パレスチナの死刑制度:政治的分断による法体制の混乱

パレスチナの死刑制度は、政治的分断、司法制度の不統一、イスラエルによる占領という3つの要因が複雑に絡み合った問題である。単に死刑を存置するか廃止するかという刑事政策の議論にとどまらず、パレスチナの統治能力、司法の独立性、国際法上の義務、住民の生命に対する権利を総合的に考える必要がある。
2024年12月8日/パレスチナ自治区、ガザ地区北部ベイトラヒヤ(AP通信)
現状(2026年10月時点)

パレスチナの死刑制度は、単純に死刑を存置しているか廃止しているかという問題ではない。ヨルダン川西岸地区を統治するパレスチナ自治政府と、ガザ地区で実効支配を続けてきたハマスという、政治的に分断された2つの統治機構が異なる法制度と司法運用を抱えていることが、問題を複雑にしている。

さらに、パレスチナの法制度はイスラエルによる占領と軍事的支配の影響を受けている。2026年3月30日にはイスラエル国会が、パレスチナ人を主な対象とする死刑制度の拡大法案を可決し、国連人権高等弁務官や国連特別報告者らが強く批判したことで、死刑をめぐる問題はパレスチナ内部の司法制度だけでなく、イスラエルとの関係を含む国際的な人権問題へと拡大している。

パレスチナ自治政府は、2019年に死刑廃止を目的とする国際条約に加入している。しかし、国内法には死刑規定が残されており、国際的な廃止義務と国内法の整合性が問われている。一方、ガザ地区では、通常の裁判を経ない処刑も報告されており、法律上の死刑と司法手続を無視した殺害を区別して検証する必要がある。

特に2025年10月の停戦後から2026年にかけて、ガザ地区ではハマスおよび関連組織による、イスラエルへの協力者とされた人物の即決処刑が報告された。2026年8月には国際人権団体が、2025年10月の公開処刑や2026年7月の処刑事案などを調査し、司法手続を経ない殺害の停止を求めている。

このように、2026年10月時点のパレスチナの死刑問題は、①自治政府の国内法に残る死刑制度、②ハマスによる司法・治安機関の運用、③イスラエルの占領政策と新たな死刑法制、という3つの異なる問題が重なっている。これらを一括して「パレスチナの死刑制度」と扱うと、法的責任の所在や人権侵害の実態を正確に把握できなくなる。

法体制の分断と現状

現在の法体制を理解するには、2007年に発生したパレスチナ内部の政治的分裂を押さえる必要がある。2006年のパレスチナ立法評議会選挙でハマスが勝利した後、ファタハとの政治的対立が激化し、2007年6月には武力衝突を経て、ハマスがガザ地区の実効支配を確立した。

これによって、パレスチナ自治政府のマフムード・アッバス議長を中心とする統治機構は主としてヨルダン川西岸地区にとどまり、ガザ地区ではハマスが独自の行政・治安・司法運用を進めることになった。両者は同じパレスチナ人社会を構成しながら、政治的指揮系統と行政機関が分断され、統一された司法制度を十分に維持できなくなった。

この分断は、死刑制度に直接的な影響を及ぼしている。パレスチナ自治政府の基本法では、死刑判決の執行に大統領の批准が必要とされるが、ハマスはガザ地区で独自の権力を行使し、自治政府との政治的対立を理由に大統領の承認を認めない運用を行ってきた。

その結果、死刑判決の決定、執行の承認、司法機関の監督という本来一体であるべき制度が、地域ごとに異なる政治的判断に左右される状態が生まれた。法の統一性だけでなく、司法の独立性や判決の正当性も損なわれている。

また、ガザ地区では2023年10月以降の戦争によって裁判所、警察、拘禁施設などの司法・治安インフラが大きな被害を受けた。2025年10月以降の停戦局面でも、ハマス関連組織による独自の治安活動や即決処刑が報告されており、通常の司法制度による統制が機能しているとは言い難い。

したがって、パレスチナの死刑制度の混乱は、単なる法令の不一致ではない。政治的分断によって司法権の統一的な管理が失われ、さらに戦争と占領によって制度そのものの実効性が弱まっているという、統治機構全体の問題である。

ヨルダン川西岸地区(パレスチナ自治政府:PA統治下)

ヨルダン川西岸地区では、パレスチナ自治政府が行政機能を担い、パレスチナの基本法と複数の歴史的な刑法体系が適用されている。ただし、西岸地区全域を自治政府が自由に統治しているわけではなく、イスラエル軍の占領と管轄権の制約が存在する。

西岸地区の刑法は、主としてヨルダン統治時代の1960年刑法を基礎としている。これに加えて、パレスチナ解放機構が1979年に制定した革命刑法典などが存在し、軍事裁判所の管轄や国家安全保障に関係する犯罪について、一般の刑事司法とは異なる法的枠組みが用いられてきた。

死刑の対象となる犯罪は殺人だけに限定されていない。従来の法体系には、国家の安全や軍事・政治秩序に関係する複数の犯罪が含まれ、一般刑法と革命刑法典の双方に死刑規定が存在することが問題視されている。

さらに、死刑判決を扱う裁判所の種類によって、適用される法律や手続が異なる。一般裁判所による審理と、軍事裁判所による審理が並存しているため、被告人の権利保障や証拠の評価、上訴の機会について、制度間の格差が生じる危険がある。

この点で重要なのは、死刑判決の存在そのものだけでなく、どの法律に基づき、どの裁判所が、どのような手続で判決を下したのかという問題である。死刑は生命を不可逆的に奪う刑罰であり、裁判所の独立性、弁護人へのアクセス、証拠の適法性、上訴の実効性が確保されなければ、重大な人権侵害につながる。

