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レソトの死刑制度:法制度上の「存置」と国際基準のギャップ

レソトは2026年10月時点で、法律上は死刑を存置しているが、1995年以降、既知の死刑執行がない国である。2025年にも死刑執行は確認されておらず、長期間にわたる事実上の執行停止が続いている。
レソト王国、首都マセル(Getty Images)
現状(2026年10月時点)

レソトの死刑制度を理解するうえで最も重要なのは、「死刑が存在する国」と「死刑を実際に執行している国」を区別することである。2026年10月時点のレソトは、法律上は死刑を維持している一方、長期間にわたって死刑執行を行っていない国であり、国際的な死刑制度の分類では「法律上の存置国」に位置づけられている。

この状態は、単純に「レソトは死刑を積極的に運用している」と説明できるものではない。むしろ、死刑という刑罰を法体系から完全には除去していないものの、その実際の運用は極めて限定され、1995年を最後に既知の執行が確認されていないという、法律と実務の間に大きな隔たりが存在する状態である。

レソトの死刑制度の現状(法制度上の位置づけ)

レソトはアフリカ南部に位置する立憲君主国であり、死刑制度については現在も法律上の選択肢を残している。国際的な死刑制度のデータベースでは、レソトは「存置国」と分類され、死刑そのものを国内法から廃止した国とは区別されている。

ここで注意すべきなのは、「死刑判決がほとんど存在しないこと」と「死刑制度が廃止されたこと」は法的には同じではないという点である。死刑を規定する法的根拠が残されている限り、将来の司法判断や立法政策によって死刑判決が再び現実の制度として利用される可能性は、形式上は残される。

2025年の国際的な死刑統計を見ると、レソトでは死刑執行は確認されず、死刑判決も確認されていない。したがって、近年のレソトについては、死刑制度の「存在」と、その制度が実際に使用されているかどうかを分けて分析する必要がある。

法的な存置

「存置」という言葉は、単に政府が死刑に賛成しているという意味ではない。法制度上、一定の犯罪について死刑を科す可能性が残されていることを意味し、死刑を完全に廃止した国とは明確に異なる法的状態である。

レソトの場合、この法的存置が長期間維持されていることが特徴となっている。国際的な分類でも、2026年9月30日時点でレソトは「法律上の存置国」とされており、死刑制度を法的に撤廃した国とは扱われていない。

一方、法的に存置されているからといって、それだけで死刑が日常的な刑事政策として機能しているとはいえない。レソトの場合、約30年間にわたって執行が確認されていないという事実が、法制度上の存置と実際の刑事司法運用との間に大きな距離があることを示している。

事実上の執行停止(モラトリアム)

レソトにおける死刑制度の最大の特徴の一つは、1995年以降、既知の死刑執行が確認されていないことである。国際的な死刑制度を監視する資料でも、1995年がレソトの最後の既知の執行年として記録され、2023年、2024年、2025年はいずれも執行件数が0とされている。

この状況は一般に、死刑の「事実上の停止」と捉えることができる。ただし、正式な法改正によって死刑そのものを廃止した場合とは異なり、法的根拠を残したまま執行を行わない状態であるため、国際的には「法律上の廃止」と「事実上の廃止」を区別する必要がある。

この区別は非常に重要である。長期間執行がないという事実は、死刑制度が実務上ほとんど使用されていないことを示す一方、法改正が行われていない以上、死刑制度そのものが消滅したことを意味しないからである。

さらに、2025年の国際統計では、レソトについて死刑判決も執行も確認されていない。つまり近年の実績だけを見る限り、死刑制度は刑事司法の前面に出ていないものの、法制度上の位置づけだけを見ると依然として存置されているという二重構造が続いている。

司法の対応(減刑の傾向)

死刑制度を分析する際には、執行件数だけでなく、死刑判決が下された後にどのような司法・行政上の処理が行われるかを見る必要がある。死刑判決が存在しても、その後に上級審で変更されたり、恩赦や減刑によって死刑以外の刑へ転換されたりすれば、制度の実質的な運用状況は大きく変わるからである。

レソトについては、近年の国際統計上、死刑執行が確認されていないだけでなく、2025年には新たな死刑判決も確認されていない。したがって、現在のレソトについて「死刑判決が頻繁に出され、それが執行直前で停止されている」という構図を示すことは適切ではない。

むしろ確認できる資料からは、死刑制度が長期間にわたり実質的に使用されていないことが重要な特徴として浮かび上がる。ただし、減刑や司法判断の詳細については公開情報が限定されているため、「レソトの司法が一貫して死刑判決を減刑している」と一般化するには慎重さが必要である。

この点は、死刑制度に関する国際比較でも重要である。執行がないという結果だけから、裁判所が死刑を否定しているのか、政府による執行停止が続いているのか、あるいは死刑相当事件そのものが少ないのかを一律に判断することはできないためである。

国際基準とのギャップ・国際社会からの圧力

レソトの死刑制度をめぐる問題は、国内法だけでは完結しない。国際人権法の分野では、死刑の廃止に向けた国際的な流れが強まっており、レソトのように法的には死刑を残しながら長期間執行していない国に対しても、完全廃止を求める働きかけが継続している。

