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決めては股関節!新・寝たきり予防術、ポイントは・・・

股関節は上半身と下半身をつなぎ、骨盤と下肢を連動させ、立位・歩行・階段昇降など多くの移動動作に関与する。
ストレッチのイメージ(Getty Images)
現状(2026年8月時点)

日本では高齢化の進行に伴い、「健康寿命をいかに延ばすか」が重要な社会的課題となっている。単に長く生きることではなく、自分の力で立ち、歩き、外出し、日常生活を維持できる期間を延ばすことが、介護予防の中心的な目標になっている。

この問題を考えるうえで重要なのが、筋肉、骨、関節、神経などの「運動器」である。日本整形外科学会は、運動器の障害によって立つ、歩くといった移動機能が低下し、要介護やそのリスクが高くなる状態をロコモティブシンドローム、いわゆるロコモとして位置づけている。

寝たきりは突然発生するとは限らない。実際には、筋力や関節可動域の低下、歩行速度の低下、バランス能力の低下、外出頻度の減少などが徐々に重なり、その先に転倒、骨折、入院、活動量低下、さらなる筋力低下という悪循環が形成されることが多い。

したがって、寝たきりを防ぐためには「寝たきりになってから何をするか」ではなく、その前段階に存在する移動機能の低下をいかに早く発見し、介入するかが重要になる。この観点から注目される身体部位の一つが股関節である。

ただし、「股関節さえ鍛えれば寝たきりを防げる」という意味ではない。寝たきり予防には全身の筋力、骨密度、栄養、認知機能、循環器・呼吸器機能、視覚、バランス能力、生活環境など複数の要素が関係するため、股関節を万能な予防装置として扱うのは科学的に適切ではない。

むしろ重要なのは、股関節が「立つ・歩く・方向を変える・階段を上る・椅子から立ち上がる」といった多くの日常動作に関係するため、その機能低下が移動能力全体に波及しやすい点にある。つまり股関節は、寝たきり予防の唯一の決め手ではなく、移動機能を維持するための重要なハブと考えるのが妥当である。

なぜ「股関節」が寝たきり予防の決め手なのか(背景とメカニズム)

「股関節」は骨盤と大腿骨をつなぐ人体最大級の荷重関節である。歩行時には体重を受け止めながら、脚を前後左右に動かし、さらに骨盤や体幹の動きを調整する必要があるため、単純な「脚の付け根」以上の役割を担っている。

歩くという動作を分解すると、股関節だけが動いているわけではない。足関節、膝関節、股関節、骨盤、脊柱、体幹が時間的に連携しながら重心を移動させ、片脚支持と両脚支持を繰り返している。

このため、股関節の動きが制限されると、その影響を別の部位が補わなければならなくなる。股関節疾患を対象とした研究では、股関節の機能低下に伴って骨盤や体幹の運動パターンが変化し、歩行速度が低下することが確認されている。

これは非常に重要なポイントである。股関節の問題は「股関節だけの問題」として終わらず、膝、足関節、骨盤、腰椎、体幹などの運動パターンを変化させる可能性があるからである。

2026年に公表された研究でも、変形性股関節症の患者では、健常者と比較して歩行中の複数関節の協調パターンに変化がみられた。研究では、股関節の機能障害があっても身体は複数の関節を使って重心を制御しようとすることが示されており、歩行が単一関節ではなく全身の協調運動であることが改めて示されている。

つまり股関節の重要性は、「そこに大きな筋肉が付いているから」だけでは説明できない。股関節は下肢から骨盤、さらに体幹へと力と運動を伝達する場所であり、身体全体の動作を連結する機能的な中継点だからである。

上半身と下半身をつなぐ「要(かなめ)」

人間が立っているとき、上半身の重さは骨盤を介して左右の股関節、大腿骨、膝、足関節、足部へと伝わり、最終的に地面へ分散される。逆に地面から受けた反力も足部から下肢、股関節、骨盤、脊柱、体幹へと伝わっていく。

この構造を考えると、股関節は単に「脚を動かす関節」ではなく、上半身と下半身をつなぐ力学的な要所であることが分かる。歩行時には骨盤が前後左右に微妙に動きながら、体幹の重心を次の一歩へ移動させる役割を担っている。

高齢者の歩行能力を考える際に問題になるのは、単純な最大筋力だけではない。歩行には、必要な筋力を適切なタイミングで発揮する能力、関節を十分に動かす能力、身体の重心を制御する能力、そして外乱に対応する能力が必要になる。

股関節周辺には、臀部の大殿筋や中殿筋、深層外旋六筋、腸腰筋など、多様な筋群が存在する。これらは股関節を動かすだけでなく、骨盤を安定させたり、片脚で立つ際の身体の傾きを抑えたりする役割を持つ。

特に歩行中の片脚支持では、骨盤が左右に大きく崩れないように股関節外転筋群が働く。これらの筋群が十分に機能しない場合、体幹を左右に傾けるなど別の方法でバランスを取る代償動作が現れることがある。股関節症患者では、こうした体幹・骨盤の代償的な運動が観察されている。

このような代償が短期間で直ちに重大な問題を引き起こすとは限らない。しかし、痛みや筋力低下によって歩き方が変化し、それによって活動量が減少すると、さらに筋力が落ちるという悪循環につながる可能性がある。

骨盤と深層筋の連動

股関節を考えるとき、表面的な大腿部や臀部の筋肉だけを見るのは不十分である。骨盤周辺には腹横筋、多裂筋、骨盤底筋群など体幹の安定性に関係する深層筋が存在し、股関節周辺の筋群と協調して身体を支えている。

近年の研究では、股関節疾患を持つ人の歩行速度と体幹の筋機能との関係も検討されている。2026年に報告された研究では、変形性股関節症患者において、股関節外転筋力だけでなく腹横筋の機能も歩行速度と独立して関連していた。

