キューバの死刑制度:新刑法による存続と国際的な懸念
キューバの死刑制度をめぐる最大の特徴は、2003年以降、死刑執行が確認されていないにもかかわらず、2022年施行の新刑法が死刑を法律上廃止しなかったことにある。
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現状(2026年8月時点)
キューバの死刑制度をめぐる最大の特徴は、死刑を法律上は存続させながら、長期間にわたって事実上の執行停止(モラトリアム)を続けている点にある。キューバでは最後に確認された死刑執行が2003年であり、2010年には当時最後に残っていた死刑囚の刑が減刑されたとされるため、少なくとも長期間、実際の執行は行われていない。
しかし、この事実だけをもって「キューバは死刑廃止に向かっている」と評価することはできない。アムネスティ・インターナショナルは2025/26年版の国別情報で、キューバを現在も明確に死刑存置国(retentionist)として分類しており、法律上の死刑そのものが撤廃されていないことを確認している。
この点は、死刑制度を評価する際に「法律上の制度」と「実際の執行」を区別する必要性を示している。つまりキューバは、死刑を実際には長期間執行していない一方、国家が必要と判断した場合には死刑を科すことのできる法的権限を保持している国であり、制度上は完全な死刑廃止国とは異なる。
さらに重要なのは、2022年に成立した新刑法が、この法的地位を変更しなかったことである。新刑法は法律第151号(Law No.151)として2022年5月15日に署名され、同年12月に施行されたものであり、従来の刑法に存在していた死刑を廃止するのではなく、一定の重大犯罪について引き続き死刑を刑罰として認めている。
したがって、2026年8月時点のキューバについて最も正確な表現は、「死刑を長期間執行していないが、法律上の死刑制度を維持している国」である。ここには、死刑廃止に向けた国際的潮流と、国家安全保障や政治体制の維持を理由として死刑という最終的な刑罰権を手放さないキューバ政府との間に存在する緊張関係が表れている。
新刑法における死刑制度の現状
2022年の新刑法は、キューバの刑事司法制度を大幅に再編した法律である。その評価において特に問題となるのは、刑罰体系を現代化した一方で、死刑を完全に廃止せず、国家の安全保障や重大犯罪に対して極めて重い刑罰を適用できる構造を残した点である。
国際人権上の観点から見ると、この制度は単純に「死刑を執行している国」と同一視することも、「事実上廃止した国」とみなすこともできない。長期間のモラトリアムは死刑の実際的な運用を抑制しているが、法令そのものが死刑を削除していない以上、政治情勢や治安情勢の変化によって再び死刑が執行される可能性を法的には排除していないからである。
特に注目されるのは、新刑法において死刑の対象となり得る犯罪の多くが、国家安全保障に関連する犯罪類型と結びついていることである。人権団体による分析では、新刑法が死刑を維持するだけでなく、死刑判決の対象となり得る犯罪数を拡大したことが問題視されており、とりわけ国家に対する犯罪をめぐる規定が大きな論点となっている。
この構造は、キューバにおける死刑問題を一般的な刑事政策だけで理解することを難しくしている。殺人などの重大な一般犯罪に対する刑罰として死刑を維持する問題と、国家体制・国家安全保障に関連する犯罪に対して死刑を適用できる問題とでは、人権上のリスクの性質が異なるためである。
国際法上も、死刑を完全に廃止していない国に対して一定の制約が存在することには注意が必要である。国際人権規約(自由権規約)では死刑存置国について「最も重大な犯罪」に限定する考え方が重要となっており、死刑の対象犯罪を国家安全保障や政治的犯罪にまで広げる場合、その犯罪が国際的にいう「最も重大な犯罪」に該当するのかという問題が生じる。
ここでキューバの制度を考えるうえで重要なのは、死刑の執行件数だけを見るのではなく、死刑を科すことが可能な犯罪類型と、その規定がどのように国家権力と結びついているかを見る必要があるという点である。実際の執行がゼロであっても、法律が国家に広範な刑罰権を与えているならば、その制度自体が人権保障に与える影響を検討する必要がある。