レソトは「市民的及び政治的権利に関する国際規約」の締約国である一方、死刑廃止を目的とする同規約第2選択議定書には加入していない。この違いは、レソトが国際人権保障の主要な枠組みに参加しながら、死刑廃止についてはより強い国際的義務を受け入れていないことを示している。

また、国連による死刑執行停止決議についても、レソトは過去の決議で共同提案国とはならず、投票では棄権している。したがって、レソトの立場は死刑執行を積極的に行う国と、廃止を明確に国際的に支持する国との中間に位置するものとして理解することができる。

ここに「法制度上の存置」と「国際基準とのギャップ」が現れる。国内では死刑を直ちに執行していないにもかかわらず、国際社会が求める完全廃止や死刑廃止条約への参加には至っていないため、レソトは長期間にわたって制度上の曖昧さを維持している。

国際機関や諸外国からの廃止勧告

レソトに対する死刑廃止の要求は、近年になって突然現れたものではない。国連の人権審査制度では以前から死刑制度の廃止や死刑執行の正式な停止が論点となっており、2025年の普遍的定期審査でも、死刑を完全に廃止し、死刑廃止を目的とする国際規約の選択議定書に加入するよう求める勧告が複数の国から出された。

2025年の普遍的定期審査では、アイスランドが死刑の完全廃止と選択議定書への加入を求め、アイルランドは憲法から死刑規定を削除することを含む正式な廃止を求めた。またニュージーランドも、同選択議定書への加入を通じて死刑廃止を進めるよう勧告したが、レソト政府はいずれの勧告についても「留意」とする立場を示した。

ここで重要なのは、「留意」が死刑廃止を受け入れたことを意味しない点である。2025年の審査ではレソトに対して合計211件の勧告が出され、そのうち168件が受け入れられた一方、43件が「留意」とされたとされ、死刑廃止に関する勧告はいずれも支持されなかったとする市民社会側の資料もある。

したがって、2026年時点のレソトは、死刑を実際には執行していないという事実と、国際社会から求められている法的廃止を受け入れていないという政治・法制度上の立場が併存している。この状態が、レソトの死刑問題を考える際の中心的な論点となる。

「存置国」としてのリスク

レソトが「存置国」として分類され続けることには、単なる分類上の意味を超えた問題がある。国際的な人権保障の流れでは死刑廃止国が増加しており、死刑を法体系に残す国は、たとえ長期間執行していなくても、国際的な人権基準との整合性について説明を求められる立場に置かれるからである。

特に問題となるのが、死刑を法的に残したまま、事実上の執行停止を続ける状態の長期化である。国際社会から見れば、この状態は一定の人権上の配慮を示す一方、法律そのものを廃止していないため、将来の政策変更によって死刑執行が再開される余地を残している。

世界死刑廃止連盟が2026年9月30日に更新した資料では、レソトはなお「死刑存置国」と分類されている。同資料では2023年、2024年、2025年の死刑執行はいずれも0件であり、最後の既知の執行は1995年、執行方法は絞首刑と記録されている。

このため、レソトの問題は「死刑を大量に執行している」というものではない。むしろ、約30年間執行がないにもかかわらず、法律上の死刑を廃止していないという制度上の未完結性にある。

また、国際的な評価においては、死刑の執行件数だけでなく、死刑判決を受けた人の法的地位や、減刑・恩赦・再審査の仕組みも重要となる。死刑制度を残す限り、誤判の可能性を含めて不可逆的な刑罰を維持することになるため、司法手続の公正性や上訴制度の実効性が厳しく問われる。

国内外における議論の争点

レソト国内で死刑制度をめぐって最も大きな争点となるのは、重大犯罪への対応と死刑廃止をどのように両立させるかという問題である。死刑を維持する側からは、殺人など重大犯罪に対する最も重い刑罰として死刑を残す必要があるとの考え方が示される一方、廃止を求める側からは、生命を奪う刑罰そのものの正当性や誤判時に回復できないことが問題とされる。

この議論では、「死刑に犯罪抑止効果があるのか」という問題も重要になる。レソトの市民社会側から提出された資料では、死刑に固有の抑止効果がないことについて国民への啓発を行い、廃止への理解を広げる必要があるとの主張が示されている。

ただし、この点については「死刑が犯罪を抑止するか」という経験的問題と、「国家が死刑を刑罰として認めるべきか」という人権・法哲学上の問題を分けて考える必要がある。前者は犯罪統計や刑事司法研究によって検証される問題であり、後者は生命権、刑罰の目的、国家権力の限界などに関係する規範的な問題だからである。

さらにレソトでは、死刑廃止に向けた法改正そのものにも制度的な障壁が存在する。過去にレソト政府が国連の人権機関に説明したところによれば、死刑関連の法規定を廃止する問題については国民投票に付す必要があり、その結果を政府の判断に反映させる仕組みが示されていた。

