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終星皇(第1章)

見えざる来訪者

西暦20XX年7月3日 00:00(UTC)
地球上空

それは、誰一人として予測できなかった瞬間に始まった。

音はなかった。

爆発もなかった。

閃光すらなかった。

世界中の天文台、宇宙望遠鏡、人工衛星、軍事監視システムは、ある瞬間を境に共通の異常を観測した。

宇宙空間の一点。

地球から約三十八万キロメートル。

月軌道付近に存在するはずのない、説明不能な重力ゆらぎ。

しかし、その中心には何も映らない。

赤外線でも。

可視光でも。

X線でも。

ガンマ線でも。

そこには「何も存在しない」はずだった。

にもかかわらず、周囲の空間だけが静かに歪み続けていた。

まるで宇宙そのものが、目に見えない何かを避けているかのように。


アメリカ航空宇宙局(NASA)。

主任研究員エミリー・カーターは、画面を凝視したまま言葉を失っていた。

「……観測機器の故障?」

隣にいた研究員が首を横に振る。

「違います。欧州宇宙機関、日本、インド、中国、全部同じデータです。」

別のモニターには世界各国の観測結果が並ぶ。

数値だけが異常を示している。

映像には何も映らない。

それでも、空間だけがそこに「何か」が存在すると訴えていた。

「あり得ない……。」

誰かがそう呟いた。

その言葉に反論できる者はいなかった。


日本・東京都。

国立天文台でも同じ現象が観測されていた。

「対象は視認できません。」

「重力だけが存在している?」

「そんな物理現象はあり得ません。」

研究室は静まり返る。

誰もが常識を書き換えられる予感を覚えていた。


ロシア、中国、フランス、イギリス、インド。

世界中の宇宙機関、軍の監視衛星、大学の研究施設。

すべてが同じ結論に到達する。

「何か」がいる。

だが、誰にも見えない。


その頃。

世界中で奇妙な現象が同時に始まっていた。

雲が風もないのに二つへ割れる。

海面が鏡のように静止する。

渡り鳥の群れが一斉に進路を変える。

砂漠では砂嵐が突然止み、森林では木々のざわめきが消える。

地震でもない。

気象現象でもない。

原因は誰にも分からなかった。


アメリカ・ニューヨーク。

二十歳の大学生、マイクは深夜のアルバイト帰りだった。

イヤホンを耳に差し、人気の少ない歩道を歩いている。

ふと足を止めた。

「……風がない。」

真夏の夜だというのに、街路樹の葉が一枚も揺れていない。

車は走っている。

人も歩いている。

なのに、自分だけが巨大な静寂の中へ取り残されたような感覚に襲われた。

空を見上げる。

星空は変わらない。

だが、胸の奥で説明できない圧迫感が広がっていく。

「なんだ、これ……。」

数秒後。

その感覚は嘘のように消え去った。

「疲れてるのかな。」

マイクは苦笑しながら帰路についた。

彼はまだ知らない。

自分が、人類史最大の転換点の始まりを体験していたことを。


世界各国の軍事施設でも異常が相次いだ。

レーダーは一瞬だけ空白を記録し、通信衛星は数秒間だけ時刻情報を失う。

しかし、どのシステムも故障ではなかった。

異常はすぐに復旧する。

それがかえって不気味だった。

「攻撃か?」

「サイバー攻撃ではありません。」

「EMPでもない。」

「では何だ?」

答えはなかった。


そして、その瞬間。

誰にも見えない存在が、地球へ「到達」した。

空は変わらない。

大地も揺れない。

都市も破壊されない。

人類の目には何も映らない。

しかし、世界中の観測機器は同時に記録する。

重力異常。

空間の微細な歪み。

時間の揺らぎ。

それらは一秒後、完全に消失した。

まるで最初から存在しなかったかのように。

だが、それは消えたのではない。

地球に留まったのである。

その存在の名を知る者は、まだ誰もいない。

見えざる絶対者――終星皇。

そして、その意思を人類へ伝える唯一の存在――しもべ。

人類がその存在を知るのは、数分後のことであった。


七十二時間

西暦20XX年7月3日 00:07(UTC)
世界同時

異変は、前触れなく始まった。

東京では駅の大型ディスプレイが一斉に消灯した。

ニューヨークでは証券取引所の情報モニターが黒く染まる。

ロンドンでは地下鉄構内の広告パネルが消え、パリでは街頭ビジョンの映像が途切れた。

北京、モスクワ、ソウル、シドニー、カイロ、ブラジリア、ナイロビ。

場所も時間帯も関係なく、世界中のあらゆるデジタル表示機器が同じ瞬間に停止する。

スマートフォン。

テレビ。

パソコン。

タブレット。

駅の案内板。

空港のモニター。

病院の待合表示。

商業施設の大型スクリーン。

衛星放送。

インターネット配信。

それらはすべて、わずか一秒の沈黙の後、同じ映像を映し始めた。

誰も操作していない。

通信会社にも、放送局にも、その映像を送信した記録は存在しない。

世界中の通信網が、未知の何者かによって完全に掌握されていた。

画面には、漆黒の人影が静かに立っていた。

全身は黒い装甲のような質感を帯び、その輪郭は光を吸い込んでいるように見える。

背後には、数え切れない恒星が円環を描くように輝いていた。

それは照明でも映像効果でもない。

見る者すべてが、本能的に理解する。

この存在は、人間ではない。

その人物は微動だにしない。

呼吸も確認できない。

まばたきすらしない。

完全なる静止。

しかし、その沈黙そのものが、世界中の人々へ圧倒的な存在感を与えていた。

数秒後、その人物の口がゆっくりと開く。

感情はない。

怒りも威圧もない。

機械のようでもなく、冷たさだけでもない。

ただ、事実を読み上げるような声が流れ始めた。

「私は終星皇のしもべである。」

その声は、日本語として聞こえた。

しかし日本人だけではない。

アメリカでは英語として。

フランスではフランス語として。

アラビア語圏ではアラビア語として。

世界中の人々が、自らの母語で同じ言葉を聞いていた。

誰一人として翻訳の遅れを感じなかった。

「終星皇は、人類に最後の通告を与える。」

世界各地で息をのむ音が広がる。

放送局は割り込めない。

政府も止められない。

通信事業者も遮断できない。

世界は、ただその言葉を聞くしかなかった。

「戦争を停止せよ。」

短い一文だった。

しかし、その重みは、世界中の空気を変えた。

しもべは続ける。

「国家間の武力衝突。」

「内戦。」

「組織的武力行使。」

「その他、人命を大量に奪う戦闘行為。」

「終星皇は、それらすべての停止を求める。」

街頭の大型ビジョンを見上げる人々。

自宅でテレビを見つめる家族。

勤務中の警察官。

軍司令部の将校。

病院の医師。

学校の教師。

誰もが、その言葉を無言で聞いていた。

しもべの表情は変わらない。

「猶予は七十二時間。」

画面の右上に、白い数字が現れる。

71:59:59

一秒ごとに減少を始める。

世界共通のカウントダウン。

それはどの機器でも同じ時刻を刻んでいた。

「終星皇は、人類が自ら戦争を終わらせる機会を与える。」

「この期間において、終星皇は自ら介入しない。」

「人類がいかなる選択を行うかを見届ける。」

再び沈黙が訪れる。

世界中が固唾をのんだ。

しもべは最後に、ただ一文だけを告げた。

「終星皇は、その理由を語らない。」

映像は数秒間そのまま静止した。

漆黒の姿は、なおも動かない。

見えない終星皇。

その意思だけが、唯一の代弁者を通じて、地球上のすべての人類へ届けられたのである。

その瞬間、人類は初めて理解した。

これは単なる電波ジャックではない。

未知の存在が、世界全体に向けて宣言を発した歴史的瞬間なのだと。


世界が聞いた七十二時間

西暦20XX年7月3日 00:15(UTC)
アメリカ合衆国・ニューヨーク州

大学生のマイクは、帰宅途中にスマートフォンの振動で足を止めた。

画面には通知が大量に並んでいる。

【緊急配信】

【通信異常】

【全世界同時放送】

「何だこれ……。」

動画サイトを開こうとする。

しかし、どのアプリを起動しても表示される映像は同じだった。

黒い装甲のような身体。

背後に浮かぶ無数の恒星を思わせる光輪。

静止したまま動かない一体の存在。

そして、淡々と響く声。

「私は終星皇のしもべである。」

マイクは思わずイヤホンを外した。

「冗談だろ……。」

周囲を見渡す。

歩いていた人々も立ち止まり、それぞれスマートフォンを見つめている。

道路脇でタクシー運転手が車を停める。

カフェでは客も店員も店内モニターへ視線を向けていた。

大型ビジョンにも、同じ映像が映し出されている。

誰一人としてチャンネルを変えられない。

マイクは小さく呟いた。

「世界中で同じものを見てるのか……。」

しもべの声は静かに続いた。

「猶予は七十二時間。」

画面の隅では数字が一秒ずつ減っていく。

71:52:18

71:52:17

71:52:16

マイクは息をのんだ。

その数字には、映画やゲームにはない現実味があった。


ニューヨーク市内の地下鉄駅。

通勤客たちは改札前で立ち止まり、駅構内の大型モニターを見上げていた。

「誰がこんなことできる?」

「政府の訓練じゃないのか?」

「いや、テレビ局も全部同じ映像だ。」

誰も答えを持たない。

警察官も無線機を耳に当てながら困惑した表情を浮かべている。

「こちら第七分署。市内すべてのモニターで同一映像を確認。」

返ってきた無線も混乱していた。

「こちら本部。同様の事象を全米で確認中。」


ロサンゼルス。

シカゴ。

ヒューストン。

ワシントンD.C.。

アメリカ全土で人々はスマートフォンを掲げ、同じ映像を撮影していた。

映像を録画しても、画質はまったく劣化しない。

通信速度も落ちない。

回線は混雑しているはずなのに、映像だけは驚くほど滑らかだった。


一方、日本。

東京・渋谷駅前。

スクランブル交差点を埋める大型ビジョンは、広告をすべて停止していた。

外国人観光客も会社員も学生も、交差点の中央で足を止める。

「全部同じ映像……。」

「本当に世界同時なの?」

「ニュースじゃないよね……。」

スマートフォンを操作しても、SNSも動画配信も検索画面も、最初に表示されるのはしもべの声明だった。


イギリス・ロンドン。

フランス・パリ。

ドイツ・ベルリン。

ブラジル・サンパウロ。

南アフリカ・ヨハネスブルグ。

オーストラリア・シドニー。

都市ごとの文化も言語も違う。

それでも、人々が見ている映像は一つだった。

「私は終星皇のしもべである。」

その言葉だけが、それぞれの母語で自然に響いていた。


マイクは歩道脇のベンチに腰を下ろした。

画面を見つめたまま、しばらく動けない。

彼は戦争に反対する考えを持っていた。

大学でも国際政治を学び、紛争地域について議論したことがある。

だからこそ、「すべての戦争を止めよ」という言葉は強く心に残った。

「もし、本当に止まるなら……。」

その続きを口にはできなかった。

しもべは、終星皇がなぜその通告を発したのかを説明しない。

その沈黙が、かえって現実味を増していた。

マイクはゆっくりとスマートフォンを握り直す。

世界は、もう数分前までの世界ではない。

七十二時間という時計は、すでに動き始めている。

そして、その針は誰の意思でも止められなかった。


世界が未知の存在を報じる

西暦20XX年7月3日 00:42(UTC)
世界各地

しもべによる全世界同時声明から三十分あまり。

世界中の放送局は予定されていた番組を中断し、特別報道体制へ移行した。

どの国のニュース番組でも、画面の中央には共通する映像が映し出されている。

漆黒の装甲のような身体。

背後に広がる無数の恒星を思わせる光輪。

そして、世界中のあらゆるデジタル機器へ同時に現れたという事実。

映像は何度再生しても解析できない。

CGとして処理した痕跡もなければ、既知の通信方式による送信記録も存在しなかった。

世界の報道機関は、かつてない事態に直面していた。


アメリカ。

ニューヨークの大手ニュースネットワークでは、特別番組が始まる。

女性キャスターが落ち着いた口調で伝える。

「本日未明、世界中のデジタル機器に未知の存在が出現し、『終星皇のしもべ』と名乗る人物が七十二時間以内の戦争停止を求める声明を発表しました。」

画面には「Breaking News」の赤い文字。

続いて映し出されるのは、世界各地から寄せられた映像だった。

東京駅。

ロンドンの地下鉄。

パリの広場。

シドニーの空港。

ニューヨークのタイムズスクエア。

すべて同じ映像。

同じ声。

同じカウントダウン。

スタジオに招かれた通信技術の専門家は首を横に振った。

「現在確認できる限り、このような世界同時配信を実現できる既知の技術は存在しません。」

司会者が問いかける。

「つまり、国家レベルでも不可能ということでしょうか。」

「現時点では、その可能性が高いと考えられます。」


イギリス。

ロンドンでは公共放送が特別番組を放送していた。

司会者は慎重に言葉を選ぶ。

「現段階で、この存在が地球外生命体であるという証拠は確認されていません。」

「一方で、既知の技術では説明できない現象が複数確認されています。」

画面下には視聴者アンケートが表示される。

『あなたは、この存在を何だと思いますか?』

  • 宇宙人
  • 未知の生命体
  • 高度な人工知能
  • 国家による工作
  • 分からない

投票数は数秒ごとに数十万件ずつ増えていく。


日本。

早朝の報道番組は予定を変更し、連続特集へ切り替わる。

キャスターが神妙な表情で語る。

「専門家の間でも意見が分かれています。」

「宇宙人なのか、それとも全く別の存在なのか。」

「政府関係者から正式な説明は出ていません。」

画面には、

『終星皇とは何者なのか』

『全世界同時通信は可能なのか』

という見出しが並ぶ。

街頭では、出勤途中の人々が駅前ビジョンを見上げ、スマートフォンで速報を確認していた。


フランス。

ドイツ。

イタリア。

カナダ。

ブラジル。

インド。

世界各国の放送局でも、扱う内容はほぼ同じだった。

違うのは話す言語だけ。

誰もが共通して口にする言葉があった。

「未知の存在。」

「正体不明。」

「説明不能。」

そのどれもが、確証ではなく推測だった。


一方、インターネット上では世界中のニュースサイトが一斉に速報を掲載する。

『世界同時通信の正体は宇宙人か』

『終星皇を名乗る存在、人類へ最後通告』

『七十二時間のカウントダウン開始』

『各国政府、緊急対応へ』

アクセス数は過去最高を更新し続ける。

記事が公開されるたびに世界中で共有され、新たな議論を生み出していく。


しかし、どの報道機関も一つだけ共通して伝えていた。

「終星皇とは何者なのか。」

その問いに答えられる者は、地球上にまだ一人も存在しなかった。

唯一分かっている事実は一つ。

世界中の誰もが、同じ映像を、同じ瞬間に目撃した。

それだけだった。


七十二時間を見つめる人々

西暦20XX年7月3日 01:18(UTC)
世界各地

世界の報道が「終星皇」と「しもべ」の存在を伝える中、最も大きな衝撃を受けていたのは、戦争や武力衝突の影響を受け続けてきた地域の人々だった。

その反応は、一つではない。

期待。

疑念。

怒り。

諦め。

そして、ほんのわずかな希望。

世界中で、それぞれ異なる思いが交錯していた。


シリア

避難生活を送る人々が集まる共同スペースでは、小さなテレビに世界同時放送の映像が映し出されていた。

年配の男性が苦笑する。

「また誰かの宣伝だろう。」

若い女性は静かに首を振る。

「でも、あれは普通の放送じゃなかった。」

十代の少年が画面を見つめたまま言う。

「もし本当に戦争が終わるなら……学校へ戻れるかな。」

誰も返事をしなかった。

その願いがあまりにも大きすぎたからだった。


イエメン

市場の一角では、店主たちが一台のスマートフォンを囲んでいた。

「宇宙人?」

「そんなわけない。」

「じゃあ何だ?」

「知らない。」

誰も答えを持たない。

やがて一人が肩をすくめた。

「七十二時間後には分かるんじゃないか。」

その言葉に、小さな笑いが起こる。

だが、その笑いはすぐに消えた。


ミャンマー

ある町では、停電から復旧したばかりのテレビに特別報道が流れていた。

青年は腕を組みながら呟く。

「信じろと言われても無理だ。」

隣にいた友人も頷く。

「誰かが世界中を驚かせているだけかもしれない。」

しばらく沈黙が続いた後、青年は静かに続けた。

「でも、もし本当なら……歴史は変わる。」


