コンテンプト・オブ・コート 2-5
テラ・インフラテック本社。
アンカレッジ中心部に建つ高層ビルの最上階に、コールの執務室があった。
大きな窓から街が見える。
春になっていたが、道路脇や建物の陰にはまだ雪が残っていた。
コールは窓の前に立ち、腕時計を確認した。
予定の時刻だった。
執務室のドアが開く。
秘書が入ってきた。
「ヴァレンタイン判事がお見えです」
「通してくれ」
秘書が下がる。
コールはネクタイを直した。
すぐにエレベーターへ続く廊下から足音が聞こえた。
マリベル・ヴァレンタインが入ってくる。
コールは自分から歩み寄った。
「判事、お待ちしていました」
「待たせたかしら」
「いいえ。私も今、戻ったところです」
コールは笑顔を見せた。
「こちらへどうぞ」
マリベルは返事をせず、執務室の中央を横切った。
コールが後ろからついていく。
ソファに腰を下ろす。
コールも向かいに座った。
秘書がコーヒーを二人分置いた。
マリベルはカップに手を伸ばしたが、口はつけなかった。
「市長が不在だと心もとない」
コールは一瞬だけ表情を変えた。
「市長の件ですか」
「そうよ」
「後任は誰になるんですかね」
マリベルはコールを見る。
「もう決めてる」
コールはカップを手に取った。
「もうですか?」
「ええ」
「早いですね」
「遅いくらいよ」
コールはコーヒーを一口飲んだ。
「グレート・プラーンズ・ヘラルドのエリスCEOですか?」
マリベルは何も言わない。
「それとも、もっといい人物が?」
マリベルは答えなかった。
コールはカップをテーブルに戻した。
「判事?」
沈黙。
マリベルは窓の外を見ている。
コールも視線を追った。
アンカレッジの街。
市役所。
その周辺を走る車。
人間が動いている。
だが、マリベルは街そのものを見ているようだった。
コールは再び彼女を見る。
「まさか……」
マリベルは何も言わない。
コールの声が小さくなる。
「もしかして……俺ですか?」
マリベルがようやくコールを見る。
「できるわね?」
コールは答えなかった。
数秒間、マリベルの顔を見つめる。
そして、ゆっくりと背もたれから体を起こした。
「信じられない」
マリベルは黙っている。
「俺を候補に選ぶなんて」
コールは笑った。
「光栄です」
「何が?」
「もちろん、市長候補に選んでいただいたことです」
「候補?」
コールの笑顔が止まる。
マリベルは静かに続けた。
「私は候補者を一人ずつ並べて、最後に誰かを選ぶ話をしているんじゃない」
コールは黙った。
「お前がやるの」
「……私が?」
「そう」
マリベルは立ち上がった。
コールも立ち上がる。
「会社はどうする?」
「後任を決めます」
「そう」
「市長になれば、会社経営とは違う仕事になります」
「分かっているじゃない」
マリベルはコールの横を通り過ぎた。
「お前は実業家の真似事をしても、昔と何も変わらない」
コールは振り返った。
「昔と?」
「ええ」
マリベルは足を止める。
「金を稼ぐ。会社を大きくする。人を雇う。肩書きを手に入れる」
コールは黙って聞いていた。
「それだけでは、この街は動かせない」
マリベルは振り返った。
「これからは政治をするの」
コールは何も言わない。
「お前にはそれが似合う」
短い沈黙。
コールはゆっくりとうなずいた。
「理解しました」
マリベルはコールを見る。
「本当に?」
「はい」
コールの表情から笑みが消えた。
「判事に従います」
マリベルは何も答えない。
コールは姿勢を正した。
「アンカレッジ市民のために身を粉にして働きます」
「その言葉を忘れないことね」
「もちろんです」
マリベルは執務室のドアへ向かった。
コールが後ろから声をかける。
「判事」
マリベルが振り返る。
「市長になるために、私がやるべきことは?」
「もう始まっているわ」
それだけ言って、マリベルは部屋を出ていった。
ドアが閉まる。
コールはしばらく動かなかった。
やがて窓の前まで歩く。
眼下にアンカレッジの街が広がっている。
これまで見てきた景色と同じだった。
だが、コールには違って見えた。
会社の看板ではなく、市庁舎の建物が目に入る。
コールは窓に映った自分の姿を見た。
そして、誰もいない執務室で小さく笑った。
