パレスチナの死刑制度:公正な裁判を受ける権利(適正手続)の欠如

パレスチナの死刑制度をめぐる問題は、死刑を存置するか廃止するかという刑事政策上の議論を超え、生命に対する権利、司法の独立、公正な裁判、法の下の平等という国際社会の基本原則に関わる重大な人権問題である。
2025年2月2日/パレスチナ自治区、ヨルダン川西岸地区、イスラエル軍の空爆(ロイター通信)
現状(2026年11月時点)

2026年11月現在、パレスチナの死刑制度をめぐる状況は、極めて深刻な局面に入っている。パレスチナ自治政府(PA)とハマスがそれぞれ影響力を持つ地域における従来の死刑制度に加え、イスラエルが2026年3月に可決した死刑適用拡大法と、同年5月に成立した特別軍事法廷の設置法によって、パレスチナ人の生命、自由、公正な裁判を受ける権利をめぐる問題が一層複雑化している。

この問題の本質は、死刑を存置するか廃止するかという単純な制度論にとどまらない。誰が、どの法律に基づき、どの裁判所で、どのような証拠と手続によって有罪判決を受けるのかという、司法制度の根幹に関わる問題である。

とりわけ重要なのは、パレスチナ人が置かれている司法管轄の分断である。ヨルダン川西岸地区ではパレスチナ自治政府の司法機関とイスラエル軍事司法制度が並存し、ガザ地区では長年にわたりハマスが独自の行政・司法機構を運営してきたため、同じパレスチナ人であっても、居住地域や事件の性質によって適用される法律、裁判機関、救済手段が異なる。

さらに、イスラエルの占領下にある地域では、イスラエル軍当局がパレスチナ人を軍事裁判所で裁く一方、同じ地域に居住するイスラエル人入植者は原則としてイスラエルの民事司法制度の対象となる。この二重構造は、法の下の平等という基本原則に重大な疑問を投げかけている。

2026年3月30日、イスラエル国会は、テロ関連犯罪に対する死刑の適用を拡大する法案を可決した。さらに5月11日には、2023年10月7日の攻撃に関与したとされるパレスチナ人を裁く特別軍事法廷の設置法も可決され、死刑を科す権限が付与された。

これらの立法措置に対し、国連人権高等弁務官事務所、国連の専門家、アムネスティ・インターナショナル、ヒューマン・ライツ・ウォッチなどが強い懸念を表明している。主な批判は、パレスチナ人に対する差別的な適用、軍事裁判における適正手続の不足、弁護権の制約、拷問や虐待によって得られた供述の証拠能力、そして死刑判決後の救済手段の不十分さに集中している。

したがって、2026年の動向は、単にイスラエルが死刑制度を強化したというだけではない。既存の占領体制と司法制度の格差の上に、取り返しのつかない刑罰である死刑を組み込むことによって、パレスチナ人の司法的保護をさらに弱める可能性があるという点で、重大な転換点となっている。

何が起きているのか

現在の問題を理解するには、パレスチナの司法制度が単一の国家司法機構として機能していないことを押さえる必要がある。1993年のオスロ合意以降、パレスチナ自治政府はヨルダン川西岸地区とガザ地区の一部で行政・司法権限を担うようになったが、2007年のファタハとハマスの対立によって政治的・行政的な分裂が固定化した。

ヨルダン川西岸地区では、パレスチナ自治政府が管轄する地域と、イスラエル軍が治安・司法権限を行使する地域が複雑に入り組んでいる。一方、ガザ地区では2007年以降、ハマスが独自の統治機構を運営してきたが、2023年10月以降の戦争によって行政機能や司法制度は大きな打撃を受けている。

このため、パレスチナの死刑制度を分析する際には、少なくとも3つの異なる司法領域を区別しなければならない。すなわち、パレスチナ自治政府の司法制度、ハマス統治下で運用されてきた司法制度、そしてイスラエルがパレスチナ人に適用する軍事司法制度である。

問題は、それぞれの制度に異なる法的根拠と政治的背景があるにもかかわらず、いずれも死刑や重大な刑事処分に関して、裁判の独立性、証拠の信頼性、弁護権の保障、上訴制度の実効性という共通の課題を抱えている点にある。

特にイスラエルの制度では、占領下のパレスチナ人に対する軍事裁判が長年続いており、軍事当局による逮捕、取り調べ、起訴、裁判という一連の手続が、被告人の権利を十分に保障しているのかが国際的な争点となっている。2026年の死刑法制の拡大は、こうした既存の問題をさらに深刻化させる可能性がある。

パレスチナ自治政府(PA)およびハマス統治下での死刑適用

パレスチナ自治政府の法制度では、死刑は現在も法律上存置されている。刑法上、殺人などの重大犯罪に対して死刑が規定されているほか、国家安全保障に関係する犯罪にも適用され得るが、実際の執行には政治的・法的な制約が存在する。

重要なのは、パレスチナ自治政府が死刑廃止に向けた国際的な義務を負っている点である。パレスチナは2019年3月、国際人権規約の第2選択議定書、すなわち死刑廃止を目的とする国際条約を批准した。この議定書は原則として死刑の廃止を求めるものであり、パレスチナの国内法に死刑が残存していることとの間には重大な法的緊張がある。

パレスチナ自治政府は過去に死刑判決を出し、実際に執行した経緯もある。ただし、マフムード・アッバス大統領の就任後は、大統領による承認を伴わない死刑執行を認めない方針が示され、2005年以降、西岸地区では死刑執行が停止されている。

一方、ガザ地区ではハマスが独自の司法機構を通じて死刑判決を出し、執行してきた。人権団体ベツェレムの集計によれば、2008年から2023年5月までに、ハマスの裁判所は合計170件の死刑判決を出し、ハマス統治機構による執行は30件に達した。

同じ集計では、ハマスの軍事部門による超法規的な殺害も14件確認されている。これらは通常の刑事裁判を経た死刑執行とは異なり、法的手続を欠いた殺害として区別されなければならない。

ハマス統治下の死刑制度では、軍事法廷による審理、政治的対立者やイスラエル協力者と疑われた人物への処分、拷問や虐待を伴う取り調べなどが人権団体から問題視されてきた。特に、被告人が十分な弁護活動を受けられないまま有罪判決に至った事例や、公開性・独立性に疑問のある裁判が行われたことは、司法制度の信頼性を損なう要因となっている。

