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エジプトの死刑制度:政治的弾圧・反体制派の抑圧への悪用

エジプトの死刑制度について、「政治的弾圧・反体制派の抑圧に悪用されている」と評価する場合、死刑判決の数字だけを根拠にすることは適切ではない。
2022年3月19日/エジプト、カイロの南にあるサッカラ遺跡(Sayed Hassan/AP通信)
現状(2026年8月時点)

エジプトの死刑制度をめぐっては、単純に「死刑を存置している国家」というだけでは説明できない問題が存在する。特に2013年のムハンマド・ムルシ大統領の政権崩壊以降、テロ対策や国家安全保障を名目として、ムスリム同胞団関係者をはじめとする政治的反対派に大量の逮捕、起訴、長期拘禁、死刑判決が適用されてきたことから、死刑制度そのものと政治的抑圧との関係が国際的な人権問題となっている。

エジプト政府は、テロ攻撃や治安上の脅威から国家と市民を守る必要性を強調し、死刑についても重大犯罪に対する刑罰として国内法に基づき運用していると説明してきた。しかし国連機関や国際人権団体は、問題の核心が死刑の存在そのものだけではなく、死刑に至るまでの捜査、起訴、裁判、証拠評価、弁護権保障などに重大な問題がある点にあると指摘している。

2026年8月時点で確認できる国際人権資料を踏まえると、エジプトの死刑問題は「死刑執行数が多いか少ないか」という数量的問題だけではなく、政治的に敏感な事件に死刑が集中する可能性、テロ関連法制の広範な適用、大量裁判、軍事裁判、強制失踪や拷問を訴える被告の主張が十分に調査されない問題などを総合して評価する必要がある。したがって、本稿では「死刑制度が政治的弾圧の道具として制度的に組み込まれている」と直ちに断定するのではなく、死刑に至る司法・治安システムが反体制派の抑圧とどのように結び付いているのかを検証する。

背景:エジプトにおける死刑の現状と急増

エジプトでは殺人などの重大犯罪だけでなく、テロリズム、武装組織への関与、国家安全保障に対する重大な犯罪などについても死刑が適用され得る法体系が存在する。特に2013年以降、政治的混乱と治安悪化を背景にテロ対策法制が強化され、死刑を含む厳罰が国家安全保障政策の重要な一部となった。

この変化を考える上で重要なのが、2013年7月のムルシ政権崩壊である。ムスリム同胞団を基盤とする政権が軍によって排除された後、同胞団は当局によってテロ組織として指定され、その構成員や支持者を対象とした大規模な取り締まりが進められた。

この時期以降、通常の刑事犯罪と政治的・治安関連事件の境界が大きく変化した。政府は暴力行為やテロへの対処を強調した一方、人権団体は、実際には武装活動への直接的関与が明確でない政治活動家、反政府活動家、ジャーナリスト、人権擁護者などまで、テロや国家安全保障をめぐる犯罪として処理されるケースが存在すると指摘してきた。

死刑判決の急増を象徴する出来事が2014年のミンヤ県での大量死刑判決である。2014年3月、刑事裁判所は警察署への襲撃事件などに関与したとされた529人に死刑判決を言い渡し、その後の別件でも683人に死刑判決を出す手続きが進められ、合計1,200人を超える規模となった。

この裁判では、多数の被告が出廷しておらず、弁護側が十分に主張を展開できなかったと人権団体は指摘した。ヒューマン・ライツ・ウォッチは、最初の裁判が極めて短時間で終了し、個々の被告について具体的な証拠を十分に検討した形跡が乏しかったと批判している。

ここで重要なのは、こうした事件が単に「一度だけ発生した異常事例」として片付けられないことである。その後も政治的暴力やテロ関連事件を中心に、民間の刑事裁判所と軍事裁判所の双方で多数の死刑判決が出され、大規模な被告人集団を一括して審理する手法が問題となった。

ヒューマン・ライツ・ウォッチは、ムルシ政権崩壊後の政治的暴力に関連する事件だけで、2015年までに少なくとも547件の初回死刑判決が出され、その大部分がムスリム同胞団関係者を対象としていたと報告している。また2015年には政治的暴力事件に関する死刑執行も行われたとされる。

その後も死刑の適用は続き、2020年前後には死刑執行数が特に高水準となった時期が確認されている。ヒューマン・ライツ・ウォッチは、2020年1月から10月下旬までに少なくとも83人が処刑され、そのうち25人が政治的暴力に関係する事件で起訴されていたとする集計を紹介している。

もっとも、「死刑判決数」「死刑執行数」「死刑確定者数」は同一ではないため、これらを混同してはならない。エジプトの刑事司法では第一審段階の死刑判決が上級審で変更・破棄されることもあり、死刑判決が出された人数をそのまま実際の死刑執行人数として扱うことは統計的に不正確である。

それでも、大量の死刑判決が短期間に出されたこと自体は、エジプトの司法制度と政治的抑圧の関係を検討する上で極めて重要な指標となる。特に同じ政治運動や政治的立場に属する多数の人物が、同一または類似の事件で一括して起訴される場合、個々人の刑事責任をどこまで具体的に立証できているのかという問題が生じる。

集団裁判(マストライアル)の常態化

エジプトの死刑問題を理解する上で、「マストライアル(mass trial)」、すなわち多数の被告人を一つの事件としてまとめて審理する集団裁判の存在は非常に重要である。集団裁判そのものが直ちに国際法違反となるわけではないが、被告人一人ひとりについて証拠を確認し、個別の刑事責任を判断することが困難になるため、死刑のような不可逆的刑罰と組み合わされた場合には重大な人権上の問題を生じさせる。

2014年のミンヤ県の事件は、その典型例として国際的に知られるようになった。529人を対象とした裁判では、被告の大部分が欠席した状態で審理が進み、弁護人が十分な防御活動を行えなかったとされ、ヒューマン・ライツ・ウォッチは基本的な適正手続きが欠如していたと批判した。

さらに、軍事裁判もこの構造を補強した。2014年以降、軍事裁判所の管轄が拡大され、民間人が軍事裁判に付されるケースが増加したことについて、ヒューマン・ライツ・ウォッチは、2016年までに7,400人以上の民間人が軍事裁判で審理されたと報告している。

軍事裁判の問題は、単に裁判所が軍に属しているという形式面だけではない。軍事裁判所では裁判官の独立性・公平性や、弁護人へのアクセス、証拠へのアクセス、上訴などの手続きについて、通常の民事司法よりも強い懸念が示されてきた。

特に深刻なのが、テロ関連事件と軍事裁判が組み合わされる場合である。2017年のヒューマン・ライツ・ウォッチの調査では、テロ関連事件で死刑判決を受けた民間人について、被告側が拷問によって自白を強要されたと訴えていたにもかかわらず、その主張が十分に調査されなかった事例が報告されている。

このような状況では、裁判が存在しているという事実だけでは「公正な裁判」が保障されているとは評価できない。法廷が開かれ、裁判官が判決を出したとしても、被告人が弁護士に十分アクセスできず、証拠を争う機会を奪われ、拷問による自白が証拠として利用されるならば、司法手続きの形式と実質の間には大きな乖離が生じる。

この点から見ると、エジプトの死刑問題は「裁判所が死刑を言い渡した」という一つの場面だけを分析するのでは不十分である。逮捕、拘禁、取り調べ、起訴、テロ組織指定、集団裁判、証拠採用、弁護活動、死刑判決、上訴、そして最終的な執行という一連の過程を一つの司法システムとして分析する必要がある。

「グランド・ムフティ」への諮問

エジプトの死刑制度には、他国とは異なる特徴として、死刑判決を最終化する前に「グランド・ムフティ(大ムフティー)」へ意見を求める制度が存在する。グランド・ムフティはエジプトにおけるイスラム法上の最高位の宗教的権威であり、刑事裁判所が死刑を言い渡そうとする場合、その判断について意見を求められる。

