紙巻きとは別種のリスク?「加熱式タバコ」が肺で起こしていること
加熱式タバコは、紙巻きタバコとは異なる仕組みでニコチンを含むエアロゾルを発生させる製品である。
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現状(2026年8月時点)
加熱式タバコは、紙巻きタバコに代わる新しいニコチン製品として急速に普及した。紙巻きタバコのようにタバコ葉そのものを燃焼させるのではなく、専用のタバコスティックなどを電気的に加熱し、ニコチンや香味成分などを含むエアロゾルを発生させ、それを吸入する仕組みである。
この構造から、「燃やさないから煙が出ない」「紙巻きタバコより有害物質が少ない」「したがって肺への害も小さい」というイメージが形成されてきた。実際、加熱式タバコの排出物には紙巻きタバコの煙より濃度が低い有害成分が多く存在する一方、だからといって健康影響が小さいこと、まして安全であることが証明されたわけではない。
米国疾病予防管理センター(CDC)は、加熱式タバコについて、紙巻きタバコと共通する有害成分を含むだけでなく、紙巻きタバコには存在しない別の有害成分が含まれる場合もあると整理している。また、短期・長期の健康影響については、なお研究が必要だとしている。
ここで重要なのは、「有害物質の量」と「疾病リスク」を同じものとして扱わないことである。ある化学物質の曝露量が紙巻きタバコより低くても、その曝露がゼロになるわけではなく、肺の組織、気道上皮、免疫系、血管系などに何らかの生物学的作用を引き起こす可能性が残る。
さらに、加熱式タバコに関する研究は紙巻きタバコに比べて歴史が浅い。肺がんやCOPDのように、数十年単位の曝露によって発症リスクが蓄積する疾患については、現在得られている研究だけから最終的なリスクを確定することには限界がある。
2025年に公表された加熱式タバコ使用に関する包括的な系統的レビューでも、加熱式タバコの相対的・絶対的な安全性は依然として明らかではないとされている。つまり2026年8月時点の科学的な位置づけは、「紙巻きタバコより曝露する一部の有害物質が少ない製品」ではあっても、「肺へのリスクが十分に小さいことが確認された製品」ではない。
したがって、現在の論点は「紙巻きタバコより安全か危険か」という二択だけではない。むしろ、燃焼を伴わないという構造上の違いによって、肺が受ける化学的・物理的刺激の種類がどのように変化し、その結果として細胞や組織に何が起きるのかを分けて考える必要がある。
紙巻きタバコと加熱式タバコ(エアロゾル)のメカニズム的違い
紙巻きタバコでは、タバコ葉を数百度からそれ以上の温度で燃焼させることで煙が発生する。燃焼によって、ニコチンだけでなく、一酸化炭素、タール、アルデヒド類、多環芳香族炭化水素、たばこ特異的ニトロソアミン、微粒子、各種揮発性有機化合物など、多数の化学物質が生成される。
この「燃焼」という現象が紙巻きタバコの大きな特徴である。燃焼は極めて複雑な化学反応を引き起こすため、単にタバコ葉に元々含まれている物質だけではなく、加熱・燃焼過程で新たに形成される化学物質が大量に生じる。
一方、加熱式タバコでは、基本的にタバコ葉を完全燃焼させるのではなく、専用の装置によって一定の温度帯まで加熱する。その結果として発生するのが、紙巻きタバコの「煙」とは異なるエアロゾルである。
エアロゾルとは、気体中に液体や固体の非常に小さな粒子が分散した状態を指す。したがって、「煙ではない」という説明だけから、肺に何も残さない気体を吸っていると理解するのは正確ではない。
加熱式タバコのエアロゾルには、ニコチン、香味成分、揮発性有機化合物、カルボニル化合物、粒子状物質などが含まれる。製品や使用条件によって成分や濃度は異なるため、「加熱式タバコ」という一つのカテゴリーだけで排出物を完全に同一視することにも注意が必要である。
ここで紙巻きタバコとの最も重要な違いを整理すると、紙巻きタバコでは「燃焼によって生じる大量の化学反応」が中心となるのに対し、加熱式タバコでは「燃焼を抑えながら、加熱されたタバコ葉から成分を揮発・移行させること」が中心となる。
しかし、燃焼がないことは「化学反応がない」ことを意味しない。加熱されたタバコ葉や添加成分、装置内部の材料などが熱にさらされることで、さまざまな分解反応や化学変化が起こり、結果として健康影響を持つ可能性のある物質が発生する。
この違いは、今回のテーマを理解するうえで極めて重要である。紙巻きタバコでは「燃焼煙への曝露」が大きな問題になるのに対し、加熱式タバコでは「加熱によって生成・放出されたエアロゾルへの曝露」が中心になるからである。
したがって、加熱式タバコのリスクを評価するときには、「紙巻きタバコの煙が薄くなっただけ」と考えるのも、「煙がないので肺への害がない」と考えるのも適切ではない。実際には、曝露する物質の量だけでなく、物質の種類、粒子の大きさ、吸入量、吸入頻度、肺の奥まで到達するかどうか、さらにそれらが細胞にどのような反応を起こすかまで考える必要がある。
紙巻きタバコ
紙巻きタバコの最大の問題は、燃焼によって極めて複雑な化学物質の混合物が生成され、それが呼吸器系へ直接送り込まれる点にある。煙に含まれる微小な粒子や化学物質は口腔、咽頭、気管、気管支を通過し、一部は肺胞にまで到達する。
肺は単なる「空気を入れる袋」ではない。肺胞では酸素と二酸化炭素の交換が行われ、その表面は極めて薄い上皮細胞と毛細血管によって構成されているため、吸入された微粒子や化学物質の影響を受けやすい。
紙巻きタバコ煙への慢性的な曝露は、気道上皮への傷害、慢性的な炎症、酸化ストレス、粘液分泌の異常、線毛機能の低下、免疫反応の変化などを引き起こす。こうした変化が長期間積み重なることで、慢性気管支炎や肺気腫を含む慢性閉塞性肺疾患(COPD)の発症・進行につながる。
