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厚労省調査:全世帯の半数以上が生活「苦しい」と回答

2025年国民生活基礎調査では、平均所得が過去最高水準となる一方、全世帯の55.4%が生活を「苦しい」と回答した。
日本、東京都(Getty Images)

2026年7月、厚生労働省が公表した「2025年 国民生活基礎調査」は、日本の家計と生活実態を映し出す重要な統計として大きな注目を集めた。その中でも特に社会的な関心を集めたのが、「現在の生活を『苦しい』と感じている世帯が全体の55.4%に達した」という結果である。

一方で、同じ調査では1世帯当たりの平均所得金額は過去最高水準を更新している。また、企業では歴史的な賃上げが続き、名目賃金も上昇傾向を示していることから、「所得は増えているのに、なぜ生活は苦しいのか」という疑問が広く提起された。

この現象は単なる家計の問題ではなく、日本経済全体が直面する構造的課題を反映している。2022年以降続くインフレ局面では、所得の伸び以上に生活コストが上昇し、実質的な購買力が低下したことで、多くの世帯が生活負担の増加を実感している。

さらに、所得増加の恩恵がすべての世帯に均等に及んでいるわけではなく、雇用形態、家族構成、地域、年齢などによって家計への影響は大きく異なる。統計上の平均値だけでは捉えきれない生活実態が、今回の調査から浮かび上がっている。

本稿では、厚生労働省の調査結果を中心に、政府統計や経済指標、専門機関による分析を踏まえながら、「生活が苦しい」と感じる世帯が依然として過半数を占める背景を体系的に整理する。まず本稿前半では調査結果の概要と主要データを確認し、後半ではインフレ下における日本経済の構造的課題を多角的に分析する。


現状(2026年7月時点)

2026年7月時点の日本経済は、「景気は緩やかな回復基調にある」と政府が評価する一方で、多くの家計は依然として物価高の影響を強く受けている。企業収益や設備投資は堅調さを維持しているものの、消費者の生活実感は必ずしも改善していない。

2022年から続くインフレは、エネルギー価格や原材料価格の上昇に加え、円安による輸入コスト増加を背景として幅広い商品・サービスへ波及した。当初は食料品や電気・ガス料金が中心であった価格上昇も、その後は外食、日用品、保険料、家賃、教育関連費用など生活全般へ広がり、家計への影響は長期化している。

一方、日本企業では2024年から2026年にかけて高水準の賃上げが実施され、大企業を中心に基本給引き上げが進んだ。春季労使交渉では歴史的な賃上げ率が続き、名目賃金は前年を上回る伸びを示した。

しかし、家計が実際に感じる豊かさは名目所得だけでは決まらない。消費者が日常的に購入する商品やサービスの価格が上昇すれば、所得が増えても購買力は低下する。実際、実質賃金は長期間にわたりマイナス圏で推移した時期が続き、生活実感との乖離を生み出した。

こうした状況の中で実施された2025年国民生活基礎調査は、日本社会全体の生活意識を把握する重要な資料となっている。調査結果は、景気指標だけでは把握できない家計の実態を明らかにしている点で大きな意義を持つ。


2025年 国民生活基礎調査

国民生活基礎調査は、厚生労働省が毎年実施している日本最大規模の世帯調査であり、保健、医療、福祉、所得、生活意識など国民生活全般を把握する基幹統計である。政策立案や社会保障制度の設計にも幅広く活用されている。

所得調査は前年1年間の所得を対象として実施されるため、今回公表された2025年調査では主として2024年中の所得状況が反映されている。一方、生活意識調査は調査時点における家計の実感を直接尋ねるものであり、インフレ下での生活実態を把握する重要な指標となる。

調査対象は全国の一般世帯であり、所得、家族構成、就業状況、生活意識などについて詳細な情報が収集されている。サンプル数が極めて多いことから、日本全体の傾向を把握する統計として高い信頼性を有している。

今回最も注目された結果は、「現在の生活を苦しいと感じている」と回答した世帯が55.4%に達したことである。前年より改善は見られたものの、依然として全世帯の過半数が生活に困難を感じている実態が明らかとなった。

さらに、子どもがいる世帯では61.5%、母子世帯では82.1%と極めて高い割合となっており、子育て世帯や単身親世帯ほど生活負担が重いことも確認された。


事実検証

今回の調査結果について、一部では「日本人の半数以上が生活できない状態にある」といった誇張した解釈も見受けられた。しかし、調査が示しているのは「生活保護水準にある」という意味ではなく、「生活にゆとりがなく苦しいと感じている」という生活意識である。

