コンテンプト・オブ・コート 3-13
アンカレッジ。
マリベル・ヴァレンタイン裁判官の邸宅。
マリベルはベッドにうつ伏せになっていた。
その背中を、整体師がゆっくりと押している。
「そこ、もう少し強く」
「はい」
整体師が力を加える。
マリベルは目を閉じた。
窓の外にはアンカレッジの街が見える。
室内には静かな音楽が流れていた。
「今日はかなり張っていますね」
「裁判が続いているからでしょう」
「お疲れなんですね」
マリベルは淡々と答えた。
その頃、隣の応接室ではジューン・アトキンソンがソファに座っていた。
向かいには一人の男がいる。
グレート・プラーンズ・ヘラルドのCEO、エリスだった。
エリスは持ってきた黒い鞄を開いた。
中から厚い資料を取り出す。
「これを見てください」
ジューンが資料を受け取る。
数枚めくる。
企業名。
契約書。
金銭の流れ。
行政関係者とのやり取り。
ジューンは表情を変えずにページをめくった。
「かなりありますね」
「ええ」
エリスは声を落とした。
「このまま表に出れば、ややこしいことになります」
ジューンは資料を閉じた。
「それで?」
エリスはジューンを見る。
「この犯罪行為をもみ消してください」
ジューンは少し黙った。
「あなたも大変ね」
ジューンは資料をテーブルに置いた。
「裁判官に話しておくわ」
エリスの表情が少し緩む。
「ありがとうございます」
「見返りは何?」
エリスはすぐに答えた。
「いい不動産を用意しています」
ジューンは黙っている。
「裁判官にも、いいものを用意します」
「そう」
「気に入っていただけると思います」
ジューンは資料を指先で押さえた。
「裁判官は大富豪よ」
エリスは何も言わない。
「お金や不動産だけで動く人じゃない」
「では、何を?」
「忠誠心よ」
ジューンはエリスを見た。
「あなたは、裁判官に忠誠心を示すだけでいい」
「忠誠心……」
「そう」
ジューンは立ち上がった。
「裁判官もそれを望んでいるわ」
エリスは少し考えた。
「具体的には?」
「自分で考えなさい」
「分かりました」
ジューンは資料を鞄へ戻した。
「これは預かるわ」
「よろしくお願いします」
「それと」
ジューンが振り返る。
「この件について、誰にも話さないこと」
「もちろんです」
ジューンは応接室のドアへ向かった。
そのとき、隣の部屋からマリベルの声が聞こえた。
「ジューン」
「はい」
「誰か来ているの?」
ジューンはドアの前で止まった。
「エリスCEOです」
「そう」
それだけだった。
ジューンはエリスを見る。
「今日はここまでにしましょう」
「はい」
エリスが立ち上がる。
ジューンが玄関まで案内する。
「判事には私から話しておきます」
「ありがとうございます」
エリスは頭を下げた。
玄関のドアが閉まる。
ジューンはしばらくその場に立っていた。
やがて応接室へ戻る。
テーブルの上には、エリスが持ってきた資料が残っていた。
ジューンはそれを手に取り、隣の部屋を見る。
マリベルはまだマッサージを受けていた。
「裁判官」
「何?」
「エリスCEOから相談がありました」
マリベルは目を閉じたまま答えた。
「何の相談?」
「会社のことです」
マリベルはしばらく黙っていた。
「どうしてほしいと?」
「力を貸してほしいそうです」
マリベルは目を開けた。
「そう」
それ以上は言わなかった。
ジューンはマリベルを見た。
「話を進めても?」
「任せるわ」
「分かりました」
整体師がマリベルの背中を押す。
マリベルは再び目を閉じた。
「ジューン」
「はい」
「忠誠心は大切よ」
「分かっています」
「忘れないで」
「はい」
ジューンは静かに頭を下げた。
部屋には、再び静かな音楽だけが流れ始めた。
