コンテンプト・オブ・コート 6-24
グレート・プラーンズ・ヘラルド本社。
窓の大きな執務室で、マリベルは記者の取材を受けていた。デスクの上には書類が整然と積まれ、壁際の棚には過去の新聞が保存されている。窓の外にはアンカレッジの街並みが広がっていた。
記者は手帳を開き、録音機の位置を確かめた。
「裁判官、お忙しいところありがとうございます」
「構いません。何を聞きたいのかしら?」
「次の市長選についてです。候補者たちの動きが活発になっていますが、裁判官が支持する候補はいますか?」
マリベルは穏やかな笑みを浮かべた。
「もちろん。私が支持するのは、アンカレッジ市民のために働いてくれる人です」
記者はペンを走らせた。
「具体的なお名前を挙げていただくことはできますか?」
「大切なのは、その人が何を実現しようとしているかです。市民の暮らしを守り、地域の将来に責任を持てるかどうか。それを見極める必要があります」
「経済開発や雇用の創出については、どうお考えですか?」
「もちろん重要です。ただ、数字だけを追いかけても意味はありません。企業が利益を上げても、市民の生活がよくならなければ、街が発展したとは言えないでしょう」
マリベルは一度、窓の外へ目を向けた。
「アンカレッジには、まだ可能性があります。土地も、人材も、地域をよくしたいと考える人々もいる。必要なのは、それらを市民の利益につなげられる指導者です」
「その条件を満たす候補がいる、と?」
「そう期待しています」
記者は顔を上げた。マリベルは笑みを崩さなかった。
「候補者の名前を出すのは控えます。裁判官という立場もありますから。私の発言が、誰かに不必要な影響を与えることは避けたいのです」
「市長選への関与を控えるということでしょうか?」
「いいえ。市民の一人として、街の将来を考えるのは当然です。ただし、誰を支持するかは、私自身が判断します」
記者は最後の言葉を書き留めた。
「分かりました。本日はありがとうございました」
「こちらこそ」
記者が録音機を止め、手帳を閉じた。マリベルは立ち上がり、握手を交わした。記者が部屋を出ると、執務室は静かになった。
マリベルは窓際に歩み寄った。街を見下ろしながら、先ほどのやり取りを振り返る。
候補者の名前は出さなかった。それでも、発言は利用できる。市民のために働く指導者。経済だけでなく、暮らしにも責任を持つ人物。名前を伏せたままでも、選挙戦の空気は形作れる。
翌朝。
グレート・プラーンズ・ヘラルドの紙面には、テラ・インフラテックが白紙委任信託を預託するという記事が掲載された。記事は、同社CEOのコールが経営権を独立した受託者に委ね、会社の運営から退く方針を示したと報じていた。
経営への関与を断つという異例の決断。市長選への立候補を表明した企業経営者が、自ら築いた会社の支配権を手放す。そのニュースは、選挙戦に新たな論点を持ち込んだ。
グレート・プラーンズ・ヘラルドの編集部では、記者たちが記事の反響を見守っていた。電話が鳴り、オンライン版の閲覧数が伸びていく。
マリベルは刷り上がった朝刊を手に取った。記事に目を通し、新聞を静かに折り畳む。
窓の外では、アンカレッジの朝が始まっていた。