ただし、2023年10月以降のガザ戦争によって統治機構そのものが大きく損なわれており、2026年11月時点のハマスによる司法活動や死刑判決・執行の実数を、過去の統計からそのまま推定することはできない。したがって、過去の累計と現在の執行状況を混同せず、確認可能な情報と未確認の情報を分けて評価する必要がある。

イスラエルによる対パレスチナ人死刑法案の可決

2026年3月30日、イスラエル国会は「テロリストに対する死刑法案」を賛成62、反対48、棄権1で可決した。この法律は、ヨルダン川西岸地区の軍事裁判所で、テロ行為として分類される殺人を行ったと認定されたパレスチナ人に対し、死刑を原則的な刑罰として科す仕組みを導入したものである。

同法の特徴は、死刑を例外的な刑罰ではなく、一定の犯罪について原則的に選択する仕組みに変更した点にある。裁判所が特別な事情を認めた場合には終身刑を選択できるが、その例外は限定され、従来のような幅広い量刑判断が困難になる。

また、死刑判決を出すために検察側の請求を必要とせず、裁判官の全員一致も要求しない。軍事裁判所の裁判官の階級要件も引き下げられ、軍司令官による死刑判決の恩赦や減刑も認めない仕組みとなった。

執行方法は絞首刑であり、判決確定から原則90日以内に執行すると定められている。首相が特別な事情を理由に執行延期を求めることはできるが、その期間にも上限が設けられている。

一方、イスラエル国内の民事裁判制度にも死刑適用の規定が導入された。イスラエル国家の存在を否定する目的で他人を故意に殺害した場合、死刑または終身刑を科すことが可能となったが、この規定の文言や適用構造は、実際にはパレスチナ人を主な対象とするものだと人権団体は批判している。

ここで問題となるのは、同じヨルダン川西岸地区に居住していても、パレスチナ人とイスラエル人入植者では適用される司法制度が異なることである。パレスチナ人は原則としてイスラエル軍事法に基づく軍事裁判所で裁かれる一方、イスラエル人入植者はイスラエルの民事司法制度の対象となる。

この違いは、単なる裁判所の管轄の違いではない。同種の犯罪であっても、被告人の国籍や居住資格によって適用法、裁判手続、量刑の基準が異なるという構造的な格差を生み出している。

さらに、2026年5月11日には、2023年10月7日の攻撃に関与したとされるパレスチナ人を裁く特別軍事法廷の設置法が、イスラエル国会で賛成93、反対0で可決された。この法廷には死刑を科す権限が与えられており、通常の刑事司法制度とは異なる特別な手続が認められている。

国連人権高等弁務官は、この特別法廷について、集団的な審理によって個人の責任を十分に立証しないまま有罪判断に至る危険性や、強制された供述を証拠として採用する可能性を指摘した。また、パレスチナ人だけを対象とし、同じ事件に関連するイスラエル側の行為を裁く権限を持たないことも、司法の公平性を損なう問題として批判している。

このように、2026年のイスラエルの立法措置は、通常の軍事裁判制度における死刑適用の拡大と、特定の事件を対象とする特別軍事法廷の設置という2つの方向から進められた。いずれもパレスチナ人を主な対象とする制度であり、適正手続、法の下の平等、生命に対する権利という国際人権法の基本原則との整合性が問われている。

適正手続(公正な裁判を受ける権利)の著しい欠如

パレスチナ人に対する死刑制度をめぐる最大の問題の1つは、死刑を科す可能性のある裁判において、被告人の基本的な権利が十分に保障されているかという点である。公正な裁判を受ける権利は、国籍や政治的立場、犯罪の重大性にかかわらず、すべての人に認められる基本的人権であり、死刑を適用する場合には、通常以上に厳格な手続的保障が求められる。

国際人権法では、被告人には独立・公平な裁判所による審理、無罪推定、弁護人を選任する権利、証人を尋問する機会、十分な準備期間、判決に対する上訴の権利などが保障されなければならない。これらは国際人権規約第14条に定められており、死刑判決を下す裁判では、手続上の重大な欠陥があれば、生命に対する権利そのものを侵害する結果につながる。

しかし、イスラエル軍事裁判所で裁かれるパレスチナ人については、これらの保障が実際に機能しているのか、長年にわたり深刻な疑問が呈されてきた。逮捕時の状況、取り調べの方法、証拠の開示、弁護士との接触、裁判の独立性など、刑事司法の各段階に問題が指摘されている。

イスラエルの軍事裁判制度では、被告人がイスラエル軍によって逮捕された後、長期間にわたり身柄を拘束される場合がある。弁護士との面会が制限されたり、家族に拘束場所が十分に知らされなかったりすることもあり、被告人が自らの立場を把握して防御を準備することが困難になる。

特に、2023年10月以降のガザ戦争では、拘束されたパレスチナ人に対する弁護士との接触制限、家族との連絡遮断、拘束場所に関する情報不足などが国連機関や人権団体から報告されている。国連の恣意的拘禁作業部会も、2025年に公表した意見書で、イスラエル軍事裁判所における証拠の秘密指定や弁護士との接触制限が、公正な裁判を受ける権利を侵害していると問題視した。

こうした状況で死刑を適用することは、誤判や不当な有罪判決を取り返しのつかない結果に結びつける危険性を高める。死刑制度そのものへの倫理的な批判とは別に、裁判手続が不公正である可能性を排除できない以上、国家が人の生命を奪う刑罰を正当化することは極めて困難である。

パレスチナ自治政府やハマスの司法制度にも同様の問題がある。パレスチナ自治政府の裁判所では、政治的圧力や行政権力からの独立性が課題となっており、ハマス統治下のガザ地区では、軍事裁判所による審理や政治的対立に関連する事件の処理について、司法の中立性と透明性が疑問視されてきた。

したがって、適正手続の問題はイスラエルだけに限定されない。ただし、イスラエルの場合は占領国としての責任に加え、軍事司法制度の対象が主としてパレスチナ人に限定されているという特殊性があり、制度的な差別の問題と一体化している点に特徴がある。

軍事裁判所や特殊法廷での裁き

イスラエルによるパレスチナ人の刑事処分において、軍事裁判所は中心的な役割を果たしている。ヨルダン川西岸地区では、イスラエル軍が発する軍事命令に基づき、パレスチナ人の逮捕、起訴、審理、判決が行われる仕組みが長年運用されてきた。