ただし、この制度について「グランド・ムフティが死刑を承認しなければ執行できない」という単純な理解は正確ではない。ムフティの意見は法的拘束力を持たず、最終的な刑事責任と刑罰を決定するのは裁判所であり、ムフティへの諮問は死刑判決に先立つ法定手続きの一部と位置付けられている。

したがって、グランド・ムフティ制度そのものを政治的弾圧の仕組みと断定することには慎重であるべきである。むしろ問題となるのは、死刑判決に至るまでの刑事司法手続きに重大な欠陥が存在する場合、宗教的権威への諮問がその欠陥を実質的に是正する仕組みとして機能するのかという点である。

実際、過去にはグランド・ムフティが死刑判決について否定的な意見を示した例も確認されている。2014年の別件では、ムスリム同胞団幹部らに対する死刑判決について、捜査と証拠が死刑を科すには不十分だとする判断が示されたと報じられており、ムフティの意見が常に裁判所の死刑判断を追認するわけではないことが分かる。

しかし、この制度には別の側面もある。裁判所が多数の被告人に対して一括して死刑判決を予備的に言い渡し、その後にムフティへ諮問するという手続きが行われれば、制度上は宗教的審査が存在していても、その前段階ですでに個々の被告について十分な審理が行われているのかという疑問が残る。

2014年のミンヤ事件では、529人に対する死刑判断がグランド・ムフティへの諮問に付され、その後、裁判所が最終的な判断を行った。国連人権高等弁務官や国連・アフリカ地域の人権専門家は、このような大量死刑判決を伴う簡略化された裁判について、国際人権法上の重大な問題があると批判していた。

したがって、グランド・ムフティ制度を評価する際には、「宗教的審査があるから人権保障が確保されている」とも、「ムフティへの諮問そのものが政治的弾圧である」とも結論付けるべきではない。より重要なのは、死刑を言い渡す司法手続き全体の中で、この諮問制度が個々の被告人の権利を実質的に保護する役割を果たしているのか、それとも大量裁判という構造的問題を解消できないまま形式的な手続きにとどまっているのかという点である。

以上を踏まえると、エジプトの死刑制度をめぐる最大の問題は、死刑という刑罰そのものと政治的抑圧を単純に同一視することではない。むしろ、2013年以降に強化された国家安全保障・テロ対策体制の中で、反体制派の犯罪化、大量逮捕、集団裁判、軍事裁判、広範なテロ罪、弁護権の制限などが複合し、その最も極端な刑罰として死刑が位置付けられる構造を検証することにある。

政治的弾圧・反体制派抑圧への悪用の手口

エジプトの死刑制度と政治的弾圧との関係を分析する場合、重要なのは、政府が「反体制派だから死刑にする」という単純な制度を採用しているわけではない点である。より複雑なのは、政治的反対者や政府批判者をまず「国家安全保障への脅威」「テロ組織との関係者」「テロ行為への加担者」として刑事司法の対象に組み込み、その結果として厳罰、場合によっては死刑が適用される可能性が生じるという構造である。

この構造では、政治的立場そのものが直接的に死刑の理由になるのではなく、政治活動とテロリズム、組織への所属と暴力行為、政府批判と国家安全保障への脅威などの境界が曖昧になることが重要となる。国際人権団体が問題視してきたのも、まさにこの境界の曖昧化であり、個人が具体的な暴力犯罪を実行したかどうかとは別に、所属、支援、発言、活動、資金提供などが広範なテロ関連犯罪として処理される危険性である。

2013年以降のエジプトでは、ムハンマド・ムルシ大統領の政権崩壊を契機として、国家とムスリム同胞団の対立が急激に先鋭化した。政府は治安機関への攻撃やシナイ半島を中心とした武装勢力によるテロを重大な国家的脅威として扱い、これを背景に反政府勢力への取り締まりを強化したが、その過程で政治的反対派と武装勢力をどのように区別するのかが大きな問題となった。

① 反体制派の「テロリスト」指定と結びつけ、ムスリム同胞団などの標的化

その転換点の一つが、2013年12月25日にエジプト政府がムスリム同胞団をテロ組織として指定したことである。これは同年12月24日にマンスーラで警察施設を標的とした爆弾攻撃が発生した直後の措置だったが、ヒューマン・ライツ・ウォッチによれば、政府は同胞団による攻撃への直接的関与を裏付ける具体的証拠を当時公表しなかった。

ここで注意すべきなのは、同胞団内部やその支持者のすべてが平和的な政治活動だけを行っていたと断定することでも、逆に同胞団に関連する人物を一括してテロリストとみなすことでもない。問題は、個々の人物について具体的な犯罪行為への関与を立証することなく、組織との関係そのものを刑事責任へ結び付ける方向に制度が運用されれば、政治的所属と刑事犯罪の区別が失われることである。

2013年の指定後、同胞団への所属、活動、資金提供などが刑事処分の対象となり得る状況が形成された。ヒューマン・ライツ・ウォッチは当時、同胞団の政治活動だけでなく、医療、教育、慈善活動などの平和的活動まで広範に取り締まりの対象となる可能性を指摘していた。

さらに重要なのは、政府による組織指定が個人への刑事手続きへ波及する点である。ある組織がテロ組織と指定されれば、その組織への加入、支援、資金提供、宣伝などを犯罪化する法律が適用され、その結果、個人が具体的な爆破、殺人、襲撃などを実行していなくても、組織との関係を理由に重大な刑事責任を問われる余地が生じる。

この仕組みは、反体制派を直接「反体制派だから処罰する」のではなく、「テロ組織との関係」という刑事法上のカテゴリーへ移し替えることで処罰するという点に特徴がある。政治的弾圧が刑事司法の言語へ置き換えられると、政府は政治的な対立を「安全保障上の脅威への対処」と説明できるようになるため、抑圧の実態が外部から見えにくくなる。

実際、ムルシ政権崩壊後には同胞団の幹部だけでなく、支持者、学生、活動家など多数の人々が逮捕された。2014年には内務省関係者が、ムルシ失脚から約1年間で2万2,000人が逮捕されたと認めたとヒューマン・ライツ・ウォッチは報告しており、別のエジプト人権団体は逮捕・刑事訴追された人の数を4万1,000人超と推計していた。

その後、取り締まりの対象は同胞団だけに限定されなくなった。2014年には、2011年の反政府運動を主導した世俗派・左派系の活動家や「4月6日青年運動」なども、無許可デモ、扇動、道路封鎖、破壊行為、禁止・テロ組織への所属などを理由に刑事訴追の対象となった。

この展開は、エジプトのテロ対策が特定のイスラム政治組織だけを対象とする制度から、より広範な政治的反対意見を管理する制度へ拡大する可能性を示している。つまり、テロ対策法制が強化されるほど、政府にとって「国家安全保障上の脅威」と定義できる政治活動の範囲が広がれば、結果的に反体制派全体の活動空間が縮小することになる。

拡大解釈されるテロ罪

この問題をさらに深刻にしているのが、「テロリズム」の法的定義である。テロ対策を目的とする法律は本来、一般市民に対する重大な暴力やそれに直接関連する行為を対象とする必要があるが、定義が過度に広ければ、暴力を伴わない政治活動まで安全保障犯罪として扱われる危険がある。

2014年に公表された法改正案について、ヒューマン・ライツ・ウォッチは、公共機関、大学、モスク、外国公館、国際機関などの活動を「妨害」する行為や、国家統一、憲法・法律の適用、経済などに「損害」を与える行為までテロの概念に含まれ得ると批判した。こうした定義では、平和的なストライキや抗議活動までテロ犯罪として扱われる余地があると指摘された。

