ブランドバッグより高級スキンケア?変化する中国の高級品消費
中国の高級品市場は、2024年の大幅な調整を経て2025年には減少幅を縮小し、2026年には緩やかな回復が期待されている。
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現状(2026年8月時点)
中国の高級品市場では、従来の象徴的な消費財であったブランドバッグや時計などから、スキンケア、フレグランス、化粧品といったビューティー関連商品へ、消費の重点が部分的に移っている。この現象は単純な「高級品離れ」ではなく、経済環境の悪化によって消費者が高額商品の購入を一律にやめたのではなく、限られた可処分所得を「価格に見合った効用を得られる商品」へ選択的に振り向けるようになった結果と捉えるべきである。
この変化を示す最も重要なデータの一つが、ベイン・アンド・カンパニー(Bain & Company)による2025年の中国個人向け高級品市場の分析である。同市場は2025年に前年比3~5%縮小したものの、2024年の17~19%減からは大幅に縮小幅が改善し、第3四半期以降には安定化の兆候も確認された。
しかし、カテゴリー別に見ると状況は大きく異なる。ビューティーは4~7%成長した一方、ファッションは5~8%減少し、レザーグッズは8~11%減少、時計は14~17%減少したとされるため、中国の高級品市場を「全カテゴリーで需要が落ち込んでいる」と理解するのは適切ではない。むしろ、消費者がカテゴリーごとに支出の優先順位を付け直していることが、この数字から読み取れる。
とりわけ注目されるのが、ビューティー市場の回復を支えている商品の中に、一般的な低価格化粧品ではなく、ウルトラ・プレミアム領域のスキンケアやフレグランスが含まれている点である。つまり「高級品を買えなくなったので安い商品に移った」という単純なダウントレードではなく、「高級品を買うなら、より日常的に使えて効用を実感しやすいものを選ぶ」という消費行動が強まっている可能性がある。
この点は、2026年8月時点で報じられている中国の高級消費の変化とも一致する。ロイター通信は中国の消費者がデザイナーバッグのような高額商品よりも、高級スキンケア、メイクアップ、フレグランスなどを選好する傾向を報じており、特に富裕層ではプレステージ・ビューティーへの支出意向がレザーグッズを大きく上回っていると指摘している。
ここで重要なのは、バッグとスキンケアの価格差だけを問題にすることではない。バッグは一度購入すれば長期間使用できる耐久消費財である一方、スキンケアは継続的に使用する消耗財であり、購入頻度が高いという違いがあるため、同じ「高級品」であっても消費者が購入を決定する心理的メカニズムは大きく異なる。
バッグにはブランドの象徴性、希少性、ステータス、所有による社会的シグナルという価値が強く付随する。一方、高級スキンケアには、それらに加えて「自分自身への投資」「肌の状態を改善するという実用的効用」「毎日の自己管理」「小さな贅沢」といった個人的な価値が付加されるため、経済環境が不透明な状況でも購入理由を説明しやすい。
この違いは、現在の中国消費者の心理を理解するうえで非常に重要である。景気や不動産市場への不安が強まると、数万元規模のバッグを購入することには「今それを買う必要があるのか」という心理的抵抗が生まれやすいが、比較的購入単価を抑えながら高級ブランドの商品を体験できるスキンケアなら、「完全に消費をやめる」のではなく「小さな高級消費を維持する」という選択が可能になる。
したがって、現在の中国市場では「ラグジュアリー消費の縮小」と「ラグジュアリー消費の再配分」が同時に進行していると考える必要がある。市場全体の金額が縮小していても、特定カテゴリーには資金が流入しており、その代表例がビューティーなのである。
「バッグからスキンケアへ」という見方の注意点
もっとも、「中国人消費者がブランドバッグを買わなくなり、その金額をそのままスキンケアに移している」と断定するのは早計である。Bainのカテゴリー別データが示しているのは市場全体における成長率の差であり、個々の消費者がバッグの購入を取りやめて同額のスキンケアを購入したという直接的な消費者追跡データではない。
したがって本稿では、「バッグからスキンケアへの全面的な置換」という表現よりも、「高級消費の一部が、所有・ステータス型カテゴリーから自己ケア・実用・体験型カテゴリーへ再配分されている」という表現を採用する。この方が、現在確認できる市場データとの整合性が高い。
また、中国市場そのものが均質ではない点にも注意が必要である。富裕層、アッパーミドル層、若年層、地方都市の消費者では所得、資産状況、ブランド認知、購入目的が異なるため、「中国人消費者」という一つの集団で説明すると、今回の変化の本質を見失う可能性がある。
実際、2026年に入ってからの中国高級品市場には回復期待も生じている。ベイン・アンド・カンパニーは2026年について、中国の個人向け高級品市場が緩やかな成長に戻る可能性を示す一方、回復は不安定で、ブランドやカテゴリーによって大きな差が生じると予測している。
つまり、2026年の中国高級品市場を分析する際のキーワードは「消費者が高級品を買うか、買わないか」ではない。「何を高級品と認識し、何に高い価格を支払う価値があると判断するのか」という、価値基準そのものの変化を見る必要がある。
ビューティーが示す「新しい高級消費」
ビューティーカテゴリーの強さは、中国の高級消費が完全に防御的になったことを意味しない。むしろ消費者は、高級品に対する支出そのものを否定するのではなく、「高い価格を払う理由が明確な商品」に支出を集中させる方向へ動いていると考えられる。
これは「プレミアム化」と「節約」が同時に進む、いわばメリハリ型消費である。日常生活のすべてを節約するのではなく、不要と判断した高額商品を先送りする一方、自分にとって意味のあるカテゴリーには一定の金額を支払うという行動である。
マッキンゼー・アンド・カンパニーも2026年の世界のビューティー市場について、2030年まで年率5%程度の成長が続き、市場規模は約5900億ドルに達するとの見通しを示している。その背景には、美容の定義の拡大、購買行動の変化、ソーシャルコマースの拡大などがあると分析されており、ビューティーが単なる化粧品市場ではなく、ライフスタイル市場へ拡張していることが分かる。
中国ではさらに、スキンケアに対する関心が「外見を良くするための商品」だけではなく、健康、自己管理、エイジングケア、科学的美容などと結びついている。このため高級スキンケアは、バッグと比べて社会的なステータスを直接示す力は弱いものの、「自分のためにお金を使う」という自己投資型消費との親和性が高い。
ここに現在の中国高級品市場を読み解く一つの鍵がある。かつてのラグジュアリー消費では「他人からどう見られるか」が重要な要素だったが、現在は「自分自身が何を得られるか」という内向きの価値評価が相対的に重要になっている。
この変化は、中国の高級品市場が成熟したこととも関係している。高級ブランドが珍しくなくなれば、「海外ブランドのバッグを所有している」という事実だけでは以前ほど強い新鮮さや希少性を生まなくなるため、消費者はブランド名だけではなく、品質、成分、機能、使用体験、サービスなどを細かく比較するようになる。
その意味で、現在の中国市場では「ラグジュアリー」という言葉そのものの意味が変化している。高価格であることだけでは高級品として認められず、高価格を正当化する具体的な価値をブランド側が説明できるかどうかが、以前にも増して重要になっている。
現時点で確認できる三つの構造変化