さらに、煙に含まれる発がん性物質はDNA損傷などを介して細胞の遺伝的制御を乱す可能性がある。そのため紙巻きタバコは、呼吸器疾患だけでなく肺がんを含む多数の疾患との因果関係が確立している代表的な健康リスクである。
重要なのは、紙巻きタバコによる肺障害が単一の化学物質によって起きているわけではない点である。多数の物質が同時に存在する複雑な曝露によって、炎症、酸化ストレス、組織傷害、DNA損傷などが重なり合い、長期的な疾病リスクを形成している。
加熱式タバコ
加熱式タバコでは燃焼が抑えられるため、紙巻きタバコに比べて一部の有害成分の発生量が低下する場合がある。この点は加熱式タバコを評価するうえで無視できない事実であり、「紙巻きタバコと全く同じ曝露」とするのも科学的には正確ではない。
しかし、ここから「肺への影響も同じ割合で低下する」と結論づけることはできない。人体における疾病リスクは、個々の化学物質の濃度だけでなく、どの物質に、どれだけの時間、どのような頻度で曝露するかによって決まるからである。
加熱式タバコのエアロゾルにも、ニコチンや粒子状物質、刺激性・有害性を持つ可能性のある化学物質が含まれる。CDCも、加熱式タバコの排出物には紙巻きタバコと共通する化学物質が存在し、その濃度が低い場合でも「安全」を意味しないと明確に整理している。
さらに注目すべきなのは、加熱式タバコのリスク評価では「紙巻きタバコには少ない、あるいは存在しない物質」に目を向ける必要があることである。燃焼を減らすことで一部の物質が減少しても、加熱という別の製造・使用条件によって別の化学物質が生成する可能性がある。
このため、加熱式タバコを紙巻きタバコの「低濃度版」とだけ捉えることには限界がある。むしろ、紙巻きタバコとは異なる曝露プロファイルを持つ新しいタバコ製品として、その肺への影響を独立して検証する必要がある。
そして、ここからが本稿の核心となる。問題は「紙巻きタバコより有害物質が少ないか」だけではなく、実際にそのエアロゾルを肺へ吸い込んだとき、肺胞や気道の細胞で炎症、酸化ストレス、細胞傷害、細胞死などが発生するのかという点にある。
肺で何が起きているのか?(科学的・医学的検証)
加熱式タバコを吸入したとき、最初にエアロゾルが接触するのは口腔から咽頭、気管、気管支に至る気道上皮である。さらに微細な粒子や化学物質は気道の奥へ入り込み、条件によっては肺胞領域まで到達するため、加熱式タバコの影響を考える際には「喉への刺激」だけでなく、肺の深部で起こる生物学的反応まで見る必要がある。
健康な肺では、気道上皮が外部から侵入する異物に対する最初の防御壁として機能している。粘液によって粒子を捕捉し、線毛運動によって異物を排出し、さらに肺胞マクロファージなどの免疫細胞が侵入物を処理することで、呼吸器組織の恒常性が維持されている。
ところが、タバコ由来のエアロゾルが繰り返し侵入すると、この防御システムそのものが刺激を受ける。化学物質や粒子状物質が細胞表面に接触することで、酸化ストレスや炎症反応などが誘発され、長期的には組織環境そのものが変化する可能性がある。
ここで重要になるのが「酸化ストレス」である。細胞内では通常の代謝によって活性酸素種が発生するが、抗酸化システムによって処理されているため、一定の範囲内では問題にならない。
しかし、外部から酸化性物質や刺激性物質が大量に入り込むと、活性酸素種の産生と抗酸化能力のバランスが崩れる。これが酸化ストレスであり、細胞膜、タンパク質、ミトコンドリア、さらにはDNAなどに損傷を与える可能性がある。
紙巻きタバコでは、この酸化ストレスが慢性的な肺障害を形成する主要なメカニズムの一つとして知られている。加熱式タバコについても、エアロゾルへの曝露によって酸化ストレスや炎症に関連する反応が観察された研究があり、「燃焼がない」という一点だけでこれらの生物学的作用が消えるわけではない。
特に注目されるのが気道上皮細胞である。気道上皮細胞は単なる物理的な壁ではなく、炎症性サイトカインなどを放出して周囲の免疫細胞を呼び寄せる役割も持つ。
そのため、エアロゾルによって上皮細胞が刺激されると、局所的な炎症反応が始まる可能性がある。短期的には一過性の反応であっても、曝露が繰り返されれば慢性的な炎症環境につながる可能性があり、これが長期的な呼吸器疾患との関係を考えるうえで重要になる。
また、肺にはマクロファージや好中球などの免疫細胞が存在している。これらは異物を処理するために必要不可欠だが、慢性的な刺激を受けると、炎症反応に伴って放出される酵素や活性酸素などが周囲の組織を傷害することがある。
つまり、肺障害は「吸い込んだ化学物質が細胞を直接破壊する」という単純な構造だけではない。化学物質による直接的な細胞ストレスと、それに対して人体が起こす免疫反応が重なり、結果として組織傷害が形成されるという複合的な過程として理解する必要がある。
① 紙巻きと同等の「肺気腫(COPD)」発症リスク
ここで最も慎重な検証が必要なのが、加熱式タバコとCOPDとの関係である。COPDは、長期的な有害物質への曝露によって気道や肺胞が傷害され、慢性的な気流制限を生じる疾患群であり、肺気腫や慢性気管支炎などが含まれる。
紙巻きタバコはCOPDの最大の危険因子の一つであり、その因果関係は医学的に確立している。長期間の喫煙によって気道の炎症、粘液分泌異常、肺胞壁の破壊、酸化ストレスなどが進行し、徐々に肺機能が低下していく。
一方、加熱式タバコについては、紙巻きタバコと同じ規模・期間の疫学データがまだ存在しない。このため、「加熱式タバコは紙巻きタバコと同等のCOPD発症リスクがある」と現時点で断定するのは科学的に慎重さを欠く。
しかし、逆方向の「COPDリスクはない」という結論も成立しない。なぜなら、COPDにつながる可能性のある気道炎症、酸化ストレス、上皮細胞傷害など、疾病形成に関係する生物学的メカニズムが加熱式タバコによって刺激される可能性が示されているからである。
