パキスタンの死刑制度:国際基準から逸脱した「広範な死刑適用」

パキスタンの死刑制度は、法制度上の存置、長期にわたる事実上の執行停止、死刑判決の継続という3つの特徴を持つ。
2026年4月25日/パキスタン、首都イスラマバード、軍・警察の規制ライン(ロイター通信)
現状(2026年10月時点)

パキスタンの死刑制度は、死刑を法律上維持しながら、実際の執行を長期間停止しているという二重の特徴を持つ。2026年10月時点で確認できる国際機関や人権団体の資料によれば、同国では死刑判決が引き続き言い渡されている一方、最後の死刑執行は2019年に確認されており、その後は事実上の執行停止状態が続いている。

この状況を理解するには、死刑執行の有無だけでなく、死刑判決を受けた人々の規模、死刑を科し得る犯罪の範囲、裁判の公正性、そして死刑囚が長期間拘禁される実態を区別して分析する必要がある。執行が停止されているからといって、死刑制度が廃止されたわけでも、死刑囚が刑罰の危険から解放されたわけでもない。

欧州連合庇護庁が2026年10月に公表したパキスタンに関する分析では、同国の刑事司法制度において、死刑は殺人や冒涜罪に加え、誘拐や人質拘束などの特定の犯罪にも適用され得ると整理されている。また、2025年には少なくとも225件の死刑判決が言い渡されたと報告されており、2024年の174件から増加したことが示されている。

死刑判決数の増加は、執行停止とは別の問題である。死刑判決が積み重なれば、上訴審や再審査の負担が増大し、死刑囚の長期拘禁や刑事司法制度の処理能力をめぐる問題が深刻化する可能性がある。

したがって、2026年時点のパキスタンの死刑制度は、単純に「執行が止まっている国」と評価するのではなく、死刑判決の蓄積、法律上の広範な適用、司法上の保障、将来の執行再開の可能性という複数の側面から捉えるべきである。とりわけ重要なのは、国家が生命を奪う権限を保持したまま、その行使を事実上停止している状態が、法制度と人権保障にどのような影響を及ぼしているかという点である。

パキスタン死刑制度の現状と背景

パキスタンは、1947年の独立後、英国植民地期から引き継いだ刑事法体系を基礎に国家の司法制度を形成してきた。現在の死刑制度は、刑法、刑事訴訟法、反テロ法、イスラム法に関連する法規などが重なり合う構造を持ち、犯罪の種類によって異なる法的根拠や手続きが適用される。

パキスタンの死刑制度を特徴づけるのは、国家の刑罰権と宗教的規範、治安政策、社会的圧力が複雑に結びついていることである。殺人などの重大犯罪への処罰という一般的な刑事司法上の目的に加え、宗教への侮辱とされる行為や、テロ対策の一環として位置づけられる犯罪にも死刑が関係するため、死刑の適用範囲をめぐる議論は、単なる刑罰政策の問題にとどまらない。

パキスタンはイスラム共和国であり、イスラム教は国家制度と社会生活に大きな影響を与えている。ただし、現在の刑事法体系をイスラム法だけから説明するのは正確ではなく、植民地期の法制度、独立後の法改正、軍事政権期のイスラム化政策、民主政権下の刑事司法改革などを合わせて検討する必要がある。

特に1970年代末以降、ジアウル・ハク政権期に進められた法制度のイスラム化は、宗教に関連する犯罪規定や刑罰の位置づけを考えるうえで重要である。この時期の政策と、その後の法改正によって形成された制度は、宗教的価値観を刑事法に反映させる一方、宗教的少数派の権利や表現の自由との緊張を生み出してきた。

また、パキスタンではテロ攻撃、宗派間の対立、犯罪組織による暴力などが、厳罰化を支持する政治的・社会的論拠として繰り返し持ち出されてきた。政府が治安維持の姿勢を示す際、死刑は国家の強制力を象徴する政策手段となり得るが、厳罰化が犯罪をどの程度抑止するのかについては、刑罰の重さだけでなく、犯罪の検挙率、捜査の質、裁判の迅速性なども考慮しなければならない。

この点で、パキスタンの死刑制度には、重大犯罪に対する社会の処罰要求と、誤判を防止するための慎重な司法手続きとの間に緊張が存在する。刑罰を厳しくすることが政治的に支持される場合でも、証拠の信頼性や被告人の防御権が十分に保障されなければ、国家による処罰の正当性そのものが損なわれる。

国際的な観点からは、パキスタンが死刑を維持していること自体と、死刑をどの犯罪に適用し、どのような手続きで判決を下すかという問題を分ける必要がある。死刑を存置する国であっても、国際人権法上の制約を免れるわけではなく、適用対象となる犯罪、裁判の公正性、恩赦や減刑の可能性などについて、一定の基準を満たすことが求められる。

モラトリアムの導入と「2014年の転換点」

パキスタンの死刑政策を理解するうえで、2008年から2014年までの執行停止と、2014年12月の政策転換は決定的に重要である。政府は2008年以降、死刑執行を事実上停止していたが、2014年12月16日にペシャワールの陸軍公立学校が武装勢力に襲撃され、多数の児童・生徒を含む約150人が死亡した事件を受け、死刑執行の再開に踏み切った。

この事件は、パキスタンの治安政策に大きな衝撃を与えた。政府はテロ対策の強化を進め、当初はテロ関連犯罪で死刑判決を受けた受刑者を主な対象として執行を再開したが、2015年3月には対象を他の死刑適用犯罪にも拡大した。

この政策転換の背景には、テロ組織に対する抑止力の強化と、国家が重大犯罪に対して断固たる姿勢を示す必要性があるという政治的判断があった。しかし、テロ事件への対応として始まった執行再開が、殺人やその他の犯罪にも広く適用されるようになったことで、死刑制度の運用は当初の安全保障上の目的を超えて拡大した。

司法制度の観点から見れば、2014年の転換は、死刑執行を停止する政策が、重大事件を契機として比較的短期間で変更され得ることを示した事例でもある。執行停止が法律上の廃止や恒久的な制度変更によって確立されていなければ、政治情勢や治安上の危機によって政策が反転する可能性が残る。

2014年12月から2019年12月までに、パキスタンでは約516人が処刑されたと、国内の人権団体や刑事司法関連の調査資料は記録している。特に2015年には執行が急増し、死刑制度が単に法律上存続していた段階から、国家による大規模な執行が行われる段階へと移行した。

この期間の経験は、死刑執行の再開が、すでに死刑判決を受けていた人々の生命に直接的な影響を及ぼすことを示している。同時に、死刑の対象となる犯罪が広範である場合、執行再開の影響はテロ事件の被告人に限定されず、一般犯罪の受刑者や、司法上の問題を抱える人々にも及び得る。

その後、2019年12月を最後に死刑執行は確認されていないが、これを死刑制度の廃止に向けた確定的な転換と解釈することはできない。法律上の死刑規定は残され、裁判所は新たな死刑判決を言い渡し続けているため、現在の状態は制度の廃止ではなく、執行が停止されたまま判決が蓄積する状態と評価するのが適切である。

また、死刑執行の停止には、政府による正式な廃止決定や、死刑を全面的に禁止する法律の制定が伴っていない。したがって、死刑囚の生命を長期的に保障するためには、執行停止の継続だけでなく、死刑適用犯罪の縮小、上訴審の迅速化、恩赦制度の実効性確保など、制度面の改革が重要となる。