第一は、高級品市場全体の縮小とカテゴリー間格差の拡大である。市場全体は依然として厳しいものの、ビューティーとレザーグッズでは明確な差が生じており、「高級品市場」という一つの数字だけでは実態を把握できなくなっている。
第二は、高額消費の選別化である。消費者は価格が高い商品を一律に拒否するのではなく、「品質」「実用性」「独自性」「自己満足」「体験価値」などを組み合わせて購入を判断するようになっている。これは高級ブランドにとって、単純な値上げによって希少性を演出する従来型戦略の限界を示す動きでもある。
第三は、高級消費の内面化である。バッグや時計などが社会的なシグナルとして機能するのに対し、スキンケアやウェルネス関連商品は、自分自身の満足や生活の質に直接結びつく。経済環境が不透明なほど、「他人に見せるための高額消費」より「自分に効果や満足を返してくれる消費」の方が心理的に正当化しやすい。
以上を踏まえると、2026年8月時点の中国高級品市場は「ブランドバッグの時代が終わり、スキンケアの時代になった」と単純化すべきではない。より正確には、中国の高級消費者が、限られた支出の中で『何を高級品として買うべきか』を再評価し、その結果としてビューティー、特に高級スキンケアが相対的な強さを示していると評価するのが妥当である。
変化の背景(なぜ「バッグ」から「スキンケア」なのか)
中国の高級品消費をめぐる変化を理解するには、まず「高級品市場が弱くなった」という表面的な現象から一歩進み、消費者が高額商品に対して何を求めるようになったのかを考える必要がある。現在進行しているのは、単純な高級品離れではなく、経済的不確実性の高まりを背景とした支出の選別と、ラグジュアリーに対する価値観の再構築である。
2025年の中国個人向け高級品市場は前年比3~5%縮小したが、カテゴリーによって明暗が大きく分かれた。ベイン・アンド・カンパニーによれば、ビューティーは4~7%成長した一方、レザーグッズは8~11%減少しており、同じ高級消費の中でも「何にお金を使うか」という優先順位が大きく変わっている。
この現象を説明するうえで有効なのが、「高級品の価格」ではなく「高級品に対する支出の意味」という考え方である。ブランドバッグは高額であるだけでなく、所有そのものが社会的なシグナルになりやすいのに対し、高級スキンケアは、使用による効用、自己管理、日常的な満足、エイジングケアなど、消費者自身に直接返ってくる価値を持つ。
経済環境が安定している時期には、ステータスを象徴するバッグや時計などへの支出も正当化しやすい。しかし、住宅価格、雇用、所得、将来の資産形成などに不確実性が存在する場合、消費者は「他者からどう見られるか」よりも「自分に何が返ってくるか」を重視するようになりやすい。
これは中国の消費市場全体にも表れている。中国国家統計局によれば、2026年上半期の小売売上高は前年比1.3%増にとどまった一方、自動車を除く小売売上高は2.8%増加し、オンラインの商品・サービス小売は5.2%増加した。消費が完全に停止しているわけではなく、消費者が購入する商品やチャネルを選別している状況と見る方が実態に近い。
さらに注目すべきなのは、2026年上半期に中国の化粧品小売が前年同期比4.9%増となっている点である。これは高級スキンケアだけの数字ではないため、そのまま「高級スキンケア市場が4.9%成長した」と解釈することはできないが、消費全体が力強さを欠く環境でも美容カテゴリーには一定の需要が存在することを示す。
このような状況では、「高級品を買うか、買わないか」という二択ではなく、「高級品を買うなら、どのカテゴリーが合理的なのか」という判断が重要になる。バッグは購入頻度が低く、一回の支出額が大きいのに対して、スキンケアは比較的少額の単位で購入でき、使用頻度も高いため、高級ブランドとの接点を維持しながら支出額を調整しやすい。
したがって、スキンケアは「ラグジュアリーへの入口」としても機能する。消費者はバッグを購入しなくても、同じブランドの美容商品を購入することでブランド体験を維持でき、ブランド側から見れば、将来的な顧客関係を維持するための重要なカテゴリーになる。
① 不動産市場の長期低迷と消費者心理の悪化
この変化の背景として最も重要なのが、中国の不動産市場の長期低迷である。中国では住宅が家計資産の重要な構成要素となってきたため、不動産価格の停滞や下落は単なる住宅市場の問題ではなく、家計の資産効果、将来所得への期待、消費意欲にまで影響を及ぼす。
マッキンゼー・アンド・カンパニーは2025年の中国消費市場について、消費者信頼感が低く、不動産市場が持続的なストレス下にあり、家計が歴史的に高い水準で貯蓄を続けていると分析している。これは、所得が存在しないから消費しないというより、将来への不安から現在の支出を慎重にしている状況を示している。
この「予備的貯蓄」の増加は、高級品市場にとって特に重要である。日常生活に不可欠な食品や医薬品などは多少景気が悪化しても需要が残るが、数千元から数万元、あるいはそれ以上の高級バッグや時計は、購入時期を延期することが容易だからである。
高級品の需要は、所得水準だけで決まるわけではない。むしろ高額消費では、「現在の所得がどれだけあるか」に加えて、「将来も同じような所得を得られると思うか」「資産価値は維持されると思うか」という期待が重要になる。
その意味で、不動産市場の低迷は高級消費に二重の影響を与える。第一に資産価値の伸び悩みによって心理的な余裕が低下し、第二に将来への不安によって高額な裁量的支出を先送りする誘因が強まる。
もっとも、中国の消費が全面的に縮小しているわけではない。2026年上半期の小売売上高を見ると、オンライン消費は5.2%増加し、外食収入も2.8%増加している一方、ブランド専売店の小売売上高は8.7%減少している。つまり、消費者は支出そのものを停止するのではなく、購入場所や商品カテゴリーを含めて消費方法を再構成している。
ここには高級ブランドにとって重要な示唆がある。従来型の大型店舗を訪れ、店員との関係を構築し、バッグや時計を購入するという消費行動が弱くなる一方、オンラインで商品を比較し、レビューや成分情報を確認し、必要なタイミングで美容商品を購入する行動は相対的に維持されやすい。
これは高級ブランドにとって「店舗型ラグジュアリー」から「日常接点型ラグジュアリー」への転換を迫る要因となる。バッグが一度の大きな意思決定であるのに対し、スキンケアは日々の生活の中でブランドとの接触を繰り返すため、ブランドにとっても顧客との関係を維持しやすい。
② 「憧れ消費」のターゲット移行(メリハリ消費)
中国の高級品市場では、かつて「成功した自分を示すための消費」が大きな意味を持った。高級ブランドのバッグ、時計、ジュエリーなどは、所得や社会的地位を視覚的に示すシンボルとして機能し、急速に所得が増加した都市部の中間層・富裕層にとって、社会的上昇を表現する手段でもあった。
しかし、市場が成熟し、高級ブランドが広く知られるようになると、ブランド名だけでは以前ほど差別化できなくなる。消費者は「有名ブランドだから買う」だけではなく、品質、デザイン、希少性、実用性、サービス、価格妥当性を比較するようになる。
ここで生じるのが「メリハリ消費」である。消費者はすべてを安くするのではなく、価値を感じないものには支出を抑え、価値を感じるものにはむしろ高い金額を払う。
この傾向は、2026年上半期の中国小売統計にも一定程度表れている。化粧品が4.9%増加した一方、家具は3.0%減少し、自動車は11.8%減少、家電・映像機器は6.9%減少しており、カテゴリー間で需要の強弱が大きく異なる。
もちろん、これらの一般小売統計をそのまま高級品市場に当てはめることはできない。しかし、消費者が「すべての裁量的支出を同じように削る」のではなく、カテゴリーごとに優先順位を付けていることを示す補助的な材料にはなる。