同様に、テロ組織への所属や支援を犯罪化する規定が広く適用されれば、個人の具体的行為ではなく、政府が指定した組織との関係が刑事責任の中心となる可能性がある。さらに当時の法案では、テロ組織とされた団体の指導者・管理者に死刑を科すことが可能となる規定も問題視された。

この点は死刑制度との関係で特に重要である。殺人などの結果が明確な犯罪であれば、「誰が何をしたのか」という個別責任の立証が中心となるのに対し、テロ組織への所属や指導、支援などを理由として死刑が可能になると、政治組織の構成員であることと死刑に値する重大犯罪との距離が縮まるからである。

もちろん、テロ組織の指導者が実際に殺人や爆破など重大な犯罪を指揮した場合、通常の刑事責任を問うこと自体を否定することはできない。問題は、個人が具体的な暴力犯罪に関与した証拠があるのか、それとも組織との関係や政治的活動を主要な根拠としてテロ犯罪が成立しているのかを厳密に区別することである。

国連のテロ対策と人権に関する基準でも、テロ犯罪の定義は過度に広範であってはならず、刑罰の対象となる行為を明確に特定することが重要とされてきた。したがって、エジプトにおいてテロ対策法が実際の暴力行為への対処を超えて政治的表現や平和的組織活動を処罰する方向に利用されているのであれば、それはテロ対策の正当な目的と人権保障との緊張を生む。

2025年にもこの問題は解消していない。アムネスティ・インターナショナルは2025年のエジプトについて、当局が数千人をテロ関連犯罪で裁判に付し、その中には人権を平和的に行使したことだけを理由として標的にされた人々も含まれていたと報告している。

ヒューマン・ライツ・ウォッチも2025年の事例として、平和的活動家を含む168人が「濫用的なテロ罪」に基づいて集団裁判へ送られたと報告している。これは、2013~2014年に形成された取り締まりの構造が過去の一時的な非常措置ではなく、現在まで一定程度継続している可能性を示す重要な材料である。

さらに国連特別手続の2025年12月の通信では、2023年10月にパレスチナへの連帯を示す平和的デモに参加した少なくとも88人の逮捕について、テロ対策・国家安全保障関連の容疑が利用されたとの情報が取り上げられている。国連側は、こうした事例を、テロ対策法や公共秩序関連法が平和的な表現や市民空間を制限するために利用されている可能性がある、より広範なパターンの一部として問題視している。

ここから見えてくるのは、エジプトにおける「テロリスト化」の構造である。すなわち、政府にとって危険とみなされた政治勢力や活動家が、まず国家安全保障上の脅威として位置付けられ、その後、テロ関連法による逮捕・起訴の対象となり、さらにその事件が重大な刑罰を伴う刑事事件として司法手続きに組み込まれるという流れである。

この段階では、まだ死刑が必ず適用されるわけではない。しかし、テロ関連犯罪に死刑が存在し、大量裁判や長期拘禁、軍事裁判などが組み合わさる場合、政治的に標的となった人物が最終的に極めて重い刑罰を受ける制度的経路が形成される。

そして、この経路の最も重要な問題が「司法手続きそのもの」である。仮にテロ罪の適用対象が広く、逮捕時点から被疑者の権利が制限され、弁護士へのアクセスが十分に保障されず、拘禁中の拷問や強制的な自白が存在するならば、裁判所による死刑判決が形式的には合法であっても、その正当性には重大な疑問が残る。

実際、2025年のアムネスティの調査では、エジプトでテロ関連事件を扱う刑事裁判所を含め、重大な不公正を伴う裁判の後に死刑判決が言い渡されたことが報告されている。また、同年には意図的殺人に限定されない犯罪、例えば薬物犯罪や強姦についても死刑が適用されており、国際人権法が死刑の適用を「最も重大な犯罪」に限定する方向とは緊張関係にあると批判されている。

2025年にはエジプトで少なくとも492件の新たな死刑判決が記録され、2024年の365件から約35%増加したとアムネスティ・インターナショナルは集計している。さらに死刑執行についても、2024年の13人から2025年には23人へ増加し、約2倍となった。

ただし、この492件すべてが政治的事件だったと解釈することはできない。死刑判決には一般刑事事件も含まれるため、統計だけから「492人が政治的弾圧によって死刑判決を受けた」と結論付けるのは誤りであり、政治事件については個別事件の内容と裁判手続きを確認する必要がある。

それでも、死刑判決が増加する一方で、国際人権団体がテロ関連事件の不公正な裁判や平和的活動家へのテロ罪適用を同時に報告していることは重要である。数量的な死刑増加と、政治的反対者をテロ関連犯罪として刑事司法に取り込む現象を別々に見るのではなく、両者がどの程度重なっているのかを検証することが必要となる。

「政治犯を死刑にする」のではなく、「政治的反対者を重大犯罪者へ変換する」構造

以上を整理すると、エジプトにおける政治的弾圧と死刑の関係には、一つの特徴的な構造が浮かび上がる。それは、政治的反対者を直接的に「政治犯」として処罰するのではなく、テロ、国家安全保障、組織犯罪などの刑事カテゴリーへ移し替え、その刑事手続きの結果として極刑を適用するという構造である。

この構造では、政府は「政治的意見を理由に処罰しているのではなく、犯罪を犯した者を処罰している」と説明できる。したがって問題の核心は、政府の主張そのものを否定することではなく、犯罪構成要件の適用が個々の被告の具体的行為とどこまで結び付いているのかを検証することにある。

2013年以降のムスリム同胞団への対応は、この問題を理解する代表的な事例となる。政府がテロ攻撃への対処を必要としていたこと自体には合理的な安全保障上の根拠があり得る一方、組織全体をテロ組織として扱い、その構成員や支持者の広範な活動まで刑事化する場合には、個人責任の原則との緊張が生じる。

そして現在も、平和的活動家を含む人々がテロ関連容疑で訴追される事例が国際人権機関から報告されていることは、この問題が過去のムルシ政権崩壊直後だけに限定されないことを示している。2026年4月にも国連特別手続は、北シナイでの対テロ作戦をめぐる大量逮捕、恣意的拘禁、強制失踪、拷問などの深刻な疑惑についてエジプトに関する通信を公表している。

したがって、エジプトの死刑制度を政治的弾圧の観点から検証するには、死刑判決の件数だけを見るのでは足りない。「誰が逮捕され、どの法律で起訴され、どのような証拠が使われ、どのような裁判を受け、その結果として死刑が選択されたのか」という司法過程全体を追跡する必要がある。

② 司法手続きの重大な欠陥(公正な裁判の否定)

エジプトの死刑制度を政治的弾圧との関係から検証する際、最も重要なのは、死刑判決がどのような司法手続きを経て下されたのかという問題である。死刑は生命を奪う不可逆的な刑罰であるため、被告人の防御権、弁護人へのアクセス、証拠を争う権利、独立した裁判所による審理、上訴の機会などが実質的に保障されなければ、その判決の正当性そのものが重大な問題となる。

エジプトについて国際人権機関が長年指摘してきたのは、まさにこの「形式的には裁判が存在するが、実質的な公正さが確保されていない」という問題である。ヒューマン・ライツ・ウォッチは2025年の国連人権理事会によるエジプトの審査に際して、同国では死刑判決や執行が依然として多く、その一部が集団裁判や重大な公正な裁判上の問題を伴う事件で行われていると指摘した。

特に問題となるのが、テロ関連事件を扱う特別法廷・特別部門への事件集中である。アムネスティ・インターナショナルによれば、2024年9月から2025年5月までの間に、ジャーナリスト、弁護士、人権擁護活動家などを含む約6,000人がテロ関連容疑で刑事裁判所の特別テロ部門に送られ、その多くについて、実質的には人権を平和的に行使したことだけを理由に標的とされた可能性が指摘されている。