法制度と運用

パレスチナ自治政府の基本法第109条は、死刑判決の執行に大統領の批准を要求している。この規定は、司法機関が死刑判決を下した場合でも、行政の最高責任者による確認を必要とする仕組みであり、恣意的な執行を防ぐための統制として位置付けられている。

しかし、この制度には政治的な問題がある。大統領の権限や政治的正統性をめぐる対立が続くなか、死刑判決の執行承認が政治的判断に左右される可能性があり、司法判断と行政判断の境界が不明確になりやすい。

また、パレスチナの死刑制度では、軍事裁判所の存在が大きな問題となってきた。パレスチナ解放機構の革命刑法典は多数の犯罪に死刑を規定しており、一般刑事裁判とは異なる司法手続が適用されることで、被告人の権利保障が十分に確保されないとの批判がある。

西岸地区では、自治政府による死刑執行が長期間停止している一方、死刑判決そのものが法律上なくなったわけではない。したがって、実際に執行されていないことをもって、死刑制度が廃止されたと評価することはできない。

さらに、イスラエルによる占領は、西岸地区の司法制度に別の問題を生じさせている。パレスチナ人は自治政府の管轄下にある地域でも、イスラエル軍の作戦や治安上の措置によって拘束される場合があり、イスラエル側の軍事裁判制度に組み込まれることがある。

つまり、西岸地区にはパレスチナ自治政府の司法制度と、イスラエルの占領当局による軍事司法制度が並存している。後者ではイスラエル人入植者に適用される民事司法制度との間に管轄上の違いがあり、同じ地域で生活する人々が異なる法体系に置かれるという構造的な不平等が生じている。

2026年3月30日にイスラエル国会が可決した死刑法制の拡大は、この問題をさらに深刻化させた。西岸地区の軍事裁判所で一定の致死的攻撃を行ったと認定されたパレスチナ人に対し、死刑を原則的な刑罰とする仕組みが導入され、刑の執行期限や恩赦の制限も盛り込まれた。

国連人権高等弁務官は、この法律がパレスチナ人を事実上の主な対象としていること、適正手続を損なう危険があることを指摘した。国連特別報告者らも、法の下の平等や生命に対する権利に反する差別的な死刑制度であるとして、撤回を求めている。

このため、西岸地区の死刑制度を分析する際には、自治政府が維持する国内法上の死刑規定と、イスラエルが占領下で適用する軍事司法上の死刑制度を明確に区別しなければならない。両者は法的根拠も責任主体も異なるが、いずれもパレスチナ人の生命と司法上の権利に重大な影響を与えている。

国際条約への接近

パレスチナの死刑制度をめぐる重要な転換点は、2019年3月18日の「市民的及び政治的権利に関する国際規約の第2選択議定書」への加入である。この議定書は死刑廃止を目的とする国際条約であり、締約国に対して、原則として自国の管轄内で死刑を廃止する義務を課している。

同議定書第1条は、締約国が管轄内で死刑を執行してはならないこと、死刑廃止のために必要な措置を講じなければならないことを定めている。例外として、戦争時に犯された極めて重大な軍事犯罪について留保を認める規定があるが、パレスチナはこの例外を利用して死刑制度を維持する立場を採っていない。

この条約加入によって、パレスチナ自治政府は国際法上、国内の死刑制度を廃止する方向へ進む義務を負った。しかし、条約への加入と国内法の改正は同じではないため、加入後も刑法や革命刑法典などに死刑規定が残存している。

2023年に人権団体が国連人権委員会へ提出した報告書では、パレスチナには革命刑法典のほかにも死刑を認める複数の法律が存在し、国内法の統一的な改正が進んでいないと指摘された。死刑を廃止する新たな刑法の制定も十分に実現しておらず、条約上の義務と国内の司法運用との間には大きな隔たりがある。

さらに問題なのは、自治政府が国際条約に加入しても、ガザ地区のハマスがその政治的・行政的権威を受け入れていないことである。パレスチナという国家の国際的な条約上の義務と、ガザ地区を実効支配する勢力の行動が一致しないため、条約を国内全域で実効的に履行する仕組みが弱体化している。

国際法上、パレスチナの条約加入によってガザ地区が自動的に適用対象から除外されるわけではない。実効支配当局が誰であっても、住民の生命や身体の安全に関する基本的な人権保障を無視することはできず、ハマスを含むガザ地区の事実上の統治当局にも、適用される国際人道法および人権法上の義務がある。

したがって、パレスチナの死刑廃止を評価する場合、条約加入という外交的・法的成果だけで判断することは適切ではない。国内刑法の改正、軍事裁判所の権限縮小、死刑判決の停止、既存の判決への対応、そしてガザ地区での実際の執行停止まで確認する必要がある。

ガザ地区(ハマス実効支配下)

ガザ地区の死刑制度は、西岸地区とは異なる政治的・司法的環境の中で運用されてきた。2007年のファタハとハマスの対立以降、ハマスは独自の行政・治安機構を整備し、自治政府の大統領による統制を受けない形で司法制度を運用してきた。

ハマスはガザ地区で、一般裁判所だけでなく軍事裁判所や治安機関を通じて、政治・軍事・治安に関係する事件を処理してきた。死刑は殺人などの重大犯罪だけでなく、イスラエルへの協力や情報提供と認定された行為、国家安全保障に関係すると判断された行為などにも適用されてきた。

特に問題となるのは、イスラエルへの協力者と疑われた住民に対する処罰である。軍事機密の漏洩や情報提供は、武力紛争下では重大な犯罪となり得るが、容疑の存在だけで有罪を確定することはできない。

被疑者には、独立した裁判所で審理を受ける権利、弁護人を選任する権利、証拠を検証する機会、判決に対して不服を申し立てる権利が保障されなければならない。しかし、ハマスの治安機関による拘束や尋問には、拷問、虐待、強制的な自白、秘密拘禁などの問題が繰り返し指摘されてきた。