高級バッグの場合、購入を見送ることによる生活上の損失は比較的小さい。一方、スキンケアは毎日使用するため、一定の品質を維持したい消費者にとって、完全に支出を削る対象にはなりにくい。
さらにスキンケアには「自分へのご褒美」という心理的機能がある。住宅や金融資産への不安が強い時期でも、比較的小さな金額で日常生活の満足度を高められる商品であれば、消費者は「無駄遣い」ではなく「自己管理への投資」と認識しやすい。
ここで「憧れ消費」の対象が変化する。以前は「他人が見てブランドだと分かること」が価値の中心にあったのに対し、現在は「自分が使って効果を感じられること」「成分や技術に納得できること」「生活の質が向上すること」が重要になっている。
したがって、現代の中国におけるラグジュアリー消費は、外向きのステータス消費から内向きの自己価値消費へと部分的に重心を移していると考えられる。これはバッグ需要が消滅することを意味せず、むしろバッグ、時計、ジュエリーなどが「特別な購入」に変わる一方、スキンケアなどが「日常的な高級消費」として定着する可能性を意味する。
③ 「モノ(所有)」から「自分への投資・体験(自己ケア)」への価値観の変化
第三の変化は、所有そのものの価値が相対的に低下し、自己投資や体験への価値が高まっていることである。これは中国だけに限定された現象ではなく、世界のラグジュアリー市場で進んでいる構造変化でもある。
バッグは「所有している」という事実が価値の一部になる。しかしスキンケアは、購入した瞬間よりも、使用し続ける過程に価値が発生するため、商品そのものより「使用体験」が重要になる。
この違いは、現在の消費者心理に適合しやすい。経済的な先行きが不透明な場合、購入した高級バッグを他人に見せることより、自分の生活の中で毎日使える商品にお金をかける方が、支出を合理化しやすいからである。
しかも美容は、自己管理、健康意識、アンチエイジング、ウェルネスなど複数の市場領域と接続できる。高級スキンケアは単なる「化粧品」ではなく、自己投資、生活習慣、エイジングケア、心理的満足を横断する商品になり得る。
この傾向は、中国の消費者が高級ブランドそのものを拒否しているわけではないことを意味する。むしろブランドの持つ「信頼」「研究開発」「成分」「技術」「品質保証」といった無形資産に対して対価を支払う形へ、高級消費の意味が変わっている。
そのため、ブランドにとって重要なのは「高級であることを見せる」だけではなく、「なぜ高級なのかを説明する」ことである。バッグなら素材、職人技、希少性、ブランド史などが価格を説明する要素になるが、スキンケアなら研究開発、成分、処方、臨床評価、使用感、継続効果などが価格の根拠になる。
ここに「プレミアム化」の新しい形がある。高価格そのものを価値にするのではなく、高価格を支払う合理的な理由を商品そのものの機能と体験によって構築するのである。
消費行動における特徴
こうした背景を踏まえると、現在の中国高級消費には少なくとも四つの特徴が確認できる。第一は「高額商品への慎重化」、第二は「日常使用商品の優先」、第三は「品質・効能への関心」、第四は「オンラインを含めた情報比較の高度化」である。
高額商品の慎重化とは、消費者が高級ブランドを嫌うことではなく、購入するタイミングを厳しく選ぶことである。特に住宅や雇用など将来に関する不確実性が高い場合、バッグのような大型購入は延期しやすい。
一方、日常的に使うスキンケアは、完全に高級品を諦める必要がない。高額バッグを一つ購入する代わりに、一定期間使用できる高級クリームや美容液を購入することで、「節約しながらラグジュアリーを楽しむ」という中間的な選択が可能になる。
第二の特徴である品質・効能への関心は、今後さらに重要になる。高級スキンケア市場では、ブランドの歴史や広告だけでなく、成分、科学的根拠、テクノロジー、研究開発能力などが消費者の判断材料になるためである。
第三に、オンライン情報の重要性が高まっている。2026年上半期の中国ではオンラインの商品・サービス小売が5.2%増加しており、消費者がデジタル経由で商品を発見・比較・購入する構造は拡大している。
これは高級ブランドにとって大きな転換を意味する。従来のラグジュアリーは店舗、販売員、ブランド空間など「ブランドが管理する体験」が中心だったが、現在はSNS、レビュー、ライブコマース、EC、専門家の解説など、ブランドの外側で形成される情報も購買判断に大きく影響する。
以上から見ると、「バッグからスキンケアへ」という現象は、単なる商品カテゴリーの交代ではない。それは、不動産不況などによる将来不安、高額商品の購入慎重化、メリハリ消費、自己投資志向、デジタル化、そして高級品の価値基準の変化が重なった結果として理解する必要がある。
そして、この変化をさらに深く理解するには、「高級スキンケアなら何でも売れる」というわけではないことに注目する必要がある。実際には消費者の支出が高級カテゴリーから完全に離れたのではなく、カテゴリーの内部でもより高価格帯の商品へ需要が集中する「プレミアム化」が同時に進んでいる。
消費行動における特徴
中国の高級品消費をめぐる現在の変化を理解するうえで重要なのは、消費者が単純に「安いもの」を求めているわけではないことである。むしろ、価格に対する意識が厳しくなる一方で、明確な価値が認められる商品には相応の金額を支払うという、選別的な消費行動が強まっている。
ベイン・アンド・カンパニーの2025年中国個人向け高級品市場分析は、この変化を「より選択的な消費者」という観点から捉えている。消費者は品質、独自性、実用性のバランスを重視するようになっており、単にブランド名が有名であることだけでは、高い価格を正当化しにくくなっている。
この傾向は、高級バッグとスキンケアを比較すると分かりやすい。バッグは一度の購入金額が大きく、購入後の使用期間も長いため、消費者は「本当に今必要なのか」「価格に見合うほどブランド価値があるのか」という判断を迫られる。
一方、スキンケアは比較的購入単位を小さくできる。数万元のバッグを見送っても、数千元程度の高級美容液やクリームを購入することで、消費者は高級ブランドとの接点を維持しながら支出を抑制できる。
この違いは、景気が不透明な局面では非常に大きい。高級バッグを買うことは「大きな一回の消費」になりやすいが、高級スキンケアは「日常生活の中で繰り返される小さな高級消費」として位置づけられるからである。
さらに、スキンケアには使用目的が明確である。肌の保湿、エイジングケア、紫外線対策、美白、敏感肌対応など、消費者が自分の課題と商品機能を直接結びつけやすいため、「なぜこの価格の商品を買うのか」という説明がしやすい。
この点で、現在の高級スキンケアは「ステータス商品」と「実用品」の中間に位置している。ブランドの象徴性を持ちながら、同時に毎日の生活で使用できるため、景気悪化時にも完全には需要が失われにくい構造を持つ。
「見せる消費」から「感じる消費」へ
従来型のラグジュアリー消費では、ブランドのロゴやデザインそのものが重要な意味を持っていた。高級バッグを所有することで、経済的成功、社会的地位、ファッションへの感度などを周囲に示すことができたからである。
しかし、高級品が社会に広く普及すると、単純なブランド所有による差別化効果は弱くなる。そこで消費者が求める価値は、「他人から見える価値」だけではなく、「自分自身が感じる価値」へ広がっていく。
ベイン・アンド・カンパニーは2025年の中国市場について、旅行やウェルネスなどの体験型消費が引き続き支持されていると指摘している。これは物質的な所有よりも、感情的・感覚的な満足を重視する消費者心理が強まっていることを示す重要な材料である。