国民生活基礎調査では、回答者自身の主観的評価として、「大変苦しい」「やや苦しい」「普通」「ややゆとりがある」「大変ゆとりがある」などから選択する形式となっている。このため、「苦しい」と回答した割合は経済状況だけでなく、将来不安や物価上昇への心理的影響も含めた総合的な生活実感を反映している。

また、55.4%という数値だけを見ると極めて深刻に映るが、前年からは3.5ポイント改善している点も事実である。名目所得の増加や賃上げが一定程度生活改善に寄与した可能性が示唆される。

しかし、その改善幅は限定的であり、依然として過半数が生活苦を感じている状況に変わりはない。統計上の改善と生活実感の改善にはなお大きな隔たりが存在している。

さらに、所得平均の上昇だけでは生活実態を十分に説明できないことにも注意が必要である。平均値は高所得層の影響を受けやすく、多くの世帯が実際に経験する家計状況とは必ずしも一致しない。

このため、所得中央値、所得分布、家族構成別の負担状況、物価上昇率など複数の統計を組み合わせて分析することが不可欠である。単一の数値だけで日本社会全体を評価することは適切ではない。


主要データの整理

2025年国民生活基礎調査から読み取れる主要なポイントは、大きく三つに整理できる。

第一に、平均所得は過去最高水準に達したことである。名目所得は賃上げや雇用改善を背景として増加傾向を示しており、日本経済全体として所得環境は改善していることが確認された。

第二に、生活意識は依然として厳しい状況にある。全世帯の55.4%が生活を「苦しい」と回答し、子育て世帯では6割を超え、母子世帯では8割を超える結果となった。所得増加が生活実感の改善へ十分につながっていない現状が示されている。

第三に、世帯間格差の拡大が統計上にも現れていることである。平均所得が上昇する一方、生活苦を感じる割合は依然高く、所得増加の恩恵がすべての世帯へ均等に行き渡っていない可能性が示唆される。

これら三つの特徴は、日本経済が「所得は増えているが生活は楽にならない」という新たな局面に入っていることを示している。インフレと賃上げが同時進行する現在の経済環境では、家計の実感を把握するためには所得だけでなく、物価、可処分所得、社会保険料、教育費、住宅費など多面的な分析が求められる。


① 世帯所得の状況(2024年実績)

2025年国民生活基礎調査では、2024年中の所得状況が集計されており、日本の家計所得が前年より改善したことが確認された。名目所得ベースでは平均所得金額は過去最高水準となり、賃上げや雇用環境の改善が一定程度反映された結果となっている。

背景には、2024年春季労使交渉において大企業を中心に歴史的な賃上げが実現したことがある。製造業のみならず、流通、サービス、建設など幅広い業種で基本給の引き上げが進み、人手不足を背景とした人材確保競争が賃金上昇を後押しした。

さらに、最低賃金も全国的に引き上げられ、パートタイム労働者やアルバイトの時給水準も改善した。企業収益の拡大を背景に賞与支給額も増加し、統計上は家計所得全体を押し上げる要因となった。

しかし、この「平均所得の上昇」は、日本のすべての世帯が豊かになったことを意味するものではない。統計を正確に理解するためには、「平均」と「中央値」の違いを区別する必要がある。

平均所得は、高所得世帯の影響を大きく受ける統計である。例えば一部の高所得層の所得が大きく増加すれば、全体平均は押し上げられるが、多くの一般世帯の生活が改善していなくても平均値だけは上昇する。

一方で中央値は、所得順に並べた際の中央に位置する世帯の所得を示すため、一般的な世帯の実態をより正確に反映するとされる。経済学では所得格差が拡大している社会ほど、平均値と中央値の乖離が大きくなる傾向がある。

日本でも近年は、高所得層と一般世帯との所得格差が徐々に拡大していることが複数の統計から示されている。そのため、「平均所得は過去最高」という事実だけで生活実態を評価することは適切ではない。

さらに、所得には給与所得だけではなく、年金、公的給付、事業所得、資産所得なども含まれる。高齢化が進む日本では、公的年金が世帯所得を構成する重要な要素となっており、現役世代とは異なる所得構造を持つ世帯も少なくない。

こうした事情から、世帯所得を分析する際には、年齢構成や家族構成、就業状況を考慮する必要がある。同じ500万円の所得であっても、単身世帯と子ども2人を抱える4人世帯では生活水準が大きく異なるためである。


