データに見る家事の男女格差と「見えない家事」、なぜ負担の偏りが解消されないのか
日本の家事の男女格差は、単純な作業時間の差として始まり、家庭内の情報や判断を誰が担っているのかという問題へ広がっている。
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現状(2026年9月時点)
日本の家庭における家事の男女格差は、かつてより縮小している。しかし、それは「男女がほぼ同じ量の家事を担う社会になった」という意味ではない。むしろ現在の特徴は、男性の家事・育児参加が増えているにもかかわらず、日常生活を維持するための作業全体を見ると、なお女性側に大きな負担が残っているという点にある。
総務省の「社会生活基本調査」では、6歳未満の子供を持つ夫婦について、夫の家事関連時間は2001年の48分から2021年には1時間54分へ増加した。一方、妻は2001年の7時間41分から2021年の7時間28分へと推移しており、夫の参加が増えたこと自体は明確な変化であるものの、男女差は依然として非常に大きい。
ここでいう家事関連時間には、単純な掃除や料理だけではなく、家事、介護・看護、育児、買い物が含まれる。したがって、この数字は家庭内で「生活を維持するために使われている時間」を比較するうえで重要な指標になる。
2026年9月時点で最新の全国的な生活時間データとして広く利用できるのは2021年の調査結果であり、2026年の社会生活基本調査については今後順次結果が公表される予定である。そのため、現在の実態を論じる際には、2021年の公的統計を基礎に、その後の制度変更や就業環境、民間調査などを補助材料として組み合わせる必要がある。
重要なのは、「男性も家事をするようになった」という変化だけを取り出すと、男女格差の実態を見誤る可能性があることだ。問題は男性が家事をしているかどうかだけではなく、家庭を維持するために必要な仕事を誰がどの程度引き受け、誰がその全体像を把握しているのかという点にある。
データに見る家事の男女格差と「見えない家事」
家事の男女差を考える場合、最も分かりやすい指標は時間である。料理、洗濯、掃除、買い物、育児などに費やした時間を測定すれば、誰がどれだけ家庭内労働を担っているのかを一定程度比較できる。
しかし、時間だけでは捉えきれない作業が家庭には大量に存在する。冷蔵庫の中身を確認する、洗剤の残量を把握する、子供の学校行事を確認する、予防接種や健康診断の日程を覚える、家族の予定を調整する、食事の献立を考えるといった仕事は、実際には生活を維持するために必要だが、一般的な「家事」のイメージから抜け落ちやすい。
この問題を具体的に調査したのが、国立社会保障・人口問題研究所の第7回全国家庭動向調査である。同調査は2022年に、食材や日用品の在庫の把握、食事の献立を考える、ごみを分類してまとめる、家族の予定を調整する、購入する電化製品の選定という5種類の「見えない家事」を調べている。
その結果、「食材や日用品の在庫の把握」と「食事の献立を考える」については、約9割の妻が担当していた。一方、電化製品の選定だけは夫が担う割合が妻をわずかに上回り、夫婦共同で行う世帯も4割以上となっていた。
この結果が示すのは、家庭内の仕事が単純に「料理をする」「皿を洗う」といった作業だけで構成されているわけではないという事実である。何をする必要があるのかを判断し、その準備をし、実行し、結果を確認し、次の作業につなげるまでが家事であり、その一部が女性側に集中している。
この「認知する仕事」の存在は、家事分担を考えるうえで特に重要である。例えば、夫が妻から頼まれて買い物をする場合、実際の買い物という作業は夫が担当しているが、「何が足りないのかを確認する」「何を買うべきか決める」という前段階の仕事は妻が担っている可能性があるからだ。
つまり、表面的には「夫も家事をしている」という家庭でも、家事の開始点となる情報収集や判断を妻が担っていれば、家庭運営に対する負担は均等とは限らない。この部分こそが「見えない家事」という問題の核心である。
① 圧倒的な時間格差
日本の家事負担を考える際、まず確認すべきなのは時間差の大きさである。総務省の2021年調査では、6歳未満の子供を持つ夫の家事関連時間は1時間54分、妻は7時間28分であり、妻の時間は夫より5時間34分長かった。
しかも、この差は男性がまったく家事をしないことだけによって生じているわけではない。2001年には夫48分だった家事関連時間が2021年には1時間54分となっており、20年間で男性側の参加時間は大きく増えている。
それでも妻側の時間は7時間台で推移しているため、男性の参加増加がそのまま男女差の解消にはつながっていない。言い換えれば、日本では「男性の家事参加」という変化と「家事負担の男女均等化」という変化が、同じ速度で進んでいるわけではない。
家事の内容を見ると、その違いはさらに明確になる。2021年の6歳未満の子供を持つ夫婦では、夫の家事時間が37分であるのに対し、妻は3時間22分であり、育児を除いた家事だけを見ても大きな差が残っている。
特に差が大きいのが食事関連である。夫の「食事の管理」は週全体平均で14分だったのに対し、妻は1時間25分だった。食事は毎日発生するため、調理そのものだけでなく、献立、食材の確認、購入、保存、調理、配膳、後片付けという一連の工程を考えると、家庭生活に占める負担の大きさが理解できる。
育児についても同様である。総務省のデータでは、6歳未満の子供を持つ夫婦の場合、育児関連の時間は夫より妻の方が長く、特に「乳幼児の身体の世話と監督」で差が大きいとされている。これは、子供と遊ぶ時間だけではなく、食事、着替え、入浴、排せつ、睡眠など、生活に密着した継続的な世話の負担が存在することを意味する。
