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エチオピアの死刑制度:司法・人権上の主な問題点

エチオピアの死刑制度を総合的に評価すると、第一に「法律上の死刑存置」、第二に「長期的な執行停止」、第三に「死刑判決の残存」、第四に「刑事司法上の構造的な人権リスク」という四つの要素が同時に存在していることが最大の特徴である。
エチオピア、北部ティグライ州の難民キャンプ(UNICEF)
現状(2026年9月時点)

エチオピアは2026年9月現在、死刑を法律上存置している国である。アムネスティ・インターナショナルはエチオピアを死刑存置国に分類しており、死刑を定める刑事法上の規定そのものは現在も効力を持つため、「エチオピアでは死刑が廃止された」と理解するのは正確ではない。

しかし、法的に死刑が存在することと、実際に死刑が執行されていることは区別する必要がある。エチオピアでは2007年を最後に死刑執行が確認されておらず、2025年についてもアムネスティは少なくとも5件の死刑判決を記録した一方、執行は記録していないため、2026年時点では約19年間にわたる「事実上の執行停止(de facto moratorium)」が続いていると評価できる。

この状況は、エチオピアの死刑制度を単純に「死刑存置国」とだけ分類することの限界を示している。現在の制度は、①死刑を法定刑として維持する、②裁判所が死刑判決を出す可能性を残す、③しかし政府は長期間にわたって執行していない、という三つの層が重なった制度になっている。

さらに重要なのは、死刑執行が停止しているからといって、死刑制度が司法上の問題を失っているわけではないことである。死刑判決を受けた者は、その後の恩赦、減刑、再審、司法救済などが決着するまで極めて重大な不確実性の下に置かれるため、執行がない場合でも死刑制度は人権保障の問題として残り続ける。

国連に提出されたエチオピア政府の資料によれば、2022年11月時点で124人が死刑判決を受けた状態にあり、その内訳は男性122人、女性2人であった。政府はこれらについて、主として加重殺人などの重大犯罪について管轄権を有する上級裁判所・最高裁判所が判決を下したものだと説明している。

したがって、現在のエチオピアの死刑制度を評価する際には、「執行されていないから問題がない」という見方は成立しない。むしろ、死刑を存置したまま長期間執行しない制度が、司法上の確定性、死刑囚の処遇、再審・恩赦へのアクセス、さらには将来的な政治状況の変化による執行再開の可能性をどのように扱っているかが重要な論点になる。

刑事法上の位置づけと「最も重大な犯罪」要件からの逸脱

エチオピア刑法は死刑を一般的な刑罰として無制限に認めているわけではない。刑法117条は、死刑を「重大な犯罪」について、かつ「特に危険な犯罪者」に対して、法律が明示的に死刑を刑罰として定めている場合に限って科すという原則を掲げ、さらに犯罪時に18歳未満であった者には死刑を科すことができないとしている。

また、死刑判決を実際に執行するためには国家元首による確認が必要とされ、恩赦や減刑によって刑が変更されないことを確認する手続も要求されている。刑法上はこのように、死刑を例外的な刑罰として扱うための一定の安全装置が設けられている。

中心的な問題は、国内法がいう「重大な犯罪」と、国際人権法がいう「最も重大な犯罪(most serious crimes)」が必ずしも同じ意味にならないことである。自由権規約6条について国連人権委員会が示している解釈では、「最も重大な犯罪」は限定的に理解され、原則として意図的な殺人を伴う極めて重大な犯罪に限られるとされている。

この基準から見ると、問題は死刑という刑罰の存在そのものだけではなく、どの犯罪を死刑の対象に含めるかという「適用範囲」にある。エチオピアの刑法には、加重殺人だけでなく、反逆、スパイ活動、軍事犯罪、加重強盗など、生命の意図的な剥奪を必ずしも直接の構成要件としない犯罪についても、死刑が関係し得る規定が存在する。

特に加重殺人については、刑法539条が、計画性や残虐性などの加重事情が存在する場合に無期懲役または死刑を定めている。これは「死刑の中心的対象を意図的殺人に限定する」という国際人権法上の方向性と比較すれば、比較的整合性を説明しやすい部分である。

一方で、死刑の対象が殺人罪だけに収束していない点には注意が必要である。死刑の対象犯罪が国家の安全、政治秩序、軍事、テロなどの領域へ広がるほど、刑罰の必要性を判断する際に「人命を意図的に奪ったか」という客観的基準だけではなく、国家安全保障や政治的評価が入り込む余地が大きくなる。

この問題は、紛争や政治的緊張が続くエチオピアでは特に重要である。人権団体や国連機関が指摘してきた恣意的拘禁、拷問、司法手続上の問題などが存在する状況で、死刑の対象となる犯罪類型が広ければ、誤判や政治的に偏った訴追が発生した場合の結果は取り返しのつかないものになる。

つまり、エチオピアの死刑制度をめぐる第一の問題は、「死刑が実際に執行されているか」だけではない。より本質的なのは、死刑を科すことができる犯罪の範囲が国際人権法上要求される「最も重大な犯罪」という厳格な基準を十分に満たしているのか、そしてその判断を担保する司法制度が十分に独立・公正であるのかという点にある。

2024年に提出されたエチオピアに関する国連普遍的定期審査(UPR)のステークホルダー報告でも、同国が死刑を正式に廃止しておらず、死刑適用を「最も重大な犯罪」に限定する措置も十分ではないとの問題提起がなされている。さらに、死刑事件において迅速かつ一貫した弁護人へのアクセスなど、公正な裁判を確保するための保障が不足しているとの指摘もある。

したがって、現段階での評価は「死刑を長期間執行していないため、人権上の問題は縮小している」とするよりも、「死刑執行を停止している一方で、死刑判決を可能にする法制度と対象犯罪の広がりを残し、さらに刑事司法制度そのものにも重大な人権上の課題が存在する」とする方が適切である。この点が、次に検討する「適用罪の広がり」と「国際法との乖離」を理解するための出発点となる。