また、2026年現在のキューバでは、死刑制度だけでなく、政治的反対派や市民社会に対する刑事法の適用も国際的な懸念事項となっている。欧州議会は2026年6月、キューバで2026年5月末時点に1,281人の政治囚が拘束されていると指摘し、未成年者を含む政治的理由による拘束についても問題視した。
この状況は死刑制度そのものとは区別して考える必要があるが、刑法が国家安全保障、政治活動、外国からの資金、表現活動などをどこまで犯罪として規定しているかという問題と密接に関係する。したがって、本稿では今後、死刑制度だけを単独で取り上げるのではなく、新刑法全体が国家権力と市民の権利との関係をどのように再構成したのかという視点から検証する必要がある。
適用範囲の拡大
2022年12月に施行されたキューバの新刑法をめぐって、最も注目すべき点の一つが死刑適用可能な犯罪類型の扱いである。キューバ政府は新刑法について、死刑を「例外的」に適用する制度として維持し、従来の刑法から4つの犯罪について死刑を削除した一方、23の重大な犯罪類型について死刑を残したと説明している。キューバ政府系紙『グランマ』も、死刑を「極めて重大な23の犯罪類型」に対して例外的に適用可能と説明している。
ただし、この点には資料間で数字の表記に注意が必要である。米州の人権問題を扱うワシントン・オフィス・オン・ラテンアメリカ(WOLA)は2022年の分析で、新刑法には死刑を適用できる犯罪が24あると指摘しており、アムネスティ・インターナショナルは23犯罪としているため、条文の分類方法や集計時点によって数字に差が生じている可能性がある。したがって、本稿ではキューバ政府およびアムネスティの資料に基づき、「23犯罪類型を中心に死刑を維持した」と整理するのが妥当である。
重要なのは、単に死刑の件数が増えたかどうかではなく、国家が死刑を適用できる犯罪の領域をどのように設定したかである。新刑法では、一般的な殺人など生命に対する重大犯罪だけでなく、国家安全保障、テロリズム、国家の重要施設や交通・通信の安全などに関係する犯罪が死刑の対象となり得る構造が残されている。
WOLAは、新刑法で死刑対象犯罪が旧刑法より増加したと分析し、その多くが国家安全保障に関連していると指摘している。例として、人質を取る行為、海上航行の安全を脅かす行為、空港や航空機の安全に対する犯罪などが挙げられており、死刑制度が単純な「重大殺人への刑罰」に限定されていないことが分かる。
もっとも、ここで「死刑対象犯罪が増えた」という説明をそのまま「死刑判決や執行が増加した」と解釈することはできない。キューバでは2003年以降、死刑執行が確認されておらず、新刑法施行後についても、死刑制度の法的存続と実際の執行状況は分けて評価しなければならない。
この区別は極めて重要である。法律上の死刑対象犯罪が存在していても、裁判所が死刑を宣告せず、宣告された場合も減刑されれば、実際の死刑執行数はゼロになり得るからである。
主な対象犯罪
新刑法における死刑制度を理解するには、どのような犯罪が「死刑に値する」と国家によって位置づけられているのかを見る必要がある。大きく分ければ、生命に対する重大犯罪、テロリズム・国家安全保障関連犯罪、交通・航行など社会の重要インフラの安全を脅かす犯罪などが中心となる。
キューバ政府側の説明では、死刑は極めて重大な犯罪についてのみ例外的に残された制度である。政府は同時に、殺人、ジェンダーに基づく殺人、薬物犯罪、国家安全保障に対する犯罪などについて刑罰を厳格化することを新刑法の特徴として説明しており、死刑だけでなく無期自由剥奪や最長30年の自由剥奪も重大犯罪に対する主要な刑罰として位置づけている。
特に問題となるのが、国家安全保障関連犯罪と死刑との結びつきである。国連文書でも、キューバの死刑制度について、反逆、スパイ行為、政府転覆を目的とする組織の設立・参加など、国家安全保障に関係する犯罪が死刑対象となり得ることが国際的な懸念として指摘されてきた。
ここには刑法上の重要な問題がある。殺人のように被害者の生命を直接奪う犯罪と、国家の政治体制や安全保障を脅かすと政府が判断する行為では、犯罪の性質が大きく異なるからである。
国際人権法の観点では、死刑を存置する国であっても、その適用は「最も重大な犯罪」に限定されるべきだという原則が重視されている。国連自由権規約委員会は、死刑は意図的な殺人を伴う極めて重大な犯罪に限定されるべきとの立場を示しており、単なる国家安全保障上の犯罪や政治的犯罪まで死刑の対象にすることには重大な問題が生じる。