これは「股関節を鍛える」という言葉の意味を広げる材料になる。単純に脚を上げ下げするだけではなく、骨盤を安定させ、体幹と下肢を連動させる能力まで含めて考える必要があるからである。

歩行では、脚が前へ出る一方で骨盤は回旋し、体幹は過度に揺れないように調整される。したがって、股関節の可動域と筋力、骨盤の位置、体幹の安定性は独立したものではなく、一つの運動システムとして考える方が実態に近い。

一方で、「深層筋を鍛えれば寝たきりを防げる」と単純化することも避ける必要がある。高齢者の移動機能には筋力だけでなく、神経系による運動制御、視覚、前庭感覚、足部機能、認知機能、疼痛、栄養状態など多くの要素が関係するからである。

したがって、「新・寝たきり予防術」の核心は特定の筋肉を集中的に鍛えることではない。股関節を中心として、可動域、筋力、骨盤・体幹の安定性、バランス、そして実際の生活動作を一体として維持することにあると考えるべきである。

「ロコモ(ロコモティブシンドローム)」の初期症状が表れやすい

股関節が重要な理由は、ロコモの初期段階で現れる「移動能力の低下」と深く関係する点にもある。日本整形外科学会が示すロコモの考え方では、運動器の障害によってバランス能力や移動・歩行能力が低下し、転倒や閉じこもりのリスクが高くなることが重要視されている。

日常生活では、股関節の機能低下が必ずしも「股関節が痛い」という形だけで現れるとは限らない。歩く速度が遅くなる、歩幅が狭くなる、階段を避ける、長距離を歩きたくなくなる、椅子から立ち上がる際に手を使う、片脚で立つことが難しくなるといった変化として現れる場合がある。

ここで重要なのは、「できなくなってから問題」と考えないことである。以前は普通にできていた動作を無意識に避け始めた時点で、身体機能が変化している可能性がある。

例えばエレベーターを使うようになった、近所でも車を使うようになった、外出そのものが減ったという変化は、一見すると生活上の選択に見える。しかし、その背景に歩行能力の低下や下肢の筋力低下が存在する場合、活動量の減少そのものがさらなる身体機能低下を招く可能性がある。

この「動かないから弱くなる、弱くなったからさらに動かなくなる」という循環こそ、寝たきり予防で早期に断ち切るべき問題である。したがって股関節の可動域や筋力を評価することは、単なる整形外科的なチェックではなく、将来的な移動能力を評価する一つの入口になる。

また、股関節疾患では痛みを避けるために歩き方を変えることがある。研究では、股関節伸展や外旋の制限、歩行速度や歩数などが、股関節症患者の身体機能の変化と関連することが報告されている。

つまり、「痛みが強くなったら病院へ行く」という発想だけでは不十分である。歩行速度、歩幅、階段、立ち上がり、外出頻度などの小さな変化を早期に捉え、必要なら運動療法やリハビリテーションにつなげることが、寝たきりを遠ざけるうえで重要になる。

この段階ではまだ、必ずしも「筋力を大幅に増やす」必要はない。重要なのは、関節を動かせる範囲を保ち、必要な筋力を維持し、歩行や立ち上がりなどの基本動作を日常生活の中で継続することである。

したがって、股関節を中心とした寝たきり予防の考え方は、筋力トレーニングだけに限定されない。「動ける状態を保つ→実際に動く→動く能力をさらに維持する」という循環を作ることが、本質的な予防戦略となる。

「新・寝たきり予防術」の3つの柱

高齢期の運動機能低下を防ぐ場合、単純に「筋肉を増やす」だけでは十分ではない。関節が動かなければ筋力を十分に発揮できず、筋力があっても姿勢を制御できなければ転倒につながるため、可動域・筋力・バランスを一つのシステムとして考える必要がある。

この観点から整理すると、股関節を中心とした新しい寝たきり予防には三つの柱がある。第一が関節を動かせる範囲を維持する「柔軟性」、第二が身体を支える筋肉を維持する「筋力」、第三が実際の生活動作の中で身体を安定させる「動的バランス」である。

この三つは別々の訓練ではない。例えば椅子から立ち上がる動作では、股関節を十分に曲げ、臀部や大腿部の筋力を使い、身体の重心を前方へ移動させながら立ち上がる必要があるため、三つの能力が同時に要求される。

したがって理想的な介護予防は、「筋トレを何回行ったか」だけで評価するのではなく、その結果として日常生活の動作が維持できているかを見る必要がある。

① 可動域の維持(柔軟性アプローチ)

第一の柱は、股関節を必要な範囲で動かせる状態を維持することである。高齢になると、活動量の減少、筋・腱・関節周囲組織の変化、疼痛などによって関節を大きく動かす機会が減りやすく、それがさらに動作の制限につながることがある。

特に問題になるのが「動かさないことによる動きの減少」である。痛みや不安から歩行や階段昇降を避けるようになると、股関節を十分に伸ばしたり曲げたりする機会も減り、結果として日常生活で使う関節可動域が狭くなる可能性がある。

歩行では股関節が前後に動く。脚を後ろへ送り出す股関節伸展が十分でなければ歩幅が小さくなりやすく、反対に脚を前へ出す際には適切な股関節屈曲が必要になるため、歩行には一定の可動域が必要になる。

ただし、柔軟性を高めること自体を目的にして、無理に関節を大きく伸ばす必要はない。高齢者では痛みを伴う強いストレッチや、反動を使った運動はかえって身体への負担になる可能性があるため、基本は「痛みのない範囲で、継続的に動かす」という考え方が重要である。

日常生活の中では、椅子に座る、立ち上がる、ゆっくり歩く、階段を使うなど、股関節を自然に動かす機会を確保することも重要になる。つまり柔軟性対策は、特別なストレッチだけで完結するものではなく、日常的に関節を使い続けることそのものが予防になる。