この数字が示すのは、テロ関連事件が例外的な少数事件ではなく、エジプトの刑事司法制度の中で大規模なカテゴリーを形成していることである。しかも、その中には暴力的テロ行為への直接的関与が明確でない人々が含まれると人権団体が報告しており、テロ対策という名目が政治的・市民的活動を制限する仕組みとして機能していないかが問題となる。

弁護権の制限

公正な裁判を考える上で最も基本的な権利の一つが、被告人が弁護士の援助を受ける権利である。特に死刑事件では、捜査段階から弁護人が関与し、証拠の収集・検証、供述の適法性の確認、拘禁中の虐待の申告、裁判での反対尋問などを行うことが不可欠となる。

しかしエジプトでは、テロ関連事件や政治事件において、被疑者が長期間弁護士や家族から隔離されるケースが繰り返し報告されてきた。国連特別手続が2025年12月に公表したエジプト政府宛ての通信でも、2023年のパレスチナ連帯デモをめぐって逮捕された少なくとも88人について、複数の被拘禁者が強制失踪状態に置かれ、67人が未決拘禁され、弁護士へのアクセスが否定されたとの情報が取り上げられている。

このような状態では、弁護人が被告人から十分な事情を聞き取ること自体が困難になる。さらに、被告人が警察や国家安全保障機関の施設で長時間拘束され、その期間に外部との連絡を断たれていた場合、そこで作成された供述が自発的なものなのか、脅迫や暴力を受けた結果なのかを弁護側が検証することも難しくなる。

弁護権の問題は、単に「裁判当日に弁護士が法廷にいたか」という形式的な問題ではない。逮捕直後から弁護士が接触できるか、捜査記録を確認できるか、証拠を十分に検討できるか、依頼人と秘密裏に相談できるかという一連の条件が満たされて初めて、実質的な防御権が成立する。

2022年にアムネスティが取り上げた大規模なテロ事件では、206人の被告人が一括して裁判を受け、10人が死刑、153人が10年から終身刑を言い渡された。アムネスティは、この裁判について強制失踪や拷問の疑惑が存在し、被告人が公判前および公判中に弁護士へアクセスすることを妨げられていたと指摘している。

この事例は、前回取り上げた集団裁判の問題と弁護権の問題が密接に結び付いていることを示す。200人を超える被告人を一つの事件として処理する場合、一人ひとりについて十分な弁護準備を行うことは極めて困難であり、そこに長期拘禁や弁護士との接触制限が加われば、個別責任を立証する刑事裁判としての実効性が大きく損なわれる。

拷問による自供の強要

さらに重大なのが、拘禁中の拷問・虐待と「自白」の問題である。刑事司法において自白は重要な証拠となり得るが、それが暴力、脅迫、睡眠剥奪、電気ショック、長期間の隔離などによって得られたものであれば、司法上の証拠としての信頼性は根本から失われる。

エジプトでは、国家安全保障機関などによる恣意的拘禁、強制失踪、拷問について長年にわたり国際人権団体が報告している。ヒューマン・ライツ・ウォッチの2026年版世界人権報告でも、エジプトの治安機関が批判者や反体制派を恣意的に拘束し、強制失踪させ、公式・非公式の拘禁施設で拷問・虐待を行っているとの報告が続いている。

特に死刑事件では、この問題の重大性がさらに高くなる。仮に拷問によって作られた自白が殺人やテロへの関与を示す主要証拠として採用され、その自白を基礎として死刑判決が下された場合、誤判が発生すれば生命を回復することはできないからである。

2016年には、エジプトの軍事裁判所が民間人8人に死刑判決を言い渡した事件について、アムネスティが拷問による自白が裁判の重要な根拠となったと報告した。被告人らは拘束中に暴力を受けたと訴えており、アムネスティは、拷問によって得られた供述を排除し、通常の独立した民事裁判所で再審理するよう求めた。

重要なのは、拷問の有無だけではなく、被告人が「拷問によって自白した」と訴えた後に、司法当局がその主張をどの程度真剣に調査するかである。拷問の申告があったにもかかわらず、裁判所が独立した調査を行わず、その供述をそのまま証拠として利用するならば、拷問を防止する制度そのものが機能していないことになる。

この問題はエジプトに限られた現象ではなく、死刑制度を維持する国に共通する重大な司法上のリスクである。国際人権法上、拷問によって得られた証拠の利用は重大な問題となり、死刑事件では特に厳格な証拠審査が求められる。

「強制失踪」と死刑判決の接続

エジプトの政治的事件では、逮捕から正式な刑事手続きまでの間に被疑者が外部から見えなくなる「強制失踪」が繰り返し問題となっている。強制失踪とは、国家機関などによる拘束を本人や家族が確認できない状態に置き、その所在を認めない、あるいは情報を提供しないことによって、被拘禁者を法の保護から実質的に隔離する行為である。

強制失踪が死刑事件と結び付くと、問題はさらに深刻になる。逮捕直後の期間に弁護士や家族との接触ができず、そこで自白が作成され、その後に正式な裁判手続きへ移行した場合、法廷に提出される証拠がどのように作られたのかを外部から検証することが極めて難しくなる。

2026年4月、国連の特別手続は、北シナイ県における対テロ作戦・武力紛争をめぐって、集団逮捕、恣意的拘禁、強制失踪、秘密拘禁、拷問・虐待、違法な殺害などの情報をエジプトに関する公式通信として記録した。国連側は、これらの申し立てが国際人権法および国際人道法上の重大な違反、さらに戦争犯罪や人道に対する罪に当たる可能性について懸念を表明している。

もちろん、国連特別手続による通信は、それ自体が司法判決ではなく、申し立てられた事実について政府に説明を求める制度である。そのため、そこに記載された全ての主張を確定した事実として扱うのではなく、国連が重大な人権上の懸念として正式に取り上げた情報として評価する必要がある。

しかし、こうした情報が長期間にわたって繰り返し国連や国際人権団体から報告されていることには意味がある。単発の個別事件ではなく、逮捕、秘密拘禁、拷問、強制失踪、テロ罪による起訴という一連のパターンが指摘されているためである。

長期未決拘禁と「再利用」の問題

エジプトの司法制度をめぐるもう一つの問題が、未決拘禁の長期化である。本来、未決拘禁は裁判前の例外的な措置として扱われるべきだが、テロ・国家安全保障事件では拘禁期間が長期化し、その間に被疑者が実質的に刑罰を受けているような状態になることが問題視されている。

さらにヒューマン・ライツ・ウォッチが2026年版報告で取り上げたのが、「Recycling(リサイクリング)」または「Rotation(ローテーション)」と呼ばれる手法である。これは、ある事件について長期間拘束された人物に対し、釈放される前に以前と類似した別の国家安全保障・テロ関連事件を新たに設定し、再び拘禁を継続する手法だとされる。

この仕組みが実際に広範に利用されているとすれば、裁判所が被告人の拘禁を適法と認め続けるだけでは、拘禁の実質的な長期化を防ぐことができない。結果として、刑事裁判の判決を待つこと自体が国家による圧力となり、政治的反対者に対する活動停止の効果を持つ可能性がある。

さらに2025年には、約6,000人がテロ関連事件として刑事裁判所へ送られ、その裁判が始まったとヒューマン・ライツ・ウォッチは報告している。これほど多数の被告を短期間に処理する制度では、個別事件の審理が形式化するリスクを慎重に検証する必要がある。

軍事裁判と民間人

司法手続きの公正性を考える上では、民間人が軍事裁判に付される問題も無視できない。軍事裁判そのものが国際法上常に禁止されているわけではないが、民間人については、独立性・公平性・弁護権・上訴権などが通常の司法制度と同等に保障される必要がある。