この問題を考える際には、「同等」という言葉を二つに分ける必要がある。一つは実際の人口集団で観察される最終的なCOPD発症率が同じという意味であり、もう一つはCOPDにつながる細胞・組織レベルの障害経路が共通しているという意味である。
前者については、現時点では長期的な観察研究が不足しているため確定的な比較はできない。後者については、加熱式タバコのエアロゾルによる炎症や酸化ストレスなど、紙巻きタバコによる肺障害と重なる生物学的経路が存在することが重要である。
したがって、「紙巻きより有害物質が少ない」という事実から「COPDリスクも比例して小さい」と推定することはできない。疾病は単純な化学物質の総量だけではなく、曝露の継続期間、物質の種類、個人差、喫煙歴、使用頻度など複数の要因によって決まるからである。
さらに現実の使用では、加熱式タバコだけを使用する人ばかりではない。紙巻きタバコと加熱式タバコを併用する「デュアルユース」が存在するため、加熱式タバコ単独のリスクを評価する際には、この使用パターンを区別する必要がある。
もし加熱式タバコを使いながら紙巻きタバコも吸っているなら、紙巻きタバコによる既知のリスクが残る。したがって、「加熱式タバコへ移行した」という事実だけでは、必ずしも喫煙関連疾患のリスクが大幅に消失したとは判断できない。
② 呼吸器細胞への直接的な細胞傷害とアポトーシス(細胞死)
肺への影響をさらに細かく見ると、重要なのが細胞レベルでの傷害である。細胞は有害な刺激を受けた場合、損傷を修復しながら生存することもあれば、損傷が大きい場合には自ら死ぬことで周囲の組織を守ろうとする。
この制御された細胞死の代表が「アポトーシス」である。アポトーシスは本来、古くなった細胞や異常な細胞を除去する正常な生理現象だが、過剰な細胞死が繰り返されれば組織の修復能力を損ない、慢性的な障害につながる可能性がある。
研究では、加熱式タバコ由来のエアロゾルに曝露された気道上皮細胞などで、細胞生存率の低下や酸化ストレス、炎症関連反応などが報告されている。こうした実験研究は、人間が実際に長期間使用した場合の疾病リスクをそのまま示すものではないが、「エアロゾルは生物学的に不活性ではない」ことを示す重要な材料になる。
特に重要なのは、細胞がエアロゾルに触れた際に単純に「毒で死ぬ」だけではない点である。細胞内では酸化還元状態、ミトコンドリア機能、DNA修復、炎症シグナルなど複数の経路が同時に変化する可能性がある。
ミトコンドリアは細胞のエネルギー産生を担う器官であり、その機能が障害されると細胞の代謝や生存能力に影響する。酸化ストレスによってミトコンドリアの機能異常が進行すれば、さらに活性酸素が増えるという悪循環が形成される可能性もある。
また、細胞傷害によって炎症関連シグナルが活性化すると、周囲の免疫細胞が反応する。これによって炎症が拡大すれば、最初にエアロゾルに曝露された細胞だけでなく、その周囲の組織にも二次的な影響が及ぶ可能性がある。
このような反応を長期的に繰り返すことが、慢性呼吸器疾患を考えるうえで重要になる。肺組織は一定の修復能力を持つものの、損傷と修復が繰り返されることで正常な組織構造が維持できなくなる可能性がある。
ただし、ここでも実験室で観察された細胞傷害と、人間の疾病発症を直接同一視してはいけない。培養細胞を高濃度のエアロゾル抽出物に曝露する実験は、実際の喫煙者の肺で起きている曝露条件を完全に再現しているわけではないからである。
それでも、こうした研究には大きな意味がある。疫学研究では数十年かかる可能性がある疾病リスクを、細胞レベルでどのような作用が起きるのかという「メカニズム」から先行して検討できるからである。
つまり、現時点で「加熱式タバコが何年後に何%の確率でCOPDを発症させる」と断定することはできなくても、エアロゾルが呼吸器細胞に酸化ストレスや炎症、細胞傷害を起こし得るという知見は、長期的なリスクを評価するうえで無視できない。
③ 「紙巻きとは別種」の化学物質・物理的リスク
加熱式タバコを理解するうえでもう一つ重要なのが、「紙巻きタバコより少ないもの」だけではなく、「何が新しく存在するのか」という視点である。加熱式タバコは燃焼を抑えているため、紙巻きタバコ煙とは異なる化学組成のエアロゾルを発生させる。
世界保健機関(WHO)などが指摘しているように、加熱式タバコでは一部の有害物質が紙巻きタバコより低濃度になる一方、特定の化学物質については必ずしも同じ方向に減少するとは限らない。加熱温度、製品設計、タバコ葉の種類、添加物、吸引方法などによって排出物の組成が変化するためである。
ここには重要な逆説がある。「燃焼しない」という技術によって燃焼由来の物質の一部を減らすことができても、加熱という別の環境によって新たな化学反応が発生する可能性があるという点である。
さらに、肺に入るのは化学物質だけではない。エアロゾルには微細な粒子が存在し、それらが呼吸器の奥まで到達する可能性がある。
粒子の大きさは肺への沈着場所を左右する重要な要素である。非常に小さい粒子は上気道で捕捉されず、気管支の奥や肺胞付近まで到達する可能性があるため、単純に「煙ではないから粒子がない」と考えることはできない。
この点は「煙」と「エアロゾル」という言葉の違いにも関係している。見た目に煙が少ない、あるいは臭いが紙巻きタバコより弱いことと、肺に吸入される粒子や化学物質が少ないことは同じ意味ではない。
また、加熱式タバコでは使用時の温度制御が重要になる。装置の設計上想定された条件と実際の使用条件が異なれば、発生する化学物質の種類や濃度も変化する可能性がある。
したがって、加熱式タバコのリスクを「タールが少ない」「一酸化炭素が少ない」といった単一指標だけで判断するのは不十分である。肺が受ける曝露は、多数の化学物質と粒子の混合物として捉えなければならない。
