コンテンプト・オブ・コート 5-19
アンカレッジ市内。
ボクシングジム。
リングの上で、マイクとエイダンが向かい合っていた。
二人ともグローブをつけ、額には汗が浮かんでいる。
エイダンが構えた。
「来いよ、弁護士」
マイクが笑う。
「後悔するなよ」
「それはこっちの台詞だ」
ゴングが鳴った。
マイクが先に踏み込む。
左のジャブ。
エイダンは顔をそらしてかわす。
続けて飛んできた右のストレートも、上体をひねって避ける。
エイダンの拳がマイクの腹に入る。
マイクが一歩下がる。
「……やるな」
「褒めてる暇があるのか?」
エイダンが前へ出た。
マイクはパンチをかわし、カウンターを狙う。
だが、エイダンはその動きを読んでいた。
腕をつかみ、体勢を崩す。
次の瞬間、マイクの背中がマットに落ちた。
「はい、終わり」
エイダンがグローブを外す。
マイクは仰向けのまま、天井を見ていた。
「……もう一回だ」
「やめとけ。今日も俺の勝ちだ」
マイクは起き上がり、苦笑した。
「調子に乗るなよ」
「負け惜しみか?」
「事実を確認しただけだ」
エイダンが笑った。
二人はリングを降り、壁際のベンチへ向かった。
マイクがタオルで汗を拭いていると、ジムの入口が開いた。
「マイク・ハンターはいる?」
女の声だった。
マイクが顔を上げる。
エルマ・アトキンソンが立っていた。
エイダンが眉を上げる。
「お客さんか?」
「検事だ」
マイクは立ち上がった。
「どうしました?」
エルマはマイクの顔から足元まで見た。
「弁護士より、ギャングのほうが向いているんじゃない?」
マイクはタオルを肩にかけた。
「よく言われる」
「褒めてないわよ」
「分かってる」
エルマは小さく息を吐いた。
「あなた、私の興味を引くことに成功したわね」
「……結果オーライだ」
マイクはエイダンに目配せした。
「少し外してくれ」
エイダンは何も言わず、ジムの奥へ歩いていった。
マイクはエルマに向き直った。
「ところで、秘書の身柄は?」
エルマがため息をつく。
「ブローカーが証言した。殺し屋を紹介した相手はコールCEOの秘書だった。それなのに、逮捕も報道もない」
「ブローカーの証言だけで逮捕しろと?」
エルマは腕を組んだ。
「証言の裏付けが必要なの。今、会社側にも話を聞いているところよ」
マイクはタオルをベンチに置いた。
「逃げたな。早々に情報が漏れている」
エルマが目を細めた。
「捜査当局を疑っているの?それとも、担当検事の私を?」
マイクは首を振った。
「あなたじゃない」
「どうして言い切れるの?」
「あなたは母親とは違う。真っ当な人間だ」
エルマの表情がわずかに変わった。
「……母のことまで調べたの?」
「必要なことは調べる」
「それで、私は信用できると?」
「少なくとも、今はそう思っている」
エルマはマイクを見つめた。
「この裁判の目的は何?」
「裁判の目的?」
「あなたはカーターを無罪にするためだけに動いているようには見えない。どうして、そこまでこの事件に固執するの?」
マイクは黙った。
しばらくして、静かに答える。
「知らなくていい。正義とは程遠い理由だから」
エルマは鼻で笑った。
「正義もへったくれもないわ。真実を明らかにした人が勝つのよ」
マイクは彼女を見た。
「……二つ約束する」
「何?」
「カーター刑事は無罪になる」
エルマは黙って聞いていた。
「もう一つは?」
マイクはグローブをベンチに置いた。
「あなたは、裁判に負けても正義を貫くことになる」
エルマは目を細めた。
「どういう意味?」
マイクは答えなかった。
エルマはしばらくマイクを見つめたあと、踵を返した。
「次の公判で会いましょう」
「ええ。法廷で」
エルマはジムを出ていった。
奥からエイダンが戻ってくる。
「デートの誘いか?」
「仕事の話だ」
マイクはグローブを手に取り、はめ直した。
「もう1回だ」
