コンテンプト・オブ・コート 5-32
深夜のアンカレッジ。
事務所の入る建物は、すでに静まり返っていた。廊下の照明は半分ほど落とされ、窓の向こうには街灯と、遠くを走る車のヘッドライトが見えるだけだった。
ローリーは階段を上り、事務所の前で足を止めた。
鍵を取り出す。
ドアを開けると、冷えた空気が頬に触れた。
「……マイク?」
返事はなかった。
ローリーは室内の照明をつけた。机の上には書類が積まれ、壁際の棚には事件関係のファイルが並んでいる。いつもと変わらない光景だった。
時計を見る。もう遅い時間だった。
マイクはまだ戻っていない。どこかで事件を追っているのか。
ローリーは携帯電話を取り出しかけ、手を止めた。
今夜、彼に聞かなければならないことがある。
リサ・グリーン。
二十年前、この街で死亡した女性弁護士。マイクの母親。
そして、同じ日に姿を消した自分の母親。
偶然だと考えるには、あまりにも出来すぎていた。
ローリーは、カーティスから受け取った資料の入った鞄を見下ろした。何度読み返しても、そこに書かれた事実は変わらない。リサの死は自殺として処理されていた。だが、捜査には不自然な点があり、原本まで失われている。
なぜ、事件の記録が消えたのか。
なぜ、マイクは母親について何も話さないのか。
そして、なぜ彼はこの街に戻ってきたのか。
ローリーは唇を引き結んだ。
初めてマイクと出会ったとき、彼は自分のことをほとんど語らなかった。質問をしても、必要なことしか答えない。何かを隠していると感じたことはあったが、それがこれほど重大な秘密だとは思っていなかった。
彼を責めたいわけではない。
ただ、知りたかった。
自分の母親に何が起きたのか。マイクは何を知っているのか。
ローリーは鞄を机に置き、奥の部屋へ向かった。
マイクの執務室は、事務所のほかの場所よりも整理されていた。大きな机と椅子、書類棚。窓際にはブラインドが下ろされ、壁には古い地図が掛かっている。
彼の不在を除けば、いつもどおりだった。
ローリーは部屋を見回した。
机の上に、見慣れないものがあった。
小さなプロジェクターだった。
黒い筐体は手のひらに収まるほどの大きさで、机の端に置かれている。近くには電源ケーブルがまとめられ、接続用の小さな機器もあった。
ローリーは眉を寄せた。
マイクがこんなものを持っていたとは知らなかった。
彼女はプロジェクターに近づき、手を伸ばしかけて止めた。
勝手に人の持ち物を調べるべきではない。
そう思いながらも、視線は機器から離れなかった。
リサ・グリーンの名前を知って以来、ローリーの中で何かが変わっていた。これまで別々だと思っていた二つの人生が、見えない糸で結ばれていたのかもしれない。
そして、その糸の先を知っているのは、マイクだけなのかもしれなかった。
ローリーはゆっくりと手を伸ばし、プロジェクターを持ち上げた。
底面を確認する。電源端子と操作ボタンがある。特別な装置には見えなかった。
だが、マイクの部屋に置かれている以上、理由もなくそこにあるとは思えなかった。
彼女は机の上に戻し、周囲をもう一度見回した。
マイクは何を映そうとしていたのだろう。
リサ・グリーンに関する資料か。それとも、二十年前の事件に関係する何かか。
ローリーは鞄から捜査資料を取り出し、机の上に置いた。
ページの端には、リサの名前と事件の日付が記されている。
彼女は資料とプロジェクターを交互に見つめた。
今夜、マイクが戻ってきたら、もう曖昧な返事で済ませるつもりはなかった。
母親の失踪とリサの死。その二つが本当に結びついているのなら、知らなければならないことがある。
ローリーは椅子を引き、腰を下ろした。
事務所の外で、風が窓を揺らした。
彼女は資料を閉じ、ドアのほうを見た。
マイクが帰ってきたら、すべてを聞く。
たとえ、その答えが自分の知っている過去を根底から覆すものだったとしても。
ローリーはプロジェクターを机の中央に置き直し、静かに待った。