この制度の問題は、裁判官が軍の司法機構に属していることにある。軍事裁判官は軍の組織的枠組みの中で職務を遂行するため、軍事当局から十分に独立した司法判断が可能なのかという疑問が生じる。

また、軍事裁判所で扱われる事件には、殺人や武装攻撃だけでなく、石を投げる行為、軍事施設への接近、政治活動、集会や組織活動に関係する犯罪なども含まれる。犯罪の重大性が異なる事件が同一の軍事司法制度の中で扱われるため、被告人の権利保障と量刑の均衡が重要な課題となる。

人権団体ベツェレムは、イスラエル軍事裁判所におけるパレスチナ人の有罪率が約96%に達すると報告している。アムネスティ・インターナショナルは、集計方法の異なる数字として99%を超える有罪率を示しているが、いずれも極めて高い数値であり、無罪推定や防御権が実質的に機能しているのかを検証する必要がある。

もっとも、有罪率が高いという事実だけで、すべての判決が不公正であると断定することはできない。重要なのは、その高い有罪率が、被告人の自白への依存、証拠開示の不足、司法取引の利用、弁護活動の制約など、制度的な要因によって生じていないかという点である。

2026年にイスラエルが設置した特別軍事法廷も、こうした問題をさらに複雑にしている。この法廷は2023年10月7日の攻撃とその後の関連事件を対象とし、関与したとされるパレスチナ人を裁くために設けられたものであり、通常の軍事裁判とは異なる特別な手続と証拠規則を採用することが認められている。

特に懸念されるのは、真相解明と正義の実現に必要と判断される場合、通常の手続や証拠法則から逸脱できる余地が設けられている点である。重大事件を迅速に審理する必要性は理解できるが、それを理由に証拠の信頼性や弁護側の反論機会を軽視すれば、公正な裁判の根幹が損なわれる。

さらに、この特別法廷はパレスチナ側の被疑者を対象とする一方、同じ事件やその後の紛争におけるイスラエル軍側の犯罪を同じ基準で審理する制度ではない。犯罪の重大性に応じて責任を追及することは必要だが、加害者の所属や民族によって司法制度の適用を変えることは、法の下の平等という原則と両立しない。

死刑を科す権限を持つ特別法廷である以上、通常の裁判以上に厳格な証拠審査、弁護権の保障、独立した上訴審査が不可欠である。政治的な報復や社会的な怒りを司法判断に持ち込まず、個人の具体的な行為と責任を証拠によって立証することが求められる。

拷問および虐待による「自白」の強要

適正手続をめぐる問題の中でも、特に深刻なのが、拘束中の拷問や虐待によって得られた供述が、刑事裁判の証拠として利用される危険性である。自白は有罪立証において大きな影響力を持つが、暴力や脅迫、心理的圧迫によって得られた供述は、事実と異なる内容を含む可能性があり、証拠としての信頼性を根本から損なう。

国連拷問禁止委員会や国連の特別報告者は、イスラエルによるパレスチナ人拘束者への拷問、虐待、不当な取り調べについて、繰り返し懸念を表明してきた。2023年10月以降は、拘束施設における殴打、睡眠剝奪、長時間の拘束姿勢、食料や医療の制限、性的虐待などの報告が相次いでいる。

2025年に公表された国連の特別委員会報告書でも、パレスチナ人拘束者に対する深刻な虐待や性的暴力、医療を必要とする状態での釈放などが記録されている。拘束者の死亡事例も報告されており、拘禁施設における監視体制や責任追及の不十分さが問題となっている。

拷問禁止は、国際人権法上の絶対的な義務である。戦争やテロ対策、国家安全保障などを理由に例外を設けることは認められず、非常事態であっても拷問を正当化することはできない。

さらに、拷問禁止条約第15条は、拷問によって得られた供述を、拷問を行った事実の立証に用いる場合を除き、証拠として採用してはならないと定めている。したがって、取り調べで虐待が行われた疑いがある場合には、裁判所は供述の任意性と信頼性を厳格に検証しなければならない。

ところが、イスラエルの軍事裁判制度では、拘束者の供述がどのような環境で得られたのか、取り調べの全過程が適切に記録されているのか、弁護側がその内容を検証できるのかという問題が残されている。被告人が虐待を訴えても、独立した調査が十分に行われなければ、強制された自白が有罪判決の根拠として残る危険性がある。

この問題は、単なる取り調べの不適切さではない。拷問による自白が裁判で利用されることは、捜査機関による人権侵害を司法機関が事実上追認することにつながるからである。

死刑制度との関係では、その危険性はさらに大きい。強制された自白によって誤った有罪判決が下され、その後に死刑が執行されれば、国家は回復不可能な人権侵害を引き起こすことになる。

弁護権の制限と情報の非公開

公正な裁判を実現するためには、被告人が自分に対する容疑と証拠の内容を把握し、弁護士と十分に協議したうえで反論できることが不可欠である。しかし、イスラエルの軍事司法制度では、国家安全保障を理由に証拠が秘密扱いされ、弁護側が十分な情報を得られない事例が問題となっている。

特に行政拘禁や安全保障関連の拘束では、具体的な証拠が本人や弁護士に開示されないまま、拘束が継続される場合がある。検察側が保有する情報の一部が秘密指定されれば、弁護側は証拠の矛盾や誤りを指摘することが難しくなる。

国連の恣意的拘禁作業部会は、2025年に扱ったイスラエルによる拘禁事例について、軍事裁判所が証拠を秘密指定し、被拘束者と弁護士が拘禁の根拠を十分に争えなかったことを問題視した。また、弁護士との接触が制限され、拘束施設の移送についても十分な情報が提供されなかったと指摘している。

もちろん、テロ対策や情報提供者の保護などの観点から、証拠の一部を非公開にする必要が生じる場合はある。しかし、その場合でも、秘密情報を独立した裁判官が検証し、弁護側に実質的な反論機会を与える代替措置が必要となる。

被告人が証拠を確認できず、弁護士も捜査内容を把握できない状態で有罪判決を下すことは、裁判の公平性を著しく損なう。特に死刑事件では、証拠の非公開によって誤判を発見する機会が失われることを防がなければならない。

パレスチナ自治政府とハマス統治下でも、弁護権や情報公開には課題がある。政治的に敏感な事件や治安関連事件では、被告人が十分な弁護活動を受けられない場合があり、司法機関が行政・治安機関から独立しているかという問題も残されている。