したがって、「夫も休日には子供と遊んでいる」という事実だけから、育児負担が均等だと判断することはできない。家庭内労働は、目立つイベント型の活動と、毎日繰り返される維持管理型の活動に分かれており、後者の多くを誰が担っているのかを見る必要がある。
さらに、家事と育児は完全に独立した仕事ではない。子供が小さい家庭では、子供の予定に合わせて食事や買い物の時間を変更し、衣類を準備し、保育施設との連絡を行うなど、家事と育児が連鎖しているため、一つの作業だけを取り出して比較すると実際の負担を過小評価しやすい。
国際比較
日本の特徴を理解するには、国内の男女差だけを見るのでは不十分である。国際比較を行うと、日本では有償労働と無償労働の男女分担が大きく分離していることが分かる。
経済協力開発機構の2024年の日本経済審査によると、日本の15~64歳男性が無償労働に費やす時間は1日平均41分で、家事、育児、買い物などを含めても経済協力開発機構平均の3分の1未満だった。一方、日本の女性は1日平均3時間45分を無償労働に費やしており、男女差は約3時間に達している。
この数字は、日本の男性が家事をまったく行っていないという意味ではない。むしろ問題は、有償労働と無償労働を合計した生活時間全体を見たときに、男性が職場で担う時間が長い一方、女性が家庭内で担う無償労働の時間が非常に長くなっている点にある。
経済協力開発機構は、日本では男性の長時間労働、長い通勤時間、仕事後の付き合いなどが、男性の無償労働への参加を制約していると指摘している。2019年には日本の男性の27%が週48時間を超えて働いていたとされ、家庭内の役割分担は職場の働き方と切り離して考えることが難しい。
一方、内閣府男女共同参画局が示す意識調査では、20~30代男性の7割以上が「自分と配偶者で半分ずつ家事を負担したい」と考えている。つまり、若い男性を中心に、意識の面では均等分担を望む層が存在するにもかかわらず、実際の時間配分との間には大きな隔たりが残っている。
ここには、日本の家事問題を単純な「男性の意識不足」として説明できない理由がある。均等に分担したいという意識があっても、長時間労働や帰宅時間の差、家庭内で蓄積された役割分担、家事に必要な知識や経験の差が存在すれば、意識だけでは実際の行動を変えにくいからである。
したがって、日本の家事の男女格差は、「男性が家事をしない」という一言では説明できない。男性の有償労働時間、女性の就業状況、子供の年齢、家庭内の意思決定、家事に関する知識、さらに目に見えない管理業務まで含めて初めて、その構造が見えてくる。
そして、この問題をさらに難しくしているのが、乳幼児を抱える家庭である。子供が生まれると家庭内で必要となる仕事の量と種類が急激に増えるため、それまで曖昧だった男女の役割分担が一気に固定化する可能性がある。
乳幼児世帯の現実
家事の男女差が最も鮮明になるのは、子供が生まれた後である。特に6歳未満の子供を持つ世帯では、家事だけでなく、食事、着替え、入浴、送迎、寝かしつけ、病気への対応、保育施設との連絡など、家庭を維持するための仕事が急激に増える。
総務省の2021年「社会生活基本調査」によれば、6歳未満の子供を持つ夫婦について、家事関連時間は夫が1時間54分、妻が7時間28分だった。夫の時間は2001年の48分から大きく増加しているものの、妻との差はなお5時間34分に達している。
ここで注意すべきなのは、この差が単純に「夫が5時間以上何もしていない」という意味ではないことである。妻側には、料理や洗濯といった反復的な家事だけでなく、子供の生活を常時監督しながら複数の仕事を同時に処理する時間が含まれている。
乳幼児のいる家庭では、子供の行動によって家事の予定そのものが変化する。食事を作っている途中で子供が泣く、洗濯物を干している間に起きる、予定していた買い物を子供の体調不良で変更するなど、家事が一つずつ独立して存在するのではなく、育児によって中断されながら連続している。
この「中断される家事」は、単純な時間計測だけでは負担の質を十分に表現できない。2時間の家事を連続して行う場合と、2時間を10分、15分、20分と細切れにされながら行う場合では、実際の生活上の拘束感が異なるからである。
さらに乳幼児期には、子供の生活リズムを把握する仕事が発生する。保育園や幼稚園の予定、予防接種、健康診断、衣服のサイズ、必要な持ち物、季節ごとの準備など、直接的な作業時間としては短くても、常に情報を保持しておかなければならない仕事が増える。
このため、乳幼児世帯の家事分担を「料理は誰、洗濯は誰、掃除は誰」という作業単位だけで考えると、家庭内労働の実態を取り逃がす。重要なのは、それぞれの作業を誰が実行したかだけでなく、誰が必要性を認識し、開始を決め、準備し、完了まで管理したかである。
また、育児休業制度の利用拡大も、必ずしも家庭内の仕事を自動的に均等化するわけではない。男性が育児休業を取得した場合でも、期間や取得方法、復職後の働き方、夫婦間の役割分担によって、実際に家庭内労働がどう変化するかは異なる。
したがって、乳幼児世帯における男女差を縮小するには、「男性が育児を経験する機会を増やす」ことと同時に、「家庭運営に必要な判断と管理を男性も担う」ことが重要になる。ここを変えない限り、男性の育児参加が増えても、女性が家庭全体を管理する構造が残る可能性がある。
② 「見えない家事(隠れ家事)」の存在と偏り
家事の男女差を考えるうえで最も重要な論点の一つが、「見えない家事」である。これは、実際には家庭生活を維持するために不可欠でありながら、一般的な家事時間の認識から抜け落ちやすい仕事を指す。
