AIが世界の経済格差を拡大する、国連が警告、途上国が直面している「2つの壁」

今回の国連高官の警告は、AIの技術革新が世界経済に新たな発展機会をもたらす一方、その恩恵を受けられる国と受けられない国の間で、経済格差が拡大する危険性を指摘したものだ。
AIと経済格差のイメージ
現状(2026年10月時点)

人工知能(AI)の急速な普及が、世界経済の構造を大きく変え始めている。文章や画像の生成、翻訳、プログラミング、医療診断、製造工程の最適化、金融取引の分析など、かつて高度な専門知識や多くの労働力を必要とした業務が、AIによって短時間かつ低コストで実行できるようになった。

AIは単なる新しい情報技術ではない。企業の生産性、国家の産業競争力、労働市場、教育、行政サービスなど、経済社会の広範囲に影響を及ぼす基盤技術になりつつある。とりわけ、膨大なデータを処理する能力や高性能な計算設備を保有する企業・国家ほど、AIの開発と活用から大きな利益を得られる構造が形成されている。

しかし、この技術革新の恩恵は世界中に均等に広がっているわけではない。米国や中国をはじめとする先進国では、巨大な資本を持つ企業が高性能なAIモデルの開発に巨額の資金を投じ、データセンター、半導体、電力供給、通信網、高度人材を組み合わせた産業基盤の整備を進めている。

一方、アフリカ、南アジア、中南米などの途上国では、AIを導入する以前の段階で、安定した電力供給や高速通信網、計算設備、専門人材の不足が深刻な制約となっている。インターネットに接続できない人々が依然として多く、接続できる場合でも、通信料金や端末の価格が利用の障壁になる地域は少なくない。

この違いは、単に先進国と途上国の技術水準に差があるという問題ではない。AIを開発する側と、完成したサービスを購入して利用する側との間に、産業構造そのものの格差が生まれる可能性を意味している。

特に問題なのは、AIが普及するほど、先行して技術基盤を整えた国や企業がさらに優位になる可能性があることだ。大量の利用データを蓄積し、モデルの性能を改善し、サービスを世界市場に展開できる企業は、利用者が増えるほど競争力を高められるが、こうした循環に参加できない国は経済的な利益を十分に獲得できない。

2026年10月、この問題について国連関係者から改めて警告が発せられた。AIが世界経済の生産性を高める一方で、途上国がインフラや人材の不足によって技術革新から取り残されれば、国家間の経済格差が拡大するという懸念である。

この警告の核心は、AIそのものが格差を生み出すという単純な技術批判ではない。AIを利用できる国と利用するための条件を整えられない国との間で、経済成長の機会、産業競争力、雇用、所得の格差が連鎖的に広がる危険性を指摘したものだ。

警告の背景:何が問題視されているのか

今回の警告を発したのは、国連の専門機関である国際電気通信連合(ITU)のトマス・ラマナウスカス副事務局長だ。同氏は2026年10月25日、カタールのドーハで開催された国連貿易開発会議の世界投資フォーラムに関連して、AIへのアクセス格差が従来のデジタル格差を超え、国家間の経済的・社会的な機会の格差を拡大させる危険性を指摘した。

同氏が問題視したのは、AIを利用できるかどうかだけではない。AIを使って生産性を高め、新しい産業を生み出し、国際市場で競争できる経済環境を持っているかどうかという、国家の発展能力そのものの格差である。

従来のデジタル格差は、主としてインターネットへの接続環境や情報通信機器の保有状況によって説明されてきた。しかし、AI時代の格差はさらに複雑であり、高性能な計算設備、膨大なデータ、半導体、電力、通信網、研究開発資金、専門人材、法制度など、複数の条件がそろわなければ本格的な産業利用が難しい。

つまり、インターネットに接続できれば経済活動に参加できた時代から、AIを十分に活用できる産業基盤を持っているかどうかが競争力を左右する時代へ移行している。途上国が直面しているのは、単なる通信環境の遅れではなく、AIを生み出し、改良し、国内経済に組み込むための総合的な能力の不足だ。

国際電気通信連合の2026年10月30日の分析によると、世界では約22億人が依然としてインターネットに接続していない。また、既知のAIスーパーコンピューターの処理能力の約90%がわずか2カ国に集中し、アフリカと中南米を合わせたデータセンターの容量は世界全体の3.3%にとどまる。

こうした数字は、AIを支える基盤が地理的にも経済的にも極端に偏っていることを示している。先進国の一部では、企業が新しいAIモデルを開発するために巨額の投資を続けている一方、途上国の多くは、そのモデルを安定して利用するための電力や通信環境さえ十分に確保できていない。

さらに、投資の偏在も深刻だ。国連貿易開発会議の2026年の分析では、AI関連インフラへの新規投資が急速に増加している一方、2020〜2025年における戦略分野への新規投資のうち、低所得国と低中所得国が獲得した割合は約10%にとどまった。

ここで重要なのは、AIへの投資が単独の設備投資では完結しないという点だ。データセンターを建設するには、安定した電力、水資源、冷却設備、高速通信網、専門技術者、予測可能な法制度などが必要になるため、これらの条件をすでに備えた国や地域に投資が集中しやすい。

結果として、投資を呼び込める国はさらにインフラを整備し、企業や研究者を集め、技術開発を加速させることができる。反対に、基盤が不足している国は投資対象として選ばれにくく、技術力や産業競争力を高める機会まで失うという悪循環に陥る。

国連事務総長が2026年9月11日に公表した報告書も、この問題を国家間のAI能力格差として取り上げている。同報告書によれば、2025年6月時点で、世界の共同利用型データセンター容量の77%を高所得国が占める一方、低所得国の割合は0.1%未満だった。

また、2025年時点で国家AI戦略を策定していた国は加盟国の約半数に達していたが、後発開発途上国では20%未満にとどまった。これは、AIを導入するための設備だけでなく、国家として技術政策を立案し、企業や行政を支援する制度的な能力にも大きな差が存在することを意味する。

このため、国連が懸念しているのは、AI産業の中心が一部の先進国に集中することだけではない。AIを利用することで生産性を高められる国と、利用環境が整わず従来の産業構造にとどまる国との間で、経済成長率や所得水準の差がさらに広がる可能性である。

途上国が直面している「2つの壁」

途上国がAI時代に取り残される原因は、複数の要因が重なっているが、大きく整理すると2つの壁に集約できる。

第1の壁は、AIを動かすための物理的・デジタルインフラの不足である。AIの利用には、電力、通信網、計算設備、データへのアクセスが必要だが、途上国ではこれらの基盤が十分に整っていない。

第2の壁は、AIを開発・運用・管理し、国内の産業や社会に適応させる高度人材の不足である。仮に海外からAIシステムや設備を導入できたとしても、それを改良し、地域の実情に合わせ、産業として定着させる人材がいなければ、経済的な利益を十分に生み出すことは難しい。

この2つの問題は独立しているわけではない。インフラが不足すれば研究者や技術者が十分に能力を発揮できず、人材が不足すればインフラへの投資を有効に活用できないという相互依存関係にある。