膨大な死刑囚の数

パキスタンの死刑制度をめぐる問題の中でも、死刑判決を受けた人々の総数は特に重要な指標である。死刑執行が停止されているにもかかわらず、多数の受刑者が死刑判決を受けた状態で拘禁されていることは、同国の刑事司法制度が抱える構造的な問題を浮き彫りにしている。

パキスタン国家人権委員会と司法支援団体が公表した2025年の資料では、2024年の死刑囚数は3,646人とされている。また、司法支援団体の集計では、2025年7月時点の死刑囚数は3,394人、同年10月時点では3,204人と記録されており、集計時期や対象データによって数値に差がある。

この数値の違いは、単純な誤差として処理すべきではない。各州の刑務所当局から提供される情報、判決の確定状況、控訴や減刑による身分の変化、記録の更新時期などが集計結果に影響するため、死刑囚数を比較する際には、対象地域、基準日、集計方法を確認する必要がある。

それでも、複数の調査資料が3,000人を超える死刑囚の存在を示していることから、パキスタンが世界でも特に大規模な死刑囚人口を抱える国の1つであることは明らかである。執行が停止されている状態でも、数千人が国家によって死刑を宣告されたまま拘禁されているという事実は、制度の人権上の影響を評価するうえで欠かせない。

死刑囚の人数が増減する要因は、新たな死刑判決だけではない。上級審による判決の破棄や減刑、恩赦、死亡、事件記録の更新なども総数を変化させるため、死刑囚数の減少を直ちに死刑制度の縮小や司法改革の成功とみなすことはできない。

さらに、死刑囚は判決確定後も長期間にわたって拘禁される場合があり、上訴審の遅延は、受刑者本人とその家族に大きな負担をもたらす。死刑判決を受けた人々が何年にもわたって判決の見直しを待つ状況では、拘禁環境、医療へのアクセス、弁護士との接見、家族との交流なども重要な人権問題となる。

死刑囚の分布にも注目する必要がある。2025年の公表資料では、パンジャブ州に死刑囚が集中しており、同年7月時点の集計では2,307人、全体の約68%を占めていたとされる。ただし、これは人口規模や刑事事件数、各州の司法制度の運用状況などの影響を受けるため、数字だけから地域ごとの不公平な扱いを断定することはできない。

死刑囚人口の規模は、刑事司法制度の処理能力とも密接に関係している。上訴審の遅延や弁護体制の不足によって事件の審理が長期化すれば、判決の適正性を検証する機会が十分に確保されないまま、受刑者が極めて長い期間にわたって死刑の脅威にさらされることになる。

したがって、パキスタンの死刑囚人口を分析する際には、単に何人が死刑判決を受けているかを把握するだけでは不十分である。判決の確定状況、上訴審に要する期間、減刑や恩赦の実績、被告人の属性、弁護へのアクセスなどを合わせて検証することで、制度がどのように運用され、誰がその影響を受けているのかを明らかにできる。

国際基準から逸脱している「広範な死刑適用」

パキスタンの死刑制度を国際人権法の観点から検討する際、中心的な論点となるのが、死刑を適用できる犯罪の範囲である。死刑を存置する国であっても、国家が自由に死刑対象を拡大できるわけではなく、国際人権法は生命に対する権利を保護するため、死刑の適用を厳格に制限する考え方を採用している。

市民的及び政治的権利に関する国際規約第6条は、死刑を廃止していない国においても、死刑は「最も重大な犯罪」に限って科すことができると定める。国連人権委員会は一般的意見第36号において、この基準を極めて限定的に解釈し、死刑の対象となる犯罪は、殺人など、極めて重大な結果を伴う犯罪に限られるべきだとしている。

ここで重要なのは、国内法に死刑の規定が存在することと、その規定が国際人権法に適合することは別問題だという点である。国内議会が特定の行為を重大犯罪と位置づけても、それだけで国際的な死刑適用基準を満たすことにはならない。

パキスタンでは、殺人やテロによる殺人のほか、冒涜罪、誘拐、人質拘束、反逆など、複数の犯罪類型に死刑が規定されている。個々の犯罪について具体的な適用条件は異なるが、死者が発生していない行為や、直接的な殺人を伴わない犯罪にも死刑が適用され得る点は、国際基準との整合性を検討するうえで大きな論点となる。

国際基準に照らした問題は、死刑の対象となる犯罪名の数だけでは測れない。犯罪の構成要件が曖昧であるか、被告人に故意や重大な責任が認められるか、実際に生命を奪う結果が発生したか、そして裁判で信頼できる証拠が示されたかという要素を総合的に検討する必要がある。

また、国連の死刑に関する保障措置は、死刑を適用する場合、法的に明確な根拠に基づき、適正な裁判を経たうえで判決が下されなければならないという原則を示している。死刑判決に対する上訴、恩赦や減刑を求める機会、被告人の防御権などが実質的に保障されなければ、死刑制度は国際人権基準上の重大な問題を抱えることになる。

この観点からみると、パキスタンの課題は、死刑制度を存置していることだけではない。死刑を適用できる犯罪が広範に設定されていること、捜査や裁判の質に懸念が指摘されていること、宗教的・政治的圧力が刑事司法に影響を及ぼし得ることが相互に重なり、誤判が取り返しのつかない結果につながる危険性を高めている。

国際人権法上の評価を行うには、パキスタンの国内法と国際規範を具体的に照合しなければならない。以下では、適用罪名の広範さ、イスラム法に関連する冒涜罪、死刑判決が社会に及ぼす影響を分けて検討する。

① 適用罪名の広範さ

パキスタンの刑法体系には、殺人などの生命侵害犯罪に加え、宗教に関する犯罪、テロ関連犯罪、誘拐や人質拘束など、死刑が法定刑として定められた複数の犯罪類型が存在する。こうした法体系は、重大犯罪に対する処罰を確保する一方、死刑を適用できる行為の範囲が国際基準に照らして適切かという問題を生じさせている。

殺人罪は、死刑制度を存置する国であっても、国際的に最も重大な犯罪に該当し得る代表的な犯罪である。ただし、殺人事件であれば一律に死刑が正当化されるわけではなく、故意の有無、責任能力、共犯関係、証拠の確実性、被告人の関与の程度などを個別に判断する必要がある。

これに対し、死亡結果を伴わない犯罪や、直接的な殺人行為を構成要件としない犯罪への死刑適用は、国際基準との緊張がより明確になる。国連人権委員会の解釈によれば、経済犯罪、政治犯罪、薬物関連犯罪、宗教に対する冒涜、生命を奪う結果を伴わない誘拐などは、原則として「最も重大な犯罪」の基準を満たさない。

薬物犯罪は、この問題を考えるうえで重要な比較対象である。パキスタンでは過去に麻薬取引などに死刑が適用されてきたが、薬物犯罪に死刑を科すことは、国連人権機関が示す国際基準とは整合しないと考えられている。

2023年には、パキスタンで薬物関連犯罪に対する死刑を廃止する法改正が成立した。これは、死刑適用範囲を縮小する方向への重要な変化であり、死刑制度の見直しが全面廃止だけでなく、個別犯罪の対象除外によっても進められることを示している。

ただし、特定の犯罪類型について死刑が廃止されたとしても、死刑制度全体の国際基準への適合性が自動的に確保されるわけではない。ほかの犯罪類型における死刑規定、判決を下す手続き、上訴や恩赦の実効性について、引き続き検証する必要がある。

また、テロ対策法制における死刑の位置づけも慎重に検討すべき課題である。テロ行為によって多数の人命が失われた場合、死刑を含む厳罰を求める世論が強まることは理解できるが、テロ関連という分類だけを理由に、生命を奪う結果を伴わないすべての行為に死刑を適用することは国際基準によって正当化されない。

