コンテンプト・オブ・コート 1-12
二十年前。
アンカレッジ。
夕方。
窓の外では雪が降っていた。
古い事務所の一室。
リサ・グリーンは机の上の書類をまとめていた。
まだ仕事を終える時間ではない。
だが、今日は違った。
何度も窓の外を見る。
電話が鳴る。
リサは受話器を取った。
「リサ・グリーンです」
短い会話だった。
「分かった」
受話器を置く。
リサは時計を見た。
そして、部屋の隅にいた少年を見る。
マイクは椅子に座り、本を読んでいた。
「マイク」
「なに?」
「今日はもう帰るわよ」
「まだ仕事あるんじゃないの?」
「いいの」
リサは机の引き出しを閉めた。
鍵をかける。
「どうしたの?」
「何でもない」
リサはマイクのところまで歩いた。
少年の肩に手を置く。
「帰るわよ」
二人は事務所を出た。
廊下を歩く。
階段を下りる。
リサは何度も後ろを確認した。
マイクが気づく。
「お母さん、どうしたの?」
「何でもないって言ったでしょ」
「誰かいるの?」
「いないわ」
建物の外へ出る。
雪が道路に積もっていた。
リサはマイクの手を握った。
普段より強かった。
「痛いよ」
「ごめん」
リサは手を緩めた。
二人は歩き出した。
しばらくして、リサが立ち止まった。
「マイク」
「なに?」
「よく聞いて」
リサの顔を見て、マイクは黙った。
「この町に戻ってきてはダメ」
「どうして?」
「理由は今は言えない」
「どうして戻っちゃダメなの?」
「約束して」
マイクは母親を見上げた。
「うん」
「アンカレッジには、もう戻ってこない」
「分かった」
リサはマイクの目を見た。
「もう一つ」
「なに?」
「アンカレッジの人は誰も信じないで」
マイクは意味が分からなかった。
「学校の先生も?」
「全員じゃない」
「じゃあ誰?」
リサは答えなかった。
「大人になれば分かる」
「お母さんも?」
その言葉に、リサの表情が一瞬止まった。
「私は別よ」
「どうして?」
「あなたのお母さんだから」
リサはしゃがんだ。
マイクと目線を合わせる。
「いい?」
「うん」
「どんな人に何を言われても、自分で確かめるの」
「分かった」
「誰かが私のことを悪く言っても、すぐに信じないで」
「うん」
「そして、ここには戻ってこない」
「約束する」
リサはマイクの頭を撫でた。
「いい子ね」
二人は再び歩き出した。
交差点を渡る。
その向こうに、黒い車が停まっていた。
リサは一瞬だけ車を見る。
足を止める。
黒い車は動かなかった。
「お母さん?」
「行きましょう」
リサはマイクの手を引いた。
歩く速度が上がる。
「早く」
「どうしたの?」
「いいから」
マイクは母親についていった。
黒い車の横を通り過ぎる。
その瞬間、車内で誰かが動いた。
リサは振り返らなかった。
マイクだけが振り返る。
後部座席の窓は黒く、誰が乗っているのか分からない。
「見るな」
リサが言った。
「どうして?」
「前を向いて」
マイクは前を向いた。
リサは手を強く握った。
その手は冷たかった。
二人は雪の中を歩いていった。
マイクはまだ知らなかった。
母親がなぜ、この町を恐れているのか。
なぜ、アンカレッジの人間を信じるなと言ったのか。
そして、その言葉が自分の人生に残ることも。
二十年後。
マイクは再びアンカレッジに戻ってきた。