その結果、途上国はAIを利用するための設備を海外に依存し、専門的な知識も国外から調達しなければならなくなる。AIの導入が進んでも、国内に技術や資本が蓄積されず、経済成長の果実が国外の企業に流出する危険性が高まる。

① 物理的・デジタルインフラの圧倒的な不足

AIを経済成長に結びつけるためには、単にソフトウェアを導入すればよいわけではない。膨大な情報を保存・処理するデータセンター、高性能半導体、安定した電力供給、高速通信網、冷却設備など、複数のインフラを一体的に整備する必要がある。

ところが、途上国の多くでは、こうした基盤が十分に整っていない。都市部では通信網が整備されていても、農村部や遠隔地では高速通信が利用できず、電力供給が不安定な地域もあるため、AIを継続的に利用するための条件そのものが欠けている。

特に深刻なのが、AIの開発と運用に不可欠なデータセンターの地域的な偏在である。データセンターは、AIモデルの学習や推論、企業の情報処理を担う中核施設であり、その規模と性能は、国や企業が利用できる計算能力を大きく左右する。

世界のデータセンター投資は、電力や通信網が整備され、資金調達が容易で、技術者を確保しやすい米国、中国、欧州などに集中している。これに対し、アフリカや南アジア、中南米の多くの国では、大規模な施設を建設・運営するための資本、電力、土地、技術者を十分に確保できていない。

国連事務総長が2026年9月に公表した報告書では、2025年6月時点で世界の共同利用型データセンター容量の77%が高所得国に集中し、低所得国の割合は0.1%未満だったとされる。この極端な偏りは、途上国がAIの利用者であるだけでなく、AIの開発や計算処理を担う側に回ることも難しい状況を示している。

データセンターの不足は、単に施設数が少ないという問題にとどまらない。国内に十分な計算能力がなければ、AIの学習や大規模な情報処理を海外の施設に依存せざるを得ず、通信遅延、利用料金、国外へのデータ移転、サービス提供企業への依存といった問題が発生する。

また、AIの利用が拡大するほど、データセンターの電力需要も増加する。高性能な半導体を大量に稼働させるには安定した電力供給が必要であり、施設の冷却にも大量のエネルギーと水が必要になる場合がある。

先進国では、電力会社や民間企業が大規模な設備投資を行い、データセンターの増設に対応している。一方、電力不足や送電網の未整備に直面する途上国では、データセンターの建設計画があっても、安定した電力を長期的に確保できず、事業化が難しくなる。

この問題は、AI産業だけでなく、途上国の既存産業にも影響する。電力供給に余裕がない国では、AI関連施設への電力配分を増やすことが、一般家庭や製造業、医療機関などの電力利用と競合する可能性があるためだ。

さらに、通信環境の格差もAI普及の大きな障害になっている。AIサービスの多くはインターネットを通じて提供されるため、通信速度が遅い、接続が不安定、利用料金が高いといった条件では、企業も個人も十分に活用できない。

世界全体で約22億人がインターネットに接続していないという国際電気通信連合の推計は、AIの普及以前に、基本的なデジタル環境を利用できない人々が依然として多数存在することを示している。接続環境があっても、端末を購入できない、通信料金を支払えない、デジタル技術を使いこなす教育を受けていないといった問題が残る。

こうした格差は、都市部と農村部、富裕層と低所得層の間にも存在する。国家全体のインターネット普及率が改善しても、経済的に恵まれた地域や企業だけが高性能な通信環境を利用できるのであれば、AIの恩恵が社会全体に広がるとは限らない。

データセンターの偏在

AI時代におけるデータセンターは、かつての工場や発電所に匹敵する戦略的な経済インフラになりつつある。大量の計算処理を必要とするAIの開発では、データセンターの規模、半導体の性能、電力供給能力が技術競争の重要な条件となる。

このため、データセンターを多数保有する国は、AI関連企業を誘致し、研究開発を促進し、国内に新しい産業を形成する機会を得られる。データセンターの存在は、直接的な施設投資だけでなく、半導体、電力、通信、建設、保守、ソフトウェアなど周辺産業の成長にもつながる。

一方、データセンターを持たない国は、海外企業が提供する計算資源を購入しなければならない。AIを使うたびに海外のサービス事業者に料金を支払い、利用者や企業が生み出したデータも国外の設備で処理される構造になりやすい。

もちろん、すべての国が巨大なデータセンターを自国に建設する必要があるわけではない。共同利用施設や地域単位の計算基盤を整備し、複数国で設備を共有する方法もあるが、その場合でも利用料金、データ管理、技術的な主導権をどう確保するかが課題になる。

さらに、データセンターの立地は、国家間の経済関係にも影響する。海外企業が途上国に施設を建設しても、主要な設備や技術、経営権を外国企業が握り、現地には建設・保守など限定的な雇用しか生まれない場合、国内に蓄積される付加価値は小さくなる。

したがって、重要なのはデータセンターの建設数だけではない。現地企業が運営に参加できるか、国内の研究機関が計算資源を利用できるか、現地の技術者が育成されるか、国内産業の生産性向上につながるかという点まで考える必要がある。

電力・通信環境の脆弱性

途上国のインフラ問題を考えるうえで、特に重要なのが電力へのアクセスである。AIの計算処理は大量の電力を必要とし、データセンターの運営には停電を防ぐための予備電源や送電設備も欠かせない。

アフリカでは、依然として約6億人が電力を利用できない状況にある。こうした地域でAI向けの大規模施設を建設しようとすれば、データセンターだけでなく、発電所や送電網の整備まで必要になり、投資規模はさらに膨らむ。

国際エネルギー機関は、世界のデータセンターの電力消費が2030年までにおおむね倍増するとの見通しを示している。AIの普及によって電力需要が増加するなか、発電能力や送電網の整備が追いつかなければ、電力価格の上昇や供給制限が発生する可能性がある。

ここには、途上国特有の難しい問題がある。限られた財政資源を使ってAI関連施設への電力供給を優先するのか、それとも電力を利用できない一般家庭や学校、病院、既存産業への供給を優先するのかという政策上の選択である。

仮に海外企業のデータセンター誘致に成功しても、そのために発電所や送電網の整備費用を政府や国営電力会社が負担し、事業の収益は外国企業に集中するのであれば、国民経済全体にとって望ましい投資とは限らない。需要予測が外れた場合、建設費や維持費の負担が電力会社や納税者に転嫁される危険もある。

通信環境にも同様の問題が存在する。海底通信ケーブルや国際回線への接続が不十分な国では、海外のAIサービスを利用する際の通信費用が高くなり、企業活動の効率も低下する。

さらに、地方の通信網が整備されていなければ、農業、教育、医療などAIの導入効果が期待される分野に技術を普及させることも難しい。都市部の大企業だけがAIを活用し、農村部の小規模事業者や低所得層が取り残されるという、国内の格差拡大にもつながる。

巨額の投資ギャップ

こうしたインフラ不足の根本には、途上国が必要な投資資金を確保できないという問題がある。AI関連施設は初期投資が極めて大きく、設備の更新も必要になるため、短期間で投資を回収できる事業ではない。