賃上げは進んだが「実質所得」は十分に改善していない

名目所得の増加は、日本経済にとって前向きな変化である。しかし家計にとって重要なのは、受け取る金額そのものではなく、その所得でどれだけの商品やサービスを購入できるかという実質的な購買力である。

2022年以降、日本では食料品を中心とした急激な物価上昇が続いた。米、野菜、肉類、乳製品、調味料など生活必需品の価格は大幅に上昇し、多くの家庭で食費負担が増加した。

電気料金やガス料金については政府補助の影響で一時的に抑制された時期もあったが、補助縮小後は再び負担が増加した。また、ガソリン価格や公共交通機関の運賃、物流費なども上昇し、生活コスト全体が押し上げられた。

結果として、名目所得は増えていても、その増加分の多くが物価上昇によって相殺された。家計から見れば「給料は上がったが生活は楽にならない」という状況が続いたのである。

厚生労働省の毎月勤労統計でも、実質賃金は長期間にわたり前年同月比マイナスとなる時期が続いた。これは、日本のインフレ率が賃金上昇率を上回ったことを意味している。

つまり、「平均所得は増えた」という統計と、「生活は苦しい」という生活実感は矛盾しているわけではない。両者は同時に成立し得る現象であり、その背景には実質所得の停滞という構造的問題が存在している。


世帯構成による所得格差

今回の調査では、世帯構成による生活状況の違いも改めて浮き彫りとなった。

共働き世帯では夫婦双方の所得増加が家計改善につながりやすい。一方で、単身世帯やひとり親世帯では収入源が限られるため、同じ物価上昇でも生活への影響はより大きくなる。

特に母子世帯では、就労と子育てを同時に担う必要があり、労働時間を十分に確保できないケースも少なくない。そのため所得増加の恩恵を受けにくく、生活負担が重くなりやすい構造となっている。

また、高齢単身世帯では年金が主な収入源となるため、賃上げの恩恵を直接受けることは難しい。物価上昇だけが進めば、実質的な生活水準は低下しやすくなる。

地方では自動車維持費や燃料費の比重が大きく、都市部では住宅費や教育費の負担が重いなど、地域によって生活コストの構造も異なる。同じ所得水準であっても生活の厳しさは一様ではない。


② 生活意識の状況(「苦しい」と回答した割合)

今回の調査で最も注目された結果が、「生活意識」に関する調査である。

生活状況について質問した結果、「大変苦しい」と「やや苦しい」を合わせた割合は全世帯平均で55.4%となった。前年より3.5ポイント低下したものの、依然として過半数の世帯が生活に苦しさを感じている。

この数値は、日本社会全体として生活実感の改善が限定的であることを示している。景気回復や所得増加が進んでいても、多くの家庭では日常生活の負担感が依然として大きい。

生活意識調査は所得だけでなく、家計全体に対する主観的評価である。そのため、現在の収入だけではなく、将来への不安や教育費、老後資金、住宅ローンなども判断材料に含まれる。

この特徴は、日本人の生活意識を理解するうえで極めて重要である。生活実感は単純な所得額では決まらず、「安心して暮らせるかどうか」という心理的要素も大きく影響する。


全世帯平均:55.4%(前年比3.5ポイント減)

55.4%という結果は、前年より改善しているとはいえ、日本社会の半数以上が依然として生活苦を感じていることを意味する。

改善の背景には、賃上げや雇用改善、物価上昇率の鈍化など複数の要因が考えられる。しかし、改善幅は限定的であり、多くの家計では物価高による負担増を十分に吸収できていない。

特に日常的に購入頻度が高い食品や生活必需品では価格上昇が続いているため、消費者の生活実感は物価指数以上に厳しく感じられる傾向がある。

心理学でも、人は価格上昇による損失を所得増加による利益よりも強く認識する「損失回避」の傾向があるとされる。このため、賃金が上昇していても生活改善を実感しにくい状況が生まれやすい。


子どもがいる世帯:61.5%

子どもがいる世帯では61.5%が生活を苦しいと回答した。

子育て世帯では、食費、教育費、衣料費、医療費など支出項目が多く、物価上昇の影響を受けやすい。学校給食費や学用品価格、習い事費用なども家計負担を押し上げている。

近年では大学進学費用や私立学校の授業料、塾・予備校など教育関連支出も増加傾向にある。教育費は将来への投資である一方、家計には長期間にわたり重い負担となる。

また、子育て世帯では住宅費も高くなる傾向がある。子どもの成長に合わせて広い住居が必要となるため、住宅ローンや家賃負担が家計を圧迫しやすい。

さらに、育児によって一方の親が労働時間を短縮するケースもあり、世帯所得そのものが十分に伸びない家庭も存在する。こうした複数の要因が重なり、子育て世帯では生活苦を感じる割合が高くなっている。