この点は、単純に「政府が廃止を拒否している」と説明するだけでは不十分であることを示している。死刑制度の廃止には憲法・刑法などの法制度だけでなく、国民的合意、政治的意思、犯罪対策への社会的要求など複数の要素が関係している。

抑止力 vs 人権・人道主義

死刑存置論の中心には、重大犯罪に対する刑罰の厳格性と社会防衛という考え方がある。特に殺人など生命を奪う犯罪に対して、国家が最も重い刑罰を用意しておくことには意味があるという考え方であり、これは死刑制度を維持する国で広く見られる論理である。

これに対して死刑廃止論では、死刑の犯罪抑止効果について確実な因果関係を立証することが難しいこと、司法判断には誤りが生じ得ること、刑罰によって国家が意図的に人命を奪うこと自体に人権上の問題があることなどが指摘される。国連の人権機関も、死刑を存置する場合には対象犯罪を「最も重大な犯罪」に限定することなど、生命権に関する厳格な基準を示している。

レソトについては、1995年以降の長期的な執行停止という事実が、死刑を実際に運用しなくても刑事司法制度を維持できる可能性を示す一つの材料となる。ただし、これだけをもって「死刑が不要である」と結論づけることはできず、重大犯罪の発生状況、被害者・遺族の権利、代替刑としての終身刑、司法制度の信頼性などを総合的に検討する必要がある。

法改正の停滞

レソトの死刑制度について特徴的なのは、廃止に向けた国際的圧力が存在する一方、国内法上の正式な廃止が長期間実現していないことである。1995年以降に死刑執行が確認されていないことを考えると、実務上は極めて長い執行停止期間に入っているにもかかわらず、法制度はその現実を完全には反映していない。

レソト政府は過去の国連人権機関への回答で、死刑判決を受けた者について上訴裁判所による終身刑またはより長期の拘禁刑への減刑が行われていることを説明していた。また、恩赦委員会や国王の恩赦権など、死刑執行に対する制度的な安全弁も存在すると説明していた。

しかし、こうした仕組みは死刑制度そのものを廃止するものではない。死刑判決が法的に可能である以上、司法制度の最終的な判断や恩赦制度に人命を左右する重大な権限が残されるため、国際人権機関は法的廃止と国際条約への加入を引き続き求めている。

2025年の普遍的定期審査で、死刑完全廃止、憲法からの死刑規定削除、死刑廃止を目的とする選択議定書への加入という複数の勧告が改めて出されたことは、この問題が現在も国際的な審査対象であることを示している。

その意味でレソトの死刑制度は、「死刑を執行しているかどうか」だけでは評価できない。法的には存置、実務上は長期停止、国際的には廃止要求、国内では法改正が未完了という4つの層を分けて見る必要がある。

知っておくべき要点

レソトの死刑制度を理解する際、最初に押さえるべきなのは、「死刑廃止国ではないが、長期間にわたり執行していない」という点である。2026年9月30日更新の国際資料では、レソトは依然として死刑存置国に分類され、現在死刑判決を受けている者は2人、2025年の死刑執行は0件、最後の既知の執行は1995年とされている。

2025年については、国際的に確認された死刑判決も0件であり、2025年末時点で死刑判決下にある者も0人とするアムネスティ・インターナショナルの統計がある。一方、2026年9月更新の世界死刑廃止連盟の資料では2人とされているため、死刑囚数については資料の基準時点や情報収集方法による差に注意する必要がある。

したがって、レソトの死刑制度を「活発に運用されている制度」と見るのは適切ではない。しかし、法律上の死刑を撤廃していない以上、制度として消滅したともいえず、国際的には明確に存置国として扱われている。

ステータス

2026年10月時点でのレソトの死刑制度のステータスを整理すると、「法的存置」「長期的な事実上の執行停止」「国際的な廃止要求」「廃止に向けた国際条約上の義務の未受諾」という4つの特徴が並存している。

レソトは1992年に「市民的及び政治的権利に関する国際規約」に加入しているが、死刑廃止を目的とする第2選択議定書には加入していない。国連人権高等弁務官事務所の条約データベースでも、レソトについて同選択議定書の加入記録は確認されない。

これは法的に重要な違いである。国際規約そのものは生命に対する権利を保障し、死刑を存置する国に対しても厳格な制約を課しているが、第2選択議定書は死刑廃止を目的とする国際的な約束であり、これに加入すれば原則として死刑制度を廃止する方向へ法制度を拘束することになる。

したがって、レソトは国際人権法の枠組みに参加していながら、死刑廃止について最も強い国際的拘束を受ける段階には到達していない。この点が、現在のレソトの制度的な位置を理解するうえで重要である。

最大の特徴

レソトの最大の特徴は、死刑制度の「存続」と「不執行」が極めて長期間にわたって併存していることである。最後の既知の執行が1995年であるため、2026年時点では約31年間、死刑執行が確認されていないことになる。

この期間は、単なる一時的な執行停止とは性格が異なる。政権交代や刑事政策の変化があり得るほど長い期間にわたって死刑が実施されていないにもかかわらず、法制度上はその刑罰が残されているため、レソトは「事実上の廃止」に近い実務と「法律上の存置」を同時に維持している。