さらに、犯罪の構成要件が広く、捜査機関の裁量が大きい場合、どのような行為が死刑の対象になるかについて、予測可能性が損なわれるおそれがある。刑罰の重大性に比例して、犯罪の定義は明確でなければならず、捜査段階での自白の強要や、信頼性に乏しい証言に依存する判決を防ぐ仕組みが必要である。

したがって、パキスタンの死刑適用範囲を改革する場合には、死刑を科し得る犯罪を国際基準に沿って限定するとともに、犯罪類型ごとの構成要件を明確化し、司法審査を強化することが求められる。特に、殺人を伴わない犯罪については、死刑以外の刑罰で目的を達成できるかを検討し、刑罰の比例性と人権保障を両立させる必要がある。

② イスラム法に基づく「冒涜罪」の存在

パキスタンの死刑制度をめぐる国際的な批判において、特に重大な位置を占めるのが、宗教に関連する犯罪、一般に「冒涜罪」と呼ばれる法規である。これらの規定は、イスラム教の聖典や預言者に対する侮辱などとみなされる行為を処罰対象とするが、犯罪の定義、証拠の評価、被告人の防御権、宗教的少数派への影響をめぐって、国内外で強い議論が続いている。

まず、法的な正確性を確保するため、冒涜罪をイスラム法だけに由来する制度として説明することは避ける必要がある。パキスタンの現行規定は、英国植民地期に形成された刑法を起源とし、独立後、とりわけ1980年代のイスラム化政策による改正を通じて、宗教に関連する犯罪と刑罰が拡充されたものである。

パキスタン刑法第295条以下には、礼拝所への侵害、宗教的感情を意図的に傷つける行為、コーランの毀損、預言者ムハンマドに対する侮辱など、複数の犯罪類型が定められている。条文ごとに犯罪の成立要件と刑罰は異なり、すべての冒涜罪に死刑が適用されるわけではないが、第295条C項は預言者ムハンマドに対する侮辱を処罰対象とし、死刑を法定刑としている。

この制度で特に問題となるのは、宗教的な侮辱に該当するかどうかの判断が、社会的・政治的圧力と結びつきやすいことである。問題となる発言や投稿の文脈、意図、翻訳の正確性、証言の信頼性を慎重に検討しなければならないにもかかわらず、宗教的感情をめぐる強い反発が、捜査や裁判に影響する危険性が指摘されている。

国際人権法の観点では、宗教や信仰を保護することと、宗教に対する批判的な表現を刑事処罰することは区別される。市民的及び政治的権利に関する国際規約は、宗教の自由と表現の自由を保護しており、国連人権委員会は、宗教への不敬や冒涜そのものを禁止する法律は、原則として表現の自由に関する規約第19条と整合しないとの解釈を示している。

ただし、宗教を理由とする暴力の扇動など、他者の権利や安全を脅かす行為については、国際法上、一定の条件のもとで制限や処罰が認められる場合がある。重要なのは、単なる批判や不敬と、具体的な暴力の扇動とを区別し、必要性と比例性を満たす明確な法律に基づいて対応することである。

パキスタンの冒涜罪については、国連人種差別撤廃委員会が2024年の審査で強い懸念を表明している。同委員会は、冒涜関連事件の年間件数が2020年の11件から2023年には213件へ増加したことを指摘し、関連条文の定義が広範かつ曖昧であること、被告人の公正な裁判を保障する措置や報復行為を防ぐ対応が不十分であることを問題視した。

さらに、ヒューマン・ライツ・ウォッチが2025年に公表した調査は、冒涜罪の告発が個人的な紛争、脅迫、金銭の要求、土地や財産の取得などに利用される事例を報告している。こうした問題は、宗教的信念そのものの是非とは別に、刑事法が私的な利益や社会的対立を解決するための手段として悪用される危険性を示している。

冒涜罪の運用に関する問題は、被告人が実際に死刑を執行されるかどうかだけでは評価できない。逮捕や起訴の段階で長期間拘禁され、職業や住居を失い、家族が地域社会から排除され、釈放後も報復の危険にさらされる場合、死刑判決に至らなくても重大な人権侵害が生じ得る。

このため、改革の課題は、死刑の適用を制限することに加え、犯罪の定義を明確化し、虚偽告発を防止し、被告人とその家族を暴力から保護することにある。宗教的少数派の権利を保障するには、法廷での公正な審理だけでなく、警察による保護、報復犯罪の捜査、裁判官や弁護士への威圧の防止を含む包括的な制度対応が必要である。

死刑の可能性

冒涜罪に関連する死刑の危険性を評価する際には、法律上の刑罰、裁判所による死刑判決、実際の国家による執行、そして国家以外の主体による殺害を明確に区別しなければならない。これらは相互に関連するものの、法的性質も、発生の仕組みも異なる。

パキスタンでは、冒涜罪に対する国家による死刑執行は、これまで確認されていない。しかし、死刑が法律上規定されている以上、被告人は裁判の結果として死刑判決を受ける危険に直面し、上訴や恩赦の手続きが長期化する間も、死刑の可能性を抱え続けることになる。

2025年には、冒涜関連犯罪で少なくとも15人に死刑判決が言い渡されたと、パキスタン人権委員会の報告を引用する資料が伝えている。また、2025年1月には、ソーシャルメディアへの投稿をめぐり、ラーワルピンディーの裁判所が4人に死刑判決を言い渡したと報じられた。

こうした事例では、投稿内容の真正性、被告人本人が投稿したことを示す電子的証拠、投稿の文脈、意図の立証などが重要になる。デジタル情報は編集や偽造が可能であり、アカウントの管理者や投稿者の特定にも技術的な検証が必要となるため、電子的証拠を死刑判決の根拠とする場合には、厳格な証拠評価が不可欠である。

さらに、死刑判決を受けた被告人が、法廷外で暴力を受ける危険も無視できない。冒涜の疑いが公に知られると、裁判の結論を待たずに群衆による襲撃や殺害が発生することがあり、警察の保護下にある被告人であっても安全が確保されない場合がある。

このような状況では、刑事司法の目的である事実認定と法に基づく処罰が、群衆の圧力によって損なわれるおそれがある。告発の真偽を確認する前に被告人が危害を受けたり、裁判官や弁護士が脅迫によって判断を左右されたりすれば、公正な裁判を保障する制度そのものが機能不全に陥る。

また、冒涜罪の被告人が宗教的少数派である場合、宗教や信仰に関する権利だけでなく、平等な法的保護を受ける権利も問題となる。被告人の宗教、社会的地位、経済状況などによって、捜査や裁判の過程で不利益が生じないようにすることは、国家の基本的な責務である。

したがって、冒涜罪に関する死刑の危険性は、執行実績の有無だけでは測れない。死刑判決の件数、裁判の公正性、上訴審の実効性、被告人に対する脅迫や暴力、釈放後の安全までを含めて評価する必要がある。

社会的影響と濫用

パキスタンの冒涜罪と死刑制度が社会に及ぼす影響は、刑事司法の範囲を大きく超えている。告発された個人だけでなく、その家族、宗教的少数派の共同体、報道機関、弁護士、裁判官、市民社会組織にも影響が及び、社会全体で宗教や政治に関する発言を控える傾向を強める可能性がある。

特に深刻なのは、告発が行われた時点で、被告人が社会的な制裁や暴力の対象になり得ることである。司法判断が確定する前に氏名や写真が拡散され、職場から排除されたり、住居を追われたりする場合、後に無罪となっても失われた生活基盤や社会的信用を回復することは容易ではない。

