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背徳グルメブーム「たまにはカロリーを気にせず食べたい」

背徳グルメブームは、ストレス社会、SNS文化、健康志向の反動という三つの大きな潮流が交差して生まれた現象である。
背徳グルメのイメージ(Getty Images)
現状(2026年6月時点)

2020年代前半から拡大した「背徳グルメ(ギルティフード)」ブームは、2026年現在も日本の食品・外食市場において重要なトレンドの一つとなっている。従来の「大盛り」「デカ盛り」とは異なり、単なる量の多さではなく、「高カロリーであることをあえて楽しむ」という価値観そのものが商品化されている点に特徴がある。

コンビニ、ファストフード、カフェ、食品メーカー、SNSインフルエンサーなど多様な主体が参入し、市場全体で「罪悪感と幸福感の両立」を演出する商品開発が進んでいる。近年では「GUILTY'S(ギルティーズ)」のように、ブランド名そのものに「ギルティ(背徳)」を掲げる事例も登場している。1枚700kcalを超える大型クッキーが人気を獲得し、コンビニ展開にまで拡大していることは、背徳グルメ市場の成熟を示す象徴的事例といえる。

一方で、日本社会全体では健康志向も依然として強く、背徳グルメは「毎日食べるもの」ではなく、「特別なご褒美」として消費される傾向が強い。そのため市場は健康志向と対立するのではなく、むしろ共存しながら成長している。


背徳グルメ(ハイカロリー・ギルティフード)とは

背徳グルメとは、一般的な健康基準から見れば高脂質、高糖質、高塩分、高カロリーでありながら、その「身体に悪そうな魅力」を積極的に楽しむ食品・料理を指す。

英語圏では「Guilty Pleasure Food」や「Comfort Food」と呼ばれることが多く、日本では「背徳飯」「悪魔的グルメ」「飯テロ飯」などの表現も用いられる。

重要なのは、「健康に悪いことを知らない」のではなく、「理解したうえで意図的に楽しむ」という点である。消費者は商品に含まれる大量のチーズ、バター、生クリーム、にんにく、糖質を認識しながら、その背徳感自体を価値として購入している。


「背徳グルメ」の定義と具体例

背徳グルメの代表例としては以下が挙げられる。

チーズが大量に使用されたチーズバーガー、チーズドッグ、チーズタッカルビ、クリーム系ラーメン、バターラーメン、マヨネーズ大量使用商品、揚げ物と炭水化物を組み合わせた丼物、バターや生クリームを大量に用いたスイーツなどである。

また近年は「糖質+脂質+塩分」を複合的に組み合わせた商品が人気であり、脳の報酬系を強く刺激する構成となっている。

消費者は栄養価よりも「満足感」「快楽」「ストレス発散」を重視して購入する傾向が強い。


主なトレンド・具体例

2024年以降の特徴として、単純な大盛りから「視覚的インパクト重視」への移行が進んでいる。

SNS時代においては、食べることそのものよりも「見た瞬間に驚く」商品が高い拡散力を持つ。そのため食品企業は味だけでなく、断面、重量感、チーズの伸び方、ソースの溢れ方などを重視するようになった。

さらにコンビニ限定商品や期間限定商品との相性も良く、話題性を伴った短期集中型マーケティングが主流となっている。


掛け算(マッシュアップ)型

現在最も成長しているジャンルの一つがマッシュアップ型である。

これは「ラーメン×ハンバーグ」「ハンバーガー×焼肉」「ドーナツ×アイスクリーム」「クロワッサン×ワッフル」など、複数の人気食品を融合する手法である。

消費者にとっては既知の商品同士の組み合わせでありながら、新規性も感じられるため、SNSでの話題化が容易である。企業側にとっても新たなカテゴリー創出の手段となっている。


溺れ型

「チーズに溺れる」「クリームに溺れる」「バターに溺れる」などの表現が象徴するトレンドである。

料理本体が見えなくなるほど大量のソースやトッピングを使用することで視覚的快楽を最大化する。

このタイプの商品は動画コンテンツとの親和性が極めて高く、SNSにおける再生回数獲得を目的として開発されるケースも増加している。


にんにく・マシマシ型

二郎系ラーメンに代表される「マシマシ文化」は、背徳グルメの重要な潮流である。

にんにく、脂、マヨネーズ、チーズなどを極端に増量することで満足感を演出する。近年はラーメン以外にもチャーハン、唐揚げ、丼物、ハンバーガーへと応用範囲が広がっている。

特に若年男性層との親和性が高い。


韓国発トレンド

韓国発のフードトレンドは背徳グルメ市場に大きな影響を与えている。

モッパン(大食い配信)、チーズボール、チーズハットグ、チーズタッカルビ、クリームパン、分厚いサンドイッチなどは日本市場にも浸透した。

韓国コンテンツの世界的普及により、「映える高カロリー食品」がグローバル標準となり、日本市場でも継続的な影響力を持っている。


ブームを牽引する3つの背景(なぜ流行るのか?)

