コンテンプト・オブ・コート 4-17
アンカレッジ。
マリベル裁判官の邸宅。
夜。
邸宅の応接室には、円卓が置かれていた。
席についているのは八人。
マリベル・ヴァレンタイン裁判官。州検事正のリンカーン。グレート・プラーンズ・ヘラルドのCEO、エリス。ハミルトン・ナショナル・バンクのCEO、ドミニク。元検事で弁護士のオースティン。アヴァロン・ディフェンス・システムズのCEO、クレイグ。州検事エルマ・アトキンソンの母親であるジューン。そして、テラ・インフラテックのCEO、ケンドリック・コールだった。
テーブルにはワインと料理が並んでいる。
マリベルは全員を見渡した。
「皆さん、もうご存じのはずです。市長選では、コールCEOにご支援をお願いします」
エリスがすぐに口を開いた。
「我々が力を合わせれば、当選は間違いありません」
「ずいぶん自信があるんですね」
リンカーンが皮肉を込めて言った。
エリスは笑みを崩さなかった。
「新聞社として、世論の動きは把握していますから」
「世論を作る側が言うと、説得力がありますな」
オースティンが口を挟んだ。
エリスは軽く肩をすくめた。
「報道は事実を伝えるものですよ」
誰も笑わなかった。
オースティンはコールへ視線を移した。
「CEOが市長になったら、ノース・ホライズン・シティ計画も進めましょう。二十年もくすぶっている。そろそろ決着をつけるべきです」
コールはグラスを置いた。
「市長になれば、計画を進めるための環境も整えられるでしょう」
ドミニクが身を乗り出した。
「当行は準備万端です。いつでも出資できますよ。市長になれば、資金面で困ることはありません」
「もう市長になったつもりですか?」
リンカーンがコールを見た。
「選挙はまだ始まってもいない。ずいぶん話が先に進んでいますね」
コールは表情を変えなかった。
「私は都市開発計画より、市民の生活を優先します。これもヴァレンタイン裁判官のご指示です」
マリベルが頷いた。
「そのとおりです。市民の支持を得られなければ、何も始められません」
コールは頭を下げた。
「承知しています」
マリベルはリンカーンを見た。
「検事正。あなたが選挙戦を仕切りなさい」
リンカーンの眉がわずかに動いた。
「私がですか?」
「そうです。反対する者が出たら、あなたが処理して」
リンカーンはしばらくマリベルを見た。
「……分かりました」
ジューンが口を開いた。
「ところで、亡くなった市長の”後任”はどうするのですか?」
エリスが答えた。
「アンカレッジ市長は、”裁判官の右腕”になれる重要なポストです」
「つまり、コールCEOを市長にすることが最優先というわけですね」
クレイグが静かに言った。
マリベルはクレイグを見る。
「あなたも協力してくださるのでしょう?」
「もちろんです。市の安定は、我々の事業にも関わりますから」
ジューンはコールへ向き直った。
「一つ、気になることがあります。あなたが市長になったら、テラ・インフラテックは誰が経営するのですか?」
コールはすぐには答えなかった。
円卓の全員が彼を見ていた。
やがて、コールは口を開いた。
「今は金より政治です。市長になれば、会社は手放すしかないでしょう」
ドミニクが尋ねた。
「それほどの覚悟があると?」
「あります」
コールはマリベルを見た。
「私は裁判官に忠誠を誓います。そして、アンカレッジに骨を埋めるつもりです」
マリベルは満足そうに微笑んだ。
「期待していますよ、コールCEO」
そのとき、扉が開いた。
コールの秘書が入ってきた。手には、包装された箱がいくつもあった。
秘書は円卓のそばまで進み、一人ずつ箱を配った。
コールが立ち上がる。
「本日は、皆さんへのささやかなお礼を用意しました。どうぞ、お持ち帰りください」
「ご丁寧に」
エリスが箱を受け取った。
ドミニクも笑顔で礼を述べる。
リンカーンは箱を手にしたまま、重さを確かめるように少し持ち上げた。
秘書が最後の箱を配り終える。
オースティンが箱を少し開け、中身を確認する。
紙幣の束だった。
リンカーンの視線が止まる。
オースティンは、何も見なかったように箱を閉じた。
マリベルはグラスを手に取った。
「それでは、コールCEOの当選を祈って」
全員がグラスを持ち上げた。
「乾杯」
グラスが触れ合う音が、部屋に響いた。
窓の外には、アンカレッジの夜景が広がっていた。
円卓を囲む八人は、それぞれの思惑を胸に、コールの市長選出馬を支持していた。
その中心にいるのは、マリベル・ヴァレンタインだった。