この二重構造は、死刑制度をめぐる国際比較においても重要である。死刑廃止国であれば、刑法や憲法から死刑の法的根拠がなくなるため、政府が政策転換を行っただけで執行を再開することはできないが、存置国では法改正なしに制度上の可能性が残るからである。

レソトの場合、1995年以降の長期停止そのものが、死刑制度を現実の刑罰政策として積極的に使用していないことを示す。しかし、それは国家が死刑を法的に放棄したことを意味しない。

国際基準との具体的なギャップ

レソトと国際的な死刑廃止基準との間にある最大のギャップは、実務と法制度の差にある。実際には長期間執行していないにもかかわらず、死刑そのものを法律から削除せず、さらに死刑廃止を目的とする第2選択議定書にも加入していない。

この問題は、2025年の普遍的定期審査で明確になった。アイスランドは死刑を完全に廃止し、第2選択議定書を批准するよう勧告し、アイルランドは憲法から死刑規定を削除することを含めた正式な廃止を求め、ニュージーランドも同議定書への加入による廃止を求めた。レソトはいずれの勧告についても「留意」とした。

ここで「留意」という回答の意味を正確に理解する必要がある。これは勧告を拒絶するという単純な意味ではないが、少なくとも当該勧告を政府として受け入れ、実施を約束したことを意味しない。

つまり、国際社会からは「すでに長期間執行していないのであれば、次の段階として法律上も廃止すべきだ」という方向の圧力が存在する一方、レソト政府は2025年の審査において、その廃止勧告を受け入れる立場までは示さなかった。この点が2026年現在の制度的なギャップとして重要になる。

国際的な人権基準から見た論点

死刑をめぐる国際的な議論では、単に執行件数が多いか少ないかだけではなく、生命に対する権利、適正手続、誤判防止、拷問や不当な自白の排除、弁護人との秘密交通などが問題となる。国連の人権委員会も、死刑を存置する国に対して、死刑を適用できる犯罪を極めて重大な犯罪に限定することや、誤判を防止するための司法上の保障を確保することを求めてきた。

この観点からすると、長期間執行していないことは一定の意味を持つが、それだけで国際的な廃止基準を満たしたことにはならない。法制度上、死刑判決が可能な状態が残っている限り、誤判によって生命を奪う可能性や、将来の政策変更によって執行が再開される可能性も残るからである。

また、死刑判決を受けた者については、単に執行されなければ問題が解決するわけでもない。死刑判決そのものが長期間維持されれば、拘禁状態や精神的負担、上訴手続、恩赦手続などの問題が生じるため、死刑制度の人権問題は「執行の瞬間」だけに限定されない。

今後の課題

レソトにとって最も大きな課題は、すでに長期間続いている事実上の執行停止を、法制度上の廃止へ移行させるかどうかである。1995年以降に執行が確認されていないという実態を考えれば、法律と実務の乖離を放置するのではなく、死刑制度を今後どのように位置づけるのかを明確化することが課題となる。

第2の課題は、死刑廃止に関する国内的合意を形成することである。廃止には刑罰政策だけでなく、重大犯罪への対応、被害者と遺族の権利、終身刑などの代替刑、司法制度への信頼などが関係するため、単純な法改正だけでは社会的議論を終わらせることが難しい。

第3の課題は、国際的な約束との整合性である。2025年の普遍的定期審査では死刑廃止に関する勧告が複数提示されたが、レソトはこれらを「留意」とした。今後、同国が国際人権政策をどの方向へ進めるのかを判断するうえで、第2選択議定書への加入問題は重要な指標となる。

今後のレソトの死刑制度については、少なくとも3つの方向性を区別して考えることができる。第1は現在の状態を維持し、法律上は死刑を残しながら執行停止を続ける方向、第2は死刑を法律上廃止する方向、第3は将来の政策変更によって死刑制度を再び実際に運用する方向である。

このうち、現在確認できる資料から重要なのは、第2の方向に向けた国際的な働きかけが継続していることである。2025年の普遍的定期審査では完全廃止だけでなく、憲法からの死刑規定の削除や第2選択議定書への加入まで具体的に勧告されており、国際社会が単なる執行停止ではなく、法的廃止を求めていることが分かる。

一方、現段階でレソト政府が法的廃止を受け入れたとはいえない。したがって、2026年10月時点で「近く死刑が廃止される」と予測することは適切ではなく、今後の憲法・刑法改正、国際条約への加入、政府の正式な政策決定などを継続的に確認する必要がある。

レソトの死刑制度は、「死刑を実際に執行している国」というより、「死刑を法律上残しながら、約31年間にわたり執行していない国」として捉えることが最も正確である。2025年の統計では死刑判決も執行も確認されていない一方、2026年9月時点の国際的な分類では依然として存置国であり、2人が死刑判決下にあるとの資料も存在する。

そして、この状態こそがレソトの死刑問題の核心である。すなわち、実務上は廃止に近い状態にありながら、法律上は廃止されておらず、国際社会からは正式な廃止と第2選択議定書への加入を求められているという「制度と実態の二重構造」である。

