コンテンプト・オブ・コート 2-23
アンカレッジ。
二十年前。
夕方。
雨が降っていた。
ローリーは玄関の前に立っていた。
黄色い合羽を着ている。
片手には小さな財布。
もう片方の手には、空の筆箱を持っていた。
玄関の外を見ている。
雨は強くなっていた。
ローリーは靴を履いた。
そのとき、玄関のドアが開いた。
母親が帰ってきた。
濡れた髪を手で押さえながら、ローリーを見る。
「ローリー?」
「お母さん」
母親は合羽姿の娘を見た。
「合羽なんて着て、どこにいくの?」
ローリーは筆箱を見せた。
「えんぴつを買いにいくの」
「今から?」
「うん」
「外、雨が降ってるわよ」
「大丈夫」
母親はローリーのところまで歩いてきた。
合羽のフードを直す。
「風邪ひいちゃうわよ」
「平気だよ」
「駄目」
母親はローリーの筆箱を受け取った。
「お母さんが買ってくるから待ってなさい」
ローリーは母親を見上げた。
「お母さんが?」
「そう」
「一人で行ける?」
「大丈夫よ」
母親は笑った。
「すぐそこだから」
ローリーは少し考えた。
それから、小さくうなずいた。
「うん。ありがとう、お母さん」
「いいの」
母親はローリーの頭を撫でた。
「ここで待っててね」
「うん」
母親は玄関へ向かった。
ドアを開ける。
外から雨音が入ってくる。
母親が振り返った。
「すぐ帰るからね」
ローリーは玄関の中から母親を見ていた。
「うん」
母親は外へ出た。
ドアが閉まる。
ローリーはその場に立ったまま、閉じたドアを見ていた。
雨音だけが聞こえる。
しばらくして、ローリーは窓のところへ行った。
外を見る。
母親の姿は、もう見えなかった。
道路を走る車。
雨に濡れた歩道。
街灯。
それだけだった。
ローリーは窓から離れた。
リビングの椅子に座る。
母親が戻ってくるのを待った。
時計を見る。
時間が過ぎる。
雨は降り続いている。
ローリーは玄関を何度も見た。
ドアは開かなかった。
「お母さん……」
小さな声だった。
返事はない。
ローリーは椅子から立ち上がった。
玄関へ行く。
ドアノブに手をかける。
しかし、開けなかった。
母親から「ここで待ってて」と言われたことを思い出した。
ローリーは手を離した。
そして、また椅子に戻った。
夜になった。
雨はまだ降っていた。
ローリーは眠らずに待っていた。
玄関の方を見ながら、母親が帰ってくるのを待った。
だが、その夜、母親は帰ってこなかった。
翌日も。
その次の日も。
母親の姿を見ることはなかった。
ローリーが母親の姿を見たのは、あの日が最後だった。
雨の降る夕方。
玄関を出ていく母親の背中。
「すぐ帰るからね」
その言葉だけが、ローリーの記憶に残っていた。