この点から見ると、キューバ新刑法の死刑制度については、「執行されていないから問題が小さい」と結論づけることはできない。どの犯罪を死刑対象として残しているのか、そしてその犯罪の定義がどれほど明確であるのかという法的構造そのものを検討する必要がある。
さらに、新刑法は死刑だけを強化した法律ではない。キューバ政府は、刑罰体系を現代化し、家庭内暴力やジェンダーに基づく暴力、差別などへの対応を強化した点を積極的に説明しているため、新刑法には人権保護を強化する側面も存在する。
したがって、学術的には新刑法を全面的に「弾圧法」と評価するだけでは不十分である。実際には、刑事法の現代化や一部の人権保護規定を導入する一方で、国家安全保障、政治活動、情報発信などについては国家の刑罰権を強く維持・拡張しているという、二面性を持った法制度として分析する方が正確である。
死刑廃止の潮流への逆行
国際社会では、20世紀後半以降、死刑を法律上または事実上廃止する国が増加してきた。アムネスティ・インターナショナルは、世界の多数の国が死刑廃止へ向かう中で、キューバの新刑法が23犯罪について死刑を維持したことを「その流れに逆行するもの」と評価している。
ここで注意すべきなのは、「世界的な死刑廃止の潮流」が「世界中で死刑が完全に消滅した」という意味ではないことである。現在でも死刑を法律上存置する国は存在し、死刑執行も一部の国では続いているため、キューバだけが特殊な存在というわけではない。
しかし、キューバの場合には、2003年以降の長期的な執行停止が存在しているにもかかわらず、新刑法で死刑そのものを廃止しなかったことが問題となる。すでに長期間執行していないのであれば、その実績を法律上の完全廃止につなげる選択肢も存在したはずであり、新刑法はその方向には進まなかった。
この点についてキューバ政府は、死刑を常時使用する刑罰ではなく、極めて重大な犯罪に対する例外的な刑罰として維持していると説明する。さらに国連の場では、死刑を実際には20年以上適用しておらず、死刑囚も存在しないという趣旨の説明を行っており、政府自身も実際の運用と法制度の間に一定の距離を置いている。
一方、人権団体からすれば、問題はまさにその「距離」にある。実際に執行していないのであれば、なぜ死刑という不可逆的な刑罰を法律から削除しないのかという疑問が残るためである。
さらに重大なのは、死刑対象犯罪の一部が国家安全保障に関連していることである。政治的緊張が高まった場合、国家安全保障を理由とする刑事法の適用範囲が広がれば、死刑制度そのものが政治的抑圧と結びつく危険性を持つ。
もちろん、現時点で「新刑法によって政治的反対派に死刑が執行されている」と断定することはできない。むしろ問題は、国家安全保障に関する犯罪規定と死刑という極刑が同じ刑罰体系の中に存在すること自体が、司法の独立性や適正手続が十分に保障されているかという問題をより重大にする点にある。
アムネスティは新刑法について、死刑制度だけでなく、公共秩序、抵抗、当局への侮辱、国旗などの国家象徴への侮辱、オンライン上の「虚偽情報」などに関する規定も問題視している。こうした規定と死刑制度を同一の刑法体系の中で見ると、キューバの刑事政策は「重大犯罪への厳罰化」だけではなく、国家の政治的・社会的秩序を守るための刑罰権を広く維持していると分析できる。
したがって、キューバの死刑制度をめぐる本質的な論点は、単純な「死刑賛成・反対」ではない。死刑を長期間執行していない国が、なぜなお法的制度として死刑を保持し、その対象に国家安全保障関連犯罪を含め続けるのかという、刑罰権と国家権力の関係そのものが核心となる。
国際的な懸念と批判
キューバの新刑法に対する国際的な批判は、死刑制度だけを対象としたものではない。むしろ死刑の存続を含め、国家安全保障、政治活動、集会、表現、外国からの資金、インターネット上の情報発信などを刑事法によって規制する範囲が広いことが、一連の人権問題として指摘されている。アムネスティ・インターナショナルは2022年の分析で、新刑法には政府に批判的な人々を処罰・威嚇するために利用され得る規定が多数残され、独立ジャーナリスト、活動家、市民社会組織にとって深刻な問題をもたらすと警告した。