母子世帯(単身親):82.1%

最も厳しい結果となったのが母子世帯である。

82.1%という割合は、約5世帯に4世帯以上が生活を苦しいと感じていることを意味する。これは全世帯平均を大きく上回る極めて高い水準である。

母子世帯では、一人で家計を支えながら子育ても担う必要がある。十分な労働時間を確保しにくいことに加え、非正規雇用比率も比較的高く、所得が伸びにくい構造が続いている。

養育費の未払い、保育環境の制約、子どもの進学費用など、複数の経済的課題が重なることも生活負担を大きくしている。物価高はこうした脆弱な家計ほど大きな影響を及ぼす。

この結果は、日本社会における所得格差や子どもの貧困問題が依然として重要な政策課題であることを示している。今後は賃上げだけでなく、子育て支援、就労支援、教育支援、社会保障制度の充実など、多面的な政策対応が求められる。


インフレ日本における構造的課題の分析

2025年国民生活基礎調査から明らかになった最大の特徴は、「平均所得は増加しているにもかかわらず、生活が苦しいと感じる世帯が依然として過半数を占めている」という点である。この一見矛盾する現象は、単年度の景気変動では説明できず、日本経済が抱える複数の構造的課題が複雑に重なり合った結果と考えられる。

経済統計では、名目所得、雇用者数、企業収益など改善を示す指標が少なくない。一方で、家計調査や消費者心理調査では生活防衛意識の強まりや節約志向が継続しており、マクロ経済指標とミクロの生活実感との間には依然として大きな隔たりが存在する。

その背景には、物価上昇の長期化、所得増加の偏在、固定費負担の増大、人口構造の変化、社会保険料負担の増加など、単一ではなく複数の要因が存在している。本章では、それらを三つの構造的課題に整理し、日本社会が直面する実態を分析する。


構造①:物価高騰(インフレ)による実質賃金の目減り

「名目賃金」と「実質賃金」の違い

今回の調査結果を理解するうえで最も重要な概念が「実質賃金」である。

名目賃金とは、給与明細に記載される実際の支給額を指す。一方、実質賃金とは、その所得でどれだけの商品やサービスを購入できるかを物価変動を考慮して算出したものであり、生活水準を測るうえでより実態に近い指標とされる。

例えば、年間給与が5%増加しても、物価が6%上昇すれば実質的な購買力は低下する。この場合、名目所得は増えていても生活は苦しくなる。

逆に、賃金上昇率が物価上昇率を上回れば、家計の購買力は改善する。したがって、家計の豊かさを評価する際には、名目所得ではなく実質所得を見ることが不可欠である。

2022年以降の日本では、この実質賃金が長期間にわたってマイナス圏で推移した。歴史的な賃上げが実施されたにもかかわらず、多くの世帯が生活改善を実感できなかった最大の理由はここにある。


インフレは生活必需品から始まった

今回の物価上昇は、ぜいたく品ではなく生活必需品を中心に広がった点が特徴である。

2022年以降、ロシアによるウクライナ侵攻や世界的な資源価格高騰、円安の進行などを背景として、日本では輸入物価が急激に上昇した。その影響は食品、エネルギー、日用品へと波及し、家庭の基本的な生活費を押し上げた。

特に食品価格の上昇は家計への影響が極めて大きい。米、パン、食用油、卵、乳製品、肉類、魚介類、野菜、飲料など、ほぼすべてのカテゴリーで値上げが続き、消費者は日々の買い物の中で物価上昇を実感する状況となった。

食料品は支出を完全に削減することが難しいため、価格上昇が直接家計負担となる。低所得世帯ほど食費の割合(エンゲル係数)が高いため、物価上昇の影響をより強く受ける構造となっている。

また、電気料金、ガス料金、ガソリン価格の上昇も地方を中心に大きな負担となった。都市部では公共交通機関を利用できる地域が多い一方、地方では自動車が生活必需品であり、燃料価格の上昇は家計へ直接的な影響を及ぼした。


家計は「節約」で対応してきた

物価上昇に対して、日本の多くの家庭は所得増加ではなく支出抑制によって対応してきた。

総務省の家計調査では、食品購入量の減少や外食回数の減少、耐久消費財の買い控えなど、節約行動の広がりが確認されている。価格が上昇した商品については購入頻度を減らしたり、より安価な代替品へ切り替えたりする動きが広がった。

