SHARE:

健康マニア:90歳まで一度も健康診断受けず病気ゼロ、何が良かったのか?

今回のタイトルで最も誤解されやすいのが「90歳まで一度も健康診断を受けなかった」という部分である。
筋トレのイメージ(Getty Images)

を飲まない、タバコを吸わない、超加工食品を避ける、毎日歩く、週3回筋力トレーニングをする」という生活を長期間続け、90歳まで大きな病気を経験せず、しかも一度も健康診断を受けなかったという人物像は、健康長寿を考えるうえで非常に興味深い事例である。ただし、この一人の経験だけから「この生活をすれば90歳まで病気にならない」と結論することはできず、遺伝的要因、体質、睡眠、ストレス、社会経済的条件、感染症、事故、偶然など、多数の要因を切り分けて考える必要がある。

それでも、この生活習慣には現代の予防医学が重視する主要な危険因子を複数同時に減らしているという特徴がある。特に喫煙、過度の飲酒、身体活動不足、不健康な食生活は、循環器疾患、がん、糖尿病などの非感染性疾患と深く関係しており、これらを長期間にわたって避けることには合理的な生物学的意味がある。

重要なのは、「病気ゼロ」という結果だけを見るのではなく、90年間にわたって身体へ加えられた負荷と、身体がそれを修復・適応する能力とのバランスを見ることである。人体には血管、心肺機能、筋肉、骨、肝臓、腎臓、免疫系、神経系などの防御・修復システムが存在し、生活習慣はそれらの機能を長期的に左右する。

この観点から見ると、この人物の最大の特徴は「何か特別な健康法を行った」ことではなく、健康を損なう可能性のある要素を長期間にわたり減らしながら、身体を使い続けた点にある。つまり、健康長寿の本質を「治療」よりも「損傷の累積を抑えること」と「身体機能を維持すること」の組み合わせとして理解できる。

ただし、「健康診断を受けなかった」ことだけは別問題である。健康診断を受けなかったにもかかわらず健康だったことと、健康診断を受けなかったことが健康の原因になったことは全く違うため、この二つを混同してはならない。

むしろ医学的には、健診を受けないことによって病気が発生しなかったのではなく、病気が発生しにくい生活習慣を維持していた結果として、検査を受けなくても表面的には健康な状態を長く維持できた可能性を検討すべきである。ここには「健康診断の必要性」と「過剰な検査・過剰診断の問題」という、一見矛盾する二つの論点が存在する。

ライフスタイル要素の個別分析

この事例を分析するためには、「禁酒」「禁煙」「食生活」「有酸素運動」「筋力トレーニング」の五つを独立した要素として評価し、その後に相乗効果を検討する必要がある。さらに、健康診断を受けなかったことについては、この五つの生活習慣とは別の軸として分析する必要がある。

五つの生活習慣には共通点がある。それは、病気を発見してから対処するという二次予防ではなく、そもそも病気の発症確率や機能低下の速度を下げる一次予防に重点を置いている点である。

WHOの身体活動ガイドラインでは、成人に週150~300分の中強度有酸素運動、またはそれに相当する運動量を推奨し、さらに主要な筋群を対象とする筋力運動を週2日以上行うことを推奨している。高齢者ではこれに加えて、バランスや身体機能を維持する多要素運動も重視されており、毎日のウォーキングと週3回の筋力トレーニングという組み合わせは、適切な強度で実施されている限り、現代の運動医学の考え方とかなり整合する。

一方、禁酒と禁煙は「健康のために何かを追加する」というより、健康を損なう可能性のある曝露を減らすという性質を持つ。特に喫煙は循環器疾患や呼吸器疾患、がんなどとの関連が極めて強く、長期的に喫煙しないことは健康長寿を考えるうえで非常に大きな意味を持つ。

食生活についても同様である。単純に「加工食品はすべて悪い」と考えるのではなく、野菜、果物、豆類、全粒穀物、魚、ナッツ類などの食品を中心とした食事と、糖分、塩分、飽和脂肪などの過剰摂取を避ける食事パターン全体を見る必要がある。

特に近年注目されているのが超加工食品である。2024年にBMJに掲載された大規模なアンブレラレビューでは、約989万人を対象としたメタ分析を統合し、超加工食品への曝露量が多いことと、死亡、心血管系、代謝系、精神健康など複数の健康アウトカムとの間に関連が認められた。ただし、各アウトカムのエビデンスの質にはばらつきがあり、超加工食品そのものがすべての疾病を直接引き起こすと単純化することはできない。

したがって、「ノン超加工食品」という表現は厳密には「超加工食品をできるだけ減らし、食品本来の構造を残した食品を中心にする食生活」と理解する方が科学的である。健康長寿において重要なのは、特定の食品を神格化することではなく、長期間継続可能な食事パターンによってエネルギー過剰、肥満、代謝異常、栄養不足などを避けることである。

① ノンアルコール(禁酒)

禁酒の効果を考える場合、まず「少量の酒なら健康に良い」という従来のイメージを慎重に扱う必要がある。WHOは現在、アルコールについて健康へのリスクが完全にゼロになる摂取量を確認できないとしており、アルコールは発がん性物質として分類され、複数のがんとの関連が確認されている。

特に重要なのは、アルコールの問題が単純な「大量飲酒による肝障害」だけではないことである。長期的な飲酒は肝臓だけでなく、がん、循環器系、精神・神経系、睡眠、事故や外傷など、多方面に影響を及ぼす可能性があるため、飲酒しないことは複数のリスク経路を同時に遮断する行動になる。

この意味で「ノンアル」は、何か健康に良い物質を摂取しているわけではない。「アルコールによって生じ得る負荷を身体に加えない」という引き算の健康法である。

90歳まで健康だった人物が生涯飲酒しなかったのであれば、少なくともアルコールによる肝障害、アルコール関連がん、飲酒による事故や依存などのリスクを避ける方向に働いたと考えられる。ただし、これだけで90歳まで病気がなかった原因を説明することはできず、禁酒は五つの要素の一つとして評価すべきである。

ここで重要になるのが「累積曝露」という考え方である。1日だけの飲酒が90歳の健康状態を決定するわけではないが、数十年間にわたる飲酒習慣は身体への曝露を積み重ねるため、生涯にわたって飲酒を避けることは累積的なリスクを低くする方向に作用する。