ウクライナ

地下シェルターで休息を取る人々は、通信が回復したスマートフォンで各国のニュースを見比べていた。

「どの国のニュースも同じ映像だ。」

「加工じゃないのか?」

「分からない。」

幼い子どもが母親に尋ねる。

「お母さん、この人は誰?」

母親は画面を見つめたまま答えられなかった。

「……まだ誰にも分からないの。」


イスラエルとパレスチナ

国境を挟んだそれぞれの地域でも、人々は同じ映像を見ていた。

カフェでは若者同士が議論を交わす。

「世界中が同じ映像を見たんだ。」

「政府にも止められなかった。」

「じゃあ、本物なのか?」

向かいに座る友人はコーヒーカップを置き、静かに言った。

「本物かどうかより、七十二時間後に何も起きなければ、それで終わる話だ。」

別の席から声が上がる。

「もし本当に戦争が止まるなら、それだけで十分じゃないか。」

意見はまとまらない。

だが誰も、その映像を見なかったとは言えなかった。


スーダン

ラジオと携帯電話だけが情報源という集落でも、人々は都市部の親族から送られてきた映像を見ていた。

「世界中が騒いでいるらしい。」

「宇宙から来た者だという話もある。」

老人は穏やかに笑う。

「正体はどうでもいい。」

「争いが終わるなら、それに越したことはない。」

若者は苦笑する。

「そんなに簡単なら、今まで終わっていたさ。」


世界各地で交わされる会話は違っていた。

「冗談だ。」

「政府のプロパガンダじゃないか。」

「面白そうだ。」

「映画の宣伝かもしれない。」

「本当に戦争が終わるなら見てみたい。」

「気味が悪い。」

「信じるには早すぎる。」

同じ映像を見ても、受け止め方は人それぞれだった。

しかし、一つだけ共通することがあった。

誰もが時計を見た。

スマートフォンにも、テレビにも、街頭ビジョンにも表示された数字は、静かに時を刻み続けている。

70時間48分──。

世界は、まだ何も変わっていない。

それでも、人々の心には確かな変化が生まれ始めていた。

「七十二時間後、本当に何かが起きるのだろうか。」

その問いが、国境を越えて地球全体へ広がっていく。


ホワイトハウスへの問い

西暦20XX年7月3日 02:05(UTC)
アメリカ合衆国・ワシントンD.C.

世界同時放送から約二時間。

ホワイトハウス周辺には、夜明け前にもかかわらず世界各国の報道機関が集結していた。

中継車が道路沿いに並び、カメラの照明が暗い空を照らす。

普段は落ち着いた雰囲気の記者会見エリアは、かつてない緊張感に包まれていた。

各国メディアの記者たちは、架空のアメリカ大統領ジョンソン政権から何らかの説明があることを期待していた。

その中には、全米ネットワーク放送局に所属する女性ジャーナリスト、サラ・ミラーの姿もあった。

経験豊富な政治記者である彼女は、スマートフォンに表示されたメモを確認しながら、生中継の開始を待っていた。

カメラマンが小声で尋ねる。

「サラ、本当にコメントは出ると思う?」

サラはホワイトハウスの建物を見つめたまま答える。

「分からない。でも、世界中が見ている以上、何も話さないという選択も難しいはずよ。」

赤いランプが点灯し、生放送が始まる。

サラはカメラへ向き直った。

「こちらホワイトハウス前です。世界同時通信による未確認の声明以降、政府関係者による緊急会議が続いているとみられています。しかし現時点で、正式な声明は発表されていません。」

「世界中の報道機関が、この場所で政府の対応を待っています。」

中継を終えると同時に、ホワイトハウス西棟の出入口が開いた。

数名の職員が足早に建物へ入っていく。

記者たちは一斉にマイクを向けた。

「政府は今回の放送をどう認識していますか。」

「全世界の通信網が掌握された件について説明をお願いします。」

「国家安全保障上の脅威と判断しているのでしょうか。」

質問が次々と飛ぶ。

その中でサラも声を上げた。

「報道官からコメントはありますか。国民へ伝えるべき情報はありますか。」

足を止めたのは、ホワイトハウス報道担当補佐官のダニエル・ヘイズだった。

彼は疲労の色を隠せない表情で記者団を見回す。

「現時点では、調査が進められています。」

それだけを短く答える。

サラはさらに問いかけた。

「世界中で同一映像が確認されています。政府として、その発信源を特定したのでしょうか。」

ヘイズは静かに首を横へ振った。

「現在お伝えできる情報はありません。」

「今回の声明について、政府は本物だと考えているのでしょうか。」

「推測に基づく発言は控えます。」

「大統領は国民に向けて演説を予定していますか。」

ヘイズは一瞬だけ沈黙した。

「適切な時点で、大統領から説明があります。」

それ以上は語らなかった。

補佐官は警護担当者とともに建物へ戻り、重い扉が静かに閉じられる。

残された記者たちは顔を見合わせた。

「何も否定しなかった。」

誰かがそう呟く。

別の記者が答える。

「肯定もしなかった。」

サラはノートを閉じ、夜明けが近づく東の空へ目を向けた。

政府は沈黙を続けている。

だが、その沈黙は人々の不安を消すどころか、ますます大きくしていた。

ホワイトハウスの建物は普段と変わらずそこに立っている。

しかし、その中では、誰も経験したことのない事態への対応が続いていた。


沈黙する政府

西暦20XX年7月3日 03:10(UTC)
世界各国

しもべによる世界同時声明から三時間。

各国政府は、それぞれ緊急会議を開いていた。

しかし、市民が最も知りたかった一つの問いに対する答えは、どの政府からも示されていなかった。

「あれは何だったのか。」

その答えは、誰も持っていなかった。


アメリカ。

ホワイトハウスの公式ウェブサイトには、世界中からアクセスが集中していた。

トップページは何度更新しても変わらない。

「大統領府」

「行政命令」

「報道発表」

どの項目にも、今回の事態に関する新たな声明は掲載されていない。

画面を更新する人々は、数秒おきに増えていく。

「まだ出ていない。」

「更新されない。」

「政府は何をしているんだ。」

SNSではそんな投稿が次々と流れていた。


イギリス。

首相官邸の公式サイトにも同様のアクセスが殺到する。

一時的に表示速度は低下したものの、システムは稼働を続けていた。

トップページには、

『現在、政府から新たにお知らせする情報はありません。』

という短い案内が表示されるだけだった。

その文章は数分で何百万回も閲覧される。

しかし、人々が求める答えはそこにはない。


日本。

首相官邸や関係省庁のウェブサイトも同じ状況だった。

アクセス件数は通常の数百倍に達する。

サーバーの負荷は急上昇し、一時的に接続しづらくなる時間帯もあった。

ようやく表示された画面には、通常のお知らせしか並んでいない。

記者会見の予定も未定。

臨時声明も掲載されていない。

会社員がスマートフォンを見ながら呟く。

「何も出てない……。」

隣にいた同僚も苦笑する。

「政府も分からないんじゃないか。」


カナダ。

オーストラリア。

ドイツ。

フランス。

イタリア。

EU関係機関。

各国政府や国際機関のウェブサイトでも事情はほぼ同じだった。

閲覧者数は過去最高を更新し続ける。

それでも、公開される情報は限られていた。

「調査中。」

「状況を確認している。」

「関係機関と連携している。」

どの国も慎重な表現を繰り返すだけで、終星皇やしもべの正体について断定することは避けていた。


その頃、世界中の検索サイトでは同じ言葉が急上昇していた。

「終星皇」

「しもべ」

「七十二時間」

「宇宙人」

「世界同時放送」

検索結果には無数の記事や動画が並ぶ。

しかし、どれも推測ばかりだった。

確かな情報は存在しない。

世界は膨大な情報に包まれながらも、肝心の答えだけが見つからないという奇妙な状況に陥っていた。


アメリカ・ニューヨーク。

マイクも部屋へ戻ると、パソコンを開いた。

政府の発表を探す。

ニュースを見比べる。

海外メディアも確認する。

どこを見ても状況は変わらない。

「結局、誰も分かってないのか……。」

彼は椅子にもたれ、画面の片隅で静かに減り続ける数字へ目を向けた。

68時間49分──。

その数字だけが、世界共通の現実だった。


夜が明け始めた国もあれば、深夜を迎えた国もある。

時差によって時計の針は違う。

だが、しもべが示したカウントダウンだけは、世界中で完全に一致していた。

誰が管理しているのか。

どこから送られているのか。

その答えを知る者は、一人もいない。

政府は沈黙を続ける。

人々は画面を更新し続ける。

そして世界は、未知の存在から与えられた七十二時間という期限を、ただ静かに見つめ続けていた。


説明不能な重力ゆらぎ

西暦20XX年7月3日 05:30(UTC)
世界各国の研究機関

政府が対応に追われ、世界中の報道機関が未知の存在を伝え続ける一方で、科学者たちは別の異変と向き合っていた。

終星皇としもべの声明よりも前。

世界中の観測施設が同時に記録した、あの説明不能な現象である。

重力の揺らぎ。

空間の歪み。

そして、ほんの一瞬だけ観測された時間同期の乱れ。

いずれも既存の物理学では説明がつかなかった。


アメリカ・メリーランド州

アメリカ航空宇宙局(NASA)の解析室では、巨大スクリーンに観測データが映し出されていた。

主任研究員のエミリー・カーターは、数値の羅列を何度も見返す。

「衛星の誤作動ではありません。」

若い研究員が報告する。

「複数の人工衛星、地上観測所、深宇宙探査機の記録が一致しています。」

「誤差は?」

「測定限界以下です。」

部屋が静まり返る。

エミリーは静かに息をついた。

「つまり……現象そのものは実在した。」

誰も異論を唱えなかった。


日本・東京都

国立天文台では、海外の研究機関とオンライン会議が続いていた。

大型スクリーンには各国の研究者が映し出される。

「日本側でも同一の重力異常を確認しています。」

「発生時間は世界共通です。」

「観測方向も一致しています。」

議論は数時間続いた。

しかし、新しい結論は出ない。

「ブラックホールではない。」

「重力波でもない。」

「既知の天体現象とも一致しない。」

否定だけが積み重なっていく。


欧州宇宙機関(ESA)

解析担当者はシミュレーション結果を何度も確認していた。

「計算上、この規模の重力変動が発生した場合、本来なら月軌道や人工衛星に重大な影響が出るはずです。」

「しかし実際には、そのような変化は確認されていません。」

別の研究員が首をかしげる。

「重力だけが現れて、重力として振る舞っていない……。」

その言葉に誰も返答できなかった。

現象そのものが、既知の物理法則から外れていた。


インド宇宙研究機関

中国国家航天局

各国の大学研究施設

昼夜を問わず解析は続けられる。

膨大なデータが集まり、スーパーコンピューターが休みなく計算を繰り返す。

それでも答えは変わらない。

原因不明。


一方、各国の軍事機関も独自に分析を進めていた。

人工衛星の記録。

早期警戒レーダー。

宇宙監視システム。

すべてを照合しても、ミサイル発射や兵器実験の痕跡は見つからない。

ある分析官が静かに言う。

「攻撃ではない。」

隣の同僚が続ける。

「では自然現象か。」

「……それも違う。」

会話はそこで止まった。


世界中の科学者たちは、一つの奇妙な共通点に気付いていた。

重力ゆらぎが観測された時刻。

そして、しもべが世界中へ現れた時刻。

二つは極めて近接していた。

しかし、それが偶然なのか、それとも因果関係があるのか。

証明する術はない。

一人の研究者が会議の最後に静かに語った。

「科学は観測された現象を説明する学問です。」

「ですが今回は、観測には成功しても、説明が一つもできません。」

誰も反論しなかった。


その頃。

世界のどこか。

人知れぬ場所に、漆黒の装甲をまとったしもべは静かに立っていた。

背後には、無数の恒星を思わせる光輪がゆっくりと明滅している。

その視線は、誰にも見えない終星皇へ向けられていた。

言葉はない。

問いもない。

ただ、終星皇の意思を伝える時を待つのみである。

一方、世界では七十二時間の時計が刻み続けていた。

68時間29分。

人類はなお、未知の存在の正体を解き明かそうとしている。

だが、その答えは科学にも、政府にも、まだ見つかってはいなかった。


大統領演説

西暦20XX年7月3日 08:00(アメリカ東部夏時間)
アメリカ合衆国・ワシントンD.C. ホワイトハウス

世界同時声明から約八時間。

ホワイトハウス東棟の記者会見室には、国内外の報道機関が集まっていた。

演壇にはアメリカ合衆国の国章。

その前には無数のカメラが並び、赤い録画ランプが一斉に点灯する。

世界中が、その瞬間を見守っていた。

やがて扉が開く。

アメリカ合衆国大統領、リチャード・ジョンソンが姿を現した。

五十代半ば。

落ち着いた表情を保ちながらも、その目には一晩中続いた対応の疲労がにじんでいた。

壇上へ立つと、静かに周囲を見渡し、ゆっくりと口を開く。

「国民の皆さん。」

「そして、この演説をご覧になっている世界中の皆さん。」

会場は静まり返る。

「本日未明、世界規模で発生した通信事象と、それに伴う未知の存在による声明について、アメリカ政府として現時点での認識をお伝えします。」

ジョンソンは手元の原稿へ一度視線を落とし、続けた。

「まず、世界中で確認された映像および音声は、アメリカ政府によるものではありません。」

「また、現時点で、いかなる政府機関も今回の事象への関与を確認しておりません。」

カメラのシャッター音が連続して響く。

「連邦政府は、関係機関と連携し、この事象について総合的な調査を開始しています。」

「通信網への影響、宇宙空間で観測された異常現象、その他あらゆる情報を分析し、事実関係の確認を進めています。」

ジョンソンの口調は終始冷静だった。

不安を煽ることも、楽観的な見通しを示すこともない。

「現段階では、この存在の正体について断定できる情報はありません。」

「推測に基づく情報の拡散は避け、政府および関係機関から発表される公式情報をご確認いただくようお願いいたします。」

記者席では、多くの記者が一言一句を書き留めていた。

ジョンソンは一呼吸置く。

「国民の皆さんにお伝えしたいことがあります。」

「政府は、この事態を極めて重大な事象として受け止めています。」

「同時に、冷静さを失わないことが何より重要です。」

その言葉に合わせるように、会場の空気もわずかに落ち着きを取り戻した。

「行政機関、治安機関、科学研究機関は二十四時間体制で情報収集を続けています。」

「新たな事実が確認され次第、速やかに国民の皆さんへ公表します。」

演説の終盤、ジョンソンは正面のカメラを真っ直ぐ見据えた。

「私たちは未知の事態に直面しています。」

「しかし、未知であるからこそ、事実に基づいて判断しなければなりません。」

「政府は国民の安全を最優先に行動します。」

短い沈黙が流れる。

「以上です。」

ジョンソンは一礼し、演壇を後にした。

質疑応答は行われなかった。

記者たちが一斉に質問を投げかける。

「大統領、終星皇を脅威と認識していますか。」

「七十二時間の最後通告をどう受け止めていますか。」

「軍の警戒態勢に変更はありますか。」

だが、大統領は足を止めることなく退室した。

重い扉が閉まると、記者会見室はざわめきに包まれる。

「正体は分からない。」

「調査を始める。」

それが、この演説で唯一明確になった事実だった。

一方、世界中の人々は、それぞれの場所で演説を見終え、同じ数字へ再び目を向ける。

67時間59分。

カウントダウンは、誰にも止められることなく進み続けていた。


市民の声

西暦20XX年7月3日 08:35(アメリカ東部夏時間)
アメリカ合衆国・ニューヨーク、ワシントンD.C.、ロサンゼルス

ジョンソン大統領の演説は、全米のテレビ局と動画配信サービスで生中継された。

演説が終わると同時に、街には再び人々のざわめきが戻る。

政府は「調査中」と繰り返した。

しかし、終星皇とは何者なのか。

しもべの最後通告は本当なのか。

その答えは、依然として示されなかった。


ニューヨーク・マンハッタン。

朝のコーヒーショップでは、大型テレビにニュース専門チャンネルが映し出されていた。

「結局、何も分からないってことだろ。」

スーツ姿の男性が肩をすくめる。

向かいの女性が静かに答えた。

「でも、世界中で同じ映像だったのよ。」

「誰かのいたずらなら、ここまでできる?」

男性はコーヒーカップを見つめたまま、小さく息をつく。

「……できないと思う。」


ワシントンD.C.

