コンテンプト・オブ・コート 7-34
アンカレッジ市内。
リサ・グリーンの法律事務所は、古いオフィスビルの四階にあった。入口のガラス扉には、小さなプレートで事務所名が表示されている。
マリベル・ヴァレンタインが扉を開け、中に入った。
受付には誰もいなかった。奥の執務室から書類をめくる音が聞こえる。
「マリベル?」
リサが顔を上げた。机の上には書類とファイルが広がり、脇にはコーヒーのカップが置かれていた。
「何の用?」
マリベルは返事をせず、執務室に入った。リサは彼女の表情を見て、手元の書類を閉じた。
「話があるの」
「何について?」
マリベルは机の前まで歩いた。リサの視線が、机の端に置かれた写真へ向く。
「……顔も写っていない写真が証拠になると?」
マリベルの声には苛立ちがあった。
リサは写真を手に取った。そこに写っているのは、ある場所に立つ男の姿だった。
「証拠になるかどうかは、法廷で判断されることよ」
「ずいぶん自信があるのね」
「あなたが考えているほど、簡単には済まないわ」
マリベルは写真を見た。表情は変わらない。
「私が何をしたというの?」
「あなたは、あの男性を車ではねた。そして、その後に男が現場へ来た」
リサは写真を机に戻した。
「私は殺害の瞬間を見ていない。男性の遺体も見つかっていない。でも、あなたが現場にいたことは分かる。男が何をしたのかも」
「推測ね」
「あなたは説明できるの?なぜ、あの場所にいたのか。なぜ男がそこに現れたのか」
マリベルは答えなかった。
男の遺体はすでにコールが処理している。現場に残されたものも、二人の関係を直接示すものではない。写真だけで殺人を立証することは難しい。
それでも、リサは調査を続けるつもりだった。
「……友達として言うわ。自首して。私が弁護するから」
マリベルはリサを見た。
「私に法廷に立てと?父への侮辱よ。そんなこと、絶対にあってはならない」
「お父様のことは関係ない。あなた自身がしたことに向き合ってほしいの」
「父がどれほどの人だったか、あなたも知っているでしょう。あの人の名誉を傷つけるようなことは許さない」
「お父様の名誉を守ることと、罪を隠すことは違うわ」
リサは机の上で両手を組んだ。
「真実は隠せない」
マリベルの目が細くなった。
「リサ、私に説教を?」
「説教じゃない。忠告よ」
「あなたは自分の立場を分かっているの?」
マリベルは机に置かれた写真を一瞥した。
「息子と二人でいたいなら、出しゃばらず、静かに暮らすことね」
リサは顔色を変えずに言う。
「それは脅し?」
「忠告よ。あなたのためを思って言っているの」
マリベルは踵を返した。
リサは扉へ向かう彼女の背中を見つめた。
「マリベル。まだ間に合うわ」
マリベルは足を止めたが、振り返らなかった。
「その写真を持っていても、何も変わらない」
そう言い残し、事務所を出ていった。
リサはしばらく立ったまま、閉じた扉を見つめていた。やがて机に戻り、写真を手に取る。
マリベルが自首する気がないことは分かった。
ならば、別の方法で真実を明らかにするしかない。
リサはファイルを閉じ、机の引き出しにしまった。