つまり、この人物の健康長寿を説明するうえで「禁酒したから病気にならなかった」と単純化するのではなく、「長期間にわたって健康リスクの一つを継続的に取り除いていた」と評価する方が科学的に妥当である。

そして、この「長期間にわたる引き算」という考え方は、次に見る禁煙、超加工食品の削減にも共通している。健康長寿とは、短期間で身体を劇的に変えることではなく、数十年間にわたる小さな損傷やリスクの蓄積を抑えることによって形成される可能性が高い。

② ノンタバコ(禁煙)

健康長寿を考えるとき、禁煙は五つの生活習慣の中でも特にエビデンスが強い要素の一つである。喫煙は肺がんだけでなく、心筋梗塞、脳卒中、慢性閉塞性肺疾患、その他の呼吸器疾患など、多数の疾患と関連しており、長期間にわたる喫煙は身体の複数のシステムに慢性的な負荷を与える。

米国疾病対策予防センター(CDC)は、喫煙が身体のほぼすべての臓器に害を及ぼし、がん、心血管疾患、脳卒中、肺疾患などの原因となることを示している。さらに受動喫煙にも健康リスクが存在するため、「自分だけが吸わなければよい」という問題ではなく、煙への曝露そのものを減らすことが重要になる。

喫煙による健康被害の特徴は、単発のダメージではなく長期間にわたる累積的な曝露にある。タバコ煙には多数の化学物質が含まれており、慢性的な曝露は血管、肺、免疫系などに複数の経路から影響を及ぼすため、何十年にもわたって喫煙を避けることには大きな意味がある。

特に循環器系への影響は重要である。動脈硬化は一夜にして形成されるものではなく、血圧、血糖、脂質、喫煙、運動不足、肥満などの要因が長期間にわたって積み重なることで進行するため、喫煙という大きな危険因子を生涯にわたって排除できれば、血管系の負担を抑える方向に働く。

この点から見ると、90歳まで喫煙しなかった人物は、単に「肺を守った」のではない。心血管系、呼吸器系、がん発症リスクなど複数の領域で、長期間にわたるリスク曝露を一つ減らしたと考えるべきである。

また、禁煙は比較的明確な「引き算」の健康行動である。運動のように新しい刺激を身体へ与えるのではなく、タバコ煙という有害な曝露を身体から遠ざけるため、長期的な健康管理の基礎として非常に合理的である。

したがって、「ノンタバコ」は今回の人物像を説明するうえでかなり重要な要素と評価できる。ただし、禁煙だけで90歳まで病気がなかったと説明することはできず、禁酒、食生活、身体活動、筋力維持などとの組み合わせを見る必要がある。

③ ノン超加工食品(ホールフーズ中心の食生活)

次に重要なのが食生活である。「ノン超加工食品」という表現は医学的な正式分類ではないため、ここでは「超加工食品の摂取量をできるだけ抑え、野菜、果物、豆類、全粒穀物、魚、卵、ナッツ類など、比較的加工度の低い食品を中心にした食生活」という意味で扱う。

近年、食事と健康の研究では、単一の栄養素だけではなく、食事全体のパターンを見る考え方が強くなっている。たとえば地中海食などは、植物性食品、魚、全粒穀物、豆類、ナッツ類などを多く含む食事パターンとして研究され、心血管疾患や死亡リスクなどとの関連が報告されている。

一方、超加工食品については研究が急速に増えている。2024年にBMJに掲載されたアンブレラレビューでは、45件のメタ分析、約1,000万人に近い参加者を対象として、超加工食品への曝露が多いことと、死亡、心血管疾患、2型糖尿病などを含む複数の有害な健康アウトカムとの関連が報告された。

ただし、この結果を「超加工食品=毒」と単純化するのは適切ではない。観察研究を中心とするエビデンスでは、超加工食品の摂取が多い人は、運動不足、睡眠不足、喫煙、社会経済的条件など、他の健康関連要因も異なる可能性があるため、食品そのものの因果効果を完全に切り分けることは難しい。

それでも、超加工食品を減らすことには合理性がある。加工度の高い食品には、糖分、塩分、脂質、エネルギー密度などが高い製品が多く、食べやすさや嗜好性によって過剰摂取につながる可能性があるためである。

特に注目されるのが「食べる速度」と「満腹感」の問題である。米国国立衛生研究所(NIH)の研究では、超加工食品を中心とした食事と未加工・最小限加工の食品を中心とした食事を比較したランダム化比較試験が行われ、超加工食品の食事では参加者が1日当たり多くのエネルギーを摂取し、体重が増加したことが報告された。

この研究は、単なる「加工食品を食べる人は不健康」という観察研究とは異なり、食事内容を実験的に比較した点に意義がある。ただし、この研究だけで超加工食品がすべての慢性疾患を直接引き起こすと証明されたわけではなく、長期的な疾病発症との関係については引き続き研究が必要である。

90歳まで健康だった人物が、長年にわたってホールフーズ中心の食生活を維持していたとすれば、考えられる利点は「添加物を避けた」という一点だけではない。むしろ、食物繊維、ビタミン、ミネラル、植物性化合物などを含む多様な食品を摂取し、過剰なエネルギー摂取を抑え、体重・血糖・血圧などを長期的に安定させた可能性を考えるべきである。

ここで重要なのは「異物を入れない」という表現を科学的に慎重に扱うことである。食品添加物の存在そのものを病気の原因とみなすのではなく、食生活全体の質を高める結果として超加工食品の摂取が少なくなった、と解釈する方が医学的には妥当である。

つまり、理想的な「ノン超加工食品」は、禁止食品のリストを増やすことではない。自然に近い食品を中心とすることで、結果的に過剰な糖分、塩分、エネルギー、嗜好性の高い食品の摂取を抑える食事構造を作ることに意味がある。

④ 毎日ウォーキング(有酸素運動)

五つの生活習慣の中で、毎日のウォーキングは「身体を使い続ける」という意味で非常に重要である。人間の身体は、活動することで機能を維持するように設計されており、長期間の身体活動不足は心肺機能、代謝機能、筋力、バランス能力などの低下につながる。

ウォーキングの最大の利点は、激しい運動でなくても継続しやすいことである。健康長寿において重要なのは、一時的に高い運動能力を発揮することよりも、何十年にもわたって身体活動を中断しないことであり、その点で歩行は極めて実用的な運動になる。