この意味で、加熱式タバコは「紙巻きタバコの弱いバージョン」というより、紙巻きタバコとは異なる曝露パターンを持つ製品と考える方が科学的には適切である。紙巻きタバコと共通するリスクが存在する一方、加熱式タバコ固有の化学的・物理的特徴についても独立した評価が必要になる。
臨床医学・学会の総合的な見解
ここまで見てきたように、加熱式タバコには紙巻きタバコとは異なる曝露特性がある。一部の有害物質への曝露が減少する可能性がある一方で、ニコチンやその他の有害化学物質、微粒子への曝露がなくなるわけではなく、肺や循環器系への生物学的影響も完全には解明されていない。
この問題を臨床医学の視点から考えると、最も重要なのは「紙巻きタバコとの相対比較」と「非使用者との絶対比較」を分けることである。紙巻きタバコから加熱式タバコへ完全に切り替えた場合、特定の有害物質への曝露が低下する可能性はあるが、タバコ製品を一切使用しない状態と比較すれば、依然として有害物質への曝露が残る。
この点は、系統的レビューでも確認されている。コクラン(Cochrane)によるレビューでは、加熱式タバコ使用者は紙巻きタバコ喫煙者より測定された一部の毒性物質への曝露が低かった一方、すべてのタバコ使用をやめた人よりは曝露が残る可能性が示された。
したがって、医学的な比較対象を「紙巻きタバコ」に限定すると、加熱式タバコの一部の特徴を過大評価することになる。臨床医学で本当に重要なのは、患者の健康状態を最終的にどこまで改善できるかであり、「別のタバコ製品へ移行したこと」そのものが治療目標になるわけではない。
欧州呼吸器学会(ERS)も、加熱式タバコについて、紙巻きタバコより有害性が低い可能性を完全に否定するのではなく、それでも肺や健康に有害であり、ニコチン依存性もある製品として位置づけている。そのうえで、肺や人の健康を損なう製品を推奨することはできないという立場を示している。
この見解は、加熱式タバコをめぐる医学的議論の難しさをよく表している。つまり、「紙巻きタバコより有害物質が少ない可能性がある」という限定的な事実と、「健康上推奨できる」という臨床的判断の間には大きな隔たりが存在する。
さらに、加熱式タバコの長期的な疾病リスクについては、紙巻きタバコほど長期間にわたる疫学データが蓄積していない。肺がん、COPD、心血管疾患などは発症までに長い時間を要するため、数年程度の観察で「長期的にも安全」と判断することはできない。
臨床医学においては、このような「まだ十分なデータがない」状態そのものが重要な情報になる。リスクが確認されていないことと、リスクが存在しないことは同じではないからである。
特に加熱式タバコは、比較的新しい製品であるため、将来的にどの程度の疾病負担をもたらすのかについては継続的な追跡調査が必要になる。現在の研究から確認できる短期的な生物学的影響と、数十年後に現れる可能性がある慢性疾患リスクを分けて考えなければならない。
「安全な代替品」ではない
加熱式タバコを「安全な代替品」と表現することには、科学的にも臨床的にも問題がある。なぜなら、「紙巻きタバコより一部の有害物質への曝露が少ない可能性」と「健康被害がない」という意味は全く異なるからである。
たとえば、ある有害物質の曝露量が半分になったとしても、残りの半分が安全だとは限らない。さらに、疾病リスクは一つの物質だけで決まらず、複数の化学物質、粒子、ニコチン、炎症反応、酸化ストレスなどが複合的に作用する。
ここでは「リスク低減」と「無害化」を区別する必要がある。前者は、ある製品から別の製品へ完全に移行することで特定の曝露が減る可能性を意味するが、後者は健康への有害性そのものが消えることを意味する。
加熱式タバコについて現時点で言えるのは、少なくとも後者ではない。紙巻きタバコと同じようにニコチンを供給し、肺へエアロゾルを吸入させる以上、肺組織が何らかの曝露を受け続けることは避けられない。
しかも、製品を「安全」と認識すると、使用頻度が増える可能性もある。健康リスクの認識が低下すれば、結果として長期間の使用が継続される可能性があり、個人レベルだけでなく公衆衛生上の問題にもつながる。
もう一つ重要なのが「完全切替」と「併用」の違いである。紙巻きタバコから加熱式タバコへ完全に切り替えた場合と、紙巻きタバコを吸いながら加熱式タバコも使う場合では、健康影響を同一視できない。
特に併用では、紙巻きタバコによる既知の曝露が残る。加熱式タバコによって紙巻きタバコの本数が減ったとしても、喫煙を完全にやめていなければ、紙巻きタバコ由来のリスクを単純にゼロとすることはできない。
このため、医療現場で加熱式タバコについて説明する場合には、「紙巻きタバコより安全」という短い表現だけでは不十分である。少なくとも「完全切替なのか」「併用なのか」「最終的な目標は禁煙なのか」を分けて考える必要がある。
禁煙補助としてのエビデンスの欠如
加熱式タバコをめぐるもう一つの大きな論点が、「禁煙補助になるのか」という問題である。紙巻きタバコをやめるために加熱式タバコへ移行することと、ニコチン依存そのものから離脱することは同じではない。
加熱式タバコはニコチンを含むため、使用者はニコチン依存を維持したまま製品だけを変更する可能性がある。したがって、紙巻きタバコを吸わなくなったとしても、医学的な意味での「禁煙」とは区別して考える必要がある。
コクラン(Cochrane)の系統的レビューは、この点についてかなり明確である。2021年1月までの研究を対象としたレビューでは、加熱式タバコによって紙巻きタバコの禁煙が成功するかどうかを評価した研究が存在せず、禁煙補助としての有効性について結論を出せなかった。
さらに、そのレビューに含まれた11件の試験は、加熱式タバコ、紙巻きタバコ、タバコを使用しない状態などで毒性物質への曝露や有害事象を比較していたが、多くがタバコ産業から資金提供を受けていた。このため、独立した研究による検証の必要性も指摘されている。