この批判の背景には、キューバの司法制度そのものに対する不信も存在する。アムネスティは、キューバの司法が政府批判者に対する政治的に動機づけられた事件で十分に独立・公平ではなく、検察当局への司法側の従属が疑われるケースがあると指摘している。
死刑制度についても同様の問題がある。死刑は一度執行されれば取り返しがつかないため、国際人権法上は厳格な適正手続、独立した裁判、明確な犯罪構成要件などが特に重要になるが、司法の独立性そのものに疑念が存在する国で死刑を法的に残すことには、制度上のリスクが大きい。
一方、キューバ政府側は、新刑法を単純な弾圧強化策とは位置づけていない。政府は刑法の現代化、被害者の権利の強化、家庭内暴力やジェンダーに基づく暴力への対応、差別の防止などを新刑法の重要な特徴として説明しており、法制度全体を人権侵害の道具として評価することには慎重さが必要である。
したがって、学術的に重要なのは「新刑法は人権を改善したのか、悪化させたのか」という二者択一ではない。むしろ、個人の権利を保護する刑罰規定を導入する一方で、国家安全保障や政治的秩序を理由として市民の行動を広く犯罪化できる仕組みも維持・強化したという二面性を捉える必要がある。
特に国際的な懸念を強めているのが、犯罪の定義に曖昧な表現が含まれていることである。例えば新刑法第120条1項は、国家およびキューバ政府の「憲法秩序と正常な機能を危険にさらす」行為について4年から10年の自由剥奪刑を規定しているが、アムネスティはこうした文言が何を具体的に意味するのか不明確であり、政府批判など正当な表現まで犯罪として扱われる危険があると批判している。
刑罰法規における「明確性」は、単なる法律技術上の問題ではない。犯罪となる行為の境界が曖昧であれば、市民はどこまでが合法的な政治的・社会的活動なのかを予測できず、さらに捜査機関や裁判所による恣意的な解釈の余地も広がるためである。
国際人権法では、表現の自由に対する制約は、法律に基づき、正当な目的を達成するために必要かつ比例的でなければならないという考え方が確立している。そのため「国家の正常な機能を危険にさらす」といった広範な概念を刑事罰につなげる場合、その必要性と比例性を厳格に検証することが求められる。
ここで死刑制度との関係が浮かび上がる。新刑法のすべての政治関連犯罪に死刑が科されるわけではないが、国家安全保障を理由とする犯罪化が広範に存在する場合、最も重い刑罰である死刑を含む刑罰体系全体について、政治的中立性と司法の独立性を検証しなければならない。
政治的抑圧・弾圧への悪用
キューバの刑事法と政治的弾圧との関係を考える上で、転機となったのが2021年7月の大規模抗議運動である。2021年7月11日以降、キューバ各地で政府への抗議デモが発生し、経済状況、物不足、停電、政府の統治などに対する不満が表面化したが、当局は多数の参加者を拘束した。アムネスティはその後も多数の抗議参加者が収監されていると報告している。
重要なのは、新刑法がこうした大規模抗議の後に施行されたことである。2022年12月に施行された時点で、2021年の抗議活動をめぐって多数の人々が刑事手続や収監の対象となっており、さらに2022年にも抗議活動が発生していたため、新刑法は単なる平時の刑法改正ではなく、政治的緊張が高まった時期に導入された法律だった。
アムネスティは、新刑法が従来から存在していた侮辱、公共秩序、犯罪の扇動、国家象徴への侮辱などの犯罪を維持するとともに、一部について刑罰を重くしたと指摘している。2024年の同団体の報告では、これらの犯罪や外国資金に関する規定が曖昧かつ過度に広範であり、活動家、ジャーナリスト、人権擁護者、デモ参加者に対して恣意的に適用される可能性があるとされた。
実際の事件を見ると、政府批判者が「国家転覆を目的とした犯罪者」として扱われるのか、それとも「政治的意見を表明した市民」として扱われるのかという境界が重要になる。例えば芸術家ルイス・マヌエル・オテロ・アルカンタラやラッパーのマイケル・カスティージョ・ペレスらについて、アムネスティとヒューマン・ライツ・ウォッチは、平和的な抗議や政府批判に関連して訴追されたとして問題視した。
こうした事例から直ちに「新刑法が政治犯を作り出した」と単純化することはできない。個々の事件については具体的な行為、証拠、裁判記録を確認する必要があり、政府側が治安や公共秩序を維持する正当な目的を主張する場合もあるためである。