2025年の普遍的定期審査で死刑完全廃止に関する勧告を受けたにもかかわらず、レソトがそれを「留意」としたことは、この問題が現在も決着していないことを示している。したがって、レソトの死刑制度を評価する場合には、「執行がない」という一点だけを見るのではなく、法的存置、国際条約上の地位、司法上の保障、国内政治、国際人権基準を一体として分析する必要がある。

抑止力 vs 人権・人道主義

レソトの死刑制度をめぐる議論では、重大犯罪に対する刑罰の必要性と、生命を国家が奪うことの是非を分けて考える必要がある。死刑存置の立場では、殺人など極めて重大な犯罪に対して最も重い刑罰を用意することが、社会防衛や犯罪抑止、被害者と遺族に対する正義の実現という観点から意味を持つと考えられる。

これに対して死刑廃止の立場では、死刑に固有の犯罪抑止効果があることを明確に証明することは困難であり、国家が意図的に生命を奪う刑罰を維持する必要性そのものが問われる。レソトの市民社会団体から国際審査に提出された資料でも、死刑に特有の抑止効果がないことについて社会への啓発を行い、廃止への理解を形成する必要があるとの主張が示されている。

ただし、ここで注意すべきなのは、「死刑に抑止力があるか」という実証的な問題と、「国家が死刑を刑罰として認めるべきか」という人権・刑罰論上の問題を混同しないことである。前者は犯罪発生率や刑罰政策などのデータを用いて検討する問題であり、後者は生命権、刑罰の目的、国家権力の限界などに関係する規範的問題である。

レソトの場合、1995年を最後に既知の死刑執行がないという事実は、この議論に独特の意味を与えている。少なくとも約30年間、死刑を実際に執行せずに刑事司法制度を運用してきたため、「死刑を執行しなければ重大犯罪への刑罰対応ができない」という単純な説明だけでは、同国の実態を説明できない。

一方で、この事実だけから「死刑が不要である」と結論づけることもできない。重大犯罪の発生状況、被害者や遺族の利益、終身刑などの代替刑、司法制度の信頼性、刑事施設の処遇能力などを総合的に検討する必要があるからである。

法改正が進まない背景

レソトで死刑廃止が長期間実現していない理由は、単純な政府の賛否だけでは説明できない。死刑制度を法的に撤廃するには、刑法上の規定だけでなく、憲法上の位置づけ、刑事司法制度、重大犯罪への対応、国民的合意など複数の問題を整理する必要がある。

特に重要なのは、2025年の普遍的定期審査で示されたレソト政府の対応である。死刑完全廃止と第2選択議定書への加入、憲法から死刑規定を削除したうえでの正式廃止、同議定書への加入を通じた廃止という3つの勧告について、レソトはいずれも「留意」とした。

これは、レソトが死刑執行の再開を積極的に表明したことを意味するものではない。同時に、国際社会から求められている「法律上の完全廃止」を政府として受け入れ、実施する段階にも進んでいないことを意味する。

過去の人権審査資料では、レソトの司法制度において死刑判決に対する上訴や恩赦などの仕組みが存在することが説明されてきた。つまり、死刑を残しながら、その適用や執行に複数の法的安全弁を設けるという制度設計が存在してきたのである。

しかし、こうした安全弁は死刑廃止とは異なる。上級審による判断や恩赦によって死刑が執行されないとしても、死刑判決を可能にする法的根拠そのものが残っていれば、制度上は生命を奪う刑罰が存在し続けるからである。

「事実上の廃止」と「法律上の廃止」の違い

死刑制度についてレソトを分析する際、「事実上の廃止」という概念が重要になる。国際的な分類では、法律上は死刑を維持していても、長期間にわたり執行していない国が存在し、レソトはその実態に近い国として理解できる。

ただし、2026年時点の国際資料ではレソトは明確に「存置国」と分類されている。世界死刑廃止連盟の2026年9月30日更新資料でも、死刑は法律上存置され、2025年の執行は0件、2024年と2023年も0件、最後の既知の執行は1995年と記録されている。

この分類には実質的な意味がある。法律上の廃止国では、将来死刑を執行するためには新たな法改正が必要となるが、存置国では既存の法制度を変更しない限り、理論上は死刑判決や執行が可能だからである。

したがって、「30年間執行されていないから、レソトは死刑を廃止した」と説明するのは正確ではない。正確な表現は、「死刑を法律上維持しながら、1995年以降、既知の執行が行われていない」である。

国際社会から見たレソトの位置

世界的には死刑廃止の流れが長期的に進んでいる。アムネスティ・インターナショナルによれば、2025年末時点で死刑を法律上または実務上廃止した国は145か国、そのうち完全廃止国は113か国に達している。

この世界的傾向の中で見ると、レソトの立場は明確になる。レソトは死刑執行を長期間停止しているため、実際の刑罰運用という点では廃止国に近い一方、法律上は死刑を残しているため、国際的な分類では廃止国の側には入らない。