WHOは成人について、週150~300分の中強度有酸素運動などを推奨している。さらに身体活動量が一定水準を超えると追加的な健康利益が得られる可能性があり、「少しでも動くこと」が「まったく動かないこと」より重要であるという考え方が現在の運動医学の基本になっている。

ウォーキングによって期待される効果は多岐にわたる。心肺機能の維持、血圧や血糖の管理、体重管理、血管機能、精神的健康、睡眠などに関係し、さらに高齢期には歩行能力そのものが自立生活を維持する重要な機能になる。

ここで「毎日」という言葉にも意味がある。週末だけ長時間運動するより、日常生活の中に身体活動を組み込む方が、運動を習慣として維持しやすい場合があるためである。

ただし、ウォーキングだけでは加齢に伴う筋肉量や最大筋力の低下を完全には防げない。ここで登場するのが週3回の筋力トレーニングであり、ウォーキングと筋トレは競合するというより、異なる身体機能を補完する関係にある。

ウォーキングは主として持久力や日常的な活動量を支える。一方、筋力トレーニングは筋肉、骨、関節、神経筋機能などに異なる刺激を与えるため、この二つを組み合わせることで「動き続ける能力」と「身体を支える能力」を同時に維持できる。

90歳まで病気がなく、しかも自立して生活できたという人物像を考える場合、この点は極めて重要である。健康寿命とは単に病名が存在しない状態ではなく、歩く、立つ、階段を上る、物を持つ、転倒を避けるなど、日常生活を自力で遂行できる能力とも深く関係するからである。

したがって、「毎日ウォーキング」は単なるダイエット運動ではない。それは、長期間にわたって心肺系と代謝系を刺激し、身体活動を生活の一部として維持するための基盤だった可能性がある。

「歩く」と「鍛える」の組み合わせが重要

ここまでを見ると、ウォーキングと筋力トレーニングは役割が異なることが分かる。ウォーキングによって日常的な活動量と有酸素能力を維持し、筋力トレーニングによって加齢に伴う筋肉・筋力低下に対抗するという二層構造になっている。

これは「健康な高齢者」を考えるうえで非常に重要なポイントである。90歳になっても病気がないだけでは十分ではなく、筋力が極端に低下して歩けなければ、健康長寿の質は大きく損なわれる。

したがって、この人物の生活習慣を評価する場合、「毎日歩いたから健康だった」のではなく、「日常的に身体を動かし、さらに筋肉へ負荷を与えていたため、加齢による機能低下を複数方向から抑えた」と考える方が適切である。

そして、この考え方は次回扱う「⑤週3筋トレ」の核心につながる。加齢による健康リスクを考えるとき、筋肉は単なる運動器官ではなく、移動能力、代謝、転倒予防、生活自立を支える重要な組織だからである。

⑤ 週3筋トレ(レジスタンス運動)

毎日ウォーキングが心肺機能や日常的な活動量を支える一方、筋力トレーニングは加齢によって低下しやすい筋肉量、筋力、身体機能を維持するための重要な刺激になる。特に高齢期では、単に「病気がない」ことだけでなく、自分で歩き、立ち上がり、階段を上り、物を持ち、転倒を避ける能力を維持できるかどうかが健康寿命を左右する。

加齢に伴う筋肉量と筋力の低下は自然な現象だが、その速度は生活習慣によって大きく異なる。身体活動が少ない状態が続けば筋肉の萎縮が進みやすい一方、筋肉に適切な負荷を与え続けることで、筋力や身体機能を長期間維持できる可能性がある。

ここで「週3回」という頻度は注目に値する。WHOは主要な筋群を対象とする筋力運動を週2日以上行うことを推奨しており、週3回のレジスタンス運動は、その推奨水準を上回る頻度に位置する。ただし、年齢、体力、運動歴、持病の有無によって適切な強度や種目は異なるため、回数だけで健康効果を判断することはできない。

筋力トレーニングの効果は筋肉だけに限定されない。筋肉はブドウ糖を取り込む重要な組織であり、筋肉量や活動量を維持することは、糖代謝やエネルギー代謝にも関係する。

また、筋力は高齢者の転倒予防にも重要である。転倒は骨折、入院、活動量低下、筋力低下、さらなる転倒という連鎖を生み、場合によっては自立生活を失うきっかけになるため、筋力を維持することには疾病予防とは異なる意味での健康上の価値がある。

この観点から考えると、週3回の筋トレは「筋肉を大きくするための運動」というより、「老化による機能低下に抵抗するための運動」と理解する方が適切である。特に90歳という年齢を考えるなら、筋肉量そのものよりも、歩行能力、立ち上がり能力、バランス、握力などを含む身体機能を長く保った可能性が重要になる。

さらに、ウォーキングと筋トレを組み合わせていることが大きい。ウォーキングだけでは十分な筋力刺激を得られない場合があり、筋トレだけでは日常的な有酸素活動量を十分に確保できない場合があるため、両者を組み合わせることで異なる身体機能を同時に刺激できる。

つまり、「毎日歩く+週3回鍛える」という生活は、心肺系と筋骨格系を別々の方向から維持する構造になっている。これが何十年も継続されたのであれば、単一の健康法よりもはるかに大きな意味を持つ可能性がある。

「健康診断を受けず、病気ゼロ」の相乗効果とメカニズム

ここまで五つの生活習慣を個別に分析してきたが、本当に重要なのは、それらが単独で作用したのではなく、同時に存在したことである。禁酒、禁煙、食生活、ウォーキング、筋トレは、それぞれ異なる危険因子を減らし、異なる生理機能を維持する方向に働く。

例えば禁煙は血管や呼吸器系への有害曝露を減らし、禁酒はアルコール関連の健康リスクを避ける方向に働く。食生活はエネルギー摂取や栄養状態を左右し、ウォーキングは心肺・代謝機能を支え、筋トレは筋肉・骨格・身体機能を維持する。

これらを一つのシステムとして考えると、健康長寿のメカニズムは「一つの強力な健康法」ではなく、「複数の小さなリスクを長期間にわたって同時に低くすること」として理解できる。

例えば喫煙をしないことによって肺や血管への負荷を減らし、運動によって心肺機能を維持し、食生活によって過剰なエネルギー摂取を抑えれば、循環器系に対して異なる方向から保護的な影響が働く可能性がある。