しかし、政治的反対派の活動を犯罪として扱う場合、犯罪構成要件の明確性、逮捕・勾留の必要性、弁護権、公開裁判、司法の独立性などが通常以上に重要になる。特に政府を批判したことそのものが犯罪の重要な要素となるなら、刑事司法が政治的権力の維持に利用されていないかという疑念は避けられない。
さらに、新刑法の問題は「実際にどれだけの人が処罰されたか」だけでは測定できない。刑罰の存在そのものが、市民やジャーナリストに対して「政府を批判すれば逮捕される可能性がある」という心理的圧力を与える場合、それは実際の逮捕件数とは別の形で表現の自由を萎縮させるからである。
この点をアムネスティは「萎縮効果(chilling effect)」として捉えている。つまり、法律が実際に大量適用されなくても、曖昧な犯罪規定と重い刑罰が存在するだけで、市民が抗議、取材、発言、組織化を自ら控えるようになる可能性がある。
そして、この構造が死刑制度と結びつくと問題はさらに重大になる。新刑法において死刑対象犯罪と政治的表現への規制は同一ではないものの、国家安全保障という概念が刑罰体系の中で大きな位置を占める以上、国家に対する行為をどの程度まで重大犯罪として扱うのかは、死刑制度の正当性を判断する上でも重要な論点となる。
したがって、キューバの死刑制度を研究する際には、「2003年以降、死刑が執行されていない」という事実だけで評価を終えるべきではない。死刑を含む刑罰体系が、政治的反対意見をどのように位置づけ、国家安全保障をどのように定義し、市民社会にどの程度の萎縮効果を与えるのかまで含めて分析する必要がある。
また、これは「キューバでは政治犯に死刑が執行されている」という主張とは明確に区別しなければならない。現時点で確認されている中心的な問題は、政治的反対派や抗議参加者に対する自由剥奪刑などの刑事処罰と、死刑制度が法律上存続していることが同時に存在しているという制度的リスクである。
この観点から見ると、国際社会の批判は単なる「キューバは死刑を廃止すべきだ」という一点に集約されない。死刑の法的存続、政治的犯罪の広い定義、司法の独立性、表現・集会の制限、外国資金の規制、オンライン情報への刑事規制が相互に重なっていることこそが、新刑法をめぐる国際的懸念の核心である。
そして、この中でも今後特に重要になるのが、第143条による外国からの資金提供の犯罪化である。この規定は単に資金の違法受領を処罰するだけではなく、独立ジャーナリスト、人権活動家、市民社会組織が海外から支援を受けて活動することそのものに重大な制約を与える可能性がある。
外国からの資金提供の犯罪化(第143条)
キューバ新刑法をめぐる国際的懸念の中でも、とりわけ重要なのが第143条である。同条は「国家の安全に対するその他の行為」に関する犯罪として、キューバ国家とその憲法秩序に反する活動への支出を目的として、資金や物的・金融的資源を支援、促進、融資、提供、受領、保有する行為について、4年から10年の自由剥奪刑を定めている。
条文の特徴は、処罰対象が資金を「提供する側」だけではなく、「受け取る側」にも及ぶことである。また、NGO、国際的機関、各種団体、国内外の自然人・法人などを通じた資金や資源の授受も規定の射程に入り得るため、独立系メディア、人権活動家、市民社会組織などが海外から資金援助を受ける場合、その活動が国家に対する活動と判断されれば刑事責任を問われる可能性が生じる。
ここで重要なのは、第143条が「外国から資金を受け取ること」そのものを一律に犯罪としているわけではない点である。条文上は「国家およびその憲法秩序に反する活動への資金提供を目的とする」という目的要件が置かれているため、合法的な国際協力や一般的な海外送金まで自動的に犯罪になると解釈することは適切ではない。
しかし、国際人権機関が問題視しているのは、その「国家に反する活動」という判断基準の広さである。米州人権委員会(IACHR)は、新刑法第143条について、NGOなどが人権の擁護・促進を目的として国際協力資金を受け取る権利との関係で重大な懸念を表明している。IACHRは、人権活動のための国際的な資金協力を受けることは結社の自由によって保護され得るため、国家による制限は厳格な条件を満たす必要があると指摘している。
この問題は、キューバのように独立した市民社会や政府から独立したメディアの活動空間が限られている国では特に深刻になる。国内資金だけでは活動を維持することが難しい団体にとって海外からの助成金や寄付は重要な資源であり、それを受け取ることが刑事法上のリスクになれば、活動そのものが縮小する可能性がある。