適用罪の広がり

エチオピアの死刑制度を評価する際には、単に「死刑が存在する」という事実ではなく、どのような犯罪に対して死刑判決を科すことが法律上可能なのかを見る必要がある。刑法117条は死刑を重大な犯罪に対する例外的な刑罰として位置づけているが、実際の犯罪類型を見ると、死刑は加重殺人だけに限定されているわけではない。

刑法上、加重殺人は死刑の主要な対象となる犯罪であり、特に計画性、残虐性、被害者の立場などの加重事情が存在する場合には、無期懲役または死刑が選択肢となる。この部分については、死刑の対象を意図的な生命剥奪に近い重大犯罪に限定するという国際的な基準との間に一定の接点がある。

問題が複雑になるのは、国家の安全保障や政治秩序に関係する犯罪にも死刑規定が存在することである。エチオピア刑法には反逆、軍事上の重大犯罪、スパイ活動など、犯罪の性質によっては必ずしも「意図的な殺人」を中核としない行為についても死刑を科し得る規定が置かれている。

こうした規定には、国家の存立を守るという刑事政策上の論理がある。国家機密の漏洩や敵国への協力などを極めて重大な犯罪として扱うこと自体は各国の刑法に見られるが、死刑という不可逆的な刑罰を適用する場合には、単なる国家利益への侵害と生命に対する重大な犯罪を同列に扱ってよいのかという問題が生じる。

さらに重要なのは、テロリズム関連の刑事立法である。エチオピアでは国家安全保障を重視したテロ対策法制が整備されてきたが、テロリズムという広い概念を刑事法上どのように定義するかによって、死刑の適用範囲にも大きな差が生じる。

国際人権法の観点では、「テロリストだから死刑にしてよい」という考え方は成立しない。たとえ国家に対する重大な脅威と評価される行為であっても、自由権規約6条の下では、死刑を適用できる犯罪は「最も重大な犯罪」に限定されなければならないからである。

したがって、エチオピアの問題は、個々の犯罪について死刑判決が実際にどれだけ出されたかだけではなく、法令上の対象犯罪が国際人権法の許容範囲を超えて広がり得る構造を持っていることにある。特に政治的対立や武力紛争が存在する環境では、「国家に対する犯罪」というカテゴリーが広く解釈される危険性を無視できない。

国際法との乖離

死刑制度に対する国際的な規範の中心の一つが、国際人権規約の一つである「市民的及び政治的権利に関する国際規約(自由権規約)」である。自由権規約6条は生命に対する権利を保障するとともに、死刑を廃止していない国においても、その適用を厳格な条件の下に置いている。

同条2項は、死刑存置国についても、死刑を「最も重大な犯罪」に対してのみ科すことを認めている。この「最も重大な犯罪」は、国連人権委員会の一般的意見36号において、極めて限定的に解釈されており、原則として意図的な殺人を伴う犯罪を中心とするものとされている。

この基準は、死刑制度を存置している国が、国家安全保障、経済犯罪、薬物犯罪、政治犯罪など、生命の剥奪を直接の結果としない犯罪に死刑を広げることを抑制する役割を果たしている。したがって、国内法上「重大な犯罪」と規定されているというだけでは、国際人権法上の「最も重大な犯罪」を満たしたことにはならない。

エチオピアは自由権規約の締約国であるため、この国際的な基準を無視することはできない。さらに、アフリカ人権憲章に基づくアフリカ地域の人権制度も存在しており、死刑をめぐる議論は国内刑法だけで完結するものではない。

ここで重要なのは、国際法上の死刑規制が単なる「死刑反対」という政治的主張ではないことである。死刑を存置する国に対しても、対象犯罪の限定、適正手続の保障、差別的・恣意的な適用の禁止、恩赦・減刑へのアクセスなど、複数の条件が要求されている。

したがって、エチオピアの死刑制度については、二つの問題を分けて考える必要がある。第一は死刑制度そのものが生命権と両立するのかという廃止論の問題であり、第二は、死刑を存置するという現在の立場を前提としても、その適用方法が国際法の最低基準を満たしているのかという問題である。

後者の観点から見ると、死刑の対象犯罪が広く設定されること、政治的・軍事的事件で刑事訴追が行われること、司法制度そのものの独立性や公正性について懸念が存在することは、相互に関連した問題となる。死刑事件では誤判を後から完全に回復することができないため、通常の刑事事件以上に厳格な手続的保障が必要になる。

国連人権機関は、死刑を科す可能性のある裁判について、特に高い水準の公正な裁判保障が必要だとしている。死刑判決に至る過程で重大な手続違反があれば、それは単なる刑事訴訟上の瑕疵ではなく、生命権の侵害につながる問題になる。

司法手続き上の保障と公正な裁判(フェアトライアル)の欠如

死刑制度の最大の問題の一つは、刑罰そのものと裁判手続を切り離して考えることができない点にある。死刑が不可逆的な刑罰である以上、裁判所が事実認定を誤った場合、後から誤判を完全に回復することができない。

エチオピアの司法制度については、国連機関、国際人権団体、法律家団体などから、司法の独立性、拘禁者の権利、弁護士へのアクセス、裁判の遅延などに関する問題が繰り返し指摘されてきた。特に国内の政治的緊張や武力紛争が高まった時期には、通常の刑事司法手続が安全保障上の理由によって制約される危険性が大きくなる。

2020年以降のティグライ紛争をはじめ、国内各地で武力衝突や非常事態が発生したことは、この問題をさらに複雑にした。紛争地域では治安機関による拘束、通信制限、移動制限などが発生しやすく、被疑者が自らの権利を理解し、弁護士と十分に相談し、証拠を収集することが困難になる場合がある。