さらに、体重が適正に維持されれば運動がしやすくなり、運動を継続すれば筋力が維持され、筋力があればさらに身体活動を続けやすくなる。このように、健康行動同士が相互に補強する「正の循環」が形成される可能性がある。

反対に、喫煙、過度の飲酒、身体活動不足、過剰なエネルギー摂取が重なると、複数の危険因子が同じ方向に作用する可能性がある。健康長寿の観点から見ると、今回の人物はこの「負の連鎖」を避け、「正の連鎖」を形成していたと考えられる。

ここで重要なのが、健康を「病気があるか、ないか」という二値的な状態だけで捉えないことである。血管の柔軟性、筋力、心肺能力、代謝能力、認知機能などには連続的な変化があり、目に見える病名がつく前から身体機能は少しずつ変化する。

そのため、「90歳まで病気ゼロ」という表現を厳密に医学的な意味で解釈するなら、かなり慎重でなければならない。健康診断を一度も受けていないのであれば、高血圧、脂質異常、糖代謝異常、無症候性の動脈硬化などが存在しなかったことまで証明することはできないからである。

つまり、「病気ゼロ」という結果は、医学的に確認された「完全な健康」とは区別する必要がある。しかし、本人が90歳まで大きな症状を経験せず、日常生活を自立して送っていたのであれば、それ自体は健康長寿の重要な事例として分析する価値がある。

「健康診断を受けない」ことの心理的・身体的意義

ここから議論は少し複雑になる。「健康診断を受けないこと」が健康に良かったのかという問題である。結論から言えば、健康診断を受けなかったこと自体が健康を生み出したとは考えにくい。

しかし、心理的な側面については別の可能性がある。健康診断の結果によって「異常がある」「要注意だ」「病気のリスクが高い」と認識することが、本人の心理状態や行動に影響する場合があるからである。

例えば検査値が基準範囲をわずかに超えた場合、本人がその数値を過度に心配し、健康不安を抱える可能性がある。逆に「正常」と判定されたことで、運動や食生活への注意を緩めてしまう可能性もあり、検査結果は必ずしも行動を一方向に改善するとは限らない。

ただし、これは「健康診断を受けない方が心理的に健康」という意味ではない。健診によって高血圧、糖尿病、脂質異常、がんなどを早期に発見できれば、治療や生活習慣改善によって将来の重症化を防げる可能性があるため、検査には明確な利益が存在する。

したがって、「健診を受けないことの心理的意義」と「健診を受けることの医学的意義」は別々に評価する必要がある。前者には心理的負担を避ける側面があり、後者には無症状の病気を発見する側面がある。

今回の人物について考えるなら、健康診断を受けなかったことによって病気にならなかったのではなく、「検査結果に健康を依存せず、日常生活そのものを健康管理の中心にしていた」という解釈の方が重要である。

つまり、「健康だから健診を受けなかった」のではなく、「健康維持の主要な手段を日常の生活習慣に置いていた」と考えるのである。この違いは非常に大きい。

過剰診断とラベリング効果

健康診断を論じる際には、過剰診断の問題も避けて通れない。医学が高度化するほど、以前なら発見されなかった非常に小さな異常や、将来問題を起こすかどうか分からない病変まで発見できるようになる。

過剰診断とは、検査によって病気や異常を発見したものの、それが生涯にわたって症状や死亡につながらなかったにもかかわらず、患者が病気を持つ人として扱われる状況を指す。特に一部のがん検診などでは、この問題が重要な医学的テーマになっている。

過剰診断が問題となる理由は、診断された時点で患者に心理的負担が生じるだけでなく、追加検査、経過観察、薬物治療、手術などの医療介入につながる可能性があるからである。必要性の低い介入であれば、身体的負担や経済的負担が発生する可能性もある。

ここから「ラベリング効果」という問題も生じる。「あなたは高血圧だ」「あなたは糖尿病予備群だ」「あなたはがんのリスクが高い」といった医学的ラベルは、本人の自己認識や行動を変化させる可能性がある。

ただし、ラベリングが常に悪いわけではない。医学的診断によって自分のリスクを理解し、禁煙、運動、食事改善、服薬などを開始できれば、ラベルはむしろ健康改善のきっかけになる。

したがって問題は「診断されること」そのものではなく、検査結果をどのように解釈し、どの程度のリスクに対して、どのような介入を行うかにある。医学的に意味のある異常を放置することも危険であり、意味の乏しい異常を過剰に治療することも問題になる。

このバランスこそ、現代の予防医学が直面している重要な課題である。健診を否定するのではなく、「必要な検査を、適切な対象に、適切な間隔で行う」というリスクに応じた予防医療が重要になる。

「病名を探す」より「病気になりにくい身体をつくる」

今回の人物像から最も興味深い教訓を抽出すると、「検査を受けなかったこと」ではなく、「検査結果がなくても日常生活そのものが予防医学として機能していた」という点になる。

禁酒と禁煙によって有害曝露を減らし、食生活によって代謝への負担を抑え、ウォーキングによって身体を動かし、筋トレによって筋力を維持する。この生活を数十年間継続すれば、健康状態を維持するための基礎条件をかなり広範囲にカバーできる。

もちろん、それでも遺伝性疾患、感染症、事故、加齢に伴う疾患などを完全に防ぐことはできない。したがって、生活習慣を改善すれば「病気ゼロ」になれるという思想は科学的には成立しない。

しかし、病気になる確率を下げ、病気になった場合にも重症化しにくい身体を維持するという意味では、生活習慣の価値は非常に大きい。予防医学の本質は「絶対に病気にならないこと」ではなく、「避けられるリスクをできるだけ減らし、身体の予備能力を長く維持すること」にある。

この視点に立つと、「健康診断を受けずに90歳まで健康だった」という事例は、健診不要論の証拠ではない。むしろ、生活習慣による一次予防と、検査による早期発見という二つの予防戦略をどのように組み合わせるべきかを考える材料になる。

予防医学への集中

ここまでの分析を総合すると、この人物の健康長寿を説明する最大の特徴は、「病気を見つけて治す」ことよりも「病気が発生しにくい状態を日常生活によって維持する」ことに重点を置いていた点にある。禁酒、禁煙、ホールフーズ中心の食生活、毎日のウォーキング、週3回の筋力トレーニングは、それぞれ異なる危険因子に働きかけながら、全体として一次予防を形成していたと考えられる。

