コンテンプト・オブ・コート 4-26
アンカレッジ。
マイクの事務所近く。
街路樹の葉が風に揺れていた。
マイクとローリーは、事務所へ戻る道を歩いていた。
二人とも、しばらく口を開かなかった。
ローリーは先ほどの面会で、カーターから信じられない話を聞いた。
納得できない。
ローリーにとって、マリベルはただの裁判官ではなかった。
ローリーが立ち止まった。
「マイク」
「何だ?」
「少し、話しておきたいことがある」
マイクは足を止めた。
ローリーは道路の向こうを見た。
しばらくして、ゆっくりと口を開いた。
「私の母は、私が子どもの頃にいなくなった」
マイクは黙って聞いていた。
「二十年前のことよ。あの日、私は鉛筆を買いに行こうとしていた」
ローリーは視線を落とした。
「母が帰ってきて、私が出かけようとしているのを見つけた。それで、代わりに買いに行ってくれることになった」
「……」
「母は、すぐに帰ると言った」
ローリーの声が少し小さくなる。
「私は家で待っていた。窓から外を見て、玄関の音がするたびに母が帰ってきたと思った」
マイクは何も言わなかった。
「でも、帰ってこなかった」
ローリーは唇を結んだ。
「その夜も、次の日も、その次の日も。母は戻らなかった」
風が吹き、ローリーの髪が揺れた。
「今でもまだ信じられない。あれが最後になるなんて」
マイクはローリーを見た。
「気持ちはよく分かる」
ローリーが顔を上げる。
「……本当に?」
「俺も同じ思いをしたから」
マイクは短く答えた。
ローリーはしばらく黙っていた。
「マイク」
「何だ?」
「裁判官は、私にとって母のような存在なの」
マイクは前を向いたまま聞いていた。
「私が弁護士としてやっていけるように、何度も支えてくれた。私が失敗したときも、見捨てずにいてくれた」
「……」
「私にとって、あの人は信頼できる人なのよ」
ローリーはマイクを見た。
「だから、あなたたちがマリベル裁判官を黒幕だと言っても、簡単には信じられない」
マイクは答えなかった。
「あなたが何かを隠していることも、コールが市長殺害に関係していることも分かった。でも、それだけで裁判官まで疑うことはできないわ」
「……そうか」
「そうよ」
ローリーは足を止めた。
「証明して」
マイクがローリーを見る。
「何を?」
「マリベル裁判官が、本当に事件に関わっているという証拠よ。私が信じてきた人が、あなたの言うとおりなのか。それを確かめたい」
ローリーは続けた。
「あなたは、マリベル裁判官が黒幕だと確信している。でも、今のところ、それを裏付ける証拠がない」
「そうだ」
「証拠を見せて」
マイクはローリーを見つめた。
「それまでは、私はあの人を信じる」
その言葉には迷いがなかった。
マイクはしばらく黙ったあと、短く答えた。
「分かった」
ローリーは小さく息を吐いた。
二人は再び歩き始めた。
事務所の建物が見えてくる。
ローリーは前を向いていたが、表情は晴れなかった。
母親が消えた二十年前のこと。
支えてくれたマリベル裁判官。
そして、彼女を黒幕だと疑うマイク。
ローリーにとって、どれも簡単には切り離せないものだった。