上訴・恩赦プロセスの不備

死刑判決に対する上訴と恩赦の制度は、誤判を防ぐための最後の重要な保障である。第一審で有罪とされた場合でも、証拠の評価、法律の適用、取り調べの適法性、弁護権の侵害などを上級裁判所が再検討することで、誤った判決が修正される可能性がある。

国際人権規約第14条第5項は、有罪判決と刑罰について上級裁判所による再審査を受ける権利を定めている。また、第6条第4項は、死刑を宣告された者に対し、恩赦または減刑を求める権利を保障している。

ところが、イスラエルの2026年の死刑法は、軍事裁判における判決後の手続を短縮し、恩赦や減刑の可能性を大幅に制限する内容となっている。判決確定後、原則として90日以内に執行する規定は、誤判の発見や追加調査、国際的な司法救済のための時間を著しく狭める。

なお、上訴そのものが全面的に禁止されたと一律に説明するのは正確ではない。法律の成立時点における制度説明では上訴の余地が示されている一方、上訴の実効性、恩赦の排除、執行までの短期間という複数の制約が重なっていることが問題なのである。

死刑事件では、上訴が形式的に認められているだけでは十分ではない。弁護側が新たな証拠を提出できること、取り調べの違法性を争えること、判決に疑義がある場合に執行を停止できることが必要となる。

さらに、パレスチナ自治政府とハマスの司法制度でも、死刑判決に対する恩赦や執行停止の手続が政治権力の判断に左右される危険性がある。ハマス統治下では、過去に大統領の承認を経ずに死刑が執行された事例もあり、法的な手続保障が十分に機能していたとはいえない。

死刑は一度執行されれば、後から誤判が判明しても被害を回復できない。そのため、上訴、再審、恩赦、執行停止という複数の救済手段を確保することは、単なる司法上の形式ではなく、生命に対する権利を守るための不可欠な条件である。

主要な課題

パレスチナの死刑制度をめぐる問題は、単に刑罰の重さや死刑執行の是非にとどまらず、司法制度そのものが政治権力や軍事的支配から独立して機能しているかという根本的な問題に及んでいる。パレスチナ自治政府、ハマス、イスラエルの各司法制度には、それぞれ異なる政治的・法的背景があるものの、司法の独立性、透明性、適正手続、被告人の権利保障という共通の課題が存在する。

特に深刻なのは、司法制度が政治的な対立や軍事的な目的を達成するための手段として利用される危険性である。刑事司法は本来、個人の具体的な行為と責任を証拠に基づいて判断する制度であり、民族、宗教、政治的所属、国家への忠誠などによって処遇を変えることは許されない。

イスラエルの2026年の死刑法制は、パレスチナ人が主な対象となる制度設計であることから、司法制度における差別の問題を一段と深刻化させている。パレスチナ自治政府とハマスの制度についても、政治的圧力や司法の独立性の不足が、死刑判決の正当性を損なう要因となっている。

また、死刑は誤判が判明した場合にも被害を回復できない刑罰である。証拠の信頼性、捜査の適法性、弁護活動の実効性、上訴制度の独立性など、あらゆる段階で高い水準の保障が必要になるが、現在の各制度にはその条件を満たしているか疑問が残る。

さらに、占領、武力紛争、政治的分断という複数の問題が重なっているため、通常の国内刑事司法制度だけを前提に評価することはできない。イスラエルには占領国としての国際人道法上の義務があり、パレスチナ自治政府やハマスにも、支配下にある人々の生命と人権を保護する責任がある。

したがって、主要な課題は次の4点に整理できる。第1に法の支配と司法の独立性、第2に民族や居住地域による制度的差別、第3に国際人権法と国際人道法の遵守、第4に誤判や不当な処刑を防止する実効的な司法救済の確立である。

法の支配の崩壊と人権基準

法の支配とは、国家権力や行政機関、軍隊、政治指導者を含むすべての主体が法律に拘束され、独立した司法機関による審査を受けるという原則である。刑事司法においては、犯罪の成立要件が明確であること、捜査と裁判が法律に従って行われること、被告人の権利が保障されること、判決に対して実効的な不服申立てが可能であることが不可欠となる。

ところが、パレスチナをめぐる司法制度では、軍事的・政治的な権力が司法判断に強い影響を及ぼす構造が存在する。イスラエルの占領下では、軍事命令と軍事裁判所がパレスチナ人の刑事処分に大きな役割を果たし、パレスチナ自治政府やハマスの統治下でも、行政・治安機関と司法機関の関係が問題となってきた。

特にイスラエルの軍事裁判制度では、軍の組織に属する裁判官が、軍当局の命令に基づいて拘束されたパレスチナ人を審理する構造がある。軍事裁判所が制度上存在すること自体が直ちにすべて違法というわけではないが、占領地の民間人を裁く場合には、必要性と例外性が厳格に問われ、通常の民事裁判所と同等の独立性、公平性、手続保障が確保されなければならない。

国際人権規約第6条は生命に対する権利を保障し、第14条は公正な裁判を受ける権利を定めている。また、死刑を存置する国であっても、死刑の適用は最も重大な犯罪に限定され、確定判決に基づいて行われなければならないという国際的な基準が存在する。

国連人権委員会の一般的意見第36号は、死刑を適用する場合の「最も重大な犯罪」を、極めて重大な性質を持つ犯罪に限定して解釈している。政治的な目的、国家への敵対、抽象的な安全保障上の危険などを理由に死刑を拡大することは、この基準との整合性を欠く可能性がある。

イスラエルの2026年法制では、占領下のヨルダン川西岸地区で、テロ行為に分類される殺人に対する死刑が原則化された。特に、軍事裁判所における裁判官の全員一致を必要としない仕組みや、恩赦を認めない規定、執行までの短期間という条件は、誤判防止の観点から重大な懸念を生じさせている。

国連人権高等弁務官事務所は、2026年3月31日の声明で、この法律がイスラエルの国際法上の義務と整合せず、適正手続に関する深刻な問題を引き起こすと指摘した。さらに、占領下のパレスチナ人に対する差別的な死刑適用は、生命に対する権利だけでなく、占領国が遵守すべき国際人道法にも抵触する可能性があると警告した。

法の支配を維持するためには、重大犯罪に対する責任追及と、被告人の人権保障を対立させてはならない。被害者に正義をもたらすためにも、拷問や強制的な自白、秘密証拠、政治的圧力に依存しない司法制度を確立することが必要である。