2026年10月26日、国連貿易開発会議のペドロ・マヌエル・モレノ事務局長代行は、同年のAIインフラ関連支出が約8,000億ドルに達するとの見通しを示した。また、2020〜2025年のAIインフラへの新規投資は年平均47%のペースで増加しており、2020年代末までの累積支出は約8兆ドルに近づくとの予測を示している。

しかし、この巨額の資金が世界中に均等に流れているわけではない。投資家は、電力供給、通信網、政治的安定性、法制度、顧客需要などの条件が整った地域を優先するため、既存の産業基盤が弱い国ほど投資を獲得しにくい。

国連関係者が指摘するように、2020〜2025年に戦略分野への新規投資で低所得国と低中所得国が獲得した割合は約10%にとどまる。AIインフラへの投資が拡大しても、途上国がその成長資金を十分に取り込めていないという構造がある。

民間投資だけに依存することにも限界がある。データセンターの建設には長期的な需要が必要だが、所得水準が低く、企業のデジタル化も進んでいない国では、施設を建設しても十分な利用者を確保できるか不透明だからだ。

また、途上国政府には、教育、医療、食料安全保障、道路、上下水道など、優先度の高い公共投資が数多く存在する。財政余力が乏しい国では、AI関連インフラに巨額の予算を振り向けること自体が難しい。

世界銀行などの国際機関が資金支援を行う場合でも、単発の施設建設だけでは問題を解決できない。発電、通信、教育、行政制度、データ管理を一体的に整備しなければ、設備を導入しても十分に活用できず、投資効果が限定されるためだ。

したがって、途上国に必要なのは、単純にデータセンターの建設資金を提供することではない。国内産業の需要を育て、民間投資を呼び込み、公共インフラを整備し、長期的に維持できる経済環境を形成することである。

② 高度人材の不足と「頭脳流出(ブレイン・ドレイン)」

インフラ不足と並んで深刻なのが、AIを開発・運用する高度人材の不足である。AI産業では、単にソフトウェアを操作できる人材だけでなく、数学、統計学、情報科学、半導体工学、データ分析、機械学習などの専門知識を持つ研究者や技術者が必要になる。

さらに、AIを実際の産業に導入するためには、技術者以外にも、経営者、行政担当者、法律家、教育関係者など、幅広い分野の専門人材が欠かせない。AIの性能を理解し、導入による効果とリスクを評価し、国内の産業や社会制度に適合させる能力が必要だからだ。

しかし、多くの途上国では、こうした人材を継続的に育成する教育・研究環境が整っていない。大学の研究設備が不足し、専門教員も限られ、企業と大学の共同研究も十分に発展していない国が少なくない。

国際通貨基金が2026年に公表したサハラ以南アフリカのAIに関する分析では、同地域の高等教育機関に在籍する学生のうち、科学・技術・工学・数学分野を専攻する割合は25%未満とされる。また、高等教育への進学率も約9%で、世界平均の約40%を大きく下回っている。

この数字は、AIの専門家を育てる以前に、科学技術分野の人材を十分に供給できる教育基盤が不足していることを示す。高度な研究を行う大学院や研究機関が少なければ、国内で専門性を高める機会も限られる。

専門家・研究者の不在

AI研究には、優秀な研究者だけでなく、研究を継続できる環境が必要になる。高性能な計算設備、研究資金、学術論文へのアクセス、国際的な共同研究ネットワーク、安定した雇用などがそろわなければ、研究者は十分な成果を上げにくい。

途上国では、研究資金が限られているため、大学や研究機関が高性能な計算設備を購入できない場合がある。研究者が海外の計算資源を利用しようとしても、利用料金や通信環境が障壁になり、研究の速度や規模が制限される。

国連開発計画の2024年の調査を引用した国際通貨基金の分析では、高性能計算設備を安定して利用できるアフリカのAI人材は、全体の約5%にとどまるとされる。研究環境の差は、単に設備の性能差ではなく、研究者が仮説を検証し、新しい技術を開発する機会の差にも直結している。

同じ研究開発でも、先進国の研究者が短時間で何度も実験を繰り返せる一方、途上国の研究者は計算資源の順番待ちや利用制限によって、結果を得るまでに長い時間を要することがある。国際通貨基金の分析では、アフリカの研究者が1回の計算結果を得るまで最大6日かかる場合があるのに対し、先進7カ国の研究者は30分ごとにモデルの試行を繰り返せるという格差が紹介されている。

この差は、研究成果の蓄積にも影響する。実験回数が少なければ、モデルの改良や新しい手法の検証に時間がかかり、国際的な研究競争で不利になる。結果として、研究者が国内にとどまっていても、研究活動そのものが海外に比べて遅れやすい。

さらに、研究成果を産業化するための企業や投資家も不足している。大学で優れた研究が行われても、それを製品やサービスに転換する企業、資金を提供する投資家、事業を拡大する経営人材が存在しなければ、国内に新しい産業が育ちにくい。

優秀層の流出

こうした環境が、頭脳流出を引き起こす大きな要因になっている。頭脳流出とは、教育や研究を通じて高度な能力を身につけた人材が、より良い待遇や研究環境、雇用機会を求めて国外へ移住する現象である。

AI分野では、米国や欧州などの先進国が世界中から研究者や技術者を積極的に採用している。高い給与、充実した研究設備、潤沢な資金、優秀な研究者との交流など、途上国では得にくい条件がそろっているためだ。

途上国の大学が公的資金を投入して優秀な学生を育成しても、卒業後に海外企業や研究機関へ就職すれば、教育投資によって形成された人的資本が国外で活用されることになる。国内では専門家が不足したままになり、次世代の研究者や技術者を育てる指導者も減少する。

この現象は、単に個人が海外で働くという問題ではない。研究者が国外へ移ることで、大学の教育能力、企業の技術開発能力、行政の政策立案能力まで弱体化する可能性がある。

特にAIのような急成長分野では、少数の優秀な研究者が研究チームや企業の技術力を大きく左右する。高度人材の流出は、国内企業がAI関連の事業を立ち上げる機会を減らし、海外企業への依存を強める要因にもなる。

もっとも、海外への人材移動が必ずしも途上国にとって損失になるわけではない。海外で経験を積んだ研究者が帰国して起業したり、母国の大学と共同研究を行ったり、海外から資金や技術を持ち込んだりすれば、国内の発展に貢献する可能性もある。

問題は、海外に移住した人材と母国とのつながりが失われ、知識や技術が国内に還元されないことだ。帰国しても研究できる設備がない、起業しても資金調達が難しい、大学や企業に適切なポストがないという状況では、人材の循環は生まれにくい。

したがって、途上国に求められるのは、海外移住を制限することではなく、優秀な人材が国内でも研究・起業・就職できる環境を整えることである。研究設備への投資、大学と企業の連携、競争力のある待遇、国際共同研究への参加機会を増やすことが、頭脳流出を緩和するための重要な条件になる。