高級スキンケアは、この「感じる消費」と極めて相性がよい。香り、テクスチャー、使用時の感覚、肌の変化、ブランド店舗でのカウンセリングなど、商品購入から使用までの過程そのものが体験になるからである。
したがって、バッグとスキンケアの違いは単なる価格差ではない。前者が「所有による象徴価値」を比較的強く持つのに対し、後者は「使用による体験価値」を強く持つという構造的な違いがある。
この変化は、ラグジュアリー市場の価値形成そのものにも影響する。高級品とは「高い商品」ではなく、「高い価格を払ってでも得たい意味を持つ商品」へと定義が変化しているのである。
カテゴリー内の「プレミアム化」
ここで重要になるのが、「高級スキンケアが伸びている」という現象を、単なる美容市場の拡大として捉えてはいけないという点である。現在の中国市場では、ビューティーカテゴリー全体の中でも、消費者がより高付加価値の商品を選ぶ「プレミアム化」が進んでいる。
ベイン・アンド・カンパニーの2025年データでは、中国の個人向け高級品市場全体が3~5%縮小したにもかかわらず、ビューティーは4~7%成長した。しかも、その成長を支えたのはウルトラ・プレミアム・スキンケアとフレグランスへの安定した需要だった。
これは極めて重要な事実である。もし中国の消費者が単純に「高級品から低価格品へ移行」しているだけなら、高価格帯のスキンケアが市場の牽引役になることは説明しにくい。
むしろ確認できるのは、消費者が高級品全体を削減する一方で、「高級であることに意味があるカテゴリー」については支出を維持するという選択である。これがカテゴリー内のプレミアム化である。
プレミアム化には二つの側面がある。一つは、一般的な商品から高品質・高機能の商品へ移る「品質プレミアム」であり、もう一つは、同じ高級カテゴリーの中でさらに上位の商品へ需要が集中する「超高級化」である。
高級スキンケアでは、ブランド名だけでなく、成分、処方技術、研究開発、肌への効果、エイジングケア、限定性などが価格を支える要素になる。つまり価格が高いほど、消費者は「なぜ高いのか」を具体的に説明できることを求める。
この点で、バッグ市場との違いが明確になる。レザーグッズについてベイン・アンド・カンパニーは、過去および継続的な価格上昇に加え、イノベーション不足によって消費者が購入を正当化しにくくなり、2025年に8~11%減少したと分析している。
つまり、高価格そのものが問題なのではない。価格上昇に見合うだけの新しい価値が提供されているかが問題なのである。
高級バッグの場合、デザインや素材を大きく変えずに価格だけが上昇すると、「以前より高くなったのに、何が新しくなったのか」という疑問が生まれる。一方、スキンケアでは、新成分、新処方、研究成果、新しい美容技術などを通じて、新しい価値を比較的説明しやすい。
そのため、高級スキンケアは「高価格化」と「価値の説明」を結びつけやすいカテゴリーだといえる。これは現在の中国市場でプレミアム化が進む大きな理由の一つと考えられる。
「高いから買わない」ではなく「高い理由が分からないから買わない」
この変化をさらに一般化すると、現在の中国消費者の問題意識は「高いこと」そのものではないと考えられる。むしろ、「高い理由が分からないこと」が購入を阻害する要因になっている。
消費者が経済的に慎重になるほど、価格に対する説明責任は大きくなる。余裕のある時代にはブランド名や広告だけで購入が決まることもあるが、消費環境が悪化すると、価格と価値の比較が厳しくなる。
ベイン・アンド・カンパニーも、現在の中国市場では消費者が「true value」、すなわち実質的な価値を提供するブランドへ支出を集中させる傾向が強まっていると分析している。ブランド間の勝敗が広がっているのは、この選別が強まった結果でもある。
この「価値」の定義は、単純なコストパフォーマンスではない。高級品の場合、機能だけでなく、ブランドの信頼性、希少性、デザイン、ストーリー、サービス、購入体験なども価値に含まれる。
高級スキンケアの場合、さらに「自分自身に対する価値」が加わる。肌の状態を改善したい、老化を遅らせたい、日常生活の質を高めたいという目的があるため、商品価格が高くても、その支出を自己投資として説明できる。
このため、現在の中国市場では「節約」と「高級消費」が矛盾しない場合がある。不要な大型商品を買わない一方、毎日使う美容商品には高い金額を払うという消費行動が成立するからである。
データに裏付けられた支出意向
2025年のベイン・アンド・カンパニーデータで特に注目すべきなのは、ビューティーだけが高級品カテゴリーの中で明確な成長を示したことである。中国個人向け高級品市場が3~5%縮小する中、ビューティーは4~7%成長しており、カテゴリー間で11ポイント前後の差が生じた計算になる。
この差は、消費者の支出意向が一様ではないことを示している。レザーグッズが8~11%減少したのに対してビューティーが4~7%成長したことは、「高級消費そのものが嫌われた」という説明では整合しない。
さらにベイン・アンド・カンパニーは、2025年の中国高級品市場でVIC、すなわち高価値顧客が依然として重要な市場牽引役である一方、若いアスピレーショナル層は高級品市場への参入を慎重化・先送りしていると指摘している。
これは「誰が高級品を買うのか」という市場構造にも変化が起きていることを意味する。従来は高級ブランドが価格を引き上げながら、より広い中間層を取り込むことが成長戦略になり得たが、現在はそのモデルが難しくなっている。
若年層やアスピレーショナル層が高額バッグを購入するハードルが高くなれば、ブランド側は「将来の顧客候補」との接点を別の商品で維持する必要がある。そこでビューティーが重要になる。
スキンケアは、バッグより低い支出額からブランドとの関係を開始できるため、若年層に対する入口商品になりやすい。しかも継続購入が期待できるため、一度購入した消費者を長期的な顧客関係へつなげる可能性も持っている。
一方で、ビューティー市場の成長をそのまま「高級ブランドなら何でも成功する」と解釈することも危険である。ベイン・アンド・カンパニーの分析では、ビューティーの中でもパフォーマンスに差があり、世界のラグジュアリー市場でもプレミアムスキンケアやメイクアップにはブランド間の二極化が生じている。
つまり「ビューティーだから強い」のではなく、「消費者が価値を認めるビューティーブランドが強い」のである。ブランド力、製品力、科学的根拠、価格設定、デジタル戦略などが組み合わさって初めて、プレミアム価格を維持できる。
中国国内ブランドの台頭というもう一つの変化
さらに見逃せないのが、中国国内ブランドの台頭である。ベイン・アンド・カンパニーは2025年、中国の美容および一部のパーソナル・ラグジュアリーカテゴリーで、中国ブランドがシェアを伸ばしていると指摘している。
その背景には、中国文化を反映したデザイン、デジタルを中心とする顧客接点、現地のサプライチェーンを活用した価格競争力などがある。つまり中国の消費者は「海外ブランドなら高くても買う」という状態から、「高いなら、そのブランドにしかない価値を示してほしい」という状態へ移行している。
これは海外高級ブランドにとって非常に大きな意味を持つ。以前なら「欧米の有名ブランド」というだけで高級品としての信頼を獲得できたが、中国ブランドの品質とブランド力が上昇すれば、その前提は崩れる。
特にスキンケアでは、商品機能を比較しやすいという特徴がある。バッグのデザインやブランドの歴史は主観的評価が大きいが、スキンケアでは成分、使用感、肌悩みへの対応、口コミ、専門家評価などを比較できるため、ブランド間競争がより直接的になる。
この結果、今後の中国高級美容市場では、「ラグジュアリーだから売れる」という時代から、「ラグジュアリーであることに加えて、明確な機能的・感情的価値を提供できるブランドが売れる」という時代へ移行する可能性が高い。