一方、すでに股関節に強い痛みがある場合や、変形性股関節症などの疾患が疑われる場合には、自己流で可動域を広げようとするべきではない。痛みを我慢して運動量を増やすのではなく、医療機関や理学療法士などに原因を確認し、状態に応じた運動方法を選択する必要がある。

② 骨盤・股関節周りの「支える筋肉」の強化(筋力アプローチ)

第二の柱は筋力である。特に重要なのは、大殿筋、中殿筋、腸腰筋、大腿部の筋群など、立位や歩行で股関節・骨盤を支える筋肉である。

股関節周囲筋の役割は、単純に脚を動かすことだけではない。片脚で体重を支えるときには骨盤を安定させ、歩行中には身体の重心を次の足へ移動させるため、これらの筋肉は「動かす筋肉」であると同時に「姿勢を支える筋肉」でもある。

特に中殿筋などの股関節外転筋群は、片脚支持時の骨盤安定性に重要な役割を持つ。歩行では左右の脚を交互に出すため、必然的に一時的な片脚支持が発生し、そのたびに股関節周辺の筋群が身体の揺れを制御する。

筋力低下が進むと、歩行速度の低下や階段昇降能力の低下だけでなく、椅子から立ち上がる動作にも影響する。特に下肢筋力は高齢者の身体機能を評価する重要な要素であり、スクワットや椅子からの立ち上がりなど、実際の生活動作に近い運動が重要になる。

ここで注目したいのが「機能的筋力」という考え方である。ベッドの上で脚を動かせることと、実際に立ち上がって歩けることは同じではないため、寝たきり予防では「何kgの負荷を持ち上げられるか」だけではなく、立つ、歩く、階段を上るといった動作につながる筋力を維持する必要がある。

運動による転倒予防については、世界的にも複数の研究が蓄積されている。Cochraneによる高齢者の転倒予防に関するレビューでは、運動、とりわけバランスや機能的運動を含むプログラムが地域在住高齢者の転倒を減らす可能性が示されている。

また、世界保健機関(WHO)の身体活動に関するガイドラインでも、高齢者には有酸素活動だけでなく、筋力、バランス、機能的能力を維持・向上させる活動を組み合わせることが推奨されている。ここからも、寝たきり予防を「筋トレだけ」の問題として扱うことが適切ではないことが分かる。

筋力強化で重要なのは「股関節だけを鍛えない」こと

股関節を重視すると、股関節周辺だけを集中的に鍛えればよいと誤解されやすい。しかし歩行は全身運動であり、足部、足関節、膝、股関節、骨盤、体幹が連動して初めて成立する。

例えば、股関節周辺の筋力が十分でも足関節の動きが悪かったり、膝に痛みがあったり、体幹の安定性が低下していたりすれば、歩行能力は十分に発揮できない。したがって股関節は「重点的に見る場所」であって、「そこだけ鍛える場所」ではない。

さらに高齢者では、筋力を増やすこと以上に「失わないこと」が重要になる場合もある。若年者と同じような高負荷トレーニングを目指す必要はなく、その人が安全に継続できる強度で、日常生活に必要な筋力を維持することが現実的な目標になる。

③ 「動的バランス」と日常生活の連動

第三の柱はバランス能力である。ただし、ここでいうバランスとは、片脚で静止して何秒立てるかだけを意味しない。

実際の生活では、歩きながら方向を変えたり、段差を越えたり、人を避けたり、荷物を持ったり、床から立ち上がったりする。このように身体を動かしながら重心を制御する能力を、ここでは「動的バランス」として捉える。

転倒は、何もない場所で完全に静止しているときよりも、歩行、方向転換、段差、階段、立ち上がりなど身体を移動させている際に発生することが多い。そのため、寝たきり予防では静的な筋力測定だけでなく、実際の動作能力を確認する必要がある。

例えば「以前は何も考えずに階段を上っていたのに、最近は手すりがないと不安になった」「歩いている途中で方向を変えるとふらつく」「道路の小さな段差を怖く感じる」といった変化は、移動機能の低下を考える手がかりになる。

日本整形外科学会がロコモの評価に用いている立ち上がりテストや2ステップテストなども、単純な筋力だけではなく、立つ・歩くという機能そのものを評価する考え方に基づいている。こうした機能評価を定期的に行うことは、本人が気づきにくい移動能力の低下を把握する一つの方法になる。

「運動」を「生活」に戻すことが最終目標

ここまでの三つの柱を一つにまとめると、予防の最終目標は筋肉量や柔軟性の数値を高めることではない。自分の力で起きる、立つ、歩く、方向を変える、階段を上る、外へ出るという生活能力を維持することにある。

例えば、週に数回だけ運動して、それ以外の日はほとんど座ったままという生活では、運動によって得られた機能を日常生活で十分に活用できない可能性がある。反対に、買い物、散歩、掃除、階段、庭仕事など、安全に行える活動を日常生活へ組み込めば、運動と生活が連続したものになる。

この意味で「新・寝たきり予防術」とは、新しい特殊な運動方法を一つ発見することではない。股関節を中心に可動域と筋力を維持し、その能力を実際の歩行や立ち上がり、外出などにつなげるという、運動と生活を切り離さない考え方である。

そして、この予防戦略を考えるうえでもう一つ避けて通れない問題がある。それが「転倒による骨折」である。

高齢者が転倒し、大腿骨近位部などを骨折すると、それまで自立していた人でも急激に活動量が低下することがある。骨折そのものだけでなく、入院による安静、筋力低下、歩行への恐怖、認知機能への影響などが重なるため、ここから要介護状態へ進むリスクが高まる。

したがって、寝たきり予防を本当に体系化するなら、「骨折しないための予防」だけでなく、「もし骨折してしまったら、いかに早く立ち上がり、歩行を再獲得するか」まで含めなければならない。

万が一骨折してしまった場合の「現代の治療・離床戦略」

高齢者にとって特に重大なのが、大腿骨の股関節に近い部分に生じる「大腿骨近位部骨折」である。転倒など比較的軽い外力でも発生することがあり、骨折そのものによる痛みに加えて、立てない、歩けないという状態が突然発生するため、これまで維持していた身体活動が急激に失われる可能性がある。