制度的差別性

パレスチナの死刑制度をめぐる最も重大な問題の1つは、民族や居住地域によって適用される法律と司法制度が異なることである。特にヨルダン川西岸地区では、パレスチナ人とイスラエル人入植者が同じ地域に居住していても、原則として異なる法体系の下で刑事責任を問われる。

パレスチナ人はイスラエル軍事命令に基づく軍事裁判所で裁かれる一方、イスラエル人入植者はイスラエルの民事司法制度の対象となる。この二重司法制度は、逮捕、拘束、取り調べ、起訴、裁判、量刑に至るまで、法的な取り扱いに格差を生み出している。

2026年3月に成立した死刑法は、この構造的な格差をさらに拡大するものと批判されている。軍事裁判所で裁かれるパレスチナ人については、テロ行為に分類される殺人に対して死刑が原則となる一方、イスラエル人については別の民事司法制度が適用され、同じ犯罪類型でも死刑の適用条件が異なる。

この問題は、単に法律の文言が異なるという形式的な違いではない。実際にどの集団が逮捕され、どの裁判所に送られ、どのような刑罰を受ける可能性があるのかという、司法制度の実質的な差別性に関わっている。

国連人種差別撤廃委員会は2026年5月1日、イスラエルの死刑法について、パレスチナ人に対する差別を制度化するものであり、人権保護の重大な後退に当たると警告した。同委員会は、占領地のパレスチナ人に適用される軍事裁判所と、イスラエル市民・居住者に適用される民事裁判制度との違いを問題視し、法律の即時撤回を求めた。

また、国連人権高等弁務官事務所が2026年1月に公表したヨルダン川西岸地区に関する報告書も、イスラエル人入植者とパレスチナ人に異なる法律や政策が適用され、移動、土地、水資源へのアクセスなど、生活の広範な領域で不平等が生じていると指摘した。死刑法は、このような既存の制度的格差の上に導入されたものであり、刑事司法における差別を固定化する危険性がある。

一方、パレスチナ自治政府とハマスの司法制度にも、政治的所属や対立関係によって司法上の扱いが左右される問題がある。特にハマス統治下では、イスラエルへの協力を疑われた人物や政治的対立者に対する処分が問題となり、法的な証拠と政治的な疑惑の区別が十分に保たれているかが問われてきた。

制度的差別を判断する際には、法律の文面だけでなく、実際の運用と結果を検証する必要がある。特定の集団に対して不利な制度が継続的に適用され、同様の行為をした別の集団には異なる処遇がなされるならば、形式上の平等が存在していても、実質的な平等は失われている。

特に死刑という不可逆的な刑罰において、こうした差別が存在することは極めて重大である。司法制度が民族や政治的所属によって異なる基準で生命を奪う可能性を持つならば、それは刑事司法の公平性だけでなく、国家権力の正当性そのものを揺るがす問題となる。

国際社会の規範からの遊離

パレスチナの死刑制度をめぐる問題は、国際社会が長年にわたって形成してきた人権規範との衝突でもある。第二次世界大戦後、国際社会は生命に対する権利、拷問の禁止、公正な裁判を受ける権利、法の下の平等を国際的な共通基準として確立してきた。

国際人権規約第6条は生命に対する権利を保障し、死刑存置国であっても、その適用を厳格に制限している。同条は、死刑廃止を目的とする国において死刑を復活させることを認めず、死刑が残る国でも、最も重大な犯罪に対して、確定判決に基づいてのみ科すことを求めている。

さらに、国際人権規約第14条は、独立した公平な裁判所による審理、無罪推定、弁護人の援助、証人尋問、上級裁判所への不服申立てなどを保障している。これらの権利は戦争やテロ対策を理由に無制限に制約できるものではなく、国家安全保障上の必要性が主張される場合にも、国際法上の要件を満たさなければならない。

パレスチナは2019年、死刑廃止を目的とする国際人権規約の第2選択議定書に加入した。これはパレスチナ自治政府の法制度にとって重要な意味を持つが、ハマス統治下での死刑執行が続いてきたことから、国際的な義務と実際の統治との間には深刻な隔たりが存在する。

イスラエルについては、国際人権規約の締約国として生命に対する権利と公正な裁判の保障を遵守する義務がある。また、ヨルダン川西岸地区の占領国として、1949年のジュネーヴ第4条約に基づく義務も負っている。

同条約第64条から第75条は、占領地における刑事法の適用や刑事手続について規定している。特に第71条以下は、被告人に対する適正な裁判手続や弁護の機会を保障するものであり、占領国が自国の安全保障を理由に被占領者の基本的な権利を恣意的に制限することは認められない。

また、拷問禁止条約は、いかなる状況においても拷問を正当化できないことを明確にしている。拷問によって得られた供述を裁判で利用することも原則として禁止されており、軍事的緊張やテロ事件への対応を理由に、この義務を免れることはできない。

国連人権高等弁務官は2026年3月31日、イスラエルの新法がパレスチナ人に差別的に適用されること、死刑執行までの期間が短いこと、恩赦の機会が設けられていないことなどを挙げ、国際法上の義務に反すると警告した。4月2日には国連の専門家も、法律の目的、設計、効果のいずれの面から見ても差別的な死刑制度であり、生命に対する権利と法の下の平等に反すると指摘した。

さらに、国連人種差別撤廃委員会は5月1日、同法が人種差別を固定化する危険性を指摘し、撤回を要求した。国際社会の批判は、死刑に反対する倫理的立場だけではなく、差別的な法制度、軍事裁判、適正手続の欠如という複数の法的問題に基づいている。

ただし、国際社会の規範からの遊離は、イスラエルだけの問題として理解すべきではない。パレスチナ自治政府が死刑廃止条約上の義務を十分に履行できていないこと、ハマスが死刑を執行してきたことも、国際人権基準との不整合として検証されなければならない。

結局のところ、国際法が求めているのは、特定の国家や政治勢力を免責することではない。イスラエルによる民間人への違法な攻撃、パレスチナ武装組織による民間人殺害、拷問、恣意的拘禁、超法規的処刑など、いずれの行為についても、個人の責任を公平な司法手続によって追及することである。

死刑制度の問題を解決するためには、国際法を政治的な選択肢として扱うのではなく、すべての当事者に共通する拘束力のある基準として適用する必要がある。

今後の展望

2026年11月時点で、パレスチナの死刑制度をめぐる今後の展開は、大きく3つの方向に左右されると考えられる。第1にイスラエルの新たな死刑法制が実際に適用されるか、第2に国内外の司法機関がその合法性をどこまで審査できるか、第3にパレスチナの政治的分断とイスラエルによる占領という構造的問題が改善されるかである。