ヒューマン・ライツ・ウォッチが2025年に公表した調査では、冒涜罪の告発が土地の取得や金銭的利益を得るために悪用される事例が報告されている。土地の権利関係が不安定な貧困層や宗教的少数派にとって、告発を契機とした地域社会からの排除は、財産や生計を失う危険と直結する。

また、冒涜罪をめぐる問題は、宗教的少数派に対する差別と結びつく場合がある。キリスト教徒やアフマディー教徒などが告発や暴力の危険に直面する事例が報告されており、被害者が特定の宗教共同体に属していることを理由に、十分な保護や公正な司法手続きを受けられないのであれば、平等原則に関わる重大な問題となる。

一方で、冒涜罪の告発をめぐる暴力は、宗教的少数派だけに限定されるものではない。宗教的な言動が問題視された人々や、告発に異議を唱えた人々も危険にさらされることがあり、宗教をめぐる社会的対立が、司法の判断とは別のところで処罰を生み出す構造が形成される。

このような環境では、弁護士や裁判官が法的判断を行う際にも圧力が生じ得る。被告人を弁護すること自体が社会的な非難や脅迫の対象となるならば、弁護士が事件の受任をためらい、裁判官が証拠や法律よりも身の安全を意識せざるを得ない状況が生じる可能性がある。

さらに、冒涜罪に関する告発が社会的に拡散されると、事実関係が十分に検証されないまま、集団的な怒りや報復が拡大する危険がある。インターネット上の投稿や短い映像は文脈を欠いたまま共有されることがあり、誤訳や編集、偽造された情報が告発の根拠として扱われれば、誤った認識が暴力を誘発するおそれもある。

この問題への対応には、虚偽告発を抑止する制度、警察による迅速な保護、暴力を扇動した者への法的措置、被告人の身元情報の適切な管理などが必要である。同時に、告発された人の有罪を司法判断前に断定しないという推定無罪の原則を、行政機関だけでなく社会全体に浸透させることも重要となる。

総じて、パキスタンの冒涜罪をめぐる問題は、死刑という刑罰の重さだけでなく、告発から裁判、判決、社会復帰に至る各段階で人権侵害が発生し得ることにある。刑事司法制度が宗教的対立や私的利益のために利用されることを防ぎ、すべての人に平等な法的保護を保障することが、今後の制度改革における中心的課題である。

知っておくべき主要な課題と人権侵害のリスク

パキスタンの死刑制度を評価する際、死刑を適用できる犯罪の範囲と並んで重要なのが、捜査、起訴、裁判、上訴という刑事司法の各段階で、被告人の権利が実質的に保障されているかという問題である。死刑は執行された後に誤判が判明しても救済できない刑罰であるため、通常の刑事事件以上に厳格な証拠審査、公正な裁判、十分な弁護活動、独立した上訴審査が求められる。

国際人権法上、市民的及び政治的権利に関する国際規約第6条は生命に対する権利を保護し、第14条は公正な裁判を受ける権利を保障している。死刑を存置する国においても、これらの規定は適用され、重大な手続き違反によって下された死刑判決は、刑罰の適法性と正当性を根本から損なう可能性がある。

パキスタンの刑事司法制度については、国内外の人権団体や法律家から、捜査段階での拷問、自白の強要、弁護士へのアクセスの不足、貧困層に対する法的支援の不十分さなどが繰り返し指摘されてきた。ただし、これらの問題がすべての事件に同じ程度で存在すると断定することはできず、個別事件の記録や調査結果に基づいて、どのような権利侵害が発生したのかを検証する必要がある。

死刑制度において特に危険なのは、捜査上の問題が裁判段階で十分に是正されない場合である。拷問によって得られた自白や、信用性に疑いのある証言が有罪判決の中心的な根拠となり、弁護側が証拠の取得方法や信頼性を十分に争えなければ、誤った事実認定が最終的な死刑判決につながり得る。

また、刑事司法の問題は、裁判官が法律を誤って適用する場合だけに限られない。捜査機関による証拠の不適切な取り扱い、検察側と弁護側の情報格差、証人への圧力、裁判の遅延、上訴審における審査の不十分さなど、複数の要因が重なり、被告人が有効な防御を行えなくなる可能性がある。

パキスタンでは、刑事事件の処理能力、法律扶助の利用可能性、地域ごとの司法資源の差なども重要な検討事項である。経済的に余裕のある被告人が専門家や経験豊富な弁護士を確保できる一方、貧困層が十分な弁護活動を受けられないのであれば、同じ法律の適用を受けていても、裁判の実質的な公平性には格差が生じる。

さらに、テロ関連事件や冒涜罪のように、社会的関心が極めて高く、被告人に対する非難が強い事件では、司法の独立性と被告人の安全を確保することが難しくなる場合がある。裁判官、弁護士、証人が脅迫や報復を恐れる環境では、法的判断が証拠と法律に基づいて行われるという原則が損なわれるおそれがある。

こうしたリスクを減らすためには、死刑判決に対する上訴を実効的なものとし、証拠の適法性と信頼性を厳格に審査するとともに、弁護人の選任や記録へのアクセスを保障する必要がある。死刑事件では、弁護活動の不備や新たな証拠の発見が判決の結論を左右する可能性があるため、上訴審が形式的な確認にとどまらず、事実認定と法的判断の双方を実質的に検証することが重要である。

死刑制度の人権上の評価は、法律に規定された手続きの有無だけで決まるものではない。被告人が実際に弁護士と相談できたか、証拠を閲覧して反論できたか、裁判官が独立して判断できたか、判決の誤りを訂正する機会が確保されたかという、制度の実効性によって判断されなければならない。

不公正な裁判と弁護権の欠如

公正な裁判を受ける権利は、死刑制度の適法性を判断するうえで最も重要な保障の1つである。パキスタンでは、刑事事件の捜査や裁判をめぐり、拷問による自白、証拠の信頼性、弁護士へのアクセス、裁判の遅延などが問題として指摘されており、死刑事件ではこれらの問題が生命の喪失という回復不能な結果につながる危険がある。

国連拷問禁止委員会は2026年6月に公表した総括所見で、パキスタンの拘禁施設や捜査過程における拷問・虐待の報告に懸念を示した。同委員会は、拷問や虐待によって得られた自白が裁判で有罪の証拠として用いられているとの報告がある一方、裁判所がそのような申し立てを十分に調査していないとの指摘にも言及している。

パキスタンでは2022年に拷問および拘禁中の死亡を防止・処罰する法律が制定され、拷問によって得られた証拠の使用を禁じる法的枠組みが整備された。しかし、法律上の禁止と現場での実効性は別問題であり、拷問の申し立てを独立して調査し、違法な自白を排除し、責任を負う公務員を適切に処罰できるかが制度の有効性を左右する。

自白に過度に依存する捜査には、構造的な危険がある。捜査機関が客観的な証拠を収集するよりも自白の獲得を優先すれば、被疑者は暴力や脅迫によって事実と異なる供述をする可能性があり、その供述が捜査の方向性を固定し、反対証拠を軽視する原因にもなり得る。

死刑事件では、供述の任意性を確認するだけでなく、物証、鑑定結果、通信記録、目撃証言などの独立した証拠によって供述内容を裏づけることが重要である。自白が唯一または決定的な証拠となっている場合には、供述がどのような環境で得られたのかを厳密に調査し、拷問や威圧の疑いが解消されない限り、有罪認定の根拠として用いない仕組みが必要となる。