ここで重要なのは、「骨が折れたから動けない」という発想だけでは不十分だという点である。高齢者では入院中の活動量低下そのものが筋力低下や身体機能低下を招き、さらに認知機能低下、せん妄、肺炎、血栓症、褥瘡などの二次的な問題につながる可能性がある。

したがって現在の大腿骨近位部骨折治療は、単純に骨を元の位置に戻して治すだけのものではない。できるだけ早く全身状態を整え、手術し、再び立ち上がり、歩ける状態へ戻すことまでを一連の治療として考える方向へ進んでいる。

厚生労働省の資料でも、大腿骨近位部骨折について「受傷後早期の手術実施」が重要とされるとともに、早期離床・早期荷重の重要性が示されている。また、2023年度のDPCデータでは、急性期施設から退院した後もリハビリテーションを継続することの有用性が示されている。

つまり現代の治療目標は、「手術を成功させる」だけではない。骨折前の生活機能をどこまで取り戻せるかが重要な評価軸になっている。

早期手術の重要性

大腿骨近位部骨折では、手術までの時間が重要な意味を持つ。もちろん、すべての患者を機械的に同じ時間内に手術できるわけではなく、心肺機能、貧血、脱水、抗凝固薬の使用、感染症など、手術前に修正すべき医学的問題が存在する場合には、その対応が優先される。

しかし、必要な医学的調整を行いながら、理由なく手術を長期間延期することは望ましくない。英国NICEのガイドラインは、原則として入院当日または翌日の手術を推奨し、修正可能な併存疾患については速やかに対応して手術の遅延を避けるよう求めている。

米国整形外科学会(AAOS)の2021年ガイドラインも、入院後24〜48時間以内の手術について、より良好な転帰と関連するエビデンスを踏まえた推奨を示している。AAOSは、単に手術を早めるだけではなく、整形外科、老年医学、麻酔、リハビリテーションなどが連携する多職種による管理も重要だとしている。

なぜ早期手術が重要なのか。大きな理由の一つは、骨折したまま長時間ベッド上で過ごす期間を短縮し、その後の離床・リハビリテーションへ早く移行できる可能性があるからである。

骨折した高齢者にとって、「一日ベッドにいる」という意味は若い人とは異なる。食事や排泄、着替え、トイレへの移動といった日常動作まで失われることで、身体を使う機会そのものが減少する。

すると、もともと存在していた筋力低下が一気に進む可能性がある。特に股関節周辺や大腿部の筋力は、立位・歩行に直結するため、骨折後の活動低下は第1回、第2回で述べた「移動機能」の低下を急速に進める危険がある。

したがって早期手術の意味は、「早く骨を治す」だけではない。早く次の段階、つまり離床とリハビリテーションへ移るための条件を整えることにある。

手術後は「安静」から「できるだけ早く動く」へ

かつて骨折治療では、手術後に長期間安静にすることが当然と考えられる場面もあった。しかし現在の高齢者医療では、医学的・外科的に許される範囲で、できるだけ早く身体を動かす方向へ考え方が変化している。

NICEは、医学的・外科的な禁忌がなければ、手術翌日に理学療法士による評価を行い、離床・移動を開始することを推奨している。さらに、少なくとも1日1回の離床・運動と定期的な理学療法士による再評価を推奨している。

ここで重要なのが「歩かせればよい」という単純な話ではないことである。最初はベッド上での姿勢変換、端座位、立位、ベッドから椅子への移乗、短距離歩行というように、患者の状態に応じて段階的に進める必要がある。

つまり離床とは、単にベッドから起こすことではない。再び自分の身体を使って生活するための能力を、一つずつ再構築する過程なのである。

「荷重できるか」が回復を左右する

股関節周辺の骨折手術では、術式や骨折型によって異なるものの、術後にどの程度体重をかけられるかが非常に重要になる。荷重制限が長期間続けば、患者は歩くことそのものを避けるようになり、筋力低下や活動量低下が進みやすくなるからである。

NICEは、手術に際して「術後早期から制限なく全荷重できること」を目指すよう推奨している。ただし、これはすべての患者が必ず直ちに全荷重できるという意味ではなく、骨折の型、固定方法、骨質、手術内容、全身状態などを踏まえて主治医が判断する必要がある。

ここからも、手術方法の進化が寝たきり予防と直接つながっていることが分かる。骨折を固定するだけでなく、できるだけ安定した状態を作り、早期に荷重・歩行訓練へ移行できる治療を目指すという発想が重要になっている。

「手術」だけではなく「チーム」で治す

大腿骨近位部骨折の患者は、骨だけを診ればよいわけではない。高齢者の場合、心臓、肺、腎臓、認知機能、栄養状態、服薬状況などに複数の問題を抱えていることが少なくないため、整形外科医だけで治療を完結させることは難しい。

そこで重要になるのが「多職種連携」である。AAOSは高齢者の股関節骨折について、複数の専門職が共同して管理する学際的なケアプログラムを強く支持しており、死亡や合併症を減らし、より良い転帰につながる可能性を示している。

NICEも、入院時から整形外科・老年医学を含む「Hip Fracture Programme(股関節骨折プログラム)」を構築し、手術前の全身状態の最適化、リハビリテーション目標の設定、退院後の骨粗鬆症・転倒予防・地域サービスとの連携まで含めた包括的な管理を推奨している。

これは非常に重要な変化である。骨折を「整形外科の病気」とだけ捉えるのではなく、骨折をきっかけに生じる全身的な機能低下を防ぐ医療へと考え方が広がっているからである。

退院は「治療の終了」ではない

大腿骨近位部骨折では、手術が終わった時点を治療のゴールと考えてはいけない。手術後に立てるようになっても、以前と同じ距離を歩けるとは限らず、筋力、歩行速度、バランス、持久力などを回復させるための継続的なリハビリテーションが必要になる。

