コンテンプト・オブ・コート 2-9
アンカレッジ近郊。
市街地から少し離れた場所に、児童養護施設があった。
施設の前には数台の車が並び、その周囲にテレビ局や新聞社の記者が集まっている。
黒い車が到着した。
ドアが開き、マリベル裁判官が降りる。
ジューン・アトキンソンが後に続いた。
施設の運営責任者が駆け寄る。
「ヴァレンタイン判事、お待ちしていました」
「今日は子供たちに会わせてもらえるかしら」
「もちろんです」
施設の中へ入る。
廊下の奥から子供たちの声が聞こえてくる。
マリベルは笑顔を作った。
「こんにちは」
「こんにちは!」
子供たちが集まってくる。
マリベルは一人の少女の目線まで腰を落とした。
「名前は?」
「エミリー」
「何歳?」
「八歳」
「学校は好き?」
少女が頷く。
「うん」
「偉いわね」
マリベルは少女の頭を軽く撫でた。
別の子供が近づいてくる。
「判事さん、これ見て」
子供が描いた絵を差し出す。
「上手ね」
「何の絵?」
「家族」
マリベルは絵を受け取り、しばらく眺めた。
「素敵な家族ね」
その様子をカメラが撮影していた。
施設の運営責任者が記者に説明する。
「判事には以前から支援をいただいています」
記者がマリベルにマイクを向けた。
「判事、今回の訪問の目的を教えてください」
マリベルは子供たちを見ながら答える。
「子供たちが安心して暮らせる場所を守ること。それだけです」
「施設への支援については?」
「できる限り協力します」
「今後も続けるお考えですか?」
「もちろんです」
マリベルは笑顔で答えた。
カメラのシャッターが続く。
ジューンは少し離れた場所から、その様子を見ていた。
取材が終わる。
記者たちが外へ移動する。
ジューンは施設の運営責任者を呼び止めた。
「これを」
厚みのある封筒を差し出す。
運営責任者が受け取る。
「これは?」
「施設のために使ってください」
封筒を開く必要はなかった。
厚さだけで、普通の寄付ではないことが分かる。
「こんなに……」
「判事からです」
「ありがとうございます」
ジューンは何も言わず、その場を離れた。
施設の外では、黒い車のそばに一人の男が立っていた。
グレート・プラーンズ・ヘラルドのCEO、エリスだった。
マリベルが近づく。
「判事」
「エリスCEO」
「今日は大変いい取材でした」
「そうですか」
「子供たちとの写真も、明日の紙面に使えそうです」
マリベルは答えなかった。
エリスは少し間を置いてから尋ねる。
「ところで、市長候補は決まりましたか?」
マリベルがエリスを見る。
「まだ聞いていません」
「判事が口添えすれば、当選したも同然です」
マリベルは何も言わない。
エリスは笑った。
「この街では、誰が市長になるかが重要ですからね」
マリベルは車のドアを開けた。
「失礼します」
「判事」
マリベルは振り返らない。
そのまま車に乗り込む。
ジューンが助手席に乗った。
車が動き出す。
施設の前に残ったエリスは、走り去る車を見送った。
車内では、ジューンが振り返る。
「あいつには答えなかったんですね」
マリベルは窓の外を見たまま答えた。
「答える必要がないもの」
それ以上、会話は続かなかった。
車は市街地へ向かって走り続けた。
