氷河期世代の葛藤、組織に頼らないZ世代の生存戦略「流動的・自律型」アプローチ
本稿の最終的な結論は、「両世代は対極に見えるが、本質的には同じ問題に直面している」である。
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現状(2026年8月時点)
2026年の日本では、かつて「会社に入れば人生が安定する」という前提が大きく揺らいでいる。正社員雇用そのものは依然として日本の雇用の中心だが、転職市場の拡大、職務・スキルを重視する採用の広がり、副業やリスキリングの普及などによって、「一つの組織に長く所属すること」と「安定したキャリアを築くこと」が必ずしも同義ではなくなっている。
この変化を考えるうえで対照的なのが、1990年代半ばから2000年代初頭に就職期を迎えた就職氷河期世代と、1990年代後半から2010年代前半ごろに生まれたZ世代である。ただし、両者を単純に「会社に忠実な世代」と「会社を信用しない世代」と分類するのは適切ではない。両世代が異なる仕事観を形成した背景には、本人の性格以上に、若年期に経験した労働市場の状態という構造的な差がある。
特に重要なのは、2026年時点で氷河期世代がすでに若年層ではなく、中年期に入っていることである。JILPTの研究では、氷河期世代には新卒時から正社員として定着した層だけでなく、非正規雇用を経験した後に正社員へ移行した層など、複数の異なるキャリア経路が存在することが確認されている。つまり、「氷河期世代」という言葉は一枚岩の集団を意味するのではなく、初職でどのような機会を得たかによって、その後のキャリアが大きく分岐した世代を指す概念として理解する必要がある。
一方、若い世代では、転職を前提としたキャリア形成や、会社の外でも通用する技能を身につけようとする意識が強まっている。ただし、これも「Z世代は組織を嫌う」という単純な話ではなく、むしろ組織に依存しすぎることのリスクを意識しやすい環境に置かれている、と捉えるほうが正確である。
世代背景の構造的比較
氷河期世代とZ世代の違いを理解するには、まず「何歳のときに、どのような日本を見ていたか」を比較する必要がある。氷河期世代の多くは、バブル経済崩壊後の景気低迷と企業の採用抑制が重なる時期に学校を卒業し、社会人としての第一歩を踏み出した。
これに対してZ世代の多くは、リーマン・ショック後の低成長、東日本大震災、新型コロナウイルス感染症、デジタル化などを経験しながら成長した世代である。したがって、両者はともに「日本経済の右肩上がり」を当然視しにくい世代ではあるものの、その意味は大きく異なる。
氷河期世代にとって最大の問題は、「努力すれば組織に入れる」という従来の社会的期待と、「努力しても入口そのものが狭い」という現実の衝突だった。企業側の採用需要が弱い時期に新卒就職を迎えたため、本人の能力や意欲だけでは解決できない世代効果がキャリアの初期段階に発生したのである。JILPTの研究でも、氷河期世代には後から正社員になった人が多く、その場合、正社員として定着した人と比較して収入面でも不利が残ることが示されている。
Z世代が直面する問題は少し違う。若年人口の減少や人手不足によって、少なくとも氷河期世代が経験したような「新卒者全体に対する求人不足」とは異なる環境が形成されている一方、企業から求められる能力が変化し続けている。デジタル化、AI、グローバル化、職務の専門化などによって、一度会社に入ればその会社が自分を長期的に育ててくれるという保証は弱くなっている。
ここから重要な世代差が生じる。氷河期世代にとって「会社に入ること」は希少な機会だったのに対し、Z世代にとっては「会社に入った後、自分の市場価値をどう維持するか」がより重要な課題になっているのである。
育った時代・経済環境
氷河期世代の背景を理解するには、1990年代以降の日本経済を抜きに語ることはできない。バブル崩壊後、日本企業は過剰雇用や過剰設備、金融機関の不良債権問題などへの対応を迫られ、人件費抑制や採用抑制を進めた。
この時期に若者が直面したのは、単なる「不景気」ではなかった。学校卒業時点で正社員になる機会が減少し、その後のキャリア形成においても、最初の就業形態が長期的な差につながるという問題だった。
JILPTの分析は、この点を非常に重要な形で示している。男性35~44歳では、正社員として継続的にキャリアを形成した層と、非正規などを経て後から正社員になった層との間で年間収入に大きな差が確認されており、初期キャリアの違いが後年まで影響する可能性が示されている。
つまり、氷河期世代の問題は「就職できなかった」という一時的な問題ではない。若年期に得られるはずだった職業経験、技能形成、昇進機会、社内人脈、所得上昇などの機会が連鎖的に失われ、その後の人生に影響する「キャリア初期の機会損失」と考える必要がある。
一方、Z世代が成長した時代は、経済成長率こそ高くないものの、情報環境が過去とはまったく異なる。スマートフォンやSNS、動画配信、オンライン学習、クラウドサービスなどによって、企業に所属しなければ得られなかった情報や学習機会を個人が直接獲得できるようになった。
この変化は、仕事に対する価値観にも影響する。以前は会社の研修、上司、先輩、社内異動などがキャリア形成の主要な手段だったが、現在はオンライン講座、資格、コミュニティ、SNS、転職サービスなど、組織の外側にもキャリア形成の資源が存在する。
したがって、Z世代の「組織に頼らない」という姿勢は、単なる反抗心ではなく、技術的・社会的に可能になった選択肢の増加とも関係している。
雇用環境(当時)
氷河期世代が新卒就職を迎えた時期には、現在とは比較にならないほど「新卒でどの会社に入るか」が重要だった。新卒一括採用を中心とする日本型雇用では、卒業時に正社員として企業へ入ることが、その後のキャリア形成における重要な入口になっていたからである。
問題は、その入口が景気によって大きく左右されたことである。企業の採用枠が縮小すれば、同じ能力を持つ学生でも卒業年度によって就職機会が変わる。個人の努力ではコントロールできない「世代効果」が、キャリアのスタート地点に入り込んだのである。
しかも、一度非正規雇用やフリーターとして社会に出ると、後から正社員へ移行することは可能であっても、最初から正社員として経験を積んだ人との間に差が残るケースがあった。JILPTの研究でも、氷河期世代には正社員として定着した層とは異なるキャリア経路が多く確認されており、単純な本人の努力不足では説明できない構造が明らかになっている。
