コンテンプト・オブ・コート 1-9
ニューヨーク、マンハッタン。
夜になっていた。
マイク・ハンターは、ヒューイ・フリーマンの事務所にいた。
高層ビルの一角にある部屋だった。窓の外にはマンハッタンの灯りが広がっている。車のライトが道路を流れ、人の姿が小さく動いていた。
ヒューイはデスクの向こうで書類をめくっていた。
マイクはソファに座り、黒いノートを手にしていた。
しばらく、どちらも口を開かなかった。
ヒューイが書類を閉じた。
「それで、何を考えてる?」
マイクはノートを閉じた。
「アンカレッジに戻る」
ヒューイの手が止まった。
「アラスカか」
「そうだ」
「何しに行く?」
「法律事務所を開く」
ヒューイは椅子の背にもたれた。
「お前が?」
「俺が」
「ニューヨークで十分やれるだろ」
「ここにいても、何も始まらない」
ヒューイはマイクの顔を見た。
「何を始める?」
マイクは答えなかった。
テーブルの上に黒いノートを置いた。
ヒューイがそれを見る。
「それが理由か」
「そうだ」
「中身は?」
「アンカレッジにいる人間の名前。会社。金の流れ。銀行口座。昔の事件につながる記録もある」
「昔の事件?」
マイクはノートを指で押さえた。
「母親の事件だ」
ヒューイの表情が変わった。
ほんのわずかだった。
マイクは見逃さなかった。
「知ってることがあるのか?」
「ない」
「嘘だな」
「嘘じゃない」
ヒューイは立ち上がった。
窓際まで歩き、外を見た。
「アンカレッジに戻れば、昔のことを掘り返すことになる」
「そのつもりだ」
「命の保証はない」
「最初から期待してない」
「相手が誰かも分からない」
「だから調べる」
ヒューイは振り返った。
「お前は弁護士だ」
「探偵でもある」
「同じじゃない」
「分かってる」
「法律だけで片づかないこともある」
マイクは立ち上がった。
「だから事務所を開く」
ヒューイは鼻で笑った。
「ずいぶん簡単に言うな」
「簡単じゃない」
「アンカレッジの法律事務所は、看板を出せば客が来るような場所じゃない」
「客を待つつもりはない」
「じゃあ、何をする?」
「事件を取る」
ヒューイは黙った。
マイクは黒いノートを懐に入れた。
「母親が殺された理由を調べる。そのためには、アンカレッジで動く必要がある」
「二十年前の事件だぞ」
「二十年経っても消えないものはある」
ヒューイはデスクに戻った。
引き出しを開ける。
中から一枚の名刺を取り出し、マイクの前に置いた。
「現地で使える人間がいる」
マイクは名刺を見た。
「誰だ?」
「元軍人だ」
「弁護士か?」
「違う」
「探偵?」
「もっと面倒な男だ」
マイクは名刺を裏返した。
名前と電話番号だけが印刷されていた。
「信用できるのか?」
「俺が保証する」
「それなら断る」
ヒューイが笑った。
「相変わらず可愛げがないな」
「俺は一人でやれる」
「一人で?」
「ああ」
「弁護士事務所を作って、探偵をやって、二十年前の事件まで調べる?」
「そうだ」
「無茶だ」
「そうでもない」
「金は?」
「ある」
「人手は?」
「いらない」
ヒューイはしばらくマイクを見た。
そして受話器を取った。
「ジムを呼べ」
マイクが眉を寄せる。
「必要ない」
「俺は必要だと思ってる」
「ヒューイ」
「聞け」
ヒューイは受話器を置いた。
「お前が何を調べようとしているのか、全部は聞かない」
「なら、放っておいてくれ」
「それもできない」
「なぜだ?」
ヒューイは答えなかった。
数秒後、ドアが開いた。
男が入ってきた。
ジムだった。
元海兵隊員で、ヒューイの側近を務めている。
ジムは部屋に入り、マイクを見る。
「呼びましたか」
「こいつと一緒に行け」
「どこへ?」
「アンカレッジ」
ジムがマイクを見る。
「仕事ですか?」
「そうだ」
「期間は?」
「分からない」
「任務内容は?」
ヒューイが答えた。
「こいつを生かしておくことだ」
マイクが立ち上がった。
「俺は護衛を頼んでない」
「頼んでなくても付ける」
「いらない」
「決めるのは俺だ」
「俺の仕事だろ」
「お前の命の話だ」
マイクはヒューイを見た。
ヒューイも視線を外さなかった。
「断る」
「却下する」
「勝手にしろ」
「そうする」
ジムは二人を交互に見た。
「出発は?」
ヒューイが答える。
「明日だ」
マイクが言った。
「今夜出る」
ジムが時計を見る。
「車で?」
「そうだ」
「アラスカまで?」
「途中で飛行機を使う」
ジムは頷いた。
「準備します」
「ジム」
「はい」
「余計なことはするな」
「あなたもですよ」
マイクがジムを見る。
ジムは無表情だった。
ヒューイが笑った。
「気に入っただろ?」
「まだ分からない」
マイクはコートを手に取った。
ドアへ向かう。
「マイク」
呼び止められ、足を止める。
ヒューイが言った。
「アンカレッジで、昔のことを掘り返すなら覚えておけ」
マイクは振り返った。
「何を?」
「過去は、掘り返された側も黙ってない」
マイクは答えなかった。
ドアを開ける。
「分かってる」
そのまま部屋を出た。
ジムも続いた。
扉が閉まる。
ヒューイは一人になった。
デスクの上には、マイクが置いていった名刺が残っていた。
ヒューイはそれを手に取った。
しばらく見つめたあと、携帯電話を取り出した。
「アンカレッジへ行く。あいつが動き始めた」
電話の向こうから返事があった。
ヒューイは短く答えた。
「分かってる。俺も昔から嫌な予感がしてた」
通話を切る。
窓の外では、ニューヨークの夜が続いていた。
マイクはもうエレベーターに乗っていた。
行き先はアンカレッジ。
二十年前に置き去りにした場所だった。