何が起きているのか:格差拡大の具体的なメカニズム

途上国が直面するインフラ不足と高度人材の不足は、それぞれ独立した問題ではない。この2つが重なることで、AIを開発する能力、産業に導入する能力、技術から利益を生み出す能力に差が生じ、その差が国家間の経済格差へと転化していく。

重要なのは、AIを導入できる国と導入できない国の差が、時間の経過とともに自然に縮小するとは限らないことだ。むしろ、先行する国や企業が技術、資本、データ、人材を集積することで競争力をさらに高め、後発国が追いつくための条件が一段と厳しくなる可能性がある。

産業・経済の周縁化

AIによる経済格差の拡大で、最も重要な問題の1つが、途上国の産業が世界経済の周縁に追いやられる危険性である。周縁化とは、国際的な産業活動に参加していても、付加価値の高い工程や技術開発、経営上の意思決定を担えず、低収益の業務にとどまる状態を指す。

従来の国際分業では、先進国が研究開発、設計、金融、ブランド管理などを担い、途上国が原材料の供給や労働集約型の製造工程を担う構造が存在してきた。AIの普及によって、この分業構造がさらに高度化し、途上国が新しい技術産業の中心部分に参加できない可能性がある。

例えば、AIを活用した製造業では、設計、品質管理、需要予測、物流、在庫管理などを統合的に最適化できる。こうした技術を持つ企業は、少ない労働力で高い生産性を実現し、国際市場で価格と品質の両面から競争力を高められる。

一方、AIを導入できない途上国の企業は、人手に依存した従来型の生産方式を続けざるを得ない。人件費の安さだけを競争力の源泉とする産業は、AIや自動化設備を導入した企業との競争で不利になり、受注や市場シェアを失う可能性がある。

これは、単に一部の企業が競争に負けるという問題ではない。製造業の生産性が低下すれば、輸出競争力が弱まり、雇用や賃金、税収にも影響が及ぶ。国内産業の成長が鈍化すれば、教育やインフラに再投資するための財政余力も小さくなる。

特に懸念されるのが、先進国企業による生産工程の自動化が進むことで、途上国の労働集約型産業の優位性が失われることだ。これまで途上国は、比較的安価な労働力を提供することで国際的な製造拠点として発展してきたが、AIやロボットによって人件費の重要性が低下すれば、先進国に生産拠点が回帰する可能性もある。

ただし、AIの普及が途上国の製造業を必ず衰退させるわけではない。AIを活用した品質管理や設備保全、物流の効率化は、途上国の企業にも生産性向上の機会を提供する。問題は、その技術を導入するための資金や人材を確保できる企業と、そうでない企業の間に格差が生じることだ。

農業でも同様の構造が考えられる。先進的な農業経営では、衛星情報、気象予測、土壌データ、画像解析などを利用して、作付けや灌漑、肥料の使用量を最適化できる。こうした技術を利用できる大規模農業企業は、収穫量や品質を改善し、国際市場での競争力を高められる。

一方、通信網や農業データの整備が遅れた地域では、農家が十分な情報を得られず、従来の経験や勘に依存した生産を続けることになる。結果として、生産性や収益性の差が広がり、農業分野でも技術を利用できる企業と小規模農家の格差が拡大する可能性がある。

さらに、AIによる産業構造の変化は、雇用にも影響する。事務処理、翻訳、顧客対応、会計、情報整理、基礎的な分析業務などは自動化の影響を受けやすく、これらの業務を担う労働者の仕事が減少したり、賃金が抑制されたりする可能性がある。

特に、海外企業から事務処理や顧客対応などを受託してきた途上国では、AIによる業務自動化が既存の雇用モデルを揺るがす。インドやフィリピンなどでは、情報技術を利用した業務受託産業が雇用や外貨獲得の重要な手段になっているが、生成AIがこうした業務の一部を代替すれば、従来の成長経路が制約される可能性がある。

国際労働機関などの研究が示すように、AIの雇用への影響は国や産業によって異なる。すべての仕事が消滅するわけではなく、AIによって業務の一部が補助され、生産性が向上する場合もあるが、労働者が新しい業務に移行するための教育や訓練を受けられなければ、所得格差が拡大する危険がある。

このように、途上国の産業が周縁化する過程では、技術導入の遅れが企業の競争力低下を招き、雇用や所得の悪化につながり、それがさらに技術投資を難しくするという悪循環が形成される。

「買い手・利用者」への固定化

途上国がAI産業の周縁に追いやられるもう1つの重要なメカニズムが、海外企業のAIサービスを購入・利用するだけの立場に固定されることである。AIを開発する国と、完成したAIを利用する国との間では、経済的に得られる利益の大きさが異なる。

AIの開発には、半導体、計算設備、研究者、データ、資金などが必要になる一方、完成したサービスはインターネットを通じて世界中に販売できる。巨大な開発費を負担した企業は、サービスの利用者が増えるほど収益を拡大でき、利用データを蓄積して製品の改善につなげることもできる。

例えば、途上国の企業が海外企業のAIサービスを導入した場合、業務の効率化や人件費の削減といった利益を得ることはできる。しかし、AIモデルの所有権、基盤技術、知的財産権、サービスの価格決定権などは、通常、提供企業側にある。

そのため、途上国の企業はAIを利用して生産性を高めても、技術そのものから利益を得る立場にはなりにくい。利用料金を支払い続ける必要があり、サービスの仕様変更や価格改定が行われた場合にも、提供企業の判断に左右される。

この関係は、クラウドサービスや業務用ソフトウェアにも存在するが、AIでは依存の範囲がさらに広がる可能性がある。企業の会計、顧客管理、商品開発、物流、採用、経営判断などにAIが組み込まれると、特定の海外サービスへの依存が企業活動全体に及ぶからだ。

また、AIサービスの利用料金が低下したとしても、途上国側に技術や知的財産が蓄積されるとは限らない。海外企業が提供するサービスを安価に利用できることと、国内にAI産業が形成されることは別の問題である。

ここで注目すべきなのが、AIによる付加価値の分配である。AIを利用する企業は業務効率化によって利益を増やせるが、基盤モデルを提供する企業は利用料や企業向け契約、追加機能などを通じて継続的な収益を得られる。

さらに、サービスの利用者が増えるほど、提供企業は利用状況や評価情報を蓄積し、製品改善に活用できる。利用者が多い企業ほどサービスの競争力が高まるという循環が生まれ、先行企業の市場支配力が強まる可能性がある。

途上国の企業がこうしたサービスを利用するだけであれば、国内に蓄積されるのは主として利用ノウハウであり、AIの基盤技術や研究開発能力ではない。国内企業が独自のサービスを開発できなければ、AI関連市場が成長しても、収益の大部分は海外の技術提供企業に流れる構造が続く。

もっとも、海外のAIサービスを購入すること自体が悪いわけではない。自国で高性能なAIを開発するには巨額の費用が必要であり、海外技術を利用することで、途上国の中小企業や行政機関が比較的低いコストで生産性を高められる利点もある。