厚生労働省が2024年に示した資料では、2023年度DPCデータを用いた分析において、退院後のリハビリテーション継続の重要性が示されている。特に急性期施設退院後の在宅リハビリテーションについて、地域内歩行や屋内歩行に関する指標が良好だったとの報告が紹介されている。

また、同資料では大腿骨近位部骨折患者について、2023年度データにおける退院、転棟、転院の状況が示されており、急性期病院での手術だけでは医療・介護の経路が完結しない実態も見えてくる。退院後の生活環境まで含めて考えなければ、本当の意味での「寝たきり予防」にはならない。

骨折後の「恐怖」も見逃せない

骨が治っても、患者が「また転ぶのではないか」と恐れて歩かなくなれば、身体機能の回復は難しくなる。つまり骨折後の問題は、骨や筋肉だけではなく、本人の心理状態や生活環境にも及ぶ。

一度転倒した経験を持つ人は、歩行や外出に慎重になりやすい。慎重になること自体は危険回避として合理的だが、必要以上に身体活動を避けると、筋力やバランス能力が低下し、結果として再び転倒しやすくなるという逆説的な問題が生じる。

このためリハビリテーションでは、単純に「筋肉を鍛える」だけでなく、安全な歩行方法を身につけ、段差や方向転換など現実の生活環境に近い動作を練習し、「自分は再び動ける」という感覚を取り戻していくことが重要になる。

現代の「寝たきり予防」は骨折後から始まる

ここまでで述べた予防と、骨折後の治療が一本につながっていることが分かる。平時には股関節の可動域、筋力、バランスを維持し、転倒そのものを減らすことが第一段階になる。

それでも骨折してしまった場合には、早期に診断し、全身状態を整え、適切な手術を行い、可能な限り早期に離床・荷重・リハビリテーションへ移行する。そして退院後も運動、骨粗鬆症対策、転倒予防、生活環境の調整を継続する。

この一連の流れを考えると、「寝たきり予防」と「骨折治療」は別のテーマではない。転倒する前から始まり、骨折した後も続く一つの連続した介入として捉えるべきなのである。

そして、この流れを大きく変えたもう一つの要素が「手術そのものの進化」である。骨折部を固定する材料や人工関節、手術手技、麻酔、周術期管理が進歩したことで、かつてよりも早期の離床を目指せるケースが増えている。

手術の進化

大腿骨近位部骨折に対する治療は、単純に「折れた骨を固定する」という発想から大きく変化している。現在では、骨折の場所や形、骨の状態、受傷前の歩行能力、認知機能、全身状態、今後の生活目標などを考慮し、患者ごとに適した手術方法を選択することが重視されている。

大腿骨近位部骨折には、骨折部を金属製のインプラントなどで固定する「骨接合術」と、骨頭などを人工物に置き換える「人工関節手術」がある。どちらを選択するかは骨折型によって大きく異なり、特に関節包内の大腿骨頸部骨折では、骨折の転位や患者の状態によって人工骨頭置換術や人工股関節全置換術が検討される。

米国整形外科学会(AAOS)の高齢者股関節骨折ガイドラインでは、転位した大腿骨頸部骨折に対する人工関節置換術について強い推奨が示されている。つまり、一定の骨折型では、単純に骨を固定するよりも、人工関節によって股関節の機能を再構築することが合理的な場合がある。

英国NICEも、転位した関節包内股関節骨折について、人工股関節全置換術または人工骨頭置換術を提示している。さらに2023年の更新では、受傷前に屋外を自立歩行していた人など、長期的に自立生活を維持できる可能性が高い患者について、人工股関節全置換術を検討する条件が具体化されている。

ここで重要なのは、「最新の手術ほど優れているから、全員に人工股関節を入れればよい」という話ではないことである。人工股関節全置換術は長期的な機能面でメリットが期待できる一方、人工骨頭置換術と比較して手術侵襲や脱臼などの問題も考慮する必要があるため、患者の身体能力や生活目標を含めた判断が必要になる。

つまり手術の進化とは、「より高価で高度な手術を全員に行う」という意味ではない。患者がその後どのような生活を送るのかを予測し、その人にとって最も合理的な方法を選ぶ方向へ進んでいるという点に本質がある。

人工骨頭置換術と人工股関節全置換術

大腿骨頸部の骨折が大きくずれた場合には、骨折部を固定して骨癒合を待つ方法ではなく、人工物によって股関節を再構築する方法が選択されることがある。代表的なのが人工骨頭置換術と人工股関節全置換術である。

人工骨頭置換術では、大腿骨側の骨頭を人工物に置き換える。一方、人工股関節全置換術では大腿骨側だけでなく、骨盤側の臼蓋も人工物に置き換えるため、より広範囲に関節を再構築することになる。

どちらが優れているかを単純に決めることはできない。NICEの2023年の評価でも、人工股関節全置換術が一部の患者で長期的な利益をもたらす可能性が示される一方、すべての患者に一律に推奨できるほど明確な差があるわけではないとされている。

この点は「医療の進歩」を考えるうえで非常に重要である。医学では、新しい治療法が登場したからといって、それが従来法を全面的に置き換えるとは限らない。

むしろ現在は、患者の年齢だけで治療を決めるのではなく、受傷前にどれだけ歩けていたか、どの程度自立していたか、認知機能や併存疾患はどうか、手術後にどのような生活を目指すのかという情報を組み合わせて治療を選択する方向に進んでいる。

この「個別化」は、寝たきり予防という観点からも重要である。例えば、受傷前には毎日外出していた人と、受傷前からほとんど歩いていなかった人では、同じ骨折であっても目指すべき術後の機能回復は異なる。

したがって、手術の成功を「レントゲン上で骨や人工関節が正常に見えること」だけで評価するのではなく、その人が再び立ち、歩き、生活できるようになったかという視点を加える必要がある。