ストレス社会における「手軽な報酬(チート)」

現代社会では長時間労働、情報過多、経済的不安などによる慢性的ストレスが存在する。

背徳グルメは比較的低コストで即時的な快楽を提供するため、「頑張った自分へのご褒美」として機能する。

これは心理学でいう自己報酬行動の一種と考えられる。


感情の解放

背徳グルメの魅力は栄養ではなく感情体験にある。

普段は健康や体重管理を意識する人ほど、「今日は好きなものを食べる」という行為に強い解放感を感じる。

消費者は食品を購入しているだけではなく、一時的な自由や開放感を購入しているともいえる。


チートデイの一般化

フィットネス文化の普及により、「チートデイ」という概念が一般化した。

ダイエット中でも一定期間ごとに好きなものを食べる行動が認知されるようになり、背徳グルメ消費の心理的障壁が低下した。

結果として「罪悪感の完全排除」ではなく、「計画的な背徳」が社会的に許容されるようになった。


SNSとの親和性

SNS時代においては味覚より視覚が先行する。

巨大バーガー、滝のように流れるチーズ、山盛りクリームなどは写真一枚で内容が伝わるため拡散性が高い。

視覚的インパクトは商品価値そのものになっている。


ASMR

咀嚼音、チーズの伸びる音、揚げ物のサクサク音などは動画コンテンツとして人気が高い。

TikTokやYouTube Shortsでは「音」が味覚の代替体験として機能している。

背徳グルメは視覚だけでなく聴覚にも訴求できるため、SNSとの相性が極めて良い。


「健康志向(ウェルネス)」の反動

近年の健康志向の高まりは逆説的に背徳グルメ需要を生み出している。

人間は常に節制を続けることが難しく、制約が強まるほど反動的欲求が生まれる。

そのため健康志向市場と背徳グルメ市場は競合関係ではなく補完関係にある。


消費行動・心理的メカニズムの分析

背徳グルメ消費は単なる食欲では説明できない。

そこには快楽追求、自己報酬、ストレス緩和、社会的共有欲求など複数の心理要因が複雑に絡み合っている。

特にSNSによる承認欲求との結び付きが強く、「食べるため」だけでなく「見せるため」の消費も増加している。


脳科学的アプローチ:脳内麻薬の分泌

糖質や脂質を多く含む食品は脳の報酬系を刺激し、ドーパミン分泌を促進することが知られている。

ドーパミンは快感、期待、動機づけに関与する神経伝達物質であり、高脂質・高糖質食品ほど強い満足感を生みやすい。

また塩分やうま味成分も報酬系を刺激するため、背徳グルメは脳科学的にも「やめられない食べ物」になりやすい構造を持つ。


行動経済学的アプローチ:現在バイアスと認知の歪み

行動経済学では、人間は将来利益より現在利益を重視する傾向があるとされる。

背徳グルメはまさにその典型例であり、将来の健康リスクより目の前の快楽が優先される。


現在バイアス

現在バイアスとは、将来の利益や損失を過小評価する認知傾向である。

消費者は「明日からダイエットする」と考えながら、今日の高カロリー食品を選択する。

背徳グルメ市場はこの心理特性と極めて相性が良い。


サンクコストと正当化

高額な背徳グルメを購入した消費者は、「せっかく買ったのだから楽しもう」と考える。

これはサンクコスト効果によるものであり、支出した費用を正当化する心理が働く。

結果として満足度が高まり、リピート購入につながる。


市場への影響とビジネス展開

日本の中食市場は2025年に約11.7兆円規模へ拡大している。特にスーパーとコンビニが市場成長を牽引しており、高付加価値商品の需要が高まっている。

背徳グルメは利益率が高く、限定販売とも相性が良いため、コンビニ各社の重要戦略となっている。


外食・ファストフード

外食業界では期間限定の背徳メニューが集客装置として機能している。

通常商品では得られない話題性を生み出し、SNS上で無料の広告効果を獲得できる。

特に若年層獲得に有効である。


食品メーカー

菓子メーカーや冷凍食品メーカーも背徳市場へ積極参入している。

「濃厚」「悪魔的」「背徳」「ギルティ」などのキーワードは商品価値そのものとして機能している。近年では背徳感を前面に押し出した商品ブランドも登場している。


ブームはどこへ向かうのか?