ガザ地区では、死刑判決を下した後の執行についても、自治政府大統領の批准を経ない事例が存在する。パレスチナ基本法が要求する大統領の承認を欠いたまま処刑が実施されてきたことは、法制度の分断が単なる行政上の問題ではなく、生命に直結する深刻な問題であることを示している。

法制度と運用

ガザ地区の死刑制度を理解するうえで重要なのは、正式な司法手続を経た死刑執行と、裁判を経ない超法規的処刑を区別することである。両者は法的性質が異なるが、いずれも国家・統治当局による生命の剥奪という重大な問題を含んでいる。

ハマスは過去に、イスラエルへの協力者とされた人物や重大犯罪の容疑者に対して、軍事裁判所などで死刑判決を下し、実際に処刑を行ってきた。特に2014年のイスラエル軍事作戦中には、協力者と疑われた複数のパレスチナ人が公開処刑されたことが国際社会で問題となった。

こうした処刑では、被告人に十分な弁護機会が与えられたのか、証拠が適切に検証されたのか、裁判所が政治的・軍事的圧力から独立していたのかという疑問が残る。戦争や治安上の緊急事態を理由としても、恣意的な処刑や拷問が正当化されるわけではない。

さらに、2023年10月以降のイスラエル軍による大規模な軍事作戦は、ガザ地区の司法制度を根本から弱体化させた。裁判所、警察、拘禁施設、行政機関が破壊され、司法手続を正常に実施するための人的・物的基盤が失われた。

2025年10月の停戦後には、ハマス関連組織による治安活動が強まり、イスラエルへの協力者や犯罪組織との関係を疑われた住民に対する処刑や暴力が相次いだ。国連人権高等弁務官事務所は2026年7月、停戦発表後に数十人のパレスチナ人が事実上の統治当局や親ハマス系治安部隊によって違法に殺害されたと指摘し、7月1日の男性1人の処刑についても、超法規的処刑に該当する懸念を表明した。

アムネスティ・インターナショナルも2026年8月21日、ハマスと関連武装組織による超法規的処刑について調査結果を公表した。同団体は、2025年10月の停戦直後に起きた8人の公開処刑を含む9件の超法規的処刑と1件の違法な殺害を記録し、2026年7月の処刑についても調査している。

また、国連の独立調査委員会は、2024年8月から2026年1月までのガザ地区において、超法規的処刑や深刻な身体的暴力に関する249件の事案を確認し、少なくとも108人の死亡を記録した。これらの事案にはハマス関連部隊が関与したものが含まれ、被害者はイスラエルへの協力、物資の略奪、窃盗、薬物犯罪、ハマスへの反対などを理由に処罰されたとされる。

ここで注意すべきなのは、これらの数字がすべて正式な死刑判決に基づく執行件数ではないという点である。裁判所の判決による処刑と、武装組織による即決殺害を混同すると、ガザ地区で発生している司法制度の崩壊を正確に理解できなくなる。

ハマス側は、イスラエル軍による司法・治安機関の破壊や、犯罪組織の活動拡大を理由に、例外的な治安措置が必要だと主張してきた。しかし、司法機関が破壊されたことは、武装組織が自ら容疑者を裁き、処刑する権限を得たことを意味しない。

むしろ、司法制度が機能しない状況だからこそ、拘束された人々の生命と身体を保護する最低限の規則が必要となる。ガザ地区の問題は、死刑制度の存廃だけではなく、統治当局が法の支配を維持する能力と意思を失いつつあることを示している。

知っておくべき主要な課題

パレスチナの死刑制度が抱える問題は、死刑を存置するか廃止するかという刑事政策上の選択だけでは説明できない。司法制度の政治的な分断、裁判の公正性を担保する仕組みの不足、イスラエルによる占領と差別的な法適用という3つの構造的問題が相互に影響し、住民の生命に対する権利を不安定なものにしている。

特に重要なのは、パレスチナ自治政府とハマスの双方が、司法制度を政治的・治安的な統治手段として利用してきたという問題である。司法の独立性が弱まり、政治的対立や安全保障上の判断が刑事司法に持ち込まれると、死刑のような不可逆的な刑罰は、権力による抑圧の手段となる危険性を高める。

また、イスラエルの占領下では、パレスチナ人とイスラエル人入植者に異なる法体系が適用されている。2026年3月に成立したイスラエルの死刑法制は、この二重の法体系をさらに深刻化させるものであり、パレスチナ人に対する司法上の差別という問題を国際社会に改めて突き付けている。

① パレスチナ内部の法的正統性の欠如

パレスチナの司法制度における根本的な問題は、司法権を統一的に行使する政治的・制度的基盤が失われていることである。2007年以降、西岸地区では自治政府、ガザ地区ではハマスがそれぞれ異なる統治機構を維持しており、同一の法的秩序に基づいて刑事司法を運営することが困難になっている。

本来、死刑のような重大な刑罰を制度として維持する場合、判決を下す司法機関の権限、法的根拠、執行を承認する行政機関の権限が明確でなければならない。しかし、パレスチナでは自治政府の基本法が定める大統領の承認制度と、ハマスによるガザ地区の独自運用が衝突している。

このため、ガザ地区で下された死刑判決が、パレスチナ全体の統一された司法制度に基づくものなのかという問題が生じる。自治政府が国際条約に加入し、死刑廃止に向けた義務を負っていても、ガザ地区の実効支配当局が異なる方針で行動すれば、その義務を国内全域で履行することは難しい。

法的正統性の問題は、単に誰が政府を名乗るかという政治的な争いではない。裁判所がどの法令に基づいて判決を下すのか、判決に対する不服申立てをどの機関が審査するのか、執行に誰が責任を負うのかという、司法制度の根幹に関わる問題である。