特に重要なのは、2026年3月に成立したイスラエルの死刑法に対する国内司法の対応である。イスラエルの人権団体である市民権協会は、法律の成立直後にイスラエル最高裁判所へ無効化を求める申し立てを行った。

この申し立てでは、死刑の適用がパレスチナ人に著しく偏ること、軍事裁判所での審理が公正な裁判の基準を満たしていないこと、恩赦や減刑の機会が制限されていることなどが主要な争点となる。裁判所が法律の合憲性や国際法との整合性をどのように判断するかは、今後の死刑制度の運用を左右する重要な要素となる。

ただし、国内裁判所による審査だけで問題が解決するとは限らない。イスラエルの政治情勢や司法制度をめぐる対立を考慮すれば、最高裁判所が法律を全面的に無効化するのか、一部の規定を修正するのか、あるいは政府の裁量を広く認めるのかによって、結果は大きく異なる。

仮に法律が維持され、死刑判決が実際に出された場合には、国際社会からの批判はさらに強まる可能性がある。特に、拷問や強制された自白、秘密証拠、弁護権の制限が疑われる事件で死刑が宣告されれば、単なる国内刑事事件ではなく、国際人権法と国際人道法に関わる重大な問題として扱われることになる。

一方、法律の適用が停止されたとしても、軍事裁判制度そのものや、パレスチナ人に対する差別的な法的取り扱いが解消されるわけではない。死刑法の撤回は重要な第一歩であるが、司法制度全体の改革と占領体制の問題を切り離して考えることはできない。

また、パレスチナ自治政府とハマスの死刑制度についても、独立した司法機関の確立と死刑廃止に向けた取り組みが必要である。特に、パレスチナ自治政府が国際的に表明してきた人権保障の義務を国内法と司法実務に反映させ、ガザ地区を含めて死刑執行を禁止する制度を確立することが求められる。

司法救済と国際世論のプレッシャー

死刑法制の是正に向けて、国際社会が利用できる手段は複数存在する。国内裁判所への申し立てに加え、国連人権機関、国際司法裁判所、国際刑事裁判所など、それぞれ異なる権限を持つ機関を通じて、法的・政治的な圧力を形成することが可能である。

まず、イスラエル国内の司法救済では、最高裁判所による違憲審査が重要となる。市民権協会などの人権団体は、死刑法の適用が生命に対する権利、法の下の平等、公正な裁判を受ける権利に反すると主張しており、裁判所がこれらの論点をどのように判断するかが注目される。

また、死刑判決を受けた個人については、弁護団による上訴、証拠の再検証、取り調べの適法性の争い、拷問の申し立て、執行停止の請求などが重要な救済手段となる。国際人権団体や各国政府は、個別事件について情報を収集し、被告人の権利が侵害されている場合には、司法当局に対して是正を求めることができる。

国連人権高等弁務官事務所は、2026年3月31日、イスラエルの新法が国際法上の義務と整合せず、パレスチナ人に対する差別的な死刑制度を形成するとして、撤回を要求した。4月2日には国連の特別報告者らも、同法の即時撤回と適用停止を求めており、国連人権機関による監視と情報発信は重要な役割を担っている。

国際司法裁判所も、占領地における法制度の問題を考えるうえで重要である。同裁判所は2024年7月19日の勧告的意見で、イスラエルによる占領下のパレスチナ地域における継続的な存在は違法であり、できるだけ速やかに終了させる義務があるとの判断を示した。

さらに、同裁判所は、すべての国に対し、違法な占領状態を合法と認めず、その維持に援助や支援を与えない義務があるとの見解を示した。この判断は、死刑法そのものの違法性を直接判断したものではないが、占領地におけるイスラエルの統治と司法制度を国際法の観点から評価する重要な基盤となる。

ここで注意すべきなのは、国際司法裁判所と国際刑事裁判所の役割の違いである。国際司法裁判所は国家間の法的紛争や国連機関からの諮問に対応する機関であり、個々の被告人の有罪・無罪を判断したり、イスラエル国内の死刑判決を直接取り消したりする機関ではない。

一方、国際刑事裁判所は、ジェノサイド、人道に対する犯罪、戦争犯罪、侵略犯罪について個人の刑事責任を追及する機関である。パレスチナ情勢については2021年に捜査が開始され、2023年10月以降の武力紛争に関連する行為も捜査対象に含まれている。

2024年11月には、国際刑事裁判所がイスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相とヨアブ・ガラント前国防相に対する逮捕状を発付した。また、ハマスの軍事部門指導者だったムハンマド・デイフに対しても逮捕状が発付されたが、同人については2025年2月に死亡が確認されたことを受けて手続が終了している。

これらの逮捕状は、死刑法の合法性を直接判断したものではない。しかし、イスラエル側とパレスチナ武装組織側の双方について、重大な国際犯罪の疑いを個人の責任として追及する仕組みが機能していることを示している。

国際刑事裁判所の捜査が進展すれば、拘束者への拷問、民間人への攻撃、違法な拘禁、その他の重大な犯罪についても、国際法上の責任が問われる可能性がある。ただし、同裁判所は国内の死刑制度を廃止させる権限を持たず、国内裁判の上訴機関でもないため、役割を過大評価してはならない。

国際世論の圧力も重要である。各国政府、国際機関、人権団体、法律家団体、大学、報道機関が継続的に問題を取り上げることで、死刑法の適用に伴う外交的・経済的・政治的コストを高めることができる。

ただし、声明や非難決議だけでは、法律の撤回や拘束者の権利回復につながらない場合もある。各国は武器移転や安全保障協力、司法協力、貿易関係などについて国際法上の義務を検討し、違法行為の維持に寄与しない具体的な政策を実施する必要がある。

根本的な政治的・構造的解決の必要性

パレスチナの死刑制度をめぐる問題を根本的に解決するためには、刑法の改正や裁判手続の改善だけでは不十分である。司法制度を取り巻く政治的・軍事的な構造そのものを見直し、すべての人が同じ人権基準と法的保護を受けられる環境を整える必要がある。