ここに、氷河期世代特有の心理的な葛藤が生まれる。「会社に入ることが人生の安定につながる」と教えられてきたにもかかわらず、その入口が閉ざされていたからである。
この経験は、その後の仕事観にも影響を及ぼす可能性がある。ようやく手に入れた正社員の地位を失いたくないという意識が強くなれば、職場への不満があっても転職を躊躇しやすくなる一方、組織から離れた場合に再び安定した仕事を得られるという確信を持ちにくくなる。
これが後に、「組織に耐える」という行動様式と、「組織から離れたくても離れられない」というジレンマにつながっていく。
組織・仕事観
就職氷河期世代を理解するうえで注意すべきなのは、「会社に忠実だった世代」という単純なイメージである。むしろ、この世代の一部には、会社を人生の基盤として信頼していたというより、若年期に安定した雇用機会を獲得できなかった経験から、「一度手にした正社員の地位を失うことへの恐怖」が強く残っている。
日本型雇用では、長期雇用を前提として企業内部で技能を形成し、勤続年数に応じて賃金や役職が上昇する仕組みが長く機能してきた。そのため、企業への長期定着には合理性があったが、氷河期世代の場合、その制度に乗るための入口そのものが狭かったことが問題だった。
しかも、後から正社員になったとしても、最初から正社員としてキャリアを積んだ人との差が完全に消えるとは限らない。JILPTの分析では、35~44歳男性について「正社員定着」型の平均年収が530.7万円だったのに対し、「他形態から正社員」型は400.7万円で、約130万円の差が確認されている。
この数字が示すのは、単純な雇用形態の違いではない。若年期にどのような形で労働市場へ入ったかが、その後の所得や職業上の蓄積にまで影響する「履歴効果」である。
したがって氷河期世代の一部に見られる会社への強い執着を、「古い価値観」とだけ解釈するのは不十分である。会社を辞めることによって失うものが大きい人ほど、組織に留まり続けることを合理的なリスク回避として選択するからである。
トラウマ・リスク
ここでいう「トラウマ」は、医学的な診断を意味するものではなく、就職・失業・非正規雇用などの経験が、その後の職業選択やリスク認識に長期的な影響を与えるという意味で用いる必要がある。
氷河期世代のキャリアには、正社員、非正社員、無業、失業を行き来する「ヨーヨー型」が一定数存在する。JILPTは2024年のインタビュー調査で、こうしたキャリアが困難を抱える氷河期世代に多く確認されたと報告しており、2025年の研究でも同様の傾向が確認されている。
この経験をした人にとって、転職は単なるキャリアアップではない。「次の会社も駄目だったらどうするのか」という生活基盤そのものに関わる問題となる。
若い時期に転職市場が十分に整備されていなかったことも重要である。現在のように求人情報、転職エージェント、口コミ、ビジネスSNS、オンライン学習などを容易に利用できる環境とは異なり、当時は会社を辞めることによる情報上の不確実性も大きかった。
さらに、年齢を重ねるにつれて「未経験からの再スタート」が難しくなるという現実もある。企業が中途採用者を採用する際には前職経験や技能、年齢などを考慮して処遇を決定するため、正社員経験が乏しい氷河期世代では、40代になっても十分なキャリア評価を受けられない事例が報告されている。
ここから生じるのが「辞める自由」と「辞められない現実」の乖離である。制度上は転職できても、転職後の所得や雇用安定性まで保証されるわけではないため、転職可能性がそのまま転職の自由を意味するわけではない。
氷河期世代の葛藤:構造的罠と「組織への依存・呪縛」
氷河期世代の問題を「組織への依存」という言葉だけで説明すると、重要な構造が見えなくなる。実際には、「組織に依存したい」のではなく、「組織を離れた場合に失うものが大きすぎる」という状況によって、組織への依存が強化される場合がある。
これは経済学的には人的資本と移動コストの問題として理解できる。企業内部でしか評価されない技能や経験が蓄積されるほど、その企業を離れたときの市場価値が相対的に低くなり、結果として転職コストが上昇する。
日本型雇用では、企業特殊的技能を社内で身につけることが長期雇用とセットになっていた。企業側も長期雇用を前提に人材を育成することで、社員の社内適応を促してきたため、この仕組みは平時には一定の合理性を持っていた。
しかし、企業の経営環境が変化し、組織再編、事業撤退、早期退職、配置転換などが増えると、「会社に忠実であれば会社が自分を守ってくれる」という交換関係が弱くなる。ここに、従来型の仕事観と現代の雇用環境との大きな矛盾が生まれる。
特に氷河期世代は、若年期に「会社に入ること」の価値を強く意識させられた一方、その会社に入る機会自体が限られていた。そのため、苦労して正社員になった後には、会社への適応を最優先するという行動が生まれやすかったと考えられる。
① 不遇の出発点とリカバリーの困難さ
氷河期世代の最大の特徴は、キャリアの初期段階に生じた不利益が、その後の人生で完全にはリセットされにくい点にある。新卒時に正社員になれなかったとしても、後から正社員になること自体は可能だが、それによって失われた数年間の職業経験や賃金、昇進機会まで自動的に取り戻せるわけではない。
JILPTの2025年資料でも、氷河期世代後期では「他形態から正社員」の割合が増えている一方、一度正社員になっても再び非正規、無業、失業へ戻る「ヨーヨー型キャリア」が多く確認されている。さらに中年期に正社員へ転換しても、過去の非正規期間による低年金などの不安が残ることが指摘されている。
これは「リカバリー」の定義を考え直す必要があることを意味する。正社員になった時点だけを見れば成功に見えても、生涯所得、退職金、年金、職務経験、昇進機会などを含めれば、過去の不利益が残っている可能性があるからである。
したがって、氷河期世代への支援を「正社員になれば終了」とする発想には限界がある。JILPTも、正社員化だけではなく、就職後の継続的・反復的な支援の必要性を指摘している。
② 「組織に耐える」ことのジレンマ
こうした背景から、「組織に耐える」という行動様式が形成される場合がある。職場に不満があっても、転職先で待遇が悪化する可能性、年齢による採用上の不利、家計への影響などを考えると、現在の会社に残ることが最も安全な選択になるからである。
しかし、ここには明確なジレンマがある。長く同じ会社にいることで雇用上の安定を得られる一方、社外で通用する技能や人的ネットワークを十分に形成できなければ、会社がなくなったときのリスクはむしろ高くなる。