また、パレスチナ自治政府は2006年の立法評議会選挙以降、民主的な政治的正統性をめぐる問題も抱えている。大統領選挙や立法評議会選挙が長期間実施されていないため、政治権力を定期的に民意によって更新する仕組みが十分に機能していない。

この状況では、司法機関の人事や予算、検察・警察の指揮系統が政治権力から独立しているかどうかも疑問となる。司法が統治機構の一部として政治的に利用されれば、死刑判決は法に基づく公正な判断ではなく、政治的な敵対者や反対勢力を排除する手段として利用される可能性がある。

国際人権団体が繰り返し指摘しているのは、パレスチナの死刑制度には、法令上の規定だけでなく、司法機関の独立性と説明責任に重大な欠陥があるという点である。特にガザ地区では、ハマス関連の治安組織による違法な殺害が十分に調査・処罰されていないことが、統治当局に対する信頼をさらに損なっている。

2026年8月のアムネスティ・インターナショナルの報告は、この問題を具体的に示している。同団体は、ハマス関連組織による超法規的処刑や違法な殺害を記録し、責任者が十分に捜査・処罰されていないことを批判した。

このような状況を改善するには、単に自治政府とハマスが政治的に和解するだけでは不十分である。司法機関の統合、裁判官の独立した任命、検察・警察の政治的中立性、死刑判決の執行停止、違法な殺害に対する独立調査などを制度として確立する必要がある。

② 不十分な適正手続(デュー・プロセス)と軍事裁判

死刑制度において最も重要な原則の1つが、適正手続の保障である。適正手続とは、被告人が法律に基づく公正な裁判を受け、十分な防御の機会を与えられ、証拠に基づいて独立した裁判所から判断を受ける権利を意味する。

死刑は、一度執行されれば取り返しがつかない刑罰であるため、通常の刑事裁判以上に厳格な手続保障が必要となる。誤判、虚偽の自白、証拠の捏造、政治的圧力などによって無実の人間が処刑される危険を、可能な限り排除しなければならない。

しかし、パレスチナの司法制度では、一般裁判所と軍事裁判所の権限が重なり、軍事裁判の独立性や公正性が問題となってきた。特に国家安全保障やイスラエルへの協力に関する事件では、軍事的・政治的な判断が裁判の結果に影響を及ぼす危険がある。

軍事裁判所は、通常の刑事裁判所とは異なり、軍事的な組織構造や指揮系統の影響を受けやすい。裁判官の任命や人事、捜査機関との関係が政治権力や軍事組織から独立していなければ、公正な裁判を実現することは難しい。

さらに、イスラエルへの協力者と疑われた人物に対する裁判では、国家安全保障を理由に証拠の開示が制限されたり、被告人が弁護側の十分な準備を行えなかったりする危険がある。容疑者が拷問や脅迫によって自白を強要されていた場合、その自白を有罪判決の根拠にすることは許されない。

国際人権法では、自由権規約第14条が公正な裁判を受ける権利を保障している。独立した公平な裁判所による審理、弁護人へのアクセス、証人への反対尋問、通訳の利用、判決に対する上訴などは、重大犯罪の被告人にも保障されるべき基本的な権利である。

また、拷問等禁止条約は、拷問によって得られた供述を原則として証拠に使用することを禁止している。パレスチナでは同条約への加入後も、拘禁施設での虐待や強制的な自白に関する報告が続いており、法令上の義務と現場の実態との間に隔たりが存在する。

ガザ地区では、2023年10月以降の戦争によって司法施設が破壊され、通常の裁判手続を維持することが困難になった。こうした状況でハマス関連組織が独自の治安機構を用いて容疑者を拘束し、即決処刑を行うことは、適正手続の保障を根本から否定する行為である。

アムネスティ・インターナショナルが2026年8月に公表した調査では、2025年10月の公開処刑に関し、処刑された8人が公正な裁判を受けるとの保証を信じて投降したにもかかわらず、約2時間後に殺害されたという遺族の証言が紹介されている。これは、裁判制度の形骸化だけでなく、統治当局に対する住民の信頼を破壊する行為でもある。

死刑制度を維持するかどうか以前に、裁判を受ける権利そのものが保障されていない状況では、死刑判決の正当性を認めることはできない。パレスチナの司法改革では、軍事裁判所の権限を見直し、一般市民を軍事裁判から原則として排除するとともに、拷問や強制的な自白を徹底的に防止する制度が必要である。

③ 外部(イスラエル)による死刑法制の圧迫と差別的適用

パレスチナの死刑制度をめぐる第3の重大な課題は、イスラエルによる占領政策と、パレスチナ人に対する差別的な法適用である。西岸地区では、パレスチナ人とイスラエル人入植者が同じ地域に居住していても、異なる法体系と司法制度の下に置かれている。

パレスチナ人は原則としてイスラエル軍の軍事法令と軍事裁判所の管轄を受ける一方、イスラエル人入植者にはイスラエル国内法に基づく民事司法制度が適用される。この二重の法体系は、刑事責任の判断、裁判手続、弁護権、拘禁条件などに格差を生み、法の下の平等という国際人権法の基本原則との整合性が問われている。

この問題が特に深刻化したのが、2026年3月30日にイスラエル国会で可決された死刑法制である。同法は、パレスチナ人が関与したとされる一定の致死的攻撃について、軍事裁判所で死刑を原則的な刑罰として適用する仕組みを導入した。

この制度では、軍事裁判所による死刑判決が従来よりも容易に成立する仕組みとなり、刑の執行は原則として絞首刑とされ、確定後90日以内の執行が規定された。また、恩赦や減刑の可能性も大幅に制限されている。