ここで注意すべきなのは、「禁煙効果が証明されていない」ことと「絶対に禁煙できない」ことは違うという点である。実際に加熱式タバコへ切り替えて紙巻きタバコをやめた個人が存在する可能性は否定できないが、それを一般的な禁煙治療として推奨できるほどの質の高いエビデンスがあるかという問題は別である。
医学的な禁煙治療では、禁煙達成率を評価するために、一定期間以上の完全禁煙を確認する必要がある。単純に紙巻きタバコの購入量が減った、あるいは紙巻きタバコから加熱式タバコへ移行したというだけでは、禁煙治療の有効性を証明したことにはならない。
この違いは公衆衛生政策を考える際にも重要である。紙巻きタバコの販売量が減ったとしても、その減少分が禁煙によるものなのか、加熱式タバコへの置き換えなのか、あるいは紙巻きと加熱式タバコの併用なのかによって意味が変わるからである。
実際、Cochraneレビューでは、日本で加熱式タバコが発売された後に紙巻きタバコの販売量減少が加速した可能性が示されたものの、加熱式タバコの普及がその原因だったと断定することはできないと評価している。販売量は喫煙率そのものを直接測定した指標ではなく、他の要因による影響も考えられるためである。
したがって、「加熱式タバコが普及したから禁煙が進んだ」という因果関係を単純に成立させることはできない。必要なのは、加熱式タバコを使用した人が、その後どの程度紙巻きタバコを完全にやめ、さらに加熱式タバコそのものからも離脱したのかを追跡する研究である。
「紙巻きから加熱式へ」はゴールではなく、評価すべき一つの経路
ここまでを整理すると、加熱式タバコには二つの異なる側面がある。一つは、紙巻きタバコと比較した場合に一部の有害物質への曝露を減らせる可能性があるという側面であり、もう一つは、それでも肺や人体への曝露を継続するタバコ製品であるという側面である。
この二つを同時に理解することが重要である。前者だけを強調すれば「安全な製品」という誤解につながり、後者だけを強調して紙巻きタバコとの曝露差を完全に無視すれば、リスク低減という科学的な論点を過度に単純化してしまう。
特に成人喫煙者については、「紙巻きタバコを継続すること」と「加熱式タバコへ完全に切り替えること」と「すべてのタバコ製品をやめること」を別々の状態として比較する必要がある。健康上の最終目標という観点では、タバコ製品を一切使用しない状態が最も明確な基準となる。
一方で、実際の行動変容は単純ではない。ニコチン依存は強固であり、長年の喫煙習慣を持つ人が一度に完全禁煙することが難しいケースもあるため、臨床では個人の依存度、既往歴、禁煙意思、過去の禁煙経験などを総合的に評価する必要がある。
したがって、加熱式タバコをめぐる議論では、「紙巻きタバコを吸い続けるよりマシなのか」という問いと、「禁煙治療として推奨できるのか」という問いを混同してはいけない。前者は相対的なリスク評価であり、後者は治療効果と安全性を検証する臨床的な問題だからである。
今後の展望
今後最も重要になるのは、加熱式タバコを長期間使用した人を対象とする大規模な追跡研究である。特にCOPD、肺機能低下、肺がん、喘息増悪、心血管疾患などについて、紙巻きタバコのみの使用者、加熱式タバコのみの使用者、併用者、非使用者を長期的に比較する必要がある。
また、研究資金の独立性も重要である。加熱式タバコは企業による研究が多数存在する分野であるため、製品メーカーとは独立した研究機関による再現性の高い研究が蓄積されることが望ましい。
さらに、単に「何種類の有害物質が検出されたか」を調べるだけでは不十分である。実際の使用者において、どの程度の曝露が発生し、その曝露が肺機能、炎症マーカー、細胞傷害、画像所見、疾病発症率にどう結びつくのかを一つの連続した因果経路として検証する必要がある。
今後の医学研究では、短期的なバイオマーカーと長期的な臨床アウトカムを結びつける研究が特に重要になる。細胞実験で確認された酸化ストレスや炎症が、実際の人間の肺機能低下やCOPD発症につながるのかを追跡することで、現在残されている不確実性を縮小できる。
さらに、禁煙補助としての評価も独立して行う必要がある。加熱式タバコへの切り替えによって紙巻きタバコを完全にやめられる人がどの程度存在し、その後に加熱式タバコ自体から離脱できるのか、従来の禁煙治療と比較してどの程度有効なのかを検証する必要がある。
この研究が進めば、加熱式タバコについて「有害か無害か」という単純な二択ではなく、「どの程度の曝露低減があり、それが実際の疾病リスクをどこまで変化させるのか」という、より医学的に意味のある評価が可能になる。
現時点の臨床医学的な評価を一言でまとめれば、加熱式タバコは「紙巻きタバコより一部の有害物質への曝露を減らせる可能性があるが、安全な製品でも、禁煙効果が確立した治療法でもない」という位置づけになる。
特に重要なのは、紙巻きタバコとの相対比較だけを見て「安全」と結論づけないことである。肺へのエアロゾル曝露、ニコチン依存、細胞傷害、炎症、長期的な疾病リスクという複数の軸で評価すると、加熱式タバコを単純な「健康的な代替品」とすることには無理がある。
そして、ここまでの検証から一つの重要な疑問が残る。それは、なぜ「燃焼していない」「一部の有害物質が少ない」という特徴が、これほど強く「安全」というイメージに結びついたのかという問題である。
③ 「紙巻きとは別種」の化学物質・物理的リスク
加熱式タバコを評価する場合、「紙巻きタバコより有害物質が少ない」という説明だけでは不十分である。なぜなら、加熱式タバコから発生するエアロゾルは紙巻きタバコの煙と化学的に同一ではなく、燃焼を避けることによって減少する物質がある一方、加熱条件によって別の物質が発生する可能性があるからである。