ホワイトハウスから数キロ離れた公園では、ジョギングを終えた人々が演説について話していた。

「政府も正体を知らないみたいだ。」

「それが一番怖い。」

「未知の存在って言われても実感が湧かない。」

一人の高齢男性が空を見上げる。

「七十二時間後、本当に何か起きるのかね。」

誰も答えられなかった。


ロサンゼルス。

大学構内では、学生たちがスマートフォンを囲んで議論を続けていた。

「最後通告なんて映画みたいだ。」

「でも、世界中のネットワークを乗っ取ったのは事実だ。」

「それだけでも十分異常だよ。」

ある学生は冗談めかして笑う。

「宇宙人が平和運動を始めたってことか?」

周囲から苦笑が漏れる。

だが、その笑いは長く続かなかった。

誰も本気で否定できなかったからだ。


シカゴ。

大型家電量販店では、何十台ものテレビが同じニュース番組を映している。

買い物客は足を止め、画面を見上げる。

「世界の終わりじゃないだろうな。」

中年の男性が呟く。

店員が困ったように笑う。

「私にも分かりません。」

「でも、政府が調査しているそうです。」

男性は首を振る。

「調査して分かる相手なら苦労しない。」


テキサス州。

ガソリンスタンドでは、給油中の運転手たちが携帯電話で最新ニュースを確認していた。

「七十二時間か。」

「長いようで短いな。」

「本当に何か起きたら大変なことになる。」

隣で給油していた女性は静かに言う。

「何も起きないことを願うしかないわ。」


ニューヨーク郊外。

ある家庭では、朝食のテーブルを家族が囲んでいた。

ニュース番組では、画面の片隅にカウントダウンが表示されている。

子どもが父親へ尋ねる。

「終星皇って悪い人なの?」

父親は少し考えてから答えた。

「まだ、それも分からない。」

母親が続ける。

「だから今は慌てないことが大事よ。」

子どもは小さく頷き、再びテレビへ目を向けた。


演説は、人々の不安を完全に消すことはできなかった。

むしろ、「政府にも分からない」という現実を、多くの市民が改めて認識する結果となった。

街では様々な声が交わされる。

「最後通告は本当なのか。」

「七十二時間後、何が起きる?」

「何も起きないかもしれない。」

「いや、ここまでの現象は現実だ。」

「世界の終わりなのか。」

「それとも、新しい時代の始まりなのか。」

答えは、まだ誰も知らない。

ただ一つ確かなことは、世界中の時計が同じ期限へ向かって進み続けているという事実だけだった。

画面の右上では、静かに数字が減っていく。

67時間24分。

その数字を見つめる人々の表情には、不安と好奇心、そしてわずかな期待が入り混じっていた。


ホワイトハウスの調査

西暦20XX年7月3日 09:40(アメリカ東部夏時間)
アメリカ合衆国・ワシントンD.C. ホワイトハウス

ジョンソン大統領の演説終了から約一時間。

ホワイトハウス地下に設けられた危機管理会議室では、政府首脳と関係機関の責任者による緊急会議が続いていた。

ジョンソン大統領をはじめ、国家安全保障担当補佐官、国防長官、情報機関の長官、科学顧問、宇宙研究機関の責任者らが席に着いていた。

部屋の大型スクリーンには、一枚の映像が映し出されている。

漆黒の装甲。

背後に輝く無数の恒星を思わせる光輪。

そして、静かに立つ「しもべ」。

映像は何度解析しても変化しない。

ジョンソンは静かに口を開いた。

「現時点で判明していることを報告してください。」

最初に立ち上がったのは国家情報長官、マイケル・グラントだった。

「世界中の通信記録を解析しましたが、発信源は特定できていません。」

「衛星通信、海底ケーブル、携帯通信網、インターネットのいずれにも通常の侵入経路は確認されませんでした。」

国防長官のエドワード・ハリスが質問する。

「敵対国家による高度なサイバー攻撃という可能性は。」

グラントは首を横に振る。

「現時点では否定的です。」

「一国どころか、複数の超大国が協力しても実現困難な規模です。」

会議室が静まり返る。

続いて、科学顧問のヘレン・フォスター博士が資料を映し出した。

スクリーンには世界地図と観測データが表示される。

「世界同時声明の直前、説明不能な重力ゆらぎが発生しています。」

「NASA、ESA、日本、その他各国研究機関の観測結果は一致しました。」

ジョンソンが尋ねる。

「自然現象ではないのですか。」

「断定はできません。」

フォスターは慎重に言葉を選ぶ。

「ですが、既知の物理法則だけでは説明できません。」

「少なくとも、現在の科学では原因を特定できないというのが結論です。」

その言葉に、誰も異議を唱えなかった。

今度は統合参謀本部議長、ロバート・マーフィー大将が発言する。

「軍事衛星、防空レーダー、宇宙監視システムを総点検しました。」

「ミサイル発射、大規模兵器実験、航空機の異常飛行などは確認されていません。」

「つまり。」

ジョンソンが視線を向ける。

「攻撃の兆候は存在しません。」

「しかし、安全であるとも言い切れません。」

短い沈黙が流れた。

ジョンソンは机の上に置かれた資料を閉じる。

「現時点で我々に分かっていることは二つだけです。」

「第一に、この現象は現実に起きた。」

「第二に、その原因は誰にも説明できない。」

全員が静かに頷く。

大統領は続けた。

「憶測では動きません。」

「情報収集を最優先とします。」

「国内外の研究機関、同盟国、国際機関と連携し、終星皇およびしもべに関するあらゆる情報を集めてください。」

国家安全保障担当補佐官が確認する。

「正式な調査対象として扱う、という理解でよろしいですね。」

「そのとおりです。」

ジョンソンは迷いなく答えた。

「正体が何であれ、まず知ることから始める。」

会議終了後、関係機関には極秘指令が送られた。

『終星皇およびしもべに関する情報を最優先事項として収集・分析せよ。』

その指令は、アメリカ国内だけでなく、同盟国との情報共有網にも伝達されていく。

しかし、その時点で提出された報告書の結論は、すべて同じ一文で締めくくられていた。

「対象の所在地、正体、目的を示す確証は確認されていない。」

世界最先端の情報機関でさえ、その存在に手がかりを見つけることはできなかった。

一方、カウントダウンは止まることなく進み続ける。

66時間19分。

世界はなお、見えない存在を追い続けていた。


世界が求める「終星皇」の情報

西暦20XX年7月3日 11:20(UTC)
世界各地

世界同時声明から半日近くが経過した。

依然として終星皇の正体は判明していない。

世界中の報道機関は通常番組を中止し、二十四時間体制の特別報道を続けていた。

どのニュース番組でも共通して流れるのは、しもべが最後通告を発した映像。

そして画面の隅では、七十二時間のカウントダウンが静かに減り続けていた。


アメリカ・ニューヨーク

全米ネットワーク放送局では、女性ジャーナリストのサラ・ミラーが生放送で視聴者へ呼びかけていた。

「本放送では、終星皇およびしもべに関する情報を求めています。」

「世界同時声明以前に同様の現象を目撃した方、説明不能な出来事を記録された方は、番組までご連絡ください。」

画面下には専用の情報提供窓口が表示される。

電話番号。

電子メール。

匿名投稿フォーム。

放送開始から数分で、数万件の情報が寄せられ始めた。


しかし、その大半は信憑性に欠けるものだった。

「十年前に空で見た光は終星皇だった。」

「夢の中で同じ姿を見た。」

「私の町にも宇宙人が来た。」

制作スタッフは一件ずつ確認していく。

だが、どれも裏付けが取れない。

サラは静かに呟く。

「本当に必要な情報ほど、見つからないものね。」


イギリス・ロンドン

公共放送でも特別番組が続いていた。

司会者がカメラへ向かって語る。

「世界中の研究者、通信技術者、天文学者の皆様へお願いがあります。」

「今回の現象について、科学的根拠のある情報をお持ちであれば、ぜひ情報提供をお願いいたします。」

画面には世界各国の大学や研究機関との共同調査が紹介される。

しかし、寄せられる回答はどれも同じだった。

「現時点では説明できない。」


日本・東京

報道番組では、特設サイトの開設が告知される。

「終星皇」「しもべ」「世界同時通信」に関する映像や写真の提供を呼びかけます。

放送終了後、投稿サーバーには数十万件ものデータが送られてきた。

駅前ビジョン。

家庭用テレビ。

監視カメラ。

スマートフォン。

世界各地から届く映像を比較しても、一つの事実しか分からない。

すべて同じ映像だった。

画質も。

音声も。

タイミングも。

完全に一致していた。


インターネット上でも、独立系ジャーナリストや映像解析者たちが調査を始める。

映像のフレームを一枚ずつ解析する者。

音声を周波数ごとに分解する者。

光輪の形状を三次元モデル化する者。

しかし、数時間後に配信された検証動画の結論は共通していた。

「編集の痕跡は確認できません。」

「生成AIによる映像とも一致しません。」

「既知の映像技術では再現が困難です。」


世界各国の新聞社も紙面を刷新した。

『終星皇とは何者なのか』

『情報提供を呼びかけ』

『世界中で正体不明の調査続く』

どの見出しにも、答えは書かれていない。


一方、SNSでは「終星皇を見た」という投稿が次々と現れる。

だが、それらはすぐに検証される。

「この画像は数年前のものです。」

「AI生成画像です。」

「別作品の映像を加工したものです。」

誤情報は急速に拡散し、同じ速度で否定されていく。

その結果、世界中の人々は一つの結論へ近づいていた。

誰も終星皇そのものを見たことがない。

人類が実際に目撃したのは、しもべだけだった。

そして、そのしもべもまた、世界中のデジタル機器に映った映像以外には、一切姿を現していない。


夕刻。

世界中の報道機関は再び同じ言葉で放送を締めくくる。

「情報をお持ちの方は、ご提供ください。」

「終星皇、しもべに関する新たな事実が判明次第、お伝えします。」

だが、その呼びかけに応える決定的な証言は、一件も現れなかった。

カウントダウンだけが静かに進む。

64時間40分。

終星皇は、なおも人類の前に姿を見せない。


マイクと友人

西暦20XX年7月3日 13:10(アメリカ東部夏時間)
アメリカ合衆国・ニューヨーク州 州立大学キャンパス

昼休み。

大学の中庭には、多くの学生が集まっていた。

テーブルの上にはノートパソコンやスマートフォンが置かれ、どこからともなく「終星皇」や「七十二時間」という言葉が聞こえてくる。

ニュース専門チャンネルは相変わらず特別報道を続け、カウントダウンの数字が静かに減り続けていた。

二十歳の大学生、マイクはベンチに腰掛け、スマートフォンで最新ニュースを見ていた。

政治学を専攻する彼は、戦争に反対する平和主義者として知られている。

そこへ同級生のライアンが飲み物を片手にやって来た。

「隣、いいか?」

マイクは画面から目を離し、軽く笑った。

「もちろん。」

ライアンもニュースを見ながら肩をすくめる。

「今日は授業どころじゃないな。」

「教授まで終星皇の話をしてた。」

マイクは苦笑した。

「世界中が同じ状況だからね。」

しばらく二人は無言でニュース映像を眺める。

やがてライアンが口を開いた。

「お前、本当にあの最後通告を信じてるのか?」

マイクは少し考えてから答えた。

「全部を信じているわけじゃない。」

「でも、あの世界同時通信は現実だった。」

「少なくとも、普通の人間にはできないことだと思う。」

ライアンは腕を組む。

「もし七十二時間後に何も起きなかったら?」

「その時は、人類史上最大のいたずらだったってことになる。」

マイクは静かに頷いた。

「そうだね。」

「でも、本当に戦争が終わるなら……。」

その言葉にライアンは表情を変えた。

「戦争が終わる?」

「そんな簡単な話じゃないだろ。」

マイクは遠くの空を見つめながら続ける。

「子どもの頃からニュースを見るたびに思ってた。」

「どこかで戦争が始まって、誰かが亡くなって、また次の戦争が始まる。」

「それが当たり前になってしまっている。」

「もし終星皇が本当に、その連鎖を止められる存在なら……。」

言葉を切り、静かに息をつく。

「少なくとも、一度は結果を見てみたい。」

ライアンは苦笑した。

「ずいぶん楽観的だな。」

「いや。」

マイクは首を横に振る。

「楽観じゃない。」

「期待してるだけ。」

しばらく沈黙が流れた。

キャンパスでは学生たちが終星皇について議論を続けている。

「宇宙人だ。」

「AIだ。」

「政府の実験だ。」

様々な声が聞こえてくる。

ライアンは話題を変えるように言った。

「そういえば、アメリカは今、正式な戦争状態じゃない。」

「最後通告の内容どおりなら、俺たちが直接狙われることはないってことか。」

マイクは頷く。

「しもべは『戦争を続ける者たち』に向けて警告した。」

「少なくとも声明を聞く限り、一般市民を敵視しているようには思えなかった。」

ライアンは少し安心したような表情を見せる。

「そうだといいけどな。」

「結局、何者なのかは誰にも分からない。」

マイクはスマートフォンの画面を見つめた。

そこには減り続けるカウントダウンが表示されている。

63時間50分。

彼は静かに呟いた。

「本当に戦争が終わる日が来るのかな。」

ライアンは答えず、同じ画面を見つめる。

二人の前では、いつもと変わらない学生たちの日常が続いていた。

しかし、その日常の向こうで、世界は確実に歴史の分岐点へ近づいていた。


終末論の広がり

西暦20XX年7月3日 18:30(UTC)
世界各地

しもべによる最後通告から一日も経たないうちに、その影響は政府や報道機関だけではなく、人々の心理にも広がり始めていた。

世界各地では、不安と憶測が入り混じり、街の空気はこれまでとは明らかに変わっていた。

多くの人々は冷静さを保っていたが、一部の地域では「七十二時間」という期限を終末の予兆と受け止める者も現れ始める。


アメリカ・ニューヨーク

市庁舎前の広場では、数百人の市民が自然発生的に集まっていた。

誰かが拡声器で呼びかける。

「落ち着いて行動しましょう!」

「公式発表を待ってください!」

集まった人々の多くは静かに話し合うだけだったが、中には「世界の終わりが来る」と書かれた手製のプラカードを掲げる者もいた。

テレビ局の中継車が現場を取材している。

警察官が周囲を巡回し、交通整理を行う。

現場は緊張感こそあるものの、大きな混乱には至っていなかった。


イギリス・ロンドン

広場では、終星皇を「人類への警告」と解釈する人々が集まり始めていた。

ある男性はインタビューに答える。

「正体は分からない。」

「でも、世界中が同じものを見たのは事実だ。」

隣にいた女性は首を振る。

「だからといって、慌てる必要はないと思う。」

同じ出来事を前にしても、受け止め方は人それぞれだった。


日本・東京都

駅前ではテレビ局が街頭インタビューを続けていた。

会社員の男性が答える。

「正直、不安です。」

「でも、デマを信じるより政府の発表を待ちたいですね。」

大学生の女性は苦笑する。

「SNSを見ると極端な意見ばかりで、何を信じればいいのか分からなくなります。」

街には普段どおり電車が走り、人々は仕事や学校へ向かっていた。

しかし、多くの人が移動中もスマートフォンから目を離さなかった。


ブラジル

都市部の広場では、終星皇を「平和の象徴」と受け止める人々が集まり、祈りを捧げる姿も見られた。

一方で、その近くでは「正体が分からない存在を信じるべきではない」と訴える市民もいる。

警察は双方の間に入り、冷静な対応を呼びかけていた。


