コンテンプト・オブ・コート 1-49
朝のアンカレッジは冷えていた。
マイクの事務所は、古い四階建ての建物の四階にある。
階段を上がったローリーは、ドアの前で足を止めた。
昨日まで、ここに来る理由はなかった。
今日からは違う。
ローリーはドアを開けた。
「おはよう」
返事はなかった。
室内には、古い机が三つ並んでいた。壁際には書類棚があり、その横に小さな金庫が置かれている。窓からはアンカレッジの街並みが見えた。
奥の机でマイクが書類を読んでいた。
ローリーを見ると、顔を上げた。
「来たか」
「約束したから」
「遅刻じゃないな」
「初日から遅刻するほど、あなたを舐めてない」
ローリーはコートを脱ぎ、空いている机の椅子を引いた。
「ここ?」
「そこが君の机だ」
「電話は?」
「まだない」
「依頼人は?」
「まだいない」
「事務員は?」
「いない」
ローリーが室内を見回した。
「つまり、何もないじゃない」
「これから作る」
ローリーは椅子に座った。
机の上には、紙とペン、それから古い電話機が一台置かれていた。
「私、昨日言ったよね」
「何を?」
「父の借金の分だけ働く」
「ああ」
「それ以上は働かない」
「別に構わない」
「給料もいらない。借金がなくなったら辞める」
マイクは書類を机に置いた。
「好きにしろ」
「それだけ?」
「何か言ってほしいのか?」
「そういうところが嫌いなのよ」
「知ってる」
ローリーはため息をついた。
昨日まで、自分はこの男を信用していなかった。
今も信用していない。
ただ、父親の借金を消すには、他に方法がなかった。
ローリーは机の引き出しを開けた。
中には何も入っていなかった。
「仕事は?」
「ある」
「何?」
マイクは立ち上がった。
「その前に、事務所のことを覚えてもらう」
「掃除?」
「それも仕事だ」
「弁護士を雇って、最初にやらせることが掃除?」
「嫌ならやらなくていい」
「やるわ」
ローリーは立ち上がった。
机の上を見回し、散らばった書類をまとめ始めた。
マイクはその様子を見ていた。
「何?」
「いや」
「何か言いたそうだけど」
「思ったより真面目だな」
「借金があるからよ」
「そうだったな」
ローリーは書類を揃えた。
「あなたは?」
「俺?」
「私を雇ったんだから、仕事をするんでしょ」
「する」
「何の仕事?」
マイクは窓の外を見た。
「弁護士の仕事だ」
「当たり前でしょ」
「なら、ついてこい」
ローリーが顔を上げた。
「どこへ?」
「刑務所」
「いきなり?」
「いきなりだ」
マイクは机の上から車のキーを取った。
「準備しろ」
「誰に会うの?」
「依頼人になるかもしれない男だ」
「かもしれない?」
「まだ依頼人じゃない」
ローリーは一瞬黙った。
「それ、私が行く必要ある?」
マイクはドアの前で振り返った。
「ある」
「理由は?」
「君の初仕事だからだ」
ローリーは椅子から立ち上がった。
机の上に置かれた書類を一度見て、それからマイクを見る。
「分かった」
二人は事務所を出た。
階段を下りる途中、ローリーが口を開いた。
「一つだけ確認する」
「何だ?」
「私が父の借金を返し終わるまで、ちゃんと給料は出すんでしょうね」
「出す」
「途中で勝手にクビにしない?」
「仕事ができるならな」
「できなかったら?」
「その時は考える」
「最低ね」
「よく言われる」
二人は建物の外へ出た。
冷たい風が吹いていた。
マイクは駐車場へ向かう。
ローリーがその後を追った。
助手席のドアを開ける。
マイクが運転席に乗り込んだ。
エンジンがかかった。
「ローリー」
「何?」
「初仕事だ」
ローリーは黙ってシートベルトを締めた。
車が走り出した。
