医療体制の脆弱な国は、患者を治療することすらできない

コロナウイルスの震源地(ホットスポット)は、「中国→欧州→アメリカ→ラテンアメリカ」の順で展開されてきた。現在、最も深刻な状況にある国はブラジル。累計感染者数が210万人を超えたアメリカもまだまだ油断できる状況ではない。

欧米各国で続く深刻なパンデミックの陰に隠れているが、南アジア地域でもジワジワと感染者数が増加している。同地域の中で、次のホットスポットになると懸念されている国がバングラデシュである。

2020年5月、深刻な呼吸障害を訴えダッカの病院に搬送されたバーノン・アンソニー・ポール氏は、治療ユニットの火災に巻き込まれ死亡した。

同氏は数十年に渡ってパキスタン空軍に従軍し、1971年のバングラデシュ独立戦争でも最前線に立って戦った生粋の軍人である。

息子のアンドレ・ドミニク・ポール氏はBBCの取材に対し、「父は独立戦争を戦い抜き、捕虜になっても生き抜いた。空から降ってきた爆弾で吹き飛ばされたこともあるが、父は死ななかった。しかし、戦場よりはるかに安全かつ患者の命を救う病院で父は焼け死んだ」と述べた。

アンソニー氏は亡くなる数日前から深刻な呼吸障害を訴えていたが、PCR検査の結果は陰性だったという。同氏は肺炎を患っていたと考えられるが、集中治療室(ICU)は満室だったため、別室での待機を余儀なくされた。

ドミニク氏と家族は、父親を別の私立病院に連れて行ったが、ICUはコロナウイルス患者に割り当てられており、PCR検査で陽性が確認されない限り入院はできないと言われた。

バングラデシュの医療関係者によると、同国の医療体制は脆弱であり、今回のコロナショックによって病床およびICUの利用率は急激に増加した。結果、重篤な基礎疾患を持つ患者ですら入院できない事態を招いていると述べた。

行き場を失ったドミニク氏とアンソニー氏は、ダッカの病院で再診断を受け、病院敷地外のバドミントンコートに造られた仮施設に移送、コロナウイルス患者が入院する部屋で、治療ユニット(ベッド)を提供された。

父親の移送を見届けたドミニク氏は、医師から万一アンソニー氏がコロナウイルスに感染しても、病院は一切の責任を負わない、と書かれた同意書へのサインを求められ、応じた。

手続きを終え病院を出たドミニク氏は、駐車場から仮施設の火災を目撃した。同氏はBBCの取材に対し、「周辺は炎と煙に覆われ、内部に入ることは到底無理な状態だった。父が中にいないことだけを祈った」と述べた。

仮施設内の治療ユニットを利用していた患者5名は全員死亡した。警察による調査の結果、仮施設本体の材料に可燃性材料が使われていた。さらに、消毒用アルコールと酸素キャニスターが火の回りを爆発的に早め、出入り口がひとつしかなかった結果、消化すらできない事態を招いてしまったという。

調査を主導した警察副局長のシャディップ・チャクローボールティー氏はBBCの取材に対し、「病院は適切な安全対策を講じていなかった」と述べた。なお、病院は過失を全面的に否認している。

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防戦一方のバングラデシュ

アンソニー氏と他の患者が焼死した悲劇は、脆弱な医療体制と深刻な医療機器不足に苦しむバングラデシュの現状と課題をまざまざと見せつけた。

同国は国民一人当たりのベッド数が最も低い国のひとつである。また、コロナウイルスによるパンデミックが発生したことで、ICU不足がより深刻な問題になっている。人口1億6000万人に対し、全国のICU数はわずか1,000。これでは、基礎疾患を持つ重篤患者も行き場を失ってしまう。

また、ベット数が圧倒的に不足しているため、病院も患者の立ち入りを拒否しなければならず、入院どころかPCR検査すら受けることができないという。

PCR検査で陽性と診断されたモイーン・アディン博士は、ICUに空きがなく、治療を受けることができなかった。その後博士は200km以上離れたダッカの病院に搬送されたが、死亡した。

アディン博士の死を受けシェイク・ハシナ首相は、「素晴らしい医師を失った。彼は自分の命を顧みず、患者のために全力を尽くしてくれた」とコメントした。

ジョンズ・ホプキンズ大学とエディンバラ大学に勤務するダッカの疫学者、アーメド氏はBBCの取材に対し、「アディン博士の死は、病院のベッド数とICU数の増加と、医療スタッフのさらなる技術向上が必要であることを示した」と述べた。

バングラデシュではこれまでに1,180人の医師がコロナウイルスに感染し、少なくとも34人の死亡が確認されている。

同国で初めて感染者が確認されたのは3月8日、ロックダウンを開始したのは3月26日である。同国の公衆衛生専門家であるロメン・ライハン博士は、「規制は適切に機能せず、感染者の抑制に失敗した」と述べた。

ライハン博士は、感染者数が増加しているにも関わず、規制は徐々に緩和され、何千人もの衣料品関係労働者が仕事に戻り、礼拝堂も安全対策を講じぬまま再開したと付け加えた。また、4月にはイスラム党のモラーナ・ジャベヤー・アーメド・アンサリ氏の葬儀に10万人を超える人々が大挙して集まり、感染が拡大したと指摘されている。

現場の最前線に立つ警察官の感染も深刻、これまでに7,000人以上の感染が確認されている。また、首都ダッカでは、夜間外出禁止令や食べ物などの救援物資配給を警察官が行い、マスクなどの防護具を持たない者がいれば、病院まで搬送することもあるという。

ライハン博士は、「医療システムはほとんど機能しておらず、病院に運命を委ねることはできない。コロナウイルスを封じ込めることが唯一の希望だ」と述べた。

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