問題は、海外技術の導入が国内の技術開発や人材育成につながらず、恒常的な依存関係を形成することだ。利用するだけの段階から、現地の企業や研究機関が改良、開発、運営に参加する段階へ移行できるかどうかが、長期的な経済格差を左右する。

ローカルな課題の放置

AIの普及によって途上国が不利になるもう1つの問題は、現地の言語、文化、産業、社会環境に対応した技術が十分に開発されないことである。AIは大量のデータを使って学習するため、学習に利用できる情報が少ない地域や言語では、十分な性能を発揮できない場合がある。

特にアフリカや南アジアでは、多数の地域言語が使用されているが、世界的なAIモデルの学習データは、英語など一部の主要言語に偏っている。大規模な情報が存在する言語では自然な文章生成や翻訳が可能でも、デジタル上の情報が少ない言語では誤訳や不自然な回答が増える可能性がある。

この問題は、単なる翻訳精度の差ではない。教育、医療、行政、金融など、社会生活に必要なサービスがAIによって提供されるようになった場合、地域言語への対応が不十分であれば、住民がサービスを十分に利用できなくなる。

例えば、農村地域の農家が病害虫の発生や気象条件についてAIに相談しようとしても、地域の農業事情や使用言語に対応していなければ、実用的な助言を得られない可能性がある。土壌、作物、気候、流通事情などの地域固有の情報が不足していれば、一般的な回答にとどまり、現場の問題解決につながらない。

医療分野でも同様である。AIによる診断支援や健康相談は、医師や医療施設が不足する地域で有効な手段になり得るが、地域の疾病構造、医薬品の入手状況、医療制度、使用言語などを十分に反映できなければ、誤った助言や不適切な判断につながる危険がある。

教育分野では、先進国向けに開発されたAI教材が、途上国の教育課程や授業環境に適合しない可能性がある。教科書の内容、教師の指導方法、児童の学習環境、地域の文化的背景などが異なるため、単純に海外の教材を導入しても期待した効果が得られるとは限らない。

さらに、現地の課題に対応したAIを開発するには、地域のデータを収集・整理し、研究者や技術者がモデルを調整する必要がある。しかし、データ管理の制度や専門人材が不足していれば、こうした開発は進みにくい。

その結果、世界的なAI企業が提供する標準的なサービスは普及しても、地域固有の問題を解決する技術は十分に発展しないという状況が生まれる。AIの利用者は増えても、途上国の社会が抱える課題そのものは解決されず、技術革新の恩恵が一部の地域に偏ることになる。

この問題には、データの所有権と管理権も関係する。途上国の住民や企業が生み出した情報を海外企業が収集・利用する一方、現地の研究機関や企業がそのデータにアクセスできなければ、国内のAI開発に必要な資源が国外に集中する可能性がある。

また、地域のデータを海外企業に提供する場合には、個人情報保護、国家の安全保障、商業上の機密、データの利用目的などを明確にする必要がある。制度が整備されていない国では、データの流出や不適切な利用を防ぐことが難しくなり、AIの導入に対する社会的な不信も高まる。

したがって、途上国に必要なのは、単に世界で普及しているAIサービスを導入することではない。地域の言語や文化、産業構造、公共サービスの実情に適合したAIを開発・運用できる能力を持つことである。

格差を拡大させる「自己強化型」の悪循環

ここまでの問題を整理すると、AIによる経済格差は、単に技術を持つ国と持たない国の間に生じる一時的な差ではない。技術、資本、人材、データが相互に作用し、先行する国ほど優位性を強める自己強化型の構造になっている。

格差拡大の連鎖

先進国・巨大企業にAI投資が集中

計算設備・研究開発資金・高度人材を確保
↓

AI技術とサービスの競争力が向上

データ蓄積・製品改善・市場拡大
↓

利益と資本がさらに集中

追加投資・人材獲得・研究開発の拡大
↓

途上国との技術・産業格差が拡大

海外サービスへの依存・国内産業の競争力低下

◎格差が次の投資機会の格差を生み出す

この構造では、先進国の企業はAIによって得た利益を次の研究開発や設備投資に回すことができる。一方、途上国の企業は海外サービスの利用料や設備導入費用を負担しながら、技術開発に必要な資金や人材を十分に蓄積できない。

その結果、先進国はAIによって生産性をさらに高め、途上国はAIを利用しても競争力の差を埋められないという状況が生まれ得る。これが、国連関係者が警告するAI時代の経済格差拡大の本質である。

ただし、この未来が確定しているわけではない。途上国がインフラ整備、人材育成、技術移転、国内企業の育成を進めれば、AIを経済成長の手段として活用する余地は十分にある。

重要なのは、AIを単なる輸入技術として扱うのではなく、自国の産業と社会を発展させるための基盤として位置づけることだ。

今後の展望と求められる対策

AIによる経済格差の拡大を防ぐためには、途上国がAIサービスを利用できるようにするだけでは不十分である。AIを開発し、国内産業に応用し、そこから生まれる利益を自国の経済成長につなげられる環境を整える必要がある。

そのためには、電力や通信網などの物理的な基盤整備、研究者や技術者の育成、国内企業への投資、データ管理制度の確立を同時に進めなければならない。さらに、これらを途上国だけの責任にせず、先進国、国際機関、民間企業が資金や技術を提供する国際協力の仕組みが求められる。

多国間協調による公的支援の拡大

最初に必要なのは、途上国のAIインフラ整備に対する国際的な公的支援の拡大である。AI関連投資は民間企業の収益性に左右されやすく、短期的に利益を確保しにくい国や地域には資金が流れにくいという問題がある。

特に、電力網、通信網、大学の研究設備、公共データ基盤などは、整備に巨額の費用がかかる一方、投資回収に長い時間を要する。こうした分野は、民間企業だけに任せるのではなく、政府や国際機関が公共投資として支える必要がある。

具体的には、国連、世界銀行、地域開発銀行、各国政府が連携し、途上国のAI基盤整備を支援する資金枠を拡充することが考えられる。融資だけでなく、返済負担の少ない無償資金協力や低利融資、技術協力、民間投資を呼び込むための保証制度などを組み合わせることが重要だ。

2026年9月に公表された国連事務総長の報告書では、途上国のAI能力構築を支援するための国際的な基金構想が取り上げられている。これは、AIの研究開発や利用に必要な計算資源、データ、専門知識へのアクセスを改善し、国際的な能力格差を縮小することを目指す考え方である。

このような基金が実効性を持つためには、単に資金を集めるだけでなく、支援対象や配分基準を明確にする必要がある。人口規模や経済規模だけでなく、インフラ不足の深刻さ、教育環境、産業発展の可能性、地域社会への波及効果などを考慮する必要がある。

また、資金の使途についても、データセンターの建設だけに偏らないことが重要だ。電力供給、通信網、研究機関、職業訓練、地域企業への技術支援などを一体的に支援しなければ、設備を整備しても利用できる人材や企業が不足するという事態になりかねない。

特に有効と考えられるのが、複数の途上国が共同で利用できる地域的なAI基盤の整備である。すべての国が独自に大規模なデータセンターや研究施設を建設することは現実的ではないため、地域ごとに計算資源を共有する仕組みを構築すれば、投資負担を軽減できる。