一方、イスラエル国内の民事裁判所で適用される死刑規定は、別の要件と判断枠組みを持つ。このため、同じような殺人行為であっても、被告人の民族的・法的地位や裁判所の管轄によって、死刑が適用される可能性に大きな違いが生じる構造となっている。

国連人権高等弁務官のターク氏は2026年3月31日、この法律がほぼ全面的にパレスチナ人を対象とするものであり、生命に対する権利や適正手続、法の下の平等に関する国際法上の義務に反すると批判した。さらに、占領下のパレスチナ人に対する差別的な死刑適用は、国際人道法上の重大な違反となり得るとの懸念を示した。

2026年4月2日には国連の専門家グループも、イスラエルの新法が目的、制度設計、実際の適用のいずれにおいても差別的な死刑制度を構成すると指摘した。特に、民間人に対する軍事裁判、強制的な死刑判決、恩赦の制限、絞首刑の採用などを問題視している。

ここで重要なのは、イスラエルの死刑法制が、パレスチナ自治政府やハマスの死刑制度とは別個の法体系に属するという点である。イスラエル政府は占領地における安全保障を理由に法制度を正当化するが、占領国の権限には国際法上の制約があり、占領地の住民に対して無制限に刑罰制度を変更・適用できるわけではない。

占領下の刑事司法については、ジュネーヴ第4条約が重要な基準となる。同条約は占領国による刑罰の適用に一定の条件を設け、被占領住民の保護と公正な裁判の保障を求めているため、イスラエルの新法がこれらの規定に適合するかどうかは重大な法的争点となる。

また、イスラエルの軍事裁判制度には、長年にわたってパレスチナ人に対する不公正な裁判や適正手続の不足が指摘されてきた。アムネスティ・インターナショナルは2026年2月の報告書で、軍事裁判所におけるパレスチナ人の権利保障の不足と、死刑制度の拡大がもたらす危険性を詳しく分析している。

この問題は、単にイスラエルが死刑を再導入したという話ではない。占領下で異なる法体系を適用されている住民のうち、特定の民族・集団に対して死刑を重く適用する制度が成立したという点に、本質的な問題がある。

さらに、パレスチナ自治政府とハマスによる司法制度の混乱が続くなかで、イスラエルの死刑法制が強化されれば、パレスチナ人の司法上の権利を保護する仕組みは一層弱まる可能性がある。内部の政治的分断と外部からの差別的な法適用が重なることで、住民が公正な裁判を受ける機会そのものが損なわれるのである。

今後の展望

パレスチナの死刑制度をめぐる今後の展望は、死刑廃止に向けた国内制度の改革だけでなく、政治的分断の解消、司法機関の再建、イスラエルによる占領政策への対応という複数の課題に左右される。特に、ヨルダン川西岸地区とガザ地区で異なる統治機構が存在する限り、パレスチナ全体で統一された刑事司法制度を確立することは難しい。

現状では、自治政府が国際条約上の死刑廃止義務を負っている一方、国内法には死刑規定が残り、ガザ地区ではハマス関連組織による処刑や超法規的殺害が報告されている。さらにイスラエルでは、2026年3月の法改正によって、占領下のパレスチナ人に対する死刑適用の可能性が拡大した。

このため、今後の改革は、単に刑法から死刑規定を削除するだけでは不十分である。パレスチナ内部の司法制度を再統合するとともに、国際人権法と国際人道法に適合した司法運営を実現し、外部からの差別的な法適用を防止する仕組みを構築する必要がある。

内部統制の再統合の必要性

パレスチナの死刑制度を根本的に改善するためには、まず西岸地区とガザ地区の司法・行政機構を再統合する必要がある。2007年以降の政治的分断によって、警察、検察、裁判所、拘禁施設などが異なる指揮系統に置かれ、法令の適用や司法判断の統一性が損なわれてきた。

司法制度の再統合で最も重要なのは、政治勢力間の権力配分ではなく、法の支配を共通の基準として確立することである。自治政府とハマスがそれぞれの政治的利益を優先すれば、司法機関の統合は形式的なものにとどまり、裁判所が政治的圧力から独立することはできない。

具体的には、次のような改革が必要となる。

  • 西岸地区とガザ地区に共通して適用される刑法・刑事訴訟法の整備

  • 一般裁判所と軍事裁判所の管轄権の明確化

  • 民間人を軍事裁判所で裁く制度の廃止

  • 裁判官の任命・昇進・懲戒に関する独立した制度の確立

  • 警察・検察・拘禁施設に対する民間の監督機能の強化

  • 拷問、強制的な自白、違法拘禁、超法規的処刑に対する独立調査

  • 死刑判決を受けた者に対する再審査と減刑措置の実施

とりわけ重要なのは、司法機関と治安機関の分離である。治安機関が容疑者を拘束し、尋問し、独自に有罪を判断して処刑するような仕組みは、法治国家の原則と両立しない。

ガザ地区では、戦争によって司法施設や行政機関が大きく損壊しているため、単純に戦前の制度へ戻すだけでは十分ではない。裁判所の再建、裁判官や検察官の確保、法律専門家の育成、拘禁施設の監視体制などを並行して進める必要がある。

また、司法制度の再統合には、政治的な正統性を回復する取り組みも欠かせない。長期間実施されていない大統領選挙や立法評議会選挙を再開し、住民の意思を反映した統治機構を整備することは、司法改革を支える政治的基盤となる。

ただし、選挙の実施だけで司法の独立性が確保されるわけではない。選挙で選ばれた政府であっても、裁判所に政治的介入を行ったり、治安機関による人権侵害を容認したりすることは許されない。

したがって、パレスチナの内部統制の再統合は、行政組織の統一と司法の独立を同時に実現する改革でなければならない。死刑制度についても、統一された司法機構の下で執行停止を確立し、最終的には国内法から死刑を完全に廃止することが求められる。

