米国で「生乳(非加熱乳)」の普及を求める動きが活発化、懸念も
生乳をより入手しやすくするための法案が全米各地で相次いで提出され、2026年時点で少なくとも18州で40件以上に上る。
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米国で「生乳(非加熱乳)」の消費拡大を求める動きが急速に強まっている。だがその一方で、食中毒の発生や科学者による警告が相次いでおり、規制緩和を巡る議論が激しさを増している。
AP通信によると、生乳をより入手しやすくするための法案が全米各地で相次いで提出され、2026年時点で少なくとも18州で40件以上に上る。これらの法案は販売や流通の規制を緩和し、これまで禁止または制限されていた地域でも消費を可能にすることを目的としている。背景には、自然志向や「未加工食品」への関心の高まりがあり、消費者の需要は供給を上回るほど拡大している。実際、生乳は1ガロンあたり10~20ドルを超える価格でも売り切れるケースがある。
こうした動きを後押ししているのが政治家やインフルエンサーの存在だ。とりわけケネディ・ジュニア(Robert F. Kennedy Jr.)保健福祉長官は公の場で生乳を飲む姿を見せるなど支持を表明し、「規制の抑圧をやめる」と発言してきた。SNS上でも生乳の健康効果をうたう投稿が急増し、科学的根拠が乏しい主張が拡散している。
しかし、公衆衛生当局や科学者は強く警鐘を鳴らしている。生乳には加熱殺菌(パスチャライゼーション)が施されていないため、サルモネラ菌やリステリア菌、大腸菌などの病原体が含まれる可能性がある。疾病対策センター(CDC)のデータでは、1998年から2018年の間に生乳関連の集団食中毒が200件以上発生し、2600人以上が感染、225人が入院した。また、別の分析では、生乳製品は殺菌済み乳製品に比べて840倍の発症リスク、45倍の入院リスクをもたらすという。
実際の被害も現在進行形で起きている。2026年にはカリフォルニア州の生乳チーズに関連した大腸菌感染が発生し、少なくとも9人が発症、その多くが子どもだった。過去1年でも少なくとも5件の集団感染が確認されており、子どもは特に免疫が未発達なため重症化しやすいと指摘されている。
それでも支持者は規制緩和を求め続けている。彼らは「個人の選択の自由」を強調し、アルコールやタバコが合法であるなら生乳も同様に認められるべきだと主張する。また、「ハードシェア」と呼ばれる仕組みで牛群の一部を共同所有し、その乳を受け取るなど、既存の規制を回避する手段も広がっている。酪農家の中には独自の検査体制を整え、安全性を確保していると説明する者もいる。
一方で専門家は、規制が緩和されれば感染症の発生がさらに増える可能性が高いとみている。実際、販売が合法化された州では生乳関連の健康被害が増加したとの報告もある。食品安全の観点からは、加熱殺菌の導入が20世紀に乳製品由来の疾病を劇的に減少させた歴史があり、その意義は極めて大きい。
現在の状況は、消費者の自由と公衆衛生の安全という二つの価値が衝突する構図となっている。生乳支持の広がりは、科学的根拠よりも価値観や政治的立場に影響される側面も強く、単なる食品問題を超えた社会的論争へと発展している。需要拡大の流れは当面続くとみられるが、健康リスクとのバランスをどう取るかが今後の大きな課題となる。