最大の構造的問題は、イスラエルによる占領と、パレスチナ内部の政治的分断が長期化していることである。ヨルダン川西岸地区ではイスラエル軍の支配とパレスチナ自治政府の限定的な統治権限が並存し、ガザ地区ではハマスによる統治と長期にわたる封鎖、さらに2023年以降の大規模な軍事作戦によって、行政・司法機能が深刻な影響を受けてきた。

このような状況では、独立した司法制度を確立すること自体が難しくなる。司法機関が軍事当局や政治勢力から独立できなければ、刑事裁判は法的な責任を判断する場ではなく、政治的な対立や治安政策を正当化する手段として利用される危険がある。

したがって、第一に必要なのは、パレスチナ人に対する司法管轄の二重構造を解消し、民族や居住地域によって異なる法的取り扱いが行われない制度を確立することである。少なくとも、同じ犯罪については同じ法的基準が適用され、すべての被告人が独立した民事司法制度による審理と実効的な弁護権を保障されなければならない。

第二に、パレスチナ自治政府とハマスの司法制度を統合し、政治的な影響を受けない独立した司法機関を構築する必要がある。これは単なる行政機構の統一ではなく、裁判官の任命、検察の独立、警察・治安機関の監督、刑事施設の管理、判決の執行などを法の支配に基づいて再構築することを意味する。

特にパレスチナ自治政府には、2019年に批准した死刑廃止を目的とする国際人権規約の第2選択議定書に沿って、国内法から死刑規定を削除することが求められる。ハマスについても、死刑の執行を停止し、過去の処刑や超法規的殺害について独立した調査を行い、責任者の責任を追及する必要がある。

第三に、イスラエルによる占領地の司法制度について、国際人道法と国際人権法に適合した抜本的な改革が必要である。パレスチナ人の民間人を軍事裁判所で裁くことについては、その必要性と例外性を厳格に検証し、原則として独立した民事裁判所による審理を保障する方向へ転換すべきである。

また、拘束者に対する拷問や虐待を防止するため、取り調べの全面的な記録、弁護士との迅速な接見、独立した医療機関による診察、拘禁施設への外部監視を制度化することが必要である。違法な取り調べによって得られた供述は排除し、拷問や虐待の疑いについては、軍や治安機関から独立した機関が調査しなければならない。

第四に、被害者とその家族に対する救済制度を整備する必要がある。イスラエル人、パレスチナ人のいずれであるかを問わず、殺害、拷問、性的暴力、恣意的拘禁などの被害について、真相究明、加害者の責任追及、補償、再発防止を実現する制度が求められる。

さらに、和平交渉や政治的合意においては、司法制度の改革と人権保障を付随的な問題として扱うべきではない。政治的な和解が成立しても、過去の重大な人権侵害が放置され、被害者に司法救済が与えられなければ、長期的な安定は実現しない。

死刑制度の廃止は、こうした構造改革の中でも重要な出発点となる。国家や政治勢力が司法手続を通じて人の生命を奪う権限を縮小し、誤判や政治的報復の危険を排除することは、法の支配を再建するための基本条件である。

今後の展開については、制度改革の進展によって複数のシナリオが考えられる。最も望ましいのは、イスラエルの死刑法が撤回または司法判断によって無効化され、パレスチナ自治政府とハマスも死刑の全面停止・廃止に向けて動き出すことである。

この場合、国連機関や各国政府の監視の下で、軍事裁判制度の改革、拘束者の権利保障、拷問の独立調査、司法機関の政治的独立などが段階的に進められることになる。もっとも、これらを実現するには、イスラエルとパレスチナ側双方の政治的意思に加え、占領の終了やパレスチナの統治体制の再構築という、より大きな政治的課題を解決する必要がある。

次に考えられるのは、イスラエルの死刑法が維持されるものの、国内裁判所や国際社会の圧力によって適用が事実上抑制されるシナリオである。この場合、死刑判決や執行が直ちに増加するとは限らないが、法律が存続することで、パレスチナ人拘束者に対する心理的圧力や司法上の不安定性が続く可能性がある。

最も懸念されるのは、死刑法の適用が拡大し、軍事裁判や特別法廷における審理が迅速化される一方、弁護権や上訴制度が十分に機能しないシナリオである。拷問や強制された自白、秘密証拠に依存した裁判で死刑が執行されれば、国際的な批判が強まるだけでなく、地域社会の反発や報復の連鎖を招く危険性もある。

このような事態を防ぐためには、死刑判決が出された場合の即時執行停止を求める国際的な監視体制が重要となる。各国政府や国際機関は、個別事件の証拠、裁判記録、被告人の健康状態、弁護士との接見状況などを確認し、重大な手続違反が認められる場合には具体的な是正措置を要求する必要がある。

また、死刑の犯罪抑止効果についても、慎重な検証が必要である。死刑を導入すればテロや殺人が減少するという主張には、確立された科学的根拠が十分に存在しない。むしろ、司法制度への不信や差別的な刑罰の適用が、社会的な対立を深める可能性がある。

今後の国際社会の対応では、単にイスラエルを非難するだけでなく、パレスチナ自治政府とハマスにも同じ人権基準の遵守を要求する姿勢が不可欠となる。民間人の殺害、拷問、恣意的拘禁、政治的処刑は、実行主体がどこであっても正当化されないという原則を一貫して維持する必要がある。

最終的に求められるのは、死刑の存廃だけをめぐる議論を超え、すべての人が民族や政治的立場に左右されず、公正な裁判を受けられる社会の構築である。司法の独立、法の下の平等、拷問の禁止、実効的な司法救済を実現しなければ、死刑法を撤回したとしても、パレスチナの司法制度をめぐる根本的な問題は解決しない。

まとめ

パレスチナの死刑制度をめぐる問題は、死刑を存置するか廃止するかという刑事政策上の議論を超え、生命に対する権利、司法の独立、公正な裁判、法の下の平等という国際社会の基本原則に関わる重大な人権問題である。特に2026年のイスラエルによる死刑法制の拡大は、従来から存在していたパレスチナ人に対する司法上の格差を制度的に強化する可能性があり、国際的な懸念を一段と高めている。

今回の分析から明らかになったのは、パレスチナをめぐる死刑制度が、単一の司法制度によって運用されているわけではないという点である。ヨルダン川西岸地区のパレスチナ自治政府、ガザ地区で統治を行ってきたハマス、そして占領地のパレスチナ人を裁くイスラエルの軍事司法制度という3つの異なる制度が存在し、それぞれに固有の法的問題と人権侵害の危険性がある。