国際基準への適合

パレスチナの死刑制度改革では、国際人権法への適合が不可欠である。パレスチナは2019年に自由権規約第2選択議定書に加入しており、死刑廃止に向けた国際法上の義務を負っているため、国内法を条約に適合させる必要がある。

具体的には、刑法、革命刑法典、軍事関連法令などに残る死刑規定を整理し、死刑を認める条文を削除する必要がある。さらに、すでに死刑判決を受けた人々についても、刑の減刑や代替刑への転換を進めなければならない。

国際基準との適合では、自由権規約第6条が定める生命に対する権利が重要となる。同条は、死刑を完全に廃止していない国についても、死刑の適用を極めて重大な犯罪に限定し、適法な裁判手続を厳格に遵守することを求めている。

ただし、パレスチナは死刑廃止を目的とする第2選択議定書に加入しているため、自由権規約第6条に基づく限定的な死刑存置の議論だけでは、現在の条約上の義務を満たすことはできない。必要なのは、死刑を例外的に運用することではなく、国内法上の死刑制度そのものを廃止することである。

また、自由権規約第14条が保障する公正な裁判を受ける権利も重要である。被告人には独立した裁判所による審理、弁護人へのアクセス、証拠の検証、上訴の機会が保障されなければならず、軍事裁判所による民間人の審理についても抜本的な見直しが必要となる。

拷問等禁止条約に基づく義務も無視できない。拷問や虐待によって得られた自白を排除し、拘禁施設を独立機関が定期的に監視することで、捜査段階から裁判に至るまでの人権保障を強化する必要がある。

さらに、国際人道法との整合性も求められる。イスラエルによる占領下では、ジュネーヴ第4条約などが定める占領国の権限と義務が適用され、占領地住民の保護、公正な裁判、刑罰の適法性が重要な問題となる。

国際社会には、条約加入を促すだけでなく、その履行状況を継続的に監視する役割がある。国連人権委員会や拷問禁止委員会による審査、国連人権高等弁務官事務所の調査、国際的な人権団体による監視を組み合わせ、パレスチナの司法改革を具体的な成果につなげる必要がある。

「内部の政治的分断による統治機構の崩壊」

パレスチナの死刑制度が抱える問題をより広い視点から見ると、司法制度の混乱は政治的分断による統治機構全体の機能不全の一部である。西岸地区とガザ地区で異なる権力構造が維持されているため、パレスチナ全体を対象とする法律や国際条約が存在しても、それを統一的に実施する行政能力が不足している。

この問題は、死刑制度だけでなく、警察活動、刑事捜査、拘禁施設の管理、裁判所の運営などにも及んでいる。自治政府がガザ地区の司法機関を直接監督できず、ハマスも自治政府の法的権威を認めない状況では、違法な拘束や処刑が発生しても、パレスチナ全体として責任を追及することが難しい。

さらに、政治的分断は司法制度に対する住民の信頼を低下させる。住民が裁判所を公正な紛争解決機関ではなく、特定の政治勢力や武装組織の利益を守る機関と認識すれば、法に基づく統治そのものが弱体化する。

特にガザ地区では、戦争による行政・司法インフラの破壊に加え、武装組織による独自の治安活動が問題となっている。裁判所の機能が低下した環境では、武装勢力が治安維持を名目として住民を拘束し、政治的な敵対者や協力者と疑われた人物を処罰する危険性が高まる。

こうした状況は、司法権が行政権や軍事権力から独立していなければならないという近代的な法治国家の原則と正面から衝突する。法令が存在しても、それを公平に適用する機関が存在しなければ、法の支配は成立しない。

今後、パレスチナの統治機構を再建するには、自治政府とハマスの政治的対立を解消し、統一された行政・司法機構を構築することが重要となる。ただし、単なる権力分担や政治的妥協ではなく、武装組織を含むすべての権力主体を法律の下に置くことが不可欠である。

また、司法制度の再建には、国際社会による資金援助や技術支援だけでなく、透明性と説明責任を確保する仕組みが必要となる。裁判官や検察官の独立性を守り、違法な処刑を命令した者や実行した者を政治的立場にかかわらず捜査・訴追することが、統治機構への信頼回復につながる。

「占領下における外部からの差別的な法適用」

パレスチナの法制度を再建するうえで、内部の政治的分断と並んで大きな障害となるのが、イスラエルによる占領と法的管轄権の制約である。西岸地区では、イスラエル軍が広範な治安権限を保持しており、パレスチナ自治政府が司法・行政機能を完全に行使できない地域が存在する。

特に問題なのは、同じ地域に居住するパレスチナ人とイスラエル人入植者に異なる法体系が適用されることである。パレスチナ人は軍事法令と軍事裁判所の管轄を受ける一方、イスラエル人入植者はイスラエルの民事司法制度によって裁かれるという構造が続いている。

この二重の法体系は、単なる行政上の管轄区分ではない。逮捕、拘禁、裁判、証拠の採用、弁護活動、判決に対する不服申立てなど、刑事司法の各段階で異なる条件が適用されるため、法の下の平等を損なう要因となっている。

2026年3月のイスラエルの死刑法改正は、この構造的な問題をさらに深刻化させた。パレスチナ人が軍事裁判所で死刑判決を受ける可能性が拡大した一方、イスラエル人入植者には同じ軍事裁判制度が適用されないため、刑罰の重さに民族的・法的地位による格差が生じる危険がある。

このような差別的な法適用は、国際人権法が定める平等原則だけでなく、占領下の住民を保護する国際人道法との関係でも重大な問題となる。占領国は安全保障を理由として一定の措置を講じることができるが、その権限は無制限ではなく、住民の生命や公正な裁判を受ける権利を侵害してはならない。