今後も背徳グルメ市場は一定の成長を続ける可能性が高い。

ただし、単純な高カロリー競争は限界に近づいており、「より大きく」「より多く」という方向だけでは差別化が難しくなっている。

今後は体験価値やストーリー性が重要になると考えられる。


「健康」との融合(スマート・ギルティ)

次世代トレンドとして注目されるのがスマート・ギルティである。

見た目や満足感は背徳的でありながら、タンパク質強化、糖質調整、機能性素材活用などによって健康負荷を抑える商品が増加すると予想される。

これはウェルネス市場との融合形態である。


パーソナライズ化

AIやデータ活用の進展により、個人の健康状態や嗜好に応じた商品設計が可能になる。

同じ背徳グルメでも、糖質制限者向け、高タンパク志向者向け、筋トレ愛好家向けなど細分化が進むと考えられる。


今後の展望

背徳グルメは一過性の流行ではなく、現代社会のストレス構造やSNS文化と結び付いた消費現象である。

その本質は高カロリー食品ではなく、「感情価値の消費」にある。消費者はカロリーを購入しているのではなく、幸福感、解放感、承認欲求、自己報酬を購入しているのである。

今後は健康志向との融合を進めながら、より洗練された市場へ発展していく可能性が高い。


まとめ

背徳グルメブームは、ストレス社会、SNS文化、健康志向の反動という三つの大きな潮流が交差して生まれた現象である。

高カロリー食品を食べること自体が目的ではなく、「たまにはカロリーを気にせず食べたい」という現代人の心理的欲求が市場を支えている。

脳科学的には報酬系の刺激、行動経済学的には現在バイアスやサンクコスト効果が消費を後押ししている。また企業側は高利益率商品として積極活用しており、コンビニ、外食、食品メーカーを中心に市場拡大が続いている。

将来的には「スマート・ギルティ」やパーソナライズ化が進展し、「健康か背徳か」という二項対立ではなく、「健康も背徳も両立する」という新しい価値観へ移行していくと考えられる。


参考・引用リスト

  • Japan Ready-Made Meal Association(JRMMA)「Prepared Side Dish Market Data 2025」
  • Nippon.com「Japan’s Prepared Side Dish Market Grows 50% Over 20 Years, as Consumers Opt for Convenience」2026
  • 食品産業新聞社「累計販売80万枚のクッキー専門店『GUILTY'S』の新感覚クッキーが全国のセブン-イレブンにて新発売」2025
  • GetNews「GUILTY'Sのクッキーがコンビニに初登場」2025
  • konbiniDB「An-Butter Swamp Candy and Guilty Food Trend」2025
  • Schultz, W. (2016). Dopamine Reward Prediction Error Coding. Annual Review of Neuroscience.
  • Berridge, K.C., Robinson, T.E. (2016). Liking, Wanting, and the Incentive-Sensitization Theory of Addiction.
  • Kahneman, D. (2011). Thinking, Fast and Slow.
  • Thaler, R.H. (2015). Misbehaving: The Making of Behavioral Economics.
  • OECD Health Statistics 2025.
  • World Health Organization (WHO). Healthy Diet Factsheet.
  • 日本肥満学会「肥満症診療ガイドライン」最新版
  • 日本食品産業センター「食品市場動向調査」各年版
  • 総務省統計局「家計調査」「消費動向調査」各年版
  • 農林水産省「食料消費動向調査」各年版

「心の充填」が行われる心理的メカニズム

背徳グルメが単なる高カロリー食品の消費ではなく、「心の充填」として機能している点は現代の消費心理を理解する上で極めて重要である。

従来の経済学では、人間は空腹を満たすために食事を行うと考えられていた。しかし現代の消費者行動研究では、食事は栄養補給以上に感情調整の役割を果たしていることが明らかになっている。

特に現代人は慢性的な心理的消耗状態に置かれている。長時間労働、人間関係のストレス、将来不安、情報過多、SNS疲れなどにより、肉体よりも先に精神的エネルギーが枯渇している。