WHOは、加熱式タバコについて、タバコを含む製品であり、使用者を有害な排出物に曝露させ、その多くが発がん性を持つか、その他の健康被害につながるとしている。したがって、「燃焼していない」という製造上の特徴だけから、肺への有害性が消失したと判断することはできない。
特に重要なのは、加熱式タバコのエアロゾルに含まれる化学物質が、紙巻きタバコの煙に含まれる物質と完全には一致しないことである。WHOの資料でも、一部の有害物質については紙巻きタバコより低濃度になる一方、加熱式タバコ特有の曝露や、紙巻きタバコとは異なる濃度パターンが問題となっている。
この違いを生み出すのが「燃焼」と「加熱」の化学的な差である。紙巻きタバコでは燃焼によって非常に多くの化学反応が連鎖的に起こるのに対し、加熱式タバコでは比較的低い温度でタバコ葉や添加成分が加熱され、揮発、蒸発、熱分解などが組み合わさってエアロゾルを形成する。
したがって、加熱式タバコでは「燃焼由来の物質が減る」というメリットと、「加熱によって別の物質が形成される」という問題を同時に考える必要がある。ここを無視して「紙巻きより成分が少ない」という一点だけを見ると、リスク評価が大きく偏ってしまう。
さらに、問題は化学物質の種類だけではない。肺に吸入されるエアロゾルには微細な粒子が存在し、それらの大きさや性質によって気道のどこに沈着するかが変化する。
粒子が大きければ上気道や比較的太い気管支で捕捉されやすいが、非常に小さい粒子は肺の奥まで到達する可能性がある。肺胞周辺まで到達した粒子は、ガス交換を担う組織や肺胞マクロファージなどと直接接触するため、局所的な炎症や免疫反応を誘発する可能性がある。
ここで重要なのが、「見た目」と「曝露量」を区別することである。紙巻きタバコの煙に比べて加熱式タバコのエアロゾルが目立たない場合でも、肺へ吸入される粒子や化学物質がなくなるわけではない。
つまり、「煙が少ない」「臭いが少ない」「灰が出ない」という消費者が感覚的に確認できる特徴は、肺の安全性を直接示す指標にはならない。肺が評価するのは見た目ではなく、吸入された物質がどこまで到達し、細胞とどのように相互作用するかだからである。
酸化ストレスと慢性炎症という共通経路
紙巻きタバコと加熱式タバコの間には多くの違いがある一方、肺に到達した後の生物学的反応には共通する部分が存在する。その代表が酸化ストレスと炎症である。
呼吸器系は外界と直接つながっているため、外部から入ってくる化学物質や粒子に対して常に防御反応を行っている。通常は抗酸化物質や免疫細胞などによってバランスが保たれているが、刺激が繰り返されるとその均衡が崩れ、組織障害につながる可能性がある。
酸化ストレスが強まると、細胞膜を構成する脂質、細胞内のタンパク質、ミトコンドリア、DNAなどが影響を受ける。これによって細胞の正常な機能が低下すれば、細胞は修復機構を作動させ、それでも損傷が大きければアポトーシスなどの細胞死へ移行することがある。
さらに、細胞傷害が発生すると、周囲の免疫細胞が反応する。炎症性サイトカインなどが放出されることで免疫反応が強まり、慢性的な曝露では炎症が繰り返される環境が形成される可能性がある。
このような慢性炎症は、単なる一時的な喉の違和感とは意味が異なる。長期間にわたって炎症が継続すれば、気道構造や肺組織の修復過程そのものに影響を及ぼす可能性がある。
欧州呼吸器学会(ERS)関連の研究では、加熱式タバコの使用によって急性の呼吸器・循環器への影響が生じ得ることが報告されている。また、別の研究では加熱式タバコや電子タバコが小気道機能や血管機能に影響を及ぼす可能性が示されている。
もちろん、こうした短期的な生理学的変化がそのままCOPDや肺がんなどの長期的な疾患発症率を意味するわけではない。しかし、少なくとも「肺に何も起こらない」という説明とは一致しない。
ここに、加熱式タバコの評価が難しい理由がある。最終的な疾病リスクについては長期データが不足している一方、その前段階にあたる炎症、酸化ストレス、気道機能変化などについては、すでに複数の研究から生物学的影響が示されているからである。
「紙巻きとは別種」のリスクとは何か
では、タイトルにある「紙巻きとは別種のリスク」とは具体的に何を意味するのか。最も正確な答えは、「紙巻きタバコのリスクが単純に小さくなったもの」ではなく、共通する有害性を持ちながら、曝露する化学物質の組成や粒子特性が異なることで、異なる曝露パターンを形成するという意味である。
紙巻きタバコでは、燃焼によって発生する煙が中心となる。そこには一酸化炭素や多数の燃焼生成物、発がん性物質、微粒子などが含まれ、それらへの長期曝露が肺がんやCOPDなどとの強い因果関係を形成してきた。
一方、加熱式タバコでは燃焼が抑制されるため、一部の燃焼関連物質が減少する可能性がある。その代わり、加熱によって形成されるエアロゾルに含まれる化学物質や粒子への曝露が中心となり、紙巻きタバコとは異なる組成の混合物を肺へ送り込むことになる。
この違いは、単純な「害の大小」では表現しにくい。例えば、Aという物質への曝露が減少しても、BやCという別の物質への曝露が残れば、肺全体に対する影響が単純な比例関係になるとは限らない。
さらに、人体は単一の化学物質だけに曝露されるわけではない。実際には多数の物質が同時に存在し、それぞれが酸化ストレス、炎症、細胞シグナル、免疫応答などに影響を及ぼすため、混合物全体としての生物学的作用を考える必要がある。
このため、将来の研究では「紙巻きタバコより何%少ない」という曝露量比較だけではなく、加熱式タバコのエアロゾルを吸入した結果、肺組織でどのような分子反応が起き、それが長期的な疾病発症につながるのかを追跡する必要がある。
臨床医学・学会の総合的な位置づけ
医学界の評価は、加熱式タバコを「紙巻きタバコと完全に同じ」とするものでも、「安全な製品」とするものでもない。現時点では、紙巻きタバコより一部の有害物質への曝露が低くなる可能性を認めつつも、健康被害がなくなるとは認められないという慎重な位置づけが中心となっている。