食品スーパーではプライベートブランド商品の販売比率が上昇し、割引販売日を狙ったまとめ買いも一般的となった。小売業界では「価格重視」の消費行動が以前にも増して強まっている。

旅行やレジャー、衣料品など裁量的支出も抑制される傾向がみられ、生活必需品以外の消費は慎重姿勢が続いた。この結果、個人消費全体の回復は景気回復ほど力強いものとはならなかった。

家計の節約行動は短期的には生活防衛策として有効である。しかし長期化すると消費全体が弱含みとなり、経済成長にも影響を及ぼす可能性がある。


社会保険料・税負担も家計を圧迫

生活負担を考える際には、物価だけではなく社会保険料や税負担も重要な要素である。

給与が増加しても、健康保険料、厚生年金保険料、雇用保険料などの社会保険料負担が増えれば、実際に自由に使える可処分所得の増加幅は限定される。

さらに、住民税や所得税も所得増加に応じて変化するため、名目賃金ほど家計が豊かになるわけではない。賃金上昇と同時に負担も増えることで、「手取りが思ったほど増えない」という印象を持つ家庭は少なくない。

近年では「年収の壁」問題も議論されているように、税・社会保険制度が就労行動に影響を与える場面もみられる。制度面の課題は家計だけでなく、労働市場全体にも影響を及ぼしている。

特に子育て世帯では教育費や住宅ローンなど固定支出が多いため、手取り所得の増加が限定されることは生活実感の改善を妨げる一因となる。


インフレは世帯によって影響が異なる

物価上昇はすべての世帯へ同じように影響するわけではない。

高所得世帯では生活必需品が家計全体に占める割合が比較的小さいため、多少の価格上昇であれば吸収しやすい。一方、低所得世帯では食費や光熱費の割合が高く、同じ値上げでも生活への影響は大きくなる。

高齢世帯では医療費や光熱費の比率が高く、年金収入が中心であることから賃上げの恩恵を受けにくい。若年世帯では住宅費や教育費、育児費の比重が大きく、それぞれ異なる形で物価高の影響を受けている。

地方と都市部でも事情は異なる。地方では自動車維持費や燃料費、都市部では家賃や教育費などが大きな負担となり、物価上昇が家計へ及ぼす影響は地域ごとに異なる構造を持っている。

このように、インフレは単純な平均値だけでは評価できない。家計構造の違いによって負担感が大きく変わるため、「生活が苦しい」という回答割合が高止まりしている背景にも、多様な世帯事情が存在している。


実質賃金改善には時間が必要

経済学では、インフレ局面では賃金の上昇が物価上昇より遅れて現れることが多いとされる。企業は価格転嫁や収益改善を確認した後に賃上げを行うため、物価と賃金には時間差が生じやすい。

日本でも2024年以降は高水準の賃上げが続き、実質賃金にも改善の兆しがみられるようになった。しかし、生活実感が改善するまでには一定の時間が必要であり、家計の不安感が直ちに解消されるわけではない。

また、中小企業では大企業ほど十分な賃上げが難しいケースも多い。価格転嫁が進まない企業では人件費を大幅に増やす余力が限られ、企業規模による賃金格差も残っている。

その結果、日本全体では賃上げが進んでいても、すべての労働者が同じ恩恵を受けているわけではない。こうした賃金上昇のばらつきが、生活実感の改善を遅らせる一因となっている。


構造①の整理

以上のように、「生活が苦しい」と感じる世帯が依然として多い背景には、名目所得の増加以上に物価高騰が生活コストを押し上げたことがある。

加えて、社会保険料や税負担の増加、生活必需品価格の上昇、世帯構成による負担格差などが重なり、家計が自由に使える可処分所得の伸びは限定的となった。その結果、統計上の所得改善がそのまま生活実感の改善には結び付いていない。

この構造は、2025年国民生活基礎調査で示された「平均所得は増えているが、半数以上が生活を苦しいと感じる」という結果を理解する上で、最も重要な要因の一つである。


構造②:所得増加の「二極化」

2024年から2026年にかけて、日本では「歴史的な賃上げ」が繰り返し報じられた。春季労使交渉では大手企業を中心に高い賃上げ率が実現し、名目賃金の上昇という点では長年続いたデフレ的な賃金停滞から一定の転換点を迎えたと評価されている。

しかし、この賃上げ効果はすべての労働者に均等に及んだわけではない。企業規模、業種、雇用形態、地域などによって賃金上昇率には大きな差が存在しており、「所得増加の二極化」が一段と顕在化したことも近年の特徴である。