エジプトでは2024年に軍事裁判所の民間人に対する管轄をさらに広げる法改正が行われた。2025年には、北シナイの湖で漁をしていた5人の民間人漁師が軍事裁判にかけられた事件について、アムネスティは軍事裁判が民間人に対して適用されること自体を強く批判し、軍事裁判所の裁判官や検察官が軍に所属し、国防相に報告する構造が独立・公平な裁判の基準を満たさないと指摘した。

この問題は死刑事件に直接限定されないものの、国家安全保障を理由として通常司法の領域が軍事司法へ広がるという点で、死刑制度の政治的利用を考える上でも重要である。刑事司法の独立性が弱まれば、政府や治安機関にとって政治的に重要な事件ほど、被告人にとって不利な制度へ移される可能性が高まるからである。

国際人権法から見た「最も重大な犯罪」の問題

死刑の適用範囲そのものにも国際的な批判がある。国際人権法上、死刑を存置する国であっても、その適用は「最も重大な犯罪」に限定されるべきだとの基準が形成されており、国連人権委員会の解釈では、原則として意図的な殺人を伴う犯罪に限定される方向が示されている。

しかしアムネスティによれば、2025年のエジプトでは、テロ関連事件を含む刑事裁判で死刑判決が下され、薬物密売や強姦など、意図的殺人に当たらない犯罪についても死刑が適用された。アムネスティはこれを、死刑を「最も重大な犯罪」に限定する国際的基準との不整合として批判している。

したがって、エジプトの死刑制度に対する国際的批判は、「政治犯に死刑を科している」という一つの主張だけに依存しているわけではない。第一に死刑の適用範囲が広いこと、第二にテロ関連事件で大規模な訴追が行われていること、第三にその中で公正な裁判への権利が侵害されているとされること、第四に拷問や強制失踪などの疑惑が存在することが相互に関連している。

「死刑そのもの」より深刻な問題

ここまでの分析から、エジプトの死刑制度について一つの重要な区別ができる。問題は「エジプト政府が反対派を直接死刑にしている」という単純な図式ではなく、反対派を国家安全保障・テロ犯罪の対象として刑事司法へ取り込み、その過程で公正な裁判の保障が弱まり、最終的に死刑を含む極めて重い刑罰へ至る可能性が存在するという構造である。

そのため、死刑制度を政治的弾圧との関係で評価する場合、死刑執行数だけを指標にするのは不十分である。むしろ、①逮捕、②秘密拘禁、③弁護士へのアクセス制限、④拷問・虐待、⑤強制された自白、⑥テロ罪による起訴、⑦集団裁判、⑧死刑判決、⑨上訴・再審査という一連の流れを追跡する必要がある。

そして、この一連の流れのどこか一つでも重大な瑕疵があれば、死刑判決の信頼性は大きく損なわれる。特に生命を奪う刑罰を用いる場合には、国家が「犯罪者を処罰した」と主張するだけでは足りず、その人物が具体的な犯罪行為を行ったことを、独立した裁判所による公正な手続きの中で立証したことを示さなければならない。

エジプトの場合、国連特別手続、アムネスティ・インターナショナル、ヒューマン・ライツ・ウォッチなどが、異なる時期・異なる事件について、恣意的拘禁、強制失踪、拷問、弁護権の制限、集団裁判、テロ罪の濫用など、類似した問題を繰り返し指摘している。これは個々の裁判の適否を超えて、司法制度全体の構造的問題を検討する必要性を示している。

国際社会・人権団体の反応と批判

エジプトの死刑制度と政治的弾圧をめぐる問題は、国内の政治対立だけにとどまらず、国連をはじめとする国際機関、国際人権NGO、各国政府などから継続的に批判されてきた。批判の対象は死刑そのものに加え、大量裁判、テロ関連法の広範な適用、長期の未決拘禁、強制失踪、拷問、弁護権の制限など、死刑判決へ至る司法手続き全体に及んでいる。

国際的な評価で特に重視されているのは、「エジプトが死刑制度を維持している」という事実だけではない。むしろ、死刑判決が公正な裁判を受ける権利を侵害するような手続きの中で下されている場合、死刑執行そのものが恣意的な生命の剥奪に転化する危険性があるという点である。

国連による批判

国連は長年にわたり、エジプトに対して死刑判決、大量裁判、テロ対策法制、恣意的拘禁、拷問などについて懸念を表明してきた。特に国連の特別手続は、具体的な事件について政府へ情報提供と説明を求める通信を繰り返しており、これはエジプトの司法・治安政策が国際人権基準に適合しているかを検証する重要な資料となっている。

国連による批判の重要な特徴は、死刑だけを孤立した問題として扱っていないことである。死刑判決の前段階にある拘禁、取り調べ、弁護士へのアクセス、証拠の収集、裁判所の独立性などを一体的に検討し、そこに重大な瑕疵がある場合には、最終的な死刑執行が恣意的な処刑に当たる可能性を指摘している。

2026年7月にもヒューマン・ライツ・ウォッチは、エジプトの死刑事件について、国連人権高等弁務官事務所、国連の独立専門家・作業部会、アフリカ人権委員会などが、違法な大量死刑判決を繰り返し批判してきたと整理している。さらに複数の国連専門家が、特定の死刑事件について適正手続きと公正な裁判に関する「深刻な懸念」を表明し、執行されれば「恣意的処刑」に当たる可能性を指摘している。

この点は非常に重要である。国連側が問題にしているのは、必ずしも被告人が無実であると確定したということではなく、国家が生命を奪う刑罰を執行するために必要な最低限の司法的保障を満たしているかという問題だからである。

国連特別手続はまた、政治的反対者や平和的活動家に対するテロ関連法の適用についても繰り返し懸念を示している。2025年に発生した平和的なパレスチナ連帯活動をめぐる逮捕についても、テロ対策・国家安全保障関連の容疑が平和的な表現活動を抑制するために利用された可能性が問題となった。

このような国連の指摘を総合すると、エジプトにおける問題は「死刑制度の是非」だけではないことが明確になる。テロ対策という正当な国家目的が、政治的反対意見を処罰するための法的根拠へ拡張されていないか、そしてそのような事件で死刑を含む極端な刑罰が適用されていないかが核心となる。

国際人権NGOのキャンペーン

国際人権NGOの中では、アムネスティ・インターナショナルとヒューマン・ライツ・ウォッチが、エジプトの死刑制度と司法手続きについて特に継続的な調査を行っている。両団体はいずれも死刑制度そのものに反対する立場を取っているため、死刑制度に対する一般的な反対と、エジプトの個別事件についての法的・事実的批判を区別して読む必要がある。

アムネスティは2026年5月に公表した2025年の死刑に関する年次報告で、エジプトについて2025年に492件の死刑判決を記録したとしている。これは2024年の365件から35%増加した数字であり、死刑判決の増加という点では非常に大きな変化である。

一方、実際に執行された人数は23人で、2024年の13人から増加した。アムネスティによれば、エジプトの執行数は2025年にほぼ倍増しており、死刑判決だけでなく実際の執行も増加したことが確認できる。

ただし、ここでも統計の読み方には注意が必要である。492件という数字は政治事件だけを意味せず、一般刑事事件も含むため、この数字をそのまま「政治的弾圧による死刑判決」と解釈することはできない。

それでも、アムネスティはエジプトについて、テロ関連事件を扱う刑事裁判所を含め、公正な裁判に重大な問題がある事件で死刑判決が言い渡されていると報告している。さらに死刑の対象には薬物密売や強姦など、国際人権法上の「最も重大な犯罪」として原則的に意図的殺人に限定すべきとされる範囲を超える犯罪が含まれていると批判している。