弁護権についても、弁護士が形式的に選任されていることだけでは十分ではない。被告人が弁護士と秘密を保持して相談できること、捜査記録や証拠を適切な時期に閲覧できること、証人に反対尋問を行えること、必要な専門家の意見を提出できることが、実質的な防御の条件となる。

貧困層や社会的に不利な立場にある被告人は、弁護士費用に加え、証拠収集、専門家への依頼、裁判所への移動などに必要な費用を負担することが難しい場合がある。公的な法律扶助が不十分であれば、被告人の経済状況によって防御活動の質に差が生じ、刑事司法の平等性が損なわれる。

さらに、パキスタンでは事件の処理遅延と裁判所の負担も重大な課題である。英国政府が2026年9月に公表したパキスタンに関する国別情報資料は、2025年9月時点で国内の係属事件が240万件を超えていたと報告し、裁判官の不足、証拠収集能力の弱さ、証人への威圧、司法の独立性をめぐる懸念などを指摘している。

ただし、係属事件の総数だけから、死刑事件の裁判がどの程度不公正であるかを直接推定することはできない。死刑事件については、審理期間、弁護人の活動状況、証拠開示の実態、上訴審の判断内容などを個別に分析し、制度上の問題が具体的にどのような結果を生んでいるかを検証する必要がある。

死刑事件に特化した改革としては、独立した捜査監督機関の強化、取り調べの記録化、拷問の申し立てに対する迅速な調査、国選弁護制度の拡充、法医学的証拠の活用、死刑判決に対する実質的な上訴審査が挙げられる。これらは単に死刑判決を減らすための措置ではなく、刑事司法制度全体の信頼性を高め、誤判と違法な処罰を防ぐための基本的な条件である。

精神障害者に対する死刑の危険性

精神障害のある被告人や受刑者に死刑を適用する問題は、刑事責任、裁判を受ける能力、刑罰の執行可能性を区別して考える必要がある。犯罪当時に責任能力があったかどうかと、判決後に重い精神障害を発症し、自分の刑罰の意味や執行の理由を理解できなくなったかどうかは、異なる法的問題である。

パキスタン最高裁判所は2021年2月、重い精神障害のために自らの刑罰の理由や意味を理解できない死刑囚に対して、死刑を執行することは正義にかなわないとの判断を示した。この判決は、精神障害のある受刑者の処遇をめぐる重要な転換となり、個別の医学的評価に基づいて死刑執行の可否を判断する仕組みの必要性を明確にした。

判決の背景には、統合失調症と診断されたイムダード・アリー、カニザン・ビビ、グラム・アッバースの事件があった。最高裁判所は、精神保健の専門家による評価や治療の必要性を重視し、精神障害が死刑の執行に与える影響を制度的に検討するよう求めた。

この判断の意義は、精神障害のある人を一律に刑事責任から免除することではない。重要なのは、受刑者が刑罰の意味を理解できるかどうかを専門的に評価し、精神状態の悪化を理由とする執行の停止や減刑を、実効的な手続きによって判断することである。

一方、最高裁判所の判断が示されたとしても、その保護がすべての対象者に確実に及ぶとは限らない。精神科医療へのアクセスが不十分であったり、医学的評価を行う機関の独立性や能力に問題があったりすれば、精神障害を抱える受刑者が適切に診断されず、死刑執行の危険にさらされる可能性が残る。

特に問題となるのは、長期拘禁によって精神状態が悪化した場合である。死刑囚は、執行の可能性を長年にわたって意識しながら拘禁生活を送ることがあり、精神的な苦痛や医療上の問題が深刻化する場合があるため、刑務所内の医療体制と定期的な精神状態の評価が重要となる。

2025年10月には、冒涜罪で死刑判決を受けていた74歳のキリスト教徒アンワル・ケネスについて、パキスタン最高裁判所が有罪判決を覆し、無罪を言い渡したと報じられた。同人は精神障害の診断を受けており、最高裁判所は検察側が合理的な疑いを超えて犯罪を立証できなかったことなどを踏まえて判断した。

この事件は、精神障害が刑罰の執行可能性だけでなく、犯罪の意図や証拠の評価にも関係し得ることを示している。被告人の行為が精神状態の影響を受けていた可能性がある場合、捜査機関や裁判所は、必要な医学的評価を早期に実施し、犯罪の成立要件が満たされているかを慎重に判断しなければならない。

国際人権法の観点では、精神障害のある人に対する死刑の適用は、尊厳、適正手続き、拷問や残虐な刑罰からの保護など、複数の権利に関わる問題である。パキスタンでは、最高裁判所の判断を全国で実効的に実施するため、独立した専門家による評価、適切な治療施設、判決の見直し手続き、弁護士による支援を整備することが求められる。

透明性の欠如

パキスタンの死刑制度を検証するうえで、統計と司法情報の透明性は欠かせない。死刑判決の件数、死刑囚の総数、上訴審での減刑や無罪判決、恩赦の実績、執行に関する政府の決定などが継続的に公表されなければ、制度がどのように運用され、どのような人々が影響を受けているかを正確に評価することは難しい。

死刑に関する数値は、集計主体や対象時点によって異なる場合がある。例えば、司法支援団体が刑務所当局の情報を集計した死刑囚数と、報道機関が確認した死刑判決数は、対象範囲や集計方法が異なるため、単純に比較すると誤解を招く可能性がある。

また、死刑判決の件数が公表されていても、判決の内訳が十分に示されていなければ、重要な問題が見えないままになる。犯罪類型、州、被告人の年齢、性別、宗教的背景、弁護人の有無、判決確定までの期間、上訴の結果などを把握できなければ、死刑適用の偏りや司法上の問題を体系的に検証することは困難である。

特に必要なのは、死刑判決から執行に至るまでの過程を追跡できる統計である。新たな死刑判決が何件出され、何件が上訴審で破棄・減刑され、何件が恩赦の対象となり、何人が死刑囚の状態で死亡したのかを明らかにすることで、制度の実態をより正確に理解できる。

透明性の不足は、誤判の発見と救済にも影響する。裁判記録や判決理由が十分に公開されず、刑事司法の運用を外部から検証する機会が限られていれば、証拠の不備、弁護権の侵害、差別的な取り扱いなどを発見し、是正することが難しくなる。

そのため、パキスタン政府には、死刑に関する全国共通の統計基準を設け、定期的に情報を公表することが求められる。個人情報や証人の安全を保護しながら、判決の理由、上訴の結果、恩赦の処理状況、拘禁環境に関する情報を公開することは、司法の説明責任を強化するうえで重要である。

さらに、国家機関だけでなく、国内の人権委員会、法律家、大学、研究者、市民社会組織が独立して情報を検証できる環境も必要となる。政府の公表資料と民間団体の調査を照合し、数値の違いや情報の欠落を説明できるようにすることが、制度の信頼性を高める条件となる。

透明性の確保は、それ自体が死刑の適用範囲を縮小するものではないが、改革の必要性を客観的に判断し、制度上の問題を特定するための前提である。死刑のように生命を直接左右する制度については、国家の裁量を外部から検証できる仕組みを整え、誤判や人権侵害を防止する責任を明確にする必要がある。

今回検討した主要な問題は、不公正な裁判、弁護権の不足、拷問による自白、精神障害者に対する死刑の危険性、そして制度運用の透明性である。これらは個別に存在する問題ではなく、証拠収集の不備が不十分な弁護によって是正されず、上訴審でも十分に検証されない場合、誤った死刑判決が維持されるという形で相互に結びつく。