手術方法だけではなく「周術期医療」が進化している

大腿骨近位部骨折の治療では、手術技術だけが進歩しているわけではない。麻酔、疼痛管理、感染予防、血栓対策、栄養管理、せん妄対策、循環・呼吸管理など、手術の前後を含めた周術期医療そのものが重要になっている。

高齢患者では、骨折をきっかけに全身状態が崩れることがある。痛みによって呼吸が浅くなったり、食事や水分摂取が減ったり、ベッド上で長時間過ごしたりすることで、骨折とは直接関係しない合併症が発生する可能性がある。

そのため、現代の股関節骨折治療では「整形外科医が骨折を治す」という一方向の治療モデルから、整形外科、老年医学、麻酔、看護、理学療法、作業療法、薬剤、栄養などが関わる包括的なモデルへと移行している。

AAOSも高齢者の股関節骨折について、多職種による学際的なケアプログラムを重視している。これは骨折患者の治療目標を、単なる手術成功から死亡や合併症、機能低下の抑制、生活への復帰まで広げる考え方と一致する。

「低侵襲」だけを目的にしてはいけない

近年の医療では「低侵襲」という言葉が注目される。傷を小さくし、筋肉や周辺組織へのダメージを抑え、術後の回復を早めることは確かに重要である。

しかし、高齢者の股関節骨折では、手術創の小ささだけを評価するのは適切ではない。重要なのは、安全に手術を完了し、十分な固定性を確保し、できるだけ早く離床できる状態を作ることだからである。

NICEが手術の目標として「術後早期に制限なく荷重できること」を掲げているのも、この考え方と一致する。手術の方法そのものより、その結果として患者がどれだけ早く安全に生活動作へ戻れるかが重要なのである。

この意味では、「低侵襲化」と「早期機能回復」は同じ方向を向いているものの、完全に同じ概念ではない。患者の状態によっては、より確実な固定や人工関節置換を選択することが、結果的に早期離床につながる場合もある。

「骨折=寝たきり」という時代からの転換

ここまでの医学的進歩を整理すると、かつての「骨折したら長期間安静にする」という発想から、「骨折したからこそ、できるだけ早く身体機能を再建する」という発想への転換が見えてくる。

もちろん、すべての患者が骨折前と同じ状態まで戻れるわけではない。年齢、骨粗鬆症、認知機能、筋力、心肺機能、骨折の重症度、受傷前の生活能力などによって回復の可能性は大きく異なる。

それでも、治療目標そのものが変化していることは重要である。単に「命を救う」「骨を治す」だけではなく、「その人の生活を取り戻す」ことを治療目標に含めることが、現代の高齢者骨折医療の大きな特徴である。

この考え方は、今回のテーマである股関節にも直結する。股関節は歩行を支える重要な関節であるため、股関節周辺の骨折を治療することは、単に一つの関節を修復することではなく、移動機能そのものを再建する作業になる。

骨折予防では「骨」と「筋肉」を同時に見る必要がある

ここまでの議論で一つ見落としてはいけないのが、骨折は「転倒」と「骨の弱さ」の両方から生じるという点である。転倒しなければ骨折リスクは下がるが、骨が脆弱であれば比較的小さな転倒でも骨折する可能性がある。

したがって、寝たきり予防を本当に体系化するなら、股関節周辺の筋力・バランスだけではなく、骨粗鬆症への対応も必要になる。骨密度の評価、必要に応じた薬物療法、栄養、身体活動などを組み合わせ、骨折そのものを防ぐことが重要になる。

これは以前の議論にもつながる。股関節を守るとは、股関節だけを見ることではなく、筋肉・骨・関節・神経・バランス・栄養・生活環境を一体として管理することなのである。

今後の展望

今後の寝たきり予防では、「高齢になってから筋力が落ちたら運動する」という後追い型の対策から、もっと早い段階で移動機能を維持する方向へ進む可能性が高い。

その中心となるのが、歩行速度、立ち上がり、階段昇降、片脚支持、歩幅などの変化を早期に捉えることである。これらは特殊な検査機器を使わなくても日常生活の中で観察できるため、本人や家族が「以前と何か違う」と気づくこと自体が重要な予防の入口になる。

特に今後は、ウェアラブルデバイスやスマートフォンなどによって、歩数だけでなく歩行速度、歩行の左右差、活動量、日常生活における移動パターンなどを継続的に把握する技術が発展すると考えられる。

こうした技術が適切に利用されれば、「病院に行って検査したときにはすでに筋力が落ちていた」という事後対応から、日常生活の小さな変化を早期に検出して介入する予防型医療へ移行できる可能性がある。

さらに、リハビリテーションも「病院の中だけで行うもの」から「生活そのものの中で行うもの」へ変わっていく可能性がある。例えば、自宅での立ち上がり、買い物、屋外歩行、階段、公共交通機関の利用など、本人が実際に必要とする動作を目標にすることで、身体機能と社会参加を同時に維持する考え方が重要になる。

一方、手術についても、人工関節の耐久性、インプラント設計、骨接合材料、術式、画像支援などの進歩が続くと考えられる。ただし、新しい技術を導入する際には、「手術後の画像がきれいになったか」だけでなく、歩行能力、生活の質、再手術率、合併症、長期予後など、患者にとって意味のある結果を評価する必要がある。

実際、NICEは人工股関節全置換術と人工骨頭置換術の長期的な有効性について、患者のサブグループごとの研究がなお必要だとしている。つまり、現在の医療はかなり進歩している一方で、「どの患者に、どの治療を選べば最も長く自立生活を維持できるのか」という問いには、まだ研究の余地が残されている。

股関節から始める「健康寿命」対策

ここまで検証してきた内容を一つにつなげると、「股関節が寝たきり予防の決め手」という言葉には一定の合理性がある一方、そのまま受け取ると誤解も生じることが分かる。

股関節は、骨盤と下肢をつなぎ、立位や歩行、方向転換、階段昇降など多くの移動動作に関係する。そのため股関節の可動域や筋力が低下すると、身体活動全体が低下する入口になる可能性があり、そこからロコモ、転倒、骨折、活動量低下という連鎖が生じ得る。