例えば、アフリカ諸国が共同でAI研究施設や計算資源を整備し、大学や企業が国境を越えて利用できるようにすれば、個々の国が単独で設備を整えるよりも効率的になる。地域の言語や農業、医療、気候変動など、共通する課題に取り組む研究も進めやすくなる。

ただし、共同施設を設置するだけでは十分ではない。利用料金、データの保護、設備の管理権限、研究成果の共有、各国の負担割合などについて合意を形成する必要がある。特定の国や外国企業が施設の運営を独占すれば、新たな依存関係を生み出す可能性があるためだ。

国際支援のもう1つの課題は、途上国の債務負担である。AIインフラ整備のために巨額の融資を受けても、事業収益が十分に上がらなければ、政府や国営企業の財政を圧迫することになる。

そのため、支援事業は各国の経済規模や電力需要、通信需要、国内産業の成長可能性を踏まえて設計しなければならない。巨大なデータセンターを建設すること自体を目的にするのではなく、国内の生産性向上や雇用創出につながるかどうかを評価する必要がある。

オープンソースAIとローカル人材の育成

途上国がAI技術への依存を減らすうえで、重要な選択肢となるのが、オープンソースAIの活用である。オープンソースとは、ソフトウェアなどの設計情報やプログラムを公開し、一定の利用条件のもとで第三者が利用、改良、再配布できるようにする考え方だ。

商用AIサービスは、高性能なモデルを手軽に利用できる利点がある一方、利用料金や提供企業の規約に依存する。これに対して、公開されたモデルや開発資源を活用すれば、途上国の大学や企業が自国の事情に合わせてAIを調整する機会を得られる。

例えば、地域言語に対応した翻訳システム、農業相談、医療情報の整理、行政サービスの支援などを、国内の研究機関や企業が開発できる可能性がある。既存のモデルを基礎として改良することで、最初から巨大なAIを開発する場合に比べ、必要な資金や研究期間を抑えられる。

また、公開された開発資源を利用することは、研究者や学生がAIの仕組みを学ぶ機会にもなる。モデルの動作を調べ、性能を評価し、地域のデータに合わせて改良する経験を積めば、国内に技術的な知識が蓄積される。

ただし、公開されたAIを利用すれば自動的に技術的な自立を実現できるわけではない。モデルの学習や調整には計算設備が必要であり、専門知識やデータ管理能力も欠かせない。公開モデルにも利用条件や商用利用上の制限が存在する場合があり、すべてが自由に使えるわけではない。

また、公開モデルの性能や安全性は一様ではない。誤った情報を生成したり、個人情報を不適切に扱ったりする危険があるため、利用目的に応じた検証や管理が必要になる。

重要なのは、公開された技術を導入するだけで終わらせず、現地の研究者や企業が改良を担える体制を整えることだ。大学、職業訓練機関、企業、行政が連携し、AIを利用する人材だけでなく、開発・評価・運用・保守を担う人材を育成する必要がある。

人材育成では、大学院や研究機関への支援に加え、初等・中等教育段階から数学、科学、情報教育を強化することも重要になる。AIの専門家を育てるには長い時間が必要であり、短期間の研修だけでは高度な研究開発能力を形成できないからだ。

さらに、海外で学んだ研究者や技術者が母国の大学や企業と共同研究を行える仕組みを整えることも有効だ。帰国を強制するのではなく、遠隔研究、共同講座、起業支援、研究資金の提供などを通じて、海外人材の知識や経験を国内に還元できるようにすることが望ましい。

国際的なガバナンスの枠組みづくり

AIによる格差拡大を防ぐには、資金や技術を提供するだけでなく、国際的なルールづくりも必要になる。AIの開発と利用が一部の巨大企業や先進国に集中するなかで、途上国が自国の利益を守りながら技術革新に参加できる制度を整えなければならない。

特に重要なのが、データの管理と利用に関するルールである。AIの性能を高めるには大量のデータが必要になるが、途上国の住民や企業が生み出した情報が国外の企業に集まり、その利用によって得られる利益が現地に還元されない可能性がある。

こうした問題に対応するためには、個人情報の保護、データの越境移転、商業利用の条件、知的財産権などについて、国際的な共通原則を整備する必要がある。特に、途上国が自国のデータを適切に管理し、研究開発や産業振興に活用できる制度的な能力を高めることが重要だ。

一方で、データの国外移転を過度に制限すれば、国際的な研究協力や企業活動を妨げる可能性もある。したがって、データを囲い込むことだけを目的とするのではなく、個人の権利を保護しながら安全なデータ共有を実現する仕組みが求められる。

AIの安全性と透明性も大きな課題である。医療、金融、教育、採用、行政などでAIの判断が利用される場合、誤った結果や偏った判断が人々の生活に直接的な影響を及ぼすことがある。

特に途上国では、AIの性能を独自に検証する専門機関や監督体制が不足している場合がある。海外企業が提供するAIサービスの仕組みを十分に理解できなければ、問題が発生しても原因を特定できず、適切な対応を取れない可能性がある。

そのため、国際機関はAIの安全性、説明可能性、個人情報保護、公平性などについて共通の指針を整備し、途上国がそれを実施できるよう支援する必要がある。規制の枠組みを一方的に輸入させるのではなく、途上国自身が国際的なルールづくりに参加できることも重要だ。

2024年に国連総会で採択された「持続可能な開発のための安全、安心で信頼できる人工知能システムの機会の活用に関する決議」や、2025年に国連で設置されたAIに関する独立国際科学パネル、グローバル対話の枠組みは、こうした国際協調の基盤となる取り組みである。

ただし、国際的な原則や宣言を採択するだけでは、実際の格差は解消されない。途上国がルールを実施するための専門家、監督機関、技術設備、予算を確保できるようにしなければ、制度が存在しても実効性を持たない。

さらに、AIの国際的な市場競争において、巨大企業の独占を防ぐ視点も必要になる。基盤モデルや計算設備、データへのアクセスが少数の企業に集中すれば、途上国の企業は市場に参入しにくくなり、サービスの価格や利用条件についても交渉力を持ちにくい。

各国の競争政策当局や国際機関は、市場支配力の集中、競争制限的な契約、技術の囲い込みなどを監視する必要がある。技術革新を阻害しない範囲で市場の透明性と競争環境を確保し、途上国の企業や研究機関にも参入機会を与えることが重要だ。

先進国・巨大企業に求められる責任

AIによる格差拡大を防ぐ責任は、途上国だけにあるわけではない。AIの開発資金、計算設備、研究者、基盤技術を保有する先進国と巨大企業にも、国際社会全体の技術発展を支える役割が求められる。

具体的には、途上国の大学や研究機関に対する計算資源の提供、研究者の交流、技術者の育成支援、現地企業との共同開発などが考えられる。単に完成したAIサービスを販売するのではなく、現地の技術力を高めるための協力が重要になる。

企業が途上国に進出する場合も、現地の雇用創出や技術移転を重視する必要がある。データセンターやAI関連施設を建設するだけでなく、現地の技術者を採用し、大学との共同研究を行い、国内企業が関連産業に参入できる機会を確保することが望ましい。