公正な裁判の核心は、裁判所が形式的に存在することだけではない。被告人が罪を争うための十分な時間と施設を与えられ、独立した裁判所で審理され、弁護士による実効的な援助を受け、証人を尋問し、証拠に反論できることが必要になる。

特に死刑事件では、通常の刑事事件よりも慎重な審理が要求される。犯行動機、故意の有無、共犯関係、証拠の信用性、違法収集証拠の有無、被告人の精神状態など、判決を左右する事項について高度な検証が必要だからである。

ところが、司法制度そのものが政治的圧力、治安上の制約、人的・財政的資源の不足などによって十分に機能しなければ、死刑制度は極めて危険なものになる。刑罰の重さに対して、それを支える司法制度の信頼性が十分でなければ、誤判という取り返しのつかない結果につながる可能性がある。

ここでは「死刑判決が誤っていることが証明されたか」という狭い問いだけでは不十分である。むしろ、国家が死刑を科す前提として、誤判を合理的に防止できるだけの制度的保障を提供しているかを検証する必要がある。

エチオピアの場合、長期間にわたる紛争や政治的不安定性を考慮すると、この点は特に重要になる。中央政府と反政府勢力、民族・地域間の対立、テロ対策などが刑事司法と結びついた場合、刑事事件が純粋な犯罪捜査ではなく政治・安全保障上の対立の延長として扱われる可能性があるためである。

さらに、裁判手続の問題は、死刑判決そのものだけでなく、その後の上訴や再審査にも関係する。第一審で重大な誤りが生じても、被告人が適切な弁護士を確保できず、記録を十分に検討できず、上級審へのアクセスが実質的に制限されれば、司法による救済機能は大きく低下する。

この意味で、エチオピアの死刑制度を評価する際には、「死刑執行件数が少ない」という統計だけを見るべきではない。死刑判決が下されるまでの捜査、逮捕、拘禁、取調べ、起訴、第一審、上訴、恩赦という一連の過程全体を一つの司法システムとして評価する必要がある。

そして、この一連の過程の中でも特に重要なのが、被告人に実効的な弁護を受ける権利が保障されているかという問題である。次回はこの点を出発点として、「弁護権の制限」→「自白の強要と拷問」→「政治的利用と紛争地域における恣意的な運用」→「政治犯への適用リスク」へと検討を進める。

弁護権の制限

死刑制度において、弁護権は単なる刑事手続上の一権利ではなく、生命権を守るための最重要の保障の一つである。被告人が十分な弁護を受けられなければ、捜査段階で収集された証拠の問題点を指摘できず、虚偽の自白や証人証言を争うことも困難になり、最終的に誤った死刑判決につながる危険が高まる。

エチオピア憲法は、被告人が弁護士による援助を受ける権利を認めており、重大な犯罪については、本人が弁護士を雇うことができない場合に国家が法的援助を提供することも想定している。しかし、法文上の権利が存在することと、実際に十分な弁護活動を受けられることは別問題であり、特に地方部や紛争地域ではその実効性に大きな制約が生じ得る。

エチオピアでは弁護士や裁判所など司法インフラが首都アディスアベバに集中しており、地方では法律専門家へのアクセスが限定されるという構造的問題が存在する。紛争によって裁判所が機能しなくなったり、交通・通信が途絶したりすれば、被拘禁者が弁護士と接触すること自体が難しくなる。

死刑事件では、この問題は特に重大である。被告人が逮捕直後から弁護士と自由かつ秘密裏に相談できること、弁護士が捜査記録を確認できること、証拠を独自に検証できること、上訴のための十分な時間が与えられることが不可欠だからである。

国連人権委員会も、死刑事件については、弁護人へのアクセスを含む公正な裁判の保障が特に厳格に要求されるとの立場を示している。死刑が科され得る事件では、被告人の弁護権が形式的に存在するだけでは足りず、実効的な法律扶助が提供されなければならない。

ここで問題となるのが、貧困と司法アクセスの関係である。エチオピアでは経済的に余裕のない被告人が多数存在するため、私選弁護士を雇う能力には大きな格差がある。

国家による法律扶助制度が十分に機能しなければ、裕福な被告人と貧しい被告人との間で刑事司法上の防御能力に大きな差が生まれる。死刑という最も重い刑罰が、社会経済的に弱い立場の人ほど受けやすい制度になっていないかという観点からも検証が必要になる。

さらに、弁護士自身が政治的・治安上の圧力を受ける場合には、弁護権の問題は一段と深刻になる。紛争や政治的対立に関連する事件では、被告人を弁護すること自体が政府や治安当局から敵対的行為とみなされる危険があり、これによって弁護士が事件への関与をためらえば、被告人の権利は実質的に失われる。

したがって、死刑制度の公正性を判断するためには、「弁護士を付けることが法律上可能か」という形式的な問いだけでは不十分である。逮捕時から判決確定まで、被告人が実際に独立した弁護士と相談でき、十分な準備時間を持ち、弁護士が自由に証拠を収集・提出できる環境が確保されているかを確認する必要がある。

自白の強要と拷問

死刑制度と拷問禁止の問題は密接に結びついている。拷問や脅迫によって得られた自白を死刑判決の根拠として利用すれば、国家は本人の意思に反して得られた証拠によって生命を奪うことになり、司法制度全体の正当性が根本から損なわれる。

エチオピア憲法は拷問、残虐、非人道的または品位を傷つける取扱いを禁止している。また、国際人権法上も拷問禁止は極めて強い性格を持つ権利であり、国家が治安上の必要性を理由として自由に制限できる権利ではない。

それにもかかわらず、国連機関や国際人権団体は、エチオピアの拘禁施設や紛争地域における拷問・虐待、恣意的拘禁などについて繰り返し懸念を表明してきた。特に武力紛争が発生している地域では、拘禁者が外部との連絡を絶たれ、家族や弁護士から隔離されることで、虐待が発生しても発見・救済が遅れる危険がある。