世界各国の政府は、こうした状況を受けて相次いで国民へ呼びかけを行う。

「未確認情報を拡散しないでください。」

「公共の秩序を守り、冷静な行動をお願いします。」

「公式発表以外の情報は慎重に判断してください。」

テレビやラジオ、インターネットには同様のメッセージが繰り返し流された。


一方、SNSでは依然として様々な意見が飛び交っている。

「終星皇は救世主なのか。」

「未知の存在を信用するのは危険だ。」

「七十二時間後に何も起きなければ終わりだ。」

「もし本当に戦争がなくなるなら歴史が変わる。」

投稿は世界中から毎秒のように増え続け、議論は収束する気配を見せない。


その頃。

世界のどこか。

誰にも知られない場所で、しもべは静かに立ち続けていた。

漆黒の装甲は夕日に照らされても輝きを変えず、その背後の光輪だけがゆっくりと脈動している。

その前には、誰の目にも映らない終星皇が存在している。

言葉は交わされない。

終星皇は沈黙を保ち続け、しもべもまた、その意思を伝える時まで一切動かなかった。

世界では、人々がそれぞれの答えを探し続けている。

しかし、終星皇も、しもべも、自ら説明を加えることはない。

減り続けるカウントダウンだけが、人類に残された時間を静かに示していた。

62時間15分。

世界は、来るべき期限を固唾をのんで見守っていた。


各国首脳の声明

西暦20XX年7月3日 20:00(UTC)
世界各国

しもべによる「七十二時間以内にすべての戦争を停止せよ」という最後通告は、各国政府に対応を迫っていた。

世界各地で緊急閣議や国家安全保障会議が開かれ、首脳たちは国民へ向けた声明を相次いで発表する。

しかし、その姿勢は国ごとに大きく異なっていた。


ロシア

モスクワ クレムリン

ロシア連邦大統領、セルゲイ・ヴォルコフはテレビ演説で落ち着いた口調を崩さなかった。

「現在、世界中で確認されている通信事象について、ロシア政府は詳細な分析を進めている。」

「現時点で、この声明の発信主体や技術的背景は確認されていない。」

彼は国民へ冷静な対応を呼びかける。

「根拠のない情報に惑わされることなく、政府からの公式発表を待っていただきたい。」

声明は慎重な内容に終始し、最後通告そのものへの評価は避けられた。


中国

北京 人民大会堂

中国国家主席、李 天遠(リー・ティエンユエン)は記者会見で次のように述べた。

「国家として最優先すべきは事実の確認である。」

「政府は科学者、通信専門家、関係機関と連携し、今回の現象を総合的に調査する。」

さらに、

「社会の安定を維持することが極めて重要である。」

と述べ、国民へ冷静な行動を求めた。


日本

東京 首相官邸

内閣総理大臣、高瀬 恒一は緊急記者会見を開く。

「今回確認された事象について、日本政府は重大な関心を持って受け止めています。」

「現在、関係省庁が情報収集を進めており、関係国とも緊密に連携しております。」

記者から、

「最後通告についてどのように受け止めていますか。」

との質問が飛ぶ。

高瀬首相は慎重に答えた。

「現時点で評価を下す段階にはありません。」

「まずは事実の確認を最優先します。」


フランス

パリ エリゼ宮殿

フランス大統領、アントワーヌ・ベルナールは国民向け声明を発表した。

「未知の存在による一方的な通告は、極めて異例の出来事です。」

「欧州各国と連携し、冷静かつ理性的に対応します。」


ドイツ

ベルリン 連邦首相府

ドイツ首相、クラウス・リヒターも演説を行う。

「科学的検証を進めるとともに、欧州各国との協議を継続しています。」

「憶測ではなく事実に基づいて判断することが重要です。」


イギリス

ロンドン 首相官邸

イギリス首相、エレノア・グラントは短い声明を読み上げた。

「政府は関係機関と連携し、今回の現象を調査しています。」

「現時点では国民生活に直接影響を及ぼす兆候は確認されていません。」

「どうか冷静な行動をお願いします。」


欧州連合(EU)

ブリュッセルでは、欧州理事会議長のルーカス・アンダーセンが加盟国共同声明を発表した。

「加盟各国は情報共有を強化し、共同で事態の分析を進める。」

「現時点では統一した結論には至っていないが、冷静かつ協調的に対応する。」


こうして世界各国の首脳は、それぞれ国民へ説明を行った。

共通していたのは、

「正体は分からない。」

という一点だけである。

一方で、その受け止め方には違いが見え始めていた。

ある国は慎重に事実確認を優先し、

ある国は科学的調査を強調し、

またある国は同盟国との連携を前面に押し出した。

同じ最後通告を前にしても、各国はそれぞれ異なる政治的判断を下し始めていた。

そして、その中でもロシア政府は独自の見解を固めつつあった。

カウントダウン 61時間32分。


ロシア政府の見解

西暦20XX年7月3日 22:15(モスクワ時間)
ロシア・モスクワ クレムリン

世界各国が対応を協議する中、ロシア政府は国家安全保障会議を開催していた。

会議室には、大統領セルゲイ・ヴォルコフをはじめ、安全保障会議書記、国防相、外相、情報機関長官ら、政府中枢の幹部が集まっている。

大型スクリーンには、世界中で放送されたしもべの映像が静止画として映し出されていた。

背後の光輪。

漆黒の装甲。

そして、七十二時間という最後通告。

数秒間の沈黙の後、ヴォルコフ大統領が口を開く。

「各機関の報告を。」

対外情報局長官のアレクセイ・モロゾフが立ち上がる。

「現時点で、この通信の発信源は特定できておりません。」

「米国、NATO加盟国、その他主要国による通常の情報工作とは手法が大きく異なります。」

国防相のヴィクトル・ソコロフが腕を組んだ。

「しかし、可能性を完全に排除することはできない。」

「西側諸国が新たな心理戦を仕掛けている可能性も検討すべきだ。」

会議室には静かな緊張が流れる。

外相のニコライ・レベデフが慎重に発言した。

「現時点では証拠がありません。」

「推測だけで外交的な判断を下すべきではないでしょう。」

ヴォルコフはゆっくりと頷く。

「そのとおりだ。」

「証拠のない断定は避ける。」

彼はスクリーンに映るしもべを見つめた。

「だが、これほど大規模な現象が自然に起こるとも考えにくい。」

国家安全保障会議書記が資料を閉じる。

「軍は警戒態勢を維持しています。」

「ただし、現時点で軍事行動を変更する理由は確認されていません。」

大統領は短く答えた。

「当面は静観する。」

「情報収集を継続し、新たな事実が判明するまで不用意な行動は取らない。」

誰も異論を唱えなかった。

ロシア政府は、この未知の存在を軽視もしなければ、正面から受け入れることもしない。

結論は一つだった。

「正体が判明するまで静観する。」

会議終了後、大統領府報道官は短い声明を発表する。

「ロシア政府は、今回の事象について引き続き調査を行っています。」

「現時点で具体的な対抗措置を講じる予定はありません。」

「国民の皆様には冷静な対応をお願いいたします。」

世界の報道機関は、この声明を「慎重姿勢」と伝えた。

一方で、クレムリンを後にした政府高官の誰一人として、しもべの最後通告を完全な虚偽だと言い切る者はいなかった。

未知である以上、無視することもまた危険だと理解していたからである。

その頃も、世界共通の時計は静かに時を刻み続ける。

61時間05分。

終星皇は依然として姿を見せず、しもべからも新たな声明は発せられていなかった。


中国政府の対応

西暦20XX年7月4日 08:00(中国標準時)
中国・北京市 人民大会堂

世界同時声明から約一日。

中国政府は国家緊急対策会議を開き、通信障害、重力ゆらぎ、そして「終星皇」と「しもべ」に関する総合的な調査を開始していた。

人民大会堂の記者会見場では、多数の国内外メディアが集まり、国家主席、李 天遠(リー・ティエンユエン)の登壇を待っていた。

午前八時。

李主席は壇上に立ち、静かに演説を始める。

「国民の皆さん。」

「現在、世界中で確認されている未知の現象について、中国政府は国家として総合的な調査を進めています。」

会場は静まり返る。

「科学技術部門、通信機関、宇宙観測機関、安全保障部門が連携し、原因究明に全力を挙げています。」

「現時点で、この現象の発生原因や発信主体について確認された事実はありません。」

李主席は続ける。

「私たちは憶測ではなく、客観的な事実に基づいて判断します。」

「世界各国の研究機関とも必要な情報交換を行いながら、冷静かつ慎重に対応していきます。」

演説は数分で終わった。

質疑応答で、記者が質問する。

「主席、しもべが発した七十二時間の最後通告について、中国政府はどのように受け止めていますか。」

李主席は短く答えた。

「現時点では評価を下す段階ではありません。」

「まずは事実を確認することが先決です。」

別の記者が続ける。

「終星皇を脅威と考えていますか。」

李主席は表情を変えない。

「未知である以上、あらゆる可能性を排除せず調査を続けます。」

それ以上の説明は行われなかった。


記者会見終了後、中国政府は各省庁へ新たな通達を送る。

その内容は二つ。

第一に、終星皇およびしもべに関する科学的・技術的調査を最優先事項として進めること。

第二に、インターネット上で拡散する未確認情報や偽情報を継続的に監視すること。

通信当局では、SNSや動画投稿サイト、掲示板などに投稿される情報の分析が始まった。

担当官が画面を見ながら報告する。

「『終星皇を見た』という投稿が急増しています。」

「ですが、その多くは加工画像や過去映像の流用です。」

別の担当官も続ける。

「一部では『中国政府が終星皇を捕らえた』という偽情報も拡散しています。」

「事実を確認できません。」

責任者は静かに指示を出した。

「確認できない情報は確認できないと明示する。」

「推測で結論を出すな。」

分析作業は昼夜を問わず続けられた。

しかし、数百万件に及ぶ投稿を解析しても、新たな手がかりは得られない。

映像は世界中で同一。

通信経路は不明。

発信地点も特定できない。

調査結果は、各国と同じ結論に行き着く。

「説明不能。」


その頃、中国各地では市民生活は大きく変わることなく続いていた。

地下鉄は定刻どおりに運行し、工場も学校も通常どおり稼働している。

しかし、駅の大型モニターやスマートフォンには、「終星皇」に関する速報が絶え間なく表示されていた。

人々は仕事や学業を続けながらも、ときおり画面へ目を向ける。

誰もが同じ疑問を抱いていた。

「七十二時間後、本当に何かが起きるのか。」

その問いに答えられる者は、まだ世界のどこにも存在しなかった。

カウントダウンは静かに進み続ける。

59時間48分。


日本政府の対応

西暦20XX年7月4日 09:30(日本標準時)
日本・東京都 首相官邸

世界中が七十二時間の期限を意識する中、日本政府も対応を本格化させていた。

首相官邸では、内閣総理大臣高瀬 恒一を議長とする国家安全保障会議が開かれ、関係閣僚や政府関係者が出席している。

会議では、しもべによる最後通告、各国政府の対応、世界各地で観測された説明不能な現象について報告が行われた。

大型モニターには世界地図と各国の最新情報が映し出されている。

会議終了後、高瀬首相は記者会見場へ向かった。

多くの国内外メディアが詰めかける中、首相は演壇に立つ。

「国民の皆様。」

「今回、世界規模で発生した一連の現象について、日本政府は重大な関心を持って受け止めています。」

静かな口調で語り始める。

「現時点で、その発信主体や原因について確定した情報はありません。」

「政府は関係省庁が連携し、情報収集と分析を進めています。」

続いて、政府の基本方針を説明した。

「日本はアメリカをはじめとする同盟国および友好国、さらに関係する国際機関との情報共有を継続しています。」

「科学的知見、通信記録、宇宙観測データなど、あらゆる情報を照合しながら、事実の確認に努めます。」

記者席から質問が飛ぶ。

「総理、終星皇やしもべの存在を政府として認めるのですか。」

高瀬首相は落ち着いた表情のまま答えた。

「現時点で確認できるのは、世界中で同一の現象が観測されたという事実です。」

「その存在や正体について、政府として断定する段階にはありません。」

別の記者が続ける。

「七十二時間という期限について、国民へ何か呼びかけはありますか。」

高瀬首相はゆっくりと頷いた。

「国民の皆様には、冷静な行動をお願い申し上げます。」

「インターネット上には様々な情報が流れていますが、未確認情報に惑わされることなく、政府や関係機関から発表される情報をご確認ください。」

さらに、記者から外交面について質問が寄せられる。

「各国との連携状況はいかがでしょうか。」

首相は答える。

「各国政府とは継続的に情報交換を行っています。」

「現時点では、国際社会が協力して状況を把握することが最も重要であると考えています。」

会見は二十分ほどで終了した。

終了後、外務省、防衛省、内閣官房には新たな指示が伝達される。

『同盟国との情報共有を継続し、終星皇およびしもべに関する新たな情報を速やかに集約すること。』

各省庁では担当者が昼夜を問わず分析を続けていた。

しかし、寄せられる報告書の内容は各国と変わらない。

発信源は不明。

正体も不明。

説明可能な科学的根拠も見つからない。

世界は協力して調査を進めている。

それでも、「終星皇」という存在だけは、人類の理解の外側にあり続けていた。

その頃、宇宙観測網では新たな異変の兆候が報告され始める。

紛争が続く地域の上空で、再び説明不能な観測データが記録されようとしていた。

画面の隅では、静かに数字が減り続ける。

59時間02分。


説明不能な重力ゆらぎ

西暦20XX年7月4日 14:12(UTC)
地球低軌道・世界各国の観測網

七十二時間の期限まで、残り約五十八時間。

その頃、人類は再び説明のつかない現象を目撃することになる。

最初に異常を検知したのは、複数の人工衛星だった。

通常であれば一定の値を示す重力観測データが、ごく短時間だけ大きく変動したのである。

観測装置の異常を疑った各国の管制センターは直ちに再計測を開始した。

しかし、結果は同じだった。

「観測値を確認。」

「重力勾配、急激な変動。」

「……原因不明。」

同じ報告が、世界各地から相次いで届く。


異常が確認された地点は、ある共通点を持っていた。

それは、現在も武力衝突や内戦が続いている地域のはるか上空である。

シリア。

イエメン。

ミャンマー。

ウクライナ。

イスラエルとパレスチナ周辺。

スーダン。

衛星画像には雲以外、何も映っていない。

航空機も存在しない。

気象現象も確認されない。

にもかかわらず、観測機器だけが「何か」の存在を示していた。


アメリカ・NASA管制センター

研究員がモニターを見つめる。

「同時多発です。」

「これだけ離れた地点で、ほぼ同じタイミングに重力変動が発生しています。」

主任研究員が眉をひそめる。

「自然現象では説明できない。」

「機器の故障か。」

別の研究員が首を振った。

「世界中の観測網で同じ結果です。」

「故障とは考えにくいでしょう。」


日本・宇宙観測センター

大型スクリーンには地球が映し出され、その周囲に観測データが重ねられている。

担当研究員が静かに報告する。

「異常は高度数十キロ以上の空域で発生しています。」

「地表への直接的な影響は確認されていません。」

責任者が尋ねる。

「発光現象は。」

「ありません。」

「電磁波異常は。」

「確認できません。」

「原因は。」

研究員は小さく息を吐いた。

「分かりません。」


欧州宇宙機関(ESA)