例えば、冷蔵庫を開けて食材の残量を確認するだけなら数分で終わる。しかし、その行為から「何が足りないか」「いつ買う必要があるか」「今週何を作るか」という判断につながれば、単なる確認ではなく家庭の食事を管理する仕事になる。
国立社会保障・人口問題研究所の第7回全国家庭動向調査は、この問題を具体的に把握するため、「見えない家事」を調査対象にした。調査では、食材や日用品の在庫把握、食事の献立を考える、ごみを分類してまとめる、家族の予定を調整する、購入する電化製品の選定という5種類が取り上げられた。
その結果、食材や日用品の在庫把握と食事の献立決定については、約9割の妻が担当していた。一方、電化製品の選定では夫が担当する割合が妻を上回り、夫婦共同で行う割合も高かった。
この違いは興味深い。家庭内の仕事がすべて女性に偏っているわけではなく、仕事内容によって男女の分担には明確な違いが存在するからである。
特に女性側に偏っているのが、日常的で反復的な管理業務である。食材の在庫確認や献立決定は、毎週、場合によっては毎日のように発生するため、一度担当すると継続的な負担になる。
これに対して、電化製品の選定のような仕事は、発生頻度が低く、一度決定すればしばらく仕事が発生しない。つまり、「誰が担当しているか」だけでなく、「どのくらいの頻度で発生する仕事なのか」を考える必要がある。
同じ「家事1件」であっても、月に1回発生する仕事と毎日発生する仕事では、家庭生活に与える負担が異なる。さらに毎日発生する仕事には、作業そのものだけでなく、「忘れないように覚えておく」という認知的な負担も伴う。
例えば、子供の学校や保育施設に提出する書類を管理する場合、書類を書く時間だけが仕事ではない。提出期限を知り、必要事項を確認し、必要なものを準備し、子供に持たせ、提出されたかを確認するまでが一つの仕事になる。
このような仕事は、外部から見ると「何もしていない時間」に見えることがある。しかし実際には、家庭内で問題が起きないように先回りしている時間であり、問題が起きなかったこと自体が仕事の成果になっている。
構造的問題
「見えない家事」が問題になるのは、それが見えにくいまま固定化されるからである。料理や掃除であれば、誰が作業したかを比較しやすいが、献立を考える、在庫を確認する、予定を調整するといった仕事は、作業として表面化しにくい。
その結果、「夫も料理をしている」「夫も子供を保育園に送っている」という事実があっても、家庭生活全体の管理を妻が担っているケースが生じる。これは、実作業の分担と家庭運営の分担が一致していない状態である。
ここには「頼まれた仕事をすること」と「必要な仕事を自分で発見すること」の違いがある。前者では、仕事の存在を認識している人が別にいるが、後者では自分自身が仕事を発見し、優先順位を決め、実行する必要がある。
例えば、「買い物をしてきて」と頼まれてから買い物をする場合、実際の買い物は担当している。しかし、「冷蔵庫を確認し、今週の献立を考え、必要な食材を決め、価格を比較し、購入し、保存方法まで考える」というところまで担って初めて、食事管理全体を担当したことになる。
この違いは、家庭内でしばしば「手伝い」という言葉に表れる。夫が自分の家庭で必要な仕事を行っているのであれば、それは本来、妻を手伝う行為ではなく、自分自身も家庭を運営する当事者として仕事を担っていると考えることができる。
一方で、妻側から見れば、夫に仕事を頼むために「何をしてほしいか」を考えること自体が負担になる場合がある。仕事を依頼する側が家庭全体を管理し、依頼された側が個別の作業を実行する構造では、作業数が同じになっても認知負担には差が残る。
この点は、家事分担の議論で見落とされやすい。表面上の作業数を均等にするだけでは、家庭を維持するための判断、情報収集、計画、確認という上流部分の偏りを解消できないからである。
要因分析:なぜ男女差・負担の偏りが解消されないのか
では、男性の家事参加が増加しているにもかかわらず、なぜ男女差は簡単には解消されないのか。原因は一つではなく、労働時間、家庭内の役割分担、社会的な意識、家事に関する経験や情報量などが複合的に作用していると考えられる。
第一に、家庭内の仕事は「時間が空いた人が行う仕事」ではない。料理、洗濯、子供の世話、学校や保育施設への対応などには締切や頻度があり、仕事の時間が固定されているものが多い。
第二に、家庭内で一度形成された役割分担は、その後も継続しやすい。結婚当初や子供が生まれた時期に妻が多くの家事を担当すると、その状態が家庭内の標準として定着し、夫が仕事の合間に一部を担当する形へ移行しやすい。
第三に、家事には経験によって蓄積される知識がある。どの店で何を買うか、どの洗剤を使うか、子供の衣服がどの程度必要か、保育施設の準備物は何かなど、経験を積まなければ判断できない情報が家庭内に蓄積される。
この情報を一方だけが大量に持っている場合、家事を均等に分担しようとしても、もう一方はその都度確認しなければならない。そのため、短期的には「詳しい側がやった方が早い」という状態が発生し、結果として役割分担が固定化される。
しかし、「詳しい側がやった方が早い」という状態を長期間維持すると、知識を持たない側がいつまでも家庭運営の経験を獲得できないという問題が生じる。これは能力の差というより、経験機会の差によって生じる場合がある。
したがって、家事の男女格差を解消するには、作業時間の均等化だけでは不十分である。誰が家庭の情報を持ち、誰が予定を把握し、誰が判断し、誰が仕事の必要性を最初に認識しているのかまで含めて分担を見直す必要がある。