2026年6月の国連拷問禁止委員会の総括所見や、2026年9月の英国政府による国別情報資料は、拷問の防止、公正な裁判、司法制度の実効性をめぐる懸念が現在も続いていることを示している。一方、パキスタン最高裁判所による2021年の精神障害者に関する判断や、2025年のアンワル・ケネスの無罪判決は、司法判断によって重大な問題が是正される可能性も示している。

ただし、個別事件で救済が実現したことだけでは、制度全体の改善を証明できない。今後は、法律上の保障を現場で実効的に機能させること、死刑事件の統計と判決記録を透明化すること、そして誤判を防止するための独立した審査と救済制度を強化することが重要となる。

世論と治安のジレンマ

パキスタンの死刑制度改革を難しくしている要因の1つは、重大犯罪に対する厳罰を求める社会的圧力と、国際人権基準に沿って死刑の適用を制限する必要性との間に緊張が存在することである。テロ攻撃、宗派間の暴力、殺人、誘拐などが社会に深刻な被害を与えてきたことから、死刑を治安維持や被害者への正義の実現と結びつける考え方には、一定の政治的・社会的基盤がある。

2014年12月のペシャワールの学校襲撃事件は、この関係を象徴する出来事だった。多数の子どもを含む犠牲者が発生したことで、武装勢力への厳罰を求める世論が強まり、政府は死刑執行を再開したが、その後はテロ関連犯罪以外にも執行対象が広げられた。

ここで検討すべきなのは、死刑に対する支持が、犯罪の抑止効果に関する実証的な評価と必ずしも一致しないことである。死刑が犯罪を防ぐという主張を検証するには、執行の有無だけでなく、検挙率、捜査能力、犯罪の発生状況、司法の迅速性、刑罰の確実性などを考慮しなければならない。

一般に、刑罰の重さだけで犯罪を抑止できると断定することは難しい。犯罪者が逮捕され処罰される可能性をどの程度認識しているか、犯罪に至る社会的・経済的要因がどのように作用しているかなどを分析せずに、死刑の抑止効果を評価することはできない。

一方、被害者や遺族にとって、重大犯罪の加害者に厳しい刑罰を科すことが正義の実現と結びつく場合もある。死刑制度の改革を進める際には、こうした感情を単に否定するのではなく、被害者支援、迅速で公正な裁判、犯罪被害の補償、加害者の責任追及をどのように実現するかを具体的に示す必要がある。

また、テロ対策と死刑制度の関係については、武装勢力への対応を強化することと、民間人を含むすべての被告人に公正な裁判を保障することを両立させなければならない。治安上の危機が深刻であっても、拷問による自白や不十分な証拠に基づく有罪判決を認めれば、無実の人が処罰される危険が高まり、司法制度への信頼を損なう。

さらに、冒涜罪をめぐる社会的圧力は、一般的な治安政策とは異なる難しさを持つ。宗教的感情が強く関係する事件では、法改正を求める活動家や被告人を弁護する法律家が脅迫や暴力の対象となることがあり、政府が改革に着手する際には、関係者の安全を確保することも重要になる。

こうした状況を踏まえると、現実的な改革には段階的な取り組みが必要である。死刑の適用対象を国際基準に沿って縮小し、誤判防止策と被害者支援を強化するとともに、治安対策の有効性を客観的なデータに基づいて評価することが、社会的な理解を得ながら改革を進めるための条件となる。

国際社会からの継続的なプレッシャー

パキスタンの死刑制度は、国内法だけでなく、国際人権条約の履行状況や、国際機関による審査、外交関係、開発協力などを通じて、国際社会から継続的な検証を受けている。特に重要なのは、パキスタンが市民的及び政治的権利に関する国際規約の締約国であり、生命に対する権利と公正な裁判を保障する国際的義務を負っていることである。

国連人権委員会は2024年のパキスタンに関する総括所見で、死刑が適用される犯罪が30を超え、その中に国際規約上の「最も重大な犯罪」の基準を満たさない非暴力犯罪が含まれていることに懸念を表明した。同委員会は、冒涜罪への死刑適用、少年に対する年齢判定の問題、精神障害や知的障害のある人に対する死刑の危険性なども取り上げ、執行停止の継続と、法律上の執行停止への移行を勧告した。

この勧告の意味は、単に死刑を廃止するよう求めることにとどまらない。死刑を存置する場合でも、対象犯罪を故意の殺人を伴う最も重大な犯罪に限定し、恩赦や減刑を求める手続きを透明かつ公平にし、未成年者や特定の精神障害を抱える人々への死刑適用を防ぐよう求めている点に重要性がある。

欧州連合も、パキスタンとの関係において人権と法の支配を重要な評価対象としている。2026年に公表された欧州連合の関連文書は、2019年12月以降に死刑執行が行われていないことや、薬物犯罪など一部の犯罪から死刑が除外されたことを改革上の進展として評価する一方、死刑の適用範囲や恩赦手続きにはなお課題が残るとしている。

国際的な働きかけが政策に影響を与える経路は複数存在する。国連の審査や勧告は法制度の問題を明確にし、各国政府や人権団体の報告は改革の進捗を可視化し、外交対話や貿易上の制度的関係は、政府が人権政策を検討する際の政治的な要因となり得る。

ただし、国際社会からの圧力が必ずしも直ちに制度改革につながるわけではない。国内政治において、死刑の縮小が治安政策の後退や宗教的価値観への挑戦と受け取られれば、政府が国際的な勧告を受け入れるためには、国内の司法機関、議会、市民社会との調整が必要になる。

また、国際的な批判を単なる外圧として処理するのではなく、国内の誤判防止や司法の信頼性を高めるための具体的な制度改善に結びつけることが重要である。独立した調査、法的支援の拡充、死刑判決に関する統計の公表、恩赦制度の整備などは、国際基準への適合だけでなく、パキスタン国内の司法制度の改善にも直接的な利益をもたらす。

国際社会にとっても、死刑廃止の要求だけを繰り返すのではなく、実行可能な改革の優先順位を示し、その実施を継続的に検証する姿勢が求められる。死刑適用犯罪の削減、裁判手続きの改善、精神障害者や少年の保護、透明性の確保を段階的に進めることは、全面廃止に向けた議論を進めるうえでも重要な基盤となる。

今後の展望

パキスタンの死刑制度が今後どの方向に進むかを考えるには、全面廃止、法律上の執行停止、死刑適用犯罪の縮小、司法手続きの改善という複数の選択肢を区別する必要がある。現状では、2019年12月以降に死刑執行が確認されていない一方、死刑判決は継続しており、2025年には少なくとも225件の死刑判決が報告されているため、執行停止と死刑制度の縮小は同じものではない。

法律上の執行停止と死刑適用犯罪の縮小

短期的に実施できる重要な措置は、現在の事実上の執行停止を法律上の措置によって明確化し、政府の政策変更だけで執行が再開されないようにすることである。法律上の執行停止は、直ちに死刑制度そのものを廃止するものではないが、制度の運用を安定させ、死刑囚の生命に関する予測可能性を高める役割を持つ。

同時に、死刑を科し得る犯罪の範囲を国際基準に沿って見直す必要がある。国連人権委員会が求めるように、死刑の対象を故意の殺人を伴う最も重大な犯罪に限定し、冒涜罪やその他の非暴力犯罪に対する死刑規定を廃止することは、制度改革の中核となる。