「プレミアム化」と「合理化」は同時に進む
ここまでの分析から、一見すると矛盾する二つの現象が確認できる。一つは消費者が支出に慎重になっていることであり、もう一つは一部の高級スキンケアやフレグランスに対する需要が維持されていることである。
しかし、この二つは矛盾しない。むしろ「合理化されたプレミアム消費」という一つの行動として理解できる。
消費者は支出を減らすのではなく、支出の意味を厳しく吟味する。だからこそ、価格が高くても価値が明確な商品には支出し、価格だけが上昇して価値の説明が弱い商品については購入を延期する。
この構造は、今後の中国高級品市場を考えるうえで非常に重要である。市場全体の成長率だけを見ると低迷しているように見えるが、実際には消費者の選別が強まることで、カテゴリー内・ブランド間の格差が急速に拡大している。
したがって、中国高級品市場の次の成長局面では「すべてのブランドが市場回復の恩恵を受ける」という状況にはなりにくい。高い価格を維持できるブランドと、価格上昇によって顧客を失うブランドの二極化が進む可能性が高い。
そして、この構造変化はLVMH、エルメス、シャネル、ロレアル系の高級美容ブランドなど、世界の主要企業の戦略にも直接影響する。特に、バッグを中心とした従来型ラグジュアリーと、スキンケア・フレグランスなどのビューティー型ラグジュアリーでは、中国消費者との接点の作り方が大きく異なる。
高級ブランド市場への影響
ここまで見てきたように、中国の高級品消費は「高級品を買わなくなった」という単純な縮小ではなく、消費者がカテゴリーとブランドを厳しく選別する段階へ移行している。2025年の中国本土個人向け高級品市場は3~5%縮小したものの、ベイン・アンド・カンパニーは2026年について緩やかな成長への回帰を予想しており、重要なのは市場全体の回復よりも、どのカテゴリーとブランドがその回復を取り込めるかという点にある。
この市場環境では、ブランドの規模だけでは優位性を確保できない。消費者が「真の価値」を感じる商品に支出を集中させるため、ブランド力、商品力、希少性、価格設定、顧客体験、デジタル戦略などの差が売上に反映されやすくなっている。
特に重要なのは、レザーグッズとビューティーの明暗である。ベイン・アンド・カンパニーによれば2025年のレザーグッズは8~11%減少した一方、ビューティーは4~7%成長し、その成長をウルトラ・プレミアム・スキンケアとフレグランスへの需要が支えた。
これはラグジュアリー企業の事業ポートフォリオにも影響する。バッグ、革小物、時計などの「所有型カテゴリー」だけに成長を依存するブランドよりも、スキンケア、メイクアップ、フレグランスなどの「使用型カテゴリー」を持つ企業の方が、消費者の支出を日常的に取り込める可能性が高くなる。
大手ブランドの明暗
ただし、ここで注意すべきなのは、「バッグが弱いから、ビューティーを持つブランドが必ず勝つ」という単純な構図ではないことである。中国の高級品市場では、同じ企業の中でもブランドやカテゴリーによって業績が大きく異なり、強力なブランド・エクイティを持つ企業は、景気減速下でも高い価格を維持できる場合がある。
その典型として挙げられるのがエルメスである。エルメスはバッグや革製品を中核とするブランドでありながら、希少性、職人技、供給制約、ブランドの長い歴史によって、一般的なレザーグッズブランドとは異なる価格決定力を持つ。
したがって、「レザーグッズ市場が8~11%減少した」というBainのデータを、そのまま「エルメスのようなブランドも同じ割合で衰退する」と解釈してはいけない。むしろ現在の市場では、レザーグッズというカテゴリー全体が弱くても、極めて強いブランドには需要が集中するという二極化が進んでいると考えるべきである。
これは「ラグジュアリー市場のK字型回復」とも表現できる構造である。中間層やアスピレーショナル層が高額商品の購入を延期する一方、超富裕層は依然として希少性の高い商品を購入できるため、同じカテゴリーの中でもブランド間の差が拡大する。
一方、LVMHのような巨大企業では、複数カテゴリーを持つことそのものが強みになる。LVMHの2025年実績を見ると、ファッション&レザーグッズ部門の営業利益は132億900万ユーロだったのに対し、香水・化粧品部門は7億2700万ユーロだった。企業規模や利益貢献度ではファッション&レザーグッズが圧倒的だが、香水・化粧品部門は2024年の6億7100万ユーロから2025年には増益となっている。
この数字は非常に示唆的である。LVMHにとってビューティーはファッション&レザーグッズを代替する規模ではないものの、市場環境が異なるカテゴリーを持つことによって、消費者の支出先が変化した際にも収益機会を確保できる。
つまり、今後のラグジュアリー企業にとって重要なのは、「バッグを捨ててスキンケアへ移る」ことではない。バッグ、ジュエリー、時計、フレグランス、スキンケアなどを組み合わせ、異なる消費心理を一つのブランド・エコシステムの中に取り込むことが重要になる。
LVMHやエルメスなど
LVMHとエルメスは、同じ高級ブランド企業として扱われることが多いが、中国市場の変化への対応力という観点ではビジネスモデルが異なる。
LVMHはファッション&レザーグッズ、香水・化粧品、時計・ジュエリー、ワイン&スピリッツ、選択的小売など、極めて幅広いポートフォリオを持つ。このため、中国消費者の支出が一つのカテゴリーから別のカテゴリーへ移動した場合にも、その需要をグループ内の異なるブランドで取り込める。
さらに、LVMHの強みはブランドの多様性にある。ファッションではルイ・ヴィトンやディオール、ビューティーではパルファン・クリスチャン・ディオール、ゲラン、メイクアップやフレグランスを含む複数のブランドを展開しているため、消費者の価格帯や目的に応じた接点を構築できる。
一方、エルメスはブランドの希少性そのものが競争力になっている。大量販売によって成長するモデルではなく、供給量や店舗体験、職人技、ブランドの歴史などを通じて「簡単には手に入らない」という価値を維持している。
この違いから、両社は中国の消費減速に対して異なる強みを持つと評価できる。LVMHはカテゴリーとブランドの多角化によって消費の変化を吸収し、エルメスは極端に強いブランド価値と希少性によって超富裕層の支出を取り込む構造である。
ただし、両者に共通する課題もある。それは、中国の消費者が以前よりも「ブランドだから買う」という判断をしなくなり、「この価格を支払う理由があるか」という視点から商品を評価するようになっていることである。
その意味で、今後のラグジュアリー市場では、価格上昇そのものがブランド価値を高めるとは限らない。価格上昇によって希少性やブランドの格が維持される場合もあるが、商品価値が価格上昇に追いつかなければ、消費者は購入を延期する。
ベイン・アンド・カンパニーが「true value」を提供するブランドへの支出集中を指摘しているのは、この構造を示している。中国市場では勝者と敗者の差が拡大しており、単純な市場回復では全ブランドが恩恵を受けるわけではない。
ビューティー関連ブランド
ビューティー市場が注目される理由は、単に市場成長率が高いからだけではない。スキンケアやフレグランスは、ラグジュアリーの象徴性を維持しながら、バッグよりも低い初期支出でブランドとの関係を構築できるという特徴を持つ。
これは若い消費者を取り込むうえで極めて重要である。ベイン・アンド・カンパニーによれば、2025年にはVICと呼ばれる高価値顧客が市場の重要な牽引役である一方、若いアスピレーショナル消費者は高級カテゴリーへの参入を先送りする傾向が見られた。