その結果、人々は「空腹だから食べる」のではなく、「疲れたから食べる」「報われたいから食べる」「気分を変えたいから食べる」という行動を取るようになっている。

背徳グルメが持つ最大の特徴は、食べる前から幸福感が発生することである。

例えば「今日は仕事を頑張ったから二郎系ラーメンを食べよう」「週末だからチーズたっぷりのバーガーを食べよう」と考えた瞬間、人間の脳内ではドーパミン分泌が始まる。

つまり幸福は摂取時だけでなく、期待段階から始まっている。

この現象は神経科学では「報酬予測」として知られている。

人間は実際の報酬そのものより、「これから報酬が得られる」という期待に強く反応する。

背徳グルメはこの報酬予測を最大化する構造を持つ。

「身体に悪そう」「カロリーが高そう」「罪悪感がある」という認識があるからこそ、その解放感も増幅される。

結果として消費者は胃袋ではなく精神の空白を埋めているのである。

現代社会において背徳グルメは栄養補給装置ではなく、感情回復装置として機能していると考えられる。


商品(モノ)消費から「体験(コト)消費」への完全なシフト

背徳グルメ市場を理解する上で重要なのは、「食べ物を買っている」のではなく、「体験を買っている」という視点である。

これは日本社会全体で進行しているモノ消費からコト消費への移行と完全に一致している。

高度成長期やバブル期には、自動車、時計、ブランド品などの所有そのものが価値だった。

しかし、2020年代以降の消費者は、所有より経験を重視する傾向を強めている。

旅行、ライブ、推し活、キャンプ、フェスなどが代表例である。

背徳グルメも本質的には同じ構造を持つ。

例えば巨大ハンバーガーを購入する際、消費者は肉やパンを求めているわけではない。

「食べる前の高揚感」「写真撮影」「SNS投稿」「友人との共有」「完食した達成感」など一連の体験全体を購入している。

極端な話、味だけで評価されるのであれば、背徳グルメの多くは成立しない。

通常サイズの料理の方が食べやすく、コストパフォーマンスも高い場合が多い。

それでも背徳グルメが支持されるのは、「イベント性」が存在するからである。

現代の消費者は食品を購入しているのではなく、小さな非日常を購入している。

この意味で背徳グルメは飲食業界版のエンターテインメント商品である。


現代人のライフスタイルに「定番のエンタメ」として定着した理由

かつて食事は生活行動であった。

しかし、現代では食事そのものが娯楽化している。

Netflixを観る、ゲームをする、ライブへ行く、旅行することと同じように、「背徳グルメを食べる」が休日の娯楽として成立している。

ここには社会構造の変化が大きく関係している。

現代人は時間がない。

また所得の伸びも限定的である。

海外旅行や高級レジャーは頻繁に利用できない。

しかし背徳グルメであれば1000円〜3000円程度で強い幸福感を得られる。

費用対幸福度が極めて高いのである。

さらにスマートフォンとの相性も良い。

旅行は準備が必要である。

ライブにはチケットが必要である。

しかし、背徳グルメは思い立った瞬間に実行できる。

この即時性が強みとなっている。

現代人は大規模な娯楽だけでなく、小規模で短時間の娯楽を求めている。

背徳グルメはまさに「マイクロエンターテインメント」として機能している。

そのため一時的な流行ではなく、ライフスタイルの一部として定着したのである。


背徳グルメは「現代版の合法サウナ」である

近年のサウナブームとの比較は極めて興味深い。

一見するとサウナと背徳グルメは全く異なるように見える。

しかし、両者は心理学的・神経科学的には驚くほど共通している。

サウナ利用者は「ととのう」と表現する。

これは温冷刺激によって交感神経と副交感神経が切り替わり、リラックス状態へ移行する現象である。

一方、背徳グルメ利用者もまた似た状態を経験している。

仕事や日常生活で抑圧されていた欲求が解放されることで、一時的な精神的リセットが発生する。

サウナが身体を使ったリセットなら、背徳グルメは味覚を使ったリセットである。

両者には共通する特徴が存在する。

第一に「儀式性」である。

サウナ利用者は入浴手順を持つ。

背徳グルメ利用者もまた、「今日は頑張った」「週末だから」「ダイエットが一区切りついたから」といった理由付けを行う。

第二に「自己正当化」である。

サウナ利用者は健康効果を語る。

背徳グルメ利用者はチートデイやご褒美を語る。

どちらも快楽行動に意味を付与している。

第三に「コミュニティ形成」である。

サウナにはサウナー文化が存在する。

背徳グルメにも二郎系ファン、激盛りファン、ギルティフード愛好家などのコミュニティが存在する。

第四に「リセット感」である。

サウナ後の爽快感と、背徳グルメ完食後の満足感は、脳内ではいずれも報酬系の活性化とストレス低減によって支えられている。

つまり背徳グルメとは、アルコールやギャンブルのような強い依存性を伴わず、比較的安全な範囲で快楽と解放感を得るための現代的ストレスマネジメント手段とみなすことができる。