また、イスラエルの新たな死刑法制が実際にどのように適用されるかについても、継続的な監視が必要である。法律が成立したことと、実際に死刑判決や執行が行われたことは区別しなければならず、判決件数、対象者の法的地位、裁判手続、上訴の実施状況などを検証する必要がある。

国際社会に求められるのは、イスラエルに対して新法の撤回を求めるだけではない。占領下の軍事司法制度全体について、独立した監視と検証を実施し、差別的な法適用や不公正な裁判を是正するよう働きかける必要がある。

さらに、国際司法裁判所が2024年7月の勧告的意見で示した占領の違法性に関する判断も、この問題を考える重要な背景となる。同裁判所は、占領地におけるイスラエルの政策や慣行について、パレスチナ人に対する人種的隔離・差別に関する国際法上の禁止との関係を含め、重大な法的問題を指摘している。

したがって、パレスチナの死刑制度改革は、自治政府やハマスの国内制度だけを対象とするものではない。イスラエルによる占領下の軍事司法制度と差別的な法適用を是正し、パレスチナ人が他の住民と同等の司法上の権利を享受できる環境を整備することが不可欠である。

今後のパレスチナの死刑制度には、大きく分けて3つの方向性が考えられる。

第1は、政治的分断が解消されず、現在の法制度の混乱が長期化するシナリオである。この場合、西岸地区では死刑の執行停止が続く一方、国内法上の死刑規定は残存し、ガザ地区ではハマス関連組織による独自の司法・治安活動が続く可能性がある。

このシナリオでは、国際条約上の死刑廃止義務と国内の実際の運用との乖離が拡大する。司法機関の統一的な監督ができないため、違法な処刑や人権侵害に対する責任追及も困難となり、住民の司法制度に対する信頼はさらに低下するおそれがある。

第2は、自治政府とハマスの間で政治的合意が成立し、統一的な司法制度の再建が進むシナリオである。この場合、共通の刑法と刑事訴訟法を整備し、軍事裁判所の権限を制限するとともに、死刑判決の執行停止を制度化することが可能になる。

ただし、政治的合意だけでは不十分である。武装組織の統制、司法機関の独立性、選挙による政治的正統性の回復、違法な処刑に対する責任追及などを同時に進める必要がある。

第3は、国際社会の関与によって司法制度の再建と死刑廃止が進むシナリオである。国連機関や国際人権団体、各国政府による監視と支援を通じて、国内法の改正、司法関係者の育成、拘禁施設の監視、被害者救済などを進めることが想定される。

もっとも、外部からの支援だけでパレスチナの司法制度を再建することは難しい。現地の政治勢力が改革を受け入れ、住民の権利を守る制度を自ら構築する意思を持たなければ、国際社会の取り組みは一時的なものにとどまる。

イスラエルの死刑法制についても、今後の展開は重要である。イスラエル国内の司法審査や国際的な批判によって法律が修正・撤回される可能性はあるが、実際の適用が始まれば、生命に対する権利の侵害をめぐる重大な国際問題に発展する。

最終的に求められるのは、パレスチナ内部の政治的統一、司法の独立、国際条約に基づく死刑廃止、そして占領下における差別的な法適用の是正を一体的に進めることである。これらの改革が実現しなければ、死刑制度をめぐる問題は今後もパレスチナの政治的・社会的安定を妨げる要因となり続ける。

まとめ

パレスチナの死刑制度は、政治的分断、司法制度の不統一、イスラエルによる占領という3つの要因が複雑に絡み合った問題である。単に死刑を存置するか廃止するかという刑事政策の議論にとどまらず、パレスチナの統治能力、司法の独立性、国際法上の義務、住民の生命に対する権利を総合的に考える必要がある。

2007年のファタハとハマスの政治的分裂によって、西岸地区とガザ地区では異なる統治機構が形成された。これにより、刑法、裁判所、検察、警察、拘禁施設などの運用が分断され、パレスチナ全体で統一された司法制度を維持することが困難になった。

西岸地区では、パレスチナ自治政府が基本法第109条に基づき、大統領の承認なしに死刑を執行できない仕組みを維持している。実際には2005年以降、大統領が死刑判決を承認していないとされ、執行停止に近い状態が続いているが、国内法から死刑規定が削除されたわけではない。

ガザ地区では、ハマスが独自の司法・治安機構を運用してきた。イスラエルへの協力者と疑われた人物などに対する処刑や、通常の裁判手続を経ない超法規的殺害が報告されており、司法の独立性と適正手続の保障が深刻な課題となっている。

ここで、死刑制度の実態を把握するためには、正式な司法判断による死刑執行と、裁判を経ない超法規的処刑を明確に区別する必要がある。世界死刑廃止連盟が2026年10月30日に更新したパレスチナの統計では、2024年と2025年の正式な死刑執行はともに0件、最後に確認された正式な執行は2023年の1件とされている一方、死刑判決を受けた人は125人と報告されている。

この統計は、ガザ地区で報告された2025年10月以降の超法規的処刑を否定するものではない。正式な死刑執行と、武装組織などによる違法な殺害は別の統計・法的分類であり、両者を混同してはならない。

国際条約との関係では、2019年3月18日にパレスチナが自由権規約第2選択議定書に加入したことが重要である。この議定書は死刑廃止を目的とするものであり、パレスチナは国内法を改正し、死刑制度そのものを廃止する方向へ進む国際法上の義務を負っている。

しかし、条約加入後も死刑を認める国内法は残されている。政治的分断によって条約上の義務を国内全域で実施する仕組みも弱く、国際的な約束と現実の司法運用との間には大きな隔たりがある。