さらに、レソトは「市民的及び政治的権利に関する国際規約」の締約国であるが、死刑廃止を目的とする第2選択議定書には加入していない。世界死刑廃止連盟の最新資料でも、この状態が確認されている。

したがって、レソトに対する国際社会の要求は、単に「死刑を執行しないでほしい」という段階から一歩進んでいる。すでに長期間執行していないのであれば、その実務を法律上の廃止へ移行させ、さらに国際条約によって廃止を制度的に確定させるべきだという方向である。

「存置国」としてのリスク

レソトが死刑存置国であり続けることには、いくつかの制度的リスクがある。第1は、将来の政治的・社会的環境が変化した場合に、死刑執行を再開できる法的余地が残ることである。

第2は、司法上の誤判が発生した場合の不可逆性である。自由刑であれば再審によって釈放や補償が可能な場合があるが、死刑を執行してしまえば、後から誤判が判明しても生命を回復させることはできない。

第3は、死刑判決を受けた者の処遇をめぐる問題である。執行されない死刑判決が長期間維持される場合、上訴、恩赦、拘禁環境など複数の人権問題が発生し得るため、死刑制度の問題は執行の有無だけで判断できない。

この点は、2025年のレソトの人権状況をめぐる資料とも無関係ではない。同国では刑務所内で多数の収容者が身体的虐待などを受けたとする調査結果が報告され、刑務所管理上の重大な問題も指摘されている。これは死刑制度そのものの問題とは別だが、死刑を含む刑罰制度を検討する際には、拘禁者の人権保障というより広い司法制度上の問題も考慮する必要がある。

課題

第1の課題は、死刑を残すのか、正式に廃止するのかについて法的立場を明確化することである。長期間執行していないという実務と、死刑を残しているという法律の間に存在する乖離を、今後も維持するのか、それとも法改正によって解消するのかが問われる。

第2の課題は、死刑廃止を実施する場合の代替刑をどう設計するかである。死刑廃止は単に刑罰を1つ削除すれば完了する問題ではなく、重大犯罪についてどのような刑罰を科し、被害者や遺族の権利をどのように保障し、社会防衛をどう実現するかという刑事政策全体の再設計を伴う。

第3の課題は、国内世論との関係である。死刑制度は刑法上の技術的問題だけでなく、犯罪被害者、司法、治安、国家権力、生命権に関する価値判断を含むため、国際社会からの勧告だけで一挙に制度を変更することは容易ではない。

2025年の市民社会側の提出資料では、死刑の廃止と第2選択議定書への加入だけでなく、死刑には固有の抑止効果がないとの理解を広げるための啓発活動も提案されている。ここからも、レソトの死刑問題が法律改正だけでなく、国民的理解の形成を必要とする問題であることが分かる。

今後のレソトには、大きく分けて現状維持と法的廃止という2つの方向が考えられる。現状維持の場合、死刑を法律上残しながら執行しない状態が続くことになるが、その場合でも国際的な廃止要求は継続すると考えられる。

一方、法的廃止へ進む場合には、刑法や憲法上の死刑規定を整理し、第2選択議定書への加入を検討することが主要な課題になる。実際、2025年の普遍的定期審査で出された勧告は、単なる執行停止ではなく、憲法上の死刑規定の削除と国際条約への加入まで具体的に求めている。

ただし、2026年10月時点で、レソト政府が近い将来の死刑廃止を正式決定したと断定できる状況ではない。現時点で確認できる資料からは、死刑の長期的な不執行と法的存置が継続し、国際的な廃止勧告については「留意」とする立場が確認できるため、今後の法改正については具体的な政府決定を待つ必要がある。

レソトの死刑制度は、単純な「死刑存置国」という一語だけでは実態を十分に表現できない。法律上は死刑を維持しているが、最後の既知の執行は1995年であり、2025年にも執行は確認されていないため、実務上は極めて長期間にわたる執行停止状態にある。

一方で、国際社会から見れば、この状態は完全な解決ではない。2025年の普遍的定期審査では、死刑の完全廃止、憲法からの死刑規定の削除、第2選択議定書への加入などが改めて勧告され、レソトはいずれも「留意」とした。

したがって、2026年10月時点のレソトを最も端的に表現するなら、「死刑は法律上存置されているが、1995年以来、既知の執行がない事実上の執行停止国」となる。ここに、法制度と実際の刑事司法運用、国内政策と国際人権基準との間に存在するギャップが集約されている。

そして今後の最大の焦点は、約30年間続いてきた事実上の停止を、正式な法律上の廃止へ転換するかどうかである。2025年の国際審査結果を見る限り、この問題は2026年現在も未解決であり、レソトの死刑制度をめぐる議論は、今後も国内の法改正と国際人権政策の双方から注視する必要がある。

ステータス

2026年10月時点で、レソトの死刑制度は「法律上の存置」「長期間にわたる事実上の執行停止」「国際的な廃止要求」という3つの状態を同時に抱えている。世界死刑廃止連盟の2026年9月30日更新資料では、レソトは死刑存置国に分類され、最後の既知の執行は1995年、2023年から2025年までの執行件数はいずれも0件とされている。