この意味で背徳グルメは「現代版の合法サウナ」という表現が極めて的確である。


背徳グルメの本質は「食」ではなく「感情のメンテナンス」である

ここまでの分析を統合すると、背徳グルメブームの本質は高カロリー食品への嗜好ではない。

本質は、ストレス社会における感情マネジメント市場の拡大である。

人々はハンバーガーやラーメンを食べているようでいて、実際には「解放感」「達成感」「報酬感」「癒やし」「気分転換」を消費している。

そのため背徳グルメ市場は飲食市場であると同時に、ウェルビーイング市場、エンターテインメント市場、メンタルケア市場でもある。

2020年代後半以降、背徳グルメは「高カロリー食品カテゴリー」から、「感情回復サービスカテゴリー」へ再定義される可能性が高い。

すなわち背徳グルメとは、現代人が最も手軽に利用できる“心の充電インフラ”なのである。


最後に

本稿では、2020年代を代表する食トレンドの一つである「背徳グルメ(ギルティフード)」について、その定義、発展過程、消費者心理、市場構造、社会背景、脳科学的・行動経済学的メカニズム、そして今後の展望に至るまで多角的に検証した。

結論から言えば、背徳グルメブームは単なる高カロリー食品の流行ではない。そこには現代社会が抱えるストレス構造、健康志向の浸透、SNS時代のコミュニケーション様式、そして人間の根源的な快楽追求行動が複雑に絡み合っている。つまり背徳グルメとは「食」の現象であると同時に、「社会現象」であり、「心理現象」であり、「文化現象」でもある。

従来、高カロリー食品は健康管理の観点から否定的に語られることが多かった。しかし、近年の背徳グルメブームにおいて特徴的なのは、消費者自身がその高カロリー性や健康リスクを十分に認識した上で、あえてそれを楽しむという点にある。

過去の消費者は「健康に悪いことを知らずに食べていた」可能性があった。しかし現代の消費者は違う。カロリー表示も栄養表示も理解している。その上で「今日はいい」「たまには食べたい」「頑張ったから許される」と考える。

この変化は極めて重要である。

背徳グルメ市場は、知識不足によって成立している市場ではない。むしろ健康知識が普及した結果として成立している市場なのである。

そのため背徳グルメは健康志向の対極に存在するものではない。実際には健康志向の拡大によって生まれた反作用として理解する方が正確である。

現代人は日常的に健康管理を求められている。カロリー計算、糖質制限、筋力トレーニング、睡眠管理、腸活、プロテイン摂取など、生活全体が自己管理によって構成されつつある。

こうした環境下では、人間は常に合理的な行動を取り続けることが難しい。

心理学においても、人間の自己統制能力には限界があることが知られている。節制が続けば続くほど反動欲求は強くなる。つまり健康志向が強くなればなるほど、「今日は好きなものを食べたい」という欲求もまた強くなるのである。

この構造こそが背徳グルメ市場の成長を支えている。

さらに本稿では、背徳グルメが現代人のストレス解消手段として機能している点についても検証した。

現代社会では、身体的疲労よりも精神的疲労の方が問題となりやすい。仕事、人間関係、経済的不安、将来不安、SNSによる比較競争など、多くの人々が慢性的な心理的ストレスを抱えている。