自白中心の捜査には構造的な問題がある。捜査機関が物的証拠や独立した証言を十分に収集するよりも、容疑者から自白を獲得することを重視すれば、捜査官にとって自白を得るための圧力を正当化する誘惑が生じる。

しかも、拘禁された人物が「自分は無実だ」と主張しても、外部から確認できる証拠が少なければ、その主張を裁判所が十分に検証できない場合がある。特に死刑事件では、こうした捜査上の弱点が一つ存在するだけでも、誤判のリスクは極めて重大になる。

自白が後に撤回された場合も問題は終わらない。一度裁判所に自白が提出されると、その心理的影響は大きく、たとえ後から自白の任意性に疑問が生じても、裁判官や社会がその内容を完全に無視することは容易ではない。

このため、死刑事件では自白の存在そのものよりも、自白がどのような状況で得られたのかを厳格に検証する必要がある。取調べの録音・録画、弁護士の立会い、拘禁記録、医療記録、独立した医学的検査などを通じて、自白の任意性を客観的に確認できる制度が重要になる。

拷問の禁止は単なる人道上の原則ではなく、司法の正確性を確保するための制度的条件でもある。拷問によって得られた自白は、真実を明らかにする証拠ではなく、被拘禁者が苦痛から逃れるために捜査官の期待する内容を述べた可能性があるからである。

したがって、エチオピアで死刑制度を存続させるのであれば、拷問・虐待を完全に排除し、違法な取調べによって得られた証拠を裁判から排除する制度が不可欠になる。しかし、紛争地域や国家安全保障事件では、その原則を実際に貫徹することが難しいという問題が残る。

政治的利用と紛争地域における恣意的な運用

エチオピアの死刑制度をめぐる問題を理解するうえで、国内の政治的不安定性と武力紛争を無視することはできない。2020年から2022年にかけてのティグライ紛争をはじめ、アムハラ州やオロミア州などでも武力衝突や治安上の緊張が続き、国家安全保障を理由とする拘禁・訴追が人権問題と結びついてきた。

紛争時には政府が「国家の安全」を最優先するため、通常時には認められている司法上の保障が実質的に弱まる危険がある。テロ対策、反乱対策、反逆罪などの広い犯罪概念が適用されると、武装勢力との関係が疑われる人物だけでなく、政治活動家、ジャーナリスト、地域社会の指導者などまで治安上の脅威として扱われる可能性がある。

この問題に死刑が組み合わされると、刑罰の政治的利用に伴う危険はさらに増大する。通常の刑事事件であれば、誤判による長期拘禁を後から補償する可能性が残るが、死刑では執行されれば回復不能だからである。

ここでいう「政治的利用」は、政府が明示的に「政治犯を死刑にする」と宣言することだけを意味しない。政府に批判的な人物に対して、政治的対立を背景として広い安全保障犯罪を適用し、その結果として死刑判決が可能になるという間接的な構造も含まれる。

国際人権機関がエチオピアの紛争地域における恣意的拘禁や人権侵害を問題視してきた背景には、このような国家安全保障と司法の境界が曖昧になる問題がある。刑事司法が政治的・軍事的目的に従属すれば、裁判所が行政機関や治安機関の判断を十分に審査できなくなる可能性がある。

また、紛争地域では裁判制度そのものが通常通り機能しない場合がある。裁判所職員の避難、司法施設の破壊、交通網の遮断、通信障害などが発生すれば、被告人が裁判を受ける権利を行使することは極めて困難になる。

その結果、同じ犯罪を犯したとされる人物であっても、居住地域、民族的背景、政治的立場、紛争当事者との関係などによって、逮捕される可能性や拘禁期間、起訴される可能性が異なるという事態が生じ得る。これは刑罰制度における法の平等という原則と正面から衝突する。

特に危険なのは、緊急事態が長期化することで、例外的な措置が通常の刑事司法の一部として固定化されることである。治安上の危機が続けば、政府は「安全保障上必要」という理由で通常より広い捜査権限や拘禁権限を維持しやすくなる。

死刑はそのような状況に最も適さない刑罰である。国家が政治的に不安定な時期に広範な刑事権限を行使し、しかもその最終手段として生命を奪う刑罰を保持している場合、司法制度に対する社会的信頼を大きく損なう可能性がある。

政治犯への適用リスク

エチオピアにおいて、すべての政治的に敏感な事件が死刑事件になると断定することはできない。実際、近年の死刑判決の中心が加重殺人などの重大犯罪であることを考慮すれば、死刑制度全体を「政治犯処刑制度」と表現するのは過度に単純化している。

しかし、「実際にどれだけ政治犯が死刑になったか」という統計だけでは、制度上のリスクを十分に評価できない。重要なのは、政治的対立と関係する犯罪類型に死刑を科し得る法的余地が存在し、さらに紛争地域で司法上の保障が弱まる状況が重なることである。

たとえば、政府への武力抵抗、反乱勢力への協力、国家機密の漏洩、敵対勢力への支援などをどのように認定するかは、単純な殺人事件よりも政治的評価の影響を受けやすい。特に「敵への協力」や「国家の安全を害する行為」の範囲が広く解釈されれば、合法的な政治活動と犯罪行為との境界が曖昧になる可能性がある。

そのため、死刑制度の人権上の評価では、現在の死刑判決件数だけでなく、将来どのような政治状況で死刑が適用可能なのかを検討する必要がある。政治権力が変化した場合や、内戦・非常事態が発生した場合でも、司法機関が政治的圧力から独立して死刑適用を制限できる制度になっているかが重要になる。

この観点から見ると、エチオピアの死刑制度の問題は、単なる「死刑存置か廃止か」という二者択一ではない。むしろ、死刑を存置する法制度と、紛争・政治的緊張・司法アクセスの不足・拘禁中の人権侵害が重なった場合に、国家による刑罰権がどこまで恣意的に利用され得るかという制度的リスクにある。