解析担当者は各国から送られたデータを比較していた。

誤差は極めて小さい。

観測時刻も一致している。

結論は一つだった。

「観測データは本物です。」

「ですが、説明できません。」


異常は約三分間続いた。

その後、重力値は何事もなかったかのように元へ戻る。

再び観測しても、空には何も存在しない。

雲が流れ、風が吹くだけだった。

各国の研究機関は共同声明を準備する。

その内容は極めて簡潔だった。

「一部地域上空で説明不能な重力変動を観測した。原因は現在調査中である。」

それ以上の説明はなかった。


世界の報道機関は、この新たな現象を速報で伝える。

「七十二時間の最後通告との関連は不明。」

「現時点で人的被害は確認されていません。」

「各国の研究機関が解析を続けています。」

人々は再び空を見上げた。

しかし、そこには何も見えない。

終星皇の姿も。

しもべの姿も。

ただ、誰にも観測できない何かが、一瞬だけ世界へ干渉したような痕跡だけが残されていた。

その頃、世界のどこか。

人類には知ることのできない場所で、しもべは静かに天を仰いでいた。

その背後の光輪が、ごくわずかに明滅する。

終星皇はなおも沈黙を守り、一切姿を現さない。

そして世界は、何が起きるのか分からないまま、残された時間だけを数え続ける。

カウントダウン 57時間48分。


マイクの投稿

西暦20XX年7月4日 16:30(アメリカ東部夏時間)
アメリカ合衆国・ニューヨーク州 州立大学キャンパス

七十二時間の期限が発表されてから、世界の人々はそれぞれの場所で答えを探していた。

政府は調査を続け、科学者たちは原因不明の現象を解析し、報道機関は新たな情報を求めて動き続けている。

しかし、一般市民にできることは限られていた。

多くの人々は、ただニュースを見つめながら、その時を待っていた。

その一人が、二十歳の大学生、マイクだった。


大学の中庭。

午後の日差しの中、学生たちはスマートフォンを片手に集まっている。

話題は当然、終星皇だった。

マイクは友人のライアンと向かい合って座り、ニュース映像を眺めていた。

画面には、しもべが発した最後通告の映像が流れている。

「七十二時間以内に、すべての戦争を停止せよ。」

その言葉が何度も再生されていた。

ライアンが小さく息を吐く。

「まだ信じられないよ。」

「世界中の政府が調べても、何も分からないなんて。」

マイクは頷いた。

「僕も分からない。」

「でも、ひとつだけ確かなことがある。」

「何?」

「今まで世界中で続いてきた戦争について、誰もが考えるきっかけになったこと。」

ライアンは少し黙る。

マイクは続けた。

「もちろん、誰かに脅されて平和になることが本当に正しいのか、それは簡単には答えられないと思う。」

「自由とか、国の権利とか、そういう問題もある。」

「でも……。」

彼はスマートフォンの画面に表示された紛争地域のニュースを見る。

「戦争で普通の人たちが苦しみ続ける現実もある。」

ライアンは静かに聞いていた。

「お前は終星皇を支持するのか?」

マイクは少し考える。

「支持とか、そういう簡単な話じゃないと思う。」

「何者なのかも分からない。」

「でも、もし本当に戦争が終わるなら……。」

一瞬、言葉を止める。

「それを望む人は世界中にいると思う。」


その日の夕方。

マイクは自分の部屋に戻った。

机の上には大学の教科書。

壁には平和活動に関するポスター。

テレビでは、終星皇に関する特別番組が流れている。

マイクはスマートフォンを手に取った。

しばらく画面を見つめる。

世界中で様々な意見が飛び交っている。

「宇宙人だ。」

「侵略者だ。」

「救世主かもしれない。」

「危険な存在だ。」

誰も答えを持っていない。

マイクは録画ボタンを押した。

数秒間、考える。

そして話し始めた。

「こんにちは、マイクです。」

「今日は、世界中で話題になっている終星皇について、自分の考えを話したいと思います。」

落ち着いた声だった。

「最初に言っておきます。」

「僕は、終星皇が何者なのか知りません。」

「本当に宇宙から来た存在なのか、それとも人類が理解できない何かなのか。」

「それは誰にも分からないと思います。」

画面越しの視聴者へ向けて、ゆっくりと言葉を続ける。

「でも、ひとつ考えてほしいことがあります。」

「もし本当に戦争が終わるなら。」

「もし、これ以上誰も戦場で傷つかなくなるなら。」

「その未来を望む人は、きっと少なくないと思います。」

マイクは少し間を置く。

「もちろん、恐怖による平和が本当に平和なのか。」

「それは簡単な問題じゃありません。」

「でも、戦争が続く世界と、戦争がない世界。」

「僕は後者を願いたいです。」

最後に、彼は静かに言った。

「七十二時間後、世界がどうなるのかは分かりません。」

「でも、少なくとも今、人類は戦争について考えています。」

「それだけでも、大きな意味があると思います。」

録画を終了する。

数分後。

動画はSNSへ投稿された。

タイトルは短かった。

『もし本当に戦争が終わるなら』


最初は、小さな個人投稿だった。

しかし、数十分後。

動画は少しずつ拡散を始める。

共感する人。

反論する人。

疑問を投げかける人。

世界中の人々が、その二十歳の大学生の言葉に目を向け始めていた。

そしてマイク自身はまだ知らなかった。

この何気ない投稿が、後に世界的な議論の象徴の一つになることを。

カウントダウンは進み続ける。

55時間20分。


CIAの報告

西暦20XX年7月4日 18:00(アメリカ東部夏時間)
アメリカ合衆国・バージニア州 中央情報局(CIA)本部

世界各国が終星皇に関する情報収集を進める中、アメリカ中央情報局(CIA)でも特別分析チームが組織されていた。

通常の情報分析とは異なる。

対象は国家でも軍事組織でもない。

人類史上、前例のない「未知の存在」。

その名は――終星皇。


CIA本部地下の分析室。

大型スクリーンには、世界各地から集められた情報が表示されている。

衛星データ。

通信記録。

重力観測結果。

各国政府の声明。

SNS上の反応。

しかし、数時間に及ぶ分析を経ても、結論は一つしか出ていなかった。

「発信源不明。」

「技術的手段不明。」

「目的は推測不能。」


特別分析チーム責任者、アンドリュー・コリンズは、まとめた報告書を手に大統領への説明準備を進めていた。

同行する情報分析官が尋ねる。

「局長、本当に大統領へこの内容を提出するのですか。」

コリンズは頷く。

「事実を隠す理由はない。」

「分からないものを、分かったように報告する方が危険だ。」


アメリカ合衆国・ホワイトハウス

同日夜。

ジョンソン大統領の執務室では、CIAからの緊急報告が行われていた。

大統領の前には、国家安全保障担当補佐官、国防関係者、CIA長官らが並んでいる。

CIA長官代理のアンドリュー・コリンズが説明を始めた。

「大統領。」

「現時点で確認できた情報を報告します。」

スクリーンに資料が映し出される。

「第一に、しもべによる世界同時通信は、既存の通信技術では説明できません。」

「第二に、終星皇の所在地は特定できていません。」

「第三に、存在そのものを直接観測した記録はありません。」

ジョンソンは静かに質問する。

「つまり。」

「我々は、何を相手にしているのか分からないということです。」

コリンズは短く答えた。

「はい。」

「現時点では、その表現が最も正確です。」


国防長官が資料を見る。

「軍事的脅威評価は。」

CIA分析官が答える。

「現時点で、攻撃行動は確認されていません。」

「また、民間人や非戦闘員を標的にした行動も確認されていません。」

「むしろ、声明内容から判断すると、対象は戦争を継続している権力機構に限定されている可能性があります。」

ジョンソンは眉をひそめる。

「可能性?」

「はい。」

「ただし、最終通告の意図は明確です。」

「戦争停止を要求している。」


大統領はしばらく沈黙した。

机の上には、しもべが世界へ発した声明の全文が置かれている。

そこには余計な感情も、交渉の余地もなかった。

ただ一つの要求。

戦争を停止せよ。


国家安全保障担当補佐官が尋ねる。

「大統領、対応方針はいかがしますか。」

ジョンソンはゆっくり答えた。

「引き続き調査する。」

「軍事的な挑発は避ける。」

「そして、同盟国と情報を共有する。」

「現時点で最も重要なのは、相手の正体を理解することだ。」


報告の最後。

CIA長官代理は、一枚の資料を提示した。

そこには世界各地で観測された重力異常の一覧が記されている。

「もう一つ、関連する可能性がある情報があります。」

「紛争地域上空で発生した重力変動です。」

「終星皇によるものかは確認できません。」

「しかし、タイミングは最後通告後です。」

部屋の空気が変わる。

ジョンソンは画面を見つめる。

「つまり。」

「次に何か起こる可能性を否定できない、ということです。」

コリンズは静かに答えた。

「はい。」


会議終了後。

ジョンソン大統領は一人、執務室の窓から夜のワシントンを見つめていた

街には普段と変わらない明かりが灯っている。

人々は生活を続けている。

しかし、その上空には誰にも見えない存在がいる。

そして、その意思を伝える唯一の存在が、世界のどこかで静かに待っている。

時計を見る。

54時間40分。

期限は、刻一刻と近づいていた。


しもべの報告

西暦20XX年7月4日 19:30(UTC)
所在地不明

世界各国が対応に追われる中、人類が知ることのできない場所で、しもべは静かに存在していた。

そこが地球上のどこなのか。

地下なのか。

海上なのか。

あるいは、人類の観測範囲を超えた場所なのか。

誰にも分からない。

ただ一つ確かなことは、しもべがそこから世界を見ていたという事実だけだった。


漆黒の装甲のような身体。

人間には理解できない構造。

背後には、無数の恒星を思わせる光輪が静かに輝いている。

しもべは動かなかった。

呼吸もない。

疲労もない。

感情を示す表情もない。

ただ、終星皇の意思を伝えるためだけに存在していた。

その前方。

人類には認識できない空間に、世界中の情報が集約されていく。

各国政府の声明。

軍の動き。

国際機関の協議。

市民の反応。

すべてが記録されていた。


しもべは静かに言葉を発する。

「報告します。」

その声は、誰かへ向けた会話ではなかった。

終星皇への報告。

ただそれだけだった。

「各国政府は、調査を継続しています。」

「一部の国家は警戒態勢を維持。」

「一部の国家は情報共有を開始。」

「世界各国は、現時点で戦争停止を公式決定していません。」

淡々とした報告が続く。

そこに評価も、批判もない。

ただ事実だけが並べられていく。


世界各地では、政府関係者が対応を協議していた。

アメリカ。

ロシア。

中国。

日本。

欧州各国。

そして紛争が続く地域。

人類は、それぞれの立場から終星皇への対応を考えている。

しかし、しもべはそれらを静かに観測していた。

「現時点で、明確な戦争停止の意思表示は確認されません。」

「残り時間は継続して減少しています。」


しばらく沈黙が続く。

人類ならば、相手の判断を待つ場面だった。

不安。

焦り。

怒り。

期待。

そうした感情が生まれる瞬間だった。

しかし――。

終星皇には、変化がなかった。


終星皇は、何も反応しなかった。

怒りもしない。

満足もしない。

驚きもしない。

ただ静かに存在している。

世界各国の対応は、終星皇にとって予想外でも、脅威でもなかった。

人類が何を選択するのか。

その結果を待っているだけだった。


しもべは再び報告する。

「各国政府は、期限までの対応を検討しています。」

「一部の市民は、戦争終結への期待を示しています。」

「一部の市民は、未知の存在による介入への恐怖を示しています。」

「世界規模で意見の分裂が発生しています。」

報告が終わる。

しかし、終星皇から返答はない。

もともと、言葉による返答など存在しない。

終星皇は語らない。

命令もしない。

ただ、最初に示した条件を変えることなく待つ。


しもべは理解していた。

終星皇が求めているものは、服従ではない。

恐怖による支配でもない。

ただ一つ。

戦争という行為の停止。

それだけだった。

しかし、人類にとってそれは簡単な選択ではない。

国家の利益。

安全保障。

歴史的対立。

政治的判断。

長年積み重なった問題。

それらすべてを抱えたまま、世界は残された時間を消費していた。


しもべは最後に告げる。

「監視を継続します。」

そして、再び沈黙する。

世界では刻一刻と時間が進む。

誰にも見えない存在。

誰にも届かない場所。

しかし、その意思だけは確実に地球全体へ影響を与えていた。

カウントダウン 53時間58分。


世界同時カウントダウン表示

西暦20XX年7月4日 20:00(UTC)
世界全域

七十二時間の最後通告から、すでに約十八時間が経過していた。

世界は不安と疑問を抱えながら、静かに時間を消費していた。

政府は調査を続ける。

科学者は原因を探る。

メディアは情報を追う。

市民は画面を見つめる。

誰もが同じ問いを抱えていた。

「期限が来た時、何が起きるのか。」

その答えを知る者はいなかった。


その瞬間。

世界中のデジタル機器に、異変が起きた。

スマートフォン。

パソコン。

テレビ。

街頭の大型ディスプレイ。

政府機関の情報端末。

企業の通信システム。

本来、それぞれ独立しているはずの機器が、一斉に同じ画面へ切り替わる。

しかし、通信障害ではなかった。

機器は正常に動作している。

データが消えることもない。

ただ、画面の中央に一つの表示だけが現れた。


黒い背景。

中央に白い数字。

そして、その下に短い文章。

「残り時間」

53:00:00


世界中の人々が、その表示を目撃した。

アメリカ・ニューヨーク。

街頭スクリーンに数字が浮かび上がる。

通行人が足を止める。

「また何か始まったぞ。」

「政府の発表か?」

しかし、放送局のロゴはない。

企業広告でもない。

ただ、時間だけが表示されている。


東京。

会社帰りの人々が駅構内の大型画面を見る。

ニュース番組は停止していない。

画面の隅に同じ数字が表示される。

アナウンサーが困惑する。

「現在、各地の情報端末で同様の表示が確認されています。」

「原因については、現在調査中です。」


北京。

政府関連施設でも同じ現象が確認される。

担当者が端末を確認する。

「システム侵入の記録はありません。」

「外部アクセスも確認できません。」

「ですが、表示されています。」

説明できない現象。

それは、これまで何度も繰り返されたものだった。


ワシントン。

ホワイトハウス危機管理室。

ジョンソン大統領にも報告が入る。

国家安全保障担当補佐官が資料を渡す。

「大統領。」

「世界中で同時にカウントダウン表示が確認されました。」

ジョンソンは画面を見る。

そこには数字だけが映っている。

52:59:43

「発信元は。」

担当者は答える。

「特定できません。」

「また……ですか。」

「はい。」


そして数秒後。

世界中の画面に、新たな文章が表示される。

音声はない。

映像もない。

ただ、文字だけだった。

「期限まで監視する。」

それだけだった。


人類は理解した。

これは警告ではない。

脅しでもない。

ただの通知。

終星皇は、すでに世界へ示した条件を変更するつもりがない。

時間だけを示している。

選択するのは、人類側だということだった。


SNSでは、表示された数字の画像が瞬く間に拡散する。

「本当にカウントダウンが始まった。」

「政府でも止められないのか。」

「これは現実なのか?」

「七十二時間後、本当に何か起きる。」

世界中の人々が、同じ数字を見つめ始める。

国家指導者も。

軍関係者も。

研究者も。

一般市民も。

誰も例外ではない。


その頃。

マイクのスマートフォンにも、同じ数字が表示されていた。

彼は画面を見つめ、静かにつぶやく。

「本当に……始まったんだ。」

世界は初めて理解した。

終星皇は、姿を見せない。

言葉も発しない。

しかし、その存在は確実に世界へ影響を与えている。

そして残された時間は、刻一刻と減っていく。

カウントダウン 52時間58分。


世界がカウントダウンに反応する

西暦20XX年7月4日 20:30(UTC)
世界各地

世界中のデジタル機器に表示されたカウントダウンは、人類社会に大きな衝撃を与えた。

それは、単なる情報ではなかった。

政府でも、企業でも、軍事組織でもない。

正体不明の存在が、世界中の人間へ同時に時間を示した。

その事実そのものが、人々に強い現実感を与えていた。


アメリカ合衆国・ニューヨーク

街頭スクリーンを見上げる市民。

ニュース番組は専門家を招き、緊急討論を開始していた。

司会者が問いかける。

「これはサイバー攻撃なのでしょうか。」

情報セキュリティ専門家が答える。

「通常のサイバー攻撃とは考えにくいです。」

「世界中の異なるシステムが同時に影響を受けていますが、破壊や侵入の痕跡が確認できません。」

別の専門家が続ける。

「技術的な問題として説明するには、現時点では情報が不足しています。」