この問題は、次に扱う「労働慣行」と深く結びついている。家庭内で男性が家事を担いたくても、長時間労働や転勤などによって家庭にいる時間そのものが制約されれば、意識だけで分担を変えることは難しいからである。
家事の男女差が残る理由を考えるとき、「男性の家事への関心が低い」という説明だけでは不十分である。実際には、家庭の外にある労働環境、家庭内に残る役割分担意識、家事に関する知識や経験の偏りが重なり合い、男女差を再生産している。
とりわけ重要なのは、家事が家庭だけの問題ではないことである。夫婦のどちらがどれだけ家事を担えるかは、勤務時間、通勤時間、転勤の有無、雇用形態、職場での休暇取得のしやすさなど、職場側の条件によって大きく左右される。
つまり、家庭内の家事分担を変えるには、家庭内の意識だけでなく、働き方そのものを変える必要がある。家事の男女差は、家庭という小さな単位の中に閉じた問題ではなく、雇用制度や企業文化を含む社会構造の問題でもある。
労働慣行(長時間労働と転勤)
日本の家事分担を考えるうえで大きな障壁となってきたのが、男性を中心とする長時間労働である。経済協力開発機構は、日本では男性の長時間労働が家庭内の無償労働への参加を制約する要因になっていると指摘している。
仕事が終わる時間が遅ければ、平日に夕食を作ることも、子供を迎えに行くことも難しくなる。さらに通勤時間が長ければ、勤務時間そのものが短縮されても家庭に戻るまでの時間が必要となるため、実際に家庭で使える時間はさらに減少する。
この構造では、夫が「家事をしたくない」のではなく、「家事を担当できる時間帯に家庭にいない」という状況が発生する。結果として、夫より早く帰宅できる側が料理や洗濯、子供の対応を担うことになり、その役割が固定化される。
ここで問題になるのが、時間の非対称性である。夫婦のどちらか一方が長時間労働を続ければ、家庭内ではもう一方が不足分を埋めることになるからだ。
しかも、この役割分担は合理的に見えるため、固定化されやすい。「仕事が忙しいから家事をしない」という状態が続くと、家庭内では妻が家事に詳しくなり、夫は家庭内の情報から遠ざかる。その結果、後になって夫が家事を担当しようとしても、妻の側に蓄積された知識との差が大きくなっている。
転勤も同様の問題を生む。家族の転居を伴う転勤では、夫の勤務地を基準に家族全体の生活拠点が決まることがあり、配偶者側が仕事を辞めたり、勤務形態を変更したりする場合がある。
この場合、家庭内の男女差は家事だけから発生しているわけではない。夫が仕事を継続し、妻が家庭側の調整を担うという構造が形成されれば、家事や育児の担当だけでなく、キャリア形成の機会にも男女差が生じる可能性がある。
したがって、家事分担を本気で均等化するなら、「男性がもっと家事をするべきだ」という個人への要求だけでは足りない。男性が家庭に参加できる勤務時間、育児休業を取得できる職場環境、転勤を前提としない働き方など、家庭参加を可能にする条件そのものを整える必要がある。
性別役割分担意識の根強さ
労働環境だけでは説明できないもう一つの要因が、性別による役割分担意識である。日本では長く、「男性は仕事、女性は家庭」という役割分担が社会制度や企業慣行と結びついてきた。
現在ではこの考え方を明確に支持する人は減っているが、意識が変化したからといって、実際の行動や家庭内の役割が同じ速度で変化するとは限らない。古い役割分担が制度や経験を通じて残っていれば、表面的な意識改革だけでは実態が変わらないからである。
内閣府男女共同参画局の資料では、若い世代を中心に、男性も家事・育児を担いたいという意識が広がっていることが示されている。一方で、実際の家事関連時間にはなお大きな男女差が存在しており、意識と行動の間に隔たりがある。
この隔たりは、「男性の意識が遅れている」という単純な問題ではない。夫婦双方が家事を均等にしたいと考えていても、勤務時間や収入、出産・育児による生活変化などによって、実際の分担が変わる可能性がある。
また、社会の中で「家事が得意な女性」「仕事を優先する男性」というイメージが残っていることも、役割分担に影響する。本人が意識していなくても、周囲から期待される役割に合わせることで、従来型の分担が再び形成される場合がある。
特に子供が生まれると、この問題が表面化しやすい。保育園への送迎、学校や医療機関との連絡、子供の衣類や食事の準備など、家庭内で新しい仕事が大量に発生するため、それまで存在しなかった役割分担を夫婦が新たに決める必要があるからだ。
ここで母親側が育児休業を長く取得したり、勤務時間を短縮したりすると、家庭内の仕事を母親が担当する状態が形成されやすくなる。その後、母親が職場に復帰しても、いったん形成された役割分担がそのまま維持される可能性がある。
つまり、男女の役割分担は、結婚時に一度決まって終わるものではない。出産、育児、転職、転勤、子供の進学など、家庭の状況が変化するたびに再構成されるものである。
スキルと情報の非対称性
家事の男女差をさらに複雑にしているのが、家庭内に蓄積される「家事の知識」である。料理、洗濯、掃除といった作業は誰でもできるように見えるが、実際には家庭ごとに細かなルールや判断が存在する。
例えば、どの食材をいつ購入するか、どの衣類をどの方法で洗うか、子供の学校行事で何を準備するか、どの薬をいつ飲ませるかなど、家庭生活には大量の判断が必要になる。これらの判断を日常的に担当する人ほど、家庭内の情報を大量に持つことになる。
この状態を「情報の非対称性」と見ることができる。夫婦の一方が家庭内の情報を多く持ち、もう一方が少ない場合、同じ家事を分担しようとしても、情報量の差によって実際の負担が均等にならない。