こうした問題を踏まえると、次に検討すべきなのは、死刑制度が実際の法執行過程でどの程度一貫して運用されているのかという問題である。エチオピアでは死刑判決を受けた者が長期間にわたって執行されない一方、恩赦・減刑・再審などの帰結が明確にならず、死刑囚が「執行されることも、完全に解放されることもない」状態に置かれる問題が生じている。

機動的な法の執行

エチオピアの死刑制度を考えるうえでは、法律がどのような刑罰を定めているかだけでなく、その法律が実際にどのように執行されるのかを見る必要がある。死刑制度の場合、判決、上訴、最高裁による審査、恩赦・減刑、最終的な執行という複数の段階が存在するため、各段階が適切に機能しているかが制度の信頼性を左右する。

エチオピアでは、死刑判決が出されたとしても直ちに執行されるわけではない。刑法上、死刑の執行には国家元首による確認など一定の手続が関係しており、司法判断がそのまま自動的に生命の剥奪へ移行する制度ではない。

このような安全装置は、人権保障の観点から重要な意味を持つ。死刑判決後に上級審による審査や恩赦・減刑の可能性を残すことによって、第一審判決の誤りを修正する余地が確保されるからである。

しかし、安全装置が存在することと、それが迅速かつ効果的に機能することは別問題である。手続が長期化すれば、死刑判決を受けた者は極めて長期間にわたって将来の帰結が不明確な状態に置かれることになる。

また、政治的・行政的な判断が死刑の最終的な執行を左右する制度では、法律だけを読んでも実際の死刑制度の姿を完全には把握できない。司法判断、行政判断、恩赦制度、政治情勢が重なり合うため、死刑囚の法的地位が複雑になる。

さらに、エチオピアのように政治情勢や治安状況が大きく変化する国では、刑事政策が政権や時期によって変化する可能性がある。ある時期には死刑執行を停止し、別の時期には治安政策の強化によって死刑判決の増加や執行再開が検討される可能性も理論上は残る。

したがって、長期間執行されていないという事実だけから、「死刑制度は実質的に無害になった」と評価することはできない。法的に死刑が存続している以上、国家には将来的に執行を再開する権限が残されており、死刑囚自身もその不確実性の下に置かれるためである。

法執行の不確実性と「法的な宙ぶらりん」状態(死刑囚の長期収容)

エチオピアの死刑制度における重要な問題の一つが、死刑判決後の長期収容である。死刑執行が長期間停止している場合、死刑囚は刑務所に収容されながら、実際にはいつ執行されるのか、減刑されるのか、恩赦されるのか、あるいは判決が変更されるのかが明確にならない状態に置かれることがある。

この状態はしばしば「法的な宙ぶらりん」と表現できる。死刑判決という極めて重い法的地位を維持しながら、国家が長期間にわたって執行しないという制度上の矛盾が、死刑囚の生活を不安定なものにするからである。

国際人権法の観点では、長期間の死刑囚収容については、単純に「執行されていないのだから生命権侵害ではない」とすることはできない。拘禁環境、収容期間、心理的苦痛、家族との接触、医療へのアクセスなどを総合的に評価し、非人道的または品位を傷つける取扱いに該当しないかを検討する必要がある。

特に死刑囚の場合、通常の受刑者とは異なる心理的負担が発生する可能性がある。自らの生命が国家によって奪われる可能性を常に意識しながら、何年にもわたって判決の最終的な帰結を待つことは、極めて強い精神的ストレスを生じさせ得る。

この問題は、いわゆる「death row phenomenon(死刑囚拘禁に伴う特殊な心理的・身体的負担)」の議論とも関連する。死刑執行までの長期間を単独または厳格な条件の下で過ごすこと、執行時期が分からないこと、家族との関係が断たれることなどが重なれば、拘禁そのものが人権問題となる。

もっとも、エチオピアのすべての死刑囚が同じ条件で長期収容されていると断定することはできない。刑務所ごとの環境、地域差、個々の事件の手続状況などによって処遇は異なる可能性があるため、評価には具体的な拘禁施設や個別事例の確認が必要である。

それでも、制度全体として見れば、死刑判決を維持したまま執行しない期間が長期化するほど、死刑囚の法的地位をどのように整理するのかという問題が大きくなる。特に再審や減刑の制度が実効的に機能しなければ、死刑囚は事実上、期限のない刑罰の待機状態に置かれる可能性がある。

ここには「刑罰の確定性」という刑事司法上の基本問題もある。国家が刑罰を科すのであれば、その刑罰がどのような内容で、どの期間続き、どの条件で終了するのかが一定程度予測可能でなければならない。

死刑の場合、この問題はさらに深刻になる。執行されれば生命が失われ、執行されなければ長期の極端な不確実性が続くため、いずれの帰結においても国家による慎重な手続管理が必要になる。

事実上のモラトリアムと非人道的な処遇

エチオピアでは2007年以降、死刑執行が確認されていない。2025年についてもアムネスティ・インターナショナルは死刑執行を記録しておらず、同国は長期間にわたって事実上の死刑執行停止状態にある。

この事実は、人権保護の観点から一定の重要性を持つ。実際の執行が行われないことで、誤判によって生命が奪われる直接的な危険が低下するからである。

しかし、モラトリアムは死刑廃止と同じではない。死刑を定める法律が残り、裁判所が死刑判決を下す可能性も残っている以上、国家は将来的に執行を再開することができる。

そのため、国際人権団体は、死刑執行が停止している国に対しても、最終的には法律上の死刑を廃止することを求めることが多い。死刑の廃止によって初めて、国家が再び執行を開始する可能性そのものを制度的に排除できるからである。