つまり、「会社に残ることによってリスクを減らしているつもりが、長期的には会社への依存度を高める」という逆説が成立する。これは個人の意志の弱さではなく、内部労働市場を中心に設計された日本型雇用の構造から生まれる問題である。
さらに、氷河期世代の中には「自分たちは厳しい環境でも耐えてきた」という経験を持つ人も多い。その経験は忍耐力や危機対応能力という強みにもなるが、若い世代に対して同じ耐え方を要求すると、世代間の摩擦を生む可能性がある。
ここでZ世代との違いが鮮明になる。若い世代の一部は、「会社に耐えること」そのものをキャリア形成の条件とは考えず、仕事内容、待遇、成長機会、働く場所などを比較して、条件が合わなければ転職するという判断を取りやすくなっている。
ただし、これはZ世代が必ずしもリスクに強いことを意味しない。むしろ「一つの会社に依存しない」という戦略そのものが、別のリスクを生み出す可能性がある。
「組織に頼らない」ことは本当に安全なのか
ここで、Z世代の生存戦略を過度に肯定することにも注意が必要である。会社への依存を減らすことは、確かにキャリア上のリスク分散につながるが、同時に個人が負担すべき責任も増加する。
例えば、複数のスキルを身につけ、転職可能性を高め、副業や資格取得によって収入源を分散することは合理的に見える。しかし、そのためには学習時間、費用、情報収集能力、人的ネットワークなどが必要であり、すべての若者が同じ条件を持っているわけではない。
ここには「自律型キャリア」の新しい格差が生まれる可能性がある。企業に守られない代わりに自分で市場価値を高められる人と、教育資源や経済的余裕がなく、その選択肢を持てない人との間で、キャリア格差が拡大する危険がある。
つまり、氷河期世代が抱えた問題が「組織から離れられないリスク」だったとすれば、Z世代が直面する可能性があるのは「組織に守られないリスク」である。両者は正反対に見えるが、実際にはどちらも「個人だけでは完全にはコントロールできない労働市場のリスク」を抱えている。
この点から見ると、Z世代の自律性を単純に「氷河期世代より合理的」と評価することもできない。重要なのは、組織への依存度を下げながら、個人が負うリスクを社会や企業がどこまで分担できるかという問題である。
Z世代の生存戦略:組織に頼らない「流動的・自律型」アプローチ
氷河期世代の問題が「組織に入ることが難しかった世代」の問題だとすれば、Z世代の問題は「組織に入った後も、組織だけに人生を委ねることが難しくなった世代」の問題として捉えることができる。若年労働市場では人手不足を背景に企業側の採用意欲が強く、JILPTも近年の若年労働市場について、バブル期を上回る売り手市場が続いていると指摘している。
この環境では、「とにかく会社に入る」ということの希少性が相対的に低下する。もちろん大企業や人気企業への就職には依然として競争が存在するが、少なくとも労働力不足が深刻な業界では、若者側が企業を選ぶ余地が氷河期世代の就職期より大きくなっている。
ここで生まれるのが、「会社に適応すること」よりも「自分に合う環境を探すこと」を優先する仕事観である。仕事内容、賃金、休日、勤務地、上司との関係、成長機会などを比較し、条件が合わなければ転職するという発想は、かつての日本では必ずしも一般的ではなかった。
ただし、「Z世代は転職する世代」という表現にも注意が必要である。JILPTの若年者調査では、初職を離職した後に正社員へ移行する若者がいる一方、女性や非大卒者では非典型雇用・非就労の割合が高いなど、若者のキャリアには明確な格差が存在する。
つまり、流動性は誰にとっても同じように利用できるわけではない。転職できる人と、転職するほど不安定になる人が存在するため、「組織に頼らない」という戦略そのものにも人的資本や学歴、職種、地域などによる格差が入り込む。
① 「新卒切符」の神話の解体と脱・終身雇用
日本の新卒一括採用は、長期間にわたって若者のキャリア形成を左右する重要な制度だった。卒業時に正社員として企業へ入り、企業内教育を受けながら仕事を覚え、配置転換や昇進を経て長期的に働くというモデルが、日本社会の標準的なキャリアとして機能してきた。
氷河期世代が深刻な影響を受けたのは、この「新卒切符」の価値が極めて高かったからである。入口に入れなければ、その後のキャリア形成で不利になりやすく、後から挽回することが難しかった。
しかし、現在ではこの制度の絶対的な価値が低下しつつある。中途採用、第二新卒採用、職種別採用、経験者採用などが広がり、企業側も新卒者だけを人材獲得の中心に据える必要性が低下している。
これは「新卒カードが無価値になった」という意味ではない。大企業や官公庁などでは依然として新卒採用が重要であり、若年期に安定した企業へ入ることには大きなメリットがある。
問題は、「新卒で入った会社にそのまま定年までいること」まで合理的だとは限らなくなったことである。企業そのものが事業転換を迫られ、必要な職種や技能が変化する以上、個人も会社の変化に合わせて自分の能力を更新する必要がある。
この意味で、Z世代の「脱・終身雇用」は、会社を軽視する思想というより、雇用契約と人生設計を切り離す動きと考えるほうが適切である。「会社が自分を守ってくれるから働く」のではなく、「会社で経験を積み、その経験を次のキャリアにも利用する」という関係への変化である。
初職離職は「失敗」なのか
この変化を象徴するのが、若年層の初職離職である。JILPTの2023年調査では、20~34歳の若年者を対象に初職経験と離職後のキャリアが調べられており、初職を離職した後に正社員から正社員へ移るケースや、正社員以外から正社員へ移行するケースが確認されている。
これは重要な意味を持つ。初職を辞めることが必ずしも「キャリアの失敗」を意味するわけではなく、より良い職場や職業能力形成の環境へ移動するための手段になる場合があるからである。
JILPTの研究でも、初職を離職した若者について、転職によってより良いキャリア形成環境を得た人の特徴を分析することが研究課題として明確に設定されている。つまり、離職そのものではなく、「どこからどこへ移動したのか」「移動後にどのような能力形成が可能になったのか」が重要なのである。
一方で、転職すれば必ず待遇が改善するわけではない。転職先で教育を受けられなかったり、仕事内容が本人の希望と異なったりすれば、キャリアがむしろ不安定になる可能性もある。
したがって、Z世代の流動性を評価するときには「転職回数」ではなく、「転職によって人的資本が増えたか」「賃金や職務内容が改善したか」「将来の選択肢が広がったか」という視点が必要になる。