パキスタンでは、薬物犯罪に対する死刑の廃止など、個別の犯罪類型から死刑を除外する改革がすでに実施されている。こうした先例を踏まえれば、死刑制度全体を一度に変更することが政治的に難しい場合でも、対象犯罪を段階的に縮小することで、国際基準との整合性を高めることは可能である。

恩赦制度と上訴審査の改革

死刑制度を維持する期間が続く場合でも、死刑判決に対する上訴と恩赦・減刑の手続きは、誤判を防ぐための最後の保障として機能しなければならない。恩赦を求める機会が形式的に存在するだけでは不十分であり、申請の対象、判断基準、審査期間、決定理由、再申請の可否などが明確である必要がある。

国連人権委員会は、恩赦や減刑を求める手続きを透明性、確実性、適正手続き、客観性の原則に沿って整備するよう勧告している。制度の実効性を高めるには、申請者の経済状況や宗教的背景によって不利益が生じないようにし、精神障害、未成年時の犯行、証拠の重大な疑義、新たに発見された証拠などを適切に考慮することが重要である。

また、死刑判決を受けた人が長期間にわたって上訴審の判断を待つ状況を改善するためには、裁判所の処理能力を高める必要がある。ただし、事件を迅速に処理することを優先するあまり、証拠の検証や弁護活動を省略してはならず、審理の迅速性と公正性を両立させることが求められる。

精神障害者と少年の保護

精神障害や知的障害のある人々への死刑適用を防ぐためには、最高裁判所の判例だけでなく、全国的に適用される明確な法規定を整備することが重要である。独立した精神医学的評価、適切な治療、判決の再審査、執行停止の手続きを制度化することで、地域や個別の裁判官の判断によって保護の水準が変わる危険を減らせる。

少年事件についても、犯行時の年齢を正確に確認する仕組みが不可欠である。出生記録などの資料が不十分な場合に、被告人に不利な推定が行われることを防ぎ、年齢に疑いが残る場合には子どもとして扱うという保障を整える必要がある。

これらの改革は、死刑制度の縮小とは別個の人権政策ではない。刑事責任や処罰の対象となる人の能力、年齢、脆弱性を適切に評価することは、死刑という回復不能な刑罰を誤って適用しないための基本的な条件である。

冒涜罪と表現の自由をめぐる改革

冒涜罪については、死刑規定の見直しに加えて、犯罪の定義を明確にし、告発の濫用を防止することが必要である。宗教的な批判や不敬と、他者に対する具体的な暴力の扇動とを区別し、刑事処罰が必要な場合にも、法律の明確性、必要性、比例性を確保しなければならない。

虚偽の告発による利益獲得を防ぐためには、告発者の責任を適切に審査する一方、真に被害を受けた人が報復を恐れずに申し立てを行える環境も確保する必要がある。被告人、弁護士、裁判官、証人への脅迫を迅速に捜査し、群衆による暴力を防止することは、制度改革と並行して取り組むべき課題である。

また、冒涜罪をめぐる改革は、宗教的少数派の保護や表現の自由に関する広範な政策と結びつけて進めるべきである。法律を改正するだけでなく、警察や検察の研修、裁判官の独立性の保護、報道機関の安全確保、社会的な偏見を減らす取り組みを組み合わせることが求められる。

全面廃止に向けた可能性

長期的には、死刑の全面廃止も選択肢となる。国際的には、死刑廃止を目的とする市民的及び政治的権利に関する国際規約の第2選択議定書への加入が、制度を恒久的に廃止するための重要な手段となるが、パキスタンは現時点で同議定書の締約国ではない。

全面廃止を実現するためには、議会による法改正だけでなく、治安政策、被害者支援、刑事司法の信頼性、宗教的・政治的な価値観をめぐる議論を含めた社会的な合意形成が必要になる。死刑を廃止した後も、重大犯罪の捜査と処罰、被害者の保護、再犯防止を適切に行えることを示す必要があり、終身刑などの代替刑についても人権基準に沿った制度設計が求められる。

現実的には、法律上の執行停止を確立し、死刑適用犯罪を縮小し、誤判防止策を強化したうえで、全面廃止について社会的・政治的な議論を進める段階的な道筋が考えられる。ただし、段階的改革を理由に、国際基準に適合しない死刑規定を無期限に維持してよいわけではなく、具体的な期限や実施状況を検証する仕組みが重要となる。

まとめ

パキスタンの死刑制度は、法制度上の存置、長期にわたる事実上の執行停止、死刑判決の継続という3つの特徴を持つ。2026年10月時点で確認できる資料によると、2019年12月以降に死刑執行は報告されていない一方、2025年には少なくとも225件の死刑判決が言い渡され、死刑囚人口も数千人規模に達している。

本稿の分析から明らかになったのは、パキスタンの死刑制度が抱える問題は、執行の有無や死刑判決の件数だけでは把握できないという点である。死刑適用犯罪の広範さ、冒涜罪の曖昧な構成要件、捜査や裁判の公正性、精神障害者や少年の保護、統計の透明性など、複数の制度的課題が相互に関連している。

国際人権法の観点では、特に死刑の適用を「最も重大な犯罪」に限定することが重要である。生命を奪う結果を伴わない犯罪に死刑を適用することや、十分な弁護と公正な裁判を欠いたまま死刑判決を維持することは、生命に対する権利と公正な裁判を受ける権利に重大な問題を生じさせる。

冒涜罪については、宗教的信念を尊重することと、宗教に対する批判や不敬を広範に刑事処罰することを区別しなければならない。告発の濫用、宗教的少数派への差別、被告人や弁護士に対する脅迫、群衆による暴力を防ぐには、死刑規定の見直しとともに、警察・検察・裁判所の独立性と説明責任を強化する必要がある。

一方、パキスタンの死刑制度改革には、一定の前進も見られる。薬物犯罪などへの死刑適用の廃止、精神障害者の処遇をめぐる最高裁判所の判断、死刑囚に関する統計の整備、恩赦手続きの見直しなどは、制度を人権基準に近づけるための足がかりとなる。ただし、個別の法改正や司法判断が、全国的かつ継続的に実施されることが不可欠である。

今後の改革では、法律上の執行停止、死刑適用犯罪の縮小、上訴審と恩赦制度の改善、弁護権の保障、拷問の防止、精神障害者と少年の保護、透明性の向上を並行して進める必要がある。さらに、治安維持と被害者支援を充実させることで、死刑に依存しない刑事司法制度が重大犯罪に適切に対応できることを示す必要がある。

最終的に問われているのは、国家が死刑を維持するかどうかだけではなく、生命を奪うという不可逆的な権限を、どのような法的制約と人権保障のもとで扱うべきかという問題である。パキスタンが国際人権基準との整合性を高め、司法への信頼を回復するためには、執行停止を一時的な政策にとどめず、死刑制度の縮小と廃止を視野に入れた継続的な制度改革へと発展させることが求められる。