さらに、第143条は死刑制度との直接的な関連性こそないものの、新刑法が国家安全保障を広く捉えていることを示す代表的な規定である。死刑という最も重い刑罰を国家安全保障関連犯罪に残す一方で、外国資金の受領についても国家安全保障の領域に組み込む構造は、刑法が国家防衛だけでなく政治的・社会的秩序の維持にも大きな役割を担っていることを示している。
SNSと言論の自由の制限
新刑法のもう一つの大きな特徴は、インターネットやSNSを従来より明確に刑事法の対象として位置づけたことである。キューバ政府は、通信技術や情報通信サービスの発展に対応するため、サイバー空間で行われる犯罪を刑法上も処理できるようにする必要性を強調している。
一方、アムネスティ・インターナショナルは、こうした規定がSNS上の表現活動を過度に制限する危険性を指摘している。特に新刑法第391条1項は、故意に「虚偽の事実」を流布する行為を処罰対象とし、6か月から2年の自由剥奪刑または罰金、あるいはその双方を規定しており、SNSやメディアを通じて行われた場合にはより重く扱われ得る。
この規定をめぐる最大の問題は、「虚偽情報」の範囲がどこまでなのかという明確性の問題である。政府にとって誤情報であっても、市民やジャーナリストにとっては政府発表に対する批判的な見解、未確認情報、独自取材による報道である可能性があり、刑罰によって両者を区別するには厳格な基準が必要になる。
さらに、新刑法ではSNSを利用して犯罪を扇動することなどについて、デジタル媒体の利用が加重事情となる場合がある。フリーダム・ハウス(Freedom House)は、キューバのオンライン活動について、SNSを利用した集会・抗議活動の組織化や、侮辱、公共秩序、扇動など従来から存在した犯罪との組み合わせによって、オンライン上の政府批判が刑事処罰の対象となるリスクを指摘している。
つまり、SNSは単なる通信手段ではなく、新刑法によって刑事責任が問われ得る「政治的・社会的活動の場」として扱われるようになったと評価できる。政府側から見れば、SNSを利用した犯罪の扇動、詐欺、名誉侵害、個人情報侵害などに対応するための合理的な法整備とも説明できるが、人権団体側から見ると、規定の曖昧さが政府批判や独立報道を抑制する道具になる危険性がある。
特に問題となるのは、オンライン上の表現と現実世界での抗議活動が結びつく場合である。SNSで抗議行動を呼びかけたり、政府の政策を批判したり、経済・社会問題について情報を拡散したりする行為が、どの段階で「犯罪の扇動」や「虚偽情報の流布」と判断されるのかが明確でなければ、市民は合法的な政治的表現についても慎重にならざるを得ない。
この現象は、前回扱った政治的抑圧の問題とも直結する。2021年7月の抗議運動以降、インターネットはキューバ国内の情報を国外へ伝える重要な手段となったため、オンライン空間への刑事規制が強まれば、政府に対する抗議や人権侵害の情報を外部へ伝える能力そのものが弱まる可能性がある。
ただし、ここでも「SNS規制=全面的な言論禁止」と単純化してはいけない。新刑法には通信技術を悪用した犯罪や他者のプライバシー・名誉を侵害する行為への対応という正当な刑事政策上の目的も存在し、問題は規制の存在そのものではなく、何を違法とするのか、誰がその境界を判断するのか、そして政治的表現に対して必要性・比例性が確保されているのかにある。
以上を総合すると、第143条による外国資金の規制とSNS上の表現規制は、死刑制度とは異なる問題でありながら、新刑法の国家安全保障重視という共通した特徴を示している。海外からの資金、人権活動、独立メディア、オンライン上の情報発信などが国家秩序との関係で刑事法の対象となることで、市民社会が活動できる領域が狭まる可能性がある。
したがって、キューバの新刑法を評価する際には、死刑の「執行件数」だけではなく、死刑を含む刑罰体系全体がどのような政治的・社会的環境の中で運用されるのかを確認する必要がある。
新たな課題
2022年施行の新刑法をめぐる最大の課題は、キューバが死刑を実際には長期間執行していないにもかかわらず、法律上の制度として存続させている点にある。2003年以降、死刑執行が確認されていないという実績は、キューバが事実上のモラトリアムを維持していることを示すが、法的には死刑を復活させる余地が残されている。
