コンテンプト・オブ・コート 5-5
アンカレッジ市内。
市街地の裏通りに、小さな飲食店があった。
古い看板。曇った窓ガラス。入口の脇には、空のビールケースが積まれている。
店内に客は少なかった。
奥のテーブルにコールが座っていた。
入口のベルが鳴る。
マリベルが入ってきた。
コールが立ち上がる。
「お待ちしていました」
マリベルは店内を見回した。
「こんなところに呼び出して、何のつもり?」
「お伝えしたいことがありまして」
コールが椅子を引く。
マリベルは向かいに座った。
テーブルにはコーヒーが二つ置かれていた。
コールは店内を見回した。
「この店で、ブランドン裁判官とよく話をしました」
マリベルの目が動く。
「父が?」
「はい」
コールは店の奥を見た。
「仕事の話も、街の話も。ずいぶん世話になりました」
マリベルは店内を見回した。
古びた壁。傷のついたテーブル。油で汚れた厨房の扉。
「父がこんな小汚い店に来ていたなんて、驚きね」
「私も最初はそう思いました」
コールは笑った。
「ですが、ブランドン裁判官は気にしていませんでした」
「そう」
「よく言われました。『コール、お前にできるか?』と」
マリベルは黙って聞いていた。
「そのたびに、私は答えました。『できます』と」
コールはカップを持ち上げた。
「ブランドン裁判官は、そんな私を何度も試しました」
マリベルは何も言わなかった。
コールはカップを置いた。
「この国に、カネと法律でできないことはありません」
マリベルの視線がコールに向く。
「私には財力がある。そして、裁判官には法律がある」
短い沈黙が落ちた。
マリベルはカップの縁をなぞり、言った。
「……生意気な男」
コールは黙った。
「父を口実に私を動かせるとでも?」
「そういうつもりではありません」
「では、どういうつもり?」
コールは答えなかった。
マリベルは背もたれに体を預けた。
「あなたは駒の一つに過ぎない。市長になればアンカレッジが手に入るとでも思っているの?」
コールの表情が固まった。
「……申し訳ありません」
「何が?」
「少々、図に乗りました」
コールは頭を下げた。
「どうか、もう一度だけ私を信じてください」
マリベルはコールを見つめた。
「信じる?」
「はい」
「私が信じるのは、私と法律だけよ」
コールは顔を上げなかった。
マリベルはテーブルの上のカップを見た。
「市長選の件は、私が決めたとおりに進めなさい」
「分かりました」
「勝手な判断はしないこと」
「はい」
「あなたが何を望んでいるかは知っているわ」
コールは黙った。
「ノース・ホライズン・シティを完成させたいのでしょう?」
「はい」
「なら、そのために必要なことをしなさい。ただし、私の指示を忘れないこと」
「承知しました」
マリベルは椅子から立ち上がった。
コールも立ち上がる。
「お時間をいただき、ありがとうございました」
マリベルは入口へ向かった。
ドアを開ける直前、足を止める。
「コール」
「はい」
「市長になれなければ、あなたに価値はない」
コールは頭を下げた。
「必ず市長になります」
マリベルは店を出た。
コールはしばらく、その場に立っていた。
やがて椅子に座り、冷めたコーヒーを飲んだ。