欧州呼吸器学会は、加熱式タバコについて、喫煙者にとって紙巻きタバコより害が少ない可能性があるとしても、依然として有害で依存性が高く、肺や人の健康を損なう製品を推奨することはできないとの立場を示している。
これは非常に重要な区別である。医学的な「リスク低減」と「健康上推奨できること」は同じではない。
例えば、紙巻きタバコを継続して使用する人が加熱式タバコへ完全に移行した場合、紙巻きタバコに由来する一部の有害物質への曝露が減少する可能性はある。しかし、それによって肺への曝露がなくなるわけではなく、非喫煙者と同じ健康状態になるわけでもない。
また、加熱式タバコだけを使用する人と紙巻きタバコを併用する人も区別しなければならない。併用者では紙巻きタバコ由来のリスクが残るため、「加熱式タバコへ移行した」という事実だけで健康リスクを評価することはできない。
さらに、長期的な疾病リスクには依然として大きな不確実性がある。2025年のレビューでは、加熱式タバコについて肺機能や各種健康指標に関する研究が蓄積されている一方、研究結果にはばらつきがあり、長期的な健康影響を確定するにはさらなる研究が必要とされている。
この「不確実性」は、リスクが存在しないことを意味しない。むしろ、長期的な疾病発症までに時間がかかる以上、現段階で安全性を断定することができないという意味である。
「安全な代替品」という表現の問題
加熱式タバコについて最も誤解を生みやすいのが、「紙巻きタバコの代替品」という表現そのものではなく、それが「健康上の代替品」という意味にまで拡張されてしまうことである。
紙巻きタバコを加熱式タバコに置き換えることと、ニコチンやタバコ製品から離脱することは別の行動である。前者は製品の変更であり、後者は依存状態そのものからの離脱である。
加熱式タバコにはニコチンが含まれるため、使用者はニコチン依存を維持する可能性がある。したがって、紙巻きタバコを吸わなくなったとしても、加熱式タバコを継続している限り、ニコチン曝露とエアロゾル曝露は続く。
WHOも2026年のタバコに関するファクトシートで、すべての形態のタバコ使用は有害で、安全な曝露レベルは存在しないという基本的立場を示している。
この原則から考えれば、「加熱式だから安全」という表現は成立しない。一方で、成人の紙巻きタバコ使用者が完全に切り替えた場合の相対的な曝露低減という問題まで否定するのも適切ではない。
したがって最も科学的に妥当なのは、「加熱式タバコは無害ではない。ただし、紙巻きタバコとの比較では一部の有害物質への曝露が低下する可能性があり、そのことが長期的な疾病リスクをどの程度低下させるかは、まだ完全には確定していない」という整理になる。
禁煙補助としての評価
加熱式タバコを禁煙補助として評価する場合も、同じ原則が適用される。紙巻きタバコを加熱式タバコに置き換えたことと、禁煙を達成したことを同じものとして扱ってはいけない。
禁煙とは一般的に、紙巻きタバコを減らすことではなく、タバコ製品の使用をやめることを意味する。加熱式タバコへ移行しただけなら、ニコチン依存が継続している可能性がある。
Cochraneのレビューでは、加熱式タバコが禁煙を助けるかについて、十分な質のエビデンスが不足しているとされている。したがって、加熱式タバコを既存の確立された禁煙治療と同等のものとして扱うことには根拠上の問題がある。
この点は、医療政策上も重要である。禁煙を希望する人に対しては、禁煙支援、行動療法、薬物療法など、効果と安全性が検証された手段を中心に考える必要がある。
加熱式タバコについて「禁煙できる可能性がある」という個人の経験談が存在することと、医学的に「禁煙補助として有効である」と証明することは全く別の問題である。後者には比較試験、長期追跡、完全禁煙率、再喫煙率などを含む厳密な評価が必要になる。
今後の展望
今後最も重要なのは、加熱式タバコ使用者を長期間追跡する研究である。特に、加熱式タバコのみを使用する人、紙巻きタバコとの併用者、紙巻きタバコのみの使用者、非使用者を比較し、肺機能、COPD、肺がん、喘息、心血管疾患などを長期的に評価する必要がある。
また、研究の独立性も重要になる。加熱式タバコは企業による研究が存在する分野であるため、企業から独立した研究機関による大規模な疫学研究や長期追跡研究が蓄積されることが望ましい。
さらに、将来的には「有害物質が何種類含まれているか」という分析だけでなく、実際の人体で何が起きているのかを追跡する研究が必要になる。血液や呼気、肺機能、画像診断、炎症マーカー、細胞・分子レベルの変化を組み合わせることで、エアロゾル曝露から疾病発症までの因果関係を明らかにできる可能性がある。
加熱式タバコは比較的新しい製品であるため、現在20代や30代の使用者が数十年後にどのような健康状態になるのかは、まだ十分に分かっていない。これは安全性を否定する証拠ではないが、安全性を確定できない最大の理由の一つでもある。
特にCOPDや肺がんのような慢性疾患では、曝露から発症まで長い時間がかかる。したがって、2026年時点の短期研究だけから「長期的にも問題ない」と結論づけるのは早計である。
今後の科学的課題は、「紙巻きタバコより何%安全か」という単純な比較から、「非使用者と比較してどれだけ疾病リスクが増加するのか」「完全切替によって紙巻きタバコ由来のリスクがどの程度減少するのか」という、より具体的な臨床アウトカムの比較へ移っていくと考えられる。
まとめ
加熱式タバコは、紙巻きタバコとは異なる仕組みでニコチンを含むエアロゾルを発生させる製品である。燃焼を抑えることで一部の有害物質への曝露が低下する可能性がある一方、エアロゾルそのものが無害になるわけではなく、肺は依然として化学物質や微粒子に曝露される。
肺では、気道上皮への刺激、酸化ストレス、炎症反応、免疫反応、細胞傷害などが生じる可能性がある。これらは紙巻きタバコによる肺障害とも重なる部分であり、「燃焼しない」という一点だけでは説明できない。