パレスチナ自治政府は2019年に死刑廃止を目的とする国際条約に加入したが、国内法には依然として死刑規定が残されている。西岸地区では2005年以降、大統領による死刑判決の承認が行われず、事実上の執行停止が続いている一方、ハマス統治下のガザ地区では大統領の承認を経ない死刑執行が行われ、国際法上の義務との重大な不整合が生じてきた。

イスラエルについては、2026年3月30日に国会で可決された死刑法が、特に重大な問題となっている。同法は占領下のヨルダン川西岸地区において、テロ行為に分類される殺人を犯したと認定されたパレスチナ人に対する死刑を原則化し、執行方法、執行期限、恩赦の制限などを定めたものである。

さらに同年5月11日には、2023年10月7日の攻撃に関与したとされるパレスチナ人を対象とする特別軍事法廷の設置法も可決された。この制度では、集団審理、通常の証拠規則からの逸脱、裁判官の多数決による死刑判決などが認められるため、無罪推定や個人責任の原則、弁護権の保障が十分に機能するのかという深刻な疑問が生じている。

特に問題なのは、イスラエルの民事司法制度と軍事司法制度が、同じ地域に居住する人々に異なる法的取り扱いを生み出していることである。パレスチナ人は軍事裁判所で裁かれる一方、イスラエル人入植者は原則として民事裁判所の管轄に置かれるため、犯罪の性質が類似していても、適用される法律や刑罰の基準が異なる構造が存在する。

また、軍事裁判所や特別法廷における審理では、拷問や虐待によって得られた自白、弁護士との接見制限、秘密証拠、上訴制度の制約などが問題となっている。こうした状況で死刑が適用されれば、誤判によって人の生命が奪われる危険性を排除できず、司法制度そのものへの信頼も失われる。

国際法上、生命に対する権利は基本的人権の中核に位置する。国際人権規約第6条、第14条、拷問禁止条約、ジュネーヴ第4条約などは、国家や統治主体に対し、生命の保護、拷問の禁止、公正な裁判の保障を求めている。

パレスチナの死刑制度をめぐる問題は、これらの国際基準が現実の政治・軍事状況の中で十分に機能していないことを示している。イスラエル、パレスチナ自治政府、ハマスのいずれについても、政治的・軍事的な目的を理由として基本的人権を制限することは許されず、同じ国際法上の基準に基づく責任追及が必要である。

今後の課題は、イスラエルの死刑法の撤回、特別軍事法廷の制度的な見直し、パレスチナ側の死刑執行停止と法制度の改正、拷問や虐待に対する独立調査、司法機関の政治的独立を実現することである。加えて、占領の終了、パレスチナ内部の政治的分断の解消、司法管轄の二重構造の是正という根本的な政治・構造改革が不可欠となる。

国際社会には、声明や非難決議にとどまらず、国内司法手続、国連人権機関、国際司法裁判所、国際刑事裁判所などを通じて、実効性のある対応を進める責任がある。ただし、それぞれの機関の権限は異なるため、死刑法の無効化、個人の刑事責任の追及、占領の法的評価、人権侵害の監視を区別して取り組む必要がある。

最終的に重要なのは、パレスチナ人とイスラエル人のいずれについても、生命と尊厳が等しく守られる司法制度を構築することである。公正な裁判を受ける権利は、政治的立場や民族、宗教、国籍、犯罪の重大性によって左右されるものではなく、すべての人に保障されるべき普遍的な権利である。

死刑制度の問題を解決することは、そのための重要な一歩である。法の支配を回復し、司法を政治や軍事から独立させ、すべての人に平等な法的保護を保障することこそ、パレスチナの人権状況を改善し、長期的な平和と安定を実現するための基礎となる。


参考・引用リスト

国連・国際人権機関

1. 国連人権高等弁務官事務所(2026年3月31日)
「イスラエルのパレスチナ人を対象とする立法措置に関する警告」

2. 国連人権専門家(2026年4月2日)
「イスラエルの死刑法は差別的な死刑制度を構成する」

3. 国連人権高等弁務官事務所(2026年5月13日)
「イスラエルの特別軍事法廷設置法の撤回要求」

4. 国連人権高等弁務官事務所(2022年9月5日)
「ガザ地区における5人の死刑執行に関する声明」

5. 国連人種差別撤廃委員会
イスラエルにおける人種差別、法の下の平等、パレスチナ人の権利に関する審査資料。

6. 国連人権委員会
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国際条約・国際司法機関

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パレスチナの加入日:2019年3月18日。

8. 国際司法裁判所(2024年7月19日)
「東エルサレムを含む被占領パレスチナ地域におけるイスラエルの政策及び慣行の法的帰結」

9. 国際刑事裁判所
「パレスチナ情勢に関する捜査及び逮捕状」

10. 国際連合
「拷問及びその他の残虐な、非人道的な又は品位を傷つける取扱い又は刑罰を禁止する条約」

イスラエルの立法・司法関連資料

11. イスラエル国会(2026年3月30日)
「テロリストに対する死刑法案の可決」
賛成62、反対48、棄権1。

12. イスラエル国会・国家立法データベース(2026年4月5日公布)
「2026年テロリストに対する死刑法」

13. イスラエル市民権協会
「西岸地区における2つの法体系」

人権団体・専門機関の調査

14. ベツェレム
「パレスチナ自治政府及びハマス統治下における死刑統計」
2023年5月更新。パレスチナ自治政府の死刑判決72件、ハマス裁判所の死刑判決170件などを集計。

15. アムネスティ・インターナショナル
イスラエル・パレスチナにおける人権侵害、拘禁、拷問、死刑制度に関する調査。

16. ヒューマン・ライツ・ウォッチ(2026年3月31日)
「イスラエルの差別的な死刑法案が可決」

17. 世界死刑廃止連盟
パレスチナの死刑制度、執行状況、国際条約への加入状況。

18. 人権擁護団体(2023年)
「パレスチナの死刑制度に関する国連人権委員会への報告書」

報道機関・専門メディア

19. ロイター通信(2026年3月30日)
「イスラエル国会、パレスチナ人に対する死刑法案を可決」

20. 死刑情報センター(2026年5月14日)
「10月7日攻撃に関与したとされるパレスチナ人に対する公開死刑裁判を認めるイスラエルの新法」

21. AP通信(2026年5月11日)
「イスラエル、2023年10月7日の攻撃に関与したとされる人物を裁く特別法廷を設置」

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