コンテンプト・オブ・コート 7-18
アンカレッジ市内。マリベル裁判官の邸宅には、夜になると次々に車が到着していた。
玄関前には黒塗りの高級車が並び、運転手たちが車内や玄関脇で、主人が出てくるのを待っていた。警備員は訪問者の顔を確認し、招待客を応接室へ案内していた。
室内には、アンカレッジの政財界を動かす人間たちが集まっていた。
マリベルは暖炉の前に立ち、出席者を見渡した。リンカーン検事正、グレート・プラーンズ・ヘラルドのエリスCEO、ハミルトン・ナショナル・バンクのドミニクCEO、アヴァロン・ディフェンス・システムズのクレイグCEO。そして、ジューン・アトキンソンの姿もあった。
少し遅れてコールが入ってきた。
マリベルは彼を見て、穏やかに笑った。
「今日の主役は市長よ」
コールは軽く頭を下げた。
「ありがとうございます」
リンカーンがグラスを手に近づいた。
「市政を動かすには、これまでとは違う苦労もあるでしょう。できる限り協力します」
「頼りにしています」
コールは握手を交わした。
マリベルはエリスに目を向けた。
「グレート・プラーンズ・ヘラルドの記事が役に立ったわね」
エリスは控えめに笑った。
「めっそうもない。市長の功績をありのまま書いただけです」
「そうね。市長、発表して」
コールは部屋の中央に進んだ。テーブルには書類が用意されていた。彼は表紙を確認し、集まった者たちを見渡した。
「分かりました。公約通り、テラ・インフラテックの株式を白紙委任信託に預けます。そして、俺の代わりに会社を率いてくれる方は、ドミニクCEOです」
ドミニクが一歩前に出た。
「ありがとう、任せてくれ。市長がテラ・インフラテックに戻る日まで、会社を率いると約束する」
「よろしく頼みます」
コールはドミニクと握手した。
クレイグが二人を見ながら口を開いた。
「市長が国政に行ったらどうするので?」
「それは願ったり叶ったりだ」
ドミニクが答えると、コールは笑った。
「そうなったら大変だ」
周囲から小さな笑い声が起きた。
ジューンがコールに声をかける。
「大きな決断ですね」
「今の俺はすっからかんだ。財布に1ドルも入っていない」
コールは冗談めかして言い、両手を広げた。
「会社も株式も、すべて預けることになる。市長としての仕事に専念するためです」
「立派な覚悟だ」
リンカーンがグラスを掲げた。
出席者たちもそれに続いた。グラスが触れ合う音が、広い応接室に響いた。
マリベルはコールのそばに立ち、彼の顔を見上げた。
「……市長が素晴らしい仕事をしてくれると確信しています」
「期待に応えます」
コールは短く答えた。
ドミニクは書類を手に取り、内容を確認していた。信託の受託者として会社の経営を引き受ける。その手続きが進めば、コールは表向き、企業経営から距離を置くことになる。
しかし、二人の間では、会社を完全に切り離すつもりなどなかった。
コールが市政に専念し、ドミニクが会社を管理する。役割を分けることで、これまでの事業を継続できる。必要な判断を誰が下すのかも、二人には分かっていた。
マリベルはその様子を見ていた。余計な確認はしなかった。彼女にとって重要なのは、コールが市長として計画を進められることだった。
窓の外では、アンカレッジの街が夜の闇に沈んでいた。
新市長の誕生を祝う集まりに見える。だが、この部屋にいる者たちは、それぞれの立場で市政と事業に関わっている。
コールはグラスを置き、マリベルに目を向けた。
市長の座を手に入れた。会社の経営権も手放したように見せた。次は、ノース・ホライズン・シティ計画を動かす番だった。