アムネスティのキャンペーンでは、個別の死刑事件について死刑判決の破棄、再審、公正な裁判、拷問疑惑の調査、死刑執行の停止などが求められている。こうした活動の目的は、単に「死刑囚を救う」ことだけではなく、死刑判決の根拠となった司法手続きそのものを検証することにある。

ヒューマン・ライツ・ウォッチも同様に、エジプトの死刑制度をより広い司法制度の問題として扱っている。同団体の2026年版世界人権報告によれば、2025年には約6,000人がテロ関連事件として刑事裁判に移され、その半数以上が数か月から数年間にわたって未決拘禁されていた。

さらに同報告は、こうしたテロ事件が集団裁判として処理されることが多く、被告人に公正な裁判の保障が十分に与えられず、具体的な物的証拠や個人の刑事責任が十分に立証されないまま、未決拘禁が長期化するケースがあると指摘している。

この点から、国際NGOの批判は二つの層に分けて理解できる。第一は「死刑そのものを廃止すべきだ」という原則的批判であり、第二は「仮に死刑制度を存置する場合でも、公正な裁判を欠く死刑判決は認められない」という司法手続き上の批判である。

国際社会から見た「テロ対策」と人権の衝突

エジプト政府が直面してきたテロの脅威そのものを無視することはできない。特にシナイ半島では武装勢力による攻撃が続き、警察、軍、政府施設、民間人などが被害を受けてきたため、政府がテロ組織を摘発し、武装勢力による攻撃を防止することには正当な公共安全上の目的がある。

しかし、国際人権法上、国家安全保障を理由として基本的人権を無制限に制限することは認められていない。テロ対策は具体的な暴力行為を防止するために必要な範囲で実施されるべきであり、平和的な政治活動や政府批判までテロ犯罪として扱えば、テロ対策の正当性そのものが損なわれる。

エジプトをめぐる国際的批判が繰り返されているのは、この境界線が曖昧になっているとみられるためである。ヒューマン・ライツ・ウォッチは2026年版報告で、2025年に当局が平和的な批判者や人権擁護活動家を組織的に抑圧し、市民空間を大きく制限したと評価している。

また、同団体は2025年に少なくとも168人が、複数の平和的活動家を含め、「濫用的なテロ容疑」による集団裁判へ送られたと報告している。これは、テロ対策法制が武装勢力への対処だけではなく、政治活動家や政府批判者に対する刑事手段として利用される可能性を示す材料となっている。

ここで重要なのは、「すべてのテロ関連起訴が政治的弾圧である」と一般化することではない。テロ犯罪については実際に暴力行為へ関与した被告人も存在し得るため、個々の事件について具体的な犯罪行為、証拠、裁判手続きの内容を区別して評価する必要がある。

しかし、国際人権団体が問題視しているのは、具体的な暴力行為への関与が明確でない人々にもテロ罪が適用されているというパターンである。もしそのような訴追が大量に行われ、その一部が集団裁判や長期未決拘禁へつながり、さらに死刑が適用されるならば、テロ対策と政治的弾圧の境界は極めて曖昧になる。

「死刑の増加」をどう評価するべきか

2025年にエジプトで記録された492件の死刑判決は、同国の死刑制度を評価する上で重要な数字である。しかし、この数字だけから政治的弾圧が増加したと結論付けることはできない。

死刑判決数には一般犯罪が含まれ、また死刑判決は最終的な執行とは異なる。さらに司法上の再審査や恩赦、減刑などによって判決が変更される可能性があるため、統計を「政府が492人を処刑した」という意味に置き換えてはならない。

一方、死刑判決数と執行数を、テロ関連訴追や不公正な裁判の報告と組み合わせて分析すると、別の重要な傾向が見えてくる。すなわち、エジプトでは2025年にも死刑制度が活発に運用される一方、同時期に数千人規模のテロ関連訴追と集団裁判が行われていたという事実である。

したがって、死刑判決の増加そのものを政治的弾圧の証拠とするのではなく、「死刑が適用される可能性のある刑事司法システムへ、政治的反対者や平和的活動家がどの程度取り込まれているのか」という視点で検証することが適切である。

今後の展望

今後の最大の焦点は、エジプト政府がテロ対策と国家安全保障を維持しながら、司法制度の公正性をどこまで改善できるかである。特に、長期未決拘禁、集団裁判、強制失踪、拷問、弁護士へのアクセス制限、テロ罪の広範な適用などを是正しなければ、死刑制度に対する国際的な批判は今後も続く可能性が高い。

2026年版のヒューマン・ライツ・ウォッチ報告では、エジプト当局が「Recycling(リサイクリング)」または「Rotation(ローテーション)」と呼ばれる手法を継続していると指摘されている。これは、拘禁中の批判者について以前の事件とほぼ同じ内容の新たな事件を設定し、釈放を妨げる手法とされ、2025年8月には国連人権高等弁務官もこの慣行を非難したと報告されている。

また、未決拘禁の更新をビデオ会議で行う運用についても、人権上の懸念があるとされる。被拘禁者本人を裁判官の前に直接連れて行かない場合、裁判官が拘禁状況や身体的状態を確認することが困難になり、弁護士との相談を含む公正な手続き上の保障が弱まる可能性がある。

こうした制度を改善するためには、死刑制度だけを単独で改革するのでは不十分である。まず恣意的拘禁や強制失踪を防止し、取り調べへの弁護士立会いや迅速な司法審査を保障し、拷問による供述を排除し、テロ犯罪の構成要件を明確化し、個人の具体的な犯罪行為に基づいて責任を判断する仕組みを強化する必要がある。

さらに、死刑事件については特に高い証明基準と厳格な上訴・再審査制度を確保することが重要となる。もし拷問や強制失踪の疑惑がある事件で死刑判決が下されているのであれば、執行を停止した上で、独立した機関による調査と公正な再審理を行うことが国際的な信頼を回復するための最低条件となる。

エジプト政府がこうした改革を実施するかどうかは、国内の人権状況だけでなく、欧米諸国や国際金融機関との関係にも影響する可能性がある。エジプトは地域の安全保障、ガザ情勢、難民・移民問題、スエズ運河などの観点から国際的に重要な国家であるため、人権問題について国際社会がどこまで強い圧力を維持できるかも重要となる。

一方、エジプト政府から見れば、テロや武装勢力による攻撃が存在する以上、国家安全保障上の強硬措置を簡単に放棄することは難しい。したがって今後の現実的な改革の方向は、テロ対策そのものを否定することではなく、暴力的犯罪への対処と平和的な政治活動の処罰を明確に分離することにある。

まとめ

エジプトの死刑制度について、「政治的弾圧・反体制派の抑圧に悪用されている」と評価する場合、死刑判決の数字だけを根拠にすることは適切ではない。より重要なのは、2013年以降に強化された国家安全保障・テロ対策体制の中で、政治的反対者や政府批判者がテロ関連犯罪の対象となり、その一部が集団裁判、長期未決拘禁、軍事裁判などを経て、死刑を含む極めて重い刑罰に直面しているという構造である。

2025年にはエジプトで492件の死刑判決が記録され、23件の死刑執行が確認された。さらに同年には約6,000人がテロ関連事件で刑事裁判に移され、ヒューマン・ライツ・ウォッチはその中に平和的活動家を含む集団裁判が存在すると報告している。

これらの数字を一つにまとめて「492人全員が政治犯だった」と結論付けることはできない。しかし、テロ罪の広範な適用、集団裁判、公正な裁判へのアクセス制限、拷問・強制失踪の疑惑、長期未決拘禁などが同時に報告されていることから、死刑制度が運用される司法環境そのものについて重大な検証が必要であることは明らかである。