したがって、「レソトは死刑を廃止した」とする説明は正確ではない。一方で、「レソトは現在も死刑を積極的に執行している」とする説明も実態とは大きく異なり、法律上の制度と実際の運用を区別することが必要である。

2025年のアムネスティ・インターナショナルの統計でも、レソトでは死刑執行が確認されておらず、同年の新たな死刑判決も確認されていない。これにより、少なくとも近年の刑事司法において死刑が日常的に利用されているとはいえないことが分かる。

ただし、2026年9月の資料では死刑判決下にある者が2人とされているため、死刑囚数については資料間で差がある。この差は、情報の基準時点、判決の確定状況、各機関の情報収集方法などの違いによる可能性があり、単純にどちらか一方を絶対的な数字として扱うことは避けるべきである。

法制度上の位置づけ

レソトは「市民的及び政治的権利に関する国際規約」の締約国であるが、死刑廃止を目的とする第2選択議定書には加入していない。このため、国際人権法上の生命権保障を受けながらも、死刑廃止を国際条約によって確定させる段階には到達していない。

この法的立場が、レソトの制度的な特徴を決定づけている。死刑を実際には執行していなくても、法的根拠が残っている限り、将来の立法・司法・行政上の変化によって制度が再び利用される可能性を完全には排除できない。

国際社会がレソトに求めているのも、単なる執行停止ではなく法的廃止である。2025年の普遍的定期審査では、死刑の完全廃止、憲法からの死刑規定の削除、第2選択議定書への加入などが具体的に勧告された。

最大の特徴

レソトの最大の特徴は、死刑制度を「法律上は残しているが、実際には約30年間執行していない」という点にある。これは死刑制度を積極的に利用する国とも、法律上完全に廃止した国とも異なる独特の位置である。

この状態を理解するためには、「法律上の廃止」「事実上の廃止」「存置」という国際的な区分を意識する必要がある。レソトは実務面では事実上の執行停止に近いが、法制度上は明確に存置国であり、両者を混同してはならない。

また、約31年という長期間にわたって執行が確認されていないことは、死刑制度が実際の刑事政策の中心から大きく後退していることを示す。一方、法制度上の存置を続けることで、制度そのものは完全には消滅していない。

国際基準とのギャップ

国際的な死刑廃止の流れと比較すると、レソトの立場には明確なギャップが存在する。アムネスティ・インターナショナルによると、2025年末時点で死刑を法律上または実務上廃止した国は145か国に達し、そのうち法律上完全に廃止した国は113か国である。

この国際的な傾向の中で、レソトは死刑を実際に使っていないという点では廃止国に近い。しかし、法律上の根拠を残していることから、国際的な分類では存置国として扱われる。

さらに、2025年の普遍的定期審査で複数国から完全廃止を勧告されたにもかかわらず、レソトはそれらを「留意」とした。この対応は、死刑廃止に向けた国際的な圧力と、レソト国内の法的・政治的立場との間に依然として距離があることを示している。

「存置国」としての意味

「存置国」という分類には、実際の執行件数だけでは見えない意味がある。法律上死刑が残っている以上、死刑判決を下す可能性と、一定の条件下で執行する可能性が制度として残っているからである。

死刑制度には、誤判が生じた場合に結果を回復できないという固有の問題がある。自由刑であれば再審によって釈放や名誉回復などの可能性が残されるが、死刑執行後に無罪が判明した場合、生命そのものを回復することはできない。

また、長期間の執行停止が続く場合、死刑判決を受けた者の法的地位をどう扱うかという問題も発生する。上訴、再審、恩赦、減刑、拘禁環境などをめぐる制度が重要になるため、死刑制度は単に「執行するか、しないか」という二択ではない。

国内外における主要な争点

レソト国内外の議論を整理すると、主要な争点は4つに分けられる。第1は重大犯罪に対する刑罰として死刑を残す必要性、第2は死刑の犯罪抑止効果、第3は生命権と国家による刑罰権の限界、第4は誤判を含む司法上の不可逆的なリスクである。

死刑存置をめぐる議論では、重大犯罪に対する厳罰、社会防衛、被害者・遺族の感情などが重要な論点になる。一方、廃止を求める議論では、死刑に固有の抑止効果をめぐる不確実性、生命権、誤判時の回復不能性、国際人権基準などが中心となる。

レソトの場合、約30年間執行されていないため、議論の焦点は「死刑を執行するか」だけではなく、「実際に使っていない刑罰をなぜ法律上残し続けるのか」という制度的問題にも移っている。ここに、レソト特有の死刑論争の構造がある。

法改正の停滞

死刑制度を正式に廃止するためには、単なる行政上の執行停止ではなく、法律上の根拠を変更する必要がある。さらに、憲法上の死刑規定が存在する場合には、それを含めた制度的整理が必要になる。

2025年の普遍的定期審査で出された勧告が、単に「死刑を執行しないこと」ではなく、憲法からの死刑規定の削除や第2選択議定書への加入まで求めていることは、この問題の本質を示している。国際社会は、長期間のモラトリアムを最終状態とはみなさず、法的廃止へ進むことを求めている。