予防医学には、病気そのものを発生させない一次予防、病気を早期発見する二次予防、発症後の重症化や機能低下を防ぐ三次予防という考え方がある。今回の生活習慣は主として一次予防に位置づけられるが、一次予防が十分であれば二次・三次予防への依存度を低下させられる可能性がある。

例えば喫煙をしなければ喫煙関連疾患のリスクを下げられ、飲酒をしなければアルコール関連のリスクを避けられる。さらに、適切な食事と運動によって体重、血圧、血糖、脂質などのリスク因子を良好に保てれば、心血管疾患や代謝性疾患につながる経路を複数方向から抑えることができる。

このように考えると、「健康診断を受けなかった」という事実よりも、「毎日何をしていたか」の方が、この人物の健康長寿を説明するうえで重要になる。健康診断は身体の状態を測定する手段であるのに対し、生活習慣は身体の状態そのものを長期的に形成する要因だからである。

ただし、ここで「予防医学に集中すること」と「医療を避けること」を同一視してはならない。病気を予防することと、必要な医療を受けないことは別問題であり、症状が出た場合や一定の年齢・リスクに達した場合には医療機関を利用することが重要になる。

「健康診断を受けない」ことの本当の意味

健康診断を受けないという選択を医学的に評価する場合、二つの側面を分ける必要がある。一つは「検査による早期発見を逃す可能性」であり、もう一つは「検査結果に過度に振り回されず、生活そのものを健康管理の中心に置く」という心理的側面である。

前者は明確なリスクである。高血圧、糖尿病、脂質異常症などは初期には自覚症状が乏しいことがあり、本人が健康だと感じていても検査によって異常が発見される場合がある。

特に高血圧は典型的な例である。自覚症状がないまま長期間続けば、脳卒中、心筋梗塞、心不全、腎疾患などのリスク上昇につながるため、「症状がないから健康」という判断は医学的には成立しない。

同様に、血糖値や脂質の異常も本人の自覚だけでは把握しにくい。したがって、90歳まで健康に生活できた人物がいたとしても、その事例を根拠として「健康診断は不要」と一般化することはできない。

一方で、後者の心理的側面も無視できない。検査値を毎年追跡することが健康意識を高める人がいる一方、数値への過度な不安を抱えたり、軽微な異常を重大な病気だと受け止めたりする人もいる。

この問題は「検査をするか、しないか」という二択では解決できない。重要なのは、検査によって得られる利益が、偽陽性、過剰診断、追加検査、治療による負担などの不利益を上回るかどうかを、年齢やリスクに応じて判断することである。

したがって、健康診断の理想的な位置づけは「健康の代替物」ではない。生活習慣を整えたうえで、見えないリスクを確認するための補助的な安全装置と考える方が適切である。

過剰診断とラベリング効果をどう考えるか

現代医療では、検査技術が進歩した結果、以前なら発見できなかった小さな異常まで発見できるようになった。これは医学の大きな進歩である一方、発見されたすべての異常が本人の寿命や生活の質を悪化させるとは限らない。

ここで問題となるのが過剰診断である。過剰診断とは、検査によって病気を発見したものの、その病気が生涯にわたって症状を起こしたり死亡原因になったりしないケースまで診断してしまうことをいう。

過剰診断は、過剰治療と密接に関係する。病名が付けば、本人も医療者も「何らかの対処をしなければならない」と考えやすくなり、追加検査や薬物治療、場合によっては侵襲的な治療につながる可能性がある。

しかし、だからといって検査を否定することはできない。早期発見によって死亡率や重症化リスクを低下させることが期待できる疾患も存在するため、問題は「検査そのもの」ではなく、検査対象、検査間隔、検査精度、治療可能性などを適切に設定することにある。

ラベリング効果についても同様である。「あなたは病気のリスクが高い」と伝えられることが生活習慣改善の動機になる人もいれば、逆に「自分は病人なのだ」という自己認識を強めてしまう人もいる。

特に健康情報がインターネット上に大量に流通する現代では、検査結果の一つの数値だけを見て自己診断する危険性も高い。医学的な基準値は人口集団を対象に設定されたものであり、個人の将来の健康状態を完全に予測するものではないからである。

このため、理想的な予防医学では「検査を受けること」だけでなく、「検査結果を正しく解釈すること」まで含めて考える必要がある。検査は目的ではなく、適切な意思決定をするための情報である。

結論:何が良かったのか?

では、この人物が90歳まで大きな病気を経験せず健康を維持できたと仮定した場合、何が最も良かったのだろうか。結論を一つに絞るなら、五つの生活習慣を長期間にわたって同時に維持したことそのものが最大の要因だった可能性が高い。

禁酒だけでも、禁煙だけでも、毎日歩くだけでも、90歳までの健康を保証することはできない。しかし、複数の危険因子を同時に減らし、身体活動を維持し、筋力を保ち、食生活を安定させることで、健康を損なう経路を複数方向から抑えることができる。

ここには「リスクの掛け算」という考え方がある。厳密な意味で疾病リスクが単純な掛け算になるわけではないが、複数の危険因子を同時に避けることで、単一の対策より広範囲の健康リスクに対応できるという意味である。

例えば、禁煙は呼吸器・血管系のリスク低減に寄与し、禁酒はアルコール関連のリスクを抑える。食生活は代謝状態を支え、ウォーキングは心肺・代謝機能を刺激し、筋トレは筋力・骨格・身体機能を支える。

さらに、この五つを毎日・毎週の生活に組み込むことで、「健康のために努力する」というより、「健康的な行動が普通の生活になる」状態を作ることができる。健康長寿において、この習慣化こそ非常に大きな意味を持つ。

「異物」を入れない

この人物の生活を象徴的に表現するなら、「異物を入れない」という考え方がある。ここでいう異物とは、医学的にすべての添加物や加工食品が有害という意味ではなく、身体に明らかなリスクをもたらす可能性が高い曝露をできるだけ避けるという意味である。

タバコ煙はその代表例であり、アルコールも健康リスクを伴う。超加工食品についても、摂取量が多い食生活は健康上の不利益と関連することが多く、これらを長期的に避けることには合理性がある。