エチオピアの場合、長期的なモラトリアムは、国内における死刑廃止に向けた政治的・法的転換の可能性を示す材料にもなる。一定期間執行を行っていないという事実は、死刑が犯罪抑止や刑事司法に不可欠ではないことを示す一つの経験的材料として評価できる。

一方で、死刑判決が現在も出されていることは、モラトリアムの限界を示している。2025年にも複数の死刑判決が記録されているため、死刑制度は単なる歴史的遺物ではなく、現在の刑事司法制度の中に残存している。

さらに重要なのが、死刑囚の拘禁環境である。刑務所の過密、医療サービスへのアクセス不足、衛生状態、食事、家族との面会、弁護士との接触などに問題があれば、死刑が執行されなくても死刑判決に伴う拘禁そのものが人権問題になる。

エチオピアの刑務所・拘禁施設については、国際機関や人権団体が、過密状態、劣悪な衛生環境、医療へのアクセスの不足、拘禁者への虐待などについてさまざまな懸念を報告してきた。こうした一般的な拘禁環境の問題は、死刑囚にも影響する可能性がある。

ただし、ここでも個別の死刑囚について一律に「非人道的処遇を受けている」と断定することは適切ではない。重要なのは、死刑制度を運用する国家が、死刑判決を受けた者についても生命・身体・尊厳を保障する拘禁基準を確実に実施しているかを検証することである。

また、家族との関係も重要な論点になる。死刑囚が長期間収容される場合、家族は「いつまでこの状態が続くのか」という不確実性を抱えることになり、本人だけでなく家族にも社会的・経済的負担が及ぶ可能性がある。

したがって、事実上のモラトリアムは、死刑制度の人権問題を解消するものではない。むしろ、「執行を停止した状態を恒久化するのか」「死刑判決を減刑・無期刑などへ転換するのか」「最終的に死刑そのものを廃止するのか」という次の政策判断を要求する段階に入っていると評価できる。

今後の展望

エチオピアの死刑制度について、最も明確な改革の方向性は法律上の死刑を廃止することである。すでに長期間にわたって執行が停止していることを踏まえれば、死刑廃止へ移行することは、既存の刑事司法制度を根本的に再構築するというより、長年形成されてきた事実上のモラトリアムを法的に確定させる意味を持つ。

第一段階として考えられるのは、死刑執行の停止を維持するとともに、現在死刑判決を受けている者について個別に再審査を行うことである。重大な手続違反、証拠上の疑問、弁護権侵害、拷問・強要された自白などが疑われる事件については、特に厳格な再検討が必要になる。

第二段階として、死刑判決を受けた者の減刑制度を明確化することが重要である。長期間執行されていない死刑判決について、無期刑などへ自動的または一定の基準に基づいて変更する制度を設ければ、「死刑囚の長期的な宙ぶらりん状態」を縮小できる。

第三段階では、死刑に代わる刑罰体系を整備する必要がある。単に死刑という刑罰を削除するだけではなく、加重殺人など最も重大な犯罪について適切な長期自由刑を設定し、被害者・遺族の権利、再犯防止、社会復帰、刑事司法の公平性を総合的に考える必要がある。

同時に、死刑制度の問題を司法制度全体の改革から切り離すことはできない。弁護人へのアクセス、司法の独立、拘禁施設の監視、拷問防止、違法収集証拠の排除、上訴制度の実効性などを強化しなければ、死刑を廃止したとしても刑事司法上の人権問題そのものが消えるわけではない。

特に重要なのは、紛争地域や国家安全保障事件における司法手続の強化である。治安上の必要性を理由として被告人の基本的権利を広範に制限すれば、死刑を廃止した後でも、長期拘禁や拷問、政治的訴追など別の重大な人権問題が残る。

国際社会との関係では、エチオピアが死刑廃止に向けた明確なロードマップを示すことが望ましい。アフリカでは死刑廃止または執行停止を進める国が増えており、エチオピアが恒久的なモラトリアムから法的廃止へ進むことは、地域的な人権基準の強化にもつながり得る。

もっとも、死刑廃止を実現するには政治的・社会的な合意が必要になる。重大犯罪の被害者や遺族が死刑を正義の象徴として捉える場合もあるため、廃止政策を進める際には、単に「人権上必要だから廃止する」と説明するだけでなく、重大犯罪への処罰、被害者支援、再犯防止をどのように確保するのかを同時に示す必要がある。

最終的には、死刑制度の問題を「死刑を執行するか、しないか」という二択で捉えるのではなく、国家が刑罰権をどのような制約の下で行使するのかという、より広い法治国家の問題として捉える必要がある。エチオピアの場合、長期モラトリアムを法的廃止へ転換すると同時に、司法の独立、公正な裁判、弁護権、拷問禁止、拘禁者の尊厳を総合的に強化することが最も重要な課題となる。

まとめ

以上の検討から明らかになるのは、エチオピアの死刑制度が単純な「死刑存置国」という一語では十分に説明できない制度的特徴を持っていることである。2026年9月時点でも死刑は法律上存置されているが、2007年以降、死刑執行は確認されておらず、2025年にも少なくとも5件の死刑判決が記録された一方で執行は記録されていない。

したがって、現在のエチオピアは「死刑制度を廃止した国」ではなく、「死刑を法制度上維持しながら、長期間にわたり執行を停止している国」と位置づけるのが正確である。この状態は一定の生命権保護効果を持つ一方、死刑判決そのものをなくしたわけではないため、司法・人権上の問題を根本的に解消するものではない。

第一の問題は、死刑の対象犯罪と国際人権法上の「最も重大な犯罪」との関係である。エチオピア刑法117条は、死刑を「重大な犯罪」および「特に危険な犯罪者」に限定し、18歳未満で犯罪を行った者への死刑を禁止するとともに、国家元首による確認や恩赦・減刑の確認を執行前の条件としている。

