コンテンプト・オブ・コート 2-7
アンカレッジ連邦地方裁判所。
午前の執務時間。
裁判官の執務室の前で、ローリーは一度だけ身だしなみを確認した。
スーツの襟を直す。
そして、ドアをノックした。
「どうぞ」
聞き慣れた声だった。
ローリーがドアを開ける。
「失礼します」
デスクで書類を読んでいたマリベル裁判官が顔を上げた。
一瞬、驚いたような表情を見せる。
次の瞬間、顔が明るくなった。
「ローリー!元気にしてた?」
「はい!」
ローリーも笑った。
マリベルは立ち上がり、ローリーのところまで歩いてくる。
「久しぶりね」
「ご無沙汰しています」
「そんなにかしこまらなくていいでしょう」
「ここは裁判所ですから」
「私の部屋よ」
マリベルは笑った。
ローリーが椅子に座る。
マリベルは小さなコーヒーメーカーのところへ向かった。
「コーヒーでいい?」
「はい。ありがとうございます」
「砂糖は?」
「入れません」
「昔から変わらないわね」
マリベルはコーヒーを二杯淹れ、一杯をローリーの前に置いた。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
ローリーはカップを手に取った。
少し飲んでから、マリベルを見る。
「先生も変わりませんね」
「先生はやめて。もう私はあなたの先生じゃないでしょう」
「私にとっては今でも先生です」
マリベルは笑いながら自分の椅子に戻った。
「それで?」
「はい?」
「今日は何の相談?」
ローリーは少し迷った。
「例の弁護士のことです」
「ああ」
マリベルの表情が少し変わった。
「市長殺害事件について調べている弁護士ね」
「そうです」
「あなたの事務所の弁護士?」
「一緒に仕事をしています」
「そうだったわね」
マリベルはコーヒーを飲んだ。
「あの弁護士、市長殺害の裁判を横取りするつもり?」
ローリーは苦笑した。
「そうみたいです」
「あなたはどう思う?」
「最低な男です」
即答だった。
マリベルが笑う。
「そこまで言う?」
「言います。態度も悪いし、人の話を聞かないし、何を考えているのか分かりません」
「でも?」
ローリーは少し黙った。
「事件に詳しいんです」
マリベルは黙ってローリーを見た。
「市長殺害の事件について、まだ公開されていないことまで知っているような話をするんです」
「具体的には?」
「それは……」
ローリーは言葉を止めた。
「うまく説明できません。ただ、普通の弁護士が知っている情報量じゃないと思います」
マリベルはカップを机に置いた。
「事件の資料を読んだ?」
「はい」
「どうだった?」
「証拠が多すぎます」
ローリーは即答した。
「現場の状況も、捜査資料も、被告人に不利な材料が揃っています。普通に考えれば、かなり厳しい事件です」
「それなのに、彼は事件に関わろうとしている?」
「はい」
「勝てると思っているのかしら」
「分かりません」
ローリーは首を振った。
「でも、一つだけ気になることがあります」
「何?」
「動機がないんです」
マリベルは黙った。
「証拠は多い。でも、どうして市長を殺したのか。それだけが見えません」
「動機がない事件は多いわ」
「そうでしょうか」
「通り魔もそうでしょう。殺される側に理由があるとは限らない」
「それは分かります」
「なら、それだけで事件がおかしいとは言えないわ」
ローリーはコーヒーを飲んだ。
「……そうですね」
マリベルはローリーの顔を見た。
そして、ふっと笑った。
「ところで」
「はい?」
「この前、誕生日だったわね」
ローリーが少し驚く。
「覚えていたんですか?」
「当然でしょう」
マリベルは立ち上がった。
「今日は仕事の話は終わり」
「え?」
「買い物に行きましょう」
「今からですか?」
「今からよ」
「でも、先生は仕事が……」
「だから先生じゃないって言ってるでしょう」
マリベルは笑った。
「あなたの誕生日を祝ってあげる」
ローリーは呆れたように笑った。
「分かりました」
マリベルはコートを手に取った。
二人は並んで執務室を出る。
机の上には、市長殺害事件の資料が残されていた。
その一番上に置かれた書類へ、マリベルが一度だけ視線を向ける。
そして何事もなかったように、ローリーの後を追った。