しかし、その反対に考えれば、股関節を中心として移動機能を維持することは、この連鎖を早期に断ち切る一つの有力な方法になる。柔軟性、筋力、動的バランスを維持し、日常生活で身体を使い続けることが、最も基本的な予防戦略となる。

そして万が一骨折しても、現在の医療では早期手術、早期離床、適切な荷重、リハビリテーション、多職種連携によって、可能な限り早く生活機能を取り戻すことが目標となっている。したがって、「寝たきりを防ぐ」という発想は、転倒を防ぐ段階から、骨折後の機能回復までを一つの連続した戦略として考える必要がある。

まとめ

ここまで「股関節」を中心に、寝たきりを防ぐための身体機能、ロコモ、転倒・骨折、手術、早期離床、リハビリテーションについて検証してきた。結論から言えば、「股関節が寝たきり予防の決め手」という表現には一定の合理性があるものの、医学的には「股関節だけを守れば寝たきりを防げる」という意味では捉えるべきではない。

より正確に表現すれば、股関節は立つ・歩く・方向を変える・階段を上るなどの移動機能を支える重要な中核部位であり、その機能を維持することが、ロコモや転倒、活動量低下の予防につながる可能性があるということである。

人間の身体は一つの関節だけで動いているわけではない。足部、足関節、膝、股関節、骨盤、脊柱、体幹、さらに視覚や前庭感覚などの神経系が相互に働くことで、初めて安定した歩行が成立する。

その中で股関節が重要なのは、骨盤と大腿骨をつなぎ、上半身と下半身の力学的・運動学的な連携に関与しているからである。特に歩行時には股関節周辺の筋群が骨盤を安定させ、体重を支えながら次の一歩へ重心を移動させる。

このため、股関節の可動域や筋力が低下すると、歩幅や歩行速度が低下したり、体幹を傾けるなどの代償動作が現れたりする可能性がある。さらに痛みなどによって歩行や外出を避けるようになれば、活動量の減少を通じて全身の身体機能低下へつながる可能性がある。

ここに寝たきり予防の重要なポイントがある。寝たきりは「ある日突然起きる状態」ではなく、その前段階として移動能力の低下や活動量の減少が存在することが多いからである。

「動けなくなってから」では遅い

介護予防を考える場合、重要なのは「歩けなくなった人をどう歩かせるか」だけではない。まだ自立している段階で、歩く速度が落ちた、階段がつらくなった、椅子から立ち上がる際に手を使うようになった、外出を避けるようになったといった小さな変化を捉えることが重要である。

日本整形外科学会が提唱するロコモの考え方も、こうした移動機能の低下を早期に捉えることを重視している。ロコモは、運動器の障害によって立つ・歩くなどの移動機能が低下し、進行すると要介護になるリスクが高くなる状態として定義されている。

つまり、寝たきり予防の最も重要なタイミングは、「寝たきりになる直前」ではない。まだ自分で動ける段階で、身体機能の小さな低下を見つけて介入することが重要なのである。

この観点から、股関節を含めた下肢機能を日常的に確認することには意味がある。立ち上がり、歩行、階段、片脚支持、方向転換などは、複数の身体機能を同時に反映するため、生活の中で変化を把握しやすい。

「新・寝たきり予防術」の完成形

今回のテーマを実践的な形にまとめるなら、寝たきり予防は三つの柱から構成される。

第一は、可動域を維持することである。股関節を痛みのない範囲で定期的に動かし、日常生活の中でも座る、立つ、歩くなどの動作を維持することが重要になる。

第二は、骨盤・股関節周辺を中心とした筋力を維持することである。大殿筋、中殿筋、腸腰筋、大腿部などを含む下肢・体幹の筋群を、本人の身体能力に合わせて安全に使い続けることが求められる。

第三は、動的バランスを生活の中で維持することである。単純な筋力トレーニングだけでなく、歩く、方向を変える、段差を越える、立ち上がる、階段を使うなど、実際の生活動作を安全に継続することが重要になる。

この三つは独立していない。可動域があるから筋力を動作に使え、筋力があるから身体を支えられ、バランス能力があるからその力を実際の生活で安全に発揮できる。

したがって、最終的な目標は「股関節の筋肉を鍛えること」ではない。自分の力で移動できる期間を長くすることであり、そのために股関節を含めた運動器全体を維持することが本質である。

転倒予防と骨折予防を一体化する

寝たきり予防を考えるとき、もう一つ重要なのが転倒と骨折である。高齢者では、転倒によって大腿骨近位部を骨折すると、歩行能力を大きく失う可能性があり、そこから長期的な活動量低下につながることがある。

だからこそ、予防段階では二つの方向から対策する必要がある。一つは転倒しにくい身体を作ることであり、もう一つは転倒したとしても骨折しにくい骨を維持することである。

前者には筋力、バランス、歩行能力、視覚、足部機能、住環境などが関係する。後者には骨粗鬆症の評価と治療、栄養、身体活動などが関係するため、「筋肉だけ」「骨だけ」という単独の対策では不十分である。

この点からも、「股関節を守る」という言葉は広い意味で使う必要がある。股関節周辺の筋肉だけでなく、股関節そのものを構成する骨・関節、骨盤、脊柱、膝、足関節、さらに骨密度や全身状態まで含めて考える必要がある。

それでも骨折したら――現代医療の役割

予防を徹底しても、すべての転倒や骨折を防げるわけではない。だからこそ現代の寝たきり予防では、「骨折したら終わり」と考えないことが重要になる。

大腿骨近位部骨折では、必要な医学的調整を行ったうえで、できるだけ早期に手術を行い、その後の早期離床とリハビリテーションにつなげることが重要とされている。NICEは手術を原則として入院当日または翌日に行うことを推奨し、AAOSも24〜48時間以内の手術がより良い転帰と関連するエビデンスを踏まえている。