国内法上は死刑を例外的刑罰として扱う構造が存在しているものの、国際人権法上の基準はさらに厳格である。自由権規約6条の解釈では、死刑を存置する国であっても、その対象は「最も重大な犯罪」に限定されるべきであり、国連人権委員会はこれを原則として意図的な殺人を伴う極めて重大な犯罪に限定して解釈している。

この点から見ると、加重殺人を死刑の中心的対象とするエチオピア刑法の構造には国際基準との一定の整合性がある。実際、刑法539条は、計画性、残虐性、犯罪組織への関与、他の犯罪を助長・隠蔽する目的などの加重事情を伴う意図的殺人について、無期懲役または死刑を規定している。

しかし、問題は死刑に関係し得る犯罪が殺人だけに限定されていないことである。国家安全保障、反逆、軍事犯罪などの領域に死刑の適用可能性が存在する場合、生命を意図的に奪った犯罪と国家秩序への重大な侵害を同じ刑罰体系の中で扱うことになり、「最も重大な犯罪」という国際基準との緊張が生じる。

第二の問題は、死刑判決を支える司法手続の信頼性である。死刑は不可逆的な刑罰であるため、通常の刑事事件以上に高い水準の公正な裁判が必要になる。逮捕、取調べ、起訴、第一審、上訴、再審、恩赦という一連の過程のどこか一つでも重大な瑕疵があれば、誤判によって生命が失われる可能性がある。

エチオピアでは、政府自身が死刑判決について高等裁判所・最高裁判所などの管轄裁判所が重大犯罪について判断していると説明している。2022年11月時点で政府が示した数字では、死刑囚は124人であり、男性122人、女性2人とされ、その多くが加重殺人などで有罪判決を受けたと説明されている。

しかし、裁判所が形式的に存在していることだけでフェアトライアルが保障されるわけではない。国際的な人権監視では、エチオピアにおいて政府批判者や反対派の長期拘禁、裁判所の判断を当局が無視・不服申立てする事例、司法手続の独立性への懸念などが指摘されている。

この点は死刑制度にとって特に重大である。仮に政治的に敏感な事件で、被告人が十分な弁護を受けられず、証拠へのアクセスが制限され、裁判所が行政・治安機関から十分に独立していなければ、死刑という不可逆的刑罰を適用するための制度的条件が満たされているとは評価しにくい。

第三の問題は、弁護権と自白の任意性である。死刑事件では、弁護士への迅速なアクセス、十分な準備時間、証拠開示、証人尋問、上訴などが単なる形式的権利ではなく、誤判を防止するための不可欠な制度となる。

特に捜査段階での自白が重視される場合、拷問や脅迫によって得られた自白をどのように排除するかが重要になる。エチオピアでは憲法上、拷問や残虐・非人道的・品位を傷つける取扱いは禁止されているが、紛争や治安上の緊張が存在する地域では拘禁者の権利保障が弱まる危険がある。

拷問禁止は人道上の問題であるだけではない。拷問による自白は、捜査機関が期待する内容を被拘禁者に言わせる可能性があり、事件の真相を明らかにするどころか、誤判の原因となるからである。

第四の問題は、政治的利用と紛争地域における恣意的な法執行のリスクである。エチオピアではティグライ紛争をはじめ、国内各地で武力衝突や政治的緊張が続いてきたため、テロ対策、反乱対策、国家安全保障などの法執行と政治的対立との境界が曖昧になりやすい。

ヒューマン・ライツ・ウォッチは、政府批判者、ジャーナリスト、野党関係者などについて、長期間の拘禁や裁判所の判断を無視する当局の対応を報告している。2025年版の国別報告でも、複数のジャーナリストや政治活動家が起訴されないまま長期間拘禁されていた事例が記録されている。

このような状況では、死刑制度が実際に政治犯へ大量適用されているという事実が確認されなくても、制度上のリスクを無視できない。国家安全保障犯罪の定義が広く、司法の独立性に問題があり、弁護権や拘禁者の権利にも制約が存在する場合、政治的対立が刑事事件へ転換される可能性があるからである。

第五の問題は、死刑執行が停止していることによって生じる「法的な宙ぶらりん」状態である。政府は2022年時点で124人の死刑囚が存在すると説明しており、同時に死刑執行の長期停止が続いているため、死刑判決を受けた者の中には長期間にわたり刑務所に収容され続ける者が存在することになる。

この状態では、「死刑を執行されるのか」「減刑されるのか」「恩赦されるのか」「再審によって判決が変更されるのか」が不明確なまま、受刑者が長期間を過ごすことになる。国家が死刑を執行していないことは生命権の直接的な保護につながるが、それだけで死刑囚の精神的苦痛や拘禁環境の問題が解消されるわけではない。

さらに興味深いのは、エチオピア政府自身が2022年の国連拷問禁止委員会関連資料において、当時の刑事手続法案では、最終判決から2年間死刑が執行されなければ無期懲役へ減刑する仕組みが予定されていると説明していたことである。これは、長期間執行されない死刑判決をどのように処理するかという問題が、エチオピア国内でも認識されていたことを示す。

もっとも、ここで注意すべきなのは、2022年時点の法案上の規定と、2026年9月現在の実施状況を同一視してはならないことである。したがって、「2年経過で現在すべての死刑判決が自動的に無期懲役へ転換されている」と断定することはできず、最新の国内法と施行状況を別途確認する必要がある。

第六の問題は、事実上のモラトリアムを恒久的な死刑廃止へ転換するかという政策選択である。アムネスティ・インターナショナルによれば、2025年末時点で世界145か国が法律上または実務上、死刑を廃止しており、死刑を実際に執行した国は17か国にとどまった。

サブサハラ・アフリカでも死刑をめぐる世界的な流れは長期的には廃止方向にある。2025年に同地域で死刑執行が確認されたのはソマリアと南スーダンであり、エチオピアでは執行が確認されていない。

