コンテンプト・オブ・コート 7-22
アンカレッジ市内。マリベル裁判官の邸宅。
応接室には暖炉の火が揺れていた。窓の外は暗く、庭の照明が植え込みと石畳を照らしている。
マリベルはソファに座り、手元の書類に目を通していた。向かいにはジューン・アトキンソンが立っている。
玄関のチャイムが鳴った。
ジューンが応対に出ると、ドミニクが入ってきた。手には薄い革製のファイルケースを持っている。
「お待たせしました」
ドミニクはマリベルに軽く頭を下げた。
「座って」
マリベルは書類から目を上げずに言った。
ドミニクはジューンの向かいに腰を下ろした。ファイルケースから数枚の一覧表を取り出し、テーブルの上に置く。
「財団の口座一覧です。名義と残高、直近の入出金記録をまとめてあります」
ジューンが資料を手に取った。
「前回から変更は?」
「いくつかあります。資金の移動があった口座については、記録を更新しました」
ジューンはページをめくっていった。口座番号、名義、開設日、残高。どの項目も整然と並んでいる。名義欄には、実在する人物の名前と、複数の偽名が記されていた。
やがて、ジューンの指が一つの行で止まった。
「……口座が一つ減ってる。どういうこと?」
ドミニクは一度、マリベルの方を見た。
「それが、財団の福祉施設で預かっていた孤児が亡くなってしまいまして……」
ジューンは資料から目を上げた。
「亡くなった?」
「はい。以前から体調を崩していた子です。施設側から報告を受けています」
マリベルがようやく顔を上げた。
「名前は?」
ドミニクは答えを探すように一瞬だけ視線を動かした。
「確認して、改めて報告します」
「そう」
マリベルはそれ以上、子どもの死について尋ねなかった。関心は別のところにあった。
「その口座はどうなっているの?」
「現在は使用を停止しています。残高はほかの口座へ移す手続きを進めています」
「口座だけではないわ。名義に使った記録も残さないこと」
ジューンは一覧表を閉じた。
「調べて口座の痕跡をきちんと消しなさい。あと、孤児も補充して」
ドミニクは小さくうなずいた。
「分かりました」
「施設の管理は?」
「従来どおりです。新しい子どもを受け入れる準備も進めます」
マリベルはドミニクを見た。
「同じ問題を起こさないように。財団の名前が表に出ることは避けて」
「承知しました」
ドミニクは資料をまとめ、残りの書類をジューンに渡した。
マリベルは暖炉に目を向けた。炎が薪を包み、乾いた音を立てている。
「銀行の方は順調?」
ドミニクの表情がわずかに変わった。
「はい。通常業務に支障はありません。融資案件も予定どおり処理しています」
「ならいいわ」
マリベルは再び書類に目を落とした。
ドミニクは立ち上がり、ジューンに一礼した。
「失礼します」
ジューンが玄関まで見送る。ドミニクが出ていくと、彼女は一覧表を手に戻ってきた。
「この件は、私が処理しておきます」
「お願い」
マリベルは短く答えた。
ジューンは資料をファイルに収めた。そこには財団の名義で管理されている複数の口座と、施設に預けられた子どもたちの情報が結びつけられていた。子どもたちは口座の名義として利用され、本人たちの知らないところで資金が動かされていた。
一人が亡くなれば、その名義は使えなくなる。口座を閉じ、記録を処理し、別の子どもを名義に充てる。それが繰り返されてきた。
マリベルにとって、子どもたちの生死は管理上の問題にすぎなかった。
ドミニクは銀行を通じて資金を動かし、財団の口座を管理している。コールの事業を支えるだけではない。マリベルの別の計画にも、長年にわたって手を貸していた。
その関係を知る者は限られている。
マリベルは窓の外を見た。
アンカレッジの街では、翌朝も人々が仕事に出かけ、学校へ向かう。財団が支援する施設も、表向きは子どもたちを保護する場所として運営されている。
誰も、その裏側を知らない。
マリベルは何事もなかったように、次の書類へ目を移した。