さらに厄介なのは、この差が自然に縮小するとは限らないことである。情報を持つ側が作業を続ければさらに詳しくなり、情報を持たない側は経験する機会を失うという循環が発生する。
その結果、「妻の方が家事に詳しいから妻がやった方が早い」という状態が成立する。しかし、その状態は短期的には効率的でも、長期的には家事の知識を一方に集中させる。
この構造から抜け出すには、男性が個別の作業を担当するだけでは足りない。献立、買い物、在庫管理、子供の予定、学校との連絡など、一連の仕事を最初から最後まで担当する経験を持つ必要がある。
重要なのは、「妻から指示された仕事を夫が実行する」という形から、「家庭に何が必要なのかを夫婦双方が把握する」という形への移行である。これは単なる家事分担ではなく、家庭の運営責任そのものを共有することを意味する。
「家事を手伝う」という発想の限界
ここで、日本の家事分担を考えるうえで避けて通れない問題が、「男性が家事を手伝う」という表現である。この言葉自体が必ずしも悪いわけではないが、家庭を共同で運営するという観点から見ると限界がある。
「手伝う」という言葉には、家庭の基本的な管理者が別に存在し、その人を補助するという構造が含まれる場合がある。もし妻が家庭の管理者で、夫が必要なときだけ補助するという状態なら、夫が週末に料理をしても、家庭運営の責任が均等になったとは限らない。
例えば、妻が献立を考え、夫が料理をする場合、調理という作業だけを見れば夫が担当している。しかし、献立決定、食材管理、買い物、調理、片付けまでを一つの仕事として考えれば、夫が担当しているのはその一部だけである。
この違いを認識しないまま「夫も料理をしている」と評価すると、見えない部分の負担が残ってしまう。家事の男女格差を縮小するには、作業数ではなく、仕事の開始から終了までの責任を誰が持っているのかを見る必要がある。
これは企業における仕事の分担にも似ている。担当者が指示された作業だけを実行する場合と、担当分野について計画、判断、実行、確認まで責任を持つ場合では、同じ「仕事をした」という言葉でも意味が異なる。
家庭も同じである。夫婦のどちらか一方が家庭の司令塔になり、もう一方が指示された作業を担当する状態から脱却しなければ、「見えない家事」の偏りは残り続ける。
ここまでの検証から見えてくるもの
ここまでのデータと構造を整理すると、日本の家事の男女格差は、単純な「男性の家事時間不足」ではないことが分かる。長時間労働、転勤、出産後の働き方、役割分担意識、家事に関する情報と経験の偏りが相互に作用し、女性側に家庭運営の仕事が集中しやすい構造を形成している。
一方で、男性の家事・育児参加が増えていることも事実である。2001年から2021年にかけて、6歳未満の子供を持つ夫の家事関連時間が48分から1時間54分へ増えたことは、その変化を示す重要なデータである。
したがって、日本の家事分担は「何も変わっていない」のではない。変化は起きているが、男性の参加が増える速度と、女性側に集中してきた家庭運営の負担が解消される速度が一致していないのである。
この点を踏まえると、次に問うべきなのは、「男性が女性に追いつく日は来るのか」という問題になる。単に男性の家事時間が増えるだけで十分なのか、それとも家庭の運営方法そのものを変える必要があるのかが、今後の焦点になる。
展望:男性が女性に追いつく日は来るのか?
これまで見てきたように、日本の家事の男女差は縮小する方向に動いているものの、2026年時点で男女が同程度に家庭内労働を担っているとは言い難い。男性の家事・育児時間は増えているが、妻側に集中してきた日常的な家事と家庭運営の負担まで同じ速度で縮小しているわけではない。
では、男性が女性に追いつく日は来るのか。この問いに対して、特定の年を示して「この時点で解消する」と予測することは難しいが、格差を縮小させる方向に作用する社会的な変化はすでに複数存在している。
重要なのは、男性の意識だけを変えることではない。男性が家庭に参加できる時間を増やし、家庭運営に必要な知識を共有し、夫婦の双方が仕事と家庭を両立できる環境を整えることが、長期的な変化につながる。
その意味で、今後の家事分担を左右するのは、「男性が家事をするか」という問題から、「男性と女性が家庭を共同で運営できる社会になるか」という問題への移行である。
① 変化を促す強力なドライバー
家事の男女差を変える最大の要因の一つが、共働き世帯の一般化である。夫だけが主に収入を得て、妻が主に家庭を担うという世帯構造が一般的だった時代には、家庭内の仕事を女性が多く担当することに一定の合理性が存在した。
しかし、現在では夫婦双方が就業する世帯が一般的になっている。内閣府男女共同参画局は、1980年代には専業主婦世帯が共働き世帯を上回っていた一方、1990年代後半以降は共働き世帯が専業主婦世帯を上回る状態が続いていることを示している。
この変化は単なる世帯数の変化ではない。夫婦双方が仕事によって時間を拘束されるようになれば、家庭内労働を一方だけに集中させることが難しくなるからである。
もちろん、共働きになったから自動的に家事が均等になるわけではない。実際には女性が仕事と家事の双方を担う「二重負担」が発生する可能性もあり、共働き世帯の増加そのものが男女格差の解消を保証するわけではない。
それでも、共働きの一般化は従来の役割分担を見直す強い圧力になる。夫婦双方が仕事を持つ以上、「家庭の仕事は女性が中心」という考え方だけでは生活を維持しにくくなるからである。