特に大企業では、輸出企業を中心に円安や世界経済の回復を背景として企業収益が拡大し、人材確保を目的とした積極的な賃上げが実施された。一方、中小企業では人件費を価格へ十分転嫁できない企業も多く、大企業と同水準の賃上げを行うことが難しい状況が続いている。

日本企業の約99%は中小企業であり、雇用者数でも全体の約7割を占める。したがって、一部の大企業で高い賃上げが実現しても、それだけで日本全体の生活実感が大きく改善するとは限らない。


正規・非正規雇用の格差

所得格差を考える上で、雇用形態の違いも重要である。

正社員では基本給の引き上げや定期昇給、賞与の増額など賃金改善が進みやすい。一方、非正規雇用では時給上昇があっても労働時間が限られる場合が多く、年間所得の増加幅は限定されるケースが少なくない。

また、パートタイム労働者や契約社員は、景気変動の影響を受けやすいだけでなく、福利厚生や各種手当の面でも正社員との差が残っている。そのため、物価高による負担増を吸収する力は相対的に弱い。

女性、高齢者、学生など非正規雇用の割合が比較的高い層では、賃上げの恩恵が十分に及ばず、生活実感の改善が遅れる要因となっている。


地域間格差も拡大

所得の地域差も無視できない。

都市部では高い賃金水準を背景として所得が増加する一方、地方では賃金水準そのものが低く、企業規模も比較的小さいため賃上げ率は限定的となる場合がある。

一方で、地方では自家用車が生活必需品であり、ガソリン価格や自動車維持費の上昇が家計へ与える影響は都市部以上に大きい。また、人口減少が進む地域では公共交通機関や商業施設の縮小に伴い、生活コストが実質的に増加する側面もある。

都市部では住宅費や教育費が高く、地方では交通費やエネルギー費が重いという違いはあるものの、いずれの地域でも生活費全体の上昇が家計を圧迫している点は共通している。


資産を持つ世帯と持たない世帯

近年は、金融資産の保有状況による格差も拡大している。

株価上昇や投資信託の値上がりによって資産所得が増加した世帯では、給与所得以外の収入が家計を支えている。一方、十分な金融資産を保有していない世帯では、賃金だけが生活の基盤となるため、物価上昇の影響を直接受けやすい。

新しい少額投資非課税制度(NISA)の利用拡大などを背景に資産形成への関心は高まっているが、投資へ回す余裕資金そのものがない世帯も多い。このため、資産形成による恩恵を受けられる層と受けられない層との格差が広がる可能性も指摘されている。

所得だけでなく資産格差も、生活実感の違いを生み出す重要な要因となっている。


構造③:固定費・教育費負担の偏り

生活が苦しいと感じる背景には、毎月ほぼ固定的に支払う必要がある支出の増加も大きく影響している。

家計では、住宅費、通信費、保険料、教育費、社会保険料などは一度契約すると容易には削減できない固定費である。物価上昇によって変動費だけでなく固定費も増加すれば、家計の自由度は大きく低下する。

特に住宅費は家計支出の中でも大きな割合を占める。住宅ローン金利は依然として国際的に低い水準にあるものの、住宅価格そのものは建設資材価格や人件費の上昇などを背景に上昇傾向が続いている。

賃貸住宅についても、新築物件を中心に家賃の上昇が見られる地域がある。住宅費は毎月継続して発生するため、家計への影響は長期に及ぶ。


教育費負担の増加

子育て世帯が生活苦を感じやすい理由として、教育費の存在は極めて大きい。

学校教育そのものだけでなく、学用品、制服、教材、給食費、部活動費、塾、習い事など、教育関連支出は多岐にわたる。子どもの成長とともに必要となる支出は増える傾向があり、高校・大学進学期には家計負担が一段と重くなる。

近年では物価上昇に伴って教材費や交通費、寄宿費なども増加している。大学授業料や私立学校の学費は依然として高い水準にあり、多くの家庭が教育費の確保を重要課題としている。

教育は将来への投資である一方、短期的には家計を圧迫する支出でもある。このため、子どもがいる世帯ほど生活を苦しいと感じる割合が高いという調査結果とも整合的である。


高齢化による支出構造の変化

日本では高齢化の進行も家計構造を変化させている。

高齢世帯では医療費や介護関連支出が増える傾向にある。医療保険制度による負担軽減はあるものの、通院費や介護サービス利用料、医薬品費などの支出は継続的に発生する。

また、年金生活者は現役世代のような賃上げの恩恵を受けにくいため、物価上昇による実質所得の低下が生活へ直接影響する。高齢単身世帯では、生活苦を感じる割合が高い背景として、このような支出構造の特徴も考慮する必要がある。