「組織依存」から「市場接続」へ
Z世代のキャリア観を理解するもう一つのキーワードが「市場接続」である。これは、会社の内部で評価されるだけではなく、会社の外に出ても評価される能力や経験を持つことを意味する。
例えば、特定の企業だけで使われる社内手続きに詳しいことと、複数企業で利用されるプログラミング、データ分析、営業、経理、マーケティング、語学、資格などの能力では、市場での移動可能性が異なる。
日本型雇用では、長期勤続によって企業特殊的な知識を積み上げることにも大きな価値があった。しかし、転職市場が拡大するほど、「社内でしか通用しない経験」より「他社でも説明できる経験」の重要性が高まる。
この変化は、企業と個人の関係を根本から変える可能性がある。企業は社員を囲い込むだけでなく、社外でも評価される能力を育成し、その結果として社員が企業に残ることを目指す必要が出てくる。
一見すると企業にとって不利な仕組みに見えるが、実際には逆の側面もある。能力開発を積極的に行う企業ほど人材から選ばれやすくなり、結果として「辞めさせない会社」ではなく「辞める選択肢があっても残りたい会社」を作ることが重要になる。
JILPTも「キャリア自律(個人主体のキャリア形成)」を独立した研究領域として扱っており、企業によるキャリア支援やセルフ・キャリアドックなど、個人主体のキャリア形成を企業がどのように支えるかを研究している。
② 個人のポートフォリオ・キャリア(流動的生存戦略)
ここからさらに進むと、「個人のポートフォリオ・キャリア」という考え方が浮かび上がる。一つの会社、一つの職種、一つの収入源に依存するのではなく、複数の技能、経験、人脈、収入源を組み合わせることで、個人としてリスクを分散する考え方である。
例えば、本業では会社員として働きながら資格を取得し、副業やフリーランス経験を積み、社外の人脈を形成し、必要に応じて転職するというキャリアである。重要なのは、必ず副業をすることではなく、「会社がなくなったら自分のキャリアも終わる」という状態を避けることである。
これは金融投資における分散投資と似ている。一つの資産に全財産を投入するのではなく、複数の資産に分散することで一つの資産が値下がりした場合の損失を抑えるように、キャリアについても一つの組織への依存度を下げるという発想である。
ただし、人的資本の分散にはコストがある。複数の技能を身につけるには時間が必要であり、副業を行えば本業との両立が必要になる。
また、企業で働きながら常に市場価値を高め続けなければならない社会は、個人にとって必ずしも楽な社会ではない。「自由になった」という表現の裏側には、「自分の雇用可能性を自分で維持しなければならない」という新しい責任が存在する。
ここにZ世代の生存戦略の最大の特徴がある。組織への依存を減らす代わりに、個人が市場に直接接続することによってリスクを管理するのである。
自律型キャリアの「光」と「影」
自律型キャリアには明確なメリットがある。会社の業績悪化、事業撤退、リストラ、勤務地変更などが起きた場合でも、社外で通用する技能があれば次の選択肢を持ちやすくなる。
また、職場環境が悪い場合にも、退職という選択肢を持てることは心理的な意味が大きい。転職市場が機能していれば、企業側にも「人材を失いたくなければ待遇や職場環境を改善しなければならない」という圧力が生まれる。
一方で、流動性が高くなれば、企業は長期育成への投資を控える可能性もある。社員がすぐに転職するのであれば、教育費を負担して育てた人材が他社へ移るリスクが高くなるためである。
その結果、「即戦力を採用する企業」と「自分でスキルを身につけてから転職する個人」が増えれば、若者のキャリア形成が市場任せになる危険がある。
JILPTの調査は、この問題を考えるうえで重要な示唆を与えている。若年者の初職経験には、能力開発の機会や職場への定着との関係があり、正社員か否かだけではなく、職場でどのような経験を得られたかがキャリア形成を左右する。
したがって、「組織から自立する」ことと「組織から教育を受けない」ことは同義ではない。むしろ今後必要なのは、企業から教育を受けながら、その能力を社外でも活用できる状態を作ることである。
Z世代の戦略にも「新しい格差」が生まれる
ここで重要な問題が、キャリア自律能力そのものの格差である。自分で転職先を探し、資格を取得し、オンライン学習を行い、人脈を形成できる人と、長時間労働や低賃金によってそれらに時間を使えない人では、同じ「Z世代」であっても選択肢が大きく異なる。
JILPTの若年者調査でも、初職離職後の就業状況には性別や学歴による差が確認されている。特に女性や非大卒者では、調査時点で非典型雇用または非就労となっている割合が男性や大学・大学院卒より高い。
これは、「Z世代は自由に会社を辞められる」というイメージに修正を迫る。労働市場が売り手市場であっても、すべての職種・学歴・地域・属性で同じ条件が成立するわけではない。
つまり、流動化は格差を解消する可能性を持つ一方で、人的資本を持つ人により大きな利益を与える可能性もある。自律型キャリアは万能の生存戦略ではなく、「自律できるための資源を持っている人ほど有利になる戦略」でもある。
氷河期世代との決定的な違い
ここまでを見ると、氷河期世代とZ世代の違いは明確になる。氷河期世代は「会社に入りたくても入れない」という問題を経験したのに対し、Z世代は「会社に入った後も、その会社だけを頼り続けることが危険」という環境に直面している。
前者では組織へのアクセスが問題だった。後者では組織からの離脱可能性と市場価値の維持が問題となる。
しかし、両者には共通点もある。どちらも、自分の努力だけでは完全にコントロールできない労働市場の変化によってキャリアを左右されている。
氷河期世代は景気後退と企業の採用抑制によって入口を狭められた。Z世代は人手不足によって入口を広げられた一方、AIやデジタル化、職務の高度化によって「入社後も能力を更新し続けること」を求められている。
したがって、「氷河期世代は古い」「Z世代は新しい」という評価は適切ではない。両世代は、それぞれ異なる労働市場に適応した結果として異なる行動様式を形成したのである。
両世代の交錯が生む現代の日本社会の課題
氷河期世代とZ世代の違いは、単なる年齢差ではなく、異なる労働市場を経験したことによって形成された「リスク認識の差」として理解する必要がある。氷河期世代の一部は「組織に残ること」を雇用安定の重要な条件として認識する一方、Z世代の一部は「組織に依存しすぎないこと」を安定の条件として捉える傾向がある。