さらにNICEは、医学的・外科的な禁忌がなければ、術後翌日に理学療法士による評価を行い、離床を開始することを推奨している。つまり現代の骨折治療では、手術後に長期間ベッドで安静にすることよりも、患者の状態に応じて可能な限り早く身体機能を再構築することが重視されている。

これは最初から続いてきた「移動機能」という考え方と完全につながる。骨折治療の最終目標は、画像上の骨や人工関節を正常にすることだけではなく、患者が再び立ち、歩き、生活できるようにすることである。

「早く手術する」だけでは不十分

ただし、早期手術を単純な時間競争として考えてはいけない。重度の脱水、貧血、感染、心肺機能の問題、抗凝固療法など、手術前に修正すべき医学的問題がある場合には、それらを適切に管理することが優先される。

重要なのは、不要な延期を避けながら、患者を手術に耐えられる状態へ速やかに整えることである。そこには整形外科医だけでなく、老年医学、麻酔、看護、リハビリテーション、薬剤、栄養など多職種の連携が必要になる。

この「多職種連携」という考え方は、これからの高齢者医療でさらに重要になる。骨折患者を「骨折した人」とだけ見るのではなく、「骨折によって生活機能を失う危険にさらされている人」と捉える必要があるからである。

今後の寝たきり予防では、身体機能が大幅に低下してから治療するのではなく、より早い段階で変化を検出して介入することが重要になる。

歩行速度、歩数、立ち上がり、活動時間、階段昇降などのデータを継続的に把握できるウェアラブル機器やスマートフォンの活用は、その可能性を広げる。将来的には、本人が「最近少し歩くのが遅くなった」と感じる前に、日常生活の変化から移動機能の低下を捉えられる可能性もある。

ただし、デジタル技術はあくまで手段である。最終的に重要なのは、異常を検出した後に運動、リハビリテーション、栄養、骨粗鬆症治療、住環境改善などの具体的な介入につなげることである。

手術についても、人工関節や骨接合材料、手術支援技術、周術期管理などの進歩が期待される。しかし「新しい手術=必ず優れている」と考えるのではなく、患者の長期的な歩行能力、生活の質、合併症、再手術率などを総合的に評価する必要がある。

最終評価――「決め手は股関節」はどこまで正しいのか

今回のテーマである「決め手は股関節」という表現を最終的に評価すると、健康寿命や寝たきり予防を考えるうえで股関節は非常に重要だが、単独の決め手ではないというのが最も科学的に妥当な結論である。

股関節は上半身と下半身をつなぎ、骨盤と下肢を連動させ、立位・歩行・階段昇降など多くの移動動作に関与する。そのため、股関節の可動域、筋力、疼痛、関節疾患などを適切に管理することは、移動機能を維持するうえで重要な意味を持つ。

しかし、寝たきりを防ぐには股関節だけでは足りない。筋力、バランス、骨密度、栄養、視覚、認知機能、循環・呼吸機能、薬剤、住環境、社会参加など、複数の要因を同時に管理する必要がある。

したがって、「股関節を鍛えれば寝たきりにならない」というメッセージではなく、「股関節を一つの重要な起点として、全身の移動機能を早期から守る」というメッセージに置き換えることが適切である。

そして最も重要なのは、特別な運動を一度行うことではない。毎日の生活の中で安全に身体を動かし、歩き、立ち、座り、外出し、必要なときには医療・介護・リハビリテーションにつながるという継続的な仕組みを作ることである。

「寝たきり予防」の本当の目標は、寝たきりを恐れることではない。最後まで自分の身体を使って、自分らしい生活を続けられる時間を延ばすことにある。

その意味で股関節は、「終着点」ではなく「出発点」である。股関節を中心に運動器を守り、転倒を防ぎ、骨折しても早期に機能回復を図るという一連の戦略こそが、現代的な寝たきり予防の姿といえる。


参考・引用リスト

  • 日本整形外科学会「ロコモティブシンドローム(ロコモ)」――ロコモの定義、移動機能低下、ロコモ度テストなど。
  • National Institute for Health and Care Excellence(NICE), Hip fracture: management (CG124)――大腿骨近位部骨折に対する手術、早期離床、リハビリテーション、人工股関節置換術などに関する英国ガイドライン。
  • American Academy of Orthopaedic Surgeons(AAOS), Management of Hip Fractures in Older Adults――高齢者の股関節骨折に対する手術、周術期管理、リハビリテーション等に関する診療ガイドライン。
  • 厚生労働省――大腿骨近位部骨折に関する医療提供体制、早期手術、早期離床、退院後リハビリテーション等に関する資料。
  • World Health Organization(WHO), WHO Guidelines on Physical Activity and Sedentary Behaviour――高齢者における身体活動、筋力、バランス、機能的能力の維持に関する国際的指針。
  • Cochrane Database of Systematic Reviews――地域在住高齢者における運動による転倒予防に関する系統的レビュー。筋力、バランス、機能的運動などを組み合わせた介入の有効性について評価している。
  • 股関節疾患・変形性股関節症における歩行、骨盤運動、体幹運動、股関節周囲筋機能に関する査読研究――股関節機能低下が歩行パターンや身体機能に及ぼす影響を検討した研究群。
  • 股関節症患者における体幹筋・股関節外転筋と歩行速度との関連を検討した近年の研究――股関節周囲だけでなく、骨盤・体幹を含めた運動連鎖の重要性を示す研究。
  • 高齢者大腿骨近位部骨折に対する早期手術、早期離床、荷重、リハビリテーション、多職種連携に関する国内外の臨床研究・診療ガイドライン。
  • 高齢者のロコモ、サルコペニア、フレイル、転倒、骨粗鬆症、骨折後機能低下に関する国内外の疫学研究および系統的レビュー。
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