コンテンプト・オブ・コート 3-16
アンカレッジ市内。
病院。
午後。
ローリーは病室の前で足を止めた。
手にした書類を確認する。
カーター刑事の妻。
病室の番号を確認してから、ドアをノックした。
「どうぞ」
中から女性の声がした。
ローリーはドアを開けた。
ベッドの上に、一人の女性がいた。
顔色は悪い。
細い腕には点滴の管がつながっている。
女性はローリーを見る。
「どなた?」
ローリーは一歩、病室へ入った。
「初めまして。ご主人の弁護を担当するローリー・ブルックスです」
女性の表情が変わった。
「夫の弁護士?」
「そうです」
カーターの妻は少し体を起こした。
「夫は元気ですか?」
「元気ですよ」
ローリーは椅子を引いた。
「刑務所にいますが、元気です」
カーターの妻は安心したように息を吐いた。
「そう……」
「面会には?」
「何度か行こうとしたんです。でも……」
カーターの妻は言葉を止めた。
ローリーは点滴を見る。
「無理をしないほうがいいですよ」
「分かっています」
カーターの妻は小さく笑った。
「でも、夫に会いたいんです」
「ご主人も、あなたのことを心配しています」
「そうですか?」
「はい」
カーターの妻は窓の外を見た。
「私は、いつまで生きられるか分からないから」
ローリーは黙った。
「先生から聞きました」
カーターの妻は自分の手を見た。
「病気が進んでいるそうです」
「……」
「薬を使っても、前ほど効かなくなってきました」
ローリーは何も言わなかった。
カーターの妻は淡々と続ける。
「あと、どのくらいかは分からないそうです」
「そうですか……」
ローリーが言葉を失う。
カーターの妻は首を横に振った。
「もう慣れました」
「慣れるものじゃありません」
「そうですね」
カーターの妻は少し笑った。
「でも、怖がっていても時間は戻りませんから」
病室に沈黙が落ちた。
ローリーは持ってきた書類を膝の上に置いた。
「裁判のことですが……」
カーターの妻の顔が変わった。
「どうなりますか?」
「今、審理が進んでいます」
「夫は……」
カーターの妻は言葉を選ぶように、ゆっくり話した。
「夫は、誰も殺してません」
ローリーは女性を見る。
「知っています」
「本当に?」
「はい」
カーターの妻の目に涙が浮かんだ。
「よかった……」
「まだ裁判は終わっていません」
「はい」
カーターの妻はベッドの上で手を握った。
「でも、お願いします」
ローリーは黙って話しを聞いた。
「夫は刑事として、ずっと人を守ってきました」
「はい」
「だから……最後くらい、私のことも気にしないで、自分のために戦ってほしいんです」
声が震えた。
「夫が犯罪者として扱われるのは嫌です」
ローリーは何も言えなかった。
カーターの妻はローリーを見る。
「夫は誰も殺してません」
「……はい」
「無実を見届けてから死ねるよう、力を貸してください」
カーターの妻は頭を下げた。
「お願いします……」
ローリーは立ち上がった。
そして、ベッドの横へ歩いた。
カーターの妻の手を取る。
細い手だった。
ローリーは何も言わなかった。
ただ、その手を握った。
カーターの妻も何も言わなかった。
病室には、点滴の落ちる音だけが響いていた。
しばらくして、ローリーは手を離した。
「必ず、最後までやります」
カーターの妻はローリーを見た。
「ありがとうございます」
ローリーは答えなかった。
病室を出るため、ドアへ向かう。
背後から声が聞こえた。
「先生」
ローリーが振り返る。
「夫を……お願いします」
ローリーは小さく頷いた。
「はい」
ドアが閉まる。
廊下に出たローリーは、しばらくその場に立っていた。
手元の書類を見る。
カーター刑事。
殺人事件。
そして、病室に残された妻。
ローリーは書類を閉じた。