この違いは、同じ職場で働く際に摩擦を生みやすい。例えば、氷河期世代の管理職が「若いうちは多少厳しい環境でも経験を積むべきだ」と考えるのに対し、若手側が「その経験は他社でも通用するのか」「待遇に見合うのか」と問い返す場面が想定される。
ここで重要なのは、どちらが正しいかではない。両者の判断基準そのものが異なるのであり、その背景には就職時の労働市場、企業への信頼、転職市場の発達、情報環境の違いがある。
JILPTの研究でも、氷河期世代の困難は単純な非正規雇用の継続ではなく、正社員、非正社員、無業・失業を行き来する「ヨーヨー型キャリア」として現れていることが確認されている。2025年の追加調査でも同様の傾向が確認され、正社員化だけでなく、その後の定着まで含めた支援が必要だと指摘されている。
つまり、氷河期世代の「会社を辞めない」という行動を、単純な保守性として評価することはできない。それは不安定な労働市場を経験した結果として形成された、合理的な自己防衛でもあり得る。
一方、若年者の側にも別の問題がある。JILPTの若年者調査では、初職離職後に正社員として再就職するケースが存在する一方、女性や非大卒者では非典型雇用または非就労の割合が高いことが確認されている。
したがって、「若者は売り手市場だから自由に転職できる」という認識も正確ではない。転職市場の恩恵を受けやすい層と、転職によってむしろ不安定化する層が同時に存在している。
マネジメントの断絶
世代間の摩擦が最も表面化しやすいのが、職場のマネジメントである。特に氷河期世代が中間管理職や現場の指導者となり、Z世代が部下・後輩として入ってくる構造では、「仕事への向き合い方」をめぐる認識の差が生まれやすい。
氷河期世代の一部には、「厳しい環境に耐えることが自分を成長させる」という経験則がある。若年期に就職競争や雇用不安を経験したため、多少の困難を乗り越えることをキャリア形成の一部として理解する傾向が生まれても不思議ではない。
しかしZ世代側から見ると、長時間労働、曖昧な指示、休日への業務持ち込み、サービス残業などは「成長のための試練」ではなく、単純に職場設計の問題として認識される可能性が高い。
ここで「最近の若者は根性がない」という評価が生まれる。しかし、それは若者の能力を測定しているのではなく、異なる労働環境に対する適応方法の違いを評価しているにすぎない。
むしろ管理職側が問われるのは、「自分が耐えた環境を部下にも経験させること」に教育的意味があるのかという問題である。過去の成功体験が現在のマネジメントにそのまま適用できるとは限らない。
同時に、Z世代側にも課題がある。会社の外に選択肢を持つことは重要だが、組織内でしか身につかない技能、チームで仕事を進める能力、顧客や同僚との関係構築なども存在する。
したがって、「上司の指示に従う」か「自分の市場価値だけを追求する」かという二者択一ではなく、組織内部で得られる経験を個人のキャリア資産へ変換する仕組みが必要になる。
「アンダークラス化」の変質
氷河期世代をめぐる議論では、「アンダークラス」という概念がしばしば登場する。ここで注意すべきなのは、アンダークラス化を単に「非正規雇用者が増えること」と定義すると、2026年の状況を十分に説明できなくなることである。
かつては、正社員と非正規社員の間に比較的明確な境界が存在した。正社員には長期雇用、企業内教育、昇給、福利厚生などが期待される一方、非正規社員は雇用期間や収入の面で不安定だった。
しかし現在では、正社員であっても必ずしも安定しているとは限らない。企業再編、事業撤退、職務の自動化、配置転換、成果評価などによって、正社員の内部にもキャリア格差が広がっている。
その結果、「正社員だから上層、非正規だから下層」という単純な構図ではなくなっている。正社員であっても市場価値の低い職務に固定される人、非正規から専門職へ移行する人、複数の仕事を組み合わせて高い所得を得る人など、キャリアの分岐が複雑化している。
JILPTの2025年研究でも、氷河期世代について「他形態から正社員」への移行が進んでいる一方、過去の非正規経験を完全に帳消しにできるわけではなく、ヨーヨー型キャリアによる蓄積の断絶が残ることが示されている。
ここから考えると、2026年の「アンダークラス化」は、単なる雇用形態の問題ではなく、「自分の労働力をどの程度市場で評価してもらえるか」という市場接続性の問題へ変化している。
これはZ世代にも関係する。転職や副業を自由に行える人がいる一方、スキル形成の機会を持てない人は、雇用流動化が進むほど不安定な仕事を渡り歩く可能性があるからである。
日本型雇用の変容への圧力
こうした世代間の違いは、最終的に日本型雇用そのものへ変化を迫る。長期雇用、年功的処遇、新卒一括採用、企業内教育を組み合わせた従来型モデルは、人口増加と安定的な企業成長を前提とした部分が大きかった。
しかし、少子高齢化と人手不足が進む現在、企業は若年労働力を獲得するだけでなく、経験者や中高年層の能力を活用しなければならない。JILPTの研究でも、人手不足を背景に氷河期世代の正社員化が進んだことが確認されており、労働市場の需給環境がキャリアの再構築を後押しする可能性が示されている。
これは非常に重要な変化である。かつて氷河期世代の問題は「本人の能力不足」と誤解されることがあったが、労働需要が変化すると、同じ人材が採用対象として評価されることがある。
つまり、個人の能力だけでなく、労働市場の需要によってキャリアの価値は変動する。これこそ、世代論を個人責任論へ変換してはならない理由である。
企業側にも変化が求められる。若者を採用して長期間囲い込むだけではなく、中途採用、再教育、職務転換、キャリア支援などを組み合わせ、年齢に関係なく人材を再配置できる仕組みが必要になる。
その意味では、Z世代の「会社に頼らない」という意識は、日本型雇用を破壊するだけではなく、企業に「選ばれる側になる努力」を促す圧力にもなる。
一方、氷河期世代の存在は、「一度キャリアを失うと、その後の人生で完全に取り戻すことが難しい」という日本の雇用システムの弱点を示す実証的なケースでもある。JILPTが指摘するように、正社員化だけではなく、就職後の継続的・反復的支援まで必要になるのは、このためである。
世代間対立ではなく「制度間対立」として見る
ここまでの分析から見えてくるのは、氷河期世代とZ世代が本質的に対立しているわけではないということである。両者が衝突するのは、異なる制度環境に適応した結果として、職業上の合理性が異なっているからである。