重要なのは、「何を食べるか」だけではなく、「何を習慣として身体に入れ続けないか」という発想である。健康長寿は、サプリメントや特別な食品を大量に追加することより、明らかなリスク要因を減らすことから始められる。

ただし、「異物」という言葉を極端に解釈してはならない。食品添加物は安全性評価の対象となっており、加工された食品のすべてが危険なわけでもないため、科学的には「自然=安全、人工=危険」という単純な二分法を避ける必要がある。

本当に重要なのは、全体として栄養価が高く、過剰摂取を避け、長期間続けられる食生活を構築することである。その結果として超加工食品や過剰な飲酒、喫煙などが少なくなるのであれば、それは非常に合理的な健康戦略になる。

「機能」を錆びさせない

もう一つのキーワードは「機能を錆びさせない」である。人体は使用しない機能が永遠に維持されるようにはできておらず、身体活動が減少すれば筋力や心肺機能などが低下しやすい。

毎日歩くことは、身体を日常的に使用することである。週3回の筋トレは、それだけでは得られにくい筋肉への刺激を加え、筋力や身体機能の維持を補完する。

この二つを長期間継続した人物であれば、単に「病気になりにくかった」だけではなく、「身体機能そのものが老化によって低下する速度を抑えた」可能性がある。これは健康寿命を考えるうえで非常に重要なポイントである。

特に高齢期では、筋力低下が活動量低下を招き、活動量低下がさらに筋力低下を進めるという悪循環が起こりやすい。筋トレとウォーキングを習慣化していれば、この悪循環に対して長期間ブレーキをかけられる可能性がある。

したがって、「健康で90歳」という状態を考えるなら、血液検査の数値だけを見るのではなく、「90歳になっても自分の身体を使えるか」という視点が不可欠である。健康長寿とは、生命を長く保つことだけでなく、機能を長く保つことでもある。

「医療への依存」ではなく「自己治癒・防御システム」を最高値で維持

ここでいう「医療への依存ではない」という表現も、医療を否定する意味ではない。むしろ、医療が必要になる前段階で、身体が本来持っている恒常性、免疫、防御、修復、代謝、運動機能などを良好に保つという意味で理解するべきである。

人体には、血糖値を調節する仕組み、体温を一定に保つ仕組み、傷を修復する仕組み、感染症に対応する免疫システム、運動によって筋肉や骨を適応させる仕組みなど、多数の自己調節機構が存在する。

生活習慣の役割は、それらを「万能にする」ことではない。しかし、睡眠、栄養、身体活動、禁煙、飲酒制限などによって、身体の基本的な機能を長期間良好に保つことは可能である。

今回の人物像は、この考え方を極端な形で示している。つまり、「病気になったら医療で治す」という発想だけではなく、「病気になる前から身体の防御能力をできるだけ高い水準に保つ」という一次予防の考え方である。

ただし、「自己治癒力」という言葉が「医療を必要としない」という意味に変わると危険である。感染症、がん、心筋梗塞、脳卒中、外傷などは、どれほど健康的な生活を送っていても発生する可能性があり、その場合には適切な医療が生命を救う。

したがって、本当に望ましい状態は「医療を拒否すること」ではない。病気になりにくい身体を生活習慣で維持し、必要になったときには医療を適切に利用することである。

年1回の健康診断は大切

ここまで健診の限界や過剰診断を論じてきたが、それによって「健康診断を受けなくてもよい」という結論にはならない。むしろ、健康的な生活習慣を実践している人ほど、自分では気づきにくい異常を確認するという意味で、適切な健診を利用する価値がある。

特に血圧、血糖、脂質などは自覚症状が乏しい場合があり、生活習慣が良好でも遺伝的要因や加齢によって異常が生じる可能性がある。健康診断は、こうした「自覚症状のないリスク」を発見する安全網として機能する。

ただし、すべての人にすべての検査を毎年行えばよいわけではない。検査の利益と不利益は年齢、性別、家族歴、既往歴、生活習慣などによって変わるため、検査項目については公的な推奨や医療専門家の判断を参考にする必要がある。

したがって、「90歳まで健診なしで健康だった」という個人事例から学ぶべきことは「健診をやめよう」ではない。学ぶべきなのは、健診結果だけに健康管理を依存せず、日常生活そのものを健康管理の中心に据えるという姿勢である。

そして健診は、その生活習慣を補完する安全装置として位置づけるのが最も合理的である。

今後の展望

2026年8月時点で健康長寿研究を総合すると、「何を食べるか」「どれだけ運動するか」「何を避けるか」という個々の生活習慣だけではなく、それらを生涯にわたってどのように組み合わせ、継続するかという視点がますます重要になっている。

今回取り上げた「ノンアルコール・ノンタバコ・ノン超加工食品・毎日ウォーキング・週3筋トレ」という組み合わせは、特定の健康食品やサプリメントに依存する方法とは性質が異なる。基本的な生活習慣によって、身体への有害な曝露を減らし、身体機能を定期的に使用し、加齢による機能低下をできるだけ遅らせるという、極めてオーソドックスな予防戦略である。

今後の研究では、こうした生活習慣を個別に評価するだけでなく、「生活習慣の組み合わせ」が健康寿命にどの程度影響するのかを解析する研究が重要になる。例えば禁煙と運動、食生活と筋力、身体活動と睡眠など、複数の要因が互いにどのような相互作用を持つのかを明らかにする必要がある。

また、健康長寿研究では「寿命」だけでなく「健康寿命」がより重要な評価指標になる。90歳まで生きても寝たきりや重度の身体機能低下が長期間続くのであれば、健康長寿という観点では必ずしも理想的とはいえないからである。

この点で、毎日のウォーキングと週3回の筋力トレーニングを組み合わせる意味は大きい。運動は単に死亡リスクを低下させる可能性があるだけでなく、歩行能力、筋力、バランス能力、自立能力などを維持することで、生活の質を支える可能性がある。

さらに今後は、ウェアラブル端末やデジタルヘルス技術によって、歩数、活動時間、心拍数、睡眠などを日常生活の中で継続的に把握できるようになる。これによって、従来の年1回程度の健康診断だけでは把握できなかった「日常生活の健康状態」を長期的に評価できる可能性がある。

ただし、データが増えれば健康になるとは限らない。毎日の数値を過剰に気にすることで、かえって健康不安を高める可能性もあるため、今後の健康管理では「測定できること」と「測定すべきこと」を区別する必要がある。

理想的な未来の予防医学は、健診を廃止する方向でも、医療を全面的に依存する方向でもない。日常生活による一次予防、適切な検査による早期発見、必要な場合の治療という三つを組み合わせる方向へ進むと考えられる。

まとめ:結局、何が良かったのか?