この層に対して高級バッグだけを提示すると、ブランドとの接点を失う可能性がある。しかしフレグランス、リップ、スキンケアなどを通じてブランドとの接触を維持すれば、将来的にバッグやジュエリーなどの高額商品へ移行する可能性を残せる。
したがってビューティーは、単なる売上カテゴリーではなく、「顧客育成カテゴリー」としても重要になる。高級ブランドにとって美容商品は、現在の売上を確保するだけでなく、将来の顧客基盤を形成するための入口なのである。
さらに、スキンケアには継続購入という大きな特徴がある。バッグは購入後に次の購入まで数年空く可能性があるが、化粧水、美容液、クリームなどは使用によって消費されるため、一定期間ごとに再購入が発生する。
これはブランドにとって顧客との接触頻度を高める効果を持つ。商品を使うたびにブランドを経験するため、ブランドへの心理的な接続が強化されやすい。
ただし、ビューティー市場は競争が激しい。中国国内ブランドも、文化的関連性、デジタル・ファーストの販売戦略、現地サプライチェーンによる価格競争力などを武器にシェアを伸ばしている。
このため、海外の高級美容ブランドは「欧米ブランドだから高級」という従来型のポジショニングだけでは不十分になっている。成分、研究開発、技術、効果、ブランドストーリー、サービスなどを総合的に提示し、中国ブランドとの差別化を明確にする必要がある。
ブランド側に求められる適応
第一に求められるのは、価格と価値のバランスを再設計することである。中国市場では消費者の価格感度が高まっているため、単純な値上げを繰り返すだけではブランドへの信頼を損なう可能性がある。
もちろん、超高級ブランドにとって価格上昇は希少性を維持する手段にもなる。しかしそれが有効なのは、ブランドが価格以上の象徴価値や希少性を提供できる場合に限られる。
第二は、商品ポートフォリオの多層化である。バッグだけではなく、フレグランス、スキンケア、メイクアップ、アクセサリーなどを組み合わせることで、消費者の予算や購入目的に応じた複数の入口を提供できる。
第三は、デジタル戦略の強化である。中国の消費者はオンラインで情報を比較するため、公式サイトだけでなく、SNS、短動画、ライブコマース、口コミなどを含めたデジタル上のブランド体験を設計する必要がある。
第四は、中国市場へのローカライズである。ただし、単純に中国風のデザインを導入すればよいわけではない。中国の消費者が何を価値と感じるのかを理解し、その価値をブランドの本質と矛盾しない形で商品、サービス、コミュニケーションに組み込むことが必要である。
Bainは、中国ブランドが文化的な親和性、デジタル中心の顧客接点、現地の供給網を生かして競争力を高めていると分析している。これは海外ブランドにとって、中国市場での競争が「海外ブランド対中国ブランド」という単純な構図ではなく、「中国消費者の価値観をどれだけ理解できるか」という競争へ移行していることを意味する。
第五は、ブランド体験の再設計である。スキンケアを販売するのであれば、単に商品を置くだけではなく、カウンセリング、肌診断、サンプル、トライアル、限定サービス、会員制度などを通じて「自分のための時間」という体験を提供する必要がある。
これは、バッグ中心のラグジュアリーとは異なる考え方である。バッグでは所有した瞬間が大きな価値になるが、スキンケアでは購入後の使用期間までブランド体験が続くため、アフターサービスやCRMも重要になる。
「高級スキンケア」はブランドの逃げ道ではない
ここまで分析すると、高級スキンケアがバッグ市場の低迷を補う万能薬のように見えるかもしれない。しかし、これは正確ではない。
ビューティー市場が成長しているからといって、すべての高級ブランドが美容事業へ参入すれば成功するわけではない。むしろ、ブランドのDNAと商品の機能が一致しなければ、「ブランド名を付けただけの高価格化粧品」と受け止められる危険性がある。
中国の消費者がより知識豊富になればなるほど、この問題は深刻になる。成分、口コミ、専門家評価、価格比較などが容易になれば、ブランド名だけで高価格を維持することは難しくなる。
したがって、今後の高級スキンケア競争は「誰が最も高い商品を売れるか」ではなく、「誰が高価格を納得させられるだけの価値を継続的に提供できるか」という競争になる。
今後の展望
2026年の中国高級品市場について、ベイン・アンド・カンパニーは緩やかな回復を予想している。ただし、回復は均一ではなく、ブランド・カテゴリーによる差が大きいという点が重要である。
このため、今後の中国高級品市場は「市場全体が復活するか」という二択ではなく、「どのカテゴリーが回復し、どのブランドがその需要を獲得するか」という問題として考えるべきである。
その中でビューティーは比較的有利な位置にある。日常性、継続購入、自己投資、ウェルネスとの親和性、デジタル販売との相性という複数の強みを持つためである。
一方、バッグ市場が消滅する可能性は低い。むしろバッグは、誰もが頻繁に買う商品から、十分な経済的余裕がある消費者が特別な機会に購入する「高関与型ラグジュアリー」へ変化する可能性がある。
つまり、今後は「バッグかスキンケアか」という二者択一ではなく、両者の役割が分化すると考える方が適切である。バッグは希少性、ステータス、所有価値を担い、スキンケアは自己投資、日常性、使用体験、継続的なブランド接点を担う。
この変化を最も巧みに取り込める企業は、単一カテゴリーに依存するブランドではなく、異なる消費目的を一つのブランド体系の中で結びつけられる企業になる可能性が高い。
まとめ
2026年8月時点で確認できるデータからは、中国の高級品消費について「ブランドバッグから高級スキンケアへ全面的に移行した」と結論づけることはできない。しかし、「高級消費の一部が所有型商品から自己ケア・体験型商品へ再配分されている」という仮説には、かなり強い市場データ上の根拠がある。
最大のポイントは、中国の高級品市場全体が縮小する一方、ビューティーが成長し、特にウルトラ・プレミアム・スキンケアとフレグランスが需要を維持していることである。これは、消費者が高級品そのものを否定しているのではなく、「高い価格を払う意味がある商品」を選別していることを示している。
その背景には、不動産市場の低迷、将来不安、消費者信頼感の低下、若いアスピレーショナル層の購入先送りなどがある。一方で、超富裕層やVICの需要は依然として重要であり、市場は縮小しながらも一様に弱くなっているわけではない。
したがって、中国の高級品市場では「節約」と「プレミアム化」が同時に進んでいる。消費者は不要な高額商品を見送りながら、自己投資や実用性、感情的満足を提供する商品には支出するという、より選別的なラグジュアリー消費者へ変化している。
この意味で「ブランドバッグより高級スキンケア?」という問いに対する答えは、単純な「Yes」ではない。より正確な答えは、中国の高級消費者が「所有すること」そのものより、「自分にどのような価値が返ってくるか」を重視するようになり、その価値観にスキンケアが強く適合しているということである。
そして、この変化は一時的な景気循環だけでは説明できない。中国の高級品市場が成熟し、消費者の知識が増え、国内ブランドの競争力が上昇し、デジタル化が進んだ結果、ラグジュアリーそのものの定義が変わりつつあるからである。
今後の勝者となるブランドは、単に高価な商品を売るブランドではない。希少性とブランド力を維持しながら、品質、機能、体験、文化的関連性、顧客との長期的関係を組み合わせ、「なぜこの価格なのか」を説明できるブランドである。
中国市場における「バッグからスキンケアへ」という変化は、したがってラグジュアリー市場の終焉を意味しない。むしろそれは、「ラグジュアリーとは何か」という消費者側の定義が変わり、その変化に対応できるブランドと対応できないブランドの差が拡大する転換点として理解するべき現象である。