特に重要なのは、若い世代ほど結婚後も夫婦双方が働くことを前提に人生設計をするケースが増えている点である。仕事を続けながら子育てをする家庭が増えれば、男性が家庭運営から外れたまま生活することは次第に難しくなる。
一方で、共働きの一般化によって新しい問題も発生する。夫婦双方が長時間労働を続ければ、家庭内の仕事を担う人がいなくなるため、結局は女性側が勤務時間を削減するという調整が起こり得る。
したがって、共働き世帯の増加を家事格差の縮小につなげるには、「夫婦ともに働くこと」と「夫婦ともに家庭を運営すること」をセットで考える必要がある。
法制度と企業の意識改革
次に重要なのが、法制度と企業側の変化である。家庭内の男女分担は夫婦の話し合いだけで決まるわけではなく、育児休業や短時間勤務、柔軟な働き方、休暇取得のしやすさなど、職場環境によって大きく左右される。
特に男性の育児休業取得は重要な意味を持つ。男性が子供の誕生直後から家庭内の仕事を担う経験を持てば、育児を「母親が担当するもの」として固定化する前に、父親自身が家庭運営に参加する機会を得られるからである。
2022年には改正育児・介護休業法が段階的に施行され、出生時育児休業、いわゆる産後パパ育休が創設された。さらに2025年4月、10月にも育児・介護休業法の改正が段階的に施行され、子育てと仕事の両立を支援する制度が拡充されている。
制度の存在だけで家庭内の役割が変わるわけではないが、制度がなければ変化の選択肢そのものが狭くなる。特に重要なのは、男性が育児休業を取得しても職場で不利益を受けないという環境を企業側が実際に形成できるかどうかである。
ここで企業文化が問題になる。制度上は休暇を取得できても、「男性が長期間休むのは珍しい」という雰囲気が残っていれば、取得する本人が心理的な負担を感じる可能性がある。
そのため、今後は制度の整備だけでなく、管理職の意識、職場の人員配置、業務の属人化の解消なども重要になる。育児休業を取得した男性の仕事を残った同僚が過度に負担する構造であれば、制度があっても利用しにくい。
さらに、育児休業だけでなく、日常的な定時退社や柔軟な勤務時間も重要である。家事や育児は休日だけ発生するものではなく、平日の夕方や朝にも大量に発生するため、家庭参加を実現するには日常的な時間の確保が必要になる。
したがって、法制度の役割は「男性に家事をさせること」ではない。夫婦のどちらも家庭生活に必要な時間を確保できるようにし、家庭内での役割選択を職場側の制約によって一方的に決められないようにすることにある。
若い世代の意識変化
もう一つの変化が、若い世代を中心とする意識の変化である。内閣府男女共同参画局の資料では、20~30代男性の7割以上が、家事について「自分と配偶者で半分ずつ負担したい」と回答している。
これは、若い男性の間で「男性は仕事、女性は家事」という従来型の役割分担が絶対的な規範ではなくなっていることを示す材料になる。ただし、意識が均等化していることと、実際の家事時間が均等化していることは別の問題である。
意識が変われば行動も変化しやすくなるが、勤務時間や出産後の働き方、家事経験の差などが残っていれば、理想と現実の間に差が生じる。したがって、若い世代の意識変化は重要な条件ではあるが、それだけで格差を解消する決定要因とは言えない。
それでも、長期的に見ると意識の変化は無視できない。家事を女性だけの責任と考えない世代が家庭を形成するようになれば、夫婦が最初から家事や育児を共同で分担する可能性が高まるからである。
また、若い世代では「家事をする男性」が特別な存在ではなくなりつつある。料理、掃除、洗濯、育児などを自分の生活能力として身につけるという考え方が広がれば、「家事のできる男性」と「家事をしない男性」という区別そのものも弱まっていく可能性がある。
重要なのは、家事を「女性を助ける行為」としてではなく、「自分自身の生活を維持するための能力」として捉えることである。そうなれば、男性が家事をすることは、配偶者への協力ではなく、家庭生活に対する当然の責任として位置づけられる。
変化の限界
ただし、ここまで挙げた変化を過大評価することはできない。共働き世帯が増え、男性の育児休業制度が整備され、若い世代の意識が変わっても、女性側に家庭管理の仕事が集中すれば、見えない家事の男女差は残る。
また、男性の育児休業取得率が上昇しても、それが取得期間や取得内容の均等化を意味するわけではない。短期間の休業だけで家庭運営を十分に経験できるのかという問題もあり、制度利用の有無だけでなく、その質を見る必要がある。
さらに、家事負担の男女差には所得差や雇用形態、子供の人数、祖父母などの支援の有無、居住地域なども影響する。そのため、「すべての家庭で夫婦が完全に半分ずつ家事をする」という単純なモデルを唯一の基準にすることにも限界がある。
重要なのは、夫婦それぞれの事情に応じて分担を決めることではなく、その分担が本人たちの意思によって選択されているのか、社会的な役割期待や職場の制約によって事実上決められているのかを区別することである。
家事分担の公平性は、必ずしも毎日の作業時間を完全に50対50にすることだけを意味しない。夫婦双方が家庭の状態を把握し、必要な仕事を発見し、重要な判断に参加できる状態を作ることも、重要な公平性の一部になる。
この視点を採用すると、次に必要になるのは「何時間家事をしたか」だけではない。「家庭を運営する責任を誰が持っているか」という、より深い問題への転換である。
② 今後の課題:単なる「手伝い」から「共同経営」への脱却
ここまで見てきたデータから明らかなのは、家事の男女格差を縮小するには、男性の家事時間を増やすだけでは不十分だということである。必要なのは、家事を「妻の仕事を夫が手伝う」という構造から、夫婦双方が家庭を運営するという構造へ変えることである。