国連や国際人権NGOが繰り返し要求しているのも、単純な「エジプト政府への死刑廃止要求」だけではない。具体的には、死刑判決の執行停止、重大な公正な裁判違反がある事件の再審、拷問疑惑の独立調査、恣意的拘禁の停止、テロ罪の濫用防止、弁護権の保障など、死刑へ至るまでの司法過程全体の改革が求められている。

したがって、本テーマについて最も妥当な結論は、「エジプトの死刑制度が法律上、反体制派を処刑するためだけに存在する」という単純な断定ではない。より慎重かつ実証的には、テロ対策・国家安全保障法制が広範に運用される環境の中で、政治的反対者や平和的活動家が刑事司法の対象となり、公正な裁判を受ける権利への重大な懸念が存在する事件で死刑判決が下されているため、死刑制度が政治的抑圧を補完する刑罰手段として機能し得る構造が存在すると評価するのが適切である。

この問題をさらに深く理解するには、「死刑判決が多い」という結果だけでなく、「誰が、なぜ逮捕され、どの法律で起訴され、どのような証拠が提示され、どのような裁判を受け、最終的にどのような刑罰を受けたのか」という個別事件の積み重ねを見る必要がある。エジプトのケースでは、その一連の過程に繰り返し国際的な懸念が示されていることこそが、死刑制度と政治的抑圧の関係を検証する上で最も重要な事実である。


参考・引用リスト

  • Amnesty International, Death Sentences and Executions 2025, 18 May 2026. エジプトの2025年の死刑判決492件、死刑執行23件などの国際比較統計を使用した。
  • Amnesty International, Egypt: Human Rights in Egypt 2025. テロ関連訴追、公正な裁判への懸念、死刑の適用範囲、拷問・拘禁問題などを参照した。
  • Human Rights Watch, World Report 2026: Egypt. 2025年の政治的弾圧、約6,000人規模のテロ関連裁判、集団裁判、長期未決拘禁、「recycling/rotation」などを参照した。
  • Human Rights Watch, Egypt: Muzzling Dissidents, Narrowing Civic Space, 4 February 2026. 2025年のエジプトにおける市民空間、反体制派、ジャーナリスト、人権活動家への弾圧について参照した。
  • Human Rights Watch, Egypt: Prisoner with Apparent Brain Tumor Denied Care, 8 July 2026. 死刑事件における拷問疑惑、適正手続き、国連・アフリカ人権委員会による大量死刑判決への批判について参照した。
  • 国連人権高等弁務官事務所(OHCHR)および国連特別手続。エジプトにおけるテロ対策、恣意的拘禁、強制失踪、拷問、平和的活動への刑事訴追などに関する各種通信・見解を参照した。
  • 本稿では、国際機関・NGOの主張をすべて確定事実として扱わず、各資料が「政府による説明」「確認された司法上の事実」「人権機関による申し立て・評価」のいずれに該当するかを区別して分析した。

追記

2026年8月時点でエジプトの死刑制度を評価すると、今後の焦点は「死刑を存置するか廃止するか」という二者択一だけでは捉えきれない。より差し迫った課題は、死刑判決が下される司法手続きの透明性と公正性を確保し、テロ対策や国家安全保障を理由とした刑事司法の運用が、政治的反対者や平和的活動家の抑圧へ転化しないよう制度的な歯止めを設けることである。

2025年の統計を見ると、エジプトでは492件の死刑判決が記録され、2024年の365件から35%増加した。一方、死刑執行も2024年の13人から2025年には23人へ増加しており、判決だけでなく実際の執行についても増加傾向が確認されている。

ただし、この数字だけをもって「政治的弾圧が35%増加した」と解釈することはできない。492件には一般刑事事件も含まれており、政治的事件と一般犯罪を区別しなければ、死刑制度と政治的抑圧との因果関係を過大評価することになる。

しかし、統計と司法手続きに関する情報を組み合わせると、より重大な問題が浮かび上がる。アムネスティ・インターナショナルは2025年のエジプトについて、テロ関連事件を扱う裁判を含め、公正な裁判に重大な問題がある事件で死刑判決が下されていると報告している。

このため、今後の改革では死刑判決の件数だけを減らすのではなく、死刑事件における司法手続きを根本から強化する必要がある。具体的には、逮捕直後からの弁護士へのアクセス、家族への通知、司法当局による迅速な拘禁審査、証拠の全面的な開示、拷問による自白の排除、独立した裁判所による審理、実効的な上訴制度などが不可欠となる。

「テロ対策」と「政治的弾圧」の境界

エジプト政府がテロ対策を必要としていること自体を否定することは適切ではない。シナイ半島などでは武装勢力による攻撃が発生してきたため、政府には市民を保護し、殺人や爆破などの重大犯罪を防止する責任がある。

問題は、その正当な目的のために設けられた法制度が、暴力犯罪を実際に行った人物だけではなく、政府に批判的な政治活動家、ジャーナリスト、人権擁護者、平和的デモ参加者などにも広く適用される場合である。ヒューマン・ライツ・ウォッチは2026年版報告で、2025年に当局が平和的な批判者や人権擁護活動家を組織的に抑圧し、市民空間を著しく制限したと評価している。

ここで最も重要なのは、政治的弾圧が必ずしも「政治活動を禁止する法律」という形で現れるとは限らないことである。むしろ、テロ、国家安全保障、公共秩序、違法組織への所属などの刑事法上の概念を広く適用することで、政治的反対者を通常の政治空間から刑事司法の領域へ移すことが可能になる。

その意味で、死刑は政治的弾圧の出発点というより、刑事司法化された弾圧の最終段階に位置する場合がある。政治的反対者が逮捕され、テロ関連容疑で拘禁され、長期にわたって裁判を受け、集団裁判などを経て重刑を科され、その最終的な選択肢の一つとして死刑が存在するという構造である。

「死刑制度の悪用」という表現をどう評価するか

本稿のタイトルである「政治的弾圧・反体制派の抑圧への悪用」という表現についても、厳密な検証が必要である。エジプトの法律に「反体制派であること自体を理由として死刑にする」という明文規定が存在するわけではないため、「政府が反対派を直接死刑にしている」と一般化するのは学術的には適切ではない。

より正確なのは、死刑が適用され得るテロ・国家安全保障関連の刑事司法制度が、政治的反対者を処罰するためにも利用されているとの国際的な懸念が継続して存在するという表現である。この場合、問題は法律の条文だけではなく、誰に法律が適用され、どのような証拠によって有罪とされ、どのような裁判を受けたかという「運用」にある。

この区別は極めて重要である。国家にはテロ犯罪を捜査・処罰する権限がある一方、その権限は個人の政治的意見を犯罪化するための白紙委任ではないからである。

国際人権機関が繰り返し問題にしているのも、この点である。アムネスティは2025年について、エジプト当局が数千人をテロ関連犯罪で裁判に付し、その中には平和的に人権を行使したことだけを理由として標的にされた人々も含まれると報告している。

ヒューマン・ライツ・ウォッチも、2025年に168人の被告が「濫用的なテロ容疑」に基づく集団裁判へ送られ、その中には平和的活動家が含まれていたと報告している。こうした事例は、テロ対策法制が単なる武装勢力対策にとどまらず、政治的・市民的活動を制限する手段として機能している可能性を示している。

死刑判決と死刑執行を区別する必要性

エジプトの死刑問題を論じる際には、「死刑判決」と「死刑執行」を明確に区別することも重要である。2025年の492件という数字は、その年に新たに言い渡された死刑判決の記録であり、同じ年に492人が処刑されたことを意味しない。

アムネスティによれば、2025年にエジプトで記録された死刑執行は23人であった。これは2024年の13人から増加しているが、死刑判決数とは大きな差がある。

この差は、上訴、再審査、減刑、恩赦などが存在することを意味する。したがって死刑判決が増えたからといって、直ちに同数の人命が奪われるわけではない。

一方で、死刑判決が大量に出されること自体にも重大な意味がある。第一審段階であっても、死刑という刑罰に直面することは被告人とその家族に極めて大きな心理的・社会的圧力を与えるからである。