画面には、減り続ける数字が映し出される。

52:30:00

視聴者から寄せられる意見は分かれていた。

「政府はもっと情報を出すべきだ。」

「未知の存在なら従うしかないのではないか。」

「脅迫に屈していいのか。」

「でも戦争が終わるなら……。」


ヨーロッパ

欧州各国でも反応は様々だった。

フランス・パリ。

街のカフェでは、人々がスマートフォンを見ながら議論していた。

「本当に世界を変える存在なのかもしれない。」

「でも、誰かに命令される平和を平和と呼べるのか。」

ドイツ・ベルリンでは、大学や研究機関で緊急討論が行われる。

研究者たちは、終星皇の目的について議論していた。

「破壊ではなく停止を要求している。」

「しかし、その方法は人類社会の価値観とは大きく異なる。」

答えは出なかった。


中東地域

紛争の影響を受ける地域では、反応はさらに複雑だった。

避難生活を続ける人々。

家族を失った人々。

戦闘地域で暮らす人々。

彼らにとって「戦争停止」という言葉は、単なる政治的議論ではなかった。

ある避難民の男性は、スマートフォンに映る数字を見つめながら言った。

「もし本当に戦争が終わるなら……。」

「それを望まない人はいない。」

しかし別の人物は不安を口にする。

「でも、誰が世界を決める権利を持つのか。」

「明日は別の命令が出るかもしれない。」

期待と恐怖。

その両方が、人々の中に存在していた。


インターネット上

SNSでは、カウントダウン表示の画像や動画が爆発的に拡散していた。

投稿数は数億件規模へ増加する。

世界中の言語で議論が起きる。

「これは人類を救う存在だ。」

「侵略者だ。」

「宇宙文明との接触だ。」

「巨大な心理実験ではないか。」

「いや、政府が隠している何かだ。」

意見は一致しない。

しかし、一つだけ共通していた。

誰もが終星皇の存在を無視できなくなっていた。


アメリカ・ニューヨーク州

その頃、大学生マイクもSNSを確認していた。

自身が投稿した動画には、世界各地からコメントが届いている。

「あなたの言葉に共感した。」

「でも、自由を失う危険も考えるべきだ。」

「戦争がなくなるなら支持する。」

「未知の存在を信用するのは危険だ。」

様々な意見。

マイクは画面を見つめる。

自分が投げかけた問いが、世界中で議論されている。

しかし、彼自身も答えを持っているわけではなかった。

「本当に……どうなるんだろう。」


世界

国連本部では緊急協議が続いていた。

各国代表は、それぞれ異なる意見を述べる。

「国際秩序への重大な挑戦だ。」

「しかし、戦争停止という要求自体は人類共通の願いでもある。」

「問題は、その手段だ。」

議論は終わらない。

なぜなら、人類は初めて問われていたからだ。

絶対的な力によって平和がもたらされる時、それを受け入れるのか。


時計は進み続ける。

終星皇は何も語らない。

しもべも、追加の説明を行わない。

ただ、数字だけが世界中に表示されている。

52時間00分。

人類は、残された時間の中で決断を迫られ始めていた。


世界規模の議論

西暦20XX年7月5日 08:00(UTC)
世界全域・インターネット空間

カウントダウンが表示されてから十二時間。

世界は、かつてない規模の議論に包まれていた。

終星皇。

その名前は、すでに世界中の人々が知る言葉になっていた。

姿は見えない。

所在地も不明。

目的も完全には理解されていない。

しかし、確実に存在する何かが、世界へ向けて「戦争停止」という要求を示している。

その事実だけが、人類社会を揺さぶっていた。


SNSでは、投稿が止まらなかった。

世界各国の言語で、同じテーマが繰り返される。

「終星皇とは何者なのか。」

「本当に戦争を終わらせる存在なのか。」

「それとも、新たな支配者なのか。」

議論は国境を越えて広がっていた。


アメリカ合衆国

マイクが投稿した動画も、さらに拡散していた。

投稿から一日も経たないうちに、数百万回以上再生される。

コメント欄には様々な意見が寄せられていた。

「あなたの言う通りだ。戦争が終わるなら希望になる。」

「でも、脅迫で平和を作ることは危険だ。」

「政府より強い存在が現れたら、民主主義はどうなる?」

「少なくとも、戦争で苦しむ人は減るかもしれない。」

マイクは画面を見ながら、その反応の多さに戸惑っていた。

自分はただ、自分の考えを話しただけだった。

しかし今、その言葉は世界中の人々によって議論されている。


ヨーロッパ

欧州では、政治学者や法律専門家が次々と意見を発表していた。

ある評論家は語る。

「終星皇の要求は、目的だけを見るなら平和主義的です。」

「しかし、その実現方法は人類が築いてきた国際秩序とは相容れません。」

別の研究者は反論する。

「では、現在まで続いてきた戦争を誰が止めるのか。」

「国家間の交渉が何年も失敗してきた問題を、別の存在が終わらせようとしている。」

議論はさらに激しくなる。


中国

中国国内でも、終星皇への評価は分かれていた。

政府の対応を支持する人々は言う。

「国家の判断は国家自身が決めるべきだ。」

一方で、別の人々は発言する。

「戦争がなくなるなら、それを望む人も多い。」

「問題は、その後の世界がどうなるかだ。」

政府による情報管理が行われる中でも、議論は完全には止まらなかった。


ロシア

ロシアでも意見は割れていた。

政府支持者の一部は、終星皇を「未知の脅威」と見た。

「これは国家主権への挑戦だ。」

「要求に従えば、世界の秩序は崩壊する。」

一方で、戦闘地域に近い市民の中には別の声もあった。

「もう戦争は終わってほしい。」

「政治家ではなく、普通の人々が犠牲になっている。」


紛争地域

戦争が続く地域では、議論の意味はより現実的だった。

爆音の中で暮らす人々。

避難生活を続ける家族。

家族の帰りを待つ人々。

彼らにとって、終星皇の声明は単なる国際問題ではなかった。

「もし本当に止まるなら。」

「この苦しみが終わるなら。」

そう願う声は確かに存在した。


しかし、世界中で一つの疑問も広がっていた。

「もし終星皇が戦争を止められるほどの力を持つなら、誰がその存在を止められるのか。」

それは、希望と同時に恐怖を生み出していた。


国際社会

国連本部では、各国代表が議論を続けていた。

ある代表は述べる。

「我々は平和を求めている。」

「しかし、力による強制的な平和が未来に何を残すのかを考えなければならない。」

別の代表は答える。

「だが、戦争を止める方法が他に存在するのか。」

議場は静まり返る。

誰も簡単な答えを持っていなかった。


その頃。

世界中の画面に表示される数字は、静かに減り続けていた。

終星皇は何も語らない。

しもべも沈黙している。

しかし、人類の側では議論が止まらない。

自由か。

平和か。

国家の権利か。

世界全体の秩序か。

人類は、かつてない問いに直面していた。

カウントダウン 40時間00分。


偽情報と社会混乱

西暦20XX年7月5日 12:30(UTC)
世界各地

終星皇を巡る議論が世界規模へ広がる中、新たな問題が発生していた。

それは、未知の存在そのものではなかった。

人類自身が生み出した混乱だった。

大量の情報が流れるインターネット空間で、事実と虚偽の区別が次第に困難になっていた。


SNSには、さまざまな情報が投稿される。

「終星皇は特定の国家が作った兵器だ。」

「政府は本当の情報を隠している。」

「期限が来れば地球そのものが破壊される。」

「終星皇は人類を救うために来た存在だ。」

根拠のない情報。

加工された映像。

過去の事件を利用した偽情報。

それらが、短時間で世界中へ拡散していった。


アメリカ合衆国

ワシントンでは、政府機関が情報拡散の状況を分析していた。

国家安全保障担当者が報告する。

「大統領。」

「確認できない情報が急速に広がっています。」

ジョンソン大統領は資料を見る。

「内容は。」

「終星皇に関する偽映像。」

「政府がすでに支配されたという虚偽情報。」

「期限後に世界が消滅するという予測。」

担当者は続ける。

「現時点で、信頼できる根拠はありません。」

ジョンソンは短く答える。

「国民へ冷静な判断を呼びかける。」

「恐怖が新たな混乱を生む。」


ヨーロッパ

一部地域では、偽情報を信じた人々による小規模な集会が始まっていた。

「終星皇を歓迎しろ。」

「政府は真実を隠している。」

「今すぐ戦争を終わらせろ。」

要求はそれぞれ異なる。

中には平和を求める声もあれば、恐怖から生まれた極端な主張もあった。

各国政府は、表現の自由を尊重しながらも、混乱拡大を警戒していた。


一部地域での混乱

そして、一部の国や地域では、社会不安が現実の問題となり始めた。

終末論的な噂を信じた人々が集まり、大規模なデモへ発展する。

「世界が変わる前に行動しろ。」

「政府は我々を守れない。」

一部では、物資を求める人々が店舗へ殺到した。

不安から食料や生活用品を過剰に確保しようとする動きが発生する。

さらに、一部地域では混乱に乗じた略奪行為も発生した。


アフリカ・一部都市部

商店街では、人々が不安げにニュースを確認していた。

「本当に何か起きるのか。」

「政府は何を知っているんだ。」

店主は困惑する。

「戦争でも災害でもない。」

「でも、人々は恐怖を感じている。」

警察や治安部隊が出動し、状況の沈静化を図る。

しかし、最大の問題は目に見える敵ではなかった。

人々の不安そのものだった。


中東地域

紛争地域でも、情報の混乱は広がっていた。

ある地域では、

「終星皇が明日すべてを変える。」

という噂が広がる。

別の地域では、

「これは敵側の心理作戦だ。」

という主張が広まる。

戦闘による危険に加え、情報による混乱も人々を苦しめ始めていた。


アメリカ・ニューヨーク

大学生マイクも、SNS上の大量の投稿を見ていた。

自分の動画にも、根拠のない批判が届いている。

「お前は宇宙人を支持する危険人物だ。」

「政府の工作員なのか。」

一方で、

「あなたの言葉で少し落ち着いた。」

「恐怖ではなく、冷静に考えるべきだ。」

という声も届いていた。

マイクは画面を閉じる。

「情報が多すぎる……。」

「本当のことが分からなくなっている。」


その頃。

世界各国の政府は共通した問題に直面していた。

終星皇という未知の存在。

そして、それに対する人類自身の反応。

軍事力では解決できない。

政治判断だけでも制御できない。

情報という新たな戦場が生まれていた。


カウントダウンは進む。

世界中で不安が高まる中、終星皇は変わらず沈黙している。

しもべから追加の声明はない。

ただ、数字だけが減り続ける。

カウントダウン 36時間30分。

そして、この混乱は次第に世界の主要ニュースへと取り上げられていく。


混乱の報道

西暦20XX年7月5日 15:00(UTC)
世界各地・主要報道機関

終星皇による最後通告から二日目。

世界の主要メディアは、連日この未知の存在を報じ続けていた。

しかし、この日。

報道の中心となったのは、終星皇そのものではなかった。

人類社会に広がり始めた混乱だった。


アメリカ合衆国・ニューヨーク

世界的ニュースネットワークの特別番組。

画面には、各地で発生したデモや混乱の映像が映し出されている。

司会者が説明する。

「終星皇による最後通告から約二日。」

「現在、世界各地で情報の真偽を巡る混乱が発生しています。」

画面が切り替わる。

街頭でスマートフォンを掲げる人々。

政府への説明を求める集会。

不安を訴える市民。

一方で、平和を求めるメッセージを掲げる人々の姿も映る。


解説者が語る。

「今回の特徴は、敵対勢力による攻撃ではないという点です。」

「正体不明の存在への恐怖と期待が、同時に社会へ広がっています。」

「その結果、人々の行動が大きく分かれています。」


イギリス・ロンドン

公共放送では、専門家による討論番組が放送されていた。

司会者が問いかける。

「政府はどのように対応すべきでしょうか。」

政治学者が答える。

「まず必要なのは、正確な情報提供です。」

「しかし、問題は政府自身も終星皇について理解できていないことです。」

別の専門家が続ける。

「これは通常の国際危機とは異なります。」

「相手が国家ではなく、人類の既存概念を超えた存在だからです。」


日本・東京

日本のニュース番組でも、特別報道が続いていた。

画面には世界各地のカウントダウン表示が映る。

アナウンサーが説明する。

「現在、各国政府は冷静な対応を呼びかけています。」

「また、SNS上では確認されていない情報が多数拡散しており、注意が必要です。」

街頭インタビューでは、市民の意見も分かれていた。

「怖いです。何が起こるか分からないので。」

「でも、戦争がなくなるなら期待したいです。」

「誰かに命令される平和が本当に正しいのか、考える必要があります。」


紛争地域

戦争が続く地域のニュース映像は、世界中へ配信された。

避難所。

破壊された街。

不安げな表情の住民。

しかし、そこでも意見は一つではなかった。

ある避難民は語る。

「もし本当に戦争を止められるなら、止めてほしい。」

一方、別の人物は言う。

「誰か一人の意思で世界が変わることが怖い。」

平和への願い。

未知への恐怖。

その両方が存在していた。


国際社会

国連本部前にも、多くの報道陣が集まっていた。

各国代表への取材が続く。

「終星皇への対応方針は決まりましたか。」

「期限までに何らかの決定を行いますか。」

しかし、多くの政府関係者は明確な回答を避けていた。

理由は単純だった。

誰も、終星皇の次の行動を予測できない。


アメリカ・ニューヨーク州

大学生マイクの動画も、ニュース番組で紹介されるようになっていた。

「一般市民の間でも、終星皇を巡る議論が広がっています。」

画面には、マイクの投稿映像の一部が映る。

「もし本当に戦争が終わるなら、その未来を願う人はいると思います。」

その言葉に対し、スタジオでは様々な意見が出る。

「これは希望の象徴かもしれません。」

「しかし、未知の存在への依存につながる危険もあります。」


世界は混乱していた。

しかし、その混乱の中心にいる存在――終星皇は、何もしていなかった。

攻撃もない。

追加要求もない。

ただ、最初に示した条件を維持しているだけだった。


そして、人々は次第に理解し始める。

七十二時間という期限は、単なる脅しではない。

終星皇は、本当に人類の選択を待っている。

残された時間は少ない。

世界各国の政府は、さらに重大な判断を迫られることになる。

カウントダウン 34時間00分。


反体制派の声明

西暦20XX年7月5日 18:30(UTC)
ミャンマー・山岳地帯 反体制派拠点

終星皇による最後通告から二日目の夜。

世界中が七十二時間という期限を見守る中、長年内戦状態にある地域では、人々の間に新たな動きが生まれていた。

それは、戦場の中から発せられた一つの要求だった。

「戦争を終わらせるべきだ。」

という声である。


山間部にある反体制派の拠点。

小さな部屋には、複数の指導者が集まっていた。

彼らは終星皇の声明について議論していた。

机の上には、世界中で表示されているカウントダウンの映像が映っている。

反体制派指導者の一人、ミン・タウンは画面を見つめていた。

「我々は、この存在を理解しているわけではない。」

「正体も、目的も分からない。」

周囲のメンバーが静かに聞く。

「では、どうするのですか。」

ミン・タウンは答える。

「だが、我々が忘れてはいけないことがある。」

「この戦争で苦しんでいるのは、政治家だけではない。」

「一般市民だ。」


ミャンマーでは長期間にわたり、政府側と反体制勢力の衝突が続いていた。

多くの市民が避難を余儀なくされている。

生活基盤は失われ、未来への不安を抱える人々も多い。

反体制派の中には、終星皇の介入を歓迎する声もあった。

「もし本当に戦争を止められるなら。」

「今すぐ止めるべきだ。」

しかし、全員が同じ考えではなかった。

別の指導者が言う。

「未知の存在に未来を委ねることになる。」

「それが本当に正しいのか。」

議論は続いた。


数時間後。

反体制派は世界へ向けて声明を発表する。

映像の中で、ミン・タウンが語る。

「我々は、終星皇の正体も、その目的も理解していない。」

「しかし、長年続いた戦闘によって苦しむ人々が存在することは事実である。」

「我々は、すべての関係者に対し、戦闘停止に向けた協議を求める。」

「政府にも、軍事行動を停止する決断を求める。」

「国民の命を最優先に考えるべきだ。」


この声明は、世界中のメディアで報じられた。

しかし、すぐにミャンマー政府側から反応が出る。

政府報道官は声明を発表する。

「国家の将来を、正体不明の存在による要求によって決定することはできない。」

「政府は国内の秩序維持を継続する。」

「現在の安全保障上の判断を変更する予定はない。」


同じような動きは、他の紛争地域でも起き始めていた。

シリア。

イエメン。

スーダン。

ウクライナ。

イスラエルとパレスチナ周辺。

戦闘地域の一部では、市民や反体制勢力から停戦を求める声が上がる。

しかし、政府や軍の判断は一様ではなかった。

ある政府関係者は言う。

「これは国際政治への干渉だ。」

「我々の判断は、我々自身が決める。」