参考・引用リスト

国際機関・国際人権法

1. 国際連合人権委員会『パキスタンの第2回定期報告に関する総括所見』、2024年。

  • 死刑適用犯罪の範囲、国際規約上の「最も重大な犯罪」、恩赦、少年・精神障害者の保護に関する勧告。

2. 国際連合人権委員会『一般的意見第36号:生命に対する権利』、2018年。

  • 市民的及び政治的権利に関する国際規約第6条の解釈と、死刑適用の制限に関する基準。

3. 国際連合人権委員会『一般的意見第32号:裁判所及び法廷の前における平等と公正な裁判を受ける権利』、2007年。

  • 公正な裁判、弁護権、裁判の独立性に関する基準。

4. 国際連合拷問禁止委員会『パキスタンに関する総括所見』、2026年。

  • 拷問・虐待の防止、拘禁中の処遇、自白の証拠利用、独立した調査に関する検討資料。

パキスタンの死刑制度に関する統計・専門報告

5. パキスタン国家人権委員会、司法プロジェクト・パキスタン『パキスタンの死刑統計報告書2025』、2025年10月。

  • 死刑囚人口、州別の分布、死刑判決と司法制度の現状に関する基礎資料。

6. パキスタン人権委員会『2025年の人権状況』、2026年公表。

  • 死刑判決、冒涜罪、拘禁環境、司法手続き、人権侵害に関する国内調査。

7. 欧州連合庇護庁『パキスタンに関する国別指針:死刑または処刑の危険』、2026年10月。

  • 死刑適用犯罪、死刑判決の動向、執行停止の状況に関する分析。

8. 欧州連合『パキスタンに関する人権・制度改革の評価資料』、2026年。

  • 死刑適用犯罪の縮小、恩赦制度、司法改革、国際人権基準との整合性に関する評価。

冒涜罪・宗教的少数派・表現の自由

9. 英国政府『パキスタン:キリスト教徒およびキリスト教への改宗者に関する国別政策・情報資料』、2026年7月。

  • パキスタン刑法第295条以下の規定、冒涜罪の刑罰、宗教的少数派への影響に関する整理。

10. 国連人種差別撤廃委員会『パキスタンに関する総括所見』、2024年。

  • 冒涜罪の告発件数の増加、法規定の曖昧さ、公正な裁判と報復防止に関する懸念。

11. ヒューマン・ライツ・ウォッチ、パキスタンの冒涜罪の濫用と宗教的少数派の権利に関する調査、2025年。

  • 告発の濫用、社会的圧力、財産をめぐる紛争、人権侵害に関する資料。

12. クローニー正義財団『パキスタンにおける冒涜罪裁判の分析』、2024年9月。

  • 冒涜罪関連法の構造、裁判手続き、弁護権、表現の自由に関する検討資料。

報道機関・補助資料

13. AP通信「パキスタンの裁判所、冒涜罪で4人に死刑判決」、2025年1月25日。

  • ソーシャルメディア投稿をめぐる死刑判決と、弁護側が指摘した証拠上の問題に関する報道。

14. 世界死刑廃止連合『パキスタンの死刑制度に関する国別情報』。

  • 死刑の法的地位、執行状況、国際条約への加入状況に関する補助資料。

15. アムネスティ・インターナショナル『年次報告2025/26:パキスタン』。

  • 死刑制度の存置状況、表現の自由、宗教的少数派、人権保障に関する年次評価。


追記:パキスタンの死刑制度をめぐる補足資料と検証上の留意点

1.死刑判決数と死刑囚の収容数を区別する

パキスタンでは、死刑判決が多数出される一方、2019年以降、死刑執行が報告されていない状態が続いている。ただし、執行の停止は死刑制度そのものの廃止を意味しない。死刑判決を受けた人々は、上訴や恩赦申請などの手続きを経ながら、長期間にわたり死刑囚として収容される可能性がある。

欧州連合庇護機関の2026年10月の国別指針は、2025年に少なくとも225件の死刑判決が言い渡されたとする。また、司法改革や判決の見直しによって死刑囚の人数が減少しても、新たな死刑判決が続けば、死刑制度の構造的な問題が解消されたとはいえない。

2.国際人権法が求める制限

国際人権法上、死刑を存置する国であっても、その適用は厳格に制限される。国連自由権規約委員会は、死刑を科すことのできる犯罪を「最も重大な犯罪」に限定し、生命を奪う意図的な殺人に相当する行為を中心に解釈する立場を示している。

この基準との関係で問題となるのが、冒瀆罪を含む非暴力犯罪に死刑が適用され得る点である。パキスタンの刑法には死刑の対象となる犯罪が30種類以上あるとされ、国際基準との隔たりが指摘されている。制度改革を進める場合、執行を停止するだけでなく、死刑の対象犯罪を大幅に限定することが重要となる。

3.冒瀆罪と公正な裁判をめぐる問題

冒瀆罪をめぐっては、告発の内容だけでなく、捜査や裁判が公正に行われるかという問題も重大である。宗教的な緊張が高い地域では、被告人やその家族、弁護人が脅迫や社会的圧力にさらされるおそれがあり、裁判所が独立して証拠を評価できる環境の確保が求められる。

告発されたという事実そのものを有罪の根拠にしてはならない。証拠の信頼性、証人の供述の一貫性、被告人が弁護を準備する機会、裁判官が外部からの圧力を受けずに判断できるかどうかを、個別事件ごとに検証する必要がある。死刑のように取り返しのつかない刑罰を科す場合、誤判を防ぐための手続保障は一層重要になる。

4.精神障害や知的障害のある被告人への対応

精神障害や知的障害のある被告人については、責任能力や訴訟能力を適切に評価することが不可欠である。診断の有無だけで機械的に判断するのではなく、専門家による評価、本人が裁判の意味を理解できるかどうか、弁護人と実質的に意思疎通できるかなどを慎重に確認しなければならない。

パキスタン最高裁判所は2021年、精神疾患のある死刑囚をめぐる事件で重要な判断を示した。国連自由権規約委員会も、精神障害や知的障害のある人に対する死刑を防ぐため、法制度と実務の整備を求めている。今後は、司法判断を現場で確実に実施する仕組みと、適切な医学的評価を受けられる体制の双方が必要である。

5.制度改革の現実的な道筋

死刑制度の改革には、段階的な対応が考えられる。第一に、非暴力犯罪に対する死刑適用を廃止し、対象犯罪を国際基準に沿って限定する。第二に、未成年者への死刑適用を防ぐため、年齢判定と記録管理の手続きを厳格化する。第三に、恩赦や減刑の申請手続きを明確にし、死刑囚が長期にわたって不透明な状態に置かれないようにする。

さらに、死刑判決、上訴、減刑、執行停止などに関する統計を定期的に公表することが重要である。犯罪の種類、判決を言い渡した裁判所、地域、上訴の結果などを整理した資料があれば、制度運用の偏りや誤判のリスクを検証しやすくなる。透明性の向上は、国内の司法制度に対する信頼を回復するためにも役立つ。

6.補足資料・参考文献

以下は、前回までの論点を確認するうえで有用な一次資料・専門機関の報告書である。

1. 国連自由権規約委員会「パキスタン第2回定期報告に関する総括所見」(2024年12月)。死刑の対象犯罪、未成年者への適用、精神障害のある人の権利などに関する勧告を含む。

2. 欧州連合庇護機関『パキスタン国別指針』死刑に関する項目(2026年10月)。死刑判決数や執行状況、適用犯罪の範囲を確認する際の資料。

3. パキスタン人権委員会『2025年の人権状況』(2026年公表)。死刑、冒瀆罪、刑事司法、人権侵害に関する国内状況を把握するための資料。

4. Justice Project Pakistan/国家人権委員会『パキスタンの死刑制度2025年版』。死刑囚の収容状況や制度運用を分析する資料。

5. 英国政府『パキスタン国別政策・情報報告書:キリスト教徒とキリスト教への改宗者』(2026年7月)。宗教的少数者をめぐる状況や冒瀆罪に関連する危険を調査する際に参照できる。

6. AP通信「パキスタンの裁判所、冒瀆罪で4人に死刑判決」(2025年1月25日)。個別事件の報道を通じて、冒瀆罪に対する死刑適用の実例を確認できる。

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