この「事実上の停止」と「法律上の存続」の乖離は、人権保障の観点から無視できない。死刑は生命を国家が奪う不可逆的な刑罰であるため、司法制度の独立性や適正手続に疑問が残る状況では、実際に執行されているか否かとは別に制度そのもののリスクを検討する必要がある。
第二の課題は、死刑の対象となる犯罪の範囲である。新刑法は死刑を「最も重大な犯罪」に限定するとの説明を行っているものの、国家安全保障、テロ、反逆、スパイ行為などに関連する犯罪が死刑対象となり得ることについては国際的な批判が存在する。国連自由権規約委員会が示してきた基準との関係でも、意図的な殺人を伴わない犯罪に死刑を適用できる制度は重大な検討課題となる。
第三の課題は、刑法の条文が市民社会の活動領域に及ぼす影響である。第143条による外国からの資金提供の犯罪化、SNS上の「虚偽情報」や犯罪扇動に関する規定などは、国家安全保障や公共秩序を守るための規制という側面を持つ一方、独立ジャーナリスト、人権活動家、市民社会組織などの合法的活動を萎縮させる可能性がある。米州人権委員会も、外国資金の受領をめぐる規制が結社の自由や人権擁護活動との関係で問題となり得ると指摘している。
第四の課題は、法律の条文と実際の運用を継続的に検証することの難しさである。キューバでは政治的反対派や独立系市民社会に対するアクセスが限定されており、国外の研究者や国際機関が司法手続の詳細を独立して確認することには制約がある。そのため、新刑法が実際にどの程度、どのような事件に適用されているのかについて、政府発表、人権団体、国際機関、報道機関の情報を相互に照合する必要がある。
この点は、死刑制度の実態を評価するうえでも重要である。死刑執行がないという事実は比較的明確であっても、死刑判決の可能性、捜査・起訴段階での国家安全保障法制の利用、政治的事件における刑罰の実態などは、公開情報だけでは全体像を把握しにくいからである。
今後の展望
今後の最大の焦点は、キューバが長年維持してきた死刑執行停止を、最終的に法律上の死刑廃止へ発展させるかどうかである。2003年以降の長期的な執行停止は、死刑制度を維持しながら実際には使用しないという政策が可能であることを示しており、法的廃止へ移行するための一つの基盤にもなり得る。
国際的には、死刑廃止を促進する動きが続いている。アムネスティ・インターナショナルによれば、2025年には世界で少なくとも2,707件の死刑執行が確認された一方、執行国は依然として一部の国に集中しており、世界的には死刑廃止国が多数派となっている。したがって、キューバが死刑を廃止すれば、長期モラトリアムを法律上の廃止へ転換する国際的な流れに沿うことになる。
一方で、キューバ政府が死刑を維持する最大の理由の一つは、重大な国家安全保障上の脅威に対する最終的な刑罰権を確保することにあると考えられる。キューバ政府は新刑法を、国家の主権、独立、憲法秩序を守るための法的枠組みとして位置づけており、死刑を完全に廃止することには慎重な姿勢を示している。
そのため、近い将来に完全廃止が実現するかどうかは予断を許さない。ただし、仮に死刑を存続させるのであれば、少なくとも対象犯罪を国際人権法上の「最も重大な犯罪」に限定すること、政治的犯罪や表現活動に対する死刑適用を排除すること、裁判の独立性と適正手続を確保することが不可欠となる。
さらに重要なのは、死刑制度だけを切り離して改革するのではなく、新刑法全体における国家安全保障関連犯罪の定義を明確化することである。第143条による外国資金規制やSNS上の情報発信に関する犯罪規定についても、正当な人権活動や政治的表現を犯罪化しないよう、必要性と比例性を明確にすることが求められる。
国際機関との協力も重要になる。国連人権機関や米州人権機関による勧告を受け入れ、刑事法の適用実態を透明化し、政治的事件について司法手続へのアクセスを改善することができれば、新刑法に対する国際的な懸念を軽減する可能性がある。
まとめ
キューバの死刑制度をめぐる最大の特徴は、2003年以降、死刑執行が確認されていないにもかかわらず、2022年施行の新刑法が死刑を法律上廃止しなかったことにある。したがって、キューバを「死刑を事実上停止している国」と評価することはできても、「死刑を廃止した国」と分類することはできない。