氷河期世代にとって、「一つの会社で長く働く」はリスク回避だった。Z世代にとって、「一つの会社だけに依存する」はリスク集中になり得る。
同じ「安定」という言葉でも意味が違うのである。前者の安定とは「組織に所属し続けること」であり、後者の安定とは「組織が変わっても働けること」である。
この違いを理解しないまま、上司が若者を「根性がない」と評価したり、若者が中高年を「古い」と評価したりすれば、問題は個人間の対立へ矮小化される。
本来問うべきなのは、「なぜ一つの会社に残ることが安定だったのか」「なぜ現在は会社を移動できることが安定につながるのか」という制度の変化である。
「組織に頼らない」は「組織を不要にする」ことではない
Z世代の生存戦略を考えるうえで、最も重要な修正点がここにある。組織に依存しないことと、組織を必要としないことはまったく違う。
人間の仕事には、個人だけでは成立しないものが多い。大型プロジェクト、研究開発、医療、製造、インフラ、行政などでは、組織的な資本、人材、設備、情報共有が不可欠である。
したがって、今後の理想的な働き方は「会社から完全に自立すること」ではなく、「会社に所属しながらも、会社だけに依存しないこと」になる可能性が高い。
この状態では、企業と個人の関係も変わる。企業は社員を「所有する人材」としてではなく、「一定期間ともに価値を生み出す専門人材」として扱い、社員側も会社を「一生所属する共同体」ではなく、「能力を発揮し、経験を蓄積する場」として位置づける。
この関係が成立すれば、氷河期世代が経験した「組織から離れられないリスク」と、Z世代が抱える可能性のある「組織から守られないリスク」の双方を緩和できる。
今後の展望
今後の日本では、世代間のキャリア差は消えるというより、むしろ同じ職場の中で共存する形になる。氷河期世代が管理職・専門職・熟練人材として働き続け、その下でZ世代が異なる価値観を持って働くという構造が一般化するからである。
そのとき必要なのは、どちらか一方の価値観を標準にすることではない。氷河期世代が持つ「組織経験」「危機対応能力」「現場知」と、Z世代が持つ「デジタル適応力」「流動性への対応力」「社外市場への意識」を組み合わせることである。
特に重要なのは、企業が「辞めない社員」を作ることから「どこでも通用する能力を持ちながら、ここで働くことを選ぶ社員」を作ることへ発想を転換できるかである。
それが実現すれば、キャリア自律は企業への忠誠心と対立しない。むしろ、社員が社外でも評価される能力を持つことが、企業内部の生産性やイノベーションを高める可能性がある。
反対に、企業が「若者はすぐ辞めるから教育しても無駄だ」と考え、教育投資を削減すれば、若者はさらに企業外で能力を獲得し、転職によってキャリアを形成するようになる。この循環が進めば、企業と若者の双方が短期的な関係に陥る危険がある。
日本型雇用の変化は、終身雇用が突然消滅するという形ではなく、「一社に人生を預けることの相対的な重要性が低下する」という形で進む可能性が高い。
その過程で必要になるのは、転職市場の整備だけではない。職業訓練、学び直し、キャリア相談、失業時の所得保障、社会保険、年金、企業間の技能評価など、組織を移動しても生活基盤が途切れない仕組みを整備することが重要になる。
ここまでの分析を総合すると、就職氷河期世代とZ世代の違いは、単純な性格や価値観の世代差では説明できない。両世代はそれぞれ異なる労働市場に若年期を投入され、その環境に適応する形で「安定とは何か」を異なる形で学習してきたと考えるべきである。
氷河期世代にとって安定とは、厳しい競争を突破して正社員の地位を獲得し、その組織に長く残ることだった。これに対してZ世代にとっての安定は、一つの組織に残り続けることだけではなく、転職しても働ける技能や経験を持つこと、つまり「会社が変わっても生き残れる状態」に移りつつある。
この変化には、労働市場そのものの需給関係が大きく影響している。JILPTの近年の研究では、若年者の初職離職後のキャリアを分析した結果、初職離職後に正社員へ移行する経路が存在する一方、女性や非大卒者では非典型雇用または非就労の割合が高いことが示されている。
つまり、2026年の日本では「若者なら誰でも転職によってキャリアを改善できる」という状況にはなっていない。流動性の拡大は確かに選択肢を増やしたが、その選択肢を実際に利用できるかどうかには、学歴、職種、技能、性別、地域、家庭環境などによる差が残っている。
ここから見えてくるのは、氷河期世代とZ世代が異なる問題を抱えているというより、日本社会が「組織依存型の安定」から「市場接続型の安定」へ移行する途中にあるという事実である。
「組織に頼らない」は本当に合理的なのか
Z世代の生存戦略として注目される「組織に頼らない」という考え方には、明確な合理性がある。一社だけに収入、技能、人間関係、福利厚生、昇進機会を集中させれば、その会社の経営悪化や事業撤退によって生活基盤全体が揺らぐからである。
一方、複数の技能を持ち、転職市場に接続し、社外の人的ネットワークを形成しておけば、会社に何らかの問題が発生しても別の選択肢を持ちやすい。これは金融資産の分散投資に似ており、「一つの組織にすべてを賭けない」という意味では合理的なリスク分散戦略である。
しかし、この戦略には重大な前提条件がある。それは「自分を市場で売れる状態に維持できること」である。
専門技能を持ち、情報収集能力が高く、学習時間と資金を確保できる人にとっては、転職や副業、資格取得、リスキリングは有力なキャリア戦略になる。逆に、低賃金、長時間労働、介護・育児などによって学習資源を確保できない人にとっては、「自分の市場価値を高めろ」という要求そのものが大きな負担になる。
この意味で、「組織に頼らない社会」は、必ずしも「自由な社会」と同義ではない。会社が人材育成や雇用安定の責任を担っていた部分を個人に移すなら、その分だけ個人が背負うリスクも増えるからである。
したがって、Z世代の戦略を評価する際には、「転職すること」そのものではなく、「移動によって人的資本が増加しているか」を見る必要がある。JILPTも若年者の初職離職後について、単なる離職率ではなく、転職後により良いキャリア形成環境を得られた者の特徴を分析している。
「新卒切符」は消滅したのか
では、氷河期世代の経験を象徴する「新卒切符」は完全に過去のものになったのか。答えは「価値が低下したが、消滅してはいない」とするのが妥当である。