さらに、イスラエルによる占領は、パレスチナの司法制度を外部から圧迫する要因となっている。西岸地区ではパレスチナ人とイスラエル人入植者に異なる法体系が適用され、2026年3月30日にイスラエル国会が可決した死刑法制は、パレスチナ人に対する差別的な刑罰適用への懸念を一層強めた。

国連人権高等弁務官や国連特別報告者らは、この法律が生命に対する権利、法の下の平等、公正な裁判を受ける権利などに反すると批判している。特に、占領下のパレスチナ人を対象とする軍事裁判と死刑制度の組み合わせは、重大な人権侵害を引き起こす危険性がある。

以上を踏まえると、パレスチナの死刑制度が抱える問題は、次の2つに集約できる。

第1は、内部の政治的分断による統治機構の崩壊である。 自治政府とハマスの対立によって司法制度が統一されず、死刑判決や処刑を統制する仕組みが弱体化している。司法の独立性が確保されず、治安機関や武装組織が司法機能を代替する状況では、住民の生命と権利を守ることは難しい。

第2は、占領下における外部からの差別的な法適用である。 イスラエルによる軍事司法制度と民事司法制度の二重構造は、パレスチナ人とイスラエル人入植者の間に法的な格差を生み出している。さらに新たな死刑法制によって、パレスチナ人に対する差別的な刑罰適用が制度化される危険が高まっている。

この2つの問題は独立しているわけではない。パレスチナ内部の司法制度が弱体化するほど、住民の権利を保護する能力は低下し、外部からの不公正な法適用に対抗することも難しくなる。

したがって、今後のパレスチナの死刑制度改革では、国内の政治的和解と司法制度の統合、死刑廃止に向けた国内法の改正、軍事裁判制度の見直し、国際的な監視体制の強化を同時に進める必要がある。

死刑廃止は、それ自体が最終目的であると同時に、法の支配と人権保障を実現するための重要な制度改革でもある。パレスチナの将来にとって必要なのは、政治的立場や民族、居住地域によって生命の価値や司法上の権利が左右されない法制度を確立することである。

最後に

パレスチナの死刑制度は、国際的には死刑廃止へ向かう義務を負いながら、国内では法制度の分断と政治的対立によって、その実現が妨げられている状態にある。

現状を改善するための優先順位は、次のように整理できる。

優先課題

必要な取り組み

最優先

超法規的処刑の即時停止と違法行為の責任追及

高い優先度

西岸地区とガザ地区の司法制度の再統合

高い優先度

死刑判決の執行停止と国内法の改正

高い優先度

軍事裁判の適正化と司法の独立

中長期

イスラエルによる差別的な法適用の是正

中長期

国際条約に適合した死刑廃止制度の確立

結局のところ、パレスチナの死刑問題は、死刑を執行するか否かという個別の刑事政策を超え、誰が法律を制定し、誰が裁判を行い、誰が人々の生命を守る責任を負うのかという統治の根本問題である。

政治的分断の解消と司法制度の再建が進まなければ、死刑廃止を含む人権改革は実効性を持たない。一方、国際社会もイスラエルの占領政策や差別的な法適用を放置すれば、パレスチナ人の権利保障を実現することはできない。

今後の展望を左右するのは、パレスチナ内部の政治勢力が法の支配を受け入れるか、そして国際社会が占領下の人権侵害に対して実効的な対応を取れるかという2点である。

法令・統計上の補足

法制度を正確に理解するため、刑法の歴史的な適用関係について補足する。西岸地区では主にヨルダンの1960年刑法が適用され、ガザ地区では英国委任統治時代の1936年刑法令が基礎となっている。同刑法令はエジプト当局による改正などの影響を受けており、これらとは別にパレスチナ解放機構の1979年革命刑法典も存在する。

また、2025年10月以降にガザ地区で確認された処刑事案は、正式な死刑判決に基づく執行ではなく、超法規的処刑として報告されたものである。この区別は、死刑制度の統計と人権侵害の実態を正しく評価するうえで重要である。


参考・引用リスト

国際機関・国際条約

1. 国際連合条約集

  • 自由権規約第2選択議定書(死刑廃止を目的とする議定書)
  • パレスチナの加入日:2019年3月18日

2. 国連人権高等弁務官事務所

  • パレスチナの国際人権条約加入に関する資料(2019年11月28日)

3. パレスチナ基本法

  • 第109条:死刑判決の執行には大統領の承認が必要

4. 国際司法裁判所

  • 2024年7月19日、イスラエルによる占領地政策・慣行の法的帰結に関する勧告的意見

5. 国連人権高等弁務官事務所

  • イスラエルの死刑法制に対する人権高等弁務官の批判(2026年3月31日)

6. 国連特別報告者・専門家グループ

  • イスラエルの死刑法制が差別的な刑罰制度に当たるとの声明(2026年4月2日)

死刑制度・法律の専門研究

7. コーネル大学死刑研究センター

  • パレスチナ自治政府における政治的分断と死刑制度

8. 人権・民主主義メディアセンター

  • パレスチナの死刑制度に関する法的検証

9. ビツェレム

  • パレスチナ自治政府およびハマス支配下の死刑制度に関する分析

10. ヒューマン・ライツ・ウォッチ

  • ガザ地区における死刑執行の再開に対する批判

最新の統計・人権調査・報道

11. 世界死刑廃止連盟

  • パレスチナの死刑制度、死刑判決、執行状況の統計
  • 2026年10月30日更新

12. アムネスティ・インターナショナル

  • ハマス関連組織による超法規的処刑と被害者救済に関する調査(2026年8月21日)

13. ロイター通信

  • イスラエルの死刑法制と国連人権高等弁務官による批判(2026年3月31日)

14. 国連人権高等弁務官事務所

  • パレスチナにおける自由権規約・拷問等禁止条約などの履行状況

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