「マクロな統計(過去最高の所得増)と、ミクロの実感(依然として5割超が生活苦)との深刻な乖離」

今回の国民生活基礎調査を象徴するテーマが、この「統計と実感の乖離」である。

日本経済全体を見ると、企業収益は改善し、雇用情勢も比較的安定している。平均所得は過去最高水準となり、春季労使交渉では高い賃上げ率が続いた。国内総生産(GDP)や企業業績などのマクロ指標だけを見れば、日本経済は一定の改善を示しているように見える。

しかし、個々の家庭では状況が異なる。食料品や光熱費など日常生活に直結する支出は増加し、社会保険料や教育費など固定的な負担も重い。その結果、家計が自由に使える可処分所得は思うように増えず、多くの世帯が生活に余裕を感じられていない。

このような現象は、経済学では「マクロ経済とミクロ経済の乖離」として説明されることがある。国全体の経済成長や企業業績が改善しても、その成果がすべての家計へ均等に分配されるとは限らない。

今回の調査は、まさにその現実を示している。統計上は豊かになっている一方で、家計の生活実感は依然として厳しい。このギャップこそが、日本経済の最大の課題の一つといえる。


専門家の見解

経済研究機関や大学研究者からは、「日本は賃金が上がらない経済から、賃金は上がるが生活実感が改善しにくい経済へ移行しつつある」との指摘がみられる。

その背景として、人口減少、高齢化、慢性的な人手不足、エネルギー価格の上昇、円安、国際的なインフレなど、国内外の要因が複雑に重なっていることが挙げられる。

また、家計の生活満足度は所得だけではなく、将来不安、雇用の安定性、教育・医療への安心感、社会保障制度への信頼など、多様な要素によって形成される。このため、賃金だけを引き上げても生活実感が直ちに改善するとは限らないとの見方が有力である。


今後の展望

今後の焦点は、賃金上昇が物価上昇を安定的に上回る状況を維持できるかどうかにある。

実質賃金が継続的に改善し、家計の可処分所得が増加すれば、生活実感にも徐々に改善が広がる可能性がある。そのためには、大企業だけでなく中小企業への賃上げ波及が重要となる。

同時に、価格転嫁の適正化、生産性向上、人材投資、デジタル化などを通じて企業の収益力を高めることも不可欠である。企業が持続的に賃上げできる経営環境の整備が、日本経済全体の好循環につながる。

さらに、子育て世帯やひとり親世帯、高齢者世帯など、生活負担が大きい層への重点的な支援も重要である。教育費負担の軽減、社会保障制度の充実、就労支援などを組み合わせることで、生活実感の改善につなげることが期待される。


まとめ

2025年国民生活基礎調査は、日本経済が「統計上の改善」と「生活実感の停滞」が同時に存在する新たな局面へ移行していることを示した重要な統計である。平均所得は過去最高水準となり、企業収益や賃上げも改善している一方で、全世帯の55.4%が「生活が苦しい」と回答した事実は、日本社会が依然として深刻な生活負担を抱えていることを明確に示している。

この結果は、日本経済が悪化していることを直接意味するものではない。実際には雇用環境は比較的安定し、失業率も国際的に見れば低い水準を維持している。企業収益は堅調であり、大企業を中心とした賃上げも数十年ぶりの高水準となったことから、マクロ経済指標だけを見れば一定の改善が確認できる。

しかし、家計が実際に感じる生活水準は、名目所得だけで決まるものではない。2022年以降続くインフレによって食料品、エネルギー、日用品、教育費、住宅費など生活に不可欠な支出が広範囲に上昇し、所得増加による恩恵の多くが物価高によって相殺された。その結果、「給料は上がったが生活は楽にならない」という状況が多くの世帯で生じている。

さらに、所得増加の恩恵は社会全体へ均等に広がっているわけではない。大企業と中小企業、正規雇用と非正規雇用、都市部と地方、現役世代と年金生活者など、それぞれ置かれた立場によって所得改善の程度には大きな差がある。今回の調査で、子どもがいる世帯では61.5%、母子世帯では82.1%が生活を苦しいと回答したことは、家族構成や就業形態によって生活負担が大きく異なる現実を裏付けている。

また、生活意識調査は所得水準のみを測定するものではなく、将来への不安や教育費、老後資金、住宅ローン、医療・介護への備えなども含めた総合的な生活実感を反映する指標である。このため、「生活が苦しい」という回答は、単なる収入不足だけではなく、日本社会全体に広がる将来不安や家計防衛意識の強まりも反映していると考えられる。