また、途上国が利用しやすい価格設定も重要である。先進国の企業や行政機関を想定した料金体系では、所得水準の低い国の中小企業や教育機関が利用できない場合があるため、利用規模や所得水準に応じた料金制度を検討する余地がある。

ただし、企業の社会的責任だけに依存するのも限界がある。技術移転や人材育成を継続的に進めるためには、各国政府や国際機関が協力条件を明確にし、民間企業が長期的な投資を行える制度を整備する必要がある。

途上国側も、海外企業からの投資を受け入れるだけでなく、国内企業の育成や技術者の雇用、研究開発の促進につながる産業政策を実施しなければならない。外資の誘致と国内産業の育成を両立させることが、AI時代の経済的な自立に向けた重要な条件になる。

途上国自身が取り組むべき産業政策

国際支援を受けるだけでなく、途上国自身がAIを経済成長に結びつける政策を実行することも不可欠である。すべての国が米国や中国のような巨大なAI産業を形成する必要はないが、自国の産業や社会に必要な技術を選択し、活用する能力は持つ必要がある。

例えば、農業を主要産業とする国であれば、農作物の病害予測、気象情報の分析、灌漑の最適化、流通管理などにAIを活用することが考えられる。医療施設が不足する国では、遠隔診療の支援や医療情報の整理、教育環境が整っていない地域では、個別学習を支援するAIの導入が有効になる可能性がある。

こうした分野では、世界最先端の巨大モデルを自国で開発することよりも、既存の技術を地域の課題に合わせて改良し、実際の社会問題を解決することに重点を置くべきだ。限られた予算を効果の高い分野に集中させることで、AI導入の費用対効果を高められる。

また、国内企業がAIを利用するための補助金、税制優遇、低利融資、技術相談などの支援制度も必要になる。大企業だけでなく、中小企業や農業協同組合、地域の医療機関、教育機関が利用できる環境を整えなければ、国内の経済格差が拡大する可能性がある。

最終的には、AIを利用する企業を増やすことと、AIを開発・改良できる企業を育てることを並行して進める必要がある。海外技術を活用しながら国内に知識と人材を蓄積し、段階的に技術的な自立性を高めることが現実的な戦略となる。

今後の展望

2026年10月時点で、AIは世界経済の生産性を高める重要な技術として急速に普及している。しかし、その恩恵が各国に均等に分配される保証はない。むしろ、計算設備、電力、通信網、研究開発資金、高度人材を保有する国や企業に利益が集中すれば、従来の経済格差が技術格差を通じてさらに拡大する可能性がある。

今後の国際経済を左右するのは、どの国が最も高性能なAIを開発するかだけではない。AIを利用して自国の産業を高度化し、雇用を生み出し、技術や知識を国内に蓄積できるかどうかが、国家の経済的な競争力を決める重要な条件になる。

AIによる経済格差は今後どこまで拡大するのか

今後、格差拡大の可能性を高める要因として、まずAI開発に必要な資本の集中が挙げられる。高性能なAIモデルの開発には、半導体、データセンター、電力、研究者などに対する巨額の投資が必要であり、こうした資源を確保できる企業は限られている。

先行企業は、AIサービスの販売によって得た収益を次の研究開発に投じ、さらに高性能な製品を提供できる。利用者が増えればデータや運用上の知識も蓄積されるため、競争力が高まる循環が生まれる。

この構造が続けば、AI産業の利益は少数の巨大企業や、それらの企業が本拠を置く国に集中しやすくなる。途上国が海外のAIサービスを利用して生産性を高めても、基盤技術や知的財産を保有していなければ、収益の多くを国内に残すことは難しい。

また、AIの普及によって、従来の国際分業にも変化が生じる可能性がある。先進国企業がAIやロボットを活用して生産工程を自動化すれば、これまで人件費の安さを競争力としてきた途上国の製造拠点が、相対的に不利になる場合がある。

ただし、AIがすべての途上国の雇用を奪うと考えるのは正確ではない。AIは新しい職種や事業を生み出す一方、既存業務を補助して労働者の生産性を高める可能性もあるため、影響は産業構造、教育水準、導入速度、労働政策によって異なる。

問題は、仕事の内容が変化した際に、労働者が新しい技能を身につけられるかどうかだ。教育や職業訓練が不十分な国では、AIによって生産性が向上しても、その利益を得られるのは一部の企業や高度人材に限られ、低所得層との格差が拡大する危険がある。

さらに、途上国の間でも格差が広がる可能性がある。比較的インフラが整備され、教育水準が高く、海外からの投資を呼び込める国はAIを成長の機会にできる一方、電力や通信網が不足し、財政や教育に制約を抱える国は、技術導入そのものが遅れる可能性がある。

したがって、今後の格差は先進国と途上国という単純な二分法では説明できなくなる。途上国の中でもAIを産業政策に取り込める国と、海外サービスの利用にとどまる国との間で、新たな経済格差が形成されると考えられる。

先進国と途上国の関係はどう変化するのか

AI時代には、国家間の経済関係が従来とは異なる形で再編される可能性がある。従来の国際経済では、資源、労働力、製造拠点、市場規模などが国家の交渉力を左右してきたが、今後は計算能力、データ、AI技術、半導体供給網などの重要性が一段と高まる。

AIの基盤技術を持つ国は、他国の企業や行政機関にサービスを提供し、継続的な収益を得られる。技術を利用する側の国は、サービスの提供条件や価格、データの管理方法などについて、提供企業やその国の制度に影響される可能性がある。

これは、従来の資源依存や技術依存が、AIを通じてさらに複雑化することを意味する。AIが金融、医療、物流、行政、教育などの重要分野に組み込まれるほど、基盤技術を海外に依存するリスクも大きくなる。

一方、途上国が一律に不利になるわけではない。人口が多く、若い労働力を持ち、急速に都市化が進む国には、AIを利用した新しい市場を形成できる可能性がある。農業、医療、教育、金融など、既存のサービスが十分に行き届いていない分野では、AIが従来のインフラ不足を補う役割を果たすことも考えられる。

重要なのは、途上国が国際的なAI市場にどのような立場で参加するかである。単なるサービスの購入者にとどまるのか、国内企業や研究機関が開発・運用に参加し、国際的な供給網の一部を担うのかによって、長期的な経済効果は大きく異なる。

また、途上国が国際的なルールづくりに参加できるかどうかも重要になる。AIの安全性、データの越境移転、知的財産権、競争政策などについて、先進国だけで制度を決めれば、途上国の経済事情や社会的な課題が十分に反映されない可能性がある。

今後は、AIをめぐる国際協力を技術提供や資金援助だけでなく、意思決定への参加という観点からも強化する必要がある。途上国が自国の利益を守りながらAIの発展に参加できる国際秩序を構築できるかどうかが、世界経済の安定にも関わってくる。