世界は二つの考えに分かれ始めていた。

一つは、

「終星皇の力によってでも、戦争が終わるなら受け入れるべきだ。」

という考え。

もう一つは、

「どれほど平和を望んでも、外部の絶対的な力による強制は認められない。」

という考え。


その頃。

地球のどこかで、しもべは静かに世界の変化を記録していた。

反体制派の声明。

政府側の反応。

市民の声。

すべてを確認する。

しかし、しもべは何も評価しなかった。

ただ、終星皇へ報告する。

「各地域で、戦争停止を求める声が発生しています。」

「しかし、戦争継続の意思を示す政府機構も存在します。」

沈黙。

終星皇から返答はない。

当然だった。

終星皇は、まだ判断の時を待っている。


時計は進む。

期限まで、残された時間はさらに短くなる。

そして次に世界が注目するのは――。

戦争を続ける国家が、最後の時間でどのような決断をするのかだった。

カウントダウン 31時間30分。


「72時間」の意味

西暦20XX年7月6日 06:00(UTC)
シリア・アレッポ近郊 避難民キャンプ

終星皇による最後通告から、約二日半。

世界中の人々が同じ数字を見つめていた。

残り時間。

それは単なる時計ではなかった。

戦争地域で暮らす人々にとって、その数字は未来そのものを意味していた。


避難民キャンプの一角。

簡素なテントの中で、家族を失った人々が小さな端末に表示されたカウントダウンを見ていた。

画面には、

18:00:00

という数字が表示されている。

誰も言葉を発しない。

普段なら、遠くから聞こえる爆発音や軍用車両の音に怯えている時間だった。

しかし、この日は違った。

人々の意識は、空ではなく画面へ向けられていた。


一人の男性が静かに話す。

「あと十八時間で……何かが変わるのか。」

隣にいた女性が答える。

「分からない。」

「でも、もし本当に戦争が止まるなら……。」

その先の言葉は続かなかった。

期待することへの恐怖があった。

何度も希望を持ち、そのたびに裏切られてきたからだ。


ウクライナ東部

前線近くの兵士たちも、終星皇の声明について話していた。

夜間の警戒任務中。

若い兵士が仲間へ尋ねる。

「本当に、期限が来たら戦争は終わると思うか。」

ベテラン兵士はしばらく沈黙した。

「分からない。」

「だが、もし本当に誰も戦わなくていい日が来るなら……それを望む人間は多いだろう。」

別の兵士が口を挟む。

「でも、それを決めるのが人間ではないということだ。」

その言葉に、全員が黙った。


イスラエル・ガザ周辺

緊張状態が続く地域でも、人々は同じ問いを抱えていた。

避難場所に集まった住民。

家族と連絡を取る人々。

ニュースを見る人々。

終星皇の存在について、意見は分かれていた。

「戦争を止めるなら、誰でもいい。」

という声。

そして、

「どんな理由でも、外部の存在に未来を決められるのは危険だ。」

という声。

平和を求める気持ちは同じでも、その方法については大きく異なっていた。


イエメン

長期的な戦闘によって疲弊した地域。

小さな町の住民たちは、カウントダウンを見ながら話していた。

「七十二時間。」

「たった三日で、何年も続いた争いが終わるのか。」

老人が静かに答える。

「人間にはできなかったことを、別の存在がやろうとしている。」

「それを奇跡と呼ぶ人もいるだろう。」

「だが、恐れる人もいる。」


ミャンマー

政府軍と反体制勢力の双方でも、終星皇への対応を巡って内部で議論が続いていた。

一部の兵士は戦闘継続に疑問を抱き始めていた。

「我々は何のために戦っているのか。」

「このまま続ける意味はあるのか。」

しかし、指揮官たちは命令を維持する。

「現在の任務を変更する予定はない。」

「最後まで警戒を続けろ。」


世界

終星皇は何も語らなかった。

新たな命令も出さない。

しもべも、追加の説明をしていない。

ただ、一つの条件だけが存在していた。

七十二時間以内に、すべての戦争を停止せよ。

その意味を、人類はそれぞれの立場から考えていた。

政治家は国家の未来を考える。

軍人は命令と良心の間で揺れる。

市民は平和への希望と未知への恐怖を抱く。


その頃。

世界各国のニュースでは、残り時間が大きく表示され続けていた。

人々は問い始める。

もし期限が来た時、本当に終星皇は行動するのか。

それとも――。

すべては未知の存在による、巨大な現象に過ぎないのか。

答えが出るまで、残り時間は少ない。

カウントダウン 17時間30分。


疑念と否定の拡散

西暦20XX年7月6日 09:30(UTC)
世界各地・メディア空間

終星皇による最後通告から約五十五時間。

世界中の人々が残り時間を意識する中、別の流れも広がり始めていた。

それは、終星皇の存在そのものを疑問視する動きだった。


インターネット上では、カウントダウンを巡る議論がさらに激しくなっていた。

期待。

恐怖。

疑念。

そして否定。

さまざまな意見が混ざり合い、世界規模の情報戦のような状態になっていた。


アメリカ合衆国

一部の保守系メディアでは、終星皇への懐疑的な報道が増えていた。

ニュース番組の司会者が語る。

「我々は冷静に考える必要があります。」

「現時点で、終星皇という存在について確実な証拠はありません。」

画面には、専門家の姿が映る。

「世界中の機器に表示された現象は事実です。」

「しかし、それが未知の生命体によるものなのか、別の原因なのかは判断できません。」


一部の評論家は、さらに強い主張を展開する。

「七十二時間が経過しても、何も起こらない可能性があります。」

「これは恐怖を利用した心理作戦かもしれません。」

「政府や一部メディアが、人々を混乱させている可能性も否定できない。」


SNSでも、否定的な投稿が増えていく。

「終星皇なんて存在しない。」

「ただの高度な技術を使った演出だ。」

「宇宙人という話は作られた物語だ。」

「左派メディアによるフェイクニュースではないか。」

根拠の薄い主張も含まれていたが、多くの人々がそれを目にすることになった。


アメリカ国内

街頭インタビューでは、意見が分かれていた。

ある男性は答える。

「私は信じていません。」

「人類が、突然現れた存在に従うなんて考えられない。」

一方、別の女性は言う。

「でも、説明できないことが起きているのも事実です。」

「何も分からないのに否定することもできません。」


ヨーロッパ

欧州でも、同様の動きが起きていた。

一部の政治団体は声明を発表する。

「未知の存在による脅迫に屈してはならない。」

「国家の意思決定権を守るべきだ。」

一方で、反論する声もある。

「では、現在続いている戦争をどう止めるのか。」

「今までの方法で止められなかった現実も考えるべきだ。」


中国

中国国内でも、終星皇に関する情報について慎重な見方が広がっていた。

政府は公式に、未確認情報への注意を呼びかける。

「国民は確認されていない情報を拡散しないよう注意してください。」

しかし、ネット上ではさまざまな意見が交わされていた。

「未知の存在を信用するべきではない。」

「だが、実際に世界中の端末へ表示された現象は説明できない。」


ロシア

ロシアでも、終星皇への疑念を示す声が増えていた。

一部メディアでは、

「西側諸国による情報操作ではないか。」

という主張が報じられる。

しかし、それを裏付ける証拠は存在しなかった。

政府関係者も慎重な姿勢を維持する。

「現在、あらゆる可能性を調査している。」

「憶測による判断は行わない。」


米国・ニューヨーク州

大学生マイクも、SNS上の議論を見ていた。

自分の投稿には、否定的なコメントも増えている。

「君は未知の存在を信じすぎだ。」

「これは危険な思想だ。」

一方で、別のコメントもある。

「あなたのように冷静に考える人が必要だ。」

「戦争で苦しむ人々を忘れてはいけない。」

マイクは画面を閉じる。

「みんな、自分が怖いものを否定したいだけなのかもしれない。」

「でも……本当に何も起きないとは言い切れない。」


世界

終星皇は、変わらず沈黙していた。

反論もしない。

説明もしない。

人類の議論を止めることもしない。

ただ、時間だけが進んでいく。


人類社会では、新たな対立が生まれていた。

終星皇を信じる者。

終星皇を恐れる者。

終星皇を否定する者。

しかし、すべての人間が同じ一点を見ていた。

七十二時間の期限。

その瞬間、何が起こるのか。

それだけが、世界共通の関心になっていた。

カウントダウン 14時間30分。


反戦デモの広がり

西暦20XX年7月6日 12:00(UTC)
世界各地

終星皇による最後通告の期限が迫る中、世界各地で新たな動きが広がっていた。

それは、武器を持たない人々による声だった。

「戦争を終わらせろ。」

という要求だった。


アメリカ合衆国・ニューヨーク

マンハッタン中心部。

多くの市民が集まり、平和を求めるデモが行われていた。

参加者の手には、さまざまなメッセージが掲げられている。

「戦争を終わらせる選択を。」

「兵士ではなく、未来を守れ。」

「平和を望む声を無視するな。」

参加者の多くは、終星皇そのものを支持しているわけではなかった。

しかし、長年続く世界各地の紛争に対し、変化を求めていた。


若い参加者が取材に答える。

「終星皇が正しいかどうかは分かりません。」

「でも、今まで何十年も戦争を止められなかったことも事実です。」

別の参加者は慎重な意見を述べる。

「誰か一人の力で平和を作る世界が、本当に良いのかは分からない。」

「でも、まず人が死なない状況を作ることが大切だと思います。」


イギリス・ロンドン

国会議事堂周辺でも、大規模な集会が行われていた。

参加者たちは、政府に対して紛争解決への努力を求める。

「外交による解決を。」

「これ以上、犠牲者を増やすな。」

警察は周辺警備を行う。

一部では終星皇への賛否を巡って口論が起きたが、大きな混乱には発展しなかった。


日本・東京

日本でも、市民による集会が開かれていた。

参加者の一人は語る。

「日本は現在戦争状態ではありません。」

「だからこそ、世界で苦しんでいる人たちのことを考える必要があると思います。」

別の参加者は言う。

「終星皇の方法を支持するわけではありません。」

「でも、戦争が終わる可能性があるなら、その機会を無視するべきではないと思います。」


中東地域

紛争地域でも、戦争停止を求める声が広がっていた。

シリア。

イエメン。

パレスチナ周辺。

避難生活を続ける人々。

家族を失った人々。

彼らの願いは単純だった。

「明日も生きられる場所がほしい。」

「子どもたちに普通の生活を与えたい。」

政治的立場の違いを越え、平和を求める声が出始めていた。


アフリカ・スーダン

長期的な混乱が続く地域でも、人々が集まった。

小さな広場で、住民たちは声を上げる。

「もう戦いを終わらせてほしい。」

「政治ではなく、人の命を考えてほしい。」

そこには終星皇への期待もあった。

しかし同時に、不安も存在していた。

「もし平和の後に、別の支配が始まったらどうなるのか。」


世界各国政府

各国政府は、デモの拡大を注視していた。

一部の政府関係者は警戒する。

「社会不安につながる可能性があります。」

「しかし、市民の平和への要求そのものを無視することはできません。」

国家は二つの問題に直面していた。

一つは、終星皇という未知の存在への対応。

もう一つは、自国民の中に広がる戦争終結への要求だった。


アメリカ・ニューヨーク州

マイクも、テレビに映るデモの映像を見ていた。

以前、自分が投稿した動画。

そこで語った言葉。

「もし本当に戦争が終わるなら。」

その言葉が、今、世界中の多くの人々が考える問題になっていた。

友人が言う。

「世界中の人が同じことを考えているんだな。」

マイクは静かに答える。

「たぶん、みんな平和を望んでいる。」

「でも、その平和を誰が作るのか……そこが問題なんだと思う。」


世界では、反戦の声が大きくなっていた。

しかし、その一方で国家指導者たちは慎重な判断を迫られていた。

終星皇は、まだ何もしていない。

ただ、期限だけが迫っている。

そして人類は、間もなく答えを知ることになる。

カウントダウン 11時間30分。


広がる楽観論

西暦20XX年7月6日 15:30(UTC)
世界各地

終星皇による最後通告の期限が近づくにつれ、世界には新たな空気が広がり始めていた。

それは恐怖だけではなかった。

一部の人々の間で、ある期待が生まれていた。

「本当に戦争は終わるのではないか。」

という希望だった。


アメリカ合衆国・ニューヨーク

街頭の大型スクリーンには、依然としてカウントダウンが表示されていた。

しかし、最初の頃とは人々の表情が変化していた。

未知の存在への恐怖。

世界が崩壊するかもしれない不安。

それらは次第に薄れ、代わりに期待する声が増えていた。

通行人の一人が語る。

「最初は怖かった。」

「でも、終星皇は今まで一度も一般市民を攻撃していない。」

「本当に戦争を止めるためだけに現れたのなら……。」

その先の言葉を、多くの人が理解していた。


インターネット空間

SNSでは、楽観的な投稿が増えていた。

「あと数時間で世界が変わる。」

「歴史の転換点になるかもしれない。」

「戦争のない時代が始まる可能性がある。」

特に、長期間紛争による被害を受けてきた地域では、期待する声が目立った。

「もう銃声を聞かなくていい日が来るかもしれない。」

「子どもたちが普通に学校へ行けるかもしれない。」


ヨーロッパ

一部の専門家も、慎重ながら楽観的な見方を示し始めていた。

ニュース番組で政治学者が語る。

「終星皇の要求は極めて強制的です。」

「しかし、少なくとも現時点で確認されている行動は、戦争停止に限定されています。」

司会者が質問する。

「つまり、危険な存在ではあるが、目的は破壊ではない可能性があるということですか。」

専門家は答える。

「可能性としては否定できません。」

「我々は、未知の存在を評価するための基準そのものを持っていないのです。」


中東地域

避難民キャンプでは、人々が久しぶりに未来について話していた。

ある女性は言う。

「もし明日から爆撃がなくなるなら。」

「それだけで十分です。」

隣にいた男性は静かに答える。

「でも、その平和が続くのかは分からない。」

「終わった後の世界を、誰が決めるのか。」

期待の中にも、不安は残っていた。


アフリカ・農村地域

遠く離れた地域でも、終星皇のニュースは届いていた。

農民たちはラジオやスマートフォンで情報を確認していた。

「戦争がなくなれば、もっと安心して畑を守れる。」

「子どもたちを遠くへ避難させなくて済む。」

彼らにとって重要なのは、政治的な議論よりも日常だった

安全に暮らせること。

家族と過ごせること。

それが何よりの願いだった。


アメリカ・ニューヨーク州

大学生マイクは、友人とカフェでニュースを見ていた。

画面には、世界中の楽観的な反応が映し出されている。

友人が言う。

「最初はみんなパニックだったのに。」

「今は、期待している人の方が多い気がする。」

マイクは少し考える。

「たぶん、みんな疲れているんだと思う。」

「戦争や争いが続く世界に。」

「だから、何かが変わる可能性を信じたいんじゃないかな。」

友人は画面を見る。

そこには減り続ける数字。

「でも……本当に何か起きたら?」

マイクは答えられなかった。


各国政府

一方、政府関係者の間では楽観論だけでは済まされなかった。

軍事担当者。

外交官。

情報機関。

誰もが最悪の可能性を想定していた。

なぜなら、終星皇の力はすでに証明されているからだった。

世界中の機器を同時に制御する能力。

説明不能な重力現象。

人類の技術を遥かに超えた現象。

それらは、単なる噂ではなかった。


そして。

世界中の画面に表示された数字は、さらに減少していく。

人々は期待する。

政府は警戒する。

軍は待機する。

研究者は観測を続ける。

すべての視線が、同じ瞬間へ向けられていた。


残り時間。

6時間00分。

七十二時間の期限が迫る。

終星皇は、まだ動かない。

しかし、人類は知っていた。

期限が来れば、何らかの答えが示される。

その瞬間、世界の歴史は大きく変わることになる。


宣言

西暦20XX年7月6日 18:00(UTC)
地球上のどこか

七十二時間の期限まで、残り六時間。

世界は静まり返っていた。

各国政府は緊急会議を続け、軍や情報機関はあらゆる可能性を想定していた。

市民は画面に表示された数字を見つめている。

期待。

恐怖。

疑念。

それぞれの感情が入り混じる中、突然、世界中のデジタル機器に変化が起きた。


スマートフォン。

テレビ。

街頭モニター。

政府機関の端末。

すべての画面が、一瞬だけ暗くなる。

通信障害ではない。

機器は正常に動作している。

しかし、人々は理解した。

また、あの存在が現れたのだと。


画面中央に、漆黒の姿が映る。

人間とは異なる形状。

漆黒の装甲のような身体。

背後には、無数の恒星を思わせる光輪。

しもべだった。

終星皇の姿は映らない。

存在しているのか。

どこにいるのか。

人類には確認できない。

ただ、しもべだけが世界の前に現れていた。


数秒間の沈黙。

そして、淡々とした声が世界中へ響く。

