ロックダウンは街から人、車、飛行機、排気ガス、そしてノイズを消した

路上を歩く人の姿はまばら、車はほとんど走っておらず、ビジネスも閉鎖され、飛行機は格納庫に追いやられた。それに伴い、私たちの生活を満たしてきた騒音(ノイズ)も著しく減少した。

フィンランド観光局、Visit Finlandの最高経営責任者を務めるパーボ・バーキューネン氏は、「沈黙は私たちの日常生活の一部である。沈黙は本質的なモノとそうでないモノを区別するのに役立つ価値観のひとつ。観光客は沈黙に包まれたフィンランドに魅了され、飛行機に乗りわざわざ足を運ぶ。沈黙は手に入れようと思ってもなかなか手に入らない」と述べた。

コロナウイルスが発生する以前、タイムズスクエア、上海、東京、ロンドンなどの眠らない街で沈黙を手に入れることは不可能なミッションだった。夜中になっても歩行者は絶えず、タクシーが道路を疾走し、少し静かになってきたと思ったら、朝。街は再びモノと騒音に埋め尽くされる。

しかし、コロナウイルスの登場によって、群衆、道路、ビジネス、航空交通が削減され、世界中のあちこちでフィンランドのような静けさを体感できるようになった。

ベルギー王立天文台は、地球全体が静かになり、さらに人間の活動量減少に伴い、地震ノイズ(惑星の地殻を伝わる振動エネルギー)が減少したと発表した。

私たちはフィンランドに負けない沈黙を手に入れた。静かな環境を好まないロックンローラー系やガヤガヤクラブ系(?)の方を除き、大半の方は沈黙も悪くないと考えているはず(恐らく)。

ロックダウンが解除された時、私たちは沈黙を失う。そして、生活を満たしてきた騒音が復活した時、私たちはショックを受けるかもしれない。

カーディフ大学で心理学教授を務め、ノイズ研究の第一人者でもあるアンドリュー・スミス氏はBBCの取材に対し、「私たちは騒々しい環境下での生活に順応できる。しかし、沈黙から突然大ボリュームの環境に放り出されると、適応に苦労する。そして、それは仕事、教育、睡眠などの効率を低下させ、慢性的なダメージを私たちに与え続けるだろう」と述べた。

騒音を管理する法律は世界各国で制定されている。日本では環境省の定める「騒音規制法」に基づき、様々な規制が設けられている。イギリスの騒音緩和法は施行から60年。なお、イギリス市内中心部の騒音レベルは定期的に90デシベルを超える。これは世界保健機関(WHO)の推奨する数値をはるかに上回っており、カラオケボックスの店内と同レベル、「きわめてうるさい」状態と言える。

アメリカでは都市部に住む数百万人もの人々が毎日騒音にさらされており、聴覚障害のリスクを高めている、と言われている。しかし、いつもの生活を取り戻したタイムズスクエアで騒音を取り除くことは不可能である。

聴覚障害のリスクを高める50デシベル超の騒音に長時間さらされると、血圧やストレスレベルが劇的に増加し、うつ病の発症リスクが2倍に高まり、さらに精神状態にまで悪影響を及ぼすという。

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沈黙の世界

【騒音の大きさの目安】

騒音の大きさ
(デシベル)
会話が成り立つ目安聴覚的な目安具体例
120不可能聴力機能
に障害
飛行機のエンジン横
110自動車のクラクション(直近)
100ほぼ不可能きわめて
うるさい
地下鉄構内
90カラオケボックス内
80大声で0.3m以内うるさい走行中の電車内
70大声で1m以内セミの鳴き声(直近)
60大声で3m以内普通普通の会話
50普通の声で3m以内静かな事務所内
40普通の声で10m以内静か図書館内
305m先のささやき声が聞こえる深夜の郊外
205m先のささやき声が聞こえるきわめて
静か
フィンランド

心理学者のアーライン・ブロンザフト氏が1974年に行った研究では、鉄道線路を見下ろす教室(校舎)で勉強する生徒の読書スコアと、静かな部屋で勉強できる生徒を比較。騒音にさらされ続けている生徒の方が明らかに劣っていることを示した。

また2002年にイェヴレ大学で行った調査によると、空港近くで生活していた子供が静かなエリアに引っ越すと、読解力、ストレスホルモンレベルに著しい改善が見られたという。

ボストン大学公衆衛生学部の博士研究員を務め、都市の騒音レベル調査を行うNoise and the Cityを創設したエリカ・ウォーカー氏はBBCの取材に対し、「静かな環境下での生活可否は、収入が大きく関係する」と述べた。

工場や高速道路、鉄道近くで生活している人の多くが貧困層である。一方、生活に余裕のある富裕層は、静かな環境下(郊外の高級住宅など)で生活できる。また、騒音に文句を言う人はほとんど富裕層だ。

沈黙は平等に与えられる権利であるべき、とウォーカー氏は言う。「ロックダウンによって、誰もが平等に沈黙を得られる、と理解した。ほとんどの人は、騒音が健康に良くないことを知っている。しかし、それを取り除くことは容易ではない。騒音は経済活動の産物、必要悪と見なされている

1963年に設立されたノルウェー協会アゲインスト・ノイズの書記長を務めるウルフ・ウィンザー氏は、「沈黙の中に身を置くと、時間がゆっくりと流れるように感じる。騒音は間違いなく汚染だが、目で見ることはできず、臭いも発しない。また、一時的なものがほとんどであり、重要視されていない」と述べた。

さらにウィンザー氏は、多くの国民が騒音はあって当たり前、と理解したことで、それに対する問題意識も薄れてしまったと指摘する。そのうえで、「騒音のもたらすリスクが薄れてしまい、日常の一部になってしまった。海の汚染や二酸化炭素が注目を集める一方、騒音に対する国民のアクション(抗議運動など)はほとんどない」と付け加えた。

ロックダウンは世界経済とビジネス、雇用、ありとあらゆるモノを破壊した。しかし、それがもたらした沈黙という素晴らしい環境だけは、可能な限り持続していきたい。

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