この国際的な流れから見れば、エチオピアが長年維持してきたモラトリアムを法的な死刑廃止へ転換することには一定の合理性がある。特に2007年以降の長期間にわたる執行停止という事実は、死刑を実際に執行しなくても刑事司法制度が維持できることを示す重要な実績となっている。

もっとも、死刑廃止だけですべての人権問題が解決するわけではない。むしろエチオピアの場合には、死刑廃止と同時に、司法の独立、弁護権、拘禁者の権利、拷問防止、上訴制度、裁判所による行政権力の統制を強化することが必要になる。

総合評価

エチオピアの死刑制度を総合的に評価すると、第一に「法律上の死刑存置」、第二に「長期的な執行停止」、第三に「死刑判決の残存」、第四に「刑事司法上の構造的な人権リスク」という四つの要素が同時に存在していることが最大の特徴である。

法律上は死刑を例外的刑罰として位置づけ、重大犯罪への限定、18歳未満者への適用禁止、国家元首による確認などの安全装置を設けている点は評価できる。特に刑法539条が加重殺人を中心に死刑を規定していることは、「最も重大な犯罪」に限定する国際的方向性との接点を持つ。

しかし、制度の評価は条文だけでは完結しない。国家安全保障や政治的対立に関係する刑事事件、紛争地域における拘禁、弁護権へのアクセス、裁判の独立性、拷問・虐待の防止などに問題があれば、死刑という不可逆的刑罰を安全に運用するための前提条件が崩れる可能性がある。

したがって、エチオピアの死刑制度に対する最も重要な批判は、「死刑という刑罰が存在する」という一点だけではない。むしろ、死刑を科すだけの高い信頼性を持つ司法制度が確保されているのか、政治的・紛争的環境の中でも法の平等と公正な裁判を維持できるのかという点にある。

さらに、2007年以降の執行停止は、死刑制度を維持することの必要性そのものについて再検討する契機になっている。2025年にも死刑判決が確認されている以上、現在の制度は完全な休眠状態ではなく、死刑判決を新たに生み出す制度として存続しているからである。

結論として、エチオピアの死刑制度は「実際に執行されていないから人権上の問題が小さい」と評価するのではなく、「執行を停止している一方で、死刑判決を可能とする法律と司法制度を維持している」という二重構造として評価する必要がある。今後の最も望ましい方向は、長期モラトリアムを法的な死刑廃止へ転換し、同時に刑事司法制度全体の公正性と人権保障を強化することである。

最後に

エチオピアの死刑制度は、国内法上は一定の限定と手続的保障を備えながらも、国際人権法上の「最も重大な犯罪」という基準、フェアトライアル、弁護権、拷問禁止、政治的中立性、長期拘禁という複数の問題と接している。特に紛争と政治的不安定性が続く環境では、刑罰権の恣意的行使を防ぐ制度的保障が極めて重要になる。

そして、死刑が長期間執行されていないという事実は、問題の解決ではなく、制度を廃止するための一つの機会と見ることができる。死刑を廃止し、現在の死刑囚について適切な再審査・減刑を行い、司法の独立と公正な裁判を強化することが、生命権と法の支配を同時に強化する最も一貫した改革となる。

エチオピアのケースが示しているのは、死刑制度の人権問題が「執行数」という統計だけでは測れないということである。刑罰を定める法律、犯罪の定義、捜査方法、取調べ、弁護、裁判、上訴、拘禁、恩赦、政治的環境という制度全体を分析して初めて、死刑制度が社会に及ぼす法的・人権的影響を正確に把握することができる。


参考・引用リスト

  • Amnesty International, Death Sentences and Executions 2025, 18 May 2026. 2025年の死刑判決・執行についての最新の国際比較資料であり、エチオピアについて少なくとも5件の死刑判決が記録されている。
  • Amnesty International, Death penalty in 2025 – Facts and figures, 18 May 2026. 2025年末時点で145か国が法律上または実務上死刑を廃止していることなど、世界的な死刑制度の動向を確認するために使用した。
  • Amnesty International, Human rights in Ethiopia. エチオピアの死刑制度の現在の法的地位を確認するための資料であり、同国を死刑存置国として分類している。
  • Federal Democratic Republic of Ethiopia, The Criminal Code of the Federal Democratic Republic of Ethiopia, Article 117 and Article 539. 死刑の一般原則、執行条件、加重殺人に対する死刑規定など、国内刑法上の位置づけを確認するために使用した。
  • United Nations, Committee against Torture, Ethiopia, Replies of Ethiopia to the list of issues, CAT/C/ETH/RQ/2. 2022年11月時点の死刑囚124人という政府資料上の数字、死刑制度に対する政府の立場、死刑囚の処遇、刑事手続法案における長期未執行死刑の減刑構想などを確認するために使用した。
  • Human Rights Watch, World Report 2025: Ethiopia. 政府批判者、ジャーナリスト、野党関係者の拘禁、フェアトライアルおよびデュー・プロセス上の問題を検討するために使用した。
  • Human Rights Watch, World Report 2024: Ethiopia. 司法手続に対する行政・治安当局の影響、裁判所の判断が無視される事例、政治的反対派の恣意的拘禁などを確認するために使用した。
  • United Nations Human Rights Committee, General Comment No. 36 on Article 6 of the International Covenant on Civil and Political Rights, on the right to life. 「最も重大な犯罪」と死刑の関係、生命権、死刑事件における公正な裁判保障などの国際人権法上の基準を検討する際の基本資料とした。
  • United Nations, International Covenant on Civil and Political Rights, Article 6 and related provisions. 死刑存置国に対する国際法上の生命権保障と死刑適用の限定原則を検討するための基本条約として参照した。
  • Amnesty International, Abolitionist and retentionist countries as of December 2024, 7 April 2025. エチオピアを含む各国の死刑制度の法的・実務的分類を確認するために使用した。
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