感情はない。

怒りもない。

脅迫するような抑揚もない。

ただ、事実を伝えるためだけの声だった。

「終星皇からの通告を伝える。」

世界中の人々が画面を見る。

「設定された期限までに、すべての戦争状態を停止すること。」

「その意思が確認されない場合、終星皇は介入する。」


それだけだった。


多くの人々は、次の言葉を待った。

何をするのか。

どのような力を使うのか。

どの範囲が対象なのか。

しかし、しもべは説明しなかった。


世界各国の政府関係者も、同じ疑問を抱く。

「介入とは何を意味するのか。」

「軍事行動なのか。」

「それとも、別の方法なのか。」

だが、答えはなかった。


しもべは続ける。

「介入の方法について、説明は行わない。」

「終星皇の判断に従う。」

「以上。」


その瞬間。

画面は元の状態へ戻った。

ニュース番組。

通常放送。

個人のスマートフォン画面。

何事もなかったかのように戻る。

しかし、人類の意識は変わっていた。


これまで終星皇は、警告していた。

条件を示していた。

時間を与えていた。

しかし今、初めて明確に示した。

期限を過ぎれば、行動する。


アメリカ合衆国・ワシントン

ホワイトハウス危機管理室。

ジョンソン大統領は、しもべの声明映像を確認していた。

側近が言う。

「大統領。」

「内容は短いですが、意味は明確です。」

ジョンソンは沈黙する。

画面には残り時間が表示されている。

05:59:12

大統領は静かに答える。

「つまり……我々に残された時間は、本当にあと六時間ということか。」

誰も答えなかった。


世界

声明後、SNSでは再び議論が爆発する。

「何が起きるんだ。」

「本当に介入するのか。」

「ただの脅しではないのか。」

「でも、今までの現象は現実だった。」

人々は、同じ問いを繰り返す。

終星皇は何をするのか。

しかし、その答えを知る者はいない。


地球上のどこか。

しもべは静かに立っていた。

周囲に敵意はない。

ただ、終星皇の意思を伝える役割を果たしただけだった。

そして、終星皇自身は変わらず沈黙している。


残された時間は、わずかになった。

次に世界が注目するのは――。

主要国の指導者たちが、最後の時間でどのような判断を下すのかだった。

カウントダウン 5時間45分。


G7首脳オンライン会議

西暦20XX年7月6日 18:30(UTC)
各国政府庁舎・G7緊急オンライン会議

終星皇の最後の声明から三十分後。

主要七カ国の首脳は、緊急オンライン会議を開始した。

参加したのは、すべて架空の人物である各国政府代表だった。

アメリカ合衆国大統領
ロバート・ジョンソン

イギリス首相
エドワード・ハミルトン

フランス共和国大統領
アラン・デュボワ

ドイツ連邦共和国首相
クラウス・ヴェーバー

イタリア共和国首相
マルコ・リナルディ

カナダ首相
ダニエル・モリス

日本国首相
高橋誠一

彼らは、それぞれの政府施設から接続していた。


画面中央には、残り時間が表示されている。

05:30:00

その数字を、全員が見ていた。


最初に発言したのは、ジョンソン大統領だった。

「我々は現在、前例のない状況に直面している。」

「終星皇という存在について、完全な理解には至っていない。」

「しかし、これまで確認された現象が現実に発生していることは認めなければならない。」


フランス大統領デュボワが続ける。

「問題は、我々がどのように対応するかです。」

「未知の存在による要求を受け入れるのか。」

「それとも、国家として独自の判断を維持するのか。」


画面越しに沈黙が広がった。

誰も簡単には答えられない。

なぜなら、これは単なる外交問題ではなかった。

国家主権。

国際秩序。

そして、戦争を終わらせる可能性。

すべてが絡んでいた。


ドイツ首相ヴェーバーが発言する。

「我々は終星皇の要求を全面的に支持すると表明しているわけではありません。」

「しかし、現在進行している紛争によって、多くの民間人が犠牲になっていることも事実です。」

「その点を無視することはできない。」


一方、イギリス首相ハミルトンは慎重な姿勢を示した。

「問題は、その後です。」

「もし未知の存在による強制で戦争が停止した場合、その平和は本当に人類自身のものと言えるのでしょうか。」


日本の高橋首相も発言する。

「日本政府としては、一般市民への被害を防ぐことを最優先とします。」

「終星皇が示している行動原則は、現時点では戦争継続機構への介入です。」

「しかし、今後どのような判断をする存在なのかは不明です。」


アメリカ・ホワイトハウス

ジョンソン大統領は、情報機関から届いた報告書を確認していた。

そこには、現在までの分析結果が記されている。

・世界規模の同時通信能力
・既存技術では説明不能な現象
・軍事攻撃への反応なし
・民間施設への意図的な被害なし

しかし、最後の項目にはこう記されていた。

「能力上限は推定不能。」


会議では、軍事的対応についても議論された。

カナダ首相が尋ねる。

「終星皇に対して、何らかの軍事的対応を準備するべきでしょうか。」

各国の軍事担当者から報告が入る。

「現時点では、有効な対抗手段は存在しません。」

「攻撃した場合の結果も予測不能です。」


その言葉に、会議は再び沈黙した。

通常の国家間対立なら、軍事力、外交力、経済力で対応できる。

しかし、終星皇はその枠の外に存在していた。


ジョンソン大統領が最後にまとめる。

「我々は感情で判断してはならない。」

「しかし、現実から目を背けることもできない。」

「残された時間で、各国は国民の安全を最優先に行動する。」


会議終了後。

各国首脳は、それぞれの国へ戻った。

しかし、明確な統一方針は決まらなかった。

支持する者。

警戒する者。

拒否する者。

世界の指導者たちは、同じ存在を前にしながら、それぞれ異なる答えを探していた。


そして次に待っていたのは――。

国際社会の中心である、国連安全保障理事会だった。

世界の運命を左右する最後の議論が始まろうとしていた。

カウントダウン 4時間45分。


国連安全保障理事会緊急会合

西暦20XX年7月6日 19:30(UTC)
アメリカ合衆国・ニューヨーク 国際連合本部

終星皇による最後通告期限まで、残り約四時間半。

国連安全保障理事会の緊急会合が招集された。

議題は一つ。

「終星皇による介入予告への対応」

だった。


会議室には、各国代表が集まっていた。

常任理事国。

非常任理事国。

国連事務総長。

すべて架空の人物で構成された代表者たちが、それぞれの立場から議論を始める。

会議場中央の大型スクリーンには、終星皇の最後通告映像が表示されていた。

そこには、漆黒の身体を持つしもべの姿。

そして、世界中に響いた言葉。

「期限を過ぎれば、終星皇は介入する。」

その短い宣言が繰り返し映し出されていた。


国連事務総長代理のアンドレ・ローレンスが発言する。

「我々は、歴史上前例のない状況に直面しています。」

「終星皇という存在の正体は不明です。」

「しかし、その能力が現実世界へ影響を与えていることは否定できません。」


最初に発言を求めたのは、アメリカ代表だった。

代表のエミリー・カーターは慎重に語る。

「アメリカ政府は、終星皇の要求を単純に受け入れることはできません。」

「国家の意思決定は、国際法と各国国民によって決められるべきです。」

「しかし同時に、戦争による犠牲を減らす努力を止める理由にもなりません。」


続いて、ロシア代表が発言する。

代表のセルゲイ・ヴォロノフは、厳しい表情で語る。

「これは国際秩序への重大な挑戦です。」

「正体不明の存在が、国家の判断を左右することを認めれば、世界の主権は失われます。」


中国代表も続ける。

代表の張偉明は冷静に発言する。

「現在必要なのは感情的な反応ではありません。」

「終星皇の目的、能力、行動原則について、さらなる分析が必要です。」

「しかし、現実として説明不能な現象が発生していることも認めなければなりません。」


会議では、二つの意見が対立していた。

一つは、

「未知の存在による強制的な平和は受け入れるべきではない。」

という考え。

もう一つは、

「戦争で苦しむ人々を救えるなら、その可能性を無視するべきではない。」

という考え。


紛争地域を抱える国の代表が発言する。

「我々の国では、今日も人々が危険の中で生活しています。」

「国家主権という言葉だけで、苦しむ市民の現実を説明することはできません。」

「もし戦闘停止の機会があるなら、検討する価値があります。」


その発言に対し、別の代表が答える。

「しかし、それが終わりではなく、新たな支配の始まりだったらどうするのですか。」

「一度、絶対的な力に従えば、人類は自ら選択する権利を失うかもしれません。」


会議は平行線をたどった。

国連はこれまで、多くの国際危機を経験してきた。

戦争。

核兵器問題。

人道危機。

国家間対立。

しかし、今回の危機はそれらとは根本的に異なっていた。

相手は国家ではない。

軍隊でもない。

外交交渉のできる組織でもない。


その時。

会議室内のスクリーンが一瞬だけ変化した。

各国代表が緊張する。

しかし、数秒後、画面には通常の国連映像が戻った。

攻撃ではなかった。

通信への干渉でもなかった。

ただ、世界中が同じ現象を確認した。

終星皇の存在が、いつでも世界へ影響を及ぼせるという事実。

それだけだった。


国連事務総長代理が静かに語る。

「我々は、残された時間でできることを考えなければなりません。」

「人類自身による平和への努力を示す必要があります。」


しかし、その直後。

世界各地のスクリーンに表示されていた数字が更新された。

残り時間。

誰もが、その数字を確認する。


カウントダウン 3時間30分。


国連会議は終了しなかった。

各国代表は席を立たず、議論を続けた。

なぜなら、次に起こる出来事によって――。

人類の歴史そのものが変わる可能性があったからだ。


世界が見守る最後の時間

西暦20XX年7月6日 23:00(UTC)
世界各地

終星皇による最後通告。

その期限まで、残された時間はわずかとなっていた。

世界中の人々は、同じ数字を見つめていた。

カウントダウン。

それは単なる時間表示ではなかった。

人類が未知の存在と初めて向き合う瞬間までの時間だった。


アメリカ合衆国・ニューヨーク

街の大型スクリーンには、残り時間が表示され続けていた。

普段なら多くの人々が行き交う都市。

しかし、この夜だけは違った。

人々は足を止め、画面を見る。

スマートフォンを握る者。

家族と連絡を取る者。

静かに祈る者。

そして、何が起きても冷静でいようとする者。

反応はさまざまだった。


ある市民は語る。

「本当に何かが起きるのか分からない。」

「でも、世界中の人が同じ瞬間を待っているということ自体が、今までなかったことだ。」


アメリカ・ニューヨーク州

大学生マイクは、自宅の部屋でニュースを見ていた。

画面には世界各地の映像が流れている。

国連本部。

各国政府施設。

避難民キャンプ。

紛争地域。

すべての場所で、人々が同じ時間を共有していた。

友人からメッセージが届く。

「まだ信じられる?」

マイクはしばらく画面を見つめた。

そして返信する。

「分からない。」

「でも、もし本当に戦争が終わる可能性があるなら、何も起きないことを願うだけじゃなくて、考える必要があると思う。」


シリア・避難民キャンプ

避難生活を続ける人々も、カウントダウンを見ていた。

小さなラジオ。

古いスマートフォン。

共有された端末。

情報源は限られていた。

それでも、終星皇の存在だけは世界中に届いていた。

一人の老人が静かに話す。

「長い間、戦争を止めようとしてきた。」

「人間にはできなかったことを、あの存在はできると言っている。」

「それが良いことなのか、恐ろしいことなのか……まだ分からない。」


ロシア・モスクワ

政府施設では、緊急対応会議が続いていた。

軍関係者。

情報機関。

外交担当者。

それぞれが報告を行う。

「終星皇の所在地は特定できません。」

「通信経路も解析不能です。」

「現在まで敵対行動は確認されていません。」

報告を聞いた政府関係者は沈黙する。

敵なのか。

味方なのか。

それ以前に、国家という枠組みで判断できる存在なのか。

誰にも答えは出せなかった。


中国・北京

中国政府も対応を続けていた。

研究機関からの報告。

軍事部門からの分析。

外交ルートからの情報。

しかし、どの報告にも共通する結論があった。

「現在の科学技術では説明不可能。」

政府関係者は画面に表示された数字を見る。

「残り時間は少ない。」

「何らかの判断が必要になる。」


日本・東京

日本政府も、情報収集を続けていた。

国民への直接的な被害は確認されていない。

しかし、世界規模の異常事態であることは明らかだった。

政府関係者が語る。

「我々が直面しているのは、従来の安全保障の枠組みでは対応できない事態です。」

「まず国民の安全確保を最優先にします。」


世界

この夜。

地球上のほぼすべての人間が、同じ問いを抱いていた。

終星皇は、本当に介入するのか。

介入とは何を意味するのか。

そして――。

人類は、その力を受け入れるのか。


終星皇は、まだ何もしていなかった。

姿も見えない。

声も発しない。

ただ存在し、期限を待っている。

しもべもまた、沈黙していた。

最後通告はすでに伝えた。

残された役割は、ただ見届けることだけだった。


時計の数字が減っていく。

世界中の画面に同じ表示が浮かぶ。

00:10:00

残り十分。

人類史上、最も長い十分間が始まった。


期限到達

西暦20XX年7月7日 00:00(UTC)
世界各地

その瞬間は、世界中で同時に訪れた。

七十二時間。

終星皇が人類へ与えた猶予。

その時間が、ついに終わった。


世界中のデジタル機器に表示されていた数字が、静かに変化する。

00:00:00

カウントダウンが停止した。


誰もが待った。

何かが起こる。

空が変化する。

巨大な力が現れる。

世界が揺れる。

人類の想像は、さまざまな未来を描いていた。

しかし――。

最初の数秒間。

何も起こらなかった。


アメリカ合衆国・ワシントン

ホワイトハウス危機管理室。

ジョンソン大統領と政府関係者は、画面を見つめていた。

情報担当官が報告する。

「現時点で、大規模な異常現象は確認されていません。」

「通信障害もありません。」

「都市への影響も確認されていません。」

室内には、緊張した沈黙が広がる。


一人の側近が小さく言う。

「何も……起きないのでしょうか。」

しかし、誰も答えなかった。

なぜなら、これまでの終星皇の行動は、人類の予測をすべて超えていたからだ。


世界各地

人々の反応は分かれた。

「やはり何も起きなかった。」

「終星皇など存在しない。」

「ただの大規模な情報操作だった。」

そう語る者もいた。

一方で、

「まだ終わっていない。」

「終星皇は時間を守ると言っただけだ。」

「介入はこれから始まるのかもしれない。」

そう考える者もいた。


アメリカ・ニューヨーク州

マイクは、自宅の画面を見ていた。

カウントダウンは消えている。

ニュースキャスターも混乱していた。

「現在、確認できる異常現象はありません。」

「各国政府は情報収集を続けています。」

マイクは静かに呟く。

「……本当に何も起きないのか。」

しかし、その直後だった。


地球上のどこか

空間に変化が起きた。

目に見える爆発ではない。

破壊でもない。

ただ、世界中の観測装置が同時に異常を検知した。

重力。

空間。

光。

物理法則では説明できない微細な変化。


各国の研究施設から報告が入る。

「未知の重力変動を確認。」

「発生地点は特定不能。」

「地球規模で同時発生しています。」


人類は理解した。

終星皇は、期限を過ぎても沈黙していたのではない。

ただ、行動を開始しただけだった。


地球のどこか

しもべが現れる。

漆黒の装甲のような身体。

背後には無数の恒星を思わせる光輪。

世界中の画面に、その姿が映る。

人々は息を止めた。


しもべは、淡々と告げる。

「期限は終了した。」

「終星皇は介入を開始する。」

「対象は、戦争を継続する意思を持つ権力機構である。」

「一般市民、医療従事者、救援活動従事者は対象ではない。」


世界中が注目する。

次に何が起きるのか。

しかし、しもべはそれ以上語らなかった。


「これより先の出来事は、終星皇の判断による。」

「以上。」


通信が終了する。

再び世界は沈黙した。

しかし、その沈黙は以前とは違っていた。

人類は理解していた。

これは警告ではない。

交渉でもない。

終星皇による、最初の介入の始まりだった。


その夜

世界各国の政府施設では、緊急警報が鳴り響く。

軍関係者。

政治指導者。

情報機関。

すべてが次の瞬間を待つ。


そして、世界は知ることになる。

終星皇が持つ力とは何か。

なぜ、その存在が現れたのか。

そして、人類はその平和を受け入れることができるのか。

第1章「降臨」完

──第2章「介入」へ続く。

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