コンテンプト・オブ・コート 2-6
アンカレッジ刑務所。
面会室の壁には、傷のついた白い塗装が残っていた。天井の蛍光灯が机を照らし、その下に金属製の椅子が二脚置かれている。机の中央には透明な仕切りがあり、向かい側に座る相手の声だけが届く構造になっていた。
カーター刑事は椅子に座っていた。
刑務所に収容されてから、何度も同じ部屋に入った。取り調べのときも、弁護士との面会でも、見るものは変わらない。
壁。
机。
椅子。
監視カメラ。
そして、扉の外に立つ看守。
向かいには弁護士のオースティンが座っている。
オースティンは分厚いファイルを開き、事件資料を確認していた。
「裁判の準備は進んでいます」
カーターは黙っている。
「検察側の証拠についても確認しました。こちらに不利なものは多いですが、まだ手はあります」
「まだ手がある?」
「裁判では最後まで何が起こるか分かりません」
オースティンは淡々と答えた。
カーターはオースティンの顔を見た。
市長が殺された。
犯行現場と一致する靴跡があり、アリバイを証明するはずだった証人まで自分を否定した。
刑事として事件を見れば、状況はほとんど決まっている。
それでもオースティンは落ち着いていた。
カーターはしばらく黙ってから、口を開いた。
「コールCEOは、市長殺害の容疑者を知らないのか?」
オースティンのページをめくる手が止まった。
「何の話です?」
「そのままの意味です」
「いくらCEOでも、そこまで知るはずがない」
「そうですか」
カーターは椅子の背にもたれた。
「俺は市長の警護にも関わっていた。アンカレッジで何が動いているのか、それなりに知っています」
「だから?」
「コールCEOが何も知らないとは思えない」
オースティンはファイルを閉じた。
「あなたは今、殺人事件の被告人です。余計なことを考えないほうがいい」
「余計なことですか」
「ええ」
「市長を殺した人間がいるんですよ」
「だから警察が捜査している」
「俺も警察です」
「今は違う」
オースティンの言葉は短かった。
カーターは黙った。
その言葉が意味するところは分かっていた。
刑事だった自分は、今は被告人として刑務所の中にいる。
捜査する側ではない。
捜査される側だ。
カーターは机の上に視線を落とした。
「コールCEOが知ってたら、とっくに始末してますよね」
オースティンは答えなかった。
「違いますか?」
「あなたは考えすぎです」
「刑事は考えすぎるくらいでいいんですよ」
「もう刑事ではないでしょう」
カーターはオースティンを睨んだ。
だが、オースティンは視線をそらさなかった。
「あなたをここから出すことだけを考えています。それ以外のことは、私に任せてください」
「本当に出すつもりですか?」
「もちろんです」
「どうやって?」
「裁判で争います」
「証拠は?」
「これからです」
「アリバイは?」
「これからです」
「証人は?」
オースティンは少し間を置いた。
「必要なものは、こちらで準備します」
カーターは黙った。
具体的な説明が何もない。
それでもオースティンには焦りがない。
むしろ、何かが決まっている人間の顔をしていた。
カーターはその表情を見ながら、椅子の背から体を起こした。
「オースティン弁護士」
「何です?」
「俺は本当に無罪になるんでしょうね?」
「当然です」
「絶対に?」
オースティンは迷わず答えた。
「心配ありません」
カーターは目を細めた。
刑事として何度も被疑者と接してきた。
事件の証拠を見せられても、自分はやっていないと言い続ける人間を何人も見てきた。
だが、オースティンの言葉には別のものがあった。
確信というより、結果を知っているような落ち着きだった。
オースティンは腕時計を確認した。
そしてファイルを閉じ、椅子から立ち上がった。
「刑事」
カーターが顔を上げる。
「コールCEOに頼みたいことや、言っておきたいことは?」
その質問に、カーターは黙った。
なぜ、今それを聞くのか。
カーターはオースティンの顔を見た。
「……ありません」
「本当に?」
「ありません」
オースティンはカーターを見たまま、数秒間黙った。
カーターは首を横に振る。
「コールCEOに伝えることは何もない」
「分かりました」
オースティンはそれだけ言った。
ファイルを抱え、面会室の出口へ向かう。
カーターはその背中を見ていた。
扉の前で、オースティンが立ち止まる。
振り返ることはなかった。
「裁判のことだけ考えてください」
「分かっています」
扉が開いた。
看守が外で待っていた。
オースティンは面会室を出ていく。
扉が閉まる。
カーターは一人になった。
蛍光灯の音だけが聞こえる。
カーターは机の上に両手を置いた。
そして、ゆっくりと目を閉じた。
コールCEOは本当に何も知らないのか。
オースティンは本当に自分を無罪にするつもりなのか。
答えは出ない。
ただ一つだけ、カーターには引っかかっていた。
最後にオースティンが口にした言葉。
「コールCEOに頼みたいことや、言っておきたいことは?」
あの質問だけが、頭から離れなかった。