高級スキンケアの優位性は続くのか
現時点では、高級スキンケアがバッグなどを完全に代替するとは考えにくい。しかし、ビューティーがラグジュアリー市場の中で相対的に強いカテゴリーであり続ける可能性は高い。
ベイン・アンド・カンパニーの2025年データでは、中国の個人向け高級品市場が3~5%減少する中、ビューティーは4~7%成長した。特に高級スキンケアとフレグランスが底堅い需要を維持したことから、これは一時的な商品ヒットというより、消費者の支出優先順位が変化した結果と考える方が自然である。
さらに2026年8月4日のロイター報道では、中国のラグジュアリー・ビューティーおよび皮膚科学系スキンケアブランドが約7%成長しているとされる。これは、少なくとも2026年に入ってからも「美容への高級消費」という流れが継続していることを示す重要な材料である。
ただし、この成長を「高級スキンケア市場全体が無条件に拡大している」と解釈することはできない。中国の美容市場でもブランド間の競争は激しく、消費者は価格、成分、効果、ブランドの信頼性、口コミなどを比較するため、単に高価格であるだけの商品は選ばれにくくなる。
したがって、高級スキンケアの成長には二つの条件がある。第一は美容そのものへの支出意向が維持されることであり、第二はブランド側が高価格を正当化できるだけの機能的・感情的価値を提供できることである。
「自己投資型ラグジュアリー」の定着
今後特に重要になるのが、ラグジュアリーとウェルネス、健康、美容、自己管理との融合である。
従来のラグジュアリーでは、バッグや時計のような所有物が社会的地位や成功を表現する役割を担っていた。これに対してスキンケア、フレグランス、ウェルネス関連商品は、「自分自身の生活をより良くする」という目的を持つ。
この変化は単なるマーケティング上の流行ではない。中国の消費者が高級品に対して求める価値そのものが、社会的シグナルから自己満足、自己表現、生活の質へと広がっているからである。
Bainも世界のラグジュアリー市場について、消費者が過度な価格上昇への不満を強める一方、品質や生活の質、意味のある体験を重視する方向へ移っていると指摘している。中国市場におけるスキンケア需要も、この大きな国際的変化の一部として捉えることができる。
ここから導かれるのは、「高級品=所有物」という定義が相対的に弱まり、「高級品=自分の生活に付加価値を与えるもの」という定義が強まる可能性である。
この傾向が定着すれば、スキンケアだけでなく、フレグランス、ウェルネス、スパ、フィットネス、旅行、ホテル、飲食などにもラグジュアリー消費が広がる可能性がある。
つまり中国のラグジュアリー市場は、物質的所有を中心とした市場から、生活全体を対象とする「ラグジュアリー・ライフスタイル市場」へ変化していく可能性がある。
それでもバッグは消えない
ただし、ここで「バッグの時代は終わった」と結論づけるのは誤りである。
バッグには、スキンケアにはない強力な資産がある。それは希少性、ブランドの象徴性、デザイン、クラフツマンシップ、所有欲、コレクション性などである。
特にエルメスのようなブランドは、単なるレザーグッズメーカーではなく、極めて強いブランド・エクイティによって商品価値を形成している。そのためレザーグッズ市場全体が低迷しても、最上位ブランドへの需要まで同じ割合で失われるとは限らない。
むしろ今後はバッグ市場の内部でも二極化が進む可能性がある。ブランド力が弱く、価格上昇によって価格と価値の差が拡大した商品は苦戦する一方、希少性、職人技、デザイン、ブランドの歴史などが明確な商品には需要が集中する。
2026年の市場についてBainが「カテゴリー・ブランドによって回復が大きく異なる」と予想していることは、この見方と一致する。
つまり、「バッグからスキンケアへ」という変化は、バッグの価値が消滅することではない。バッグの役割が「日常的な高級消費」から「特別な高関与型消費」へ移行し、その一方でスキンケアなどが日常的なラグジュアリー消費を担うようになる可能性がある。
LVMH型とエルメス型の違い
今後のラグジュアリー市場を考えるうえでは、LVMHとエルメスのような異なるビジネスモデルを区別する必要がある。
LVMH型の強みは、複数カテゴリー・複数ブランドを持つことである。ファッション、レザーグッズ、ジュエリー、時計、香水、化粧品などを展開しているため、消費者の支出先が変化しても、グループ全体として需要を取り込む余地がある。
一方、エルメス型はブランドの希少性と象徴価値を極限まで高めるモデルである。大量の商品を幅広い価格帯で販売するよりも、供給とブランドイメージを慎重に管理することで、高い価格決定力を維持する。
両者は中国市場の変化に対する対応方法が異なる。LVMHは「消費者の支出先が変わっても、自社のどこかのカテゴリーで受け止める」戦略を取りやすいのに対し、エルメスは「支出先が変わっても、最後まで欲しいと思わせる商品を作る」ことが重要になる。
2026年8月時点のロイター報道では、LVMHは中国での消費が上半期に概ね横ばいだったとされ、エルメスも中国について「安定しているが回復していない」とされている。これは中国市場が完全に回復したわけではなく、各社が慎重に需要を見極めている段階にあることを示している。
したがって、両社の中国市場での強さを比較する場合、単純な売上成長率だけではなく、「どの顧客層が、どの商品を、どのような理由で購入しているか」を見る必要がある。
ビューティー事業の戦略的重要性
今後、LVMHなどの大手ラグジュアリー企業にとって、ビューティー事業の戦略的重要性はさらに高まる可能性がある。
理由の一つは、顧客との接触頻度である。バッグは購入頻度が低いが、スキンケアは継続購入が発生するため、ブランドが顧客と接触する回数を増やせる。
第二に、若い消費者を取り込む入口として機能する。高級バッグの価格が若年層にとって高すぎる場合でも、フレグランスやスキンケアなら比較的少ない金額からブランド体験を始められる。
第三に、自己投資型消費との親和性が高い。美容は「自分自身のためにお金を使う」という価値観と結びつきやすく、経済不安がある環境でも支出を正当化しやすい。
第四に、デジタルとの相性がよい。スキンケアは成分、使用方法、口コミ、ビフォー・アフター、専門家の説明などをデジタルコンテンツ化しやすく、オンライン上で商品価値を説明できる。
このため、ビューティー事業は単なる売上補完ではなく、ラグジュアリー企業の顧客戦略そのものを変える可能性がある。
中国ブランドとの競争
もう一つの重要な論点は、中国国内ブランドの台頭である。
これまで中国の高級品市場では、欧米ブランドが「海外ブランドであること」自体を強力な差別化要素として利用できた。しかし市場が成熟すると、消費者はブランドの国籍ではなく、商品そのものの価値を比較するようになる。
Bainは中国ブランドが文化的関連性、デジタル中心の顧客接点、現地のサプライチェーンなどを活用して競争力を高めていると指摘している。これは中国市場における競争が「外国ブランド対中国ブランド」から「消費者に最も高い価値を提供するブランド同士の競争」へ移行していることを示す。
特にビューティーはこの競争が起きやすいカテゴリーである。成分、技術、効果、口コミ、価格などを比較しやすいため、ブランドの歴史だけでは長期的な優位性を維持しにくい。
その結果、海外ブランドは「伝統」だけでなく「革新」を示す必要がある。逆に中国ブランドは、単に「国産だから安い」という位置づけを超え、品質、研究開発、ブランドストーリー、プレミアム性を構築する必要がある。
ブランド側に求められる適応