一方、加熱式タバコと紙巻きタバコの疾病リスクが完全に同等だとするだけの長期疫学データも存在しない。特にCOPDや肺がんについては、紙巻きタバコで確立しているほどの長期的エビデンスはまだ蓄積されておらず、ここは「分かっていない」と明確に区別する必要がある。
したがって、「加熱式タバコは紙巻きタバコと同じくらい危険」と断定することも、「紙巻きタバコより有害物質が少ないから安全」と断定することも、2026年8月時点では科学的に単純化しすぎている。
最も妥当な結論は、加熱式タバコには紙巻きタバコと共通する有害性が存在する一方、曝露する化学物質や粒子の構成には違いがあり、独自のリスク評価が必要だということである。特に肺に関しては、細胞傷害、酸化ストレス、炎症、小気道機能などへの影響が確認・研究されている一方、数十年後のCOPDや肺がんへの影響についてはなお不確実性が残る。
そして、「紙巻きタバコよりリスクが低い可能性」と「安全な代替品」は同じ意味ではない。ERSも、加熱式タバコが喫煙者にとって紙巻きタバコより害が少ない可能性を認めながらも、依然として有害で依存性があり、肺や健康を損なう製品を推奨できないという立場を示している。
結局のところ、加熱式タバコの最大の問題は、「燃焼しない」という技術的特徴が、そのまま「健康被害が小さい」という医学的結論に置き換えられやすいことである。科学的に必要なのは、燃焼の有無ではなく、何を吸入し、肺のどこに到達し、細胞にどのような変化を起こし、それが何年後の疾病につながるのかという一連の過程を評価することである。
2026年8月時点で確実に言えるのは、加熱式タバコを「無害」とみなす根拠はないということである。一方、紙巻きタバコとの長期的な疾病リスクが完全に同一であると断定する根拠もまだ不足している。
したがって、加熱式タバコをめぐる議論は「紙巻きより安全か危険か」という二択ではなく、「紙巻きタバコから完全に切り替えた場合、どの曝露がどの程度減少し、それが実際の疾病リスクをどこまで低下させるのか」という問題として捉えるべきである。そして最終的な健康上の基準は、加熱式タバコへの移行ではなく、タバコ製品への曝露そのものをなくすことに置かれるべきである。
参考・引用リスト
- World Health Organization(WHO). Tobacco and nicotine. 2026年6月26日更新。タバコががん、心血管疾患、肺疾患などを引き起こし、すべての形態のタバコ使用が有害であることを整理している。
- World Health Organization(WHO). Tobacco. 加熱式タバコはタバコを含み、有害な排出物に使用者を曝露させ、その多くが健康に有害であると説明している。
- European Respiratory Society(ERS). ERS Position Paper on Heated Tobacco Products. 加熱式タバコが紙巻きタバコより害が少ない可能性を認めつつも、有害性と依存性が残るとして推奨していない。
- Chen DTW, et al. European Respiratory Society statement on novel nicotine and tobacco products. European Respiratory Journal, 2024. 加熱式タバコを含む新規ニコチン・タバコ製品について、呼吸器医学の観点から評価している。
- Majek P, et al. Acute health effects of heated tobacco products. ERJ Open Research, 2023. 加熱式タバコ使用による急性の呼吸器・循環器系への影響を検討している。
- Buchwald I, et al. Impact of heated tobacco products, e-cigarettes, and conventional cigarettes on vascular and small airway function. European Respiratory Journal, 2023. 加熱式タバコ等による血管機能・小気道機能への影響を検討している。
- Znyk M, et al. The Health Effects of Heated Tobacco Product Use—A Systematic Review. 2025. 加熱式タバコに関する健康影響研究を包括的に整理し、肺機能を含む複数の健康指標について検討している。
- Cochrane Tobacco Addiction Group. Do heated tobacco products help people quit smoking, are they safe, and have they led to falls in cigarette smoking? 加熱式タバコの禁煙補助効果と安全性について、比較試験を系統的に評価している。
- World Health Organization. WHO position on Tobacco Control and Harm Reduction. 2025年11月。新型ニコチン・タバコ製品をめぐる「ハームリダクション」主張について、公衆衛生上の論点を整理している。
- World Health Organization Framework Convention on Tobacco Control. Heated tobacco products: summary of research and evidence of health impacts. 加熱式タバコについて蓄積された研究・健康影響のエビデンスを整理している。