AIが途上国の成長機会になる可能性

AIをめぐる議論では、格差拡大の危険性が強調される一方、途上国にとって新しい経済発展の機会になる可能性も見逃せない。過去の技術革新では、先進国が先に産業基盤を整備し、途上国が後から追いつくという経路が一般的だったが、AIには従来の発展段階を一部省略できる可能性がある。

例えば、銀行口座を持たない人々に対して、携帯電話を利用した金融サービスや信用評価を提供できれば、従来の金融機関の支店網を全国に整備するよりも低コストで金融アクセスを広げられる可能性がある。農業でも、気象情報や市場価格の分析を通じて、小規模農家が生産や販売の判断を改善できる。

医療では、医師が不足する地域で診断支援や医療情報の整理にAIを活用することで、医療従事者の負担を軽減できる可能性がある。教育では、教師が不足する地域で個別学習を支援する仕組みを導入すれば、教育機会の拡大につながることも期待される。

世界銀行の『世界開発報告2026』は、途上国が必ずしも巨大な汎用AIモデルを自国で開発する必要はないと指摘している。重要なのは、既存のAIを国内の言語、制度、データ、開発課題に適合させることであり、低コストで特定用途に対応する小規模なAIも大きな役割を果たし得るという考え方だ。

これは、途上国にとって現実的な戦略である。すべての国が最先端の計算設備や巨大な研究開発予算を持つことは難しいが、既存技術を活用し、地域の課題に対応したサービスを開発することは可能だからだ。

ただし、AIの導入によって社会問題が自動的に解決するわけではない。医療制度が弱い地域で診断支援だけを導入しても、薬や治療施設が不足していれば十分な効果は得られない。農業でも、AIが収穫量の改善を提案しても、農家が必要な資材や融資を利用できなければ実行できない。

したがって、AIを経済発展につなげるには、技術導入と同時に、教育、医療、金融、物流、公共サービスなどの制度的な基盤を整える必要がある。AIは発展そのものを代替する技術ではなく、既存の発展政策を効率化し、新しい機会を生み出すための手段として位置づけるべきだ。

格差拡大を防ぐための現実的な条件

今後の政策で重要なのは、AIを開発する能力と利用する能力を段階的に高めることである。世界中の国が同じ水準のAIを開発する必要はないが、海外企業のサービスを利用するだけでなく、自国の産業に合わせて技術を選択・評価・改良できる能力を確保する必要がある。

そのためには、まず電力や通信網などの基礎インフラを整備し、大学や研究機関が利用できる計算資源を確保することが重要だ。次に、科学技術教育や職業訓練を強化し、海外の専門家との共同研究を通じて国内の人材を育成する必要がある。

さらに、AIを導入する企業への支援を通じて、国内の産業に技術を定着させなければならない。海外のAIサービスを利用して生産性を高めるだけでなく、現地企業が地域言語や社会課題に対応した製品・サービスを開発し、国内外の市場で収益を得られるようにすることが重要だ。

国際社会には、こうした取り組みを支える資金、技術、人材交流の仕組みを整備する責任がある。国連が提案するAI能力構築のための国際基金構想や、国際電気通信連合、世界銀行、国連貿易開発会議などによる協力は、その具体化に向けた重要な手段となる。

また、AIの安全性やデータ管理について、途上国が国際的な意思決定に参加できる制度も必要である。技術を持つ国だけがルールを決めるのではなく、技術を利用する国や開発途上にある国の意見を反映しなければ、国際的な制度そのものが格差を固定化する可能性がある。

結局、AI時代の経済格差を左右するのは、技術の性能だけではない。誰が技術を所有し、誰が利用でき、誰が利益を得て、誰がそのルールを決めるのかという、経済的・制度的な問題なのである。

まとめ

今回の国連高官の警告は、AIの技術革新が世界経済に新たな発展機会をもたらす一方、その恩恵を受けられる国と受けられない国の間で、経済格差が拡大する危険性を指摘したものだ。

途上国が直面する問題は、大きく2つに分けられる。1つは、データセンター、半導体、電力、通信網などの物理的・デジタルインフラの不足であり、もう1つは、AIを開発・運用する高度人材の不足と海外への流出である。

この2つの問題が重なることで、途上国はAIを開発する側ではなく、海外企業のサービスを購入する側に固定される可能性がある。国内産業の競争力が低下し、研究開発や高付加価値産業への参加が難しくなれば、技術革新による利益が国外に集中する構造が強まる。

しかし、AIによる格差拡大は避けられない未来ではない。国際的な資金協力、インフラ整備、教育・人材育成、オープンソース技術の活用、国内企業の育成、国際的なルールづくりを組み合わせれば、途上国がAIを経済発展の手段として利用する可能性は十分にある。

特に重要なのは、途上国を単なるAIサービスの消費市場として扱わないことだ。現地の研究者や企業が技術開発に参加し、自国の言語や社会課題に適合したAIを生み出し、そこから得られる利益を国内に蓄積できる環境を整える必要がある。

AIは、先進国と途上国の格差を縮小する道具にも、逆に格差を固定化する道具にもなり得る。その方向性を決めるのは技術そのものではなく、国際社会がどのような投資を行い、どのような制度を整え、技術の利益をどのように分配するかという政策判断である。

今回の警告が示しているのは、AI競争における勝者と敗者が決まる前に、世界全体で技術への参加機会を確保する必要があるということだ。AIの発展を一部の国や企業の利益にとどめず、世界全体の生産性向上と生活水準の改善につなげられるかどうかが、今後の国際経済における最大の課題となる。


参考・引用リスト

国連・国際電気通信連合

1. アルジャジーラ(2026年10月25日)
「AIの機会格差が世界の経済格差を拡大させる可能性、国連高官が警告」

2. 国際電気通信連合(2026年10月30日)
「AIは私たちの未来を変える。しかし、誰が恩恵を受けるのか」

3. 国連事務総長(2026年9月11日)
「人工知能能力構築において途上国が直面する固有の課題」

国連総会提出報告書 A/80/817。

4. 国際電気通信連合(2025年11月17日)
「インターネット利用者は増加する一方、デジタル格差は依然として存在」

国連貿易開発会議・世界銀行

5. 国連貿易開発会議(2026年10月26日)
「世界投資フォーラム2026:AI投資に関する開会演説」

6. 国連貿易開発会議(2026年)
『世界投資報告2026』

7. 世界銀行(2026年)
『世界開発報告2026:人工知能の可能性』

国際通貨基金・国際労働機関

8. 国際通貨基金(2026年)
「サハラ以南アフリカにおけるAIの可能性」

9. 国際労働機関(2026年6月1日)
「生成AIが雇用、生産性、労働組織に及ぼす影響:実証研究の検証」

10. 国際労働機関・世界銀行(2026年3月27日)
「生成AIが雇用に及ぼす世界的な影響は不均一」

国際的なAIガバナンス

11. 国連(2026年)
「AIガバナンスに関するグローバル対話」

12. 国連(2026年)
「独立国際AI科学パネル」

13. 国連(2024年)
「未来のための協定・グローバルデジタルコンパクト」

雇用・労働市場に関する補足資料

14. 世界経済フォーラム(2025年)
『仕事の未来報告書2025』

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