この違いは言葉の問題にとどまらない。「手伝う」という発想では、家庭の基本的な管理者が別に存在し、その人から仕事を割り振られる側が補助するという関係になりやすい。一方、「共同経営」という考え方では、夫婦の双方が家庭の状態を把握し、必要な仕事を発見し、計画し、実行する責任を持つ。
例えば、妻から「今日は洗濯をしておいて」と頼まれて夫が洗濯する場合、洗濯という作業は夫が担当している。しかし、洗濯物の量を把握し、洗剤の残量を確認し、天候を確認し、干す時間や取り込む時間まで考えるところまで含めて担当すれば、単なる作業分担ではなく、一つの家事領域を管理していることになる。
この違いを明確にすることが、「見えない家事」を減らす第一歩になる。家庭内の仕事を細かな作業に分解するだけではなく、それらを一連の仕事として捉え、誰が最初から最後まで責任を持つのかを明確にする必要がある。
認知の共有(経営参画)
「見えない家事」の核心にあるのは、実作業より前に存在する認知作業である。何をしなければならないのかを知り、いつ必要なのかを判断し、優先順位を決め、実行に移すという一連の過程が、家庭生活では常に発生している。
例えば食事を考える場合、料理そのものは工程の一部にすぎない。冷蔵庫の中身を確認し、家族の予定を把握し、食材の残量を確認し、献立を決め、買い物を行い、調理し、食後に片付けるまでが食事管理という一つの仕事になる。
国立社会保障・人口問題研究所の調査で、食材や日用品の在庫把握、食事の献立決定といった仕事を約9割の妻が担っていることが確認されたことは、この問題を考えるうえで重要である。これらは短時間で終わる作業に見えても、繰り返し発生し、家庭生活全体を左右する管理業務だからである。
したがって、夫が「料理をする日」を増やすだけではなく、「家族の食事について考える責任」を共有する必要がある。献立を妻が決めて夫が調理するという分担から、夫婦双方が献立を考え、必要な食材を把握し、買い物から調理まで担当できる状態に変えることが重要になる。
同じことは育児にも当てはまる。子供を保育園へ送ることだけを担当しても、保育園の予定、持ち物、提出書類、行事、病気の際の対応などを把握していなければ、育児全体の責任を共有しているとは言い切れない。
本当の意味での共同育児とは、父親が母親から指示された仕事を実行することではない。子供の生活について必要な情報を父親自身が把握し、何が必要かを判断できる状態を作ることである。
これは家庭を一つの「運営単位」として考える発想でもある。家庭には食事、衛生、健康、教育、金銭、予定、住環境など複数の管理領域があり、それぞれについて継続的な判断が必要だからである。
もちろん、夫婦がすべての仕事を完全に50対50で分ける必要はない。重要なのは、特定の領域について一方だけが情報と判断を独占し、もう一方が指示を受けなければ何もできない状態を避けることである。
「ワンオペ育児・家事」の心理的呪縛からの解放
家事や育児の男女格差を考えるとき、もう一つ重要なのが「自分がやらなければならない」という心理的な負担である。家庭内の仕事を長期間担当してきた人ほど、仕事を他人に任せることへの不安を抱えやすい。
特に子供に関する仕事では、その傾向が強くなりやすい。子供の生活習慣や体調、学校や保育施設の事情を最も詳しく把握している人が母親である場合、母親自身も「自分がやった方が確実だ」と考えるようになることがある。
この状態は、本人が望んで作ったものとは限らない。夫の勤務時間が長く、妻が育児休業を取得し、その後も子供の対応を担当するという経過をたどれば、自然に情報と経験が一方に集中するからである。
しかし、ここで問題になるのは、「自分がやった方が早い」という判断が長期的には役割固定を強化する可能性があることだ。夫に任せる機会が少なければ、夫は経験を積めず、経験が少ないからさらに妻が担当するという循環が生まれる。
この循環を断ち切るためには、家庭内で「任せる」ことと「任される」ことの双方が必要になる。夫は最初から完璧にできることを期待されるのではなく、家庭運営の一部を継続的に担当することで経験を蓄積する必要がある。
同時に、妻側もすべてを自分で管理しなければならないという状態から離れる必要がある。これは単に妻の負担を減らすという意味だけではなく、夫が家庭運営の当事者になるための機会を確保するという意味でも重要である。
「ワンオペ」という言葉は、家庭内の仕事が一人に集中している状態を端的に表現する。しかし、その状態を解消するためには、単純にもう一人が何かを手伝うだけでは足りず、家庭の情報と判断そのものを共有する必要がある。
家事を「能力」ではなく「経験」として考える
家事分担の議論では、「妻の方が家事が得意だから」という説明がしばしば登場する。しかし、家事能力の差を生まれつきの能力差として扱うのは適切ではない場合が多い。
料理、洗濯、掃除、子供の世話、学校との連絡などは、経験を積むほど効率が上がる仕事である。家庭内で長期間担当してきた人が詳しくなるのは当然であり、その差を「女性の方が家事能力が高い」と説明してしまえば、経験によって生じた差を性別による差と誤認することになる。
この点は男性側にも当てはまる。男性が仕事中心の生活を続けて家庭内の経験が少なければ、家事について判断できないことがある。しかし、それは能力がないというより、単純に経験する機会が少なかった可能性がある。
したがって、男性の家事参加を増やすには、個別の家事を教えるだけでなく、家庭生活を一通り経験する機会を作ることが重要である。料理を1回することよりも、1週間分の食事を自分で計画して管理する方が、家庭運営の全体像を理解する経験になる。
