーは何も言えなかった。
壁には、母親の若い頃の写真が映っていた。その隣にはリサ・グリーン。さらにその向こうには、コールとマリベルの顔が並んでいる。
母は何を知っていたのか。
なぜ、マイクは今まで黙っていたのか。
そして、これから自分は何を信じればいいのか。
問いが次々と浮かんだが、どれも声にならなかった。
ローリーは一歩後ずさり、もう一度、壁の写真を見た。そこに映る母親は、何も語らない。
「……そう」
かすれた声で、それだけを口にした。
ローリーは鞄をつかみ、マイクから目をそらした。
今は、これ以上聞けなかった。
ローリーは執務室を出て、暗い廊下を歩き始める。
マイクは黙ってローリーを見送った。
壁に映し出された人物相関図だけが、部屋を白く照らし続けていた。