大企業や人気企業、官公庁などでは依然として新卒採用が重要であり、新卒時に安定した職場へ入ることには大きな意味がある。若年期から企業内教育を受け、職務経験を積み、社内ネットワークを構築することは、現在でもキャリア形成上の強力な資産となる。
しかし、かつてと決定的に異なるのは、新卒入社がそのまま「定年までの所属」を意味しなくなったことである。JILPTは新規学卒一括採用を日本の内部労働市場を考える重要な研究領域として位置づけているが、同時に現在では中途採用、能力開発、キャリア形成などとの組み合わせが重要な政策課題となっている。
したがって、現代の新卒入社は「人生の最終目的地」ではなく、「キャリアの第一拠点」と考えるほうが実態に近い。
この変化は、氷河期世代の経験から得られる重要な教訓でもある。若年期の就職機会がその後のキャリアに大きく影響するなら、社会は「新卒時に失敗した人が何度でもやり直せる仕組み」を整備しなければならない。
逆に言えば、新卒一括採用そのものをなくすだけでは問題は解決しない。新卒採用の比重を下げると同時に、中途採用、職業訓練、再教育、転職支援、能力評価を整備しなければ、「新卒カード」の代わりに「職歴カード」が新しい選別装置になるだけである。
氷河期世代の葛藤をどう評価すべきか
本稿のテーマの一つである「氷河期世代の組織への依存・呪縛」については、表現そのものを慎重に扱う必要がある。
氷河期世代の一部が組織から離れにくいのは、必ずしも組織を盲目的に信頼しているからではない。むしろ、若年期に雇用機会が不足していたため、「一度獲得した安定雇用を失ったら、次が保証されない」という合理的なリスク認識を持っている可能性がある。
この点から見ると、「組織への依存」は原因というより結果である場合がある。就職市場が厳しく、転職市場も十分に発達していなかった時代に社会へ出た人ほど、組織から離脱するコストを高く評価するのは自然な行動である。
さらに、氷河期世代には現在もキャリア上の不利益が残る人がいる。JILPTの研究が示すように、非正規や無業・失業を経験した後に正社員へ移行したとしても、キャリアの断絶が完全に消えるわけではない。
したがって、「氷河期世代は努力不足だった」という説明には重大な限界がある。個人の努力と同時に、卒業時の景気、企業の採用行動、雇用制度、職業訓練へのアクセスなどを考慮しなければ、因果関係を誤る。
「アンダークラス化」の変質
アンダークラス化についても、従来型の「正社員対非正規」という二分法だけでは現在の状況を説明しにくくなっている。
現在は正社員であっても、専門性が低く、賃金上昇が限定され、会社外での評価が低い仕事に固定される可能性がある。反対に、非正規やフリーランスなどの働き方から専門技能を獲得し、高い市場価値を形成する人もいる。
もちろん、非正規雇用が安定した専門職と同じ意味を持つわけではない。社会保険、雇用保障、所得の安定性などでは依然として差があり、雇用形態による格差は無視できない。
ただし、現代の格差は雇用形態だけではなく、「どれだけ市場価値を形成できるか」「仕事を移動できるか」「技能を更新できるか」という能力格差へも広がっている。
この構造では、Z世代の「自律型キャリア」が成功する人と失敗する人の差も大きくなる。自律性を持てる人は市場の変化を利用できるが、自律性を持つための教育・時間・資金・情報が不足している人は、流動化の恩恵を受けられない。
したがって、今後の社会政策では「雇用されているか」だけではなく、「安定したキャリアを再構築できる能力と機会を持っているか」を見る必要がある。
マネジメントの断絶をどう乗り越えるか
氷河期世代とZ世代が職場で共存する以上、世代間のマネジメント問題は避けられない。特に、氷河期世代が管理職となり、Z世代を部下として指導するケースでは、仕事への価値観の違いが顕在化する。
しかし、「若者を昔のように鍛える」ことも、「若者の希望をすべて受け入れる」ことも正解ではない。重要なのは、組織内部で得られる経験を、個人の市場価値へ変換できるようにすることである。
例えば、単純に「3年間は辞めるな」と要求するのではなく、その3年間でどのような技能を獲得できるのかを明示する。さらに、本人が将来どの職種・役割へ進みたいのかを確認し、必要な経験を逆算して与えることが重要になる。
これは企業にとっても合理的である。社員が自分の成長を実感できなければ離職する可能性が高まり、逆に成長機会が明確なら、社外にも選択肢を持つ社員であっても企業に残る理由が生まれる。
JILPTの若年者研究でも、初職における能力開発や職場経験が、その後の離職やキャリア形成と関係していることが示されている。したがって、若者の定着を「精神論」で実現するのではなく、仕事そのものを能力形成の機会として設計する必要がある。
日本型雇用はどこへ向かうのか
日本型雇用が完全に消滅する可能性は低い。大企業を中心に長期雇用や新卒採用は今後も残ると考えられ、企業内教育や内部労働市場にも依然として合理性がある。
ただし、「一社で働き続けること」を唯一の安定モデルとする考え方は弱まる可能性が高い。人手不足、デジタル化、AI、職務の専門化、転職市場の発達などが、企業と個人の関係をより流動的なものにしているからである。
今後は「メンバーシップ型かジョブ型か」という単純な二択ではなく、両者を組み合わせたハイブリッド型が広がる可能性がある。若年者には職務経験を与えながら長期育成し、中高年には専門性を生かした職務を与え、必要に応じて企業間を移動できる仕組みを整える方向である。
この変化では、企業が社員を囲い込む能力よりも、「社員が成長できる環境を提供する能力」が重要になる。社員が社外でも通用する技能を身につけることを恐れる企業は、人材獲得競争そのものに敗れる可能性がある。
個人に求められる生存戦略
個人側から見れば、今後の基本戦略は「会社を信用するか、信用しないか」ではない。会社を利用し、会社にも貢献しながら、自分自身の人的資本を形成するという二重構造を作ることである。
第一に、自分の職務経験を言語化する必要がある。何年会社にいたかだけではなく、何を担当し、どのような成果を出し、どの技能を獲得したのかを説明できることが重要になる。
第二に、社内だけで通用する技能と社外でも通用する技能を区別する必要がある。前者だけが増えている場合には、資格取得、研修、異動、副業、社外プロジェクトなどを利用して市場接続性を高めることが有効である。
第三に、転職を目的化しないことである。転職は手段であって目的ではない。転職によって賃金、技能、職務内容、労働条件、将来性のいずれかが改善する見込みがなければ、移動そのものがキャリア上の利益になるとは限らない。
