コンテンプト・オブ・コート 1-13
アンカレッジ。
夜。
ローリー・ブルックスは、自室の机に座っていた。
窓の外は暗い。
通りを走る車のライトが、カーテンの隙間から部屋に入ってくる。
机の上には一冊の本が置かれていた。
マリベル・ヴァレンタイン著。
ローリーがニューヨークにいた頃から何度も読み返してきた本だった。
ローリーは本を開いた。
ページの端には、いくつもの書き込みがある。
判例。
法廷での判断。
証人への質問。
裁判官として何を見て、何を考えるべきか。
ローリーは一つの文章に目を止めた。
しばらく読んでから、ページをめくる。
「やっぱり、この人は違う」
誰もいない部屋で呟いた。
ローリーにとって、マリベルは単なる有名な裁判官ではなかった。
弁護士になったばかりの頃、法廷でどう振る舞えばいいのか分からなかった。
そのときに読んだのが、マリベルの著書だった。
法律を知っているだけでは裁判官にはなれない。
証拠を見る。
証言を聞く。
そして、判断する。
当たり前のことを、当たり前のように書いていた。
ローリーは本を閉じた。
机の上に、今日トーマスから見せられた新聞がある。
アンカレッジ市長殺害事件。
被告人。
事件の概要。
そして、公判開始まで十四日。
ローリーは新聞を開いた。
記事の下に、担当裁判官の名前が載っている。
マリベル・ヴァレンタイン。
ローリーはその名前を指でなぞった。
「マリベル判事が担当するんだ……」
新聞を折る。
再び本を開く。
今度は読む速度が遅くなった。
明日、裁判所へ行く。
傍聴席からでもいい。
実際の法廷でマリベルの仕事を見る。
ローリーはそう決めた。
弁護士として法廷に立てない。
六か月の業務停止中だからだ。
だが、傍聴することはできる。
ローリーは椅子から立ち上がった。
本を閉じる。
バッグの中に入れようとして、手を止めた。
明日も読むかもしれない。
本を机に戻す。
そのとき、階下から父の声が聞こえた。
「ローリー、まだ起きてるのか?」
「うん」
「明日は早いぞ」
「分かってる」
「裁判所に行くんだろ?」
「うん」
少し間があった。
「マリベル判事を見るのか?」
「そう」
「昔から好きだったな」
「今でも好きよ」
「なら、しっかり見てこい」
「分かった」
足音が遠ざかる。
ローリーは机の前に戻った。
窓の外を見る。
アンカレッジの夜は静かだった。
ニューヨークとは違う。
車の音も少ない。
高層ビルの光もない。
ローリーは本を手に取った。
表紙を見る。
マリベル・ヴァレンタイン。
その名前を覚えたのは、まだ弁護士になる前だった。
それから何年も経った。
明日、その本人を法廷で見る。
ローリーは本を閉じた。
「楽しみね」
時計を見る。
午後十一時を過ぎていた。
ローリーは照明を消した。
部屋が暗くなる。
ベッドに入る前、机の上の新聞が目に入った。
アンカレッジ市長殺害事件。
公判開始まで、十四日。
ローリーは新聞を裏返した。
そして、眠る準備を始めた。
翌朝、彼女は裁判所へ向かうつもりだった。
