コンテンプト・オブ・コート 2-8
アンカレッジ市内のブティック。
店内には春物の服が並んでいた。
大きな窓から入る光が床を照らしている。
ローリーは試着室から出てきた。
淡い色のジャケットに、細身のパンツ。
鏡の前に立つ。
マリベル裁判官は少し離れた場所からローリーを見ていた。
「いいじゃない」
「そうですか?」
「ええ。よく似合ってる」
ローリーは鏡を見た。
「自分では、こういう服は選ばないですね」
「だから私が選んだのよ」
マリベルは店員に別の服を持ってこさせる。
「これも着てみて」
「まだあるんですか?」
「誕生日なんだから遠慮しないの」
「でも、もう十分です」
「駄目」
マリベルは即答した。
「あなたは昔から遠慮しすぎるのよ」
ローリーは苦笑した。
「昔から変わりませんね」
「あなたもね」
マリベルはローリーの肩に手を置いた。
「私はあなたを娘と思ってる」
ローリーは鏡越しにマリベルを見た。
少し笑って答える。
「知ってます。お母さん」
マリベルは笑った。
「そう呼ばれると、本当に娘ができたみたいね」
「嫌ですか?」
「いいえ」
マリベルはローリーの髪を軽く整えた。
「むしろ嬉しいわ」
ローリーも笑う。
店員が新しい服を持ってくる。
「こちらもお似合いになると思います」
「ローリー、着てみて」
「はい」
ローリーが服を受け取った、そのときだった。
店の入口から声が聞こえた。
「判事、そろそろ時間です」
マリベルが振り返る。
「ジューン」
側近のジューン・アトキンソンが店内へ入ってきた。
腕には書類の入ったバッグを抱えている。
「次の予定があります。もう出ないと間に合いません」
「分かってるわ」
マリベルは時計を見る。
「あと少しだけ」
ジューンは呆れたように息を吐いた。
「判事は仕事になると時間に厳しいのに、買い物になると別人ですね」
「今日は特別なの」
ジューンはそこで初めて、マリベルの隣にいるローリーを見た。
足を止める。
「……ローリー?」
ローリーも振り返った。
「アトキンソンさん」
「ローリーじゃない。元気にしてた?」
「はい。元気です」
ジューンはローリーをじっと見る。
「何年振りかしら」
「かなり久しぶりですね」
「本当に大きくなったわね」
ローリーは苦笑した。
「もう子供じゃありませんよ」
「そうね。弁護士になったんだものね」
ジューンはマリベルを見る。
「判事が連れ回してるの?」
「誕生日の買い物よ」
「なるほど」
ジューンはローリーに向き直った。
「うちの娘が検事になれたのは、あなたのおかげよ」
ローリーの表情が止まった。
「私の?」
「そうよ」
ジューンは悪びれずに続けた。
「あなたが試験に失敗したおかげで、エルマは優秀な検事になれたの」
「ジューン」
マリベルが低い声で止める。
「馬鹿なことを言わないで」
「事実でしょう?」
「そういう言い方をするなと言っているの」
ローリーは黙っていた。
ジューンは肩をすくめる。
「冗談よ」
「冗談に聞こえません」
ローリーが言った。
ジューンは少し笑った。
「昔から真面目ね」
マリベルがローリーの腕に手を添える。
「気にしなくていいわ」
「はい」
ジューンはローリーの服装を見た。
「それで、ローリー。弁護士になったんでしょ?」
「はい」
「凡人なのに成功したわね」
マリベルが眉をひそめる。
「ジューン」
「褒めてるのよ」
ジューンはローリーに笑いかけた。
「頑張ってね」
「ありがとうございます」
ジューンは時計を見る。
「判事、本当に時間がありません」
「分かったわ」
マリベルは店員に服を預けた。
「これ、全部包んでちょうだい」
「全部ですか?」
ローリーが驚く。
「もちろん」
「そんなに買えません」
「私が買うの」
「でも――」
「娘への誕生日プレゼントよ」
ローリーは何も言えなくなった。
マリベルは笑った。
「行きましょう」
二人が店を出る。
ジューンも後に続いた。
ローリーは振り返り、店内を一度見た。
そして、マリベルの隣を歩き始めた。
