コンテンプト・オブ・コート 5-1
アンカレッジ州検察庁。
エルマ・アトキンソンは机の上に広げた書類を確認していた。
ドアがノックされた。
「どうぞ」
ジューン・アトキンソンが入ってきた。
エルマは顔を上げた。
「お母さん。どうしたの?」
ジューンは返事をせず、手にしていたバッグをソファに置いた。
「コールの奴、裁判官に恥をかかせるなんて、許せない」
エルマはペンを置いた。
「落ち着いて」
「あなた、あの場にいたでしょう。出馬表明を見た?」
「見たわ」
「裁判官の意向も確認せずに、勝手にあの場で発表したのよ」
ジューンはソファに座った。
「まるで自分が何でも決められると思っているみたいね」
ジューンはバッグから書類を取り出した。
「裁判官がどれだけのものを用意してきたと思っているの。市長選も、ノース・ホライズン・シティ計画も、こちらの段取りどおりに進めるはずだったのに」
エルマは書類を受け取らなかった。
「お母さん」
「何?」
「ここは検察庁よ。私は検事」
ジューンが娘を見る。
「分かっているわ」
「なら、少し声を落として」
ジューンは周囲を見た。
廊下から職員の足音が聞こえる。
彼女は声を低くした。
「仕事は順調なの?」
「何の話?」
「カーターの事件よ」
エルマの表情が引き締まった。
「捜査は続いているわ」
「ブローカーは?」
「取り調べ中」
「何か話した?」
「まだ確認できていない」
ジューンは眉をひそめた。
「まだ?」
「証言を得るには時間がかかるの。相手は簡単に口を割るような人間じゃない」
「コールは何をしているの?」
「それは私の担当外よ」
エルマは机の上のファイルを閉じた。
「ブローカーの取り調べが終わったら連絡する」
ジューンはしばらく考えた後、言った。
「あなたが裁判官の怒りを鎮めてね」
エルマがため息をつく。
「どうして私が?」
「あなたならうまくやれるでしょう」
「裁判官の機嫌を取るのは、検事の仕事じゃないわ」
「機嫌の問題じゃないのよ」
ジューンの声が低くなる。
「裁判官が怒れば、困る人間が出てくる。それだけの話」
エルマは母親を見た。
「……裁判官は、何を怒っているの?」
ジューンは答えなかった。
バッグを閉じ、立ち上がる。
「あなたは余計なことを考えなくていい」
エルマが呼び止める。
「お母さん」
ジューンはドアの前で足を止めた。
「何?」
「私は検事よ。裁判は証拠で進めるもの。誰かの機嫌を取るために動くつもりはないわ」
ジューンは振り返った。
しばらく娘を見つめる。
「そう。なら、仕事をきちんとしなさい」
「もちろん」
「ブローカーの件は、早く片づけて」
ジューンは部屋を出ていった。
ドアが閉まる。
エルマはしばらく動かなかった。
机の上のファイルを開く。
表紙には、市長殺害事件と記されていた。
被告人はカーター刑事。
凶器、血液、指紋、靴跡。
検察側には十分な証拠がある。
それでも、マイク・ハンターが提出した映像によって、事件の流れは変わり始めている。
そして今、ブローカーの取り調べが続いていた。
エルマは資料に目を落とした。
「……何を隠しているの?」
小さく呟く。
それがブローカーに向けた言葉なのか、事件そのものに向けた言葉なのか、自分でも分からなかった。