特に政治事件では、死刑判決そのものが活動家や支持者に対する威嚇効果を持つ可能性がある。たとえ最終的に減刑されたとしても、逮捕、長期拘禁、死刑判決という過程自体が政治活動を抑制する効果を持ち得る。

国際社会が求める改革

国際社会から求められている改革は、概ね四つの領域に整理できる。第一は死刑そのものの縮小・廃止、第二は公正な裁判の保障、第三は拷問・強制失踪などの防止、第四はテロ関連法制の適正化である。

死刑については、アムネスティを含む国際人権NGOが全面的な廃止を求めている。2025年末時点で、世界では145か国が法律上または実務上死刑を廃止しており、完全な死刑廃止国も113か国に達していることから、死刑廃止は国際的には長期的な潮流となっている。

しかしエジプトが直ちに死刑を全面廃止することが政治的に実現するかは不透明である。そのため、現実的な短期的改革としては、まず死刑適用を国際人権法上の「最も重大な犯罪」に限定し、公正な裁判を欠いた事件について死刑判決を取り消すことが重要となる。

第二の改革は司法手続きである。ヒューマン・ライツ・ウォッチは2026年版報告で、エジプトではテロ事件に関する約6,000人の裁判が始まり、その半数以上が数か月から数年間にわたり未決拘禁されていたと報告している。さらに同団体は、テロ関連事件が集団裁判で処理され、個々の被告の刑事責任が十分に立証されないまま拘禁が長期化するケースを問題視している。

第三は拷問・強制失踪への対応である。人権侵害の疑いがある拘禁施設について独立した調査を行い、拷問によって得られた自白を裁判から排除し、違法行為を行った公務員の責任を問う仕組みが必要となる。

第四はテロ関連法制の明確化である。テロ行為と平和的な政治活動を明確に区別し、政府批判、報道、人権活動、平和的なデモ、政治組織への合法的参加などを、具体的な暴力犯罪の証拠なしにテロ関連犯罪へ転換できないようにする必要がある。

エジプト政府側の論理とその評価

ここまで国際人権団体側の批判を中心に検討してきたが、論文的な分析ではエジプト政府側の論理も考慮しなければならない。政府から見れば、2013年以降の政治的混乱、警察・軍・政府施設への攻撃、シナイ半島における武装勢力の活動などに対応するため、通常時より強力な治安政策が必要だったという主張には一定の背景がある。

また、死刑制度についても、政府側は重大犯罪に対する国内法上の刑罰として運用しており、裁判所による審査や上訴などの手続きが存在すると説明してきた。グランド・ムフティへの諮問など、死刑判決に追加的な手続きが設けられていることも、制度上の審査を重視していることの一例として位置付けられる。

したがって、「政府がテロ対策を口実にすべての反対派を処刑している」という説明では、エジプトの現実を正確に捉えられない。実際にテロ攻撃を行った人物や重大な暴力犯罪に関与した人物については、政治的立場とは無関係に刑事責任を問う正当な理由が存在するからである。

問題は、その正当な治安対策と、平和的な政治活動への抑圧をどこで区別するかにある。ここで重要になるのが、個々の事件について具体的な犯罪行為が立証されているか、証拠が拷問によって得られたものではないか、弁護人が十分な活動を行えたか、裁判所が独立していたかという客観的な基準である。

総合評価

以上を総合すると、エジプトの死刑制度については、三つの異なるレベルを区別する必要がある。第一は「死刑という刑罰そのものの是非」、第二は「死刑を適用する犯罪の範囲」、第三は「死刑判決に至る司法手続きの公正性」である。

第一の問題について、アムネスティなどは死刑そのものを廃止すべきだと主張している。第二については、エジプトが意図的殺人に限定されない犯罪にも死刑を適用していることが国際人権法上の問題として指摘されている。

そして第三の問題が、本稿のテーマである「政治的弾圧・反体制派抑圧への悪用」と最も直接的に関係する。テロ関連事件で公正な裁判が十分に保障されず、集団裁判、長期未決拘禁、弁護権の制限、拷問・強制失踪などが存在するならば、そこで下される死刑判決の正当性には重大な疑問が生じる。

したがって、最も慎重で実証的な評価は、エジプトの死刑制度が法律上「反体制派を処刑するための制度」と明記されているということではなく、死刑を含むテロ・国家安全保障刑事司法の運用が、政治的反対者や平和的活動家の抑圧と重なっている事例が継続的に報告されており、その司法手続きにも重大な公正性上の懸念が存在するというものである。

この評価ならば、政府が直面する現実のテロ脅威を無視することなく、同時に人権団体の主張も過度に一般化せずに扱うことができる。すなわち、「テロ対策の必要性」と「国家による人権侵害の禁止」は両立可能であり、両者を対立する二択として扱う必要はない。

最後に

エジプトの死刑制度は、単なる刑罰政策としてではなく、2013年以降の国家安全保障政策、テロ対策、政治的反対派への取り締まり、司法制度の運用と一体的に分析する必要がある。特にムスリム同胞団のテロ組織指定以降、政治的対立とテロ対策の境界が大きく変化し、その後も平和的活動家を含む人々へのテロ関連訴追が国際的な問題となっている。

2025年には492件の死刑判決が記録され、23件の死刑執行が行われた。判決数は2024年から35%増加しており、死刑の活発な運用が続いていることは明確である。

同時に、アムネスティは2025年のエジプトについて、テロ関連裁判を含む不公正な裁判の後に死刑判決が下されていること、意図的殺人以外の犯罪にも死刑が適用されていることを報告している。

ヒューマン・ライツ・ウォッチは、約6,000人のテロ関連被告の裁判、集団裁判、長期未決拘禁、弁護権の侵害、「Recycling(リサイクリング)/Rotation(ローテーション)」と呼ばれる拘禁継続手法などを報告している。こうした問題は、死刑制度だけを改革すれば解決するものではなく、刑事司法制度全体の改革が必要であることを示している。

結論として、エジプトの死刑制度について「政治的弾圧に悪用されている」とする国際人権団体の批判には、一定の具体的根拠が存在する。ただし、その根拠は「死刑判決を受けた者が反体制派だった」という単純な相関関係ではなく、政治的反対者がテロ・国家安全保障関連犯罪として刑事司法へ取り込まれ、その過程で公正な裁判に重大な問題が指摘され、結果として死刑を含む極刑に直面するという制度運用上のパターンにある。

したがって、今後の検証では、死刑判決の総数だけではなく、個別事件の被告人の政治的背景、起訴罪名、具体的な犯罪行為、証拠、拘禁期間、弁護士へのアクセス、拷問の有無、裁判所の判断、上訴結果、最終的な減刑・執行までを追跡する必要がある。この方法によって初めて、「通常の重大犯罪に対する死刑」と「政治的抑圧を補完する刑罰としての死刑」を実証的に区別できる。

最終的に問われているのは、エジプトにテロ対策を行う権利があるかどうかではない。問われているのは、テロ対策という正当な国家目的が、政治的反対意見を犯罪化するための手段へ変質していないか、そして国家が生命を奪うという究極の刑罰を科す際に、国際人権法が要求する最低限の公正な裁判を確実に保障しているかという点である。

この観点から見ると、2026年8月時点のエジプトについては、死刑制度の運用、テロ関連刑事司法、政治的弾圧、司法手続きの公正性を別々の問題として扱うのではなく、一つの連続した制度構造として監視する必要がある。国連、アムネスティ・インターナショナル、ヒューマン・ライツ・ウォッチなどが異なる事件について繰り返し類似した懸念を示していることは、その必要性を裏付ける重要な材料となっている。

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