コンテンプト・オブ・コート 7-26
マリベルの邸宅。応接室には暖炉の火が揺れていた。
コールはソファに座り、テーブルの上に置かれた新聞に目を落としていた。ハミルトン・ナショナル・バンクへの家宅捜索。ドミニクCEOの逮捕。記事には、アーバンコア・イノベーションズへの巨額融資と、その後の資金移動について、検察が捜査を進めていると書かれていた。
マリベルは向かいのソファに座り、コールを見た。
「どこから漏れたの?」
「心当たりがあります」
コールは新聞を閉じた。
「俺が処理しておきます」
「心当たりというのは、確かなの?」
「確認は必要です。ただ、誰が動いたのかは見当がついています」
マリベルは返事をせず、テーブルの新聞に目を向けた。
「これで白紙委任信託はできなくなったわね。ドミニクCEOが逮捕されたから」
「奴は捨てます。銀行の後任を立て、テラ・インフラテックにも別の経営責任者を置きます」
「そういう問題ではないわ」
マリベルの声は静かだった。
「ドミニクを切り離して、後任を据えれば済むと思っているの?」
「少なくとも、会社の運営を立て直す必要があります。市長になった以上、テラ・インフラテックとの関係を整理しなければならない」
「白紙委任信託は、もう使えないと言っているのよ」
コールは黙った。
マリベルはテーブルの上で指を組んだ。
「別の方法を取るわ。白紙委任信託ではなく、父の財団に寄付しなさい」
コールは顔を上げた。
「寄付?」
「そう。テラ・インフラテックの株式と経営権を、財団に移すの。あなたは市長として会社の経営から離れる。財団が管理する形にすれば、表向きは市政と企業の関係を切り離せる」
「会社を財団に渡すということですか」
「あなたが築いた会社でしょう。市長の職に就いた以上、何を優先すべきか分かっているはずよ」
コールは言葉を失った。
テラ・インフラテックは、彼が一代で築き上げた会社だった。土地の取得から事業の拡大、人事、資金調達まで、すべて自分の判断で動かしてきた。会社を手放すことは、単に株式を譲ることではない。自分が築いた事業の支配権を失うことを意味していた。
「しかし、財団に移してしまえば、俺は会社に関与できなくなります」
「そのための寄付よ」
「父上の財団が会社を管理するとなれば、経営方針も変わるかもしれない。これまで進めてきた計画にも影響が出ます」
「ノース・ホライズン・シティ計画は続けるわ。必要な人間は財団側に残せばいい。あなたが直接経営に関わる必要はない」
コールはマリベルの顔を見た。
彼女は迷っていなかった。提案ではなく、決定を伝えているのだ。
「ドミニクの件は、個人の不正として処理できるようにする。会社とあなたとの関係も断つ。そうすれば、検察の捜査がどこまで進んでも、こちらへの影響を抑えられる」
「ですが、会社そのものを渡す必要は……」
「私の判断を疑うの?」
マリベルの声に、わずかな硬さが加わった。
コールは口を閉じた。
「違うんです。ちょっと待ってください」
彼は視線を落とし、しばらく考えた。
財団への寄付は、白紙委任信託とは違う。会社の所有権そのものを手放すことになる。ドミニクの逮捕によって資金の流れが調べられれば、これまでの取引も明らかになる可能性がある。ここでマリベルに逆らえば、会社だけでなく、市長としての立場も危うくなる。
それでも、簡単に受け入れられる話ではなかった。
「……分かりました」
コールは顔を上げた。
「裁判官の言うとおりにします」
マリベルは小さくうなずいた。
「寄付の手続きは、こちらで準備するわ。あなたは必要な書類に署名すればいい」
「いつまでに?」
「できるだけ早く。検察が次に何を調べるか分からない。時間をかける理由はない」
コールは立ち上がった。上着の襟を整え、マリベルに一礼する。
「手続きはお任せします」
「余計なことはしないで。ドミニクの件も、あなたの判断で動く前に私に報告しなさい」
「承知しました」
コールは応接室を出た。
市長の座を手に入れた。だが、その代償として会社まで手放さなければならない。自分が築いたものを、他人の手に渡すことになる。
玄関を出ると、冷たい風が吹きつけた。
コールは車に乗り込む前に、邸宅を一度振り返った。
マリベルの命令に従うしかなかった。