育児についても同じである。子供を休日に数時間遊ばせることと、平日の朝から夜までの生活を継続的に管理することでは経験の質が異なる。
男性が女性に「追いつく」ために必要なのは、女性が長年蓄積してきた家庭運営の経験を、男性も自分自身の経験として獲得することである。そうなれば、家庭内で一方だけが「家庭の専門家」になる状態を弱めることができる。
今後の展望
では、男性が女性に追いつく日は来るのか。現時点のデータから具体的な到達年を断定することはできないが、少なくとも過去20年間に男性の家事・育児参加が増加してきたことは確認できる。
6歳未満の子供を持つ夫の家事関連時間は、2001年の48分から2021年には1時間54分となった。増加幅は1時間6分であり、男性の家庭参加が長期的に変化していることを示している。
一方、妻の家事関連時間は依然として7時間を超えており、男女差は大きく残っている。したがって、「男性の家事参加は増えた」という事実と、「男女の負担差が解消した」という結論を同一視することはできない。
今後の焦点は、男性の家事時間がさらに増えるかだけではない。家庭内の情報、判断、計画、実行を夫婦双方が担うようになるかどうかが重要になる。
また、社会全体の働き方が変わることも不可欠である。男性が家庭に参加するためには、家庭にいる時間が必要であり、長時間労働や頻繁な転勤などによって家庭参加が困難な状態が続けば、家庭内の意識だけを変えても限界がある。
共働き世帯の一般化も、今後の変化を促す重要な要因になる。夫婦双方が仕事を持つことが当たり前になれば、家庭内の仕事を女性だけが担うことの矛盾はさらに明確になる。
法制度についても、育児休業や柔軟な働き方の拡充が続いている。2025年には育児・介護休業法の改正が段階的に施行され、子育て期の働き方に関する企業側の対応がさらに求められるようになった。制度を実際に利用できる職場文化を形成できるかどうかが、今後の重要な課題になる。
そして、若い世代の意識変化も長期的には大きな意味を持つ。男性自身が家事や育児を自分の生活能力と考え、女性側も家庭を一人で管理することを当然としない価値観が広がれば、夫婦関係の中で家庭運営を共同化する条件は強くなる。
ただし、意識、制度、企業文化のどれか一つだけでは足りない。家庭内の役割分担を変えるには、男性が家庭に参加する時間、家庭運営を学ぶ経験、職場での制度、夫婦双方の認識が同時に変化する必要がある。
まとめ
日本の家事の男女格差は、単純な作業時間の差として始まり、家庭内の情報や判断を誰が担っているのかという問題へ広がっている。2021年の公的統計では、6歳未満の子供を持つ夫の家事関連時間は1時間54分、妻は7時間28分であり、男性の参加が増えてもなお大きな差が残っている。
さらに、国立社会保障・人口問題研究所の調査からは、在庫管理や献立決定などの「見えない家事」が女性側に大きく偏っていることが確認できる。これは、家庭内の負担を考える際に、目に見える作業だけを数えてはいけないことを示している。
一方、男性の家事・育児参加は長期的には増えている。共働き世帯の一般化、育児休業制度の拡充、企業の働き方改革、若い世代の意識変化など、男女格差を縮小させる方向の変化も進んでいる。
したがって、「男性が女性に追いつく日はあるのか」という問いに対して重要なのは、単純に家事時間が同じになる時期を予測することではない。むしろ、男性と女性が家庭を共同で運営し、どちらか一方だけが家庭の全体像を把握する状態から脱却できるかどうかが、本質的な問題になる。
家事の公平性とは、毎日の作業を機械的に50対50に分けることだけではない。必要な仕事を発見すること、予定を管理すること、家族の状態を把握すること、判断すること、実際に作業することまで含めて、家庭を維持する責任を夫婦双方が共有することである。
その意味で、目指すべき変化は「男性が女性の家事を手伝う社会」から「男性と女性が家庭を共同経営する社会」への移行である。この転換が進めば、「見えない家事」は見えるようになり、家事をめぐる男女差も単なる時間比較ではなく、より実態に即して評価できるようになる。
最終的に問われているのは、男性が女性と同じ量の家事をするかどうかだけではない。家庭を維持する仕事を特定の性別の責任とせず、夫婦それぞれが当事者として引き受けられる社会を作れるかどうかである。
参考・引用リスト
参考統計・政府機関
- 総務省統計局「社会生活基本調査」
- 総務省統計局「令和3年社会生活基本調査――生活時間及び生活行動に関する結果」
- 内閣府男女共同参画局「男女共同参画白書」
- 内閣府男女共同参画局「男女共同参画に関する世論調査・各種意識調査」
- 厚生労働省「育児・介護休業法について」
- 厚生労働省「育児・介護休業法のあらまし」
専門機関・国際機関
- 国立社会保障・人口問題研究所「第7回全国家庭動向調査」
- 国立社会保障・人口問題研究所「第7回全国家庭動向調査結果の概要」
- 経済協力開発機構「日本経済審査」2024年版
- 経済協力開発機構「無償労働・男女間の時間利用格差に関する統計・分析」
参考となる主要論点
- 総務省統計局――男女別の家事・育児・仕事時間に関する生活時間統計
- 国立社会保障・人口問題研究所――「見えない家事」を含む家庭内役割分担に関する調査
- 内閣府男女共同参画局――共働き世帯の推移、男性の家事・育児参加、男女の意識に関する資料
- 厚生労働省――男性育児休業、出生時育児休業、仕事と育児の両立支援に関する制度資料
- 経済協力開発機構――日本の長時間労働、無償労働、男女間の時間配分に関する国際比較資料