今後の中国市場で最も重要なのは、価格戦略の再構築である。
過去数年間の高級ブランド市場では、大幅な価格上昇がブランド価値を高めるケースもあった。しかし、消費者が価格に対して慎重になった現在では、値上げだけではブランド価値を維持できない可能性がある。
ブランドが価格を引き上げるのであれば、それに対応する品質、希少性、サービス、商品開発、体験を提供する必要がある。つまり「価格上昇→高級化」という単純な方程式から、「価値向上→価格の正当化」というモデルへの転換が必要になる。
第二に、商品カテゴリーを横断した顧客戦略が求められる。スキンケアを購入した顧客をフレグランスへ、フレグランスの顧客を革小物へ、さらにバッグやジュエリーへとつなげるような長期的な顧客関係が重要になる。
第三に、ブランドは「中国人向け商品」を作るのではなく、「中国の消費者が現在何を価値と感じているか」を理解する必要がある。文化的要素を表面的に取り入れるだけではなく、デジタル行動、価格意識、自己投資志向、地域差、世代差などを総合的に分析する必要がある。
第四に、オンラインとオフラインを融合させた体験が必要になる。中国ではデジタル接点の重要性が高く、2026年に入ってもオンラインを通じた高級品消費の回復が確認されている。
今後5年を左右する要因
今後の中国高級品市場を左右する第一の要因は、不動産市場である。住宅価格や家計資産への信頼が回復すれば、消費者心理が改善し、高額商品の購入意欲も回復する可能性がある。
第二は雇用と所得である。特に若年層やアスピレーショナル層の所得見通しが改善するかどうかが重要になる。高級ブランドにとって若年層は現在の顧客であると同時に、将来の主要顧客でもある。
第三は株式市場など金融資産の動向である。ベイン・アンド・カンパニーは2025年後半の中国高級品市場の安定化について、株式市場の改善や消費者信頼感の回復が支援要因になったと分析している。
第四は中国ブランドの競争力である。中国ブランドが高品質なプレミアム商品を継続的に投入できれば、海外ブランドはより厳しい競争に直面する。
第五はラグジュアリー企業自身の価格政策である。価格を上げすぎれば消費者の離反を招く可能性がある一方、値下げしすぎればブランドの希少性や価格体系を損なう可能性がある。
したがって、今後の最大の経営課題は「高級感を維持しながら、価格に対する納得感を高める」という難しいバランスになる。
「ブランドバッグより高級スキンケア?」への最終回答
ここまでの検証を踏まえると、「ブランドバッグより高級スキンケア?」という問いには、部分的に正しいだが、全面的な交代ではないと答えるのが最も妥当である。
中国の高級品市場では、2025年にビューティーが4~7%成長する一方、レザーグッズは8~11%減少した。さらに2026年8月時点でも、ロイター通信は中国の高級美容・皮膚科学系スキンケアが約7%成長していると報じており、少なくとも現時点ではビューティーの相対的な強さが継続している。
しかし、これは「バッグが不要になった」という意味ではない。バッグは依然としてラグジュアリーの象徴的カテゴリーであり、特に強力なブランドには希少性やステータスを求める需要が残っている。
変化しているのは、バッグとスキンケアの「役割」である。バッグは特別な所有・ステータス・コレクション消費としての性格を強め、スキンケアは自己投資・日常・体験・継続購入型の高級消費としての性格を強めている。
したがって「バッグからスキンケアへ」という表現は、消費金額の単純な移動を意味するのではなく、ラグジュアリー消費の目的が多様化したことを示す比喩として使うのが適切である。
最後に
中国の高級品市場は、2024年の大幅な調整を経て2025年には減少幅を縮小し、2026年には緩やかな回復が期待されている。しかし、その回復は過去の成長モデルへの回帰ではなく、消費者の価値観と購買行動が変化した上での「新しいラグジュアリー市場」の形成と捉えるべきである。
その中心にあるのが選別消費である。消費者はすべての支出を削るのではなく、必要性や満足度の低い高額商品を先送りする一方、自分にとって意味のある商品には高い価格を支払う。
高級スキンケアが強いのは、この新しい消費行動と相性がよいからである。日常的に使える、自己投資として説明できる、使用体験がある、継続購入できる、比較的少額からブランドとの関係を開始できるという複数の特徴を持つ。
一方、ブランドバッグには希少性、所有価値、ステータス、クラフツマンシップという独自の強みが残る。したがって、バッグがスキンケアに取って代わるのではなく、両者が異なる消費目的を担う方向へ市場が分化すると考えられる。
そして最も重要なのは、中国の消費者が「高級だから買う」から「高級である理由に納得できるから買う」へ変化していることである。
この変化は、中国市場だけにとどまらない可能性がある。世界的にも、ラグジュアリー消費は単純なロゴ・ステータス消費から、品質、自己表現、体験、ウェルビーイング、文化的意味などを重視する方向へ変化している。中国はその変化が経済環境の変化と重なって、特に鮮明に表れている市場と位置づけられる。
最終的に、中国高級品市場の将来を決めるのは「バッグを売るか、スキンケアを売るか」ではない。消費者が何に価値を感じ、なぜその価格を支払うのかを理解し、その価値を商品と体験として提供できるかどうかである。
したがって、「ブランドバッグより高級スキンケア?」という問いは、実は「中国の富裕層・中上位層は何を高級と感じるようになったのか?」という、より大きな問いにつながっている。
その答えは、所有から自己投資へ、外向きのステータスから内向きの満足へ、単一商品の高価格化から明確な価値を持つプレミアム化へという変化にある。
中国のラグジュアリー市場は縮小しているのではなく、選別され、再配分され、再定義されている。高級スキンケアの伸長は、その変化を最も分かりやすく示す一つの現象なのである。
参考・引用リスト
- Bain & Company, China's personal luxury market contracts 3%–5% in 2025 but shows signs of recovery, 2026年1月29日。
- Bain & Company, The 2025 Chinese Personal Luxury Goods Market, 2026年。
- Reuters, China luxury market forecast to rebound in 2026, Bain says, 2026年1月29日。
- Reuters, Prestige beauty outpaces high-end bags as China's luxury spending evolves, 2026年8月4日。
- Associated Press, Luxury consumers seen nudging sector back to growth despite global tensions, 2026年。
- McKinsey & Company, 中国消費市場・ビューティー市場関連分析。
- National Bureau of Statistics of China, 中国小売売上高・消費関連統計。
- LVMH, 2025年度決算・投資家向け資料。
- Hermès, 年次決算・投資家向け資料。
- Oliver Wyman / Tax Free World Association, 中国富裕層の高級品カテゴリー別支出意向調査。
- 中国国内高級美容市場・中国ブランド競争力に関するBain & Company分析。
- 中国の高級品消費・消費者心理に関するMcKinsey & Company分析。