こうした状況下において、人々は必ずしも空腹だから食事をするわけではない。

むしろ「疲れたから食べる」「頑張ったから食べる」「気分転換したいから食べる」という行動が増加している。

ここで重要なのは、背徳グルメが単なる栄養補給ではなく感情調整の役割を果たしているという点である。

人々はラーメンやハンバーガーやスイーツを食べているようでいて、実際には達成感、解放感、安心感、満足感といった感情を消費している。

つまり背徳グルメは胃袋を満たすための商品ではなく、心を満たすための商品なのである。

脳科学の観点から見ても、この現象は合理的に説明できる。

高脂質、高糖質、高塩分の食品は脳の報酬系を刺激し、ドーパミン分泌を促進することが知られている。

さらに興味深いのは、幸福感が実際に食べる瞬間だけでなく、「これから食べる」という期待段階から発生していることである。

「今日は帰りにラーメンを食べよう」「週末にチーズたっぷりのバーガーを食べよう」と考えた時点で、人間の脳は既に報酬を予測し始める。

この報酬予測が背徳グルメの魅力を増幅させている。

言い換えれば、背徳グルメは食事であると同時に、小さな未来への希望でもある。

また行動経済学的視点から見れば、背徳グルメは現在バイアスの典型例である。

人間は将来の利益よりも目先の利益を優先する傾向を持つ。

「明日からダイエットする」「来週から運動する」と考えながら今日の快楽を選択するのは、人間の認知特性として極めて自然な行動である。

背徳グルメ市場は、この人間の非合理性を巧みに取り込んだ市場であるとも言える。

しかし、この非合理性を単純に否定することはできない。

なぜなら、人間は合理性だけでは幸福に生きられないからである。

時には効率や健康や将来利益よりも、今この瞬間の幸福を優先することが精神的健康に寄与する場合もある。

その意味で背徳グルメは、人間らしさを象徴する消費行動とも解釈できる。

さらに本稿では、背徳グルメとSNS文化との親和性についても分析した。

現代の消費は、消費すること自体よりも共有することに価値が置かれる傾向が強い。

巨大バーガー、溢れるチーズ、山盛りクリーム、にんにくマシマシラーメンなどは、その象徴的な事例である。

消費者は食事をするだけではなく、それを撮影し、投稿し、共有し、共感を得る。

つまり背徳グルメは「味覚体験」であると同時に「コミュニケーション体験」でもある。

この構造がSNS時代において爆発的な拡散を可能にした。

また、背徳グルメ市場の発展は、より大きな社会変化とも連動している。

それがモノ消費からコト消費への移行である。

現代人は商品そのものよりも、その商品がもたらす体験に価値を見出している。

旅行、ライブ、フェス、推し活、キャンプなどが典型例であるが、背徳グルメも同じ構造を持つ。

人々はハンバーガーを買っているのではない。

「今日は頑張ったから食べる」というストーリーを買っている。

「友人と共有する時間」を買っている。

「SNSに投稿する体験」を買っている。

「完食した達成感」を買っている。

つまり背徳グルメとは、食品という形を取ったエンターテインメントなのである。

実際、現代人のライフスタイルの中で背徳グルメは一種の定番娯楽として定着しつつある。

旅行やライブほど大きな準備を必要とせず、比較的低コストで、短時間で、強い満足感を得られる。

いわば「マイクロエンターテインメント」として機能している。

この即時性と手軽さが、現代社会において高く評価されているのである。

そして本稿の考察の中でも特に象徴的な視点が、「背徳グルメは現代版の合法サウナである」という仮説である。

サウナが身体を通じてリセット感を得る装置であるならば、背徳グルメは味覚を通じてリセット感を得る装置である。

両者には儀式性、自己正当化、コミュニティ形成、ストレス解放という共通点が存在する。

人々はサウナで「ととのう」のと同じように、背徳グルメによって心理的リセットを経験している。

これは単なる比喩ではない。

実際に脳内報酬系の活性化やストレス軽減という観点から見れば、両者は類似した心理的機能を果たしている。

この視点に立てば、背徳グルメは飲食市場の商品というよりも、現代人向けのセルフケアサービスとして理解する方が実態に近い。

最終的に、本稿を通じて明らかになったのは、背徳グルメの本質が「食べ物」ではなく「感情価値」にあるという事実である。

消費者は脂質や糖質を購入しているのではない。

解放感を購入している。

達成感を購入している。

安心感を購入している。

幸福感を購入している。

そして何より、「頑張って生きている自分を肯定する時間」を購入している。

今後、背徳グルメ市場は単なる高カロリー競争から、「スマート・ギルティ」や「パーソナライズ化」へと進化していく可能性が高い。しかし、市場がどのような形に変化したとしても、その根底に存在する「心を満たしたい」という人間の普遍的欲求は変わらない。

したがって背徳グルメブームとは、一時的な流行現象ではなく、ストレス社会、SNS社会、ウェルビーイング社会へと移行した21世紀の先進国において必然的に生まれた新しい文化現象と位置付けることができる。

そして背徳グルメとは、現代人が最も手軽に利用できる感情回復装置であり、小さな幸福を生み出す日常的エンターテインメントであり、さらには「生きるための心の燃料」を補給する社会的インフラなのである。

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