ここまでの検証を総合すると、「90歳まで一度も健康診断を受けず、病気ゼロだった」という人物の健康状態を説明するうえで、最も説得力があるのは「健診を受けなかったこと」ではない。最大のポイントは、禁酒、禁煙、食生活、身体活動、筋力トレーニングという複数の生活習慣を、長期間にわたって維持していたことにある。

第一に、ノンアルコールはアルコールによる健康リスクを避けるという「引き算」の効果を持つ。WHOはアルコールについて健康上のリスクが完全にゼロとなる摂取量を確認できないとしており、飲酒しないことはアルコール関連の疾病や事故などのリスクを避ける方向に働く。

第二に、ノンタバコはさらに重要な引き算である。喫煙は肺だけでなく、血管、心臓、脳、免疫系など多方面に影響し、がんや循環器疾患、呼吸器疾患などとの関連が確立しているため、生涯にわたって喫煙しないことは健康長寿の基礎的条件の一つになる。

第三に、ホールフーズ中心の食生活は、栄養密度を確保しながら過剰なエネルギー摂取を抑える方向に働く可能性がある。超加工食品については健康アウトカムとの関連が多数報告されている一方、因果関係を過度に単純化することはできず、「超加工食品を完全にゼロにすれば健康になる」という結論ではなく、「食事全体の質を高める」という理解が妥当である。

第四に、毎日のウォーキングは身体活動を日常生活に組み込む役割を持つ。長時間座り続ける生活を避け、定期的に身体を動かすことは、心肺機能、代謝、体重管理、精神的健康、身体機能など幅広い領域に関係する。

第五に、週3回の筋力トレーニングは、ウォーキングだけでは補いにくい筋力と身体機能を維持する役割を持つ。特に高齢期には、筋力低下が活動量低下を招き、活動量低下がさらに筋力を低下させるという悪循環を防ぐ意味で重要になる。

この五つをまとめると、「異物を入れない」と「機能を錆びさせない」という二つの方向性が見えてくる。前者は喫煙、アルコール、過剰な超加工食品などのリスク曝露を減らすこと、後者はウォーキングと筋トレによって身体を継続的に使用することである。

つまり、健康長寿の核心は「何か特別なものを身体に追加すること」ではなく、「身体に不要な負荷をできるだけ与えず、必要な機能を使い続けること」にあると考えられる。

「異物」を入れない、「機能」を錆びさせない

この二つをさらに整理すると、健康長寿の戦略は非常にシンプルになる。

一つ目は「異物を入れない」である。タバコを吸わない、アルコールを飲まない、超加工食品の摂取をできるだけ抑えるという行動は、健康上のリスクを生み得る曝露を減らす方向に働く。

ただし、「異物」という言葉は科学的には比喩である。食品添加物や加工食品を一括して毒物と考えるのは誤りであり、重要なのは食品の安全性と食事全体の質、摂取量、栄養バランスを考えることである。

二つ目は「機能を錆びさせない」である。毎日歩き、週3回筋肉に負荷をかけることで、身体を使わないことによる機能低下を抑える。

この二つを組み合わせると、「身体への損傷を減らす」と「身体の修復・適応能力を維持する」という二つの方向から健康を支えることになる。これは健康長寿を説明するうえで非常に分かりやすいモデルである。

「医療への依存」ではなく「自己治癒・防御システム」を最高値で維持

今回の事例から導き出せるもう一つの重要な視点は、健康管理を医療機関だけに委ねないことである。病気が発生してから治療するのではなく、病気になる前から生活習慣によってリスクを下げるという考え方である。

人体には、免疫系、血管系、筋骨格系、代謝系など、生命を維持するための複雑な防御・修復システムがある。適切な栄養、身体活動、禁煙、飲酒を避けること、十分な休養などは、こうした生理的システムが正常に働くための基盤になる。

ただし、「自己治癒力を高めれば医療はいらない」という結論にはならない。生活習慣がどれほど優れていても、遺伝的疾患、感染症、がん、心血管疾患、外傷などを完全に防ぐことはできない。

したがって、より正確な表現は「医療への依存を減らす」のではなく、「医療が必要になる前にできる予防を最大限行い、必要になったら適切に医療を利用する」である。

この考え方なら、一次予防と医療は対立しない。むしろ、生活習慣によって病気の発症・重症化リスクを低減し、健診や診察によって見えないリスクを確認し、必要な場合だけ治療するという補完関係になる。

年1回の健康診断

今回のタイトルで最も誤解されやすいのが「90歳まで一度も健康診断を受けなかった」という部分である。この事実は、その人物にとっては問題が発生しなかったかもしれないが、一般的な健康政策として「健診は不要」という結論を導く根拠にはならない。

高血圧、脂質異常、糖尿病などは無症状のまま進行することがある。さらに、がんの一部については、対象年齢やリスクに応じた検診によって早期発見・死亡率低下が期待されるものがあり、適切なスクリーニングには明確な価値がある。

一方で、すべての検査がすべての人に利益をもたらすわけではない。検査には偽陽性、偶発的所見、過剰診断、追加検査、過剰治療などの不利益も存在するため、科学的根拠に基づいて検査の対象と頻度を考えることが重要になる。

そのため、「年1回の健康診断は大切」という原則を、「毎年すべての検査を無条件に受ければよい」という意味に拡張することも適切ではない。年齢、性別、家族歴、既往歴、生活習慣、地域の制度などを考慮し、必要な検査を適切に受けることが重要である。

日本の場合も、自治体や職域などで健康診査・検診制度が整備されており、対象者は制度の内容を確認して利用することが望ましい。特に自覚症状がないからといって、血圧や血糖、脂質などの状態が正常だと自己判断することはできない。

したがって、本稿の結論は「健康診断を受けなくてもよい」ではない。むしろ、「生活習慣による一次予防を徹底し、そのうえで適切な健康診断・検診を利用する」という二段構えが最も合理的である。