一方、レソトが廃止勧告を受け入れていない以上、現時点で法改正が決定的に進んでいるとは評価できない。したがって、今後は政府による具体的な法案、憲法改正手続、国際条約への加入方針などを確認することが重要になる。

最大の課題は、長期間続いている事実上の執行停止と法制度上の存置をどのように整理するかである。現状を維持するのであれば、死刑を法律上残す理由について国内外に説明する必要があり、廃止へ進むのであれば重大犯罪に対する代替刑と被害者・遺族への対応を整備する必要がある。

第2の課題は、国際人権条約との整合性を高めることである。特に第2選択議定書への加入は、レソトが死刑制度について将来的にどのような法的立場を採用するのかを明確にする重要な指標となる。

第3の課題は、国内社会における合意形成である。死刑廃止は国際的な勧告だけで完結する問題ではなく、重大犯罪への対応、司法制度への信頼、被害者と遺族の権利、刑務所制度など、刑事司法全体との関係で議論する必要がある。

今後の展望

2026年10月時点で確認できる資料からは、レソトが近い将来に死刑を復活させ、積極的に執行する方向へ政策転換したことを示す材料は確認できない。一方で、法的廃止についても政府が正式に決定したとはいえず、現在の「存置・不執行」という状態が継続している。

今後の重要な転換点は、政府が死刑廃止に関する具体的な法改正へ着手するかどうかである。2025年の普遍的定期審査で示された勧告を受け、次回以降の国際人権審査でレソトがどのような回答を示すかも重要な判断材料になる。

また、第2選択議定書への加入が実現すれば、死刑制度をめぐるレソトの国際的な法的立場は大きく変化する。逆に加入せず、国内法上の死刑も維持するのであれば、現在の「事実上の執行停止と法律上の存置」という二重構造が継続することになる。

総合分析

レソトの死刑制度を総合的に見ると、問題の核心は執行件数の多寡ではなく、法律と実務の乖離にある。最後の既知の死刑執行が1995年であるため、約31年間にわたって執行が確認されていない一方、死刑を定める法的枠組みは残されている。

このため、レソトは「死刑制度を積極的に運用する国」と「死刑を法律上廃止した国」の中間に位置するような状態にある。ただし、国際的な法的分類では中間的な独立カテゴリーではなく、明確に存置国として扱われる点には注意が必要である。

国際社会から見れば、レソトの長期的な執行停止は廃止に向けた重要な事実である。しかし、国際人権機関が求めているのは単なる執行停止ではなく、死刑を法制度から除去し、第2選択議定書への加入などによって廃止を恒久化することである。

2025年の普遍的定期審査で、アイスランド、アイルランド、ニュージーランドなどから具体的な廃止勧告が出されたことは、この問題が現在も国際的な人権課題であることを示している。レソトがこれらの勧告を「留意」としたことも、2026年現在、国際的な廃止要求と国内の法的立場が一致していないことを示す重要な材料である。

したがって、レソトの死刑制度をめぐる今後の焦点は、死刑執行の再開そのものよりも、長期間続いてきた執行停止を法律上の廃止へ転換するかどうかにある。これは単なる刑罰の問題ではなく、生命権、司法制度、被害者の権利、国際人権法、国内政治を横断する制度改革の問題である。

まとめ

レソトは2026年10月時点で、法律上は死刑を存置しているが、1995年以降、既知の死刑執行がない国である。2025年にも死刑執行は確認されておらず、長期間にわたる事実上の執行停止が続いている。

しかし、法的には死刑制度が廃止されたわけではない。さらに、死刑廃止を目的とする第2選択議定書にも加入しておらず、2025年の普遍的定期審査で示された死刑完全廃止などの勧告も「留意」にとどめている。

以上を踏まえると、レソトの死刑制度を理解するための最も重要なキーワードは、「法律上の存置」「1995年以降の執行停止」「国際的な廃止勧告」「第2選択議定書への未加入」の4点である。これらを切り離さずに見ることで、レソトがなぜ「死刑を使っていないのに、なお死刑存置国なのか」という問題を理解できる。


参考・引用リスト

  • アムネスティ・インターナショナル「2025年の死刑判決・執行に関する年次統計」
  • アムネスティ・インターナショナル「レソトに関する国別人権情報」
  • 世界死刑廃止連盟「レソトの死刑制度に関する国別資料」
  • 国連人権理事会「レソトに対する普遍的定期審査・第4回審査」
  • 普遍的定期審査情報「レソトに対する2025年の勧告一覧」
  • 国連人権高等弁務官事務所「市民的及び政治的権利に関する国際規約・条約データベース」
  • 国連人権高等弁務官事務所「死刑と生命権に関する人権基準・一般的意見」
  • 国際的な死刑廃止団体によるレソトの死刑制度・国際条約加入状況に関する資料
  • レソト政府が国連人権機関に提出した人権状況・司法制度に関する政府資料
  • 国際的な死刑統計および各国の死刑制度を比較する研究資料
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