本分析で整理したように、現在の日本が直面する課題は、大きく三つの構造的要因に集約できる。第一は、インフレによる実質所得の目減りである。名目賃金は増加していても、物価上昇がそれを上回れば家計の購買力は低下し、生活実感は改善しない。

第二は、所得増加の二極化である。企業規模や雇用形態、地域差などによって賃上げ効果にはばらつきがあり、統計上の所得増加が全国民へ均等に波及しているわけではない。平均所得の上昇は高所得層の影響を受けやすく、一般世帯の生活実態を必ずしも正確に反映していないことにも注意が必要である。

第三は、固定費や教育費など削減が難しい支出の増加である。住宅費、社会保険料、教育費、医療・介護費などは家計の中でも固定的な割合が高く、物価高騰による変動費の増加と重なることで、家計全体の自由度が低下している。特に子育て世帯や高齢世帯では、この固定費負担が生活実感を大きく左右している。

これらの構造的課題を総合すると、「平均所得は過去最高であるにもかかわらず、依然として半数以上が生活苦を感じている」という調査結果は決して矛盾ではない。むしろ、マクロ経済指標だけでは把握できない日本社会の実態を示した結果と理解すべきである。

今後の政策課題としては、第一に実質賃金の継続的な改善が挙げられる。単年度の賃上げではなく、生産性向上を伴う持続的な賃金上昇を実現し、物価上昇を上回る所得増加を定着させることが重要である。そのためには、大企業だけでなく中小企業にも賃上げを広げられるよう、適正な価格転嫁や取引慣行の改善、生産性向上への支援を進める必要がある。

第二に、所得再分配機能や社会保障制度の充実である。特に子育て世帯、ひとり親世帯、高齢単身世帯など生活負担の重い層に対しては、教育支援、就労支援、住宅支援などを組み合わせたきめ細かな政策が求められる。単に所得を引き上げるだけではなく、固定費負担そのものを軽減する視点も欠かせない。

第三に、資産形成を含めた家計の安定性向上である。長寿化が進む日本では、給与所得だけに依存する生活設計には限界がある。金融リテラシーの向上や資産形成支援を進める一方で、投資余力を持たない低所得層への配慮も必要であり、格差拡大を防ぐ制度設計が重要となる。

さらに、日本経済全体としては、人口減少、高齢化、人手不足、エネルギー価格の変動、国際情勢の不確実性など、中長期的な課題も同時に解決していかなければならない。これらは家計だけで解決できる問題ではなく、経済政策、産業政策、社会保障政策を一体的に運営することが求められる。

総じて、2025年国民生活基礎調査は、日本経済がデフレ時代とは異なる新たな課題に直面していることを示す重要な資料である。これまでの「賃金が上がらない経済」から、「賃金は上がるが生活実感が改善しにくい経済」へと移行しつつある現在、政策評価においてはGDPや平均所得といったマクロ指標だけでなく、家計の実質所得、可処分所得、生活満足度、将来不安など、国民の生活実感を反映するミクロ指標を重視する姿勢がこれまで以上に重要となる。

本調査が示した「全世帯の半数以上が生活を苦しいと感じている」という結果は、日本経済の停滞を断定するものではなく、経済成長の成果をいかに幅広い国民へ行き渡らせるかという新たな政策課題を提示したものと位置付けられる。今後は、統計上の景気回復を家計の豊かさへ確実につなげる「成長と分配の好循環」を実現できるかどうかが、日本経済の持続的発展と国民生活の質を左右する最大の鍵となる。


参考・引用リスト

  • 厚生労働省『2025年 国民生活基礎調査』
  • 厚生労働省『毎月勤労統計調査』
  • 総務省統計局『家計調査』
  • 総務省統計局『消費者物価指数(CPI)』
  • 内閣府『月例経済報告』
  • 内閣府『国民経済計算(GDP統計)』
  • 日本銀行『経済・物価情勢の展望』『金融政策決定会合資料』
  • OECD(Organisation for Economic Co-operation and Development)各種統計・Economic Outlook
  • IMF(International Monetary Fund)World Economic Outlook
  • 野村総合研究所(NRI)経済・家計分析レポート
  • 日本総合研究所 経済分析レポート
  • 第一生命経済研究所 レポート
  • ニッセイ基礎研究所 レポート
  • 三菱UFJリサーチ&コンサルティング(MURC)経済分析
  • 日本経済新聞、NHK、共同通信、時事通信、朝日新聞、読売新聞などの関連記事(2025~2026年)
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