第四に、「一社依存」を避けつつ「孤立」もしないことである。会社を辞めても、専門家、同業者、友人、教育機関、職業団体などとのつながりを維持できれば、キャリア上の選択肢は広がる。
社会に求められる生存戦略
しかし、すべてを個人に任せるべきではない。氷河期世代の経験が示しているのは、労働市場の失敗を個人の努力だけで修正することには限界があるという事実である。
必要なのは、失業や転職を「人生の脱落」としない制度である。職業訓練、学び直し、再就職支援、所得保障、社会保険、キャリア相談などを一体化し、一度キャリアを失っても再び労働市場へ戻れる仕組みを強化する必要がある。
また、企業間で技能を比較可能にする仕組みも重要である。会社ごとに「営業経験」「管理経験」「経理経験」と評価方法が違えば、転職市場は完全には機能しない。
職務内容と技能を明確化し、「この経験を持つ人なら別の企業でもこの仕事ができる」という透明性が高まれば、個人の移動可能性は高くなる。これはZ世代だけでなく、氷河期世代や中高年層の再挑戦にも有効である。
最終検証:「氷河期世代」と「Z世代」は本当に対極なのか
本稿の最終的な結論は、「両世代は対極に見えるが、本質的には同じ問題に直面している」である。
氷河期世代は「組織に入れないリスク」に直面した。Z世代は「組織に入った後も、その組織だけでは将来を保証できないリスク」に直面している。
前者の教訓は、「初職の失敗を一生の失敗にしてはならない」ということだ。後者の教訓は、「自律性を高めることを個人だけの責任にしてはならない」ということである。
この二つを統合すると、日本に必要なのは「組織依存社会」でも「完全自己責任社会」でもない。組織に所属しながら自律でき、組織を離れても再挑戦できる社会である。
これは、日本型雇用の完全否定でもない。長期雇用、企業内教育、チームワーク、社内での技能形成には依然として価値がある。ただし、それらを「会社への忠誠」と交換するのではなく、「個人の人的資本を形成するための社会的インフラ」として再定義する必要がある。
まとめ
「氷河期世代の葛藤、組織に頼らないZ世代の生存戦略」というテーマを検証すると、最も重要なのは「世代の性格」ではなく「世代が最初に接続した労働市場」の違いである。
氷河期世代は、景気低迷と企業の採用抑制が重なった時期に社会へ出たことで、初職の段階から大きな制約を受けた。その後正社員へ移行した人もいるが、非正規・無業・失業などを経験した場合、キャリアの断絶が長期的な所得や技能形成に影響する可能性がある。JILPTの研究は、こうしたキャリアの多様性と再構築の難しさを具体的に示している。
一方、Z世代は人手不足を背景とする比較的有利な若年労働市場に接続し、転職や中途採用が以前より一般化した環境でキャリアを形成している。しかし、すべてのZ世代が同じ恩恵を受けているわけではなく、学歴や性別などによるキャリア格差は依然として存在する。
したがって、「氷河期世代は組織に依存し、Z世代は組織に頼らない」という表現は、説明の入口としては分かりやすいが、学術的には不十分である。より正確には、氷河期世代は「組織へのアクセス」を重視せざるを得なかった世代であり、Z世代は「組織から移動できる能力」を重視しやすい世代と表現できる。
そして、ここには日本社会全体の転換点がある。安定の意味が「一つの会社に所属し続けること」から「会社が変わっても生活とキャリアを再構築できること」へ変わりつつあるからである。
この変化を成功させるためには、企業が人材育成を放棄してはならない。個人も会社への依存を減らしながら、組織で得られる経験を積極的に自分の人的資本へ変換する必要がある。
最終的には、「会社に人生を預ける」か「会社を完全に信用しない」かという二択ではなく、会社と個人が互いに依存しすぎず、それでも互いに価値を提供できる関係を構築することが重要になる。
これこそが、氷河期世代の経験とZ世代の生存戦略を同時に踏まえた、2026年の日本における現実的な雇用モデルである。
参考・引用リスト
- 労働政策研究・研修機構(JILPT)『若年者の初職離職後のキャリア形成―第3回若年者の能力開発と職場への定着に関する調査―』調査シリーズNo.259、2025年。20~34歳を対象とする7,994件の有効回答を用い、初職離職後のキャリア、正社員移行、性別・学歴による差などを分析している。
- 労働政策研究・研修機構(JILPT)『若年者の初職における経験と若年正社員の離職状況―第3回若年者の能力開発と職場への定着に関する調査―』調査シリーズNo.250、2025年。若年正社員の離職状況と初職における能力開発・職場経験との関係を分析している。
- 労働政策研究・研修機構(JILPT)「研究領域:新規学卒一括採用・定年退職等」。新卒一括採用、内部労働市場、企業による人材育成、キャリア形成など、日本型雇用をめぐる研究成果を体系的に掲載している。
- 労働政策研究・研修機構(JILPT)「研究領域:若年者(新規学卒、ニート等)」。若年者の就業、初職、能力開発、キャリア形成、求職支援などに関する研究成果を整理している。
- 労働政策研究・研修機構(JILPT)による就職氷河期世代のキャリア研究。氷河期世代について、初職の違いがその後の所得、正社員化、キャリアの継続性などに影響することを検討した研究群を参照した。
- 厚生労働省「就職氷河期世代支援」に関する政策資料。就職氷河期世代への就労支援、正社員化支援、職業訓練、社会参加支援などの政策資料を総合的に参照する必要がある。
- 総務省統計局「労働力調査」「就業構造基本調査」。年齢階級別の就業状態、雇用形態、非正規雇用、失業など、日本の労働市場を把握する基礎統計として参照した。
- 内閣府「経済財政白書」「男女共同参画白書」等。少子高齢化、人手不足、若年層・中高年層の就業、所得・雇用環境の変化を検討する際の政府資料として位置づけられる。
- 日本の雇用システムに関する労働経済学・人的資本論の研究。内部労働市場、企業特殊的技能、人的資本、転職コスト、キャリア形成などの概念を、本稿の世代比較を行うための理論的枠組みとして用いた。
- 本稿の結論については、特定世代を一律に「組織依存」「転職志向」と分類することを避け、世代効果、景気循環、雇用制度、人的資本、労働市場の需給、教育・訓練機会など複数の要因を組み合わせて評価した。JILPTの最新研究でも、若年者のキャリアは性別・学歴・初職経験などによって大きく異なることが確認されており、世代論を個人の属性へ直接結び付けることには慎重さが必要である。