最後に

「ノンアル・ノンタバコ・ノン超加工食品・毎日ウォーキング・週3筋トレ」という生活を90歳まで継続した人物が本当に存在し、重大な疾病を経験せず、自立した生活を維持していたとすれば、その事例は健康長寿の一つの極端な成功例として非常に興味深い。

しかし、その成功の原因を「健康診断を受けなかったから」と考えるのは科学的に誤りである。健康診断を受けなかったことで病気が防がれたという因果関係は、この事例からは証明できない。

むしろ最も合理的な解釈は、長期間にわたって喫煙や飲酒などの有害曝露を避け、食生活を整え、日常的に身体を動かし、筋力を維持したことによって、複数の疾病リスクと身体機能低下の経路を同時に抑えたというものである。

その意味で、この人物の最大の財産は「特殊な健康法」ではなく「普通の健康行動を異常なほど長く続けたこと」にある。健康長寿において最も難しいのは、知識を得ることではなく、その知識を10年、20年、30年、50年という長期間にわたって生活として維持することである。

結局のところ、90歳までの健康を一つの公式にするとすれば、「有害な曝露を減らす+身体を使い続ける+必要な栄養を確保する+必要な医療を利用する」という組み合わせになる。

「異物を入れない」「機能を錆びさせない」という表現は、科学的な医学用語ではないが、今回の事例を理解するための分かりやすい比喩にはなる。タバコや過度の飲酒を避け、食生活を整え、歩き、筋肉を使い、そして必要なときには医療を利用するという生活は、現代の予防医学が推奨する方向とも大きく矛盾しない。

ただし、どれほど理想的な生活をしても「病気ゼロ」を保証することはできない。遺伝、加齢、感染症、環境、偶然など、人間が完全には制御できない要因が存在するからである。

したがって、最終的な目標は「絶対に病気にならないこと」ではない。避けられるリスクをできる限り避け、身体の機能をできる限り長く維持し、異常があれば適切な医療につなげることこそが、科学的に最も現実的な健康長寿戦略である。

そして、この視点から見ると「90歳まで一度も健康診断を受けず病気ゼロ」というタイトルが示す本当の問いは、「健診は必要か」ではない。人間は、毎日の生活によって、どこまで自分自身の健康リスクと老化速度をコントロールできるのかという問いなのである。

その答えは、「すべてをコントロールすることはできないが、かなりの部分は変えられる」である。禁煙、禁酒、質の高い食生活、身体活動、筋力維持という五つの柱は、そのための最も基本的で、しかも長期的に再現可能性の高い手段の一つと評価できる。

まとめ

本稿の検証から導かれる第一の結論は、健康長寿を一つの要因で説明することはできないということである。90歳まで健康だった人物がいたとしても、その結果には生活習慣、遺伝、環境、社会的要因、医療アクセス、偶然などが複合的に関与している。

第二の結論は、今回の五つの生活習慣には、それぞれ科学的に合理的な意味があるということである。禁煙と禁酒は有害曝露を減らし、ホールフーズ中心の食生活は食事の質を改善する方向に働き、ウォーキングと筋トレは心肺機能・代謝機能・筋力・身体機能を支える。

第三の結論は、五つを組み合わせることに大きな意味があるということである。健康長寿は一つの「特効薬」ではなく、複数のリスクを同時に減らし、身体機能を長期的に維持する積み重ねによって形成される可能性が高い。

第四の結論は、「健康診断を受けなかったこと」と「健康だったこと」を因果関係で結びつけてはいけないということである。健診には過剰診断などの問題がある一方、無症状の疾患を発見する重要な役割もあるため、適切な対象・頻度で利用することが望ましい。

第五の結論は、健康管理の中心を日常生活に置くことの重要性である。健康診断は健康そのものを作るものではなく、身体の状態を確認するための手段であり、毎日の食事、運動、睡眠、禁煙、飲酒習慣などこそが身体の長期的な状態を形成する。

したがって、「90歳まで一度も健康診断を受けず病気ゼロ」という事例から最も学ぶべきなのは、健診を否定することではない。「異物をできるだけ入れない」「身体の機能を錆びさせない」「必要なときには医療を使う」という三つを組み合わせ、健康を一生の生活習慣として管理することである。

これこそが、2026年時点で科学的に最も支持しやすい「健康長寿」の基本戦略である。


参考・引用リスト

  • World Health Organization. WHO Guidelines on Physical Activity and Sedentary Behaviour. Geneva: World Health Organization, 2020.
  • World Health Organization. No level of alcohol consumption is safe for our health. WHO Regional Office for Europe, 2023.
  • World Health Organization. Tobacco. WHO Fact Sheets.
  • U.S. Centers for Disease Control and Prevention. Health Effects of Cigarette Smoking.
  • Hall KD, Ayuketah A, Brychta R, et al. Ultra-Processed Diets Cause Excess Calorie Intake and Weight Gain: An Inpatient Randomized Controlled Trial of Ad Libitum Food Intake. Cell Metabolism. 2019;30(1):67–77.e3.
  • Lane MM, Gamage E, Du S, et al. Ultra-processed food exposure and adverse health outcomes: umbrella review of epidemiological meta-analyses. BMJ. 2024;384.
  • U.S. Preventive Services Task Force. Recommendation Statements. 各種疾病のスクリーニングおよび予防医療に関する推奨。
  • National Cancer Institute. Overdiagnosis. がん検診における過剰診断に関する資料。
  • National Institute on Aging. Exercise and Physical Activity. 高齢者の身体活動、筋力、健康長寿に関する資料。
  • American College of Sports Medicine. ACSM's Guidelines for Exercise Testing and Prescription. 身体活動・運動処方に関する専門的資料。
  • World Health Organization. Noncommunicable diseases. 心血管疾患、がん、慢性呼吸器疾患、糖尿病などの非感染性疾患に関する資料。
  • 厚生労働省. 健康診査・特定健康診査、がん検診、健康づくりおよび身体活動に関する各種資料。
  • 国立がん研究センター. がん検診、科学的根拠に基づくがん検診、過剰診断等に関する資料。
  • 厚生労働省・国立健康・栄養研究所. 日本人の食事・身体活動・生活習慣と健康に関する各種資料。
この記事が気に入ったら
フォローしよう
最新情報をお届けします
あなたへのおすすめ