新刑法は刑事法の現代化という側面を持ち、家庭内暴力やジェンダーに基づく暴力などへの対応を強化した点も評価できる。しかし同時に、死刑を含む重大な刑罰を国家安全保障関連犯罪に適用できる構造を維持し、さらに外国資金の受領やオンライン上の表現などを刑事規制の対象としたため、人権保障との緊張関係を強めている。
特に問題となるのは、国家安全保障という概念が刑法の広い領域に入り込んでいることである。第143条による外国資金の規制は、国家に敵対する活動への資金提供を防止するという目的自体には一定の合理性があるが、規定が広く運用されれば、海外から支援を受ける独立メディアや人権団体の活動を抑制する可能性がある。
SNSに関する規定も同様である。虚偽情報や犯罪扇動への対策には正当な公共目的が存在するものの、その定義が曖昧であれば、政府批判、独立報道、抗議活動に関する情報発信まで刑事処罰の対象となり得るため、表現の自由との間で厳格な線引きが必要となる。
したがって、キューバ新刑法の問題を「死刑制度の存続」という一点だけで理解するのは不十分である。より本質的には、国家安全保障を理由とする刑罰権をどこまで広く認めるのか、その権限を司法がどの程度独立して監視できるのか、そして市民が政府を批判する自由をどこまで保障するのかという問題なのである。
死刑については、長期モラトリアムを法律上の廃止へ移行させることが最も明確な人権保障となる。一方、廃止に至らない場合でも、死刑対象犯罪を国際人権法上の最も重大な犯罪に限定し、政治的犯罪や表現・結社活動との関係を明確に切り離すことが最低限必要となる。
総合的に評価すると、キューバの新刑法は「死刑を積極的に執行する法律」というより、死刑という国家の最終的な刑罰権を温存しながら、国家安全保障を中心として刑事規制の広い枠組みを維持した法律と位置づける方が正確である。今後の評価では、死刑執行の有無だけでなく、実際の裁判、政治犯の処遇、外国資金規制、オンライン表現への適用事例などを継続的に追跡する必要がある。
参考・引用リスト
- Amnesty International, Cuba: El nuevo Código Penal presenta un panorama aterrador para 2023 y años posteriores, 2022. 新刑法の死刑、表現の自由、政治活動、外国資金などに関する分析。
- Amnesty International, Cuba — Human Rights. キューバの死刑制度、政治的拘禁、人権状況に関する国別資料。
- Amnesty International, Death Sentences and Executions 2025, 2026. 世界各国の死刑判決・死刑執行および死刑廃止の国際的動向に関する年次報告。
- Organización de los Estados Americanos / Inter-American Commission on Human Rights, Annual Report 2022. キューバにおける人権状況および外国資金規制、市民社会の活動に関する評価。
- WOLA, 5 Concerns About Cuba's New Penal Code, 2022. 新刑法の国家安全保障、表現の自由、死刑等に関する分析。
- WIPO Lex, Cuba — Law No. 151, Penal Code. キューバ新刑法の法令本文を確認するための資料。
- Freedom House, Freedom on the Net 2022 — Cuba. インターネット、SNS、オンライン上の表現の自由に関する評価。
- United Nations Human Rights Committee, 自由権規約に関するキューバ関連資料。死刑の対象犯罪、国家安全保障関連犯罪、適正手続等を検討する際の国際人権法上の基準として参照した。
- United Nations Office of the High Commissioner for Human Rights, International Covenant on Civil and Political Rights. 死刑、生命に対する権利、表現の自由、結社の自由等を検討する際の基本的な国際人権法